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 ここでは便宜上モニターと呼ぶそれで映像を眺めていたベロニカは気が付いた。

「入っておいで~」


 扉に向かって投げかけられた言葉に反応してか、おっかなびっくり中を窺うようにウルデリックが顔を出す。

 内装をキョロキョロと窺いながら、はっとして二人の前まで駆け寄ると、「すみませんでした」ウルデリックは土下座でもしそうな勢いで頭を下げた。


 二人はぱちくりと瞬きをして互いに視線を交わし、「突然どうしたの?」ベロニカが尋ねた。

「あの、その」

「とりあえず頭を上げて」

「はい」


 言葉に詰まりながら顔を上げたウルデリックは、まるで花瓶を倒して割ってしまった幼子のように、ばつの悪そうな表情をしていた。

 直前の謝罪からも分かる通り、何がしかの事情があることは見受けられる。だが、内容を聞かなければ判断のしようもなかった。「それで、怒らないしゆっくりでいいから事情を聞かせてくれる?」ベロニカは努めて優しい声で再び尋ねた。


「師匠を遅刻させてしまいました」

「師匠って言うと——」

「ガンボールじゃな」

「ああ、ね。別にいいよいつものことだし」


 なぜだかくすくすと楽し気に笑うベロニカを前に、燃え盛っていた焦りと不安は急激な下火に変わり、余裕の生まれた隙間には「そういえばこの人誰だろう?」とウルデリックの頭に疑問が湧いて出てきた。


「それにお主の責任でもなかろう」

「そうだよね。ねえ、なんであなたが謝るの?」

「えっと、師匠を起こすのが私の役割で。でも、今朝は先に行ってろと言われて、そしたら二度寝してて……」


 ウルデリックは今朝もガンボールを起こしに行った。しかし、いつものように協会本部へ一緒に行くことはなく、先に行くよう言われたので一人で向かうことになった。二時間ほどの修練を終え、受け付けにいる職員にガンボールが来たか一応確認したところ、まだ見ていないと言われた。焦って家に行くと、ガンボールは着替えた状態で眠っていた。どうやら、準備はしたものの時間があるので横になり、そのまま寝たのだと思われる。


 そうして、試験に三十分ほど遅刻したガンボールだが、無理にでも一緒に来なかった自分にも責任があるとウルデリックは考え、謝罪をするに至ったのだ。ちなみに、この部屋に入るのが怖くて、扉の前でうろうろしていたのは余談である。


「全面的にあやつが悪い」

「そうだね、ウルちゃんが気にすることじゃないよ」

「でも、弟子の責任が師匠の責任なら、逆もそうではないんですか」

「殊勝な心掛けじゃが、」

「それに私が命じられたことなのに、ちゃんとできなくて」


 リンデルの言葉を遮りながら、尻すぼみに声が消えて俯き、ズボンをぎゅっと掴んで何かを堪える。

 ウルデリックの本音はまさしくそれである。つい先日にも自身の弱さを自覚させられ、さらには命じられたこともできない。つまり価値がない。また捨てられる。そんな論理が頭の中で出来上がっていたのだ。


「もー気にしなくていいってば。それよりこっち来なさい」


 そんな様子のウルデリックに同情するでも憐れむでも慈悲を与えるでもなく、往年の友人に接するように、ベロニカは自身の座っている椅子の横を空けて叩いた。戸惑うウルデリックを「はやく」と言って急かす。

 ウルデリックは見ず知らずの、それもなんだかとても偉そうな人の横に座ることに躊躇して、助けを求めるようにリンデルを見た。


「お主も魔術を習ったなら知っておるじゃろ。こやつは魔術の祖にして神の代替とされるあのベロニカじゃ」

「あ、そっか自己紹介がまだだったね。私はベロニカ、リンデルが言った通りのベロニカだよ」


 こんな五歳児の見た目をした幼女が、いかにも頭の軽そうな言葉使いをしているのが、あのベロニカだと言うのか。ウルデリックはますます困惑を極めて、その表情を顕にした。それを悟ってか、ベロニカは少しだけ補足を加えた。


「私は記憶を引き継いだまま転生を繰り返しててね、だから魂は~ってまあ厳密にはちょーっと違うんだけど、でもあなたが体験した記憶のベロニカは私だよ。五年くらい前に転生したからこんなにかわいくなっちゃったんだけど、ねえリンデル、この体って何代目だっけ」

