表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

定時出社を義務付けるなら定時退社も守れ

1.



全身が痛い。咄嗟にスキルで草木を生い茂らせて衝撃は緩和したがそれでも深刻なダメージだ。


「ヤングム。大丈夫か?」


キリルが心配そうに聞いてくる。が、その彼も満身創痍である。


「大丈夫だ。それよりも早く村に戻らないと……みんなが心配だ」


心配なのはレヴィンのことだろう? ニヤニヤしながら彼は軽口を叩く。二人だけの時はいつもそうだった。


「れ、レヴィンはもちろん心配だ。けどそれは当然だろう! 大切な仲間なんだから!」


そうだな。大切な仲間だな。くつくつと、キリルは笑いながら俺に肩を貸した。


彼と初めて会ったのは教会だった。


母に連れられて通っていた礼拝でキリルはにやりと笑って言うのだ。森に行こう。と。


周りは悪友と言ったが彼以上に心許せる相手はいなかった。血の繋がった兄でさえも妬くほどだ。兄の場合、少々弟思いなところがあるが。実際キリルと共に森を駆け回るのは何よりも楽しかった。


「なんだと思う? あの男」


不意に真剣な声音で聞かれる。軽口のおかげで精神的余裕ができたからか逆に冷静になれたのかもしれない。


「ドワーフよりも力強く、ハーフリングよりも素早い。モンスターのようには見えなかった。ヒューマンかもしくはニューマンかその亜種」


「確かにニューマンなら合点が行く。けれどあんな無茶苦茶なこと、奴らでもできるのか?」


北の山岳を源流とするニューマンはその名の通り新人類などと言われている。およそ五百年前。かの有名な覇者アベルなる人間の末裔らしい。眉唾物だが、彼らはエクストラスキルを生まれながらに複数所持してるそうだ。


「で、本当のところは?」


そんなのは誰でも考えつく。他にも何かあるんだろ? キリルはさっきよりも低い声で聞いてきた。


「……ニューマンよりうさんくさい話だが……俺は、転生者だと思う」


そうだよな。うんざりした声音でボヤいた。彼は歩みを止めて傍らの木にもたれて腰をおろす。


「この世界の誰よりも早く成長して、この世界の誰よりもすげぇスキルを手に入れる。例のアベル某も転生者って話もある」


奴らが史実にいくつも名を残して来たのはそういう優位性がかなりの割合を占めているのだろう。どこからやってきたかも分からない奴らがもてはやされるのは気分のいいものじゃない。だがそれよりも問題なのは、そいつが自分達を攻撃してきたことだ。


