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第一話「黒の少年と白の少女」

 ああ……くそっ。どうしてこうなったんだっけか……。

 地面に這い蹲ったまま俺はぼんやりと考える。……ハハッ、見ろよ。まだ新しかった白の制服がこんなに真っ赤っかだ……。

「冗談じゃねぇよ――」

 血反吐混じりにそんな言葉を吐き出す。

 『人間五十年、化天の内を比ぶれば、夢幻のごとくなり』ってか。それ言って死んだのって織田信長だったっけ? ――ハッ、まだその三分の一も生きてないんだぜ、俺。さすがにちょっと早過ぎんだろ。

 とはいえ、今さらぼやいたところでこの胸の穴が埋まるわけじゃないからな。……比喩じゃなくて、本当にぽっかり開いちゃってるんだから笑うしかない。もう笑い声すら出せねぇけどな……。

(このままワケわかんねぇまま死ぬのかね……? せめて、誰かが残った骨くらい拾ってくれりゃあいいんだが……)

 死がすぐ間近に迫ってるってのに、なぜか頭は物凄く冴えてんだよな。テストの時だってこんな具合で脳ミソフル回転してりゃあ楽なもんだが、皮肉なことにこういう何の役にも立ちゃあしねぇ状況で冷静になるんだから、人間ってのは面白いもんだ。

 ……ああ、やべぇ。さすがに意識……保ってられなくなってきた。すがるように、胸から提げた石を手に握りしめる。……こいつのせい、なのか……?

(まだ……死にたく…………ねぇって……)

 フェードイン……? ちげぇや……フェードアウトだな、多分……。

 これでおしまい……かよ…………。


 ――――。


『生きたいか?』


 なんだ? なんなんだよ? こんな時に限って勧誘商法か?そうほいほいと契約なんざ交わさねぇぞ。

 ――つーか、真っ白で何も見えねぇ。


『お前は生きたいのかと訊いている』


 当たり前だろ。俺はまだ子供なんだぜ。

 せっかくこの世に生を受けたんだ、せめて平均寿命くらいまでは生きたいと思うもんじゃねぇのか?


『ならばその命、汝に貸し与えよう』


 ……くれるんじゃないのかよ。あくまでレンタルかよ。地味にブラックだな。


『当然であろう。我の命を託すのだ、唯でくれてやる道理など無い』


 ああそうかい。じゃあもう期限付きでも何でもいいからさっさと寄越せ。早くしないと間に合わなくなっちまう。

 ゾンビになって復活なんざ、俺は絶対に嫌だぜ。


『ではくぞ――――』


◇◇◇


「…………」

 まーた朝から嫌なもん見ちまった。っていうかもうこれで都合四日だよな、洒落になんねぇよ。……ったく、なんでこう過去のことを思い出すもんかな。

 ――まあ、過去っつってもほんの一週間ほど前のことだからそう昔の話でもないんだけどな。

(しかしあの時の『アレ』は何だったんだ? 気づいたら穴の開いた制服を着たまま部屋でぶっ倒れてたって、冗談でも笑えねぇ状況だぞ……)

 おまけに致命傷だった筈のあの傷は綺麗さっぱり消えていて、散々な目に遭った場所も何事もなかったかのように元の風景を取り戻していたんだから本当に驚きだ。とはいえ、考えたところで答えが出るわけでもないし、これ以上深く追求するのはやめよう。今の俺にゃあ、あの窮地を生き長らえたっていう事実ひとつで十分だ。

 枕元の時計を確認する。朝の七時か、今から飯食って駅まで歩けば余裕で間に合うな。とりあえず着替えて下に降りるかな。

「おはよー……って、もう居ないよな」

 電気の消えたリビング。朝食の乗った皿の下に母さんの書き置きが敷かれていた。『戸締りお願いね。今日は遅くなるから晩ご飯は適当に済ませてね』だとさ。適当って言われても、今の財布の中身じゃ外食してる余裕もないんだぜ。

