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 ——やはり都合がよすぎる。


 第三ラウンドが始まってすぐ、アジ・ダハーカが魔法を使ったにも関わらず全員が生きていたこと。

 魔法が破られてから二、三と立て続けの追撃は行われず、代わりにガンボールの魔術を受けたこと。

 遊ぶように黒ばかり使い、期待外れと興が削がれてなお、相手が仕掛けてくるのを待っていたこと。


 そもそも、とリンデルは試験の始まり、さらにそれ以前からの違和感が繋がり連なるものだとさえ直感が告げていた。

 リンデルはいよいよもって何らかの作為的な導きを感じ取り、ベロニカの方を見た。視線に気が付いたベロニカは意味深に笑って見せた。


「お主何か知っておるな?」

「教えてあげなーい」


 ベロニカは世界ではない一個人に過度な干渉も肩入れや思い入れもしない。そのことを理解しているリンデルは、ベロニカの年相応ないたずらっぽい笑顔と長年の付き合いから、おおよそを察した。彼女が言葉にしないということにもまた意味があるのだ。


「あの」

 二人のやりとりが暗黙のうちに終わったのを見計らって、ウルデリックが申し訳なさそうにベロニカへと声をかけた。ベロニカはガンボールたちの時間を止めて「どうしたの?」と聞き返す。


「その、魔法とは、私でも使えるのでしょうか」

 その声には、自身を卑下するでも忌避するでもなく、少しの期待と確かな願望が込められているようだった。


「使えるよ」

 ウルデリックの切実さが滲んだ決意を前に、澱むことなくベロニカはあっけらかんと答える。


「というかウルちゃんはもう使ってる」

「え?」

「魔法っていうのはね、ん~、すごーく長くなるから詳細は省くんだけど。簡潔に言うと、世界の理を書き換える、魂に付随した神様の権能の一部ってところかな。だから魂を持つ全てが可能性を秘めているってわけ」

「私がすでに使っている、というのはどういう意味ですか?」

「そのまんまの意味だよ?」

「覚えがないのですが」

「そりゃ無意識だからね」


 疑義の目を向けるウルデリックに押され、ベロニカは少し思案してから「じゃあ少しだけ教えてあげよう。リンデルが」と丸投げした。

 こうなることも察していたのだろう、リンデルは「わしかい」とツッコミを入れてため息を吐く。ベロニカと同じように、どこまで教えるべきかと考える間を置き、「よいか」と説明を始めた。


「魔法とは魂に宿る神の権能であり、扱うには肉体に宿る魂を知覚せねばならん。知覚するには肉体と魂の距離を縮める必要がある。そして、肉体と魂は魔力によって一定の距離を保ちながら繋がれておる。つまり、魔法を覚えるにはまず、その魔力を感じることから始めるというわけじゃ」

「では私が無意識で使えているというのは」

「うむ。生まれた時から魂との距離が近くて、魔法を使わねばならんなんらかの理由があったというだけのことじゃな。そういうのは偶におる。少々事情が異なりはするが、フェンリーも無意識に魔法を使っておった者の一人じゃよ」


 ウルデリックはモニターに映る倒れたフェンリーを見て、少しの親近感を覚えた。そうしてまた少しだけ、肯定された気分にもなった。


「はい、じゃあ講義はお終い。気になるならあとは師匠に聞いてね」


 パン、と柏手を打ったベロニカは、再び一時停止を解除する。

 再生されるのはちょうど、魔術を発動したガンボールとアジ・ダハーカの戦闘が始まる直前である。


「ベロニカ、一つやってほしいことがある」



 ガンボールは両の手を合わせて「一の(こく)」右手を時計の三時の方向に回す。合わせた手のひらから光が生まれて溢れ、開いた中から丸太のように太い筒が現れる。筒を右の肩に担ぎ、アジ・ダハーカに狙いを定める。紡ぎ撃ち込む合図の言葉に「ガラディーン」、唱えた瞬間、夜を払うがごとく、黒に染められた世界に光が満ちた。


 光が晴れ、黒が消える。元の真っ白い世界に戻ったそこには、何本かの尾が消し飛び、銀色を帯びた体のあちこちからも白い煙を上げているアジ・ダハーカと、何事もないガンボールたちがいた。