「あれは確実に俺たちの村を狙って襲ってきたんだろう」


他所の勢力に懐柔されたか、何か明確な使命……天啓のようなものを受けての行動か。はたまた行き当たりばったりの衝動的なものなのか。


「どれにしても俺達にとっては理不尽な話でしかねぇな」


そう。理不尽だ。しかし、起きてしまったことに関してはもう仕方ない。


「今の俺たちにできるのは、ダメ元で奴と交渉して最低限の地位と尊厳を守ることくらいだな」


「いっその事、二人で逃げちまうか?」


答えの分かりきったことを言う。キリルがこういうことを言う時は大抵「そんなことしねぇよな?」という確認だ。


「俺がどういうやつか。お前が誰よりも知っているだろ?」


知ってるから聞いてんだよ。くつくつと笑って彼は言う。


「ガキの頃からくそ真面目で、森に連れ出すと誰より楽しそうに駆け回った。気がつきゃお前は村ひとつ任されて、俺は結局は衛兵止まりだ」


俺は衛兵長だ。公的には。


精一杯の謙遜に気にするなと彼は言った。


「お前がやるってならどんな無様な姿でも晒してやる。奴の靴裏だって舐めてやるさ。でもな」


それはレヴィンが無事だったらの話だ。


恋敵は今までで最も苛烈な眼差しで俺を睨んだ。


「その時は止めはしない。むしろ俺も止まらない」


視線がぶつかり合って、お互いにくつくつと笑った。


「?」


不意に、空気に血の匂いを感じて眉をしかめた。真新しい血の匂いだ。


「気をつけろ。何かいる」


「なんだ……この圧は? ゴブリンやオークなんかじゃないぞ」


むしろこの血の匂いがそいつらのものだった。


「んぅん……少しは楽しめそうだなァ」


森の暗がりから何かが歩み出てくる。殺意を孕んで、愉悦を混ぜて、道で見つけた野良猫を愛でるように。


「……」


声が出なかった。


身長は俺達よりも頭ひとつ分は大きい。服の上からでもわかるその肉の厚み。それは間違いなく今まで見たどんな生き物よりも強靭なのは考えるまでもない。


「ほぉ。可愛い顔をしたのが二匹かあ。そんなに怯えなくてもいい。すぐに良くなるから」


手も足も動かない。全身の筋肉が張り詰めている。本能的に理解してしまったのだ。選択を間違えれば死ぬと。


「んぅん……よく鍛えられているなあ。耳が長いということはエルフとかいうやつか。本当にRPGみたいだなこの世界は」


男はよく分からないことを言いながら俺の頬をぺたぺたと撫でる。よくわかる。この男の匙加減ひとつで俺の頭は無くなるのだ。


スキルでどうこうできる相手じゃない。敵対することそれ即ち死を意味する。俺達をぶっ飛ばした襲撃者が可愛く見えた。


「さて今日の飯も捕まえたことだしお前らもどうだ? 同じ釜の飯をみんなで囲もう」


男の手には何度も村を脅かしたオークが首根っこを掴まれて白目をむいていた。首から下は全身の骨が砕けているのか変な方向に全身が捻れている。


「す、ステータス、オープン」


アウローラの鏡を開いて男へ差し出す。ついさっきまで村を救おうとしていた筈なのに、俺は目の前の天災のような存在に全てを明け渡した。


「わ、我々は近くの村の者です。や、役に立ちます。命だけは」


ダラダラと流れる脂汗の中ようやくそれだけを吐き出した。キリルの方にも目配せをすると荒い呼吸で彼も従った。


「はっはっはっ! すごいな! 本当にゲームみたいだ! 先生ワクワクしてきたぞ!」


でも従順すぎるのはいかんなあ。それじゃあ先生に何されても無抵抗ってことだろう? つまらん。せめて壊れるまでは泣き叫んでもらわないと。心臓は早鐘を打つ。俺たちは言葉に詰まって膝を折った。


「それはさておき見せてみなさい。お前たちのステータスを。生きてきた証を。あぁ。ゴミだなこれは」


ゴミ。生きてきた全てを男はそう吐き捨てた。


「お? 何だこのエクストラスキルってのは? 豊穣の加護? いかんなぁ。こんなチートスキルをゲームに持ち込んじゃあ」


言った直後、ありえないことが起きた。


「は?」


あまりにありえない出来事に、思わず口から声が漏れる。男の指が、俺のステータスボードから【豊穣の加護】を摘み上げた。


こんなものはこうだ。【豊穣の加護】という文字は手のひらに包まれてクシャッという音を響かせる。自分の体の一部が弾け飛んだ感覚があった。


「先生、異世界転生物で許せないのってこういう無条件で手に入るチートスキルなんだよ。泥臭く足掻けよ知性体。食べちゃうぞお?」


チートみたいなことをしておいて男は言う。目的なんてない。利益なんて考えてない。ただただこいつは自分のしたいようにしているだけなのだ。


「何泣いてるんだ? 大丈夫だ。先生優しくするから」


先生と自称する怪物は俺の身体を軽く肩に担ぐと自然な動作で歩き出した。それを見ていたキリルがもつれた舌を必死に使って言葉をひねりだす。男は横目で一瞥すると鼻で笑った。


「お前もう少し頑張った方がいいぞ。ステータス、ゴミ以下のカスじゃないか。次産まれてくる時は他の世界に生まれ変わった方がいいんじゃないか? まあ、ダメなやつは何度生まれ変わってもダメだろうがな」


キリルは俺が攫われていく間、指一本すら動かしてくれなかった。




2.



僕達がそいつを見つけたのは日も暮れ始めた頃だった。


「キリル!」


森の中で膝を抱えてすすり泣いているエルフにお漏らしは駆け寄る。よく見ればそのエルフも完全に漏らして周囲にはアンモニア臭を漂わせていた。


「エルフってお漏らしが習性だったりする?」


「そんな事は無いので黙っててくれませんか」


一般エルフのくせに自我が強いな。あとでしっかり調教してもらわないと。加藤くんに。


状況確認に一般エルフ達とお漏らしが対応してる間、僕は雑草で花かんむりを作って時間を潰した。


「なんですって?」


【豊穣の加護】が、化け物に握りつぶされた。どうやら加藤くんの目的も全部なくなってしまったらしい。


「帰ろっかポチョムキン」


待ってください! お漏らしはこれまでにない緊迫した顔で僕を止める。出来れば僕はもう帰りたかった。だって話を聞いている限り、ヤングムを連れ去ったのは間違いなく先生だったからだ。


「お願いします! ヤングムを! ヤングムを助けてください!」


助けてあげたいけどもう相手が相手だからどう足掻いてもバッドエンドしかないと思う。先生に気に入られたらなるべく早く終わるように祈りつつ全力で抵抗するしかない。たぶん必死に抵抗したら半殺しくらいで許してくれるはずだ。


「抵抗、だと? あんな化け物相手に、何をどうしろって言うんだよ?」


震えた声でお漏らし二号がもっともなことを言う。でもその姿勢の時点でもう終わっているのだ。


「先生は本当に興味のない相手には全殺しなんだ。君が生きているのはたまたまヤングムの方に意識がいってたからで、君一人だったらそのオーク達と同じ目にあってたと思う」


お漏らし二号の顔色がさらに青ざめる。カチカチと歯も鳴りだした。


「だから逆に、先生が興味を持ってる間は殺されないしむしろ守ってくれることもある。玩具としてだけど。ヤングムがちゃんと抵抗してたらまだ生きているかもね」


じゃあ早く助けに行かないと。お漏らしは声を荒らげるが僕は鼻で笑った。


「いや、ヤングムと仲直りしたかったのは彼が貴重なスキルを持ってたからでそれがなくなったらもうどうでもいいっていうか……むしろ先生が一緒ならなおさら関わりたくないっていうか」


