泣くまで殴ったら泣きそうな顔しやがって
1.
エルフ本家の村レディシア。人口およそ三千人。対して分派であるこの村アルフの人口は五〇〇人。およそ対等に交渉ができるようなパワーバランスではなかった。
「なので今から文句言ったやつの首はねまくりまーす。ほらー、文句言ってこいよ。見せしめが必要だろ」
我ながらクソみたいなプレゼンテーションだがこれが先生式だ。まず身をもって痛みを与えないと立場が分からない。それを最短でやる。
「ふざけるな! いきなりやってきて自分が何を言ってるのかわかってーー」
おっけー。手始めにこいつなー。
ジャンケンのチョキを作って素早く目の前の本家一般エルフの小指を挟む。バツン。鈍い感触と共にカブトムシの幼虫みたいな小指が宙に踊った。
「安心してくれ。俺は端から交渉とかは考えてない。お前らなんて何人来ようがアリを踏み潰すように蹂躙するつもりだ」
絶叫する哀れな見せしめの頭を足蹴にしてできる限り冷酷な顔をつくる。何人死のうと俺は一向に構わない。目的が達成出来ればそれまでのコストはどうでもいいのだ。
「この場にいるエルフ全員を手にかけてもいい。必要なのは拠点と知識だ。着いてくるやつは使ってやる。それ以外はカミカゼでもなんでもいい。かかってこい。もれなく天国への移住券をくれてやる」
逃げ出そうとか考えるな。地の果てまで追いかけてお前らの全てを踏みにじって引きちぎってやる。例外はない。お前らが何百年生きようが関係ない。必ず殺す。全てを明け渡して投降しろ。馬鹿でもわかる二択だ。
口上は要約するとこんな感じだった。村長が首を縦に降るまでに何人殺したかは数えてもいなかった。それまで紛いなりにも人間の若い少年くらいにしか考えていなかったアルフのエルフ達も今では一様に恐怖を顔に張りつけている。しかしレシディアのエルフほどでは無い。それでいい。従うものには恩恵を。背くものには死を。老若男女関係なく、行くところまで行くつもりだった。
「加藤様。公共図書館の確保、村長の住居、書斎、すべて手中に収めました」
震えた声で一般エルフが報告する。レシディアが村を明け渡すまで約二時間。最短と言って申し分ないだろう。
「村人が変な動きをしないよう一箇所に集めろ。俺は文献を漁る」
もしも、その、おかしな動きをし始めたら? 疑問を口にするアルフの一般エルフに、考えうる最悪の所業を命令した。
「火矢を放て」
マンパワーなんていらない。この【理不尽】があれば全てのリソースは好き放題だ。強いて言うなら、欲しいのは殉教者くらいだった。
「本当に便利なスキルだな」
理不尽の基本的な効果は自分に対する【理不尽】の無効化と自分が行う【理不尽】の肯定だ。
前者はオークやエルフとの戦闘で実証済み。それだけで充分に凄いスキルだが【理不尽】の真髄は後者にある。だいぶ精神衛生上よろしくない荒業ではあるが。
俺は石造りの図書館の本棚を適当に漁り始める。同行してるのはアルフのエルフとこの図書館の司書だ。
「くそ……くそくそくそくそくそ」
「か、加藤様?」
一般エルフが読めもしない文献を漁る俺を不安な顔で見守る。彼らからしたらさぞ恐ろしい状況だろう。こちらの世界の文字なんてまるで理解もできないのにブツブツと呪詛みたいに悪態をつきながら何度も繰り返し項をめくるのだ。頭がおかしくなったと思ってるに違いない。いや、当事者の自分でさえそう思っている。
「読めない読めない読めない読めない読めない読めない読めない読めないクソクソクソクソ読めない読めない読めない読めない読めない読めない」
