自販機の下に滑り込んだ五百円玉を僕は許さない
1.
どうやら僕は雷に打たれて死んだらしい。次に目が覚めた時には綺麗なお花畑の中にいた。
「加藤くん。どう思う? この状況?」
「どうもこうも巻き添え食らった感しかないんだけどどうしてくれるんだよ」
加藤くんは道端の吐瀉物を見るみたいな目で僕を睨む。よかった。いつも通りだ。
「そんなこと言われても仕方ないじゃないか。雷に打たれる確率なんて宝くじに当たるくらいの確率らしいよ。そんな理不尽誰も考えられないし、百歩譲っても僕の頭を掴んで高く掲げた先生の方がギルティだと思う」
「お前は避雷針かなにかかよ。いやだとしたら全く機能してないな。だって俺めちゃくちゃ巻き込まれてるもん」
「あ、ちょっとまって。宝くじに当たるくらいの確率ってことは僕の当選金はどこに行けば貰えるのかな? 銀行? でもその場合引替えの為の小切手とかは誰に発行してもらえばいいんだろうか?」
「お前もしかしてこの状況でまだ宝くじの話してる?」
おぉい? 長田ァ。先生の分の当選金はどこだァ?
「そういえばこの人もいたな。いや人と呼んでいいのか分からないが」
「加藤くん。僕ちょっと幻聴が聞こえてきたよ」
「安心しろー。俺の目にはくっきりはっきりバキバキの素晴らしい先生の肉体が見えてるから」
瞬間、僕の頬下駄を鉄より硬いなにかが撃ち抜き、身体は勢いよく花畑を散らしながら土にめり込んだ。
「んぅううん。加藤。先生に分かりやすく現状説明をしなさい。できなかった場合お前だけに特別指導だあ」
「ではお手元の資料に目をお通し下さいと言いたいところですがまとめる時間がなかったので、ちょうどよく長田が抉ってくれた地面に図を書いて説明させてもらいます」
「うぅむ。よろしい」
僕の当選金はどこで支払われるのかな? あれ? 三人まとめて当選したってことは一体僕たちにはいくらぐらい支払われることになるんだ? これは帰ったらアマ○ンの人気商品いるものいらないもの関係なくレジにぶち込まなきゃ。
「加藤くん。僕にも分かりやすく当選金がどこで支払われるのか教えてくれないか?」
「おまえなんで生きてんだよ」
加藤くんは溜息に僕に対する嫌悪感をいつも以上に込めて吐き出し説明を始めた。
「ってことで。たぶん俺らは雷に打たれて死んだ、もしくは意識不明の重体でここは地獄か天国か、もしくは三途の川手前あたり、なのかも知れません」
「んぅん……その場合、先生が長田と一緒いる時点で地獄と天国は除外だな」
「そうですね。先生が天国行きなわけありませんもんね」
「長田ァ。地獄に行く前にもう一度昇天させてやろうか?」
やだなあ。ちょっとした冗談じゃないですか。やめてくださいよぉ。いや、本当にやめてくださいよ! 再度頭を鷲掴みにされて脳が圧迫される激痛が走る。プロローグ開けた後だってのに二度目の死が訪れそうだ。
「先生。長田を始末する前に俺の話を最後まで聞いてもらえませんか?」
「んぅん? どうしたァ? 加藤? 安心しろ、お前もすぐに可愛がってやる」
「いえ、限りなくないに等しい可能性なんですけど、いま流行りの異世界転生。この場合、異世界転移? いや、死んだ感覚はあるから転生……いやどちらでもいいですね」
加藤くんは夢物語みたいな話を続ける。
「つまり、これが第二の人生だとしたら今ここで先生の手駒を無為に無くすことは得策ではないんではないでしょうか?」
「あぁ……なるほど。つまり加藤。お前は先生がひとりじゃ何も出来ない人間だと思っているのかァ?」
「断じてそんなことありません。むしろ先生の今後をより良くするために俺と長田を好きなように使って頂きたいという配慮です」
んぅむ。先生は僕の頭を話して僅かに目を閉じる。きっと、それはそれで面白そうだしいいかもなァ。くらいにしか考えてないかもしれないがどうやらそれは正解だったらしい。
「よぉし。長田ァ。加藤。お前らあの森に行ってなにか食えそうなもの見つけてこい」
指し示された先には確かに鬱蒼とした森があった。こんな原風景は見たことがない。
「わかりました。ほら、長田。いつまでも頭抱えてないでさっさと立てよ」
「加藤くん。僕の当選金はどこに行けば貰えるのかな?」
「お前やっぱもう一回死んどけよ」
2.