不意にポチョムキンが上から僕を覗き込む。ナガタ、ナカナオリ、シナイノカ? 流石に木よりも大きいと威圧感がすごいなあ。


「仲直りはしたいんだけど先生と関わるのはごめんだなぁ」


「いくらなんでも薄情過ぎます!」


「薄情どころかそもそも僕には情すらなかったんだけど。あ、そうだ」


僕は膝を抱えていたキリルに向き直って口を開いた。


君が先頭に立って助けに行くならついていってもいいよ。ピタリと震えが止まり、呼吸が浅くなる。お漏らしがその反応を見て怪訝な顔をする。


「キリル?」


彼は目を逸らしてぽつりと呟いた。俺は、行けない。その言葉に誰よりもショックを受けたのはお漏らしだった。


「ほらね。普通の感受性持ってたらみんなこうなるんだよ。君も、君も、君も、君も。ポチョムキンでも」


一人一人を指さして諭す。ポチョムキンは理解しきれていない様子で首を傾げていたが、他のエルフ達はすっかり押し黙ってしまった。


「それでも」


私は彼を助けたい。


お漏らしは何か覚悟を決めた様子で僕の前に膝を着く。その所作の意味が僕のいた世界と同じなら、それは間違いなく土下座だった。


「本当に、なんでもします。逆らいません。貴方が脱げと言うなら今ここで脱ぎます。抱かせろと言うならこの身を委ねます。死ねと言うなら舌を噛みちぎってみせます」


だから、ヤングムを助けてください。


涙混じりの声に軽蔑は一切なかった。純粋な懇願だ。それほどまでに、お漏らしにとっては特別な存在なんだろう。


「じゃあ無事に助けられたら結婚してよ」


一般エルフは拳をかためて振り上げる。が、怒りに震える拳は宙で止まってゆっくりと下ろされた。


「ありがとうございます」


お漏らしはなんの他意もふくまずに素直に礼を言った。面倒なことになってしまった。僕はため息を吐いて空を仰いだ。


「行くのは僕とポチョムキンとお漏らしの三人。モブ達はそこの負け犬連れて加藤くんに報告して。僕が先生に捕まったって言えば嫌々こっち来るはずだから」


きっとすごい嫌そうに諦めた顔で来るはずだ。だって僕も加藤くんも、先生のお気に入りのひとつなのだから。




「ひとつ聞いてもいいですか?」


一般エルフ達と別れてしばらくオークの血を辿っているとお漏らしが声をかけてきた。


「先生と言ってましたが、その方は教師なのですか?」


「うん。僕の通ってた学校の担任。入学式で寿司握ったり授業と称して生徒に殴り合いさせたり、めちゃくちゃな人だよ」


流石に教育的指導でホームルームに五人病院送りにした時は、武装した警官や特殊部隊が三日間学校の前で厳戒態勢だった。


まあ、普通に先生はそれをぶっ飛ばして帰宅してったし同じように学校にやってきた。四日目に病院送りにされた生徒が「あれは正当な教育的指導です」と、洗脳された狂信者よろしく抗議したら厳重注意で事なきを得た。


「法とか秩序に縛られない誰よりも自由な生き物。それが僕らの先生さ。人間じゃない」


生物学上はヒト科なのだろうがあれが同じ人間とは僕は絶対に認めない。


「私にはあなた達も十分人外なのですが」


「やだなあ。僕達はスキルがあるから無茶やれてるだけだよ」


いや、そんな化け物と一緒にいて生きてたってことがもう異常なんだけど。お漏らしはぼそりと言った後、なにかに気づいて後ろを歩いていた僕を静止する。見れば森の暗がりに紛れて誰かが隠れていた。


「先生じゃないね。むしろ被害者かな」


あの先生が隠れるわけがない。百獣の王が無防備に昼寝するように、する必要のないことはしないのだ。


「オークです。それもかなりレベルの高い」


言われて木の根元にもたれていたそれを見る。右腕が肘の先から無造作にちぎられており口元は吐き出した血で汚れていた。


「なんだ……貴様ら」


息も絶え絶え。出血量から見て、もう長くはないだろう。本人も理解してるのか、傍らに転がっている手斧を拾う素振りはなかった。


「僕は長田。ちょっと化け物を一匹探してるんだ。たぶん君をこんなにしたやつの事なんだけど」


お前ら、あの化け物の仲間か? 鼻で笑ってオークはごちる。俺もここまでか。


「やるなら一思いにやってくれ。目の前で自分の腕を食われるのは勘弁だ」


先生そんな事したの? こわ。人の心ないんか。いや、なかったか。なんか納得。


「ちょっとステータスボードみせてよ。ほら、あれ。【アララーラの鏡】」


陽気な外国人出てきてます。【アウローラの鏡】ですよ。どっちでもいいじゃないか。アララーラでもアラビアータでも。お漏らしは少し考えてからそうですねとこたえた。もうどうでもいいやとも呟いた。


「好きに見ろよ」


開かれたステータスボードはHPの数値に連動して真っ赤に染っていた。人差し指で下にスクロールしていくと状態異常の欄に【部位欠損】と【流血】。僕は試しに【流血】の文字列に指先を這わせ、トンボを捕まえるようにゆっくりと文字を摘んだ。


「!?」


スキルボードから引き抜かれたその文字を僕は両の手のひらで包んでぎゅっと握る。発動された【理不尽】はそれを炊きたて握り立てのあっつあつおにぎりにしてしまった。


「うん。血が止まったね。なるほど。こういう使い方もあるのか」


おにぎりを頬張る。程よい塩気がさらに食欲をそそった。


「とりあえず、情報提供してもらっていいかな? そしたらこの【部位欠損】もおにぎりにしてあげる」


オークは呆気にとられてしばらく声を出せないようだったが、しばらくしてくポツポツと話し出した。




3.



