8青の封印 ~忘却2~
「グラウカさん、そんな事をするのはいくらなんでもマズイんじゃ……」
栗色の髪の眼鏡をかけた青年がオドオドとして言う。
「どうしてだい?」
顎に出来た治りきっていない痣が目立っているその男は、手にした白い粉末を全部カップの中に入れ、さらにそれが飲み物の中に完全に溶けてしまうまでかき混ぜた後、ようやく振り返った。
「着くまでの間に死なれてしまっては、元も子もないだろう?」
「だけど、それは……きっと多すぎます……」
白い粉末は、ヴィドールに古くから伝わる薬草から作られたもので色々な効能のある万能薬だった。しかし、強い副作用もある。グラウカが今カップに入れたのは、明らかに多すぎる量だった。
「それならそれで構わないさ。元々、古代の人間についての知識は全く無いようだっだしな。忘れてもらっては困る情報は何も持っていないだろう。それに、仲良くやりたいからな。我々が敵だという認識はなくして貰った方が都合がいい。それじゃあ、レイシ。頼んだぞ」
黒髪の男グラウカは、あまり乗り気では無い様子の部下にカップを手渡した。レイシは渋々それを持って部屋を出る。向かった先は、ロベリア王国で捕らえたファセリア帝国の兵士の部屋だった。部屋といっても、船底の一番奥にある倉庫を片付けただけの狭い場所で、そこに鍵を掛けて閉じ込めている。ファセリア帝国のインペリアル・ナイトと呼ばれる兵士は何やら妙な術を使うという噂もあるため、念には念を入れしっかりと後ろ手にロープで縛りつけて動きも封じていた。二週間程前に目を覚ました時に暴れて逃げようとしたため、再び暴れるのを警戒してのことだった。しかし、今の彼はその必要は無いように思われた。一日のほとんどをぐったりと寝たまま過ごし、時折目を覚ましても喋ることもなく、食事にさえ口を付けようとはしないからだ。初め、ヴィドール人たちは彼が警戒して食べないのか、もしくは食べない事で抵抗の意思を示しているのかと思ったのだが、どうやら単に食べる気力と体力が無いのだということが分かってきた。そこで1日に2回、無理矢理飲み物だけでも飲ませることにしていた。
「気分はどう?」
レイシは鍵を開けて部屋に入ると、壁に寄りかかって座りうつむいている兵士にいつもと同じ言葉を掛けた。
“……いいわけねえだろ”
初めの数日は、睨み付けるのと同時にそういった言葉が返ってきていたのだが、最近では視線を向けることすらなくなっていた。
「……」
カップを差し出しても飲もうとしないことは分かっているので、慎重に腕のロープを解いてやる。自分でカップを持たせるためだ。
「ほら」
「いらねぇ……」
声になるかならないかの微かな言葉を発し、兵士――ディートハルトは力無く首を振った。
「死んでもいいのか?」
少し強い口調でそう言うと、物憂げに、しかしやっとレイシの方へ瑠璃色の瞳を向けた。その瞳からは何の感情も読みとれない。
「……飲まなきゃ、死ぬのか?」
同じくまるで感情の窺えない調子でディートハルトはそう尋ねた。
「ああ、そうだ。嫌だろう?ほら、飲むんだ」
これ幸い、とばかりにレイシはカップを無理矢理握らせようとした。しかし、彼の期待は裏切られた。
「……じゃあ、……それでいい」
ディートハルトは目を閉じると呟くようにそう言った。もう、全てがどうでもよかった。ファセリア帝国に帰れる見込みはないし、例え帰れたとしても一番会いたい相手はもういない。それに、体がとてもきつくて辛い。全てを終わりにしたかった。
「……」
眉を寄せ、レイシは暫くの間沈黙していた。
『”それでいい”……死んでもいいということか??』
レイシは何故かその態度が非道く投げやりなものに感じ、同時に妙に腹が立った。
「冗談じゃない!死んでもらっちゃ、こっちが困るんだ!」
