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ガンボールたちは転移にて魔法協会本部へと帰ってきた。本人たちの体感としては長い時間戦っていた印象ではあったものの、実際はガンボールたちが出発してから二時間くらいである。ガンボールたちは戻って来たその足で、すぐにリンデルのいる執務室へと報告に行った。
ノックの音が聞こえ「入ってよいぞ」リンデルは紙の束を机に放り投げて背もたれに体を預けた。
入ってきたガンボールたちの姿と、帰ってきた早さから、リンデルは深く溜め息を吐いて姿勢を戻した。
「ご苦労じゃったな。その様子では依頼は完遂したと見てよいな」
ガンボールたちはリンデルの机の前に姿勢を正して横一列に並んだ。
「まあ、見ての通り迷子は見つけてきたし尻拭いもしてきた」
その言葉にグレースは眉毛がピクリと動いてガンボールを睨むが、当人はどこ吹く風と済まし顔だ。
「して、報告を聞こうかの。詳細は後日まとめて報告書にしてもらうとして、手短にな」
ガンボールはリンデルから視線を外すと、顎に手を当て「んー」と唸り、「ラッド、任せた」とラッドの肩を叩いた。
「だと思ったよ。では僭越ながら、私からご報告いたします」
「かっこつけんな」
「痛い、いいだろ別に雰囲気だよ雰囲気。大事だろそういうの」
「さっさとせんか」
「すんません。じゃあ、まあ改めて」
それっぽく咳払いをしたラッドは、自分たちが出発してからの出来事を簡単に話した。聞いているリンデルは適当に「ほう」とか「ふむ」とか相槌を打って、話が終わるまで口を挟むことはなかった。
「なるほどのう、概ね把握した。ガンボール、何か気付いたことは?」
「あー、気になることならまあ」
「なんじゃ、言うてみぃ」
「中級悪魔ってよ、獣かよくて幼児程度の知能だよな、普通は」
「一般的な認識はそうじゃな」
「だから攻撃されたら逃げるか反撃か。それも極端に、逃げるならとことん逃げるし攻撃は確実に殺すまで執拗にやる。間違っても罠を張ったり誘導したり戦術的な戦い方はしない。魔力を得る以外の目的に則した行動もしない。これらは上級悪魔の特徴だ。けど、あの悪魔にはそれが見られた」
「では相手は上級悪魔かそれに近しい力を有していたと?」
「それはない。魔力量、能力の運用から見て中級の域を出なかった。上級悪魔はあんなもんじゃない」
「ま、お主が言うならそうなのであろうな。でなければ先に行った二人は死んでおるじゃろうし」
「どうせ俺が何言いたいか分かってんだろ」
「じゃからほれ、言うてみぃと言ったじゃろ」
「悪魔を使ってなんかの実験でもしてたんじゃねーの。それも十中八九魔教徒の連中が」
ガンボールは舌打ちをして答えた。リンデルとの会話は出会った時からずっとこうである。よく言えば合理的で悪く言うなら遊びが足りない。始めから彼女の結論ありきで過不足なく進められている、まるで人形でのごっこ遊びをさせられている感覚が、師匠の師匠であるリンデルに対する態度に繋がっていた。
「何の実験だと思う?」
「知るかよ」
「最近、その活動が少々目に余るようになってきておる。そ、こ、で、じゃ」
机の引き出しを引いて一枚の紙を取り出したリンデルは、その紙を指でつまみひらひらとガンボールの目の前で躍らせた。
「お主にはそれに関連した依頼を出す」
「嫌だと言ったら?」
「この紙に署名せぬ」
リンデルの持っている紙は二級魔法使い試験の応募用紙であった。二級試験を受ける条件には、現二級魔法使い以上かつ三名以上の推薦が必要となっている。リンデル以外からの署名をもらえば済む話なのだが、ガンボールにはリンデルを含めた二名しか当てがない。それは一人が推薦できる人数の上限、推薦することによる責任を負ってくれる関係値、そして二年前の戦いで二級魔法使いの数が大幅に減ったことが起因している。推薦上限は一人のみ、またガンボールは階級問わず魔法使いや魔術師からあまりよく思われていないのだ。
ガンボールは「このくそばばあ」と喉まで出かかった言葉をなんとか押しとどめた。
「分かったよ。受ければいいんだろ」
「交渉成立じゃな」
「脅迫の間違いだろ」
「依頼の詳細は追って伝えよう。それと、通常の任務同様に補佐として同行させる者を先に決めておくようにの」
「誰でもいいのか?」
「三級以下なら誰でもよいぞ」
「りょーかい。じゃ、他にないなら報告は以上ってことで帰るわ」
「ああ、下がってよいぞ。……報告書、忘れるなよ?」
「忘れねーよ。ラッドが」
「俺かよ!」
ガンボールはそのまま我先にと部屋から出て行き、他三人は「失礼します」と軽く頭を下げて退出した。扉を閉めた数歩先でグレースが長く息を吐き出し、それまで一度も声を出さなかったフェンリーは口を開いた。
「相変わらず、リンデル様の前であの態度は肝が冷えますね」
「俺はもう慣れたよ」
「ただの嫌味なばばあだろ」
「なんて恐れ多いことを……。って、そんなことよりも! あんたが二級試験受けるなんて聞いてないわよ!」
「俺は知ってたよ」
「私も知ってましたよ」
「なんでよ!」
「教えてもらった」
「私は成り行きでリンデル様から」
「私は教えてもらってないんだけど!?」
「当たり前だろ。言ってないんだから」
「理由を言いなさいよ理由を」
「それより飯食いに行こうぜ」
「じゃあいつものさかさ亭に一時間後とかでいい?」
「私は問題ありません」
「グレースは?」
「行くわよ! シャワー浴びてから行くから、先に始めてなさい」
魔法協会本部の出入り口でグレースはそう言うと、走って行ってしまった。外はもうすっかり日没で、人々の営みの灯りがぽつぽつと色を付けていく。その空と街灯の色を吸い込んだようなオレンジブラウンの短い髪の毛と彼女の後ろ姿は、すぐに見えなくなった。
「あれで先に始めてると文句言うんだよなぁ、あいつ」
「拗ねますね」
「フェンリーは帰んなくてもいいの?」
「平気ですよ。そこまで乙女でもありませんから」
「まるであれが乙女みたいな」
「あれで意外と女の子なんですよ」
フェンリーは小さな子どもを見る母親のような表情をして笑みを浮かべた。
「さ、行きましょう。早くしないと席が埋まってしまうかもしれません」