オークの言うにはこうだった。


いつものように村の糧を得るために略奪や狩りをしていたらしい。そこにやってきたのが先生だった。


「化け物が恐れるのは勇者や冒険者じゃない。天災だ。あれはそれと同じ種類のものだった」


自然な動作でまず部下のひとりが押し潰され、塵を払うように次々と首が飛んで行った。彼の右手がちぎられたのはその最中らしい。


「んぅん。豚肉は栄養価の高い万能食材だ。知ってるかァ? 豚と呼ばれてはいるが奴らの平均体脂肪率は15%だ。EXILEには負けるがな」


そんなことを言いながらムシャムシャと引きちぎった腕を咀嚼したらしい。やっぱり人間じゃない。


「それで! その化け物はどこに!」


前のめりにお漏らしが詰め寄る。しかしオークは首を振った。


「情けないが俺はそこで意識を飛ばしちまった。悪いなお嬢ちゃん。お前らが探してる化け物も、ヤングムとかいうエルフの行方もわからねぇ」


お漏らしはグッと奥歯をかみ締めて言葉を飲み込んだ。


「じゃあ最後にもうひとつ聞いてもいいかな?」


オークはまだ聞くことがあるのかと眉をしかめた。僕は構わず質問をなげかける。


「君らの村はどの辺にあるんだい?」


お漏らしとオークが息を飲むのがわかった。


「多分そういう情報は先生や加藤くんが喜ぶと思うんだ。教えてくれたら僕としてはいい交渉材料になるんだけど」


「誰が自分の仲間を売るようなまねをするんだ? それともエルフ共の面白いジョークか?」


ぎろりと睨む瞳には意思の強い光が宿っていた。忌み嫌われる種族だとは聞いていたが、彼らには彼らなりの矜恃のようなものはあるようだ。


「そんなに怒らないでくれよ。言ってるだろ? 交渉材料だって。僕は先生とも加藤くんとも他の種族の人達とも喧嘩したくないんだ」


ケンカ、ヨクナイ。ポチョムキンが頭の上で言う。オークはぽかんとした顔で彼を見上げた。


「お前ら……ジャイアントまで手懐けてるのか」


「ポチョムキンはジャイアントじゃありません。成長期なだけです」


成長期っていうにはデカくなり過ぎだろ。お前らの村どうやって食料賄ってるんだ? その疑問は至極当然のものだった。


「ヤングム、オレ、オナカイッパイ、デキル。オレ、ヤングム、イチバン、ダイスキ」


あぁ、そうだ。ポチョムキンの食い扶持どうするんだろう。【豊穣の加護】がなくなった今、エルフの村は食糧危機に瀕することになるのだ。加藤くんが知ったら平気で殺しかねない。尚更オークの村が欲しい。


「どうだろう? 君達も食料問題の不安さえなければ略奪とかしなくてもいいんだろ? だったら僕らと手を組まないか?」


まあ、そのためにはヤングムをどうしても助け出さないとなんだけど。オークは少し考えて、ひとつ息を吐いて立ち上がった。


「着いてこい。まずはうちの頭領に会ってもらう」


お漏らしはそれよりも早くヤングムを追いたい様だったが、まず必要なのは人手だった。


「ヤングムを助けたいなら黙って僕に着いてきてくれ。肉壁が全然足りやしない」


その言い方だと、あまりにもオークたちが可哀想では? そう言うお漏らしにはよく先生の獰猛さが伝わっているようで僕は安心した。



オークの村は森を抜けた先の山岳地帯。むき出しの岩肌には苔すらなく、作物を育てるにも土が完全に死んでいた。


「たしかにこれじゃあ農耕はできそうにないね」


「そもそもそんな技術もないしな」


前にはいたんだ。この死んだ土地に息を吹き込んで、畑を作れる土にしようって言う奴が。


ジャジャと名乗ったオークはどこか悲しげな目で足下の土を掬いとって握りしめる。悲しさだけじゃない。口に出せない憤りが感じ取れた。


「この橋を渡った先が俺達の村だ」


木造建築の橋は年季が入ってる割にしっかりとしていた。どうやらオーク達は決して頭が悪いわけではないらしい。わざわざこんな所に橋をかけて拠点を構えている辺り、籠城には最適な地理である。


断崖絶壁の谷底は真っ黒な闇。聞けば大昔に覇者の称号を得た某が魔王なるものと戦った時にできたものらしい。一昔前は観光地になってたらしく、それに目をつけたオークの現頭領が追い剥ぎをして村を作ったそうだ。


