女装して王子を陥落?ご主人様、無理難題すぎです!
奴隷の俺は、ご主人様の言うことは何でも聞くべきだ。
……こんな屈辱的な命令を受けても。
「ウォルト、あの王子を陥落してちょうだい」
「はあ?」
「はあ?なんですか。その態度は?私はあなたのご主人様よ」
「はい。畏まりました。ご主人様」
俺がこの女アデルの奴隷になったのは十年前。
最初の記憶は奴隷市場。
目覚めたらボロボロの布切れを着せられ、鉄格子の中にいた。
頭がものすごい痛くて、俺は自分が何者か、なんでここにいるかわからなかった。
鎖を引っ張られ、鉄格子の外に出たら、そこで競売が始まる。
そこで俺は、この女アデルの父親に買われた。
娘の遊び相手ということで。
アデルの屋敷で俺は小綺麗にされ、アデルに仕えることになった。
屋敷の奴に無体な奴はいなかったが、俺はアデルと一緒に学ばされた。
遊び相手になるならば、同等の知識と教養が必要とか。
しかも、アデルは習わされなかったのに、俺は剣を習わされた。
いざというときにアデルを守るためだとか。
くそくらいだ。
アデルが十四歳になった時、隣国に留学することになった。
俺も一緒だ。
そこで、俺は女子学生としてアデルと一緒に通うことになった。
そしてそこで、俺は「王子を陥落してこい」と命じられたのだ。
男の俺が、男の王子を陥落……。
無理だろ?
「ウォルトは可愛いから大丈夫よ。私を信じなさい」
いや、信じなさいって言われても……。
アデル、ご主人様の命令は絶対だ。
俺は、とりあえず友達になることから始めようとした。
ちなみに俺の肩書は、アデル・モルディア侯爵令嬢の従姉妹の伯爵令嬢のシェリーだ。
王子には取り巻きが多い。
取り巻きは私に任せておきなさいとアデルが言い、本当に取り巻き達を取り除いてくれた。
取り除くって、注意を引くという意味だ。
アデルは黒髪に紫色の瞳の美しい女だ。
黒髪がこの国では珍しいので、目立つ。
嫌な視線を感じ、俺が睨むと皆視線を逸らした。
アデルにはそんな態度やめなさいと小言をもらったが、気に食わないものは仕方ない。
そうして王子が一人になったのを確認して、俺は突撃した。
王子、
王の息子。
この国の二番目に偉い奴だろ?
緊張した。
まじで。
「お、王子様!」
あ、殿下だった!
しかも声がめっちゃ高くなって気持ち悪い。
王子もそう思ったらしく、目を細めて不快そうにしていたが、俺の顔をみたら驚いて、駆け寄ってきた。
「母上?」
「は?」
「君の名は何という。シルフィーネという名を知らないか?」
「知らないですね」
王子はいつの間にか俺の両手を握ってて、ちょっと気持ち悪かった。
いや、俺が女だと思っていたとしても、急ぎ過ぎやろ。
「あ、すまない。突然。君があまりにも母上に似ていたから」
「殿下!」
それだけしか会話していないのに、取り巻き達が戻ってきた。
アデルの姿も見かけた。
「まあ、殿下。申し訳ありません。私の従姉妹が何か粗相しませんでしたか?」
「アデル・モルディア侯爵令嬢。彼女は君の従姉妹か」
「はい。殿下にぜひ紹介したいと思っていたのです」
「そうか」
アデルはちょっと思わせぶりな態度だった。
うん?
もしかしてアデルが王子に気があるのか?
だったら、なんで俺に?
なんかむかむかする。
「殿下。ぜひ、今度お茶会にご招待させていただいてもよろしいでしょうか?」
「いいだろう」
やっぱりアデルは王子に気がある。
だったら、俺に変なこと頼むよな。
三日後、アデルは王子を屋敷に招待した。
結構な数の護衛が来たが、客室に入ってきたのは二人の護衛だった。
まあ、強そうだった。
俺は邪魔だと思ったんだけど、なぜか同席させられた。
「殿下。こうして来てくださった事感謝しております。どのような目があるかわからなかったので、屋敷に招くしかありませんでした。この屋敷は大丈夫です」
「そうか」
どういう意味だ?