こんな文字は知らない。こんな文体も句読点も全部習ってない。ふざけるな。分かるわけないだろ。何食ったらこんな象形文字みたいな文字考えつくんだよ。エジプト人か。いっそ壁画にでもしろ。だいたいなんで俺がこんな訳わかんない世界で訳わかんないことしなきゃならないんだ。見たことも無い化け物もいるしいったいなんだって言うんだ。いや待て、化け物は前の世界にもいたか。自称教師の恐怖の象徴が。
「あぁ……【理不尽】だ」
腹の底から延々と出てくる淀んだ言葉の末尾をそう締めくくると、手に取っていた本を一般エルフに渡して他の本棚を漁り始めた。
「え? あの? もうこれはいいんですか?」
「美味しいエッグベネディクトの作り方なんて今必要ねぇだろ。なか見てみろ。料理本だそれは」
いや、まあ、そりゃそうですよね。苦笑いして一般エルフは料理本を本棚に戻す。そしてあることに気づいて口を開いた。
「読めたん、です、か……え?」
一般エルフが再びこちらに視線をやった時、俺は既に八冊の文献を床に放り投げていた。
「これじゃない……これでもない……くそくそくそくそくそ……あぁ……【理不尽】だ」
【理不尽】は自分に対するすべての理不尽を無効化し、自分が行う全ての理不尽を肯定する。要は自己暗示、被害妄想。メンヘラになればなるほど効力を発揮するわけだ。最悪すぎる。
「強くて理不尽でイカれてる。お前らのボス厄災すぎんだろ」
「その厄災が恐れる化け物がこの辺うろついてるって言ったらどうする?」
青ざめる司書は一般エルフの言葉に眩暈を感じたらしく、へなへなと力なくその場に膝を着いた。
2.
太陽がサンサン。俺の心は暗澹。先生が言いそうなくだらない韻を踏んでみても俺の心は晴れることはなかった。
「なんでこないことになったんやろな」
沈んだ声でごちると、いつの間にか隣の席に腰を下ろした水瀬が鼻を鳴らす。軟弱だったからじゃ。やけに巻舌なのはやり場のない怒りと悲しみが滲んだものだろう。きっとそうだ。そうだと信じたい。
「ぉまえ、アァシッ! 組むなやぁ! 仮にもクラスメイトの葬式やぞ!? そもそもひとりはお前の相方ちゃうんけェっ!?」
「あぁ? なぁにピキってんねん高島ぁ? 二日目かぁ?」
あまりにも不謹慎な態度についつい、いつもの癖が出てしまう。水瀬は水瀬でいつもと変わらない威圧的な表情を保っていた。
「長田なんて者しィらんわァ!」
「加藤の方じゃボケェ! お前アタマ沸いてんのけ!?」
水瀬百合香。紛いなりにも、亡き加藤幸久の恋人である。
「しィらんわ! そんなもん! 雷さんに打たれたくらいでのびるボンクラ旦那にした覚えあるか!」
「そらそうやろなァ! 俺も相方おなじ目にあったら同じこと目の前で言ったるワッ! 涙目やろけどなぁッ!」
「いやお前、女おらんやん」
「うっさい! 食らわすぞ!」
あのさぁ。悪いんだけど、ご家族の方もいるから、外でやってもらえる? あァ? 振り返ると教頭がバキバキの肉体を露わにしてこめかみに青筋を立てていた。
「なぁんで俺までハブられんねん」
頭にきて足元の小石を蹴り飛ばすと、回転が良かったのかそのまま池の上をとんとんとん、と水切りの要領で跳ねていく。それを見て水瀬は手を叩いた。
「おぉ、ええもん見れたわぁ。おっしゃ明日スマスロ行こ」
「おぉッまえ未成年やろガッ! ほんま気ぃつけんととっことんイカれんで!?」
大丈夫大丈夫。うっちのオトン、都知事やから。あまりにもモラルのない発言は水瀬の言。思考がドラ息子過ぎるっ! そんな嘆きは俺の口から溢れた言葉だった。
「……ほんでぇ。どないなん。実際のとこ」
息を深く吐いたのは自分を落ち着かせるためだった。
「どない言われてもなぁ。正味、実感湧かんわぁ」
「まあ、せやろなぁ。俺も戸惑ってんもん。つい昨日まで隣で笑ってたふたりやしなあ」
「二人? え? 誰ぇ?」
「待って、おまえ長田みえてへんかったん?」
「自分の男意外見る価値ないやろ」
「そぉこは純情! ほぉんまお前のトリセツ欲しいわマジで」