「さすがにこの橋はポチョムキンが渡れそうにないなぁ。仕方ないからそこの岩持って待っててよ」


ポチョムキンは言われた通りに孫悟空が封印されてそうな大岩を片手で掴んで持ち上げる。


「なんで俺らの村エルフに滅ぼされてなかったんだろうな」


「多分認知すらされてなかったんじゃない? こいつら豊穣の加護で引きこもりできる環境だったから」


なんかやるせなくなってきた。ジャジャはうんざりして村を眺めた。


「なんか、縛られるとすごい興奮と安心感出てくるよね。この先どうなっちゃうんだろうってドキドキがあるよ」


「私には分かりかねます」


ジャジャの助言によって僕らは彼に捕まった体を装った。下手をすれば橋の上で逃げ道なく弓矢で蜂の巣にされかねない。


「ちょっとキツくないですか?」


「これくらいやらないと頭領は騙せやしない。せっかく拾った命無駄にしたくは無いからな」


「もっと! もっとキツく縛ってくれないか!」


ジャジャは僕を無視して歩き出した。お漏らしの表情は虚無だった。


「ジャジャか? どうした? その腕?」


橋を渡りきったあたりでオークが二匹訝しげにやってきた。村の門番といったところか。


「少し下手を踏んじまった。だがいいものを拾ってきたぞ。エルフの村娘だ」


おお。これは確かに上玉だ。舌なめずりをする門番達にお漏らしは嫌悪感を隠そうともしない。だが口汚く罵らないのはまだ冷静である証拠だ。


「へへっ、さすがジャジャだ。気が済むまで犯したあと焼いて食っちまおう」


オークは雑食らしいがどうやらこの調子だと人間や他の種族も構わず食べるらしい。だが、生き物としてそれを食べるか否かは精神的な壁があるはずだ。この村は、全体が狂気という病に犯されているのだろう。


「お前ら。先に頭領に差し出すのが礼儀だろ。それすら反故にするならどうなるかわかるよな?」


言葉の重みに門番達は萎縮して動揺する。冗談だ。本気にするな。たじろぐ彼らを見ると、この村の唯一のルールは上下関係ということか。


「と、ところで、その男は?」


僕に気づいた門番は何か汚いものを見るような目で尋ねた。ジャジャは少し言葉に迷う。


「だから言ってるだろう! こんなんじゃ僕は物足りないんだ! もっとがんじがらめにふん縛ってくれよ! 血が止まるくらい!」


「……村の周りを徘徊してた変態だ。ついでに捕まえたんだよ」


なんだただの変態か。春先になると出てくるからな。そういうの。呆れたように言って門番達は道をあけた。


「迫真の演技でした長田様」


気のせいか若干距離をとってお漏らし賞賛する。演技とはなんのことだろうか? 思い当たる節がない。


「この先が頭領の塒だ」


(ねぐら)。言われてみればなるほどと思う。想像以上にこの村は歪だ。


切り立った岩端にぽっかりと空いた穴。それは見たままをいえば洞窟。辛うじて点々と照明代わりの蝋燭が壁面に燭台と共に備え付けられている。よく言っても塹壕だ。


周囲を見渡せばかなりの頭数が矢尻や手斧の修繕等を行い、それ以外はなにかの肉を加工している。軍需と食糧備蓄に全てを極振りしている。ただ奪い、ただ貪り、ただ消費を繰り返す。そこに目的も発展性もない。


食い潰すもの(オーク)。俺達がそう言われているのはこの恥ずべき習性が原因だ」


ジャジャは濁りきった同胞の瞳を眺めながら吐き捨てるように言った。不思議だ。


「君が彼らと比べてかなり理知的に見えるのは何故なんだい? 明らかに他の個体と違いすぎる」


その問いにジャジャの眉間にグッと皺がよった。苦虫を噛み潰したようなとはこういう顔だろうか。


「さすがにこの規模の集団だ。独りじゃまとめ切ることはできない。だから頭領は見込みのあるやつに【知恵の実】を食わせるんだ。自分が御せる数だけな」


【知恵の実】という単語にお漏らしが明らかに顔を強ばらせてたじろぐ。その顔から読み取れるのは信じられないという言葉だった。


「【知恵の実】は今じゃ王都の限られた王族にしか栽培を許されてない禁断の果実だ。獣に知恵を与え、人を賢者にするユニークアイテム。苗木ごとにその栽培方法が異なるがだいたいは流血が伴う」


「ちなみにここにある苗木は?」


躊躇いのない問にジャジャは平たい鼻先を撫でてから答えた。知性ある者の血だ。お漏らしがわなわなと震えた。その目には涙も浮かんでいる。


「だから、私達の村を、生かさず殺さず……少しずつゆっくりゆっくりと、血肉を削ぐように狩っていたんですね?」


「……いまは抑えろ。反論するつもりはない。全て終わったあとはお前の好きにしていい」


ジャジャの言い方はどこか諦めたような、達観したような、やるせない思いが込められていた。


縄で縛られたまま明かりしかない洞窟の中を進でいく。途中何匹かのオークとすれ違う。穴の中は割と狭く、すれ違う度にお互いに壁際に身体を擦り付ける形になる。その度に僕は気取られないように彼らの背中に唾を吐く。特に嫌悪も憎悪もないがあいつらはそれに気づくまでくっさい唾を背中に張りつけた状態なのだと考えると優越感が湧いた。


