表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/31

14

「さて、じゃあ総評ね」

「はい」

「魔術の扱い方はまずまずね。きちんと発動しているし効果も十分及第点。実戦で使っても問題ないわ」

「ありがとうございます」

「近接戦闘の方も格下相手なら力のゴリ押しで圧倒できると思う。獣装も含めるなら、不意打ちで自分より強い敵を仕留めるってこともできる範囲かしら」

「グレース様には通用しませんでした」

「そうね。なんでだと思う?」

「……私が弱いからでしょうか」

「結論はそうだけど過程を省略しすぎよ。そんなところは師匠に似なくていいから」

「では何が」

「動きとか考えが直線的すぎる、かな」

「よく分かりません」

「分かりやすく言うなら実戦慣れしていない素人って感じ」

「しろうと」

「そっ。まあ後は、今日は特に迷いみたいなのがあったわね」

「まよい……」

 と口にして、一つまた一つと思い当たることが、堰を切ったように溢れ出してくる。


「集中できない事柄に臨む時、思考は楽な方へと流れていく。っていうのが私の師匠の教えよ。何かあるなら話してごらんなさい」


 グレースはウルデリックの目をちゃんと見た。逸れて揺れてまた戻ってを繰り返す様を見ながら、「本当なら、こういうことはあんたの師匠がやることなんだけどね」言って少し距離を詰め、ウルデリックの手に自分の手を重ねる。


「ゆっくりでいいから、自分の言葉で話してみなさい」

 俯いて、感情の上澄みからこぼれた言葉が、ぽつぽつと地面に落ちていく。


「その、私はずっと研究所にいて、人間も前のご主人様のことしか知らなくて」

「ずいぶん遡ったわね」

「いえ、あの、私が造られたのは一年くらい前らしいです」

「へぇ、そうなんだ。資料読んでないからなぁ私」

 そういえばそんなものもあったな、と今まで忘れていたことをグレースは思い出した。


 拠点から順次回収された資料の数々はすでに調査、解析が進められており、それらの閲覧や内容を把握することは協会員なら誰でも可能である。しかし、脳筋担当、もとい悪魔や敵対組織との戦闘が自身の役割の主であると自負しているグレースにとって、その手の話に積極的に関わる意思はあまりなかった。


「あ、ごめんね遮っちゃって。続けて続けて」

「はい、それで。私の役割は研究のお手伝い? とご主人様の命令に従うことでした。よく分からないけど、言われたことはちゃんとやりました。でも、グレース様と師匠がきて、失敗しました」


 若手の魔術師、魔法使いの中でも武闘派として名前が上がる二人が相手では、ウルデリックの実力的に勝ち目はほとんどない。失敗と言うなら、その状況を作り出し、指令を下した者の責任に他ならない、というのがグレースの考えだったが、口を挟むことはせずに相槌を打って次の言葉を待つ。


「ご主人様は仕方がないとおっしゃいましたが、多分、期待に添えなかったから、私は捨てられたのだと思います。最後の、時間稼ぎすら満足にできない……」

「相手がガンボールなんだから仕方がないわ。例え何が相手でも容赦しないのよあいつは」

「はぃ。それは、この数日間でもよく分かりました」


 ぱっと思い浮かぶのはエリア四十九の施設で戦ったときと、訓練の内容についてだった。先の戦闘については言わずもがなだが、訓練についてガンボールから言い渡されたのは、魔術を一日一個覚えてある程度使えるようにすること、近接戦闘の訓練、魔術とその歴史に関する勉強が主である。


 初めの二、三日は魔術を覚えて扱うのですら一苦労だった。発動することができるようになると並行して近接戦闘が行われ、終わってへとへとになったところで勉強させられる。初日の内からすでに限界を見極められており、その少し先が日々の目標として設定されていた。

 目まぐるしくあっという間に流れていく毎日に、最近になってようやく慣れを覚えてきたところだ。


「でも、全部私のためだというのも分かるんです」


 ガンボールの指導方針は自主性を重んじている。本人が望むなら望む場所へと導く方法を提示するのだ。ただし、ウルデリックの場合、本人が何を望んでいるのかを自分自身でさえ分かっていない。また、何をするにしても基礎となる土台がなければ話にならないので、地道な基礎訓練と積み重ねの習慣化に重点が置かれているのが現状であった。