え? なーんし? お前もしかして誘ってる? こちとら番失ったばっかやぞ? だっぁれがお前誘うかあっ! 加藤が好き者だっただけやぞお前! あっ! お前言ったなァ? やったぞワレゴラぁ!? いつも通りの言い争い。空元気。それを打ち消すように唐突に葬儀場である体育館の壁をぶち破って教頭先生が鼻先までやってくる。
「君たち、静かにするよ?」
うちの担任もやばかったけど何人バケモンいるんだよこの学校。俺達はいそいそと頭を下げて校門へと向かった。
「てかお前残らんくてよかったん? 加藤の親御さんも来とんのやろ?」
「骨も入ってない棺桶眺めて何が弔えんねん」
加藤、長田、先生。雷に打たれた三人の身体は消し炭になって崩れたそうだ。
「このまえ気になって調べてんけど、雷落ちると太陽五個分くらい温度上昇するらしいわ」
水瀬はつぶやくように話す。いつもと変わらない表情だが内心はどうなのだろう。どうであれ、こいつが他人に弱ってる姿など見せるわけはないのだが。
「太陽五個かぁ。そら息の根も止まるわなぁ」
「でもおかしいねん」
直撃雷くらっても体が消し炭になるなんて記事も事例も一切なかった。身体中酷い火傷になることはあっても骨も残らないなんておかしいねん。
「ほーん。ほんならなんでこないなったんやろな」
「わぁっからん。ワンチャン、先生が体内に爆弾でも仕込んでたんちゃうん?」
「ありそうで怖いわ」
せやからスワンプマンみたいにどっか他の土地で生きてると思うことにしたねん。水瀬は口の悪さに反して博識だった。
「ええやんそれ。だとしたら加藤も長田も先生もどっかで生きてんのかもしれんな」
「先生は出来れば召されてて欲しいなあ」
「わっかるぅ」
校門を抜け、繁華街に入り、俺達はゲーセンに寄り道する。学校はうちのクラスだけ忌引で半休だ。希望すれば数日休みをもらえるようだが、今の話を聞いたら俺も水瀬も忌引休暇をもらうつもりはなくなっていた。
「この店アホみたいに通ってたよな俺達」
「未だにD6おいてるからなぁ。イニDは6がいっちゃんおもろい。沖ドキより金かからんしコスパ良すぎやろ」
おーまえ……やっぱやってんなぁ。最近どないなん? ニヤリとして水瀬は人差し指を立てる。
「中段チェリーからのロングフリーズで超ドキからのゴッドモードからの謎ループで一撃八千枚」
「鬼エグいやん」
「やっぱ女はカナちゃんしか勝たんわ。光って金くれる女とかたぁまらん。抱きたい」
「ちんぽ生えてるぅ?」
冗談を言いながら俺達は適当なクレーンゲームやD6、古めかしいパンチングマシンを回って最終的に店の角に設けられた休憩所で漫画を読んでいた。俺は呪術廻戦。水瀬の読んでいるのは白竜。チョイスがもう反社か昭和すぎる。
「やっぱええなぁ白竜。こんな男ほしいわぁ」
「加藤はどないやったん? あいつは確かにクールな感じあったけど武闘派って感じちゃうやん」
「いーやっ、あいつえげつないで? うちに声掛けてきた男みつけたら引くほどしばきよる。アレ頭イッてないとできひんて」
まあ、そのちんぽイかせたんはうちなんやけどな。いらんいらん! そういうの! なんで親友の性事情聞かされなアカンねん! 考えただけでゾッとした。
「おぉ。君らまた来てたのか」
不意に声をかけられて視線を向けると店長が葉巻を加えて恰幅のいい腹をゆさゆさと撫でていた。色つきのサングラスに指毛の生えた薬指には趣味の悪い装飾の金リングがはめられている。
「あ、頭ぁ。久しぶりっスね」
「頭ちゃうぅ。店長やぁ。それよりお前ら、ようやっと完成したぞ」
完成? 俺が疑問符を顔にうかべていると、頭は自慢げな顔をして白い歯を見せる。浅黒い肌が対照的でより一層反社会的勢力の構成員に見えるがあくまでも堅気だ。