「長田様って……それ普段からやってるんですか?」


「うん。主に加藤くんに」


だいたい加藤くんの場合直ぐにバレてぶん殴られるのだが。


「本当に友達じゃないんですね」


「友達だよ?」


こわ。そんな言葉が聞こえてきそうな顔でお漏らしは黙った。


「この先に頭領がいる」


だいぶ年季の入った鉄の門扉。稚拙な言い方だが、ダンジョンのボス部屋という印象を受けた。肌に感じるその先の空気感に息が詰まる。


「ジャジャってこの村でどのくらい強いの?」


「謙遜無しでいえば頭領の次くらいだ。まあ、その気になれば俺の首なんてすぐに飛ぶが」


要するにいつでも下の者を粛清できるようにしてるわけだ。【知恵の実】なるもので自分の扱いやすいようにオーク達をコントロールする。独裁。元々知性の低いオークという種族はさぞ扱いやすかっただろう。余計に……同じ種族とは思えない。


「お前たちは、この先に行ってどうするつもりなんだ」


「討ち取って村を乗っ取る」


端的にこたえると、ジャジャは逡巡してひとつ頷いた。お膳立ては好きなようにしてやる。勝手にやってくれ。


「その前に、ほら。ステータスボード」


怪訝な顔のオークを急かすとホログラムの板が差し出された。僕はその中のバッドステータスをつまんで自分のポケットにねじ込んだ。ステータスボードを開いてアイテム欄を確認する。


これも【理不尽】のスキル効果だとするなら一体誰に対する理不尽なのだろう。この世界の神様的なものか。はたまたこの世界そのものか。どちらにしても僕にとっては利益しかないからどうでもいいか。


「じゃ、行こっか」


促すとジャジャは意を決したように鉄の門扉に手をかけた。ゆっくりと押し開かれていく扉の先からは濃い血の匂いが嗅ぎとれた。




4.



鉄扉をくぐり抜けて直ぐにそれは視界に捉えられた。


「ジャジャ。アポ無しで謁見とは随分と偉くなったな」


暗がりの中、篝火を背にしてオークが一匹、玉座に腰を下ろしていた。顔は光源の位置によって巧みに隠され表情までは読み取れない。だが、その大きな巨躯はお漏らしの膝を震わせるには十分だった。


「申し訳ありません。しかし、面白いスキルを持った人間を捕まえたので順序を省かせてもらいました」


面白いスキル。その言葉に僅かな間を置いて 頭領なる者は口を開く。許そう。頭領の言葉の後、僕は手荒くその場に頭を地面に押し付けられた。


「アウローラの鏡を開け」


さすがの僕も空気を読んでステータスボードを開く。どうせ見られたところで問題は無い。多分このスキルはこれ含めて【僕】を形成する一部だ。だとすれば、【理不尽】に対するすべての理不尽は僕の【理不尽】になる。僕がこう思ってる時点でそれは確実に適用されるはずだ。