「お主はしょっちゅう死ぬから十より先は覚えておらん」

「だってさ、はい自己紹介終わり。ほら早く一緒に観戦しよう」


 ウルデリックは考えることを止めた。ただ唯々諾々と言われるがままベロニカの隣に座り、空中に映し出されたモニターを眺めた。


「あの、これは?」

「試験の様子だよ。二級魔法使い試験の」

「止まってる?」

「そ、ウルちゃんが来てたからこの中の時間を一時停止してたの」

 ベロニカは「私の作った世界だからなんでもできるよ。なんでもはできないけど」と誇らしげに語り、ウルデリックは自分にもそんな力があればいいのに、と心の中で願った。


「はよ再生せんか」

 放っておくといつまでも駄弁っていそうな雰囲気を察して、リンデルが続きを促した。

 ベロニカはリンデルの催促に応じて一時停止を解除する。

 時は流れ、試験に挑戦している各々が第二ラウンドへと突入した。



 尾の先端から閃光が迸る。辺り一帯を白光が瞬き、熱と衝撃と轟音が一筋の軌跡を残した。

 放たれた爆発に巻き込まれたヴェルゴはしかし、また新たに二、三体の自身を生み出して、攻撃のターゲットを分散させる。本体はと言えば、傷を負ったロカフォレロと一緒に、魔法による幻覚で身を隠していた。

 爆発の直撃を避けた直後に飛んできた尾の一撃を受けたロカフォレロは、意識こそ失わなかったものの、左腕が使い物にならなくなっていた。


「なんなんですかあれ」


 先ほどまで戦っていた悪魔の攻撃は、足や尻尾といった身体によるもので、魔法や魔術的なものはなかった。それが突然、あの閃光と爆発、鋼よりも硬い体、ヴェルゴの幻覚による分身に地面から生み出した鎖が襲い掛かるなどなど、攻撃方法ががらりと変わっていた。


「ありゃ第七位階の悪魔だな」

「え、はぁっ? いや、え、それって異界十三位階の七、って意味じゃないですよね?」


 ヴェルゴの顔と、幻覚で遊んでいる悪魔の姿を交互に見る。資料でしか知らないが、確かに特徴は一致するし、何よりそんな冗談が言えるならヴェルゴは堅物なんて呼ばれていない。ロカフォレロは頬を引きつらせて「無理じゃん」と笑った。


 ヴェルゴは溜め息を吐く。それは連れてきた後輩の意気地がないことに対してのものでもあるし、過去の試験から明らかに難易度を変えてきたリンデルへのものでもあるし、何より、すでに重心が諦めの方へと傾いている自分自身に向けてのものでもある。


「やれるだけのことはやる。いくぞ」


 師からは事あるごとに「馬鹿になれ」と言われてきたことを思い出す。額面通りに受け取ると「考えて行動しろカス」と罵られ、考えて行動すると「考えすぎだゴミ」と誹られる。理不尽で不条理で、まるで意味が分からなかったが、今はその言葉に少しだけ背中が押された気分であった。


「最大の一撃で一発勝負だ」

 ヴェルゴバスキリングは立ち上がった。


 尾の先端から閃光が迸る。辺り一帯を白光が瞬き、熱と衝撃と轟音が一直線に悪魔の身を焦がした。

 ビップバーンウィークルは自身の魔法により、二、三と放たれる尾からの光線を次々と、また代わる代わる操作して、方向を逸らしたり悪魔に直撃させたりしていた。


 さすがに学習したのか、悪魔は肉弾戦へと切り替えてきた。十二本に増えた尾が多角的に振るわれる。岩をも軽々噛み砕く牙と顎の致命の一撃に翻弄される。太く強靭な前足が空間を抉り、その爪は放たれた魔術ごと切り裂いた。


「他の魔術は使っちゃダメよぉ!」


 悪魔の攻撃を躱しながら二人に指示を飛ばす。彼女もまた、この悪魔が同種の中でも最上位に君臨するものであることは分かっているし、またその特性も把握していた。ゆえに、下唇を噛み、心の中で泣きべそをかいている。


