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 ガチャ、と扉の開く音がして、ガンボールは振り返った。

「やあ」

 やってきたのは、片手を挙げてにこやかに笑うベロニカだった。


「リンデルからここにいるだろうって聞いてね」


 ガンボールの問いを先回りして、かつ肝心なところは答えない答えをベロニカは答えた。ベロニカは二人の間、ちょうど正三角形くらいになる位置に腰を下ろした。


「順調かい?」

「んなこと分かんねーよ。まだ一節なんだから」

「それもそうだ」

「つーか、こんなとこでのんびりしてていいのかよ」

「私に孫弟子ができたって言うものだから、気になるだろう?」

「答えになってねぇよ」

「答える気がないってことさ」


 ベロニカは何か懐かしむような笑みを浮かべて「ふふっ」と声を漏らした。数秒の間を埋めた沈黙を意を決したガンボールが破る。


「あんたと似た魔法使ってたぞ」

「へぇ、いったい誰が」

「魔教徒のやつ」


 言って、ガンボールはエリア四十九の地下施設で出会った男のことを思い出す。正確には、その男の背後に現れた空間の歪を。その魔法の何もかもが、ガンボールの記憶にあるベロニカの魔法と酷似していた。


「何か関係あんじゃねぇのか」

 ガンボールが欲したのは「関係ない」という否定の一言のみであった。それだけで自分の中にある疑惑を払拭することができる。信じることができる。


「さあ、どうだろう」


 ベロニカの瞳は一片の揺らぎもなくガンボールを捉え、蠱惑的な笑みを顔に浮かべた。

 もどかしさが胸に先立ち、悔しさと不甲斐なさが追い縋る。「約束は守ってもらうからな」ガンボールは会うたびに投げる文句を同じように口にした。


「分かっているさ」


 含みのある言葉を最後に、夢から覚めたウルデリックが目を開け会話が止まる。

 ぽけっとした表情で、焦点の合わない目を虚空に彷徨わせているウルデリックの頬をガンボールが優しく叩いた。

 居眠りをして起こされた時みたいに、びくりと肩を震わせたウルデリックは、瞼をパチパチさせて「あれ」と呟いた。


「ここは、……みんなは?」

「そいつらは記憶の中だ」

「えっ、えっ、でもさっきまで。傷も」

 困惑するウルデリックは自身の服の左腕の裾をたくし上げ、「ない」とさらに驚きを深めた。


「なんだ何も教えてないのかい」

「俺もこんな風に教わったもんでね」

「君には下地があっただろう」


 知らない声がして、ウルデリックは呆れた顔をするベロニカの方を向いた。「ひっ」短い悲鳴を上げて後退る。自身の体の端々から恐怖が染みこみ、中心へと侵食されていく感覚にウルデリックは陥った。


「落ち着け、大丈夫だ」

 ガンボールは肩に手を置き、呼吸の乱れ始めた背中をさすった。


「怖がらせてすまない。私はベロニカ、ガンボールの師匠だ」

「ベロニカ……。あの?」

「いいや君の見た記憶のそれとは別人さ。本物は別にいるし、単に名前が同じというだけなんだ」

「お師匠様のお師匠様?」

「そう、だから私にとって君は孫弟子というわけだね。ところで、名前を聞かせてもらってもいいかな」

「あっ、えと、名前」


 ウルデリックはおろおろとして、しかし助けを求めるということも知らないので、返答に困って俯き押し黙った。少し前までは二十三号、時折ウルデリックと呼ばれていたが、それらは自分を識別する番号や記号のようなものだと本人は認識している。


 研究施設から、あるいはあの男から解放された今、それらの呼称を使用するべきなのだろうか。名前とはもっと特別で、他者から与えられた自己であり、ゆえに人に名乗れる名称など持ち合わせていないとウルデリックは考えている。


 黙り込む少女を傍目に、

「ウルデリックメイベル」

 ガンボールはぼそりと呟いた。


「メイベル? どういう意味だい?」

「別になんだっていいだろ」


 どこか恥ずかしそうにベロニカから目を逸らすガンボールの横で、「ウルデリックメイベル」とウルデリックは復唱する。ウルデリックの頭の中では、何度も何度も名前が繰り返され、雨水が濾過されるみたいに少しずつ、自己に染み入っていく。


「嫌か?」

「あのっ、いえ、分かりません」


 その感情を何と言葉にすればいいのかウルデリックにはまだ分からなかった。嫌ではない。むしろ好ましい。でも嬉しいとか感動しているとかそういうのとはまた違う。自分が生まれ直したような、そんな感覚だった。


「それじゃあ私はお暇しようかな」

 黙り込む両者を見て、ベロニカは立ち上がった。


「ガンボール。ちゃんと教えてあげるんだよ」

「分かってるよ」

「それならよろしい。ウルデリックメイベル」

「は、はい」

「期待しているよ」

「し、承知しました」


 ベロニカは満足そうに頷くと、「それじゃあね」言って手を振り背を向け部屋から出て行った。

 閉まる扉を見届けて、ガンボールはようやく先ほど経験したことも含め、魔術について師匠らしく教え始めるのだった。

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