「さっきは助かったよ加藤くん」
「あぁ、気にすんなよ。先生のおもちゃがなくなったら俺が危ねぇだろ」
「本当に気にしなくていい気がしてきたよ」
森に入ってからどれくらい経ったか。スマホは雷のせいかうんともすんとも言わないし日時計なんて読み方も覚えてない。とりあえず頭上には太陽が輝いてるが前からあの位置だった気もする。
「やっぱりもうダメなのかな僕たち」
「何弱気なこと言ってんだよ柄にもねぇ。実際、異世界か天国か地獄かはわかんねぇけど、先生がいれば安心だろ? 非常食兼おもちゃだけど」
いやそういう事じゃなくて。
「僕の当選金の小切手はどこに行けば貰えるのかなって」
「あぁ、忘れてた。お前馬鹿だったな」
加藤くんが真顔でいつも通り何気ない相槌をした直後、すぐそこの茂みから勢いよく何かが転がり出てきた。
「なんだ!? 前に出ろ長田! 俺を守れ!」
加藤くん、もしかして僕のことポ○モンか何かだと思ってる? 思いながらも僕は前に出た。
「な、なんだ!? お前ら!? は、早く逃げろ! お前らじゃ相手にならない!」
目の前に現れたのはボロボロの金髪碧眼美少女だった。顔の作り、肌の白さからして僕らの世界で言う“港区女子“に似ている。決して手の届かない高嶺の花だ。
「加藤くん見てよ。港区女子だよ。」
「様をつけろよデコスケ野郎。伝説のポ○モンじゃねぇか。瀕死においやった上、お薬で麻痺かねむり決め込んでマスターボールぶちこまねぇと」
「ポ○モンから戻ってきてくれるかな加藤くん」
そんないつも通りの会話を聞いて顔にはてなマークを浮かべる港区女子はすぐに切羽詰まった面持ちで警告を発しようとした。間髪入れず彼女の背後にある木々が吹き飛ばされて巨大な何かが僕たちの前に躍り出た。
「おお! 耳長のウサギちゃんは幸運のうさぎだったか!」
やけにドスの効いた声音。豚のよう、と言うには豚そのもののような顔面。森の木々に光を遮られた中でも分かるくらいのその巨躯にはしっかりと僕達の身体と同じくらいの手斧が握られていた。
「よかったなあ長田。先生よりはかなり弱そうだ」
「そうだね加藤くん。ところでここから入れる保険ってまだあるかな?」
あったら俺が今すぐお前を入れてやるよ。生命保険に。その言葉を聞くか聞かないか。僕の横っ腹に凄まじい衝撃が走った。
「んぅ!?」
吹き飛んだ。が、すぐにその身体は側の木に遮られて跳ね返って元の位置に戻される。思ったより痛くない。
「あぁ、加藤くん。こいつそんな強くないよ。五億分の一先生くらいだ」
「なんだ、五億分の一先生か。だったらビビる必要ねーじゃん。長田、右手持て。俺こっち持つからせーのでな」
加藤くんが豚みたいな何かの左手を掴んだのを確認して僕も豚みたいな何かの右手を掴む。こいつの右手が斧を持ってる分、ちょっと不公平な気もするけど僕は仕方なく受け入れた。
せーの。
掛け声のあとワンテンポ置いて勢いよく豚みたいな何かの身体が左右に引きちぎれる。うわ、気持ち悪いな。血とか腸とか、ちゃんとモザイクかけてくれないと困るよ。そんな事を考えてた最中、頭の中で男とも女とも分からない声が聞こえた。
『エクストラスキル。理不尽を獲得しました』
男か女かも分からないなら女の子でいいか。どうせなら僕好みの可愛い低身長小悪魔系港区女子でいいかな。
そんなことを考えていたら豚のような何かの血飛沫が顔面に降りかかった。
「なんかさっき聞こえたよな? エクストラスキル? ゲームみたいだな」
動かなくなった豚のような何かの引きちぎれた身体を踏みつけて加藤くんが投げかける。どうやら僕の幻聴ではないようだ。
「僕にも確かに聞こえたよ。長田くん好き好き大好き結婚してって」
「あぁ、ごめん。それは十中八九、幻聴だわ」
加藤くんはため息混じりにその豚のような何かの亡骸に歩み寄り腰を下ろした。
「先生食えるかなぁ? これ?」
「食えるんじゃないかな? 生徒だって食おうとする人だよ?」
じゃあ行けるかぁ? 加藤くんが不安交じりな呟きをしたあと、震える声で港区女子が口を開いた。
「あ、あなた達、な、何者?」
端正な顔立ち。金糸を束ねたような綺麗なブロンド。抜けるような白い肌と宝石のような蒼い瞳。僕たちとは何もかもが違っていたが、何よりも違うのはその耳だ。魚のヒレのようにやけに横に尖っている。まるでファンタジーの中のエルフのようだ
「加藤くん。先生ってエルフも食えるかな?」
「生徒っていうか人間も食おうとするんだからいけんだろ。最悪マヨネーズかけたらなんでもいけるって」
ちょ、ちょっとまって! 僕らは港区女子の悲鳴混じりの静止に目をくれず豚のような何かの腸で自由を封じて先生の元へ向かった。
3.