「このシェリー。実は男の子なのです。そしてあなた様の弟君です」
「やはりか。弟は死んだと聞かされていたが……。母はきっと弟を庇って死んだのだろうな」
うん?俺が王子の弟?
「へ?」
「ウォルト。いえ、ジェローム殿下。今までの無礼申し訳ありませんでした。帝国に連れてくるには欺く必要があったのです」
アデルの態度が急に変わって、気持ち悪い。
「嘘でしょう?俺が王子?」
「記憶がないのか?」
「はい。私の父が見つけた時は、すでに」
「可哀そうに」
王子が俺をぎゅっと抱きしめる。
そこには下心などあるはずもなく、優しい抱擁だった。
「私はずっとジェローム殿下に事実を話しておりませんでした。やっと話せて安堵しております」
俺は混乱していた。
だって、俺は記憶がない。
そう思った瞬間、目の前で美しい女が切られて倒れる姿が脳裏に浮かぶ。
ど、どういうことだ。
今まで過去のことなんて考えたことなかった。
それは毎日が忙しくて、それどころじゃなかったし。
まあ、めぐまれていた生活をしていたから、過去のことを考えたくなかったんだ。
だって、俺は鉄格子の中にいたから、ろくでもない暮らしをしていたと思っていた。両親から売られたとか。
まさか、王子の弟とか、思うわけねーよ。
「殿下。今後ジュローム殿下の身元はお預かりいただいてもよろしいでしょうか?私はこの国では無力です」
「わかった。今までありがとう。あの女には絶対好きなようにはさせない」
あの女?
混乱した状態だったが、俺が危険な状況にいるってことはわかったので、大人しく王子にしたがった。兄だよな?
屋敷を出るとき、深々とアデルに頭を下げられ、彼女の顔を見ることはできなかった。
それから、大変だった。
王妃を投獄した。
前王妃を殺害、第二王子、俺ね。
俺の殺人未遂ということで。
王妃には第三王子として子供もいたが、それはどうやら王の子ではなかったらしく、一緒に僻地に送られた。
王妃の間男、第三王子の真の父親は王妃の幼馴染の財務大臣。
揃って僻地送りだ。
首を切られなかったのが温情らしい。
俺は記憶が戻っていない。
だから、王妃に対しても何らかの感情が浮かばない。
俺の兄、王子に対してもだ。
「ジュローム。アデルから君がチーズケーキを好むを聞いたぞ。色々集めてみた」
俺の兄、ルーク王子は何かと俺の世話を焼いてくれる。
嬉しいような恥ずかしいような。
俺の生活は一変した。
落ち着いてからアデルが王宮に来た。
奴隷として俺を扱っていたことへの処罰を求めてだけど、俺は否定した。
確かに奴隷という立場だったけど、教育もしてくれたり、食事は使用人と同じものだったけど、お菓子とかよく貰っていた。
俺は別に不満に感じてなかった。
だけど、なんでむかむかしたんだろう。
自分の苛立ちはずっとわからなかったけど、アデルが別れの挨拶にきて、俺はやっとわかった。
「アデル。俺はあなたの奴隷に戻りたい。ずっと一緒に暮らしたい」
「ジュ、ジュローム?!」
「殿下……」
兄は驚き、アデルは戸惑っていた。
そうだよな。
アデルだって、俺を奴隷として傍に置くのは嫌だっただろう。本当の立場を知っていただろうし。
いつも女王様っぽかったけど、時折見せた複雑な表情は、俺の背景を知っていたからだと思う。
会ったのは十年前、小さい時からずっと秘密を抱えるって大変だったと思う。
だけど、俺は今、ここでさよならしたくない。
「アデル」
「そうだ!ジュローム。アデルを婚約者にしろ。そうすればずっと一緒だ」
「殿下!」
アデルが大きな声を出した後、口を押えている。
婚約者って、あれだよね。
将来結婚する予定の相手。
婚約の予約相手。
アデルと結婚。
考えたことないけど、多分、何かで繋がないとアデルは帰ってしまう。あと、アデルのお父さんやみんなに挨拶したいし。
婚約者としてなら屋敷に戻れるよな?