苛立った様子でディートハルトを押さえつけると、レイシは無理矢理口にカップを押しつけた。
「うぅっ!」
決して美味しそうではない、野菜や果物や生卵をミックスした飲み物を、カップを傾け一気に喉に流し込む。当然ディートハルトは苦しげに咳き込み、カップの中身が跳ねて服や床にこぼれ落ちた。結局、半分程は無駄になってしまったが、それでも何とか飲ませることに成功した。ディートハルトは特に抗議するわけでもなく、ただしばらくの間ゴホゴホと咳をしていたが、やがて落ち着いたのか、崩れる様に壁に寄りかかると目を閉じた。多分、そのまま眠ってしまうだろう。
「フゥ」
小さく息を吐き、レイシはロープを拾い上げると、ロープの跡が付いている彼の腕に再び掛けようとはせずそのまま部屋を後にした。
彼が次に目覚めた時は、全てを忘れているかもしれない。嫌な事も、楽しい事も全て。場合によっては自分の名前すらも。
「…………これは、やむを得ない事だったし、彼のためにやった事なんだ」
歩きながら、自分を納得させるため口に出してそう何度か繰り返す。
「大丈夫。ヴィドールで、新しい、意味のある人生が始まるんだから」
彼らの国、ヴィドールに着くのは1週間後の予定だった。
* * * * * * *
翠とフレッドは、巨大でイカかタコのような魔物に近付くことには成功したものの、ブルネットにも目当てのダークブラウンの髪の青年にも近寄ることは出来ていなかった。その前に視線を向ける暇すら無い。
「くっそ!何だよこれ!?」
先程から何度も、甲板を這う魔物の足に長剣で斬りつけているのだが、それはゴム製なのではないかと疑ってしまうくらい丈夫で弾力があり、かなりの切れ味を誇るファセリア製のI・K専用の長剣をもってしてもなかなか切り落とすことは出来なかった。この頑丈なゴムの様な足が、甲板に散っている黒の海賊たちを襲っていて進路を阻んでいるせいで、未だ二人は目標の人物と接触出来ていない。
『分かった。どうあがいても切れねえんだよ、これは』
そう判断し、翠は剣を鞘に収める事にした。今はイカ(もしくはタコ)の足を倒す事は諦めて目標に近付く事を最優先事項とした。
「どうした?」
翠が武器をしまった事に気付き、フレッドが訝し気にチラリと視線をやる。
「作戦変更だよ。こんなデカイ奴、足を1、2本切ったところでどうせ倒せねえよ。避けて行こう」
「そうだな」
納得し、フレッドも剣を収めると、既に魔物の足を避けて移動を開始した翠に続く事にした。
「おわっ!?」
翠は突然頭上から振り下ろされた魔物の足を、ギリギリのところでかわした。しかし、そのままバランスを崩してしまい後ろへ数歩よろめいたところ、すぐ近くにいたフレッドの背中に思いっきりぶつかってしまった。
「悪ィ!」
「おい、危な……」
船縁近くにいたため柵を超えて海に落ちそうになり、思わず抗議しようと翠の方を振り向いたフレッドの目に、彼の背後斜め45度上空に視線を向け”あっ”と目を見開く翠の姿が映る。
『え?』
そう思った刹那、フレッドは再び背後から攻撃を受ける羽目になった。今度は魔物の触手の攻撃だったのだが、それに気付く間すらなく、反射的に術を使おうとしたものの間に合わなかった翠もろ共吹っ飛ばされる。
「!!」
「!?」
数秒後、盛大な水飛沫が上がり、二人は仲良く揃って青い海に沈んだ……。
「おい、今の、ファセリア帝国のインペリアル・ナイトに似た格好だったような……」
ブルネットは魔物の足を跳んでかわし、剣を振るっているダークブラウンの髪の青年の元まで行くとそう言って相手の表情を窺った。
「ああ。I・Kだ。新兵だけど」
彼はあっさりと頷くと、ぼんやりと赤く光る剣をイカの触手めがけて振り下ろした。その瞬間、剣の刃を包む赤い光は炎に変わり触手を焼いた。こんがりと焦げたような鼻を突く匂いと共に、大きな触手は焼き切られて甲板に落ちた。
