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1.自殺します

 しんじてもらえないかもしれないけれど。

 ずっと、思っていたことだった。

 まるでそれは、産まれた時から決められていたようで。

 おくそこに秘められた渇望は時を経て肥大し。

 うんめいとして、僕を蝕んだ。


 虐めを受けていたわけではない。

 交友関係は広いほうではないが、親しい友達と楽しくやってきた。

 両親とも兄弟とも仲が良く、世間から見たら理想の家族だった。

 裕福というわけではないが、生活苦とは無縁だった。

 無論、受験勉強に嫌気が差したわけでもない。

 エスカレーター式の中学に入学したので、()()さえしなければ、大学まで難なく進む事が出来る。成績は下がっていない、寧ろ、上がった。

 高校に入ってからできた、彼女だっている。

 秀でた美人ではないけれど、お菓子作りが好きな、理想的な子だった。

 僕のことを羨む人々は、世の中に多いのかもしれない。

 恵まれた環境で死にたいだなんて、贅沢と猛烈批判する奴もいるだろう。


『これだからゆとり世代は。俺が子供の頃は……』


 大人が勝手に“ゆとり世代”なんて単語をつけただけで、僕らはアンタたちと同じように生きてきた。理由や根拠もないくせに、あれこれ外野が騒ぐな。

 アンタはアンタの道をいけばいい、これは僕の道だから自分で決める。


『死ぬ前に、誰かに相談を……』


 相談しようすがない。

 死にたいと思うことに、理由はいるのだろうか。

 僕にしてみたら、「飯を食いたい」ぐらいの感覚だ。

 そもそも、死んではいけない理由が分からない。

 そして、死にたい理由も分からない。


『親が可哀想……』

 

 親は悲しむだろう。けれど、いちいち他人の顔色を窺って生きていくのはまっぴらごめんだ。

 親から受けた生だけれど、僕がこの手で終わらせる。


 僕は、何故だか解らないけれど死にたかった。

 僕が死ぬと、残された人々が悲しむことは分かっている。

 けれど、死にたい。

 両親が、友達が、恋人が、親戚が、担任の教師が、悲しみの淵に沈む。

 申し訳ないと思うけれど、やっぱり死にたい。


 隣町に出来た銭湯に行きたい、その程度の感覚で、死にたいんだ。


「恵まれすぎて、人生がつまらなくて。生きている価値が解らなくなったのかな」


 そう思い悩む事もあったが、違う。

 僕が死に望むことは、そうじゃない。

 上手く言えないけれど、単純に死にたい。

 病気なのかな。


静間(しずま) (おう) 享年十八歳』


 もうすぐ僕は、そう表記されるだろう。


 仮病で、学校を四日間連続で休んだ。

 優等生の僕の仮病など、誰も疑わずに毎日メールを送ってくれる。

 人に心配されているのは解るが、僕は死にたかった。

 部屋の中で僕は一人、眠っている振りをして考えていた。 

 五日目、学校に行く振りをして家を出た。

 私服を鞄に詰め込んで、家を出て電車に乗る。

 およそ四十分の通学だった。 

 けれど、僕は途中の駅で下車して急いで男子トイレで服を着替える。

 こうして平日、私服で街へ出るのは初めてだった。

 妙に緊張した。

 何処へ行こうかは、昨日決めていたから再び電車に飛び乗る。

 自宅方向へ戻り、数年前通った小学校の裏山に来ていた。

 小学校の頃は、この山へ何度も授業で登った。

 頂上には休憩所があり、周囲を見渡すことが出来る山だ。

 大人の足でも、頂上まで二時間はかかる。

 子供の頃は、大冒険だったに違いない。

 僕は、小学校の校庭で愉しそうな笑い声を上げている生徒を羨ましく見た。

 あの頃は、よかった。

 あの頃の僕は、まさか自殺願望を抱くだなんて思っていなかったろう。

 純粋に、毎日楽しかった。

 喧嘩も良い思い出だ、小学生は無意味に喧嘩をしたがる。


 僕は、汗を拭いながら頂上を目指した。

 ここならば人がいないと思って居たが、以外にもお年寄りの散歩コースで何度か擦れ違う。

 僕は挨拶を交しながら、誰が最期の語り人になるのか、ぼんやりと考えていた。

 僕は、ここで自殺を図る。

 大量の睡眠薬を持ってきた、パーカーのポケットにある小瓶がそれだ。

 反対側のポケットには、布の紐もある。

 首を吊る為に、持参した。

 どうやって死ぬのが楽か考えたが、確実に死ぬ為に睡眠薬を飲んでから首を吊る事にした。

 とにかく僕は、死にたかったんだ。

 靴紐が解けたので、屈んで紐を固く結ぶ。

 首を吊る時は、靴を脱いだほうがいいのだろうかと、妙な事を考えていた。


 やがて、頂上に辿り着いた。

 昔見渡した時と風景が変わっていた。

 あんなに高いビル、なかった筈だ。

 小さく見える家、おそらくあれが僕の自宅。

 時は、11時を指す。

 腕時計を見つめながら僕はベンチに腰掛けた。

 駅で購入したペットボトルの蓋を開けて、二口飲む。

 味が、分からないのは緊張しているからだろうか。

 僕は、静かにベンチにペットボトルを置いた。

 ただ、風に頬を吹かれながら街を見下ろしていた。

 あぁ。

 さようなら、僕の生まれた街。

 田舎だけれど、嫌いではなかったよ。

 さようなら、ルミコ。

 君が僕を追って、自殺しないかが心配だからあとでメールを打っておこう。

 ”生きてくれ”と。

 さようなら、ユタカ、ヒデカズ、クニヒコ。

 馬鹿騒ぎが出来て、本当に僕は幸せだったよ。

 さようなら、先生達。

 誉めてくれてありがとうございました、誇らしく思いました。

 さようなら、弟、妹。

 自殺した兄を周囲が何と言おうとも、懸命に生きてくれ。

 さようなら、お父さん、お母さん。

 情けない息子を赦してくれ、でも、二人の育て方は間違っていないよ。

 悪いのは、僕なんだ。

 僕、唯一人なんだ。

 僕は、生きる事に疲れたんだ。

 僕は、死にたいんだよ。

 さようなら、さようなら、さようなら。


 僕は、ペットボトルをあけてもう一度、口に含んだ。

 半分程飲み干した、喉が渇いていたらしい。

 緊張しているのだろうか、怖いのだろうか。

 だけれど、もっと怖いのはこの優秀な僕が仮病で休み、自殺を図ろうと彷徨っていた事が知れる事だ。

 知られる前に、死ななければいけない。

 僕は、道からそれて山に入った。

 樹が邪魔でなかなか奥まで行くことが出来ないが、虫に刺されながら蜘蛛の巣に引っかかりながら、木の枝に頬を切られながら。

 僕は、進むしかなかった。

 静かな場所だった、道からも見ることができないから、ここで死ねば暫くは誰にも見つからないのではないか、と思った。

 樹に布を引っ掛けて、僕は薬を飲んだ。

 とりあえず、小瓶全部を飲んだ。

 何個あったかなんて、知らない。

 手頃な石を見つけ、蹴飛ばして木の下に運ぶ。

 石に乗り、布でわっかを作って首を入れた。

 あとは、石から脚を離すだけだ。

 さようなら、僕。

 恵まれた人生を生きた僕、さようなら。


 僕は、死にたかった、だけだった。

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