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海野

 

 ショパンの『夜想曲第2番変ホ長調作品9の2』の甘美な調べが部屋を満たしていた。

 ピアノの詩人と呼ばれるだけあって、ロマンティックな旋律が心の中にす~っと沁みていった。

 心が安らぎ、すべてのものから解放されていった。


 一日の終わりにこの曲で癒されるのが日課になっていた。

 でも、いつもならこのまま夢の中に入っていけるのに、今夜は眠れそうになかった。

 さっきから幸夢美久の言葉が頭の中でぐるぐる回っているのだ。


「魚を主役として、漁業者と流通業者、そして、消費者が共に幸せになれる取組が必要です。今すぐ着手しなければならないと思います。それが可能になれば持続可能な幸福循環を続けることができます」


「魚も漁業者も流通業者も消費者も、みんな幸せにできたらいいのにって。魚が笑えば漁業者も嬉しい、流通業者も消費者も嬉しい、そんな関係を創りたいなって」


 彼女の言葉には、一企業の将来を超えた特別な意味が含まれていた。

 それは日本の、いや、世界の漁業の未来だった。

 そして、魚食の未来だった。

 ひいては、人類の健康、いや、人類の未来だった。


 いつの間にか曲は『ポロネーズ第6番変イ長調Op.53』に変わっていた。

 力強い旋律が心を鼓舞(こぶ)するように堂々と奏でられていて、『英雄』という名にふさわしい主題に心が揺さぶられるようだった。


 しかし、英雄には程遠い自らの姿に気づかされてもいた。

 彼女が口にした持続可能な幸福循環というテーマは、本来なら水産大学の博士課程で海洋生命資源学を修めた自分こそが提唱しなければならないものだった。

 それなのに、入社以来日々の業務に忙殺されて、学生時代の高邁(こうまい)な理想を忘れかけていた。


 何をやっているんだ自分は……、


 強く唇を噛んだ。


 5歳も年上なのに……、


 不甲斐ない自分を(なじ)った。

 すると、覚悟を促すようにエンディングのクレッシェンドが始まった。


 やるしかない。

 いや、やらなければならない。

 彼女の想いを実現させなければならない。

 そのためには不退転の覚悟で臨まなければならない。


 クレッシェンドに鼓舞された海野は、強い決意を漲らせて、未来へと続く扉を見つめた。



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