花畑に戻った時、先生の姿はどこにもなかった。
「加藤くん。これは僕たち、自由になったってことでいいのかな?」
「自由なんて簡単に口にしない方がいいぞ長田。その称号にはそれ相応の責任が伴うもんだ」
先生の隷属から解き放たれるってことは庇護下から外れるってことだぞ。その状態で次に先生に会った時どうなるか分かってんのか?
「いやでも、だいたい先生と一緒にいてろくな目にあった記憶ないし」
「それはそう」
とりあえず、もし再会した時には探してましたよって体裁ですがりつく感じでいいんじゃないかな? まあ、それが無難ではあるけど先生に食料を持って来れなかったっていうペナルティはありそうだな。加藤くんは冷静に怖いことを言う。
「あの! あの!!」
ガタガタと震えながら上擦った声を港区女子があげる。その顔は真っ青になって今にも漏らしそうだ。
「なんだよ。俺らいま忙しいんだけど。この先の人生の岐路に立ってんだけど。つまんねぇ事だったらただじゃおかねぇぞ」
いつも以上に加藤くんの言葉は冷たい。これは彼の命に関わる事だからだろう。港区女子は一瞬息を飲んで頭の中で思考を反芻するように間を置いてから口を開く。
「こ、この近くに私達の村があります。も、もも、もし良ければ、たす、助けていただいたお礼をしたいのですが」
カチカチと鳴る歯。凄まじい冷や汗。膝の震えはもう大人の玩具みたいに激しく細かく震えている。
「長田。お前こいつ助けた記憶あるか?」
「え? 僕は全くないけど? 強いて言うなら先生への供物だよ僕の中では」
だよなぁ。そこに落ちてたから拾っただけだもんなぁ。加藤くんの言葉に恐怖が限界を迎えたのか、港区女子は静かに失禁してその場に膝を折った。
「な、なんでもします。なんでもしますから……命だけは」
端正な顔立ちがくしゃっとしてボロボロと涙と鼻水が垂れ落ちる。綺麗な顔が歪むとこんなにも扇情的なのか。興奮で鼻血が出そうだ。
「悪いけど俺、彼女いるから下ネタはなしな。正直お前のこと小綺麗なタニシくらいにしか考えてねぇ」
「何言ってるんだ加藤くん! 何でもしてくれるんだよ!? あんなことこんなこといっぱいあるけどみんなみんなみんな叶えてくれるんだよ!?」
「途中でドラ○もんになってねぇかそれ? っていうか、お前この子に何するつもりだよ」
「えっ!? あぁっ、ええっと! じゃ、じゃあそうだなぁ……僕のNEIKIの靴裏でも舐めてもらおうかな」
NIKEじゃないあたりにそこはかとなく可哀想な感じ出てるな。いつも通りのドン引きした顔で加藤くんはため息を着く。
「とりあえずその村まで案内しろよ。もてなせ。それによって村人全員蹂躙するかどうか考えるから」
あっ、終わった。そんな顔をして港区女子は息を呑む。さすが道徳の成績が良かった加藤くん。相手が何をされたら嫌がるかよくわかっている。
「ちなみにその村には銀行はあるかな? あと宝くじ売り場。僕たちまだ当選金の支払いしてもらってないんだけど」
「もう殺して……」
やけに青い空に港区女子の声は吸い込まれていった。
「ところで加藤くん。村に行って何するつもりなんだい?」
道すがら尋ねると加藤くんは淡々とこたえた。
「エルフってファンタジーじゃ美男美女って決まってるだろ? なら片っ端から見てくれの良い奴捕まえてポン引きでもやりゃあいい金になるだろ」
「思ってた以上に加藤くんってゲスだったんだね」
「しらねぇのか? 生き物の命って平等じゃねぇんだぜ?」
道案内させてる港区女子の呼吸が浅くなっていく。膝の震えも止まらないしさっきから何度も茂みに嘔吐している。無理もないか。こんなサイコパスに命握られてたら当然だろう。
「どんな生き物だって三大欲求はあるだろ。それが知性を持った生き物なら尚更だ。欲ってのは金になる」
「とても彼女持ちとは思えない倫理観だね加藤くん」
「馬鹿野郎。自分の女が笑ってれば他の有象無象はどうでもいいだろ」
かっこいいこと言ってる風に聞こえるけど目の前で失禁してる有象無象のひとりを見てるといたたまれない気持ちになってくるよ僕。そんなことを話しながら歩いていると、程なくして視線の向こうに木造の人工物が目に入った。
「思ったより文明レベル低いな。規模もそこまで大きくない。もてなすとかそれ以前の問題かもな」
「そうかな? 僕からしたら自分達で家屋を建てられてるだけすごいと思うけど」
「俺の言ってるのは技術レベルの話じゃねぇよ。丸太を切り出して縄でたばねた塀。村の出入口は一箇所しかない」
オマケにでかい門扉と弓で武装した衛兵つきだ。腰には刃物までぶら下げてる。この村はかなり鎖国的ってことだよ。
「ちょっと何言ってるか分からないな。それよりあの中には銀行はあるのかな?」
「あるわけねぇだろ。この規模で鎖国的な村だったらもう中は共産主義的かつ原始時代的な営みしかねえって」
