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 鏡面のように磨かれた白い床に、精緻な意匠を施された柱が等間隔に並んでいる。天井にはその国の起源となった女神の伝承が一枚の絵画として彫られており、静観する吊るされたシャンデリアは、下に居並ぶ人々を淡い光で濡らしている。


 嵐の前触れにも似た異様な静けさに空気が張り詰める中、重厚な扉が音もなく開いた。集まった人々は扉の方を向く。視線の先、ガンボールがあくびをしながらやってきた。


 ガンボールは赤いカーペットが敷かれた道を堂々と歩く。じろじろと射貫く視線を気にも留めない。背後の窓から祝福されたように後光を受ける歴代諸王たちの座した玉座に座る少女の前までやってきた。

 ガンボールは片膝をついて頭を垂れた。


「寝坊しました」


 あわやビキビキと音が聞こえてきそうなほどの青筋を立てる者、呆れて天を仰ぐ者、どうでもいいから早くしてくれと諦観する者たちがいる中、座した少女は楽し気に、声を堪えて小さく笑みを漏らした。


「今日のところは大目に見ましょう」

「ありがたく」


 少女の許しを得たことに心の中で拳を高らかと空に掲げたガンボールだったが、「甘すぎる」と横に控えていたリンデルが口を挟んだ。


「知っての通りこやつは常習犯じゃベロニカ。反省などしておらん」

「んー、じゃあ何か罰則でも必要?」

「それについてはわしに一つ良案がある」

「それなら、リンデルに任せるね」


 顔を上げていないので分かりようもないのだが、リンデルはきっとほくそ笑んでいることだろう。頭の中でその様子を思い浮かべたガンボールは、掲げた拳を下ろし、心の中で舌打ちした。


「馬鹿も来たことじゃ。これより二級魔法使い昇格試験を開始する」


 ガンボールは立ち上がり、ラッドたちが並ぶ列の一番前に加わった。右隣には色黒でスキンヘッドにパンプアップした筋肉で空間占有率を上げているヴェルゴバスキリングが、左隣には制服のボタンが弾けそうなほど豊満な胸と妖艶な雰囲気を纏うビップバーンウィークルがそれぞれ並んでいる。


 何とは口にせずとも、ガンボールは物理的な肩身の狭さと居心地の悪さに辟易としながら、リンデルの説明が始まった。


「試験内容はベロニカの魔法により作られた空間で悪魔と戦ってもらう。合否の結果は終わり次第報せる。わしからは以上じゃ、何か質問があるものはおるか」


 二級試験の意義やら何やらを説明していたが、要約すればこんなところだろう。さっさと始まらないかな、とは馬鹿に真面目なヴェルゴと、説明をしている当人のリンデルを除いて皆が思っていた。


「では宣誓と御名を捧げよ」

 三度目の二級魔法使い昇格試験となるヴェルゴが一早く前に出て、左胸の上に右の拳を叩いて置いた。


「ヴェルゴバスキリングの名において、魂魄の一片まで主と祖霊に絶対の忠誠をここに」

「ロカフォレロの名において主と祖霊に忠誠を」

 ヴェルゴの後ろに控えていた女性も、前に出て同じように宣誓を口にする。


「はい、承りました。それでは行ってらっしゃい」

 玉座に座るベロニカは立ち上がり、右の手の平を前に出すと「リアライズ」魔法を唱えた。

 瞬間、ヴェルゴたちの姿が掻き消える。


「次」

 リンデルの急かすような投げやりのような声に、ビップバーンウィークルが前に出る。


「ビップバーンウィークルの名において、主と祖霊に絶対の忠誠と愛をここに」

「ベリドットの名において主と祖霊に忠誠を」

「バングノートの名において主と祖霊に忠誠を」


 リンデルと同じくらいの、ビップバーンウィークルの胸を乗せるのにちょうどいい身長をした中性的な顔立ちの少女と、ベロニカに、引いては神への信仰が自他ともに狂信的と認めるバングノートが誓いを述べた。