 人が他者に何かを指導するというとき、基本的には自分が教えられたやり方を踏襲する。ガンボールもその例に漏れず、ベロニカから受けた教育を基礎としていた。そのため、こうして訓練の様子を一見すると、放置や放任しているようにも感じられるが、そうではないことをウルデリック自身も分かっていた。


 実際に、ガンボールが教えられないときや適切でないと判断したときは、グレースのような代理を手配しているし、分からないことや疑問に思ったことを尋ねれば必ず答えが返ってくる。それはむしろ過保護と言い換えても差し支えないほどに充実していた。

 だからこそ、分からないのだ。


「なぜそこまでしてくれるのでしょうか」

 口にしてようやく、ウルデリックの悩みが、感情が、不定形の思考から形を定めて言葉になっていく。


「私は師匠にもグレース様にも攻撃しました。殺す気で攻撃したんです。どのような関係性なのかはきちんと知りませんが、私がここの人たちと敵対的な組織に所属していたことは分かります。それなのに、みなさんはどうして、よくしてくれるのでしょうか」


 利害損得を勘定するならば、敵組織の情報を抜き出したり、人質にしたり、同じように研究対象となることが考えられた。師弟とは言っても都合のいい監視が目的の一つであることも理解している。だが、それではまるで割に合わないとウルデリックは思っている。


 前述のようなことが望まれているならば、こうして魔術を教わる必要はどこにもないどころか、敵を育てるなど悪手でしかない。施設の中を自由に歩き回らせ、資料が読めるということも意味が分からない。


 極めつけに、魔法協会職員の暮らす寮で同じように過ごし、街にも一人で出歩けるのだ。街の住民がどうかはウルデリックに判別のしようもないが、少なくとも職員の人たちは自分が何者であるのかを把握している。それなのに、優しいというか、かなり甘やかされていると言っていい。ウルデリックにはどれもこれも初めてのことばかりで、もはや困惑を通り越して恐怖すら覚えるほどであった。


 その恐怖が、日々の中で生まれつつあった余裕という隙間をじわじわと侵食していき、とうとう無視できないくらいに広がってしまっていた。


「それは」

 とグレースが何か言いかけたのと同時に扉が開いた。

「あれ、部屋間違えた?」

 入ってきたのはバングノートであった。扉に貼られた表札の番号を確認し、「合ってるよな」と一人呟く。


「ごめん誰もいないから勝手に使ってた」

「また?」

「予約するの面倒くさくて」

「いやまあいいけどさ。でもこれから使うから、悪いけど他のところ使ってくれない?」

「しょうがないわね。行くわよウル」

 立ち上がったグレースはウルデリックに手を伸ばし、その手を取って立ち上がらせた。

「ん? その子って」


 バングはウルデリックをじっと見つめた。視線が交わり、恥ずかしいような居たたまれないような心持ちになったウルデリックは、グレースの後ろに隠れた。


「例の拠点で保護した子で、ガンボールの弟子よ」

「ああ、あれね」


 ウルデリックはひゅっと息が詰まり、あの氷雪の地よりも冷たい冷気が背筋を撫でる感覚に襲われた。しかし、それは一瞬のことで、隣まで近づき、しゃがんで高さを合わせたバングと再び目が合った。


「あいつは優秀だから、色々教えてもらうといい。でも、思想は真似しないようにな」

 バングは言ってウルデリックの頭を撫で、立ち上がると、

「ほら僕の訓練の邪魔だから」

 手で二人を追い払う。

「そうね、行くわよ」

 グレースは今度こそ部屋から出て行き、ウルデリックもその後に続いた。



「そんなもん、お前が弱いからだろ」

 ガンボールの言葉にどこからともなく溜め息が漏れ、フェンリーは目を閉じて天を仰ぎ、ラッドは苦笑いを浮かべた。


 今日も今日とて客のいないさかさ亭で、いつもの四人とウルデリックが夕食を注文してすぐのことである。

 ウルデリックの悩みに対して、どうせなら師匠に聞けばいいじゃないと連れてきたグレースだったが、早くも後悔していた。弟子をもったことで少しは配慮というものを獲得したのでは、という淡い期待はもろくも弾けて消えた。