じゃあ他の村に行かないとだね。銀行と宝くじ売り場がないなら僕にとってゴミでしかないよ。
「お前よく他人の故郷にゴミとか言えるな」
「だって他人だもん」
畜生すぎる。加藤くんは呟いて港区女子に向き直った。
「まずは確認したいことがある。さっきお前を襲ってた豚は、お前たちに対してどのくらいの脅威になるんだ?」
「む、村の者総出であれば、多少の犠牲で討伐できるかと」
港区女子はガチガチ鳴る歯を必死に自制しながら答える。そのいじらしさに僕は興奮せざるを得ない。
「てことはやっぱり俺と長田だけで余裕で潰せるな。じゃあもう一つ質問だ。お前ら個人の……ええっと、なんだ……個人の強さ? 力量? そういうのを指し示すようなシステム……みたいなものはこの世界にあるのか?」
「なんだいそれ? まるでゲームのステータス画面みたいなものかい? ちょっとやめてよ加藤くん。ゲームのやりすぎなんじゃないの? これだから困るな帰宅部は」
瞬間、打ち降ろされた拳は顔面にめり込みトムジェリもびっくりな勢いで僕の体は地面にめり込んだ。
「……【アウローラの鏡】のことでしょうか?」
港区女子はよくよく考えながら言葉を紡ぐ。
「ステータスオープン」
ゲームやラノベでよく聞く単語を呟くと港区女子の目の前にホログラムのような薄い板が現れる。僕たちは一瞬おどろきながらも、その板を2人で覗き込んだ。
「識別個体……レヴィン。Lv25。種族エルフ。役職……剣士」
ここに来てようやく僕らは港区女子の名前がレヴィンだという事実を知る。正直名前なんて知りたくなかった。知らない方が燃えるし、知ってしまったら変に情が移りそうだ。
「このLvの隣にある(75)ってのはなんなんだ? 年齢って訳でもねぇだろ?」
「それは……分かりません。王都からやってきた旅人はたしか、【努力値】と読んでいたかと」
「努力値か。なるほど。ちなみに村の中で一番努力値が高いのは誰なんだ?」
加藤くんの問いに港区女子はあからさまにまずいという顔になった。それを見た加藤くんはニヤリとして村の門扉に目を向けた。
「とりあえず、やるなら夜だ」
「え? どうして? 普通に行っておじゃましまーすって挨拶して入ればいいんじゃない?」
「おまえ……クラスメイトが拉致られて泣きながら小便漏らしてたらさすがに止めるだろ?」
「あぁ、確かに汚いもんね」
それはそうだけど言いたいことはそうじゃねぇんだよなぁ。加藤くんは本当に救いようのない存在を見るような目で僕を一瞥してため息をはいた。
4.
日が落ちた頃。僕たちはぎりぎり村の入口が見える森の中に潜んでいた。
「出入りしたのは狩猟要因と思われる男数名。エルフ以外に村の出入りはなし。だがこれ以上こいつの帰りが遅くなったらさすがに村の中も騒ぎ出すだろう」
ステータスオープン。加藤くんが呟くと、例のようにホログラムの板が現れた。
「Lv1.……努力値0。ATKとかSPDとか、全部初期ステータスみたいだな」
「ハハッ、カスみたいなステータス画面だね加藤くん。どうしたんだいその攻撃力は? 8だって? それでどうやって村を襲撃するのさ」
それはこうやってこうやるんだよ。
僕の頭は加藤くんの両手に挟まれてアクション映画のようにぐるんと三回転された。意識が飛ぶ。
「おお、本当に復活したな」
次に目が覚めた時、僕の視界には加藤くんの無感情な顔が映っていた。
「あれ? 加藤くんどうして僕の家にいるんだい? 鍵はかけてたはずだけど」
「安心しろ。さっきまでの夢じゃねぇから。ちゃんとエルフの村前でセープポイント更新されてるぞ」
言われて見渡してみると僕らは森の中。傍らにいる港区女子は恐怖に歪んだ顔で半ば自我を飛ばしかけている。
「もしかして確認の為に僕の首ねじ切った?」
「ねじ切るつもりでやったんだけど勢い足りなかったみたいだわ」
悪びれもなく加藤くんは言う。
「ステータスオープン」
映し出されるホログラムの板。僕はそれをのぞき込む。
「さっきの港区女子よりステータスは低いみたいだけどどうしてあんな馬鹿力出せたんだい?」
「よく見てみろ。スキル欄」
言われて再びホログラムに目を落とすとステータスボードの下の欄に獲得スキルの欄があった。
「あぁ、これのおかげか」
エクストラスキル【理不尽】……自他が起こす理不尽に対して全ての条理を無効化する。
僕にはよくわからないがきっとすごいスキルなんだろう。
「でも僕がすごく心配なのはその下にあるバッドステータスの【先生の教え】なんだけど」
それを否定したらこの先の未来は無いと思え長田。虚ろな目で睨みつける加藤くんの瞳の向こうに先生がいるような気がした。
「それでどうするんだい? 闇に紛れて忍び込むのかな?」
「いや、もう少し暗くなったら俺とお前で村の塀全部引っこ抜く」
引っこ抜く。言われて僕はそちらに目を向ける。直径にしたら余裕で二メートルはある。あれを引っこ抜く?