 様子を見るに、アジ・ダハーカは十二本の尾を使い、ガンボールの一撃を真正面から受け止めたようであった。


「案外脆いんだな」

「さよう」


 ぼろぼろの姿を見て煽るガンボールに、アジ・ダハーカは不敵に笑う。


「我の尾は魔力で創造しておる。いくらでも再生可能だ」


 見るが早いとばかりに、十二本の尾は即座に元通りとなってくねくねと踊っている。「邪魔だな」ガンボールがぼそりと呟いた。


「二の刻」


 手を合わせたガンボールは、右手を六時の方向に回した。溢れた光が両手を覆い、十数センチメートルに伸びた鋭い鉤爪が形作られる。ガンボールは駆け出し、アジ・ダハーカとの距離を一息の内に詰める。その速度は獣装を用いたウルデリックよりも数倍速い。


 一直線に向かってくるガンボールにタイミングを合わせて、右の前足が振るわれる。自身に到達するより速く、ガンボールは股の間を抜けてアジ・ダハーカの背後を取った。

 十二本の尾を視界に収める。獣が大口を開けて捕食するのに見立てて両腕を広げ、ばくり、と擬音が聞こえてくるほど勢いよく爪を閉じた。アジ・ダハーカの尾は牙が食い込んだように、根元からその全てが千切れて飛んだ。


「ぬっ」

 少しの身じろぎから跳躍し、アジ・ダハーカはガンボールと距離を取った。千切れた尾は形を保つ術を失い、霧散していく。ガンボールが鼻で笑った。


「再生すると言ったであろう」

 その笑みに不快感を顕にしたアジ・ダハーカは、先ほどと同様にして尾の再生を試みるも、ただの一本たりとも形作ることができなかった。


「癒えない傷だ、知ってんだろ」

「なるほど」


 何かに得心がいったという風に、アジ・ダハーカは「赤」と唱える。銀色に鈍く光る全身が、鮮血に濡れたように真っ赤に染まる。


「次は足をもらう」

 言って駆け出すガンボールは左足に狙いを定め、すれ違いざまに爪を立てた。その体表に触れ、深々と切り込んだと思われた瞬間、ガンボールの腕に衝撃が走り、体ごと弾かれ吹き飛んだ。


「所詮、猿真似だな」

 今度はおかえしとばかりにアジ・ダハーカが不敵に笑う。ガンボールは舌打ちを吐き捨て起き上がった。


「反転か?」

「さてな」

「どうせ一色べた塗りだろ」


 ガンボールは三度(みたび)両手を合わせ、「三の刻」右手を九時の方向に回す。溢れた光に両手を開き、中から現れたのは旗であった。旗は真っ赤な布地に金で縁取られ、三日月をバックに一本の剣が描かれている。「ガラディーン」ガンボールは旗を地面に突き刺し呪文を唱えた。


「四の刻」


 続けざまにガンボールは手を合わせる。回すことなく零時に合わせられた両の手から、同様に光が溢れ出す。開いて現れるは両刃の大剣であった。刃渡りだけでガンボールの身の丈ほどもあるその大剣は、鍛え研がれたばかりの新品さと、歴戦の勇士を重ねた威風に加えて、神々しいまでの圧倒的な存在感を放っている。


 見るからに重たいその剣をガンボールは軽々構え、鉤爪を付けていた時よりさらに速く、アジ・ダハーカとの距離を詰めた。


 振るわれる右前足と大剣が一合ぶつかり、ガンボールに衝撃が跳ね返ってくる。推測の通り、赤色は運動エネルギーの反転反射を司っていた。

 あわや再び弾かれ吹き飛ぶかと思われたガンボールはしかし、無理矢理堪えてさらに力をこめた。一瞬の拮抗と膠着、その後に現実となったのは、アジ・ダハーカの足が切り裂かれている方であった。


「衝撃ごと切られたか」


 その刃に触れた万物万象を切り裂く大剣により、半ばまで縦に切られた足をだらりと持ち上げ傷を眺める。だが、次の瞬間には元通りの形に再生していた。


「能力の重ね掛けはできぬと見える。やはり、ガラディーンには遠く及ばぬな」


 懐古の念と失望を同居させた声がガンボールを揺さぶる。

 かの英雄に並び及ばぬことなど、自分自身が一番よく知っているのだ。


死刻(しこく)