 かけてあったラップを外してメニューの確認。トースト、目玉焼き、食べやすい大きさに切ったトマトときゅうり、レタスか。飲み物は冷蔵庫の中の牛乳ってとこだな。

「いただきます」

 農畜産業に携わる方々と栄養摂取のために犠牲になった小さな命たちに感謝して、バターを塗ったトーストの上にタマゴと野菜を一気乗せ。そのまま二つ折りにしてかぶりつく。いつもながら美味いな、これ。

 パサパサした喉を牛乳で潤しながら、ものの五分くらいで用意されたすべてを食べ終えた俺は再び手を合わせた。

「ごちそうさまでした」

 皿の洗浄は自動食器洗い機に任せるとして、あとはテーブル拭いて布巾洗って干しときゃいいな。もうあんまり時間ないし。

 ピンポーン。

 ほら、言ってるそばからヤツが来た。

「――はいもしもし、セールスはお断りです。お帰りください」

『誰が勧誘業者だ! ……もう、せっかく迎えに来たんだからもうちょっと感謝してよね』

 感謝も何も、迷惑の押し売りじゃねぇか。

『ほら、早く!』

「わかったわかった」

 仕方ないのでインターホン越しに答えて、持って降りてきたカバンを肩にかける。意外と重いんだよこれが。教科書とかを学校に置いたままにできないから地味にきついんだよなぁ。

 ドアを開けると、相変わらず不機嫌そうな幼なじみの姿があった。

「不機嫌なのはあんたのせいよ」

「そりゃ悪かったな」

 申し訳程度に謝りながら玄関の戸締りをチェックする。オーケイ、問題なし。

 ぶつぶつ文句を言いつつ俺の隣を歩くのは蓑坂清礼みのさかすみれ。物心ついた時からずっと知り合いだ。ちなみに家は俺の家の真向かい。おまけに自分たちの部屋まで道に面した側にあるという状況だから、道路を挟んで大声で口喧嘩を繰り広げたりして、親父のゲンコツを食らったりもしてた。今思えば懐かしい話だな。

「何勝手に黄昏たそがれてんのよ」

「いや、別に?」

 時が経っただけでこうも変わるんだな、と思っただけさ。


 そうこうしているうちに駅の改札を抜け、大勢のサラリーマンと学生でごった返すホームまで来たわけだが、肝心の列車が遅れているらしい。人身事故でもあったのか?

「そんな表示出てないわよ」

 清礼がわざわざご丁寧に教えてくれた。こういう時は親しい間柄の人間が一緒にいると本当に心強いな。

「で、何分遅れてるんだ?」

「この感じだと完全に止まっちゃってるんじゃないの?」

「マジかよ」

 冗談じゃない。遅刻したらあの怖い教師になんて言われるかわかったもんじゃないぜ。おまけにギャグが寒いし。霜月とかいうあの女、絶対雪女とかそういう類の生き物だぜ。

「とにかく学校に連絡しとこうよ」

「そうだな。じゃあ頼んだ」

 面倒なことは苦手なんでね。

「何でよ! あんたはあんたで勝手にかけなさいよ!」

「わざわざ二回に分けて応対させるのかよ。先生の苦労も考えようぜ?」

「……わかったわよ。仕方ないわね」

 はあ……っとため息をつきながら、彼女は携帯電話を取り出した。すみませんね、苦労をおかけします。

「――もしもし、二年一組の霜月先生はそちらに居られますか? ……あ、先生。蓑坂です。今茅原と一緒に駅で電車待ってるんですけど、事故か何かでなかなか来なくて――」

 ちなみに俺の名前は茅原瑞樹ちはらみずきという。正直どうでもいいね。やることも話すこともないから言ってみただけだ。

 ――と、その時。ホームの端の方が急に騒がしくなり始めた。何かあったんだろうか?