「確かに妙なスキルだ。今まで長く生きてきたがこんなスキルは見たことがない」


頭領は少し黙り、頭の中で考えをめぐらせて落胆した顔でジャジャに命じた。殺せ。冷たく機械的な言葉だった。


「いいのですか? 上手く利用出来れば役立つこともあるのでは?」


言葉を選びながらジャジャはフォローを入れるが頭領は手のひらを振る。


「不確定要素が多すぎる。扱いきれないものは身を滅ぼすだけだ」


ですが。言いかけたジャジャを僕は目で制した。


「いいよもう。これだけ近づければもう充分だ」


後ろ手に縛られていた縄を紙切れのように引きちぎって立ち上がる。頭領は何が起こったのか理解できない様子で目を丸くして口を半開きにしていた。


「おまえ、オークじゃないだろ」


何を言っている。いや、それ以前に、なんだお前は? ようやく頭が回ってきたのか、頭領は玉座から飛び跳ねるように立ち上がり壁面にかけてあった戦斧に手をかけた。


「オークやエルフは騙せても僕は騙せないよ。お前はオークじゃない。魔術師かなにかか。虚像を生み出すような魔法もあるんだね」


感心して言った僕の頭上に勢いよく戦斧が振り下ろされる。甘んじてそれを受け入れると、衝撃と風圧で身につけていた衣服がパンツ以外全て弾けとんだ。


「無傷!?」


驚愕する頭領。もうなるようにしかならないな。そんな顔でジャジャが遠い目で見ている。お漏らしは震えが止まってぽかんとしていた。


「やっぱり今のは物理攻撃じゃない。僕はいま、舐めた態度を取ってその斧で切り殺されるはずだった」


けれど【理不尽】はそれを否定した。受けた衝撃も風圧も質量が伴ってなかった。


「それは今のが物理攻撃じゃなくて魔法攻撃だからだ。人を騙し欺く行為は【理不尽】だよ」


僕は言いながらパンツを脱いだ。


「なぜ脱いだ」


「なぜ脱いだんだ」


「なぜ脱いだんですか」


一様に各々が疑問を口にする。僕は構わずパンツのゴムを親指にかけた。


「さあ僕のターンだ。今からお前を半殺しにします。理由はとくにありません」


「おいまて。下手なGoogle翻訳みたいになってるぞ」


親指にかけたパンツは限界まで引き絞られ、放たれたそれは矢のように頭領の眉間に直撃する。途端、巨大に見えていたオークの虚像が大穴を開けて霧散した。


「それどういう原理だよぉ」


【理不尽】に打ち消された虚像の後に残ったのは頭頂部の禿げ上がった小汚い老人だった。しゃがれた声に妙な巻舌。これがこのオークの村をたばねていた頭領の真の姿である。


「思った以上に汚い。バイ菌持ってそう」


ジャジャは膝を折り、お漏らしはやるせなさと静かな怒りを称えてそのみすぼらしい老人を睨みつける。先程まで感じていた威圧感は最早ない。


「俺たちこんな浮浪者みたいなのに顎で使われてたのか」


「もうさっさと息の根止めちゃいましょ」


落胆と憤りは無理もない。方や自分達が頭領と崇めていた存在が、方や自分たちを脅かしていた脅威が、まさかこんなにも酷い見た目だとは。


「ちょっと相談なんだけど今すぐオークよりデカくてバキバキのマッチョになって髪生やせない?」


「無茶言うなよぉ。こちとら六〇年スキル使いっぱなしだったんだ。クールタイム考えろよぉ」


六〇年。そんなにも前からオークやエルフ達を欺き続けてきたのか。これは放っておいたら両者からえぐい報復が来そうだ。


「なあなあ待ってくれよぉ。もう逆立ちしてもお前らに敵わないのわかったからさぁ。せめて交渉しようぜ?」


潔いくらいのハンズアップ。さっきまでの偉そうな態度が嘘のようだ。


「この状況でお前に交渉材料あるの?」


「あるあるぅ! めっちゃあるからほんとマジで! お前アレだろ? 転生者! 実は俺も転生者なんだよなぁ」


この世界に来てから六〇年。オークを欺いて培った人脈と知識と数々のユニークアイテム。全ッッッッ然遠慮なく貰ってくれていいから! なんなら俺も好きに使ってくれていいから!


落ち武者ハゲはもはや頭領としての威厳も強者の威圧感も消え失せた様だった。ジャジャが傍らで泣きながら地べたの土に爪を立てる。


「正直、この場でお前の首をはねた方がオーク達は懐柔できるんだけど」


「バカ言うなよぉ。今この場にいるオークはジャジャだけだろぉう? どうとでもなるってぇ。頼むよぉ」


限界を迎えたジャジャが拳を固めて落ち武者ハゲに躍りかかる。咄嗟にそれを阻止しようと足を踏み出すがスタートが遅れてしまった。


「やめろ! ジャジャ!」


絶対に加藤くんが喜びそうな情報を持っている。出来れば失いたくは無い。かと言ってジャジャを手にかけるのももったいない。そんな打算一〇〇%の迷い。


そこに割って入ったのは同じように落ち武者ハゲに怒りを覚えていたはずのお漏らしだった。


「!?」


寸でのところでジャジャの拳が止まる。彼が【知恵の実】を口にして理性を未だ保っていたからというだけでは無い。その拳を止めたのは明らかにお漏らしの覚悟や気迫、ただ一人を救うという目的を達する為の献身以外にない。


「いまは、堪えなさい。貴方が同胞を思う以上に。私には救いたい人がいるのです」


膝を震わせ、目には涙をうかべながら毅然と言い放つお漏らしに、ジャジャは行き場の無くなった拳を地面にうちつけた。


「チビっちゃったよぉ。もうマジで勘弁してくれよ。おじさん色んなとこ緩くなってんだからさあ」


軽口を叩く落ち武者ハゲのヘッドライトを平手打ちする。さすがの僕もイラッとした。


「殴ったよ」


せめてそれ殴る前に告知してくれない? 事後報告じゃん。禿げ上がった頭頂部が赤くなる。できることなら蚯蚓脹れになるくらい繰り返し叩きたい頭だった。


「これが知恵の実だ」


案内された玉座裏の隠し通路。さらに地下深くに降り立った先にそれはあった。


「思った以上に毒々しい花咲かせるんだね」


一見すると百合の花だ。ただその色合いは血の色をさらに濃くしたような赤黒さに染っている。茎から伸びた無数の蔦はそのまま地表におろされ、その先には細かい斑点が斑になった果実が西瓜のように転がっていた。


「一口齧れば獣が人語を解する禁断の果実だ。王都が品種改良の末に本能的に拒絶する見た目と味になってる」


口に入れたものは構わず嚥下する習性があるオークには食わせやすかったがな。落ち武者の言にジャジャは舌打ちを着いて後ろから背中を蹴り飛ばす。もはや畏怖の念などありはしない。


