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悪役令嬢は悪役令嬢らしく振舞うためにじっくり考える  作者: 南蛇井


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3/4

『ついに王子が「怒ってくれ!」と直談判する回』

王立学園・薔薇の庭園。


完璧な舞台。


完璧な距離感。


完璧な空気。


――にもかかわらず、何も起きない日々が続いていた。


アルベルトはついに限界を迎えた。


「……呼び出しに応じてくれて感謝する、レディアナ」


レディアナは優雅に一礼した。


「“重要なお話”とのことでしたので、熟考の上参りましたわ」


(重要度は高。警戒レベル三。発言は慎重に)


アルベルトは深呼吸する。


そして――


「怒ってくれ」


沈黙。


風が吹く。


薔薇が一輪落ちる。


レディアナ、まばたき一回。


「……はい?」


「怒ってくれと言った」


「対象は?」


「私だ」


「理由は?」


「君が婚約者だからだ」


完全に論理が崩れていた。


レディアナの思考回路が高速で回る。


(これは挑発? 罠? それとも精神的混乱?)


アルベルトは一歩近づく。


「なぜ何も言わない。なぜ責めない。なぜ水もかけない」


「水は物理的損害が発生しますわ」


「そこじゃない!」


声が裏返る。


「私は君に責められるはずの立場だ! なのに君は分析しかしない!」


レディアナ、冷静。


「状況を正確に把握するのは当然ですわ」


「感情はないのか!?」


「あります」


即答。


「ただし、表出は最適化しております」


アルベルト、頭を抱える。


「私は……君が怒ることで物語が動くと思っていた」


「物語?」


「……いや、その……」


口を滑らせた。


レディアナの目が細まる。


(“物語”? 自覚的? メタ認識? 危険ワード)


「殿下は、わたくしに“役割”を期待しておられるのですね」


アルベルトは黙る。


図星だった。


レディアナは静かに続ける。


「悪役令嬢として、感情的に振る舞い、嫉妬し、非難し、最終的に断罪される……その流れを」


アルベルト、目を逸らす。


「……そのほうが自然だ」


「自然、とは?」


「……」


言葉に詰まる。


レディアナはゆっくりと扇を閉じた。


「殿下」


「なんだ」


「わたくしは、怒るべき時を慎重に選んでおります」


「いつだ、それは」


一拍。


「本当に怒るべき時ですわ」


沈黙。


アルベルトは困惑する。


「では今は違うのか?」


「はい」


即答。


「現状、決定的違反は存在しません」


「私がリリエルと親しくしてもか?」


「親しさの定義が曖昧です」


「私が彼女を評価してもか?」


「評価は自由です」


「では、私はどうすればいい!?」


ついに叫んだ。


王子、取り乱す。


レディアナはその様子を見つめる。


(これは……予想外)


胸の奥が、わずかに揺れた。


(殿下は、わたくしに怒ってほしい……?)


アルベルトは肩で息をする。


「君が何も言わないと……私は自分が正しいのか間違っているのか分からない」


その言葉に、レディアナの思考が止まる。


初めて、分析が途切れた。


(……指標?)


「怒られることで、境界が見えるんだ」


静かな声だった。


「君が何も言わないと、私はどこまでも進めてしまう」


風が止む。


レディアナは、初めて少しだけ視線を逸らした。


(これは……計算外の発言)


長い沈黙。


アルベルトは覚悟を決めたように言う。


「だから――」


「一度でいい」


「感情でぶつかってくれ」


レディアナの指先が、わずかに震える。


(感情で……?)


(最適化なし? 計算なし?)


(それは、悪役令嬢として正しいの?)


思考が暴走する。


最適解が出ない。


分類不能。


前例なし。


沈黙。


三十秒。


一分。


アルベルト、息を止める。


そして――


レディアナは口を開いた。


「……」


「……」


「……」


「……熟考いたしますわ」


アルベルト、崩れ落ちる。


「またか!!」


庭園に響く叫び。


レディアナは一礼した。


「感情の即時使用は高リスク行為ですので」


そして去る。


残された王子は芝生に座り込んだ。


「……私は何と戦っているんだ」


その頃、レディアナの脳内。


(感情でぶつかる……?)


(それは悪役令嬢の枠を超える行為では?)


(だが――)


胸の奥に、ほんの少しだけ、


分析不能の熱が灯っていた。


しかし。


その日も結局、


何も起きなかった。

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