「見に行かないほうがいいわよ。迷惑になるだけだし」

「わかってるよ。大体、人が多過ぎてここから動けねぇっての」

 溢れんばかりの人、人、人。もう一時間近く運行がストップしているらしく、誰もが時計を見ながらイライラした表情を浮かべている。こんな状況で押しのけてみろ、間違いなくぶっ飛ばされるぞ。

 っていうか、もう電話終わったのか。

「『交通機関のトラブルなら仕方ないから欠席扱いにはしないでやる』だってさ。待ってても来そうにないし、遅れるの前提でバスか何かにした方が――」

「そうだな……」

 ここで時間を潰していても仕方がない。多少遠回りかもしれないが、別ルートから行くか。

 そう思って改札へ上がる階段に足をかけた時だった。

「――ねえ、瑞樹。あれ……」

 清礼が向こうにある何かを指差した。なんだ、面白いもんでもあったか?

 気になって振り返ると――異形がいた。

 二足歩行しているおかげで、辛うじて人らしい何かとわかるようなフォルム。しかしその大半は物々しい感じの鋼鉄のパーツに覆われている。無機質な外殻に包まれた顔にはモノアイ……で合ってるよな? そんな感じの目がひとつ覗いているようだった。そいつが腕を振り上げてホームにいる人たちを薙ぎ倒しにかかっている。

「ば、化け物――――っ!!!!」

「誰か! 誰か助けてくれ!! ああっ――――!!!」

「いやあっ、来ないで!」

 悲鳴を上げる人々。だが、大勢がひしめき合うこの狭い空間で逃げ回ることもできず、向かってきた化け物に弾き飛ばされて両脇の線路に落ちていく。

「なんだよあれ……」

 一瞬映画の撮影か何かかと思ったぞ。って、そんな悠長なこと言ってる場合じゃねぇ。

「逃げるぞ!」

「う、うん」

 異変に気づいて動き始めた周囲に合わせて俺たちも階段を上っていく。だが、その先にも同じ化け物が待ち構えていた。――いや、よく見ると違うな。装甲の位置とか大きさとか形状とか。

「どうすんのよ。ここだって広くないわよ」

「俺に聞くな。っていうか、どの道動こうにも動けねぇ」

 前も後ろも人だらけ。おまけに目の前に現れた怪人に恐怖して足が竦んでしまっている。くそっ、このままじゃなぶり殺しだ。


『――何をやっている』

 何って、命からがら逃げようとしてるに決まってるじゃあないですか。そもそもお前誰だよ。何頭の中に直接話しかけてんだよ。

彼奴きゃつを倒そうという考えはないのか』

 どうやれと。間違いなく一方的に殴り飛ばされるじゃねぇか。自慢じゃないが、仮に最強の武器か何かが足元に転がってても、あいつを相手にできるほどの技量は一切持ち合わせちゃいないぜ。

『言った筈だ。汝には我が命を預けたと。今こそ頼るべきではないか?』

 つまりなんだ……俺にやらせろ、ついでに俺に協力しろってことだな? 多分断れないんだよな?

『無論だ。それ以外を選べばお前も死ぬ』

 どう足掻いても絶望じゃねぇか、それ。

 まあいいや、ここでまたあっさり人生終わりにするのもつまんねぇしな。でもって、清礼だって見殺しにゃあできねぇ。協力するから、どうすればいいか教えてくれ。

『一時その身を我に預けよ。さすれば力を解放しよう』

 おおう、それっぽい話じゃねぇか。それじゃあ少しばかり期待させてもらうぜ。

 ――で、どうやって預けるんだよ?


『汝は我を満たすうつわ、我は汝を満たすちしお。我ら共にあることを望め。我の命が汝の命となって息づくことを願え』


 全然訳わかんねぇよ。……とにかく、なんだ、生きたいって願えばいいんだな?