「もしかして加藤くんクスリとかやってる?」
「生まれてこの方かぜ薬しか飲んだことねぇよ」
それは健康で何より。加藤くんは落ちていた小枝を拾って地面に図を書出した。
「さっきお前が豚に手斧でぶっ飛ばされただろ? あれが理不尽だ」
豚の絵がふたつ。
「ごめん。加藤くん。なんで豚が2匹書かれてるの?」
「あ、ごめん。これじゃ見分けつかないよな。こっちが長田な」
豚のおでこに長と書き足される。加藤くんには僕がこう見えてるのかな。
「んで、その理不尽に対して発動したのがお前の【理不尽】のスキルだと思う。これによって豚の理不尽な攻撃が無効化されたんだろう」
「つまり、僕達は理不尽な攻撃に対して常に無敵状態ってこと?」
「それどころかこっちが下す理不尽は全ての条理、理をねじ曲げて遂行することも可能なんだろうな」
それってもう最強ってことじゃないか! もう銀行もお金もいらないよ! 先生みたいに肩で風切って生きていこう!
「……」
息巻く僕に、加藤くんはちゃんと痛いビンタを無言で放った。
「まって、痛い。普通に今HP持ってかれた感覚あるんだけども」
「うん。やっぱりだな。俺達が無効化できるのは自分に降かかる理不尽だ。正当な暴力は普通にダメージ入るらしい」
調子乗ったバカを落ち着かせるためのビンタは正当な暴力ってことだ。加藤くんはなるほどと頷いているが僕には何を言ってるのか分からない。ステータス画面を開くとHPは三分の一も減っていた。
「そういうことだから、正面から正攻法で行ったら反撃にあって終わりだ。村を攻めてきた野党二人組を攻撃するのは正当な暴力だからな」
「じゃあ僕たち殺されちゃうじゃん! この【お漏らし】ですら20以上もレベル差あるんだよ!?」
まって、【お漏らし】って? 港区女子改めお漏らしは自分に付けられたあだ名に不服そうだ。
「それでも反撃してこねーのはこっちが行使する理不尽が確実に自分の死を招くって理解してるからだろ。お前よりも賢いじゃねぇかお漏らし」
仮に長田を殺せたとしても手駒を潰された俺がほっとくわけないからな。加藤くんはしれっと僕のことを手駒と呼ぶ。
「でも乱戦になったら数の優位で反撃してくるだろうな」
「じゃあ絶対に僕ら勝てないじゃん」
「だからあの塀を取っ払うんだよ」
加藤くんは意地の悪い顔でニヤリと笑う。その顔はどこか楽しそうである。
「そろそろ始めるぞ。まずはこの村を根城にする」
「あぁ、もう乗っ取るつもりなんだね加藤くん」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
お漏らしがすすり泣きながら誰かに謝っている声がやけに悲痛だった。
「交代だ。レヴィンはまだ戻らないのか?」
「はい。もう日も完全に暮れてしまってますし、戻らなければ明日の日の出で捜索隊を組むそうです」
小規模のゲーデッドコミュニティでは仲間同士の繋がりは深くなる。それはエルフでも変わりないようだった。
「よし。長田。やれ」
人使いが荒いなぁ。愚痴をこぼしつつ、僕は丸太の塀に腕をつき入れた。本当に発泡スチロールみたいな感触だ。
「なんだ……? いま、なにか聞こえた気が」
「や、ヤングム! 見ろ! な、なんなんだあれは!?」
衛兵と思しきエルフふたりが驚愕の声を上げる。それはそうだろう。丸太をラリアットでなぎ倒しながら自分たちに迫ってくる人間がいたら誰だってビビる。僕だってビビる。ビビらないのは先生くらいだ。
恐慌状態になった衛兵達は悲鳴をあげてその場からの逃避を試みる。それを見ながら加藤くんはとても満足そうな顔をしている。
「そうだ逃げろ逃げろ。お前たちがビビって現状から逃避してくれれば乗っ取りやすくなる」
絶対これ先生の影響だよ。思いながら僕は塀を薙ぎ倒すついでに衛兵二人も軽く吹っ飛ばした。多分死んではいないと思うけど思った以上によく飛んで行った。
「絶景だ。見ろよアイツら。何が起きたのかわかんなくて呆然としてやがる」
そりゃ呆然とするでしょ。自分たちの家で食卓を囲んでたらいきなり家ごと丸裸にされたようなものじゃないか。誰だって怖いよ。本当に、僕じゃなくて良かった。
「さて、話をしよう。代表者、出てこい」
ざわめき。口々に一人の固有名詞が出てくる。ヤングム。ヤングム。ヤングムは。
「わ、私達の代表……ヤングムは先程そちらの方にぶっ飛ばされました」
「……」
加藤くんは額に手を当てて眉間に皺を寄せる。ごめんよ。ついでにぶっ飛ばしちゃった。
「あれが村長かなんかだったんか? エルフの長老ってもっとこう、白髪のおじいちゃん的なやつじゃないのか?」
「この村は最近旗揚げした若い村なので……」
