『何も起きないので、こちらから誘導してみることにした王子とヒロインの話』
王立学園・東屋。
王子アルベルトとヒロイン・リリエルは、深刻な顔で向かい合っていた。
「……このままでは、物語が進まない」
アルベルトは額に手を当てた。
「はい……わたし、三回ほど“偶然ぶつかる”を実行しましたが、すべて華麗に回避されました」
リリエルは遠い目をする。
あの日以降、レディアナは徹底して“考える”だけで、何もしない。
挑発しても。
匂わせても。
明らかに怪しい状況を作っても。
彼女は動かない。
ただ考える。
「もはや我々が悪役令嬢ムーブを誘発させるしかない」
アルベルトは真剣だった。
「作戦会議を始めよう」
第一案:わかりやすく二人きりになる
図書室・密着距離。
「殿下……こんなところを見られたら……」
(今ですわよレディアナ様!!)
物陰から見ているはずのレディアナ。
しかし――
(距離は近いが、接触はない。社会的に問題なし。まだ静観が最適)
彼女はメモ帳に何かを書き込んでいた。
「観察フェーズ継続」
失敗。
第二案:露骨な贈り物イベント
アルベルトはリリエルに豪奢なブローチを贈る。
わざと人目のある廊下で。
「これは……特別な意味がある」
ざわめく周囲。
(さあ、ここで“婚約者の前で何を!”と怒るのが王道)
レディアナ、遠くから見ている。
(贈答品の法的拘束力はゼロ。象徴的意味のみ。まだ断罪材料には弱い)
扇を閉じる。
去る。
「保留」
失敗。
東屋に戻る二人。
「……強すぎないか?」
アルベルトが呟く。
「理詰めがすごいです……」
リリエルは肩を落とした。
「次はどうします?」
アルベルトは真剣な顔で言った。
「最終手段だ」
第三案:公衆の面前で宣言
学園の中庭。
生徒たちが見守る中。
アルベルトは声を張った。
「私はリリエルを高く評価している!」
ざわり。
視線が一斉にレディアナへ向く。
これは完全にイベント。
逃げ場なし。
レディアナ、静止。
長い沈黙。
アルベルト、内心ガッツポーズ。
(来るぞ――)
レディアナ、ゆっくりと口を開く。
「評価は自由ですわ」
「……」
「ただし“婚約破棄”の正式手続きは陛下および両家の合意が必要です」
「……」
「現在、書面は提出されておりません」
「……」
「よって、状況は未変動」
そして一礼。
「引き続き、熟考いたしますわ」
去る。
完璧なロジック。
観衆、ざわ……ざわ……
「……え、怒らないの?」
「冷静すぎない?」
「むしろ王子のほうが追い詰められてない?」
アルベルトの額に汗。
リリエルの目が泳ぐ。
その夜。
再び作戦会議。
「……どうすれば怒るんだ?」
アルベルトは真剣に悩んでいた。
「もしかして……」
リリエルがおずおずと手を挙げる。
「レディアナ様は、“完璧な悪役令嬢であろう”としすぎて、動けないのでは?」
沈黙。
「つまり……」
「こちらが“悪役令嬢が怒っても許される状況”を、完璧に整えれば……?」
二人の目が光る。
「次は完璧な証拠を揃えよう」
「誤解の余地ゼロでいきましょう」
知らぬところで、追い込まれていくのは――
悪役令嬢レディアナであった。
その頃、彼女の部屋。
(最近、挑発の質が上がっている……)
机に積まれたメモ。
「王子・ヒロインの行動分析 第七版」
(これは罠? それとも自然発生? まだ確証が足りない……)
ペンが止まる。
(動くべきか……?)
その瞬間。
ノックの音。
侍女が言う。
「お嬢様、王子殿下より“重要なお話がある”との伝言です」
レディアナの瞳がわずかに揺れた。
(重要……?)
思考が高速回転する。
そして――
「……本日は体調不良と伝えてちょうだい」
回避。
物語、さらに停滞。
そして翌日も、何も起きなかった。