『そうだ』

 よっしゃ。だったら任せとけ。


「俺は――」


「俺はまだ、生きていたい――――ッ!!!!」


◇◇◇


「あれは――――!」

 眩い光の柱が白昼の町に立ち昇るのを、彼女は遥か遠くから眺望していた。本来なら、目撃者が"すべて"消えるのを待ってから動くつもりでいたのだが、この現象を目の当たりにした以上、ここにじっとしてはいられない。

「行こう。"私たち"も」

 そこにはいない誰かに呼びかけると、彼女は白く輝く翼を大きく広げた。機械仕掛けで構成されたその鳥に似た姿は、あの場所で暴れる異形とは似て非なるもの。

 機甲に包まれた足で鉄骨を踏み、そのまま空へと飛び出す。彼女は背に負った翼に風を受けながら、柱の見える場所へと速度を上げて向かった。


◇◇◇


 俺を包んでいた光がようやく収まった。っていうか何だったんだこれ。周りも結構驚いてるみたいじゃねぇか。

 っつーか清礼、お前なんて顔してんだよ。ついさっき狐に化かされましたって感じの表情だな。笑っちまうぜ。

「瑞樹……なの?」

 それ以外の誰だって言うんだよ。正真正銘、お前の幼なじみの瑞樹クンに決まってんだろ。

『余計なことを考えている場合ではないぞ』

 ――ああ、そうだったな。そういや目の前にコイツがいたんだっけか。まずはこっちをどうにかしないとな。確か力を解放するだか言ってたが、一体どうやって戦えばいいんだ? 素手でいけるのか?

 そんなことを考えつつ一歩踏み出して、俺は自分自身が変化していることにようやく気づいた。

 いや、変化なんてレベルじゃない。まず外見が別物になってしまっている。手足を包んでいるのはあの化け物と同じ、金属の鎧だ。黒く塗られた大小複数の板が複雑に組み合わさって、俺の腕と脚をすっぽり覆っている。胴体は薄手の布がぴったりと張り付いていて、ボディラインがはっきりと外にまで現れていた。……なんで大きな胸が付いてんだろうな。俺男なのに。

 腰の両側にはやっぱり金属の鎧があって、スカートみたいに先端の尖った部分が外側へ向かっていくつもせり出している。背中にも重みを感じるから、そっちにもきっと何かくっついてるんだろう。見ようと思っても見れないけどな。

「夢なら醒めて欲しいぜ……」

 電気の消えた店のガラスに姿が映し出された少女が俺に合わせて口をパクパクさせている。声も普段の俺よりだいぶ高くなっている気がする。本当に女の子になっちまってんだな、俺は……。

『現実を受け入れろ』

 そいつはちょっと残酷過ぎるだろ。せめて原形は留めていて欲しかったぜ。

 ――そんじゃあ、さっそくやり合おうか。装甲に包まれた拳を握りしめ、周りが退いてできた空間に跳び込む。その瞬間、奴が動き出した。

 ズンッ!

(思ってたより重てぇ……!)

 熊みたいな寸胴の腕が真正面からぶつかってきた。食らった衝撃で体が一メートルほど後ろにずり下がる。……いや、この程度で済んだならマシだ。

「お返しだ!」

 緩慢な動きで伸ばしきった腕を引き戻す相手に近寄って、パンチとキックを間髪なく叩き込む。武術の心得なんてないが、喧嘩のひとつやふたつは経験してる。その要領で殴って蹴ってぶっ飛ばせば何とかなるだろう……なんて思ってた俺が甘かった。鎧を着けてる分素手より威力も上がってる筈なんだが、あっちも金属の体だけあってビクともしねぇ。これじゃあ倒そうにも倒せないぜ。

(なんか武器とかねぇのかよ?)

『腰の得物を抜け』

 腰の得物……って、これか? 

 俺が取っ手のように突き出した部分を掴むと、鎧同士の接続している部分から光がわずかに漏れ出した。本当に外していいんだよな?

 カシュッ……キィィィィンッ。

 柄を握った瞬間、スカートの一部だったそれがナックルガードに変形する。同時に耳をつんざくような音を響かせながら真っ直ぐな刃がにゅっと突き出した。片方だけに刃のついた漆黒の剣を、俺は左右それぞれの手で構える。ホント黒尽くしだな。

 っつーか、剣道もまともにやったことないんだぜ。適当に振ってりゃ傷のひとつでもつくか?

「ッ――ハアアアァァァァァッ!!!!」

 気合を込めて武器を振り下ろす。

 ガギィッ!

