表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/36

エピローグ

 

 結婚したのは1年後だった。

 幸運なことにすぐに新たな命を授かった。

 つわりがひどくて出産にも時間がかかったが、その分、感激はひとしおだった。

 一生懸命頑張って生まれてきてくれた赤ちゃんを見ていると、たまらなくなった。

 母性というのだろうか、恋愛感情とはまったく違う異次元の超愛情が溢れ出て止まらなくなった。

 本当に幸せだった。


        *


 産婦人科を退院して3日後、それぞれの両親に集まってもらった。

 命名披露をするためだ。

 届け出は既に済ませていたが、両親には内緒にしていた。


「本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」


 夫が緊張した声で開会の辞を述べた。

 すると、それまでそわそわした様子の両親4人が〈堅苦しい挨拶はいいから早く教えて〉というような表情になった。

 夫はその雰囲気を察したようで、用意していた文言を端折(はしょ)って本題に入った。


「それでは、子供の名前を発表します」


 すると8つの目が夫が持つ巻紙に集まり、早く開けろと促した。

 それに押されるように巻紙を開くと、8つの目が大きく見開き、毛筆で書かれた文字に釘付けになった。


「みらい?」


「そう。未来よ。いい名前でしょう」


 本当にいい名前ね、と嬉しそうな顔になった母が、「未来ちゃん」と呼びかけて頬にキスをした。

 すると、未来が目を細めた。

 それを見て、心の中で未来に伝えた。

〈あなたのおばあちゃんよ。話せるようになったら、バアバと呼んであげてね〉


 その後も母は一心にあやしていたが、突然、未来の口が大きく開いた。

 あくびだった。

 すると、〈なんて可愛いあくびなのかしら〉というふうに母が目を細めた。


 おばあちゃんになっちゃったね、

 孫ができるってどんな気分なのかしら?


 イナイイナイバ~をしている母を見つめながら不思議な気持ちになった。


「未来か……」


 その横でほとんど白髪になった父がジイジの顔で目を細めて頷いた。

 と思ったら、不思議そうにわたしを見つめた。

〈この子が母親に〉というような表情だった。

 生まれた時のことを思い出しているのだろうか、ちょっと、ジーンとした。


        *


 その後、未来は病気らしい病気をすることもなく、すくすくと育った。

 真ん丸お顔で健康優良児そのものだった。

 夫はメロメロ状態だったが、両方の両親はそれ以上だった。

 ジジバカ、バババカを存分に発揮していた。


        *


 あっという間に時は過ぎ、待ちに待った記念日がやってきた。

 夫は朝からそわそわしていたが、こっちはそれどころではなく、母と慎重に準備を進めた。


「小骨を完全に取り除いてね」


 母が箸先を覗き込んだ。

 その視線を感じながら、目を皿のようにして鯛の身から小さな骨を抜き出す作業を続けた。


「大丈夫だと思うけど……」


 すると、〈どれどれ〉というふうに小皿に取り分けた鯛の身を母が確認し始めた。


「まだよ。ほら、これ」


 母が持つ箸の先に小さな骨が見えた。


「あっ、本当だ。こんなに小さな骨が……」


 しかしそれで終わりではなかった。

 母はもう1本小さな骨を抜き出した。


「美久、もう一度確認して」


 強い口調に押されて、目に気合を入れて更に慎重に小骨を探したが、何も見つからなかった。

 でも夫は心配なのか、「念のために僕も確認するよ」と眼鏡を外して鯛の身に目をくっつけるようにして覗き込んだ。

 しかし何もなかったようで、「大丈夫。骨はまったくない」と安どの息を吐いて、「では」と発声した。

 すると、みんなが未来に近寄った。


「お誕生日おめでとう」


 口々にお祝いの言葉を発したが、ピンクのベビードレスを着てベビーチェアに大人しく座っている未来はキョトンとしていた。

 それはそうだ、まだ自分が祝われていることなどわかるはずがない。

 笑ってくれるものとばかり思っている大人の都合に付き合ってくれるわけはないのだ。

 それでも夫はガッカリしたような様子も見せず、自らの役割に徹して大きな声を出した。


「では、〈めで鯛(・・・)始め〉を始めます」


 生後100日で食べ真似をさせる『お食い始め』と違って本物の鯛の身を食べさせることを夫が説明し、バトンタッチするように視線を投げてきた。


 わたしは頷いて、「おいしい鯛を食べさせてあげるからね」と未来に笑みを送ってから、小さなスプーンに鯛の身を乗せた。

 そして、「あ~ん」と言いながら口に持っていった。

 すると、顔を寄せた大人たちの口も一斉に開いた。

 でも、肝心の未来の口が開いていなかった。


「おいしいよ。あ~ん、してごらん」


 唇にスプーンを軽く当てた。

 でも、まだ開かなかった。

 それで、少し声を大きくしてもう一度「あ~ん」と言うと、今度は口を開けてくれた。

 すぐさま鯛の身を舌の上に乗せると、未来は口を閉じてモグモグし始めた。


 どうかな? 

 気に入ってくれたかな?

 ゴックンしてくれるかな?


 固唾(かたず)を飲んで見守ったが、未来はいつまでもモグモグしていた。


 どうかな?


 しかし、なかなか終わらないので、心配になって目の前でゴックンの仕草をしてみせた。

 すると、真似をするようにゴックンしてくれた。


 あっ、飲み込んだ。

 どう? 

 おいしい?


 夫と両親が一斉に顔をくっつけた。

 すると、ほっぺにちっちゃな手を当てた未来の唇が動き、天使のようなとびきり可愛い声を発した。


「ちぃ♡」


 海野未来が、笑った。


 完



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