「やんなっちゃうわねほんと」

 ほとんど聞こえないほど小さな声で、ビップバーンウィークルは弱音をこぼした。


 彼女の魔法でなんとか猛攻はしのげているものの、決め手に欠ける。これではジリ貧で、いずれ魔力か体力が尽きて負ける未来がありありと目に浮かんだ。

 他の試験参加者たちには申し訳ないが、それならいっそ、余力があるうちに短期決戦で最大火力を叩き込むのが最善ではないだろうか。

 その迷いがコンマ一秒の判断を遅らせてしまう。


「しまっ」


 五本の鎖がジャラジャラと地面から伸びる。鎖の支配権を奪おうと魔法を発動する瞬間、他の二人にも鎖が伸びるのが目に映る。ビップバーンウィークルはまた迷った。そうして、決断するより先に現実はやってくる。


 ベリドット、バングノートも同様に、五本の鎖が五体に巻き付き、地面に縛り付けられた。

 数秒もあればこのような拘束は解除できる。彼女たちは魔術を発動させようとするが、そんな隙を悪魔が待ってくれるはずもなかった。


「誰よこんなの使った馬鹿は」


 空、と言っていいのかは議論の余地あれど、その真っ白い頭上を曇天が埋め尽くす。連鎖する雷光が一匹の龍を成し、(いなな)く雷鳴が大気を震わせる。

 ビップバーンウィークルはごくりと唾をのむ。「終わったわぁこれ」心の中での呟きが漏れているとも知らず、ただ天に輝く稲妻と、地に伏す自分たちを見下ろしている、威厳と荘厳に満ちた悪魔を見上げていた。

 龍の駆ける雲海が一際強く閃いて、瞬間、無数の雷が降り注いだ。



 尾の先端から閃光が迸る。辺り一帯を白光が瞬き、熱と衝撃と轟音が一直線にあらぬ方向へと飛んでいった。

 突然硬くなった悪魔の体に対しては、傷を負わせるほどの威力を出せないガンボールの魔法の弾丸だが、尾の先端を狙って攻撃を適当に逸らすことは容易であった。


 いくら撃っても意味がないと悟った悪魔は、強大な身体でもってガンボールたちへ肉薄しようと迫る。悪魔が動き出すタイミングに合わせて、グレースが前に出た。


 横なぎに払われた右前脚を空中に身を翻して躱し、死の気配が滴る大口を開けた下顎を勢いそのまま蹴り飛ばす。死角に回り込ませた尾の攻撃はガンボールたちの魔法に阻止され、グレースには届かない。

 ガンボールの指示により、グレースが悪魔に密着してヘイトを取り、他の三人は距離を取って動きを妨害することに専念している。


 ガンボールもまた、目の前の悪魔が自身の目指す英雄と相打った、魔王を除いた悪魔の中で史上の頂に立つものであることは理解している。だが、かつての魔力量どころか魔法さえ封じられている現状では、低位の上級悪魔に同等か及ばないちょっと厄介な敵というのが彼の認識で、ものの見事に完封していた。

 悪魔が魔術の鎖を生み出せば、直後に弾丸で跡形もなく砕き、瞬く閃光はかすりもさせず、空振りさせる鋭爪に、毎秒ごとに鋼の鱗へ傷を刻んでいく。グレースの抜剣は少しの溜めが必要なので繰り出せないが、それでも着実に戦況を有利に進めていた。


 悪魔はその布陣を崩すことができず、ついには焦れて腕に畳んでいた翼を広げ、空中へと飛び退さった。目の前でもろに風を浴びたグレースは、その風圧に押されてはるか後方へと吹き飛ばされてしまう。

 一瞬のうちに十分な距離を取った悪魔は空中で静止し、十二本の尾を口元に伸ばす。尾の先端からそれぞれ放たれる閃光が重なり、太陽と見紛うほどに眩い輝きを生み出した。


「悪手だろそれは」

 ガンボールはぽりぽりと頭の後ろを掻いてため息を吐いた。


「ラッド、落とすぞ」

「おっけー」

「フェンリーはアステカロンを封じろ」

「承知しました」

「『軍靴磔刑(ぐんかたっけい)退()くに(あた)わず アルビスアルバールが列を為す』メルインブラック」


 短く指示をしたガンボールが魔術を発動する。

 悪魔は目の前に煌めく光球から一転、一切の光を映さない無明の闇に視界が満たされた。

 パチン、と指で弾いた音が鳴る。

 ぐらりと脳が揺れて、平衡感覚を失い、強烈な熱と衝撃が身を包む。

 何かとてつもなく硬いものにぶつかり、それが地面だと認識してもすぐさま起き上がれないほど大きな衝撃に、体を動かすことは適わない。

 霞む視界が徐々に色を取り戻す最中、「外法 首切り」その言葉を最後に、悪魔の意識は途切れて消えた。

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