「完成したって! ホンマにあれできたんスか!?」
水瀬が手に持ってた白竜HADOU四三巻を放り投げて立ち上がった。
「おまえ知ってんの?」
「バッカおまえ! フルダイブ型VRやん! リアル SAOやん! なんでお前知らんねん!」
「あぁ、そういや結構前にそないなこと言ってましたね。あれできたんスか?」
お前らガキの頃から通ってたからなぁ。特別に第一被験者として遊ばせてやるわ。え? 待って? ソレまず認可うけてます? めんどいこと言うなや! さっさとやらせてつかあさい! 頭ぁ! 頭ちゃぁう! 店長じゃあ! 俺たちは促されるまま地下室へと向かう。道中、先生に似た異形の化け物が液体に満たされたカプセルで目を瞑ってたりしたが、俺は深く考えないことにした。
「こぉれが例のブツや」
ソードアートなにがしに出ていたナー〇ギアとは対照的に、一台のデカさが尋常ではない。設備と言うよりはもはや建物の一部である。天井の高い地下室のその天井スレスレまで機体の外装が伸びている。おまけに様々な配管が地下室のあちこちに伸びていて真ゲッ〇ードラゴンのコックピットのようだった。
「よくこれだけの設備用意できましたね」
「止まらんのよォ……ロマンが」
ロマンだけでここまでのもの作れたら学者連中全員くびに縄かけ出すぞ。素人目にもそう思わせるくらいの情熱がこの空間全てに詰め込まれている。いったい維持費はどこから捻出しているんだろうか。
「んな事どーっでもいい! はよヤらせてや! 身体疼いてしゃーないねん!」
「おいやめろ! ちんぽ欲しすぎる女みたいなってるから!」
「だぁまれや! ぶち犯すぞ!」
ノリよくキレんのやめてぇ。水瀬はずんずん歩みを進め、筐体と言っていいのか分からないがそのコックピットのような流線型のフォルムに体を滑り込ませた。
「水瀬くぅん。アカンよ勝手に乗り込んじゃあ」
「頭ぁ。これどんなん出来んすか? イニD入ってますぅ?」
「今入ってんのはとっとこハ〇太郎2ハムちゃんず大集合でちゅ! だけや」
まてまてまて。チョイスが平成初期の女児過ぎる。そもそも何故それをVRでやろうとした。
「面白そうやん。何匹ネズミぶち抜けるか勝負やな」
「そんなんロ〇ちゃん泣くわ」
それじゃあ二人ともシートに深く座ってくれる? 今から君らの身体スキャンしてアバターモデリングするから。おお。なんか本格的っすね。なんだかんだ言いつつ、俺も実際のところはワクワクしていた。
俺たちが乗り込むとスライド式の扉が閉じ、一瞬の暗闇の次に視界がクリアになっていく。外装に隔てられているはずなのに三六〇度ガラス張りのように景色が広がり、まるでロボットアニメのコックピットのようだった。
「ぉぉおおおお! バリえぐい! やっば! なんこれ!? MARVEL映画みたいやん!」
「ばっかすごい技術なのに俺らこれからとっとこ〇ム太郎やるんバグやろこれ」
「〇コちゃんによろしくな」
そう言うと頭は傍らのデスクトップの設けられたデスクに腰を下ろしてキーボードを叩き始める。こちらのコックピット内にも、中空にポップアップが立ち上がる。よく見ればそれはとっとこハ〇太郎2ハムちゃんず大集合でちゅ! のタイトル画面だった。
「ゲームを始める前に一応音声記録で同意してもらうぞ。被検体〇〇ー号水瀬百合香くん。被検体〇〇二号高島慶次くん」
いやまって、もしかして俺らこれモルモットにされてへん? ええやんおもろければ。そんな会話をしているうちも頭はつらつらと長たらしい口上を続ける。要約するとこれは本人の同意のうえで何かしらの事故が起こったとしても当方は一切の責任をとりませんという内容だった。
「フラグ過ぎるぅ」
「おっしゃ! がんばろか!」
ほんじゃ逝ってみよう! 頭のその言葉を最後に、俺の意識はプツリと途絶えた。
3.