「そう、ですよね」


 ウルデリックは閉口してガンボールの言葉を噛みしめるように肯定した。周囲の人たちも何か言いたげな顔をしているけれど、明確な否定をしないということは、少なくとも間違いではないのだとウルデリックは考えた。


「俺たちにもそうだし、他のやつにだってお前じゃ勝てねぇよ。それに自分より弱い奴に怯えてたら、悪魔となんて戦えるわけがない」

「でも私が」

「仮に何かしたとしても、それは俺と、弟子にすることを命令したリンデルの責任だ」


 何か言うより先に、ガンボールに言葉を被せ遮られたウルデリックは、目をパチパチと瞬かせた。言葉の意味は理解できても、疑問は解決しそうにない。自分のやったことがなぜ他者の責任になるのか、その因果関係がウルデリックには分からなかった。


「師匠と弟子、もう少し広く言うなら、組織に所属するということはそういうことですよ」

「まあ今はまだ分からなくても、いずれ分かるでしょ」

「ウル」

 名前を呼んだグレースの表情は、初めて対峙した時のような緊張感と真剣さを湛えていた。


「弱さは無能の烙印じゃないわ。それに、嫌なら強くなればいいのよ」


 腕を組み胸を張って自慢気な顔をするグレースをよそに、ウルデリックは自身を抱くように片腕をぎゅっと掴んでいた。それは、自分の弱さを認め、受け入れようとしている証でもあった。

 タイミングを見計らっていたかのように店主がやってきて、テーブルに料理が置かれる。「おっさんはどう思う?」ついでとばかりにガンボールは店主に尋ねた。


「俺が知るかよ」

「そう言わずに。年輩の意見も大事だろ」

「っても何もねえよ。好きにやりゃあいい。俺含めここに住んでる連中は全員覚悟できてんだ」

「言うねぇ」

「あーそれと、なんだ。腹減ったら飯食いに来い」


 照れ臭そうに頭を掻いて、ウルデリックの頭を乱雑に撫でた店主は厨房に戻っていった。


「それじゃあ、ウルの見習い卒業を祝して乾杯」

 一人だけ酒を注文したグレースは高々とジョッキを掲げた。何かにかこつけて飲みたいだけの楽しそうなグレースとは別に、ウルデリックは何のことか分からず「見習いってなんですか」と誰にともとれない疑問を口にした。


「魔術の十節まで覚える過程の人を見習いと区分しているんですよ」

「十一節から三十節は初級って呼ばれるんだけど、あんた教えてないの?」

「どうせすぐ四級になるんだし必要ないだろ」

「そういう問題ではないんですけどね」


 呆れたといった口調とは裏腹に、フェンリーは親が子の成長を見るような目でガンボールを見た。「そういえばさ」口いっぱいに料理を頬張ったグレースが割って入る。


「二級試験、誰連れて行くか決めたの?」


 二級魔法使いの試験条件としてはいくつかの要項が定められている。そのうちの一つに、三級以下の魔法使いあるいは魔術師を一名以上伴うことが挙げられているのだ。

 フェンリーとラッドは互いに顔を見合わせ、次いでガンボールの方を見た。ガンボールは明後日の方を向いて「やべっ」と呟く。


「なによ」

「いや、言うの忘れてた」

「だからなにを」

「ここの三人で申し込んでる」

「はっ?」

「言ってなかったんですか……」

「さすがにそれはちょっと擁護できないかなぁ」

「ししょう……」


 先ほどまで陽気な雰囲気を纏っていたグレースの表情はさーっと色味を失っていく。


「え、待って。それって、私も参加するってことよね」

「そういうこと」

「なんで、聞いてないわよ」

「そりゃ言ってないから」

「二人は知ってたの」

「俺はまあ」

「私も事前に」

「……お酒、飲んじゃったじゃん」

「一杯くらいなら大丈夫だろ」

「そういう問題じゃ……、うぇ、緊張してきた」


 グレースの囁くように小さく沈痛な叫びが閑散とした店内に虚しく木霊した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