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第3話 (1/2)

 あれから二日経ったけど、保健室で一緒に弁当を食べたきり黒田とは話していない。

 あいつに言われたとおり一応病院に行って検査を受け、特に問題なしと言われたから、せめてそのことは報告しておいた方がいいかなと思っていたのに、翌朝いつも通り登校しても黒田はおれの方を気にするような素振りも見せず自分の席で本を読んでいた。おれの方から話しかけてもよかったんだけど、病院に行ったことをわざわざ自分から黒田に報告するのも何だか変な気がして、おれはずっと心の中でそわそわしたままあいつの方から話しかけてくるのを待っていた。

 でも、黒田は一向に話しかけてくる様子を見せない。それどころか、同じ教室にいるのに目が合うことすらない。今までずっとこうだったのだから、これが通常の状態なのは分かるけど……せめて『大丈夫か』くらい言えないもんなのか。

 そこまでおれの面倒見たくないって思ってんのかな。そう言えばあいつ、あの時どうして保健室にいたんだろう。学級委員長だからって、先生に頼まれておれの様子を見に来てたんだろうか。


(……何なんだよ。おれのこと心配してたんじゃなかったのかよ)

 授業中、おれから二つ斜め前の席にいる黒田の背中は嫌でも視界に入ってくる。その背中をじっと睨みつけても当然黒田は気付くはずもなく、淡々とノートに何か書き込んでいる。

 あの時、病院に行けと言ったのも別におれを心配してのことじゃなくて、大方担任か保健の先生からおれにそう伝えるよう頼まれて言っただけだったんだろう。少し考えればすぐ気が付きそうなものなのに、どうしておれはあの言葉が黒田の口から自発的に出たものだと信じて疑わなかったのか。

 やっぱり病院に行ったなんて、あいつに報告しなくて良かった。おれ一人が勘違いしてただけなのに、そんなことわざわざ報告されたって黒田も困るだろう。無用の恥をかくところだったな、危ない危ない。


 *


 午前の授業がようやく終わり、おれはいつものように川島と吉野の三人で弁当を広げた。

「そうだ鈴原、委員長にちゃんとありがとうって言ったか?」

 購買で買ってきたホットの緑茶をひと口飲んで、吉野が唐突にそう言ってきた。質問の意図が掴めず、箸箱を持ったままぽかんとして吉野の顔を見る。

「え? なんで」

「この間の体育で鈴原がぶっ倒れた時、委員長が保健室までおんぶして運んでくれたんだからな」

「……へ?」

「聞いてないのか? あの時の委員長、血相変えてすっげー心配してたんだぞ。まだちゃんとお礼言ってないんだったら今からでも言っとけよ」

 何でもないことのようにさらりと言いながら、吉野は玉子焼きをひと口で頬張った。

「ちょ、ちょい待って。あの時おれは自力で歩いて保健室に行ったって……」

「んなことできるわけねーじゃん。あの時お前、完全に熟睡してたんだから」

 横で聞いていた川島が、おれの方にずいっと肩を寄せてきた。

「そうそう、最初は気絶したのかと思ってみんなめっちゃ焦ってたんだよな~。委員長は救急車呼んだ方がいいんじゃないかって言ってたけど、鈴原がグースカいびきかいてたから、保健室で少し様子見ようって先生が言ってさ」

「いびきって……」

「なんだよ、本当に何も覚えてないの?」


 覚えてないもクソもあるか。黒田から聞いた話と全然違うじゃねえか。

 それじゃあいつ、おれに嘘ついてたってことなのか?


「し、知らない。そんなの……覚えてない」

 記憶があやふやで、あの時倒れてから保健室で目を覚ますまでの間に自分がどうやってあそこまで移動したのかはよく覚えていない。いや、そもそも全く知らなかったんだ。おれは寝てたんだから。


 川島と吉野は黙って顔を見合わせている。そのうち川島は項垂れたままのおれからそっと離れて、乾いた笑いを浮かべながらぽつりと言った。

「……もしかしてオレら、余計なこと言っちゃった?」

「かも……」

 吉野は曖昧に答えると、少し居心地悪そうに緑茶をぐびっと飲んだ。


 *


 ぼんやりしたまま、午後の授業はいつの間にか終わっていた。あの後は川島と吉野が何を喋っていたのかもあまりよく覚えていない、というかほとんど耳に入ってこなかった。

 あの日、おれは黒田に礼を言わないといけないようなことは何もしてもらってないと思っていた。自力で歩いて保健室まで行ってベッドで寝て、目が覚めたらたまたまそこにあいつがいた、ただそれだけのことだと思い込んでいた。教室からカバンと弁当を持ってきてくれたことについては既にその場でありがとうって言ったはずだし、今更改めて礼を言う必要もないだろう。