それを先に言えよ。睨まれたお漏らしは今にも呼吸が止まりそうだ。
「代わりに私が話をしよう」
どよめく群衆の中からやけに堂々とした様子で男が前に出た。長い金髪。身にまとった装飾やシルクのローブからしてそれなりに身分の高い人物なのだろう。
「あんたは?」
「ヤングムの兄、イルハだ。この村は弟と私で切り盛りしている」
へぇ。加藤くんは品定めするように男を見た。
「兄貴より弟の方が偉いんだな」
その発言は地雷なんじゃ。僕が思うよりも先に、村人たちがあっ! という顔になる。だがそれは僕が思ったこととは別ベクトルの地雷だったらしい。
「そうなんだ! 私の弟は素晴らしい! 兄としてこの上ない誉れ! 眉目秀麗で思慮深く! 村の女達からは引く手あまた!」
「何だこのお兄ちゃん。すごく気持ち悪いんだけど」
「あぁ! ヤングムによく言われるよ!」
嫌われてんじゃんお兄ちゃん。村人達は自分たちの恥部を見られたように押し黙った。
「ん? そこにいるのはレヴィン……お前……いや、え? なんで漏らしてるんだ?」
「漏らしてません!」
「え? いやいや、無理あるって。滴ってるじゃん。世界地図描いてるじゃん。ユグドラシルまで描いてんじゃん」
あ、なんかこの人が弟より支持されないのわかった気がする。公然の場で心配より先にセクハラ発言は許されないって。
「もうなんでもいいや……お前ら、今日から俺の下僕な」
呆れた口調で加藤くんは要求する。だが流石にこれにはお兄ちゃんも眉をしかめた。
「待ってもらおうか。いきなり現れて弟をぶっ飛ばされてそんなことを言われても、はいわかりました。とは言えないだろう」
これは本当に正論。この正論に対して加藤くんはどうするのか。そのやり取りを眺めていると加藤くんは馬鹿にするように鼻で笑った。
「お前まだ状況理解してないの? 村人総出で一生懸命作ったんだろうなあ。あの不格好な丸太の塀。ポッキーみたいにパキパキパキパキへし折られちゃってんじゃん。この先どうすんの? 森の中にはお前らより強い豚みたいなモンスターもうじゃうじゃいんだろ? 今からまた建て直すわけ? その間に攻め込まれないわけないじゃん。なんなら俺らが奴らと手を組んで攻め込むぞ?」
口が悪すぎるよ加藤くん。これがラノベだったら確実に僕たちモンスター側だよ。いやまあモンスターみたいなもんか。
「……軍門に下ればその脅威をあなた方が取り除くと?」
お兄ちゃんが青筋を立てて必死に怒りを噛み殺しているのがわかる。これはもう交渉とか話し合いなんてもんじゃない。
「承服いたしかねる。だが、しかし。貴方の言い分は理不尽ではあるが我々に選択権がないことも事実だ」
なのでこれは完全な私怨。お兄ちゃん……イルハは腰に携えた鞘から刃を引き抜いた。
「私はそんな理不尽に泣き寝入りはできない」
低く重く、気高い言葉に、群衆も徐々に徐々に声を上げた。
「そうだ! いきなりやってきて、そんなの許せるわけないだろ!」
「イルハ! 負けるな! 俺達もお前に着いてくぞ!」
「イルハ様! こいつらの弱点は正当防衛です!」
お漏らしがどさくさに紛れてこっちの弱点を暴露する。加藤くん、これはさすがにまずいんじゃ。
「じゃあお前が俺に勝てたらこの村は見逃してやるよ。村の復興にこいつも貸し出す」
僕いま賭けの担保にされた?
「随分と強気だな」
「危険分子は先に叩いておいて取り巻きにしっかりとわからせねぇとな。今後に支障が出る」
舐めたことを。瞬間、イルハの身体は躍動し一気に加藤くんとの距離を詰めた。
「死ねぇ!」
銀の刃が篝火に照らされて翻る。素人目にもわかる。相当な手練だ。
どれくらい研鑽を詰んだんだろう。動きには一切の無駄がなく美しさすら感じられる。しかしそれは明らかに人を殺すための動きだ。僕たちのような一般人にこれを躱したり受け流すことなんて不可能だった。
「あっ」
だけど加藤くんのことを全くわかってない。【理不尽】スキルの概要を知っているお漏らしですら分かってないのだ。
「これが【理不尽の盾】だ」
字面に起こせばかっこいいけれどなんてことはない。ぼくの事である。
「なっ!?」
僕の身体に刃が触れると同時に【理不尽】が発動する。加藤くんに一騎打ちの最中、自分を盾にされたという理不尽が銀の刃を打ち砕いたのだ。
「そしてこれが【理不尽シュート】だ」
なんて事ない。僕を投げただけだ。
「なっ、なっ、うわぁあ!」
「あぁ、もうなんか同情するよ君」
直撃した僕に吹っ飛ばされたイルハはローブも装飾も何もかも、衝撃に引きちぎられて生まれた時の状態で民家の壁に叩きつけられた。
レベルが上がりました。レベルが上がりました。レベルが上がりました。レベルが上がりました。レベルが上がりました……。
5.