「……でも、何でこんな所にいるんだろう?」
暴れる残った触手との間合いを取り直しながら、I・K二人が海の藻屑と消え……てはいないだろうが、沈んだ辺りをチラリと見やり呟く。
「本物だったのか。インペリアル・ナイトってのは、もっと圧倒的に強いのかと思っていたが……」
同じように海を見ていたブルネットはそう呟くと、彼女の言葉に苦笑していたダークブラウンの髪の青年に再び目を向けた。
「もうこっちは大丈夫だ。お前も例のやつを頼む、エトワス」
ダークブラウンの髪の青年――エトワスは、『了解』と軽く手を上げると、彼女とまだ残っている魔物の足の元を離れて、ヴィドールの船の船室の方へと向かった。今まで彼の近くで戦っていた長い金髪の女性も、彼の後に付き従う。
エトワスは、未だ甲板の上を覆っている海ヘビを巧みに避けながら船尾まで行くと、船室へ行く前に船縁から海の方を覗き込んだ。
「翠っ!フレッドっ!大丈夫か!?」
彼の予想通り、そこには翠とフレッドと同じように船から投げ出された黒の海賊やヴィドールの船の船員達が、黒の海賊の船とヴィドールの船の間に挟まれてしまわないよう避難したものの、為す術もなく波間に浮かんでいた。
「やっぱ本人だったのか!エトワス!良かった!無事だったんだな!?」
壊れて海上に落ちた船縁の一部の板切れにしがみ付き波間を漂っていたフレッドは、船の上から声を掛けたのがエトワス本人だと分かると、笑顔でブンブンと大きく手を振った。
「マジで?……フレッド君、意外と呑気だねぇ」
翠は、甲板から落ちてきた海ヘビの息の根を止めるのに躍起になっている黒の海賊たちに加勢をしながら薄く笑う。
「ライザ、彼らを頼む」
「お気を付けて」
エトワスは傍らの金髪の女性に短く告げると、ヴィドールの船の船室の方へ下りていった。
「どーも、助かりました!ライザさん、お久し振りッス」
ライザの投げた縄橋子で再びヴィドールの船の上に戻って来ることのできた翠は、海水を滴らせている制服の裾を絞りながらニッコリと愛想笑いを浮かべた。E・Kであるライザとは、学生の頃ウルセオリナを訪れた際に会った事があるからだ。しかし、ライザの方は表情も変えず簡単に一言『お久し振りです』とだけ言った。そして、海上にいた者達が次々に縄梯子を上がって来るのを確認すると、すぐに背を向け船室の方へ向かおうとした。
「では、失礼します」
「待った!エトワス君のとこに行くんでしょ?オレらもご一緒しますよ」
「……」
にっこりと笑う翠を、何か言いたげな表情でライザは見た。彼らがエトワスの友人でファセリア帝国のI・Kだということは知っている。しかし、ヘーゼルと同様にヴィドール行きの船に乗っていたようだった。彼らは今自分達にとって敵なのだろうか、味方なのだろうか?そう考えていた。
「あれ?警戒してます?大丈夫っすよ。オレらは同じファセリア人。つまり味方ッス」
翠はそう言って笑った。
「分かりました」
ライザは、いまいち信用出来ないと思ってしまったが、エトワスの友人達を信じる事にして二人を伴ってエトワスの後を追い船室へと向かった。
先に船室へ向かったエトワスが一人階段を下りてみると、ヴィドール人達のほとんどが甲板に出払っているため船の中は静かだった。
「!」
先に船内に入っていたブルネットの仲間が、エトワスに気付いて駆け寄って来た。
「船員達の部屋は全部確認しました。今、奥の船長室には船長だけじゃなくてヘーゼルも戻ってますが、いるのはその二人だけです」
ヘーゼルは甲板に魔物を放った後、騒ぎを避けるためにすぐに船室へと戻っていた。
「あと、厨房に料理人達が籠ってますが、そこも料理人だけのようですので、残りは一番下の倉庫の方で……」