 刃先が相手の体表に引っ掛かりながらも、その身を浅く切り裂いた。……一応効き目はあるが大して役にも立っちゃいねぇぞ、これ。

『力任せに振るうのではない。刃の重さを生かすのだ』

「無茶言うな! 俺は戦いに関しちゃド素人なんだぜ?」

 大体一般人が刀剣振るってるっていう状況自体が異常なんだよ。とにかく隙を見せればさっきの薙ぎ払いが飛んでくる。反撃の隙を与えないようひたすら攻撃する以外に有効な方法はなさそうだな。

 ギンッ! ガ、ガギッ! ギャッ!

 左右の剣を続けざまに振り回してはみるものの、上手い具合に体重を乗せられないせいかダメージはいまいちだ。――まずい、今度はパンチだ。

「ぐあっ――!」

 防ぐ間もなく胴体に一撃を受けて地面を転がった。それでも痛みはほとんど無いってのがまた不思議だな。本当にどうなっちまったんだ、俺の体は。

 すぐさま起き上がって右手側の剣を相手の顔に突き立てる。だが勢いを込めたこの一撃も、頑丈な装甲に弾かれて逸らされてしまった。

(どうすりゃいいんだよ……)

 格好付けてみたはいいが、この体たらくじゃ足止めになっているかどうかさえ怪しい。それに、こいつ以外にももう一体暴れ回ってる筈だ。そっちをどうにかしない限りは被害も大きくなる一方だろう。

「どうにかしてぶった切れねぇかな?」

 双剣を構えながら頭にガンガン響くあの声に問いかける。

『無理はするな。まだ我と十分に適合したわけではないのだからな』

 そうはいかねぇんだよ。ここで逃げたらわざわざ抵抗した意味がねぇだろ。

 ――ええっと、なんだっけか。力任せじゃなくて、剣の重さを生かして振るうんだよな……? すうっ、と息を吸ってゆっくりと吐き出す。冷静になれ……次の一撃に集中だ……。

「――――セイ、ヤァッ!!」

 三度目の攻撃を繰り出した腕に狙いを定め、まず一打。目の前に迫った拳が刃に断ち切られる。そうしてバランスを崩した相手に、大きく一歩踏み込みながら二撃目を繰り出した。

 ズバッ――ビシャァァァッ!

 深く刺さった剣が鎧の中の導管をいくつも食い破って内部の液体を飛び散らせる。わずかに赤みの残る濁ったそれは、ビチャビチャと零れて床に大きな水溜まりをつくった。

「もう……一発!」

 めり込んだ刃を無理矢理引き抜いて、動きの止まった相手に真っ直ぐ振り下ろす。止めの斬撃は金属の胴体を深く裂いて、内部の機械仕掛けを滅茶苦茶に破壊した。

 モノアイに灯っていた光が消え、膝先から力が抜けてその場に崩れ落ちる。なんとか……倒したのか?

「――そうだ、清礼は」

 周りにいた皆は、無事か?見渡すと、安堵の表情を浮かべる人々の姿があった。清礼もその中に交じって立っている。

「お前ら早く逃げろ! ホームにもう一体居る筈――」

 そう言いかけて、視界が真横に吹き飛んだ。比喩じゃなく実際にぶっ飛んでいた――俺自身が。

 壁をへこませるほどの勢いでぶつかってその場に倒れる。衝撃を食らった方に視線を向けると、そこには半壊しながらも再び動き始めたあの化け物がいた。マジかよ、まだ動くのかよ……。

(もう一発ぶち込んで――!?)

 立ち上がろうとして、その場でバランスを崩した。さっきの一撃で片方の脚が大きくひしゃげてしまっている。――待てよ、俺生身だよな? だったらなんで、中身がねぇみたいにきれいに潰れちまってんだよ……。どういう、ことだよ。あの野郎、俺の体に何しやがった――!?

『人としての汝は既に絶命していた。故に新たな体を用意しただけのことだ』

 新たな体……?

『汝の残骸を基に我の持つ知識を以って構築した体。血潮の通う肉体と鋼の肉体を併せ持つ姿』

 つまり……なんだ? 俺はサイボーグか何かになっちまったってことなのか?

