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口をパッカーンと開けてマヌケ面した上司と見つめ合うこと数十秒。
「イヤイヤイヤ!宮さん。そんなことがあるわけ…」
無言で上司を見つめる。
ヤッパリこうなんというか若い。
「冗談でしょ?」
とか「マジで?!」とかブツブツ言っているが、私のように子供にはなっていないし、すぐに「草野さん」と分かるからいいじゃないかと思ってしまう。
お互い鏡を見るまでは実感も納得も出来ないだろう。
「とりあえず現状把握です。
いつも私に言ってるじゃないですか。
片付けるべき問題が山積みの場合は、まず何を優先すべきか考えろって。」
途端にいつものクールな表情が戻ってくる。
上司は我が社のまとめ役だ。
不動産のみならず、様々な専門知識をもっている為、頼られる事も多くトラブルが発生すると困った時の草野さん頼みといった感じで、そのたびに聞かされてきた。
「分からない事はとりあえず置いときましょう。
草野さん、目が覚める前の事、どこまで覚えてます?
…私達、事故にあったんですよね?」
「そう、山道を走っててバスが横転して…崖から落ちていった…と思いますけど…。」
私達は旅行帰りのバスの中で事故にあったのだ。
雪で路面が滑りやすくなっていたのか、細い山道を通っていた時に。
「あっ」
と思ったのは覚えてる。
後は起きたら、なーんもない所に寝っ転がっていたという訳だ。
「でもおかしいですよね?
窓から見た景色じゃ木は沢山あったけど、こんな野原みたいな所は見えなかったし。
何よりバスとかみんなは?
私と草野さんだけ、バスから放り出されたんですかね?」
…そして二人とも無傷で助かってた。
奇跡だ…。
「とりあえず人を見つけないと。
宮さん、今何時?」
そう聞かれて腕時計を見ると12時を少し回ったところだった。
「12時過ぎですけど、草野さんって時計付けてないんですか」
「いつもは携帯で…」
「「携帯!」」
忘れてた!
やっぱり人間パニックになると駄目だ。
張り切って携帯を取り出したが………
「駄目ですねえ…。完全に圏外です。宮さんのは?」
「私携帯カバンに入れてたんで…。ないんです。」
二人してがっくりとうなだれた。
やっぱりツイてない…。
イヤ、奇跡的に命は助かったんだからツイてるのか?
俯いていた私の頭の上から優しい声が降ってくる。
「場所を移せばきっとつながる所があるはずです。日が暮れるまでにどうにかしないと…。とりあえず歩きましょうか。」
そう言って立ち上がった草野さんは、いつもの頼りになる「草野正臣」に完全に戻っていた。