「とりあえず言われた通りに何本か引き抜いてきたよ」
周りのエルフがドン引きしてる。当然だ。彼らが総出で切り出しても村を囲えるほどの丸太。一日じゃそこらで用意できるわけが無い。それを数十分で持ってきたのだ。根っこごと。
「理不尽って自然に対しても有効なんだな」
「まあ自然からしたら確かに理不尽だしね」
一夜明けてエルフ達は驚くほど大人しくなった。当然である。あんなめちゃくちゃな戦いを見せられたあと加藤くんは一言残して民家に入っていった。
「もう寝るから。寝首かこうなんて思うなよ。俺にとってそれは【理不尽】だから」
エルフ達の「あ、こいつヤベー奴だ」って顔に懐かしさを覚えた。そういえば先生に初めてあった時の僕もこんなだったなと……いや、全然いい思い出ではないんだけど思い出した。
「何見てるんだい?」
「あぁ。昨日イルハを倒したからレベルアップしたみたいだ。一気に30レベルもあがったぞ」
「わあ! すごい! 技まで覚えてるじゃないか!」
ステータスボードには新しいスキルがいくつか増えている。【理不尽の盾】【理不尽シュート】【長田式アクロバット剣術Lv1】なんだろうこれ。
「じゃあ僕もレベルアップしてるのかな? あ、レベル上がってる。攻撃力とかは勝手に上がるタイプなんだねこれ」
「お前の称号ステータス【加藤の装備品】になってね?」
装備品ならまだマシな方だよ。これが先生だったら非常食だもん。
「俺たちって知らず知らずのうちに先生に鍛えられてたんだなあ」
「いいことかどうかは分からないけどね」
そんなことを話しているとお漏らしがやってきた。どうやらイルハがもう一度話したいそうだ。
「話がしてぇならそっちから来いよ。何様だ」
「無茶言わないでください! あなたのせいでイルハさま瀕死の重症なんですよ!」
本当に気の毒だ。拳を振り上げそうな加藤くんをなだめて、僕たちはイルハの家へと向かった。
「なんだよ話って。勝ったんだから約束は守れよ」
全身ズタボロで起き上がることもままならない相手に向かって加藤くんは言う。人ってこんなに残酷になれるんだ。
「あぁ……ぅ、あ」
声もまともに出ないんだろう。お漏らしが傍らで言葉を聞きとり通訳をする。
「イルハ様は『いやー、負けちゃったー☆約束通り軍門に下るから命だけはマジよろしく』と言っております」
「それ本当に言ってる?」
「ぁぁあ……」
「イルハ様は『村の者は好きに使ってくれて構わないので頼みを聞いて欲しい』と言っております」
随分おとなしくなったじゃねぇか。
「イルハ様は『こんな化け物と敵対するより庇護下に入った方が安全だ』と申しております」
「あぁ、あぅ、ぉおぁ?」
「ねぇ本当にそれ言ってる? お兄ちゃん何か物申してるけど」
ジロリとお漏らしがイルハを睨む。その眼差しには死にかけは黙って寝てろと言いたげだ。
「これは村の総意です。私達は加藤さんの軍門に下ります」
「で? 頼みって?」
意外にも加藤くんは嬉しそうには見えなかった。せっかく目的を達成したのに、むしろ少し不機嫌そうにも感じる。
「一刻も早くヤングム様を探し出して欲しいそうです」
そういえばそんなやつも居たな。生きてるかどうかは分からないけど。
「別に俺としてはエルフの一匹や二匹ほっといてもいいんだけど。それをしてなんのメリットがあるわけ?」
加藤くんからしたら至極当然の回答だ。倫理観はさておき。しかしこの反応も向こうは予想していたらしく、次の言葉が用意されていた。
「ヤングムはエクストラスキルを持っています。スキル名は【豊穣の加護】です」
「豊穣? エクストラスキルって、あれだよね? 僕らの【理不尽】も同じエクストラスキルってやつだった気が」
スキルには等級があります。ただただスキルと呼ばれる一般スキルから個人が編み出したユニークスキルなど、その最上位に値する物がエクストラスキルです。
お漏らしの言葉に僕は疑問を抱いた。
「最上位って割には豊穣ってなんか地味じゃない? 全然強そうじゃないよ?」
「ヤングム様の豊穣の加護は戦闘用ではありません。植物の成長を早めたり、種を掛け合せて新たな果実を生み出したり。村の拡大にはなくてはならないものなんです」
なんかしょぼくない? 加藤くん、やっぱやめよーよ。また一騎打ちだとか言われるよきっと。