「そんな怒んなよぉ! 俺だって務め人だからやるしかなかったんだってぇ!」


「務め人?」


お漏らしは眉根に皺を寄せて怪訝な顔をした。


「さっき俺が転生者って言ったよなぁ? この世界で目覚めた時、俺は王都の地下牢獄に幽閉されてたんだよ」


勇者召喚とかそういう感じじゃないんだ。呟くと落ち武者はため息をついた。


「東の方の亡霊武者っていうアンデッドモンスターと間違えられたんだ」


「六〇年前から禿げてたんだ」


「禿げてたんじゃねぇ! 役目を全うしたんだ!」


いやそれは禿げてるじゃないか。思いながらもとりあえずは話を聞いてみる。


「疑いが晴れた頃にはこの世界に来て一年がすぎていた。その間の幽閉生活はまさに地獄だった」


日が昇ると共に叩き起されてラジオ体操。その後出される食事は豆のスープと食パンの耳。盆と正月だけは甘いポリンコとかいう豆を砂糖でコーティングした菓子を五粒。雑居房の中の同輩はもちろん全身に鎖を巻かれた凶悪そうなリザードマンやウォーウルフ。最初のひと月はよくボコボコにされたものだ。


うん。まるで昭和初期の刑務所のイメージそのままだ。


「そのうち俺はこの世界の理を理解し始めて自分のステータスボードを目にした。そこにあったのがさっきお前にかき消されたエクストラスキル【幻想(イマジン)】だ」


まずは手始めに非番の門番に化けて泣き叫びながら出してくれと叫んだ。おしっこも三回くらい漏らして見せた。慌てた衛兵が門を開けてくれたおかげで脱獄できた。代わりにそいつを檻の中にぶち込んでやった。同輩達がそれを髄までたいらげるのを見ながら今度はそいつに成り代わった。


「そういうことを繰り返し、最終的に王妃に化けネグリジェ姿で本性を皇帝に晒したんだ。この幻想(イマジン)ってスキルのプレゼンには他にないくらいの効果があった」


それは確かに効果抜群だろう。禿げ上がった成人男性のネグリジェ姿とかトラウマでしかない。


「そんなこんなで、俺はこの地方にたった一株の知恵の実と共に放たれた。あとはジャジャや他のオーク共が知るような流れだあ」


実ひとつにつき二五〇〇パル。オークの村全体を食わせていくと考えると月三〇個は上納しないと話にならない。ハゲは残った白髪の長髪を指にからませながら続ける。


「けれど俺に課されたノルマは月六〇個の上納だ。もう普通に考えて三〇〇人くらい殺さないとまかないきれない」


そこで光明を指したのがすぐ近くに拠点を構えていたエルフの村だった。奴らの血はたった一人でノルマを賄えるだけの効果があったんだ。


「それが……私たちを獣のように狩る理由でしたか」


「そう睨むなよ。お前だって自分の首がかかってたら同じ事するよお。それとも女を捕まえてオーク共に犯させればよかったか?」


ギリっとお漏らしの奥歯が鳴る。ハゲの煽りスキルが高すぎる。


「そういう案も他のオークから出たって事だよ。あんまりにも人道に反するから俺が止めたんだ。そうだよなジャジャ?」


話を振られて渋面を作る。それはどうやら事実のようだ。


「早まるなよお漏らし。これは理に介入しすぎた王都の一部有権者が乱した輪だ。いま逸れば元凶は潰せない」


わかっています。応えたお漏らしは意外にも落ち着いていた。


「けれど一つだけ要求があります」


言ってみて。促すとお漏らしはとても冷たい声音でひとこと答えた。


「この村のオーク全てに【知恵の実】を与えてください」


その場の空気が急激に冷え込むような錯覚を覚えた。




5.



長田が村を発ってから半日ほどで嫌な知らせが舞い込んだ。


「先生って、おま、あの先生か? バミューダトライアングルを海水浴と称して3時間で泳ぎきったあと徒歩でミラノまで行ってパスタ頬張る化け物のことか?」


バミューダトライアングルもミラノもわかりませんが化け物であることは間違いありません。現在、長田様はその化け物に捕縛されています。一般エルフの一人がそう応えて俺は心底肝が冷えた。


「せっかく解放されたと思ったのに……あの人どこまで俺達を弄んだら気が済むんだ」


頭を抱える俺にアンモニア臭を漂わせたエルフのひとりが懇願する。


「お、お願いします! レヴィンを! この村を救ってください!」


レヴィンって誰だよ。思いながらため息をひとつ。


「お前さあ……わかってる? 不良やゴロツキ、半グレなんかとは訳が違うんだぞ? 赤ちゃんがクジラにおしゃぶりだけで立ち向かうみたいなもんだって」


いやまて。あの人わりと女には優しい一面あるからそこを突けばワンチャンあるのか? 考えて過去の事例を遡る。確かに女生徒にはかなりあまあまだった節があった。


「この村、勇者召喚とかできる技術ある?」


勇者召喚。その言葉にエルフ達は青ざめながらも、どこか不穏な光を瞳に宿す。本家の村に協力を求めれば何とかなるか? 村の備蓄を八割使えば呑んでくれるかもしれない。なかなかに消費コストが高すぎる気もするが背に腹はかえられない。俺は前髪を掻き上げてそのままクシャッと握った。


「最短で場を整えろ。先生を何とかする方法なんてほかに思い浮かばん。これがダメだったら全部諦めろ」


投げやりな指示を出して俺は深いため息をついた。どうして俺がこんな目に。口からでたぼやきは誰に拾われるでもなく空気に熔けて消えていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