「分かった。そっちは俺が行く」
エトワスがそう言うと、ブルネットの仲間は「お願いします!」と言い残して、甲板の方へと走り去っていった。
さらに下に下りたエトワスは、運んでいる商品や船で使う物を置いている倉庫を順に調べていった。目的の場所には、流石に見張りの一人や二人が居ると思っていたのだが、予想に反しどの部屋の前にも見張りはいない。
「……」
エトワスは一番奥の部屋の扉の前で立ち止まり、中の様子を窺った。
『いる……』
その部屋の中からは多くの生き物の気配がする。この気配はおそらく、ヴィドール人たちがロベリア王国で捕獲している魔物のものだろう。その事を予想していたため、ブルネットの仲間はエトワスにその場所を任せていた。
「……」
エトワスは小さく溜息を吐いた。ブルネットが捜しエトワス達もそれに協力して捜しているもの――水色の髪の少女は、この部屋にもこの船にもいないだろう。そう確信していたが、部屋の中に入って調べてみなければ確かなことは言えない。気配からするとかなりの数の魔物たちがそこにはいるようだった。その魔物たちが頑丈な檻に入っていることを祈りつつ、どんな状況が待ち受けていても素早く対処できるよう気を引き締め、剣を片手にドアノブに手を掛けた。
その時……。
「えっとわっすくぅ~ん」
背後からの突然の聞き覚えのある声の、しかも妙な抑揚をつけた呼び掛けに思わず気が抜けてしまった。
「……翠」
相変わらずだな。そう思いながら振り向くと、胡散臭い微笑を浮かべてヒラヒラと片手を振っている翠とキラキラの満面の笑顔のフレッド、そして少し嫌そうな表情をしているライザの姿があった。
「よぉ、ユーレイ君。ご機嫌いかが?」
すぐ側までやって来た翠は、口元だけに笑みを浮かべエトワスの肩の辺りを拳で叩きながらそう言った。フレッドが口を開き掛けるが、さらに翠が言葉を続ける。
「な~んだ。ユーレイって触れんじゃん」
「……」
これは、嫌味だろうか?いや 明らかにそうだ。きっと、翠は、長い間自分が消息を絶っていた事を怒っているのだろう。と、エトワスは思った。
「エトワス様、中は?」
翠ではなくライザが、怒った様にエトワスに尋ねた。”エトワス様に対する無礼は許しません!”翠を一瞬だけキッと見やった深い緑色の瞳はそう言っていた。
「ああ、今から調べてみるところだけど。多分、魔物しかいないだろうな」
エトワスは再びドアノブに手を掛けた。そして、扉を開いた。
「やはり、いないようですね」
部屋の中を見回したライザは素っ気なく言った。そこには、予想通り檻が並べられていて、その中に1匹ずつ魔物が入っていた。それは、彼らの住むファセリア帝国では見慣れない魔物達ばかりで、その中には、赤い目をした青白い人に近い形をした大きな魔物も二匹いた。
「げ、マジか。オレらと同じ船に、こんなん乗せてたなんて聞いてねえぞ」
魔物を目にした翠が眉を顰める。
「……あ、あれって……」
ライザや翠とは違い、檻の中の魔物を凝視していたフレッドが、息を呑む様にそう言った。そして、すぐに視線をエトワスに向ける。
「似てる、いや、同じだな」
フレッドを見返しながら、驚いた様子で頷きエトワスが答えた。
「何と同じだって?」
「あ、ああ、そうか。キサラギは俺たちより後ろの方のグループだったから、見てないよな」
納得したように頷くフレッドに、エトワスが続ける。
「覚えてるだろ?2年生の学年末試験。ギリア地方の島にある遺跡に行っただろ?」
「ちょうどその話をさっきしたばっかなんだよ!ほら、キサラギ、さっき話したヤバイ魔物」
フレッドが翠に言う。
「こいつらが、例の遺跡にいた魔物と同じだって?」
翠が確認するために尋ねると、エトワスとフレッドは頷いた。
「ああ、あのデカイ人型の青白い魔物がな。あの時の奴らと同じだ」