「はい、承りました。それでは行ってらっしゃい」

 先ほどと同じようにベロニカは三人を送り出した。


「次」

 言われてガンボールが前に出る。


「ガンボールの名において、主と祖霊に絶対の忠誠をここに」

「フラットラッドの名において主と祖霊に忠誠を」

「グレースネルアスフィアの名において主と祖霊に忠誠を」

「フェンリーグレイスバーグの名において主と祖霊に忠誠を」

「はい、承りました。それでは行ってらっしゃい」


 ベロニカは三度(みたび)魔法を発動し、ガンボールたちの姿は見る影もなくなった。

 静まり返るかつての王の謁見の間に二人、ベロニカは玉座にぴょんと飛び乗った。指を鳴らしたリンデルは、何もない空間から椅子を召喚し、ベロニカの隣に置いて座った。


「さてさて、じゃあ様子を見ちゃおうかな」


 ベロニカは楽し気に口元を緩ませ、虚空に手をかざす。半透明で四角い窓のようなものが三つ現れ、その中にガンボールたちの姿が映し出された。


「準備はおーけー、それじゃあ試験開始!」

 修練場と同じ真っ白いだけで何もない空間にそれぞれが佇んでいる中、ガンボールたちには聞こえぬベロニカの合図とともに、悪魔が召喚された。



 ヴェルゴバスキリングは激怒した。という割にはいつも細々としたことでさえ切れ散らかしているので、通常運転と言えばその通りなのだが、本人は怒っていた。


「難易度上がってんじゃねぇか!」


 ものすごい勢いと速さで飛んでくる横なぎの尻尾の一撃を屈んで躱しながら声を荒げる。正面から放たれる二本目の尾が胴を貫くのを紙一重で躱す。

 左半身が前に出ることを予期していたかのように、三本目の尾が横合いから鋭く伸びた。

 ヴェルゴは三本目の尾の一撃を裏拳で弾き飛ばし、上段から叩きつけられる追撃の四本目を右腕で受け止めた。


「『五条契りて 地を這う鎖を大海の(はて)に結ぶ』ダラニシル」


 ロカフォレロが呪文を唱えると、地面から鎖が伸びて悪魔の五体に絡まった。鎖は地面に吸い込まれ、ジャラジャラと音を立ててどこか遠くへと引かれていき、悪魔はうつ伏せの大の字になって地面に固定された。


 ギシギシ、ミシミシ、と今にも鎖の千切れそうな音が聞こえてくる中、ヴェルゴは拳を構える。


「『明星(あけぼし)を喰らう 宵を満たした一等星』グラムシャリオ!」


 拳を突き出した瞬間、夜を晴らすがごとく眩い閃光が辺り一帯を走り、追うようにして爆発音が轟いた。

 閃光が晴れて視界が戻ってくる。魔術の直撃を受けたであろう悪魔はしかし、五体満足とばかりに鎖を千切り、四本の足で立ち上がった。



 ビップバーンウィークルは瑞々しい上唇をぺろりと舐めた。それは彼女の癖で、平常心を保つある種の所作でもあった。


 暗がりの洞窟に鈍く光る宝石のような煌めきを放つ鱗の一片一片に全身を覆われ、地を掴む四本の巨躯の肢体は何百年と大地に根差した大木を思わせる。記憶の中で見たそれは十二本の尾を持ち、太古に存在したとされる竜の祖を自称していた悪魔が、今目の前で低く唸り声を上げている。ビップバーンウィークルは早くも試験に参加したことを後悔していた。


「『滴り落とした遠雷が砂に溺れ 軋る鉤爪で五腑を焼く』ドムスパークル」


 未だ膠着を見せる戦場で、バングノートが両の手首を合わせて先制する。

 雷が一直線に悪魔へと直撃し、猛る五つの雷鳴が頭と四本の尾に響く。


「『双天逆巻き 雨落ちて巡れ』ガラク」


 流れるようにベリドットが魔術を発動させた。

 悪魔の体が横回転でくるりと宙を翻り、背中から地面に落ちる。

 ベリドットが「お膳立てしときましたよ」とでも言いたげな視線をビップバーンウィークルに飛ばした。


「『(くるわ)ざる銀の御手 (うつ)ろわざる金の射手 弓ならぬ身に矢を(つが)える』ハーリット」


 合わせた両の手を縦に開き、魔力で形成された半透明な弓を引く。

 悪魔がその明らかな攻撃を回避しようと起き上がろうとした直後、頭から尻まで光が貫通し、その体にトンネルが開通した。何が起こったのか分からないといった様子で目を見開いたまま、悪魔は力なく地に伏した。



「『我が身と隔つ』リグレラゴール」

 ガンボールは虚空に手をかざした。迫りくる高速の尾の刺突は途中で弾かれ、ガンボールへは届かない。


「グレース」

「抜剣」


 すでにアステカロンを発動させていたグレースは、予期していたガンボールの指示にほとんど同じタイミングで手刀を繰り出した。


 二十一重(にじゅうひとえ)の剣閃が、離れ身構える悪魔の体の半ばまでを深々と切り開く。

 割れた重たい体は音を立てて地面に崩れ、沈黙した悪魔を前にも残心を取るグレースは、「これで終わりじゃないわよね?」誰にともとれる疑問を口にする。

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