『汝の言葉が指すものが何かはわかりかねる。が、それに類するものであると我は確信している』

 ハハッ……マジかよ。わけわかんねぇ殺され方したと思ったら、わけわかんねぇ奴にサイボーグにされて生き返らせられるって……。冗談じゃねぇ……。

 両手から剣がこぼれ落ちる。何だか急に馬鹿馬鹿しくなっちまった。何のために命張って戦ったかわかんなくなっちまったよ……くそっ。

『何をしている。死ぬぞ』

(どうせもう生きちゃいねぇんだろ……"元の俺"は)

 ゆっくりとこちらに歩いてくる機械仕掛けの怪物。どうやら俺に止めを刺すつもりらしい。その後どうするかなんてわかりきったことだ。だが、そんなことはもうどうでも良かった。

『戦え!』

 うるせぇよ。この命だってどうせお前からの借り物だろうが。だったら今すぐ返してやるよ。

 目の前に立った化け物から"体液"が流れ落ちる。その一筋が俺の頬に落ちて、涙のように流れていった。

(俺は……俺はな、人間として生きたかったんだよ――)

 この化け物と今の俺と、何が違うって言うんだよ……。まあ、どうだっていいや。この同類は何も言わなくても俺の人生を終わらせてくれるみたいだしな。


「瑞樹――――ッ!!!!」


 叫び声が聞こえる。やめろよ清礼、ここにいるのはお前の知ってる俺じゃなくて、そいつを使って作られた化け物なんだぜ?

 相手が静かに拳を振り上げたのを見て、いよいよおしまいだと思いながら目を瞑る。――来世があるかどうかなんか知らないが、そん時はもうちょっとマシな人生がいいな。

 それじゃ、俺はこれで――。


「温い」


 ――ふいに耳元で聞こえた声は軽蔑のこもった冷気のような声だった。なんだよ、この期に及んでケチつけるつもりか?

 さすがにカチンと来たので、その失礼な誰かさんに文句のひとつでも言おうと目を開けた。


 そこに、白い鳥がいた。


◇◇◇


 俺と化け物の間に割り込むようにして立つ白い鎧の少女。携えるのは一本の槍――っつーかあれ槍だよな?穂先が大き過ぎて柄の長い剣にしか見えねぇぞ。足元には一発で切り落としたらしい化け物の腕がゴロンと転がっていた。

「雑魚一匹に手間取って、ようやく一矢報いたと思えばたったの一撃でやられて抵抗の意志まで喪失するなんて。――本当に温いわ」

「なっ……!」

 俺の気持ちも知らないくせして散々な言いようだな。脚が無事だったら助走つけて殴ってるぞ。

「でも初めてにしては上出来ね。そこでウジウジ後悔してなければ頭を一撫でくらいはしてあげてたわよ」

「見ず知らずの女に撫でられて誰が喜ぶんだよ」

 男でも何考えてんだってビビるレベルだぞ、それは。

 それよりこいつは何者なんだ。外見からして俺の同類っぽい感じだが、こいつも元は人間だったりするのか? 何にせよ訊いてみないとわかんねぇな。

「それはともかく」

 ともかくってなんだ、適当に済ますな。

「相手の首を落とすまで油断してはダメ。こいつらは核を切り離されない限り動き続けるのよ」

 そう言って手にした槍を真横に一閃。弾き飛ばされた鎧の頭部にもう一撃叩き込んで真っ二つにする。その中から、赤い立方体の石がひとつ転がった。

「そして、核を壊されない限り存在し続ける」

 言葉を続けながら、足元に落ちたそれを金属の足で踏み潰す。その瞬間、三肢を切り落とされた怪物は煙のようにふわりと散って消滅した。

 異形のうちの一体を倒した彼女は、俺に振り返るとその前に膝をついた。破壊された脚に手をかざすと、映像を巻き戻すみたいにボコボコとふくらみが戻り始め、あっという間に元通りになった。

「立てる?」

 彼女に訊かれたので、試しに立ち上がってみる。うん、どうやら問題なさそうだ。一体どんな手品を使ったのか知らないが、あれだけ破壊されたものを直すなんてとんでもないワザの持ち主だな。

「そうだ、ホームにもう一体――」

「倒したわ。だいぶ怪我人が出ていたみたいだけど、大事には至っていなかったようね」

 ずいぶんと手際のよろしいことで。でもこんな状況を大勢の一般人に見られて大丈夫なのか? 絶対ニュースになるぜ?