 だけど、倒れて気を失ったおれを黒田がおぶって保健室まで運んでくれた、というのが事実だったとしたら話は別だ。

 嘘だろ。何だってあいつ、そんなことしたんだろう。

 いやいや、そもそもそんなこと本当にできるのか? だって黒田って背は高いけど腕も脚も細っこいし、どう見たって腕力があるようには見えない。おれがもし小柄な女子だったらまあ分かるけど、育ち盛りの男子高校生、しかも気を失っている状態の男を背負って運ぶって、相当な体力がないとできることじゃないはずだ。運動部に在籍して鍛えてる奴らにでも任せておけばいいのに、なんでよりによって黒田が運んだんだろう。


「おい、鈴原」

 終業後のホームルームが終わり、日直のおれは一人で黒板を拭いていた。もうほとんどの奴らが教室から出て行った頃、不意に教室前方の出入り口から入ってきた誰かに呼ばれてふとそっちを向く。

「えっ? あ……」

 黒田だった。あまりに突然のことで、咄嗟に出た声が変に上擦ってしまう。でも黒田は顔色ひとつ変えず、手にしていたノートのようなものをおれに向かって差し出してくる。

「学級日誌、職員室に置きっぱなしだったぞ。今朝取りに行かなかったのか」

「……あ」

 すっかり忘れていた。

「あれ、でも、もう一人の日直は?」

「佐藤だけど今日は風邪で欠席だ」

「そうだっけ……」

 あはは、と笑って誤魔化そうとしたけど、自分でも分かるほど白々しい。黒田は相変わらず仏頂面でおれをじっと見ている。

 気まずさに堪えかねて視線を下に向けると、日誌を持ったままの黒田の手がすっと下ろされた。

「今から一人で書いてたら帰りが遅くなる。俺も手伝うから、さっさとそれ終わらせろ」

「え? い、いや、いいよ」

「まだ体調悪いんだろ、気を遣わなくていい」

 黒田は教卓の上にぽんと日誌を置くと、おれの手から黒板消しを取り上げて黒板の上部の拭き残しをさっさと拭き始めた。別におれの身長じゃ届かないほど高い場所ってわけではなく、ただ単におれが雑に拭いたせいで汚れが残っていたらしい。黒田は造作もないことのように軽々と、でも丁寧に黒板全体を綺麗に拭き上げている。

 隣に突っ立ったまま、黒板を拭く黒田の腕をぼうっと見ていると、昼休みに吉野から聞かされたことを唐突に思い出してしまった。

「……」


 本当にこの腕が、おれのことをおぶっていたんだろうか。

 こんな細い腕のどこにそんな力があるんだろう。


 その時、ふと黒田がこっちを見た。

「どうかしたか?」

「あ、いや……別に」

 咄嗟にぱっと横を向いてしまう。あまりにも不自然だと分かっていても、なんかダメだ。黒田の顔まともに見られない。

「もしかして、まだ頭が痛むのか」

「ちっ、違う。ちゃんと検査して問題なしって言われたし」

「そうか。病院行ったんだな」

 顔は見られなかったけど、黒田が小さくため息をついたのは確かに聞こえた。

「……うん」


 なんだよ。やっぱりお前、おれがちゃんと病院行ったか気になってたんじゃねえか。

 だったらさっさと聞いてくればよかったのに。

 この二日間、しらっとした顔しておれの方なんて見向きもしなかったくせに。

 本当はおれのこと保健室まで運んでくれたくせに。なんで黙ってるんだよ。


 親指をぎゅっと握りしめる。

「あの、さ。その……あの時」

「ん?」

 黒板消しを置いて、黒田はこっちを向いた。

「やっ、やっぱいい。何でもない」

「なんだよ」

「何でもないって言ってんだろ」

 さっき黒田が持ってきた日誌を取り上げると、そそくさと自分の席に向かう。


 なんで黒田が本当のことを黙ってるのかは分からないけど、言おうとしないってことは言いたくないってことなんだろう。わざわざ『おれが自力で保健室まで歩いた』なんて嘘ついてるくらいだから、よっぽどおれに知られたくないってことか。

 だったらおれも本当のことは何も知らないというテイでいないと、黒田に対して失礼だ。事実を問いただそうとするなんて、あまりにも無粋というものだろう。

 おれは何も知らない。あの日は一度倒れた後に自力で保健室まで歩いた、それでいいのだ。

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