「そうなんだよ。フレイクを襲ってた奴と同じ……マズイ……」
フレッドは蒼白な顔になって呟いた。ディートハルトが嫌がることは目に見えていたため、エトワスとフレッドは他言していなかったのだが、その事件の際、青白い体に赤い目をした魔物達は、何故かディートハルトに執着し彼のみを異常なまでに狙っていた。もしかすると、ディートハルトを連れていった船にも同じ魔物を乗せていたかもしれない。同じ港を出た船で、同じヴィドール人達の船だ。その可能性は充分ある。
「……あの、さ、エトワス……」
フレッドは、緊張のため掠れた声で言いにくそうに口を開いた。
「貴様らそこで何をやっている!」
その時、突然背後からそう怒鳴る声が響いた。フレッドがエトワスにディートハルトの事を言い出す暇はなかった。ヴィドール人の見張りが戻って来たようだ。
「引き上げよう!」
エトワスに促され、3人はすぐに部屋を出た。現れた人物は運良く1人だったため難なくそこを通過すると、そのまますぐに甲板へと戻った。
外へ出てみると、9本あったイカの足のような魔物は追い払う事に成功したのか姿を消していて、黒の海賊達は自分たちの船に戻り退避する用意をしていた。船室に下りた翠達と入れ違いに様子を見に甲板に戻ったのか、そこには再びヘーゼルの姿もあったが、ブルネット達を追い払えさえすれば満足なのか、ユルイ笑顔を浮かべて悠然とした態度でブルネット達の船を眺めているだけで、新たな魔物を放つ気はないようだった。
「早く来いっ!」
エトワスの姿を見付けたブルネットが、黒の海賊の船から怒鳴る。
「お前はあの時の!ファセリア兵!?」
振り返ったヘーゼルが、驚いた様に声を上げた。一瞬、翠は自分の事を言われたのかと思ったが、すぐに、ロベリアでは自分が一方的に観察していただけで相手からは認識されていないと気付いた。同じくロベリアに行ったフレッドは、ヘーゼルを見掛けてもいないはずだ。
『って事は……』
予想通り、海賊ヘーゼルが見ていたのはエトワスだった。やはり面識があるのか、エトワスは不敵に笑って返すと、早くも剣を抜いて襲い掛かろうとしていたヘーゼルをかわし、船縁から海賊船の方へ飛び移った。すぐにライザが続き、翠とフレッドは躊躇う様に顔を見合わせる。自分達はディートハルトを救出するためヴィドールに行く途中だからだ。
「エトワスにはフレイクの事を話した方が良いんじゃないか?」
フレッドがそう言った直後、エトワスがブルネットの船から呼び掛けた。
「翠、フレッド!お前達も来い!」
もう一度二人は顔を見合わせ、翠が小さく舌打ちする。
「こっちの計画はどうすんだよ」
「行こう、キサラギ!」
フレッドは早くも船縁に足を掛けている。
「ああっ、もう!」
翠はそう吐き捨て、フレッドに続いて黒の海賊たちの船へ飛び移った。その直後、黒の海賊の船は全速力でその場を後にした。
ヴィドール行きの船に乗せて貰っていた翠とフレッドは、ディートハルトの事は言うまでもなく、ロベリア人の船長や面識のある料理人達の事が気になっていたが、去り際に見た限りではヴィドール行きの船の船員達に大した被害は無いようだった。
* * * * * * *
「ああっ、まさかこんな海の真ん中で、エトワスに会えるなんて思って無かったよ!」
ブルネットの船の船室に案内されるとすぐ、フレッドが満面の笑みで改めてそう言った。
「ほんっとに無事で良かった!!」
エトワスにハグしようと両手を伸ばしたフレッドの肩を、翠がガッと掴んで乱暴に引く。
「待ってフレッド君。オレは、そんなテンションじゃないんだよね」
言葉は軽かったが、翠にしては珍しく本気で怒っていた。その様子に、ブルネットは何事かと視線を向け、ライザは僅かに眉間に皺を寄せて注目している。