「それならお構いなく。全て忘れさせるから」

「は?」

 何を言っているのかいまいち理解できない俺をよそに、白の少女は立ち上がって槍を真上に掲げた。

「『すべては夢、すべては幻。ここで起こりし異変は平穏と再び代わり記憶より失せる』」

 重なって別の声が聞こえたかと思うと、突然周囲が眩い光に包まれた。

「っ――!?」

 一秒くらいだっただろうか。白一色に染め上げていた光が薄れて、視界が元に戻り始めた。

 風景はそれほど変化していない。俺が寄りかかっていた壁はひび割れてへこんだままだし、床に敷き詰められたタイルは戦いの激しさを物語るかのようにいくつも砕けて飛び散っている。ただひとつ、違うことがあるとすれば――。

「人が……いない? 一体どこに?」

「大丈夫よ。元の世界に戻しただけだから」

 元の世界? そりゃあ一体、どういうことだ?

「ここはさっきの怪物が作った"嘘の世界"。もう倒したからそのうち消滅するわ。そしたら、私たちも実世界あっちに帰ることになる。その前に少し話でもしましょうか」

 そう言って、自動改札機の上に腰を下ろす少女。そこ椅子じゃねぇから……って、もう突っ込むだけ無駄だな。

「私の名前は――そうね、今は『フレス』と名乗っておくわ。あなたは?」

「俺は茅原瑞樹だ。瑞樹って呼んでくれ」

「そうじゃない。人間のあなたじゃなくて、その姿の名前を知りたいのよ」

 なんだそりゃ。――もしかしてあれですか、ソッチ系の方でしたか。

「今失礼なことを考えたでしょう? ――まあいいわ。瑞樹が『マキナ』になってどのくらい経ったのかは知らないけど、『魂の主』からはどのくらい話を聞いているのかしら?」

「魂の主? マキナ? よくわかんねぇから一から説明してくれ」

 多分あの声のことだろうが、都合悪い時にしか喋りかけてこねぇからな……。

「あなたは一度死んだ。その時に契約を交わしたでしょう? そいつが『魂の主』よ。そして契約によって再構築された体を持つ人間が『マキナ』――正しくは『半機人クロスマキナ』と言うんだけど――それが今の私たちよ」

「なるほど、よくわからん」

「わからなくてもいいから、そういうものだと思って聞いてなさい。私たちは新たに命を得た代わりに、さっきのような奴らを狩る使命を負っているの。『アインヘリアル』と言うんだけど、あいつらは私たちの気配を追って行動している。一度見つかったらこの世界に閉じ込められるから、戦わずに逃げ出すことはできないわ。今回のように無関係な人間を巻き込むことだってあるし、放っておけば彼らも襲われて殺されてしまう」

 つまり……なんだ? 戦わなければ生き残れないって認識でいいのか? 生き延びたい一心で契約したはいいがとんでもなくブラックじゃねぇか。っつーか今は俺がブラックだったな……外見的な意味で。

「私たちが戦うのは私たち自身の身を守るため。長生きしたいならもっと強くなりなさい」

「強くなれって言われてもな……」

 少年漫画みたく修行ができるわけでもないし、凄い技を持った師匠なんて俺の知り合いにゃあ居ないぜ?

「戦っていれば嫌でも慣れるわ。――ところで」

 と、彼女は俺をじろりと眺める。なんだ?