「兄上!」
俺は初めて兄をそう呼んだ。
嬉しそうな笑顔を向けられる。
「アデルを俺の婚約者にしたいです」
「それはアデルの意志次第。後は、向こうの親だ。父上、陛下は君の望むことならなんでも叶えるはずだ」
「アデル……。あなたが俺のことをそういう意味で思っていないことは知っています。だけど、一度考えてくれませんか」
面倒な主人様。
そう思っていた。
俺は奴隷で彼女に仕えなければならない。
俺は彼女と対等になれない、ずっとそう思っていた。
でも今は違う。
対等だ。
まっすぐ彼女を見つめる。
紫色の瞳が驚きで見開かれてる。
「ジュローム殿下。嬉しいです。私をぜひ婚約者にしてください」
「アデル!」
嬉しくなってアデルを抱きしめる。
「ジュローム!」
兄がやってきて、俺たちを引き離した。
「早すぎだ。君は。アデル、大丈夫か?」
「大丈夫です。ちょっとびっくりしました」
「兄上。アデルと少し二人で話してもいいですか?」
「あ、アデルはいいのか?」
「はい」
「わかった。ジュローム。変なことはするなよ。婚約できなくなるぞ」
兄にそう脅されるが、知ったこっちゃない。
っていうかアデルの嫌がることはしたくない。
「アデル。俺とやっと二人きりになりましたね。前みたいに話してくれませんか」
「できるわけがありません。私だって不本意ではありませんでしたし」
「そうですか?ノリノリだったじゃないですか。女王みたいで」
そう言うとアデルの頬が赤くなる。
ずっと彼女は無理してたんだな。
「アデル。ずっとありがとう。俺だけが知らなくて変な態度だったと思います」
「当たり前です。奴隷として扱ってしまい、本当に申し訳ありません」
「当然です。あなたたちがそう言う態度でないと俺はきっと殺されてたはずですから。アデル。これで俺とあなたは対等です。俺はとても嬉しい」
「対等……。とんでもありません」
「そう、そうか。俺は王子になりました。だったら、俺が主人的な?」
「え?」
「奴隷じゃなくて、臣下ですね。アデル、俺の言うことを聞いてください」
「は、はい。殿下」
まあ、隣国の者に臣下もなにもないけどな。
「アデル。俺にキスしてください」
「む、無理です」
「命令です」
「そ、それは」
「ジュ、ジュローム!やっぱり変なことをさせようとしてたな。君のそういう態度がばれたら、アデルの父上に婚約を反対されるのだぞ。それでもいいのか?」
「それはまずいです!アデル。今のことはモルディア侯爵に言わないでください」
「わかっております。殿下」
アデルが頭を下げる。
その後、アデルは単身国へ戻った。
それから俺が国へ渡り、アデルの屋敷でモルディア侯爵と面会。
めちゃくちゃ緊張した。
無事婚約でき、アデルを隣国につれてくることができた。
王宮に住まわせたかったけど、留学の途中ということで、学校の卒業を待つことになった。
六年……。
その間、俺は耐えた。
後、王子らしい態度を心がけた。
アデルに王子っぽく話しかけると、めっちゃ照れて可愛いんだよな。
女王然していた時とは違う表情が見えて毎日が楽しい。
卒業と同時に俺たちは結婚した。
アデルは王子妃だ。
兄より早く結婚してしまったが、早いのに越したことはない。
奴隷だった俺が王子で、ご主人様だったアデルと結婚。
面白い人生だと思う。
だけど、王子業は本当に面倒。
アデルにいつも助けてもらっている。
ありがとう。アデル。
(おしまい)