第1話
「おいで~怖くないよぉ…」
私は住宅街から少し離れた河川敷に来ていた。
河川敷は春の温かい日差しと少し冷たい風が混じっていて丁度良い気候だった。
思わず目的も忘れて散歩でもしたくなるような気分。
そんな中、私は木の上を見ながらちゅーるを振っている。
視線の先には首輪をつけた毛並みのきれいな三毛猫がいた。今朝、捜索依頼を受けた三毛猫だ。
猫も心地良いのか、土手下の木の上でくつろいでいる。
場所はすぐに分かったけれど、どう捕まえるかを考えていなかった。
(このちゅーるだけが頼り……お願い…。)
気まぐれで買ったちゅーるに望みをかけてそっと目の前で揺らしてみる。
三毛猫は耳を忙しなく動かしながらも近づいてきた。警戒しつつもゆっくりと。
(今なら⋯捕まえれる!)
驚かさないようにゆっくりと抱きかかえる。猫は暴れることなく捕まってくれた。
(良かった⋯落ち着いてくれてる。)
「よしよし、一緒に帰ろうね。」
後は依頼主へ無事に送り届けるだけ。
土手に上って猫を撫でつつ心地良い風を浴びる。こんなに良い環境での散歩は格別に感じられた。
まだ午前中だからか周囲に人は少なく、犬の散歩をする主婦や小さな子供と遊ぶ夫婦がちらほらと見えた。
土手に沿って並ぶ桜の木々。もう既にピンクの蕾がちらほら見える。
綺麗な花を咲かそうと頑張っているんだろうか。
そんな事を考えていると背後から複数の足音が迫ってくる。規則的な足音と乱れた呼吸。
思わず振り返ってみると、高校生たちが十数人並んで走っていた。
(なんだ…高校生…か。部活動かな?)
まだ新学期も始まってないはずだけど、部活は休みでもやってるんだなぁ。そんな謎の感心をしながら邪魔にならないように端に避ける。
体操着の校章を見ると東雲高校のマークだった。
東雲高校は河川敷から住宅街を挟んで向こう側の学校。ここまで片道数kmはあるはずだ。
(流石は文武両道。普通の高校生だったら厳しいだろうに…)
高校生達が私の横を通り過ぎる。数人の高校生の視点が一瞬私で止まった。
私の容姿が普通と違うから珍しかったのだろうか。
みんな気になりながらも走るペースは落とさない。
彼らの姿からはストイックさが滲んでいる。
青春っていうのはあんな感じのものなんだろう。
私の年齢は彼女たちと同じくらいだけど、私は学校に通ったことはない。
何故かといえば私が孤児だったからなんだろうけれど。
学校について知っているのは小説や漫画のフィクションだけ。実際は見たことがないから分からない。
自分が高校に通っていたらどんな部活に入っただろう。どんな友達とどんな話をするんだろう。
その時の私はどんな風に笑って、どんな思いを抱くのだろう。
(もし通ってたらあんな風に部活をしてたのかな。)
ふと、羨ましいと思う自分が居ることに気がついた。
「ふふっ楽しそうじゃない?」
抱きかかえた猫は返事をせず、ただ手元のちゅーるに夢中だった。
気がつけば依頼主の家に辿り着いていた。
依頼主のおばあちゃんは嬉しそうに猫を抱きかかえ何度もお礼を言ってくれた。
誰かから感謝されることは何とも言えない嬉しさがある。
(頑張って良かったな。)
これまでの贖罪じゃないけれど、私も誰かに助けになれる。
そう思うと明日にも希望が持てる気がした。
おばあちゃんから貰った飴を口の中で転がしつつ便利屋の建物に帰る。
便利屋SAKURA。小さく掲げられた看板の前に一人の男性が立っていた。
(依頼人…じゃないな…。あれはーーー)
知っている後ろ姿に足取りが重くなる。
出かかった溜息を飲み込み男性へ声を掛ける。
「…如月さん。何の御用ですか。」
スーツを着た男性、如月蓮はゆっくりとこちらに振り返り柔らかい笑みを浮かべる。
「おかえりなさい、真桜さん。突然で申し訳ありません。総裁がお会いしたいそうです。ご同行願えますか?」
「…はぁ。」
嫌な予感の的中に飲み込んだはずの溜息が漏れる。
「今回は何ですか?私は任務に行かないって伝えてるはずですよ。」
不機嫌にそう告げると如月さんは困ったように笑った。
「今回は任務の話では無いそうですよ。ただ、大切な話なので会って話したいんだそうです。」
任務の話じゃない。その返答はかなり意外だった。正直私の利用価値なんて任務に行かせるくらいだと思ってた。
「だったら個別に連絡をくれたら良いのに。わざわざ如月さんに伝言までしなくても。」
「だったら総裁に連絡先を教えて差し上げてください。どう呼ぼうか非常に悩んでおられましたよ。」
「あっ…」しまったと思った。
そういえば教えてなかったかもしれない。
会ったらとりあえず連絡先を教えておこう。
私は何となく気まずいような心持ちで如月さんに着いていくことにした。