十分に睡眠を取ったあとのように。眠りから覚めた時のように。そんな寝覚めのいい朝のような感覚の後、鮮やかな森の緑と木漏れ日が視界に映った。
「え、待って。どこここ?」
ロ〇ちゃんの部屋の中でもハム〇郎のゲージの中でもない。周囲の景色はこれまで見た事のない原風景。まるでジブリの世界だ。
「おおぉ!! やりよったであのパンチパーマ! なんやこれ!? もうリアルやん!」
「おうおうおう。あんまはしゃぎ過ぎんなよ。なんかおかしいぞこれ」
「うっわバリ上がるぅ。ラギアブレイドどこお。ステータスどうやって開くん?」
モンハンちゃう。けどステータス画面は確かに見たいわな。これ外の頭とやり取りできんのけ?
「おーい! 頭ぁ! 聞こえてますぅ!? チュートリアル無しでこれはアカンってぇ!」
しばらく待ってみたが返答はない。小鳥のさえずりだけが聞こえてくる。
「あれやろ。やっぱステータスメニュー開かんとあかんのとちゃう?」
「んなラノベみたいなことあるかぁ? じゃあやってみぃ。ソードでアートなオンラインみたいにログアウト出来んかったりしてなあ」
あ、でたわ。え、ホンマ!? 驚いて振り向くと中空にホログラムのような光の板が立ち上がっている。見てみてぇ。ウチの筋力パラメータ八万やって。筋力パラメータのみ表示がバグってボードから飛び出ていた。
「うっわ! コレは上がるわ! 現実にはない努力の可視化! 数字は裏切らないの安心感!」
「言うてうち脳筋プレイしかできひんからサポ頼むで」
「エンジョイ勢! サポ職の方が難易度高いうえに居なきゃ詰むんやから崇め奉れ! って、ちゃうちゃう! んな事より外部と連絡や」
水瀬に習って自分もステータスボードを開いてみる……が、そこに映されていたのは文字通りステータスのみで何かこちらが行えるアクションはスキルの詳細を選択して開く以外になかった。
「え、嘘やろ? まってこれ、ログアウトとかは?」
「ほんまにソードでアートなやつ? 茅〇さんボコって泣くまで殴ろ」
「その定義だと居るんは〇場さんやなくて頭やん」
ラスボスよっわそ。水瀬はため息をひとつ吐いて拳を木の幹に文字通り突き立てる。しっかり拳が埋まるくらい突き刺さった。
「とりあえずゲームクリアすりゃええんやろ? 殺鼠剤ばらまいてロ〇ちゃんシバいて海外売り飛ばそ」
「おまえ前世マフィア?」
話していても仕方ない。水瀬の言う通り、現状の打開策はゲームクリアしか思いつかなかった。
「んで、お前のステータスどないなん? 見せ合いっこしよや」
「見せ合いっことか言うな。お前でイケんのは加藤くらいや」
「お前イかせたろかぁ?」
「変な方向にやる気出すなやボケ!」
軽口を挟む余裕がある訳では無い。隣でちょける奴がいたら拾わなあかん。これはもう本能的なものだった。
「でも現状を把握するんは大事やな。どれ見てみよか?」
水瀬のステータスボードを先に覗いてみる。攻撃力八〇〇〇〇。防御二三〇〇〇。どちらもステータスボードから数字がとび出ていた。通常プレイで到達できないパラメータだとひと目でわかる。【ウォークライ】【疾走】【剛力】スキル欄には高火力アタッカーらしいものがならんでいた。
「お前のステータスほぼドラゴ〇ボールやん」
「ハメハメ波でロ〇ちゃんイチコロやな」
「コンプライアンスぅ!!」
そもそもハム太郎〇のゲームで攻撃力なんて要らんやろ! 人もネズミも殴れば泣くだろ? 思考回路が戦闘民族過ぎる。
