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 ガンボールたちが今いる大陸は——すなわち、異界の浸食から逃れるため、千年以上前にベロニカが国を丸ごと一つ転移させ、さらに魔改造を施した大陸——、魔法協会本部がある中央を零とし、東西南北の四つの地区にそれぞれ十二個ずつのエリアで区分されている。


 北から反時計回りに番号が割り当てられた二十五番目、エリア二十五と呼ばれる森の中に、ガンボールとウルデリックはやってきた。魔法協会第三支部でなんやかんやあったが、ようやく、初級魔術師となったウルデリックの実地研修が始まるのだ。


「まずは認可済みの村に挨拶回りだ」


 ガンボールは言って、転移した場所から一番近い村に向かって歩き出した。ウルデリックも返事をしてその後ろに付いて行く。


 研修などと言っても、実のところ大きな括りで見ればやることは一つしかない。現存する村やその周囲に何らかの異常がないか、日中に巡回し、報告を行うだけである。また、異常というのも大抵の場合は悪魔を発見するのが常で、各自で討伐できそうなら戦闘し、危険と判断したなら報告の上、指示を仰いでから行動する。慣れてしまえばなんてことはない、退屈な任務というわけだ。


「それって村に挨拶をする必要があるのでしょうか」


 村への道中で研修内容の大まかな説明を受けたウルデリックは、先ほどの出会いも相まって、赤の他人に会うということに関して少しだけ億劫な気持ちがあり、それが言葉と態度に出ていた。


「ある。例えば、」


 そんなウルデリックの思考を見透かしつつも、ガンボールは理路整然とその理屈について説明する。

 例えば、周辺で悪魔との戦闘があった場合である。戦況によっては被害の規模がでかくなり、近隣の村が巻き込まれる可能性が出てくる。当然、避難を促すのだが、見ず知らずの人間がやってきて指示を出すのと、見知った人間が指示を出すのとでは、村人たちの動きがまるで違う。後者の方が指示を受け入れてもらいやすく、その後の対応も円滑に進むことがほとんどだ。


 例えば、協会本部や支部が崩壊した場合である。この場合、どこかで態勢を整えたり負傷者等の避難場所として無事な村を使わせてもらうことになる。というより、有事の際に逃げ込める拠点を複数持っておくという考えから、各地に村を作ってきたので、運用としては当初の思惑の通りなのだ。だが、当然、そこには村人たちの生活があり、一時的とはいえ都合のいいように使われるというのは、当人たちにとってあまり気分や印象のいいものでもない。そのため、普段から協会員が村々に出入りし、交流をすることで身内意識と連帯感を強めようという狙いであった。


 これらは巡回任務に当たる個々人でもそうだが、協会員やその村以外の場所に暮らす人々、広義の意味において、人類全体の生存戦略として理に適った行動と言える。

 その他、細々としたこととして、変なことをしていないか、妙なことが起こっていないか、などの監視が含まれているというのは暗黙の了解になっているのだが、ガンボールは余計なものを背負わせない配慮として、これをウルデリックに教えることはしなかった。


「村って何個くらいあるんですか?」

 ウルデリックは任務の重要性を理解しつつも、なるべくなら少なくあってほしいとの願いを込めてガンボールに尋ねた。


「二十五には二つ、二十六には四つ、二十七には三つ、だったかな」

「そんなにあるんですね」


 各エリアに一つずつ、多くても二つとかだったらいいな、というウルデリックの希望は無残にも打ち砕かれてしまう。普段からそんなに感じられない覇気が、目に見えて分かるほど、萎んでいた。「ただ」とガンボールがそれに続ける。