 柄を握る手に力がこもる。唱える呪文に呼応して、大剣は光を帯びた。


「銀」


 アジ・ダハーカの体から赤が剥がれ落ち、新たに鈍色へと塗り替えられていく。

 その体を切り裂かんと振りかぶった大剣の一撃は、一切の抵抗なくつるりと滑って地面を叩いた。


「どんなに切れ味が鋭くとも、触れねば意味がなかろう」


 銀色は物質と物質の境界をなかったことにする。つまり、大剣とアジ・ダハーカの体は同質のものとなり、ガンボールの攻撃は当たったとうい事実そのものさえすり抜けていた。

 本物の一撃ならこうはいかないのだが、ガンボールの魔術では、対象を定めない限り能力が適用されない。


「ガラディーン」


 アジ・ダハーカの言葉をよそに、ガンボールは呪文を唱えた。剣に纏う光がより一層の輝きを放つ。

 その光にかつての高揚が湧き上がる。それはまさしく魂の死闘の果てまで紡ぎ描いた英雄の力の再現。世界に色彩の大からんことを知り、真っ白なキャンバスと無窮の荒野を有限のものへと置き換えることの甘美な夢に浸った一時をアジ・ダハーカは思い出す。


 惜しむらくは、自身が十全に力を奮えないこと。せめて、例えそれが偽物であったとしても、思い出にある以上、真摯でありたいとアジ・ダハーカは願う。

 溢れた光が収束し、巨大な剣を模す。刃が煌めいて、アジ・ダハーカの眼球の裏側までその光景が焼き付いていく。

 ガンボールの渾身の一刀が、世界へと刻まれた。



「……、はっ?」


 二級試験の集合場所へと突然戻されたガンボールは間の抜けた声を出した。自身の体に触れて存在を確かめ、次いで辺りを見回す。同じように呆けた様子のラッドたちと、不憫とでも言うように可哀そうなものを見る目を向ける一同、どこか満足そうにしているリンデルがいる。


 いったい何が起こったのか。振り下ろした剣の一撃は確実にアジ・ダハーカを捉えていたはず、と寝起きにそれまで見ていた夢を思い出すように、ガンボールは記憶を辿ろうとした。


「さて、全員戻ったことじゃし、合否を発表しようかの」


 言ってリンデル椅子から下りて立ち上がった。。弛緩していた空気が引き締まり、視線が一斉にリンデルへと集まる。


「ヴェルゴバスキリング、ビップバーンウィークル両名は判断を保留とする。ガンボール、お主は合格じゃ」

「リンデル様」

 ヴェルゴが立ち上がり前に出た。


「保留とはどういった措置なのでしょうか」

「次回に持ち越すという意味じゃ。それと、好きな時にもう一度試験を受けさせてやる」

「リンデル様」


 今度はビップバーンウィークルが立ち上がってヴェルゴに並んだ。


「不肖の身ではありますが、至らぬ点をご教示いただきたく」


 ビップバーンウィークルは右手を胸に当てて頭を下げた。「ふむ」リンデルは少しの間思案すると「よかろう」言ってヴェルゴに目を向けた。


「ではまずはヴェルゴバスキリング」

「はっ」

「お主は他人の言葉に信を置きすぎじゃ。真意と答えより先に最善を探り続けよ。責任なき力では望む現実が夢のままであると知れ」

「ありがたく。肝に銘じます」


「次にビップバーンウィークル」

「はい」

「お主は仮面を被ると決めたのならそれを貫き通せ。もはや迷い戸惑う段階にはない。翳る威光に従うものはおらぬ」

「承知しました」


「最後にガンボール」

「おう」


 呼ばれてガンボールが立ち上がる。


「二級の域すら出かかっておるお主に言うことは特にない。じゃが、あの程度のやつにやられるようでは魔王を倒すなど夢のまた夢じゃ。それと遅刻をするな」

「小言ばっかじゃねぇか。ってか、やっぱあんたが何かしたのか」

「なに、解言を許しただけじゃよ。その様子じゃと、何が起こったのかも分からなかったみたいじゃがな」

「相変わらず悪趣味な」

「遅刻をした罰じゃ。それに、自身の未熟を理解できたじゃろう。ほれ、感謝せい」


 ガンボールは苦々しい顔をして盛大にため息を吐く。リンデルは満足そうに笑って見せた。


「では二級魔法使い試験を終了とする」

 リンデルは「はよ出て行け」と手を叩いて退室を促した。


 肩身を狭そうにしてなるべく息を潜めていたウルデリックは、出て行くガンボールたちの後を追おうと立ち上がる。

「そうじゃウル」

「は、はい」

 ウルデリックはリンデルに呼び止められて振り向いた。


「見習いを卒業したそうじゃな」

「はい」

「では初級魔術師として任務を言い渡す」

「えっ」

「魔法協会第三支部にて実地研修を行ってこい」


 ウルデリックは唐突に告げられた任務に困惑して、しかし「承知しました」とその場しのぎに承諾していた。


「詳細は師匠にでも聞け」

「は、はい」

「では行ってよいぞ」

「し、失礼します」


 部屋から出たウルデリックは、ひとまずガンボールたちの下へと向かうのだった。

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