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LAZULI  作者: 羽月
78/78

78空の都 ~二人~

 数日振りに見る聖地は、泉と呼ぶのにふさわしい状態になっていた。周囲を囲む木々の一部は朽ちて倒れたままだったが、ディートハルトが初めて訪れた時には水が枯れ乾いた砂地となっていた白い地面は、その深さは分からないが今は透明度の高い水に覆われた泉の水底となり、淡く発光している森全体と同様に、まるで水中からライトアップされているかのように泉そのものも神秘的に光って見えていた。

「あ、ディートハルトさん。待ってましたよ」

そう声を掛けたのは、空の種族のリッシュだ。レミエルの影響で“ラファエル”と呼ぶ空の種族も多い中、ディートハルトが休眠していた時に卵の見張りにつくエトワス達と会話し親しくなっていたからなのか、彼は“ディートハルト”と呼んでいる。そして、ディートハルトは空の種族達にとっては特別な存在であるセレステだからか、丁寧な口調で話していた。

「水の量がすっげー増えたんだな」

驚くディートハルトに、リッシュともう一人その場にいた空の種族の兵が頷く。

「僕達も驚きました。これが本来の状態なんだと思います」

「聖地は元の状態に戻ってますし、さらにこれまでより結界が強くなってますし、安心していいですよ」

その言葉通り、泉を囲む様に頭上に浮いているラズライトの数が以前より増していた。

「ゆっくり休んで来い」

「じゃあ、またちょっと行って来る」

笑顔を返すエトワスに告げて、ディートハルトは痛む足を引き摺るようにして泉の畔に立った。

 前回と同じようにすぐに水中から光の粒がフワリフワリと舞い上がり、ディートハルトの周囲に集まると、程なくその沢山の光の粒は弾ける様に消えて、直後に泉の中央に水色の卵が現れた。以前リッシュが話していたように、復活した状態の泉では、卵を支え守っている鳥の巣のような物は浮島の様に水面に浮かんでいるように見えた。

「綺麗だな……」

エトワスがポツリと呟く。同じ光景を見るのは二度目になるが、やはり不思議な思いだった。ディートハルトが空の種族でセレステという存在だという事は理解しているが、そして、本人もそう話しているが、やはり未だに信じられない思いもあった。

「何か、やっぱりセレステは特別って感じがするよね」

エトワスと同じように卵を眺めていたリッシュが、そう言って笑いかける。

「同じ空の種族でも、そう思うんだな」

エトワスから見れば、セレステも一般的な空の種族も同じ有翼の種族で大差はない。そう笑うエトワスにリッシュは大きく首を横に振った。

「え、全然違うよ」

「あれぇ、珍しいなー。聖地にこんなに人がいるなんて」

突然、聞きなれない声が響いた。


 エトワスとリッシュ、もう一人の空の種族が振り返ると、木々の間をこちらに向かい歩いて来る二人組の姿があった。一人は華やかなオレンジ色の髪をした背が高く体格の良い人物、もう一人は彩度の低い金茶の髪をした標準的な体格の人物だった。二人とも片方の瞳は瑠璃色で、もう片方の目はそれぞれオレンジと茶色をしているのでセレステのようだったが、初めて顔を合わせる相手だった。声を上げたのは、オレンジ色の髪の方のようだ。

「泉が完全復活したらしいって聞いたから、古傷の治療ついでに旅の疲れを癒そうと思って久し振りに来てみたんだけど、何で集まってるんだ?何か面白い事でもあった?」

近くまで来ると、オレンジの髪の人物は親し気に話しかけて来た。

「ああ、いえ。今、ディートハルトさんが怪我の治療のために休んでるので、僕と彼は念のため卵の見張りをしてるんです。で、この人は、怪我人のディートハルトさんに付き添ってここまで連れて来た……」

「あー!」

リッシュの言葉を遮り、オレンジの髪のセレステは目を丸くしてエトワスの顔を見た。

「今噂の、ラズライトの双眼のヒナを地上から連れてきたっていう、地上の種族?地上のどこから来たんだ?」

好奇心いっぱいといった様子で尋ねるセレステに、連れの少し地味な色合いの方のセレステが呆れたような目を向ける。彼は、色合いだけでなく纏う雰囲気も派手なオレンジ色の髪をしたセレステとは違い、一般的な空の種族に近い落ち着いた風貌をしていた。

「アルディ、皆驚いてるだろう?ああ、すみません。彼はアルディ、そして僕はジュノーっていいます。ずっと大陸中を旅していて、こっちに戻って来たばっかりなんです。だから、貴方達の事はついさっき町で噂を聞いたばかりで」

少しはにかんだ様な笑顔を浮かべ、エトワスに向かいジュノーはそう言った。

「そうだったんですね。俺はエトワスといいます。地上の、ファセリア帝国というところから来ました」

エトワスはジュノーに微笑を返し、改めてオレンジ色の髪をしたアルディに視線を向けて答えた。

「何だってー!?」

アルディが両腕を広げる大きなリアクションと共に声を上げた。

「かなり前だけど、ファセリア帝国は行った事あるよ。懐かしいなぁ」

アルディの言葉に、今度はエトワスが目を丸くする。

「地上に下りた事があるんですか?扉は長い間使われていなかったと聞いてますが」

シャーリーンが地上に下りた時は扉を通ったのではなく巫女の力で移動したはずで、そうでなくてもシャーリーンがアズールを出て以降、地上に下りた空の種族はいないはずだ。となると、少なくとも20年程は誰も扉を使っていない事になる。

「そうそう。正確に覚えてないけど、俺が地上に冒険に出掛けたのは、昔の事だからな」

ハハハハとアルディが笑う。

「冒険、ですか」

目の前のセレステは年齢不詳に見えた。10代には見えないが、20代と言われても若く見える50代と言われても納得できるような、不思議な印象だった。スーヴニールもそうだが、『やっぱり、セレステは身体を持って生まれた精霊なんだな……』と思ってしまう。

「僕も一緒にファセリア帝国を冒険してて、しばらく住んでた事もあるんです。知ってるかな?ウルセオリナ地方の湖の近くにある小さな村でオドラータってところなんですけど」

そう言って、ジュノーと名乗ったセレステも懐かしそうに笑顔を浮かべる。

「フロックではなくて、オドラータですか?湖の西側にある」

ウルセオリナにある湖の東西には、それぞれ西にはオドラータ、東にはフロックがあるが、東のフロックは小さな村で西のオドラータは比較的大きな町だ。領主の居城がある城下町に次ぐ規模だった。

「そう、西の村オドラータです」

「そうなんですね。(という事は、かなり昔の話なのかもな……)」

大きな町へと発展する前は小さな村だったのだろうが、それは何十年前の話なのだろう?地元であるウルセオリナも含めたファセリア帝国の歴史については一通り学んでいるが、オドラータがいつ村から町になったのかまでは把握していなかった。

「オドラータを知ってるんですか?」

「俺は、ウルセオリナ出身なので」

エトワスの言葉に、今度はジュノーが大きな声を上げた。

「本当に?ウルセオリナの方と偶然出会えるなんて!嬉しいなぁ!ああ、今は、オドラータはどうなってるんだろう」

ジュノーが本当に嬉しそうに顔を輝かせる。

「今は村ではなく、人口の多い大きな町になってますよ」

「ええっ!あんなに小さくて静かな村だったのに……!」

「本当にすごい偶然だな。今の大きな町を見てみたいよな。それと、湖の魚を使った名物料理もまた食べたいなぁ」

アルディも笑顔になり、セレステの二人はそれからしばらくの間、名物料理だけでなくウルセオリナやオドラータの風景等についても懐かしそうに話し続けた。


「いやぁ、地上が懐かしくてつい長話しちゃってすみません。でも、とても楽しかった」

しばらくすると満足したのか、ジュノーが笑みを浮かべる。

「いえ、俺もまさかウルセオリナと縁のある空の種族の方と出会えるとは思わなかったので、話が出来て良かったです」

エトワスは笑顔で二人のセレステと別れると、ディートハルトの卵をリッシュ達に任せて城へと戻る事にした。

『4つに別れていた種族については全く話が伝わっていないファセリアに、実際にはシャーリーンさん以外にも過去に空の種族が来ていたというのには驚いたな。しかも、住んでいたなんてな……』

アルディのような派手な見た目なら多少目立ちはするだろうが、有翼の状態でなければ溶け込んで生活する事も可能だろう。

「そう言えば……」

これまでは体調の悪いディートハルトの事にしか意識が向いていなかったので気に留める事はなかったのだが、皇帝家に伝わる初代ファセリア国王のものだったとされる宝剣のラズライトに宿り、彼に“近い将来命を落とす事になるぞ”と忠告してくれたのは空の種族の魂のはずだ。という事は、初代国王レウィシアは空の種族というものを知っていた可能性もあり得る。

『単純にラズライトを珍しい宝石と認識して装飾に使ったのでなければ、大昔には空の種族の存在が知られていて交流もあったのかもしれないな。……そう言えば、うちにも代々伝わる剣があったよな』

エトワスは、ラグルス家の墓所に眠るレウィシアの弟の初代ウルセオリナ国王アルベリックの棺と共に、似たような剣が納められていた事を思い出していた。

『あの剣の石は、ラズライトではない、か……?』

しっかり石に注目した事は無かったので、石がどんなものだったのかよく覚えていなかった。


「……まさか、同郷の人に会えるなんて思わなかったなぁ。久し振りに“ウルセオリナ”とか“オドラータ”って言葉を聞いて、なんか感動したよ」

エトワスが去っていた方をぼんやり眺め、心なしか目を潤ませたジュノーが言う。

「え、同郷って?」

不思議そうな顔をするリッシュに、ジュノーは悪戯っぽい笑顔を浮かべてみせた。

「僕は、元々は地上の種族のファセリア人なんだ」

「へ?」

リッシュは言葉の意味が分からず目を瞬かせる。一緒にいるもう一人の空の種族の兵も同じで、理解できていないようだった。

「あ、じゃあ、ディートハルトさんと同じで地上で生まれたんですか?」

リッシュが首を傾げる。

「誰?……ああ、20年振りに戻って来たっていうその子の事か」

ジュノーは視線を水色の卵に向けて答えた。

「昔々の話だよ。地上の、オドラータってところで生まれ育ったんだ」

「ディートハルトさんの他にも、地上で生まれ育ったセレステの方がいたんですね」

リッシュが言う。ディートハルトが史上初だと思っていたと話すリッシュには答えず、ジュノーはフフと小さく笑っていた。

「もしかして、後悔してたりしないよな?」

穏やかな声で、アルディがそう尋ねた。

「まさか!