「以降の三十六まで村はないから、数は他と比べて少ねーよ」

「あ、そうなんですね」


 露骨にと言うほどでもないが、声が一段の半分くらい明るくなったことにガンボールは気が付きつつ、もう少し士気を上げてもらおうと追加の情報をウルデリックに与えていく。


「北は隠しも含めりゃいくつあるか把握できてないし、西は地形が終わってる、東は寒いし一歩間違えれば永久凍土だ。それらに比べれば一番マシだろ」

「隠しっていうのは?」

「未登録未発見、勝手に作られた村ないしは集落を隠しって呼んでる」

「西の地形が終わっているというのは」

「西は標高三千メートルを超える山の中で区分されてんだよ」


 ガンボールにとって思い出したくもない日々が一瞬だけ脳裏を過ぎる。同じように研修を受ける立場の時分であって、任務地は西区であり、また師匠であるベロニカからは「見つけた悪魔を端から殺せばいい」とだけ説明されたのみで、どことも知れない山奥に放り出された。ひと月もの間サバイバル生活を余儀なくされ、やっとの思いで見つけることのできた協会支部では、研修の連絡はおろか自分がいることすら知らされておらず、まあその後も色々とトラブルが続いた。そのほとんどはベロニカのせいであり、大小さまざまな、かつ必要とは思えない苦労をたくさんさせられてきた。


 人は教えられた通りにしか他人に教えることができない。とはよく言ったものだが、ガンボールは師の行動を反面教師にして、当時を振り返って「こうだったらよかったな」という叶わぬ望みを弟子になった者に授けようと心に決めていたのだ。


「……師匠って、変なところで優しいですよね」

「そういうお前は遠慮がなくなってきたよな。誰の入れ知恵なんだか」

「フェンリー様とグレース様です」

「あいつら……」

「そういえば、どうして村があるのは三つのエリアだけなのですか」

「お前も大概だな。砂漠に住めってのか?」

「砂漠、というのはよく分かりませんが、その、住めないんですか?」

「水はないし植物は育たない、昼夜の気温差が激しい砂まみれの環境が砂漠だ」

「それだけですか?」

「……そういやお前、エリア四十九で薄着と裸足だったっけ」

「えっと、はい。あの、それって変なんですか」

「まあ、普通じゃないのはたしかだな」


 そんな風にして、これから遂行する任務もとい研修の話や雑談をしていると、一つ目の村が見えてきた。



 一日で九つの村を巡る強行軍を終えたウルデリックは、次の日から早速、昼の巡回の任務に就くことになった。本日の任務に当たる魔術師は、支部に籍を置く四級以下の者を含めた五名である。ジュディゴールの下に集められた面々について、当然、ウルデリックの顔見知りなど一人もいなかった。しかしなぜだか他の全員は自身のことを知っている様子で、またどうにも避けられている節が感じられた。


「知っている人もいると思うけど、初級魔術師の研修として今日から巡回任務に参加してもらうウルデリックよ」

「あ、っと、初級魔術師のウルデリックメイベルです。よろしくお願いします」


 気を利かせたジュディが会話のバトンを渡し、促されるようにしてウルデリックは簡単な自己紹介を行った。

 他の四人は互いに目配せをして「誰が最初にいくか」と牽制し合ったのも束の間、黒に近い紺色の短い髪に目つきの悪い男の子が先陣をきった。


「四級魔術師でヴェルゴさんの弟子のダズだ。その……、よろしくな」


 名乗ったのちに、ウルデリックから見つめられて目を逸らしたダズと名乗った少年は、それを隠すように手を出し握手を求める。「よ、よろしくお願いします」ウルデリックもおずおずとその手を取って握手を交わした。

 それを皮切りにして、ジルミと名乗る女の子、オルドアセンタクム、バエルアーカナムという男の子が続いて、簡単な紹介が行われた。


 ジュディはその光景を懐かしむような、微笑ましい様子で見守りつつ、折を見て誰がどこをどれくらいの時間担当するのかというシフトを伝えた。ひとまず、ウルデリックはエリア二十五にある村の一つに一人で赴くことになった。


 ウルデリックが村へと向かう直前の様子を見て、初日くらい付き添うべきかと考えていたガンボールは、「何かあれば戻って報告するか、呼べ」とだけ言い、弟子の裁量に任せることにした。過保護であったり過干渉であったりするのは確かに安全かもしれないが、師匠がいなければ何もできませんでは話にならないからだ。ではその間、ガンボールが何をしているのかと言うと、本部からの任務をこなしたり、支部長の相手をしたり、個人的な用事を済ませたりしているのだが、これはまあ余談である。


 そんなこんなで、ウルデリックの日々は目まぐるしく過ぎていき、気が付けば三か月が経過していた。

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