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 エリア四十九での調査任務を終えて数日、ガンボールはリンデルの自室へとやってきた。

 簡単な報告であれば当日のうちに終えていたし、報告書も先ほど専門部署の係員に提出したばかりである。にも関わらずこうして呼び出されたことに、ガンボールは一つだけ思い至ることがあった。


「ご苦労じゃったな」


 爪を切りながらガンボールの報告書をペラペラとめくって流し読みをしていたリンデルは、やすりで整えた指先を満足そうに眺めながら、労いの言葉をかけた。

 扉がノックされる。「入れ」許可が下り入室してきたのは、二十三号もといウルデリックと呼ばれていた少女である。


 部屋に入ってくるなりガンボールの服の裾を掴み、後ろに隠れながら顔を覗かせる少女をリンデルはじろりと見た。少女はまるで毛を逆立てる野良猫のように眉根を寄せて、警戒した眼差しをリンデルへ向けている。

 リンデルはふっと小さく笑い、視線をガンボールに移した。


「その娘について分かったことがある」


 リンデル曰く、拠点から回収した資料、少女の証言、及び少女の体を調べた結果次のことが判明したという。


 一つ、少女の肉体は改造されている。

 二つ、少女の魂は悪魔のそれと同じである。


 資料の通りならば、少女は十三の筐体(きょうたい)、二十二の魂、七十四のアルバールを用いて造られている。

 その肉体の筋肉密度は成人男性の五~七倍、異常に発達した肺と二つの心臓があり、魔力をエネルギーとして活動を維持できる。

 その魂は複数の魂が混ざり合い、構造上は悪魔のそれと同義と言える。悪魔は他の魂を捕食し成長することができるわけだが、同様の魂の構造を持つ少女もまた、その特性を持ち合わせているらしかった。


「で、俺を呼んだ理由は?」


 新しいおもちゃを自慢する子供のように語っていたリンデルに、ガンボールが横やりを入れた。話に割って入らなければ、あと一時間くらいは語っていただろう。リンデルは悪びれる様子もなく、指を鳴らした。


「お主にはこやつの師になってもらう」


 ああ、やっぱりか。ガンボールはため息を隠すことすらしない。嫌だと言ってもすでにリンデルの中では決定事項であり、それが分かっているガンボールはせめてもの抵抗にと沈黙を貫いた。


「まあそう嫌そうな顔をするでない」

 くつくつと笑いながら、リンデルは「理由は二つある」と二本の指を立てた。


「実験をしようにも調査をしようにも非協力的なうえに、こちらで保護しようにもお主が主人であると言って聞かなんだ。珍しい検体が手元にあってもこれでは意味がない」

「……二つ目は?」

「一級魔法使いになる条件に、三級魔法使いの育成があるのは知っておろう。素養もあるし、目指しておるなら損はないじゃろ」

「それは俺が引き取る理由であって、あんたが押し付ける理由になってないだろ」

「なに孫弟子への老婆心じゃよ」

「心にもないこと言いやがって」


 ガンボールはまたため息を吐いた。リンデルの考えていることは大体予想がついている。貴重な検体とはいえ、元は魔教徒側の人間であり、監視対象だ。しかも戦闘能力がそれなりにあると知れている以上、抑止力となる人物の手元に置いておくのが手っ取り早いのだが、現状の協会側にそのような都合のいい戦力はあまりない。ゆえに、主人と仰いでいることもあって、ガンボールにお鉢が回ってきたのだろう。


「一応聞くけど、断ると言ったら?」

「そういえば二級試験の応募期限は明日じゃったなぁ」

「分かったよ引き受けりゃいいんだろ引き受けりゃ」

「うむよく言った。では任せたぞ」

「お前もそれでいいか?」


 ガンボールは自身の服の裾をぎゅっと掴んだまま黙っていた少女の方を向いて訊いた。ぱっと顔を上げた少女と視線が交わる。


「はい、よろしくお願いしますご主人様」

「ご主人様はやめろ」

「では何とお呼びすれば」

「……師匠と呼べ」

「分かりましたお師匠様」


 そのやりとりをニヤニヤしながら見守るリンデルに、ガンボールは舌打ちをして部屋から出て行った。ガンボールの後ろを拙く追いかける少女を見ながら、「時が経つのは早いのぉ」と一人、しみじみとしたリンデルの呟きが閉まる扉の音に重なった。