「それは……どのくらいのことが出来るんだ? 成長を早めるって、制限とかは?」
「制限は一切ありません。新芽を一瞬で大木に変えてそのまま枯らすことさえ可能です。ヤングム様さえいれば」
「食料問題が全部解決するわけか」
なるほど。加藤くんは興味を示しつつもなんだか面白くないような顔をしている。
「わかった。長田を先頭に捜索隊を組むことを許可する」
「え? 僕が行くの? めんどくさいなあ」
お前がぶっ飛ばしたんだから仕方ねぇだろ。文句あるならすり潰すぞ。いくらスキルがあるからってすり潰されるのは嫌だな。仕方ない。
「じゃあせめて捜索隊の人選は僕に任せてもらってもいいかな?」
「別にいいけど……なんか宛てあるのか?」
「さっきやけにでかいエルフを見つけたんだよ。強そうだったし、いいでしょ?」
もう好きにしてくれ。おれは村を回ってくるからさっさと探してこいよ。加藤くんはやけに投げやりに言ってその場を後にした。
「あなた達は、その、友人ではないんですか?」
おもらしの言葉に僕は思わず吹き出した。
「友達なわけないだろう。加藤くんにとってはボクはまだ使い道のある生ゴミくらいだよ。まあ、僕は親友だと思ってるんだけど……これは片思いになるのかな?」
お漏らしとの距離感がまたいっそう遠ざかった気がした。
「おいポチョムキン! ストップ! ストップ! やり過ぎだって!」
エルフ達がため息混じりに文句を言う。その言葉は彼にとってはなかなか厳しいものだった。
「あ、いたいた。おーい。そこのでかいのちょっと貸してくんない?」
彼の周りで野次を飛ばしていたエルフ達が緊張に顔を強ばらせる。これが支配する側の優位性というやつか。
「な、長田様。なんの御用でしょう?」
変にかしこまってエルフ達はその場に膝を着く。僕はそれにため息をついて目の前の巨大なエルフを見上げた。
「僕は別に君達にそんなことをして欲しいんじゃないんだ。出来れば友達になりたいと思ってる」
「トモ、ダチ?」
見上げた巨人のエルフはゆっくりとした動作で首を傾げた。
「だからさ、今ここにいるみんなで僕がぶっ飛ばしたエルフを探しに行かないかい? 仲間は多い方がいいからね」
どよめき。不安。躊躇。疑念。目は口ほどに物を言うとはよく言うがここまであからさまだと少し凹む。
「や、ヤングム様を捕まえて何をするつもりですか?」
「く、首を持ってこいと言うなら、わ、我々のものを好きなだけ差し出します」
どうやら余程の畜生と思われてるらしい。
「ちがうちがう。ヤングムとも友達になりたいんだよ。ぶっ飛ばしたことも謝りたいし」
エルフ達はどの口がと言いたげだったが、巨人エルフは違ったようだ。
「トモダチ……ケンカ、シタ? ナカナオリ、シタイ?」
「そうそう! ナカナオリ! シタイ! ヤングム! サガス! オーケー!?」
ぽかんとしたエルフの取り巻き。少しの逡巡の後に巨人エルフはゆっくりとした動作で手を差し出す。握手のつもりだろう。
「ナカナオリ、イイコト。イルハモイッテタ。オマエ、イイヤツ」
差し伸べられた巨大な手に僕は何の気なしに手を差し出す。次の瞬間、ぼくの右手は豆腐を握りつぶすように激しく四方八方に飛び散った。
「アッ」
大丈夫大丈夫。ちょっと痛いけど許容範囲だ。
「じゃあ行こうか! 僕たちの冒険はまだまだ続く!」
なんかよくわからないけど不穏なフレーズってことだけはわかるらしい。エルフたちと巨人エルフはおずおずと僕に着いてくる。
「探すって言っても、一体どこを探すんです?」
着いてきたのは一般ピーポーのエルフ三人と巨人エルフ一人。ポチョムキンと呼ばれていた巨人エルフと取り巻きABCだ。
「僕がぶっ飛ばしたさきにポチョムキンを連れていくんだよ。これだけ大きければ離れたところからでもよく見えるだろ?」
確かにそれならヤングム様も気づくかもしれない。エルフ達の顔に明るさが戻ってくる。どうやらお兄ちゃん以上に相当人望があるらしい。
「それじゃあポチョムキンくん! 僕について来て!」
あっ! ちょっと! あぶない! 一般エルフが警笛を鳴らすが僕は無視して進む。同時に、余所見をしてた僕に触れた大木が木っ端微塵に吹き飛んだ。
「どうしたんだい? 早く行こうよ?」
「ぇ、ええ……」
呆気にとられている一般エルフ達に、お漏らしはまともに考えては行けないと彼らを諭した。