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「『我が身を彼方に』レステガロン」

「わっ」


 ウルデリックが声を上げたのも束の間、一瞬で景色が切り替わる。いつぞやの研究所で味わった体験がフラッシュバックして、あれもこの魔術に似たものを使われたのかと独りでに納得する。かと思えば先ほどまでいた魔法協会本部の受け付けロビーと同じ風景だったため、「あれ?」ウルデリックは首を傾げた。


「というわけでここが第三支部だ」


 何がとういうわけなのかは判然としないが、師匠がそう言うのだから転移は成功していて、ここは自身の任務地である魔法協会第三支部に間違いないのだろう。


「とりあえずその辺に印つけとけ」

「はい!」


 何もない空間に片手をかざし、「『御魂につなぐ』オング・デュオ」唱えて魔術を発動させたウルデリックは、これでいいのかなと不安気にガンボールを見る。自身の微量な魔力が、手をかざしていた空間に漂っているのは分かるのだが、目に見えず、また経験に乏しいため、ついつい師匠のお墨付きを求めてしまう。


 当のガンボールはといえば、「んじゃ行くぞ」と背を向けて行ってしまう。最近になって少しずつ分かってきたことだが、師匠は本当にしてはいけない間違い以外は、こちらが言葉にして問わない限り教えてくれない。ウルデリックはきちんと魔術が発動できているのか、尋ねようか迷ったが、「まあダメだったらその時考えよう」と迷いを脇にどけてガンボールの背を追った。


「うわぁ」


 外に出たウルデリックは感嘆の声を上げた。それもそのはず、目に映るのは一面全て、どこまでも広がる砂の海である。無機質な研究所、氷の大地、居並ぶ家々の街並みくらいしか目にしたことのないウルデリックにとって、それはまさしく別世界の光景だった。


「あの、師匠」


 目を輝かせた興奮も一入、すぐに我に返ったウルデリックは「任務とは何をするのでしょうか」本来の目的を思い出して尋ねた。準備も含めたここ二、三日の間にも何度か尋ねたのだが、「行けば分かる」と聞かされるだけで詳細は何も知らされていなかった。


「任務ってより研修だけどな」

「というと?」

「これから魔術師として働くための基礎を現場で体験するってだけだ」

「では私は何をすればいいのでしょうか」

「んーそうだな、まずは……」


 視線を宙に彷徨わせて思案するガンボールをじっと見つめながら、ウルデリックは何を言い渡されるのかと固唾を呑む。リンデルから唐突に命じられた初めての任務がようやく始まる。わくわくなどはほとんどなく、緊張に類する感情が心の九割以上を占めていた。


「支部長に挨拶するか」


 言ってガンボールはロビーの方へと戻って行く。じゃあなんで外に出たんだ、とは思わなくもなかったが、とりあえずウルデリックはそれに従った。そうして後ろを振り返ったウルデリックは、魔法協会第三支部の建物を初めて目にした。頭をめいっぱい後ろに倒して、顔が空と平行になってようやくその頂点が見えるくらい、円柱形の塔の形をしている第三支部は背が高かった。


 本部は元が王城ということもあり、気品と厳かな雰囲気に芸術的な美を感じさせる造りであったが、逆にこの第三支部は石と砂で構成されており、良く言えば堅実で堅牢な機能性を重視しているといった印象を持ち、悪く言えば殺風景である。

 砂上の楼閣とでも言えば少しは華やかさや厳かさが出るだろうか。


 何にせよ、このような場所で長を張っている人物もまた、それに見合うだけの真面目な人かもしれない。リンデルのような見た目と威厳がちぐはぐな人も戸惑いを受けるが、一致している人もそれはそれで怖そうである。


「何してんだ、早く来い」

「す、すみません」


 支部を見上げていたウルデリックは、ガンボールに急かされその後ろに付いて行く。

 ロビーの脇にある階段を上り、数字の書かれた扉が並ぶ廊下に出た。廊下の奥には階段が螺旋状に、まだ先まで続いているみたいだったが、ガンボールは階段の手前にある七と書かれた扉を開けて中へと入った。ウルデリックもそれに続いて中に入ると、本部の訓練場を思わせる真っ白な空間に出たかと思えば、次の瞬間には同じような廊下の上に立っていた。後ろには上りと下りの階段がそれぞれ伸びている。