 ガンボールたちは地下一階にある第二修練場へと向かった。

 簡素な木製の扉を開けると、白い天井に白い床、白い壁に入り口と同じような扉がずらりと奥まで続いている。照明はどこにもないのに、視界はやけにはっきりと、扉の輪郭を捉えている。


 ウルデリックはキョロキョロと辺りを窺う。建物の構造上、そのような空間が広がっているはずもないことに疑問を持ったが、「ここだ」ガンボールが一つの扉を開けて中に入ったので、ウルデリックも考え事を置いて後に続いた。

 扉の中はさらに白かった。扉以外に何もなく、ただじっと見つめていると平衡感覚が無くなり立つことさえ難しい。


 ウルデリックの体がふらりと揺れて、地面に手を付き座り込んだ。


「いい座ってろ」

 急いで立ち上がろうとするウルデリックをガンボールが手で制し、「俺の真似をしろ」言って正座した。


 ウルデリックがそれに倣うのを見届けてから、ガンボールは口を開いた。


「手を組んで目を瞑って祈れ」

「……祈るって、誰に何をですか」

「そう言われると、なんだろうな」


 ガンボールは横目に流し、ふっと鼻で笑った。ウルデリックは心底不思議といった顔で眉根を寄せたが、ガンボールの次の言葉を待つ。


「祝詞があるから何を祈るかは考えなくていい」

「では誰に」

「神にでも」

 ウルデリックは「かみ」と呟き、自身の発した声を頭の中で反芻したが、思い浮かぶモノが何もない。この部屋のように真っ白だった。


「俺の言葉に続けろ」

「は、はい」

「我は求め訴えたり」

「我は求め訴えたり」

 組んだ手を胸の前まで持ち上げ、目を瞑り、祝詞を唱えた。ウルデリックの意識は遠のき、白から黒へと少しずつ光を失うと、夢の中へと旅立った。



 ウルデリックは崖の上にいた。眼下の少し先には広大な草原が広がっている。

 右から野太い歓声が上がった。見れば数えきれないほどたくさんの人々が揃いの甲冑と武器を持って並び、黒に金の刺繍が施された旗を掲げた人が、馬に乗って最前列を横に駆けていく。太鼓が鳴り響き、槍の石突や足踏みで地面を鳴らすその様は、圧倒的な武と権威を示しているようであった。


 左からも歓声が上がった。こちらの数は右より少なく見える。武器や服装には統一感がまるでない。その軍勢の中から勢いよく、真っ赤な旗が次々と掲げられる。すでに武器を構え、勇む足に唾を呑むような緊張感は一種独特で、何かに憤っているような、それでいて喜び狂っているかのような、恐喜と呼称して差し支えのない混沌がそこにはあった。


 涙が流れた。手で拭い、事ここに至ってようやく、ウルデリックはそれが自身の体ではないことに気が付いた。


 目線はいつもより高く、手足も長い。体の線は細く見えるが筋肉はそれなりにありそうだ。肩口まで伸びた髪は白いし、ぼろ布を纏っているという点を除けば、自分自身ではないことは明らかだった。

 自分はなぜここにいるのか、何をすればいいのか、そもそもこの体は誰のものでどうすれば元に戻れるのか。疑問は様々湧いて出てきたが、そのどれもがどうでもよかった。


 胸の内、体の奥底から使命感が溢れて止まないのだ。


 それはすなわち、今から起こるこの戦争を止めなければならない。

 そして、私にはその力がある。万能感や全能感に身を包まれるとはきっとこういうことなのだろう、と自覚できるほどに、世界は私で私は世界で、神様だった。


 ウルデリックは助走をつけて走り出し、崖の上から飛び降りた。

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