「あなた、元は女の子じゃないわね」

「そうだけど。……何か問題でも?」

「契約してクロスマキナになれるのは女性だけ……。本来男ではなれない存在なのよ」

 それはまた漫画やアニメみたいな話ですね。

 ……っつーかおかしいだろ、男だってよくわからない何かに襲われて死にかけたら契約しようとするだろ。

「あのね……、そもそも男の場合は契約なんてできないし、第一そんな死に方だったら――。いいえ、何でもないわ」

 一瞬何か言いかけたようだったが、フレスは出かかった言葉を飲み込んで首を振った。

「……そろそろ世界が閉じるわ。実世界に戻れば離れ離れだけど、またどこかで会えるといいわね」

 俺としては二度と巻き込まれないことを願ってるんだが、そうもいかないんだろうな。ちくしょう、面倒くせぇ。

 パリン――ッ。ガラスが割れるような音が響くと同時に俺の意識が閉じる。


 ――そして、元の喧騒が戻ってきた。


◇◇◇


「結局なんだったんだ……?」

 一本後の電車に乗りながらぼんやりと考える。気が付いたら駅のホームに突っ立っていて、傍にいる筈の清礼がどこにもいなかった。

 あわてて電話をかけたら前の電車に乗ったって言ってきた。徒歩で駅に着いた辺りで突然俺がいなくなったらしく、『あんたねえ、サボりたいからってそういうことすんのやめなさいよ!』と怒ってたよ。……っつーか、車内での電話の使用は迷惑だよな。かけた俺が言うのもなんだが。

 あれだけ大勢いた乗客も嘘のように消えてしまっていた。これも元の世界に戻った影響というやつなんだろうか。事情を知る俺には、何も起こらなかったかのように淡々と繰り広げられる日常風景が何故か気味悪く思えてくる。

『私たちは新たに命を得た代わりに、さっきのような奴らを狩る使命を負っているの』

 あの世界で聞いた、もうひとりの少女の言葉を思い出す。生き返った代償、か。洒落にならないくらいハードだよな。

(なあ、聞いてるなら返事してくれ)

 俺は都合の悪い時にだけ呼びかけてくる野郎に頭の中で呼びかける。応えが返ってくるとは思えないが、駄目もとで試してみよう。

『我を呼んだか?』

(おお、反応した)

 あまり話したくない相手だというのに、脳内会話が成立するという事実を知った俺は気持ちを昂らせた。

(あいつの話は本当なのか? 男には契約できないっていうのは……?)

『然り。男であろうとするなら契りを交わすことはできぬ』

(男であろうとするなら?)

『汝はただ生きることを望んだ。我はその求めに応じただけのこと。性の違いなど、汝の体を必要な要件に応じて一から作り直せば問題もない』

 つまり、契約の形にあうよう性転換させちゃったのかよ。どこかの手術大国もびっくりの技術だな。

(……ホントお前えげつねぇよな。で、俺は今男なのか? 女なのか?)

『偽装はしているが女だ。汝が望むなら今すぐ偽装を解いても良いぞ』

 やめろよ。絶対やめろよそれ。ブレザー着た兄ちゃんがいきなりボンキュッボンなお姉さんになったら周りがどんな目で見てくるかくらい考えてくれよ。

(俺は偽装だけでも男のままでいいよ。今まで男だったからな)

『そうか。――瑞樹、汝は契約を受け入れるのか?』

(ああ。正直まだ立ち直ってないけどな……)

 自分が既に人間じゃなくなっていたと知った時のショックは計り知れないものだった。このまま人間の振りをして生き続けていくことに意味があるんだろうか――そんなことさえ考えてしまう。それでもあいつが、蓑坂清礼が、茅原瑞樹おれの存在を望む限りは傍に居たい。あいつの傍で笑う幼なじみとして存在していたい。

『総てを今すぐ受け入れろとは言わん。汝の納得のいく形で、十分に時間をかけて折り合いを付ければ良いことだ』

(そうだな。……じゃあ、これからよろしく頼むぜ。えっと――)

『我のことは『ニーズ』と呼べ。汝の名でもある』

 ニーズ。『マキナ』としての俺の名前。まあ、そこそこいい響きじゃねぇか。


(よろしくな、ニーズ)


 改めて相棒となったそいつに、俺は呼びかけた。

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