「んで、お前のは?」
「この世界の基準がわからんけどパッと見一般ピープルやで。攻撃力も防御力もお前の一〇〇分の一くらいや」
「てことはいつでもお前潰せるってことやな」
「おうやってみろや。気持ちだけは負けへんぞ」
冗談やん。手駒自分で潰すわけないやん。だからコンプライアンスぅ! そんなやり取りをしながら森をさまよっていると不意にガサガサと前方の茂みから何かが飛び出してくる。緑の肌、眼窩で光る黄色い瞳、額から伸びた申し訳程度の角。それはRPGでお馴染みのゴブリンそのものだった。
「な、なんだ!? お前ら!?」
ゲームの仕様なのか当たり前のように日本語として理解できる。なんで〇ム太郎のゲームにゴブリンが出てくるのかは謎だ。
「……ロ〇ちゃん?」
「せめて大将くんやろ」
「?????」
とりあえずレベルアップしとこか。意気揚々と拳を握りしめて踏み出していく。まてまてまて。人語を介する知性体を安易に手にかけるな。あぁ……それもそやな。ちょっと君ぃ。ギョロりと水瀬の瞳がゴブリンを射竦める。
「知性無くせる?」
「何言ってんだこの人間?」
「うん。この場合キミの方が正論なんやけど一旦話し合わん? 応じるか死ぬかの二択やけど」
何を訳の分からない事を。言いかけたゴブリンの目の前で水瀬が再び拳を木に打ち込む。今度はワンテンポの間を置いて木の葉の先まで一瞬で粉微塵になった。
「ほーん。ほんじゃ、君の言うには気がついたらここに居た、と」
「あ、あぁ。エルフの村を偵察に来たんだが……急に霧が濃くなってきてこの森に迷い込んだんだ」
リッキーと名乗ったゴブリンはそう言って不安な顔を見せる。その感情の機微はとてもプログラムされたNPCとは思えない。
「チュートリアルミッション、みたいなもんかな? にしてはかなり特殊だしもしかして君、中の人はいってる?」
「中の人? なんだそれ?」
どうやらそういう訳では無いらしい。これは一体どういうことだろうか。とにかく引き出せそうな情報はもらっておこう。俺はリッキーに自分と水瀬のステータスボードを見せた。
「……え、こわ。嘘なにこれ。何食ったらこんなんなるの? 八万って、撫でただけで死ぬじゃん」
やはり水瀬のステータスは異常らしい。やれやれ。安心させようとリッキーの肩に手を置こうとすると勢いよく飛び退いて呼吸を荒くする。
「お、おまえ! こ、殺す気か!?」
どうやら俺のステータスでさえ彼の世界では逸脱したものらしかった。
攻撃力三四。防御力二三。ゴブリンのステータスはその他の項目、知力、素早さ、運も同じような数値だ。
「ごめんごめん! ちゃうねん! ぼくら君と同じく迷子やねん! よかったら情報交換しよ!」
訝しむゴブリンの額には玉のような汗が浮いていた。
「霧に包まれた時。俺達が耳にしたのはキィキィという鳴き声だった」
ヘルメットとスコップ。眼鏡と魔導書。大きなリボン。奴らはとても連携の取れたパーティだった。
ヘルメットの鋭利な刃先が同胞の首を跳ね、眼鏡の詠唱が傍らの友を焼く。こちらがいくら抗おうともリボンの白魔法によって全てを無に返される。すんでのところで逃げきれたが、背後を振り返った時に仲間たちの骸をガリガリとむさぼるあの齧歯類の姿が忘れられない。そう語ったリッキーの目からは絶望の涙が溢れていた。
「ハ〇ちゃんず怖すぎやろ。これほんまにゲーム続いてる? バグ所の話しちゃうで」