「お前の事だから、ちゃんと正当な理由があんだろ?でも、一発殴らせろ!」
冗談などではなく、エトワスを見据える翠の黒い瞳は真剣だった。
「そこまで俺の事を心配してくれてたのか?」
軽く目を瞠り、少し意外そうにエトワスが言った。
「ふざけんじゃねえ!」
拳を握り本当に殴ろうとしたところを、慌ててフレッドが背後から羽交い絞めにして止める。
「待て待て、キサラギ!お前が怒るのは分かる。でも、まずは事情を聞こう!」
「放せ!オレはいいんだよ!だけど、ディートハルトがどんだけショックを受けてたか、お前だって知ってるだろーが!」
そう言って、翠はフレッドを睨み付けた。
「!」
ディートハルトの名前が出た事で、ダークブラウンの瞳が揺らぐ。
「E・Kが全滅したって報せを聞いて以来、茫然自失になって、飯も食えねえわまともに眠りもしねえわ、話し掛けてもぼんやりしててほとんど反応ねえし、どんどん体の具合も悪くなってって……。ウルセオリナに身を隠す事になってウルセオリナ城に移動した日、あいつ、オレの服を掴んで震えてたんだぞ!?ウルセオリナに居るのが怖いつって。あの強気で弱みを見せないあいつが。意味分かんだろ?お前が、いるはずの場所にいないって現実に、怯えてたんだよ!」
怒りが収まらない様子の翠は、エトワスを睨み付けている。
「……本当、なのか?」
エトワスは眉を顰め、呟く様に言った。ダークブラウンの瞳は潤んでいる。
「嘘吐いたって意味ねえだろうが!」
吐き捨てる様に翠が言った。
「そうだな。本当だよ、エトワス。あのフレイクがさ、悪態も吐かなくなったんだぜ。マジでいっつもぼんやりしててさ、ボーっとしたまま泣いてる事もあった。でも、自分で泣いてる事に気付いてないんだ。泣いてる理由も分からないみたいでさ。誰が見てもボロボロなのに、何かしてないとおかしくなりそうだからって任務に出てさ、マジで痛々しいっつーか」
フレッドの言葉に、エトワスは目の辺りに片手を当てて俯いた。
「そんななのに、お前はきっと大丈夫だって、言ってたぞ。なんか知んねえけど、約束したんだろ?約束したお前を必死んなって信じてるみたいだった。まだ自分は“ジジイじゃねえから”って、言ってた」
エトワスの肩が、微かに震えている。
「泣いてる場合じゃねえぞ。ヴィドールまで、あいつを助けに行かなきゃなんねえんだよ!」
翠の言葉に、エトワスはハッとして顔を上げた。
「どういう事だ!?」
血相を変えたエトワスは、やはり泣いていたようだった。
「……」
一瞬、翠が、シマッタという顔をする。
「クソッ。……ちょっとマジギレして疲れたから、説明してくんない?あと、そろそろ手ぇ放せ」
翠がそう言って、フレッドの方を見る。
「あ?ああ……って、俺が説明するのか?」
翠を解放し、フレッドはエトワスの視線を避けるように自らの視線をさまよわせていたが、やがて口を開いた。
「フレイクの件の前に、今ファセリアがどうなってるか知ってるか?」
「……いや、噂程度しか知らない。ヴィクトール陛下が亡くなって、アーヴィング殿下が皇帝代理になられたという事は聞いてる」
眉を顰めたまま、暗い表情でエトワスはそう答えた。
「それだけか。じゃあ、長い話になるぞ」
フレッドがそう言うと、それまで黙って傍観していたブルネットが口を挟んだ。
「それなら、座ればどうだ?それと、お前ら怪我してるだろ?必要なら医者を呼ぶが?」
読んでくださいまして、ありがとうございました。
このお話は、元々ゲーム(普通のRPG)用のシナリオとして書こうとしてたものなので、
冒頭に魔物を倒す試験があったりしているんですが、小説として書き始めてからBLな感じに生まれ変わりました!
ゲームだったとして、主人公以外が攻略対象キャラだった場合、誰が人気あるんだろう……。
そのうち挿絵描きます。