 ガンボールは階段から一番近い扉をノックした。「どうぞ」と女の人の声が聞こえてくる。「失礼します」いつになく礼儀正しい師匠のこともそうだが、何が起こったのかまるで分かっていないウルデリックはしかし、また急かされる前にと、一拍遅れながら部屋へと入る。


 部屋の中には、机に向かい書類の山に囲まれている女性がいた。先ほどの声の主であろうその女性は、「座ったままでごめんなさいね」と前置きをして、さっと二人を見てから自己紹介をした。


「ようこそ魔法協会第三支部へ。私はここの事務と防衛の統括を任されている副支部長のジュディゴールです。って、ガンちゃんは知ってるわね」


 ジュディは微笑みと苦笑の間くらいの表情をする。一見すると美人な顔立ちと物腰の柔らかそうな雰囲気を醸し出しているのに、そんなことよりも苦労と疲労を溜め込んだ目をしている印象が勝ちすぎている。


 ウルデリックが「大変そうだな」と可哀そうを通り越して憐みを感じながらぼーっとしていると、「おい」ガンボールから小突かれてはっとする。


「あ、えと、ウルデリックメイベルです。よろしくお願いします」

「可愛い名前ね。ウルちゃんでいいかしら?」

「なんでも、大丈夫です」


 ジュディにじっと見つめられて視線がぶつかったウルデリックはさっと目を逸らした。元来の性格なのか、まだ慣れていないだけなのか、知らない人と相対するのはどうしたって緊張してしまう。そんなウルの様子を見て、ジュディは小さく笑みを溢した。


「うん、問題なさそうかな」

「え?」

「ううん、こっちの話。気にしなくていいわよ」


 何が問題ないのか、問題があった場合どうなっていたのか、気にならないわけではなかったが、説明してくれる感じはどうやら見受けられない。「問題ないならまあ、いいか……」考えることを諦めたウルデリックをよそに、ジュディはガンボールに目を向けた。


「研修するっていうのは聞いているけど、具体的に予定は決まってる?」

「とりあえず今日中に一通り説明してくるんで、明日からそちらのシフトに組み込んでもらえると助かります。あとは、何か助言とかあれば教えてもらえるとありがたいすっね」

「うーん、私から言うことは特にないかな。研修って結局のところ、普段の巡回任務と戦闘を経験しようっていうのが狙いだから、そこから外れてなければ多少は何をしてもいいのよねぇ。期間はどのくらい?」

「三か月くらいで見てます。一年かけて全エリアを経験する感じで」

「なるほどねぇ。うん、分かったわ。じゃあシフトは考えておくわね。明日からでいいのよね」

「ありがとうございます、それで大丈夫です。じゃあ、何かあったらまた相談します」

「いつでも気軽にね。ウルちゃんも困ったことがあったら言ってね」

「あ、はい!」

「あー、あと、ね。分かってると思うけど、やりすぎないように。特にガンちゃん」


 それまで温和な空気だった場が、冷や水をかけられたみたいにきゅっと引きしまる。ウルデリックは思わず背筋を伸ばして姿勢を正した。


「……気を付けます」

「暴れるのはうちのバカだけで十分よ」

「あ、そのバカ(支部長)って今どこにいます?」

「バカが支部長だなんて私は言ってないのに、バレたら大変よぉ」


 くすくすと笑い揶揄うジュディが「もうすぐ帰ってくると思うんだけど」と口にしたのと同時に、ドオォォォン、上階に雷が落ちたのかと思うほどの轟音と衝撃が部屋中に響き渡り、建物全体が震えた。


「帰ってきたみたい」


 もうどこか諦めたみたいに薄い笑みを顔に貼り付けたジュディを見て、ウルデリックは「こっちの方が絵になるな」というようなことを思ったが、思うだけにして、「支部長ってどんな人だろう」と思考を切り替えた。


「じゃあ挨拶してきます」

「いってらっしゃい」

「失礼します」


 言ってガンボールがジュディの執務室から出て行き、ウルもそれに倣って頭を下げて師匠の後に続いた。

 部屋から出てすぐの階段を上り、ガンボールたちは建物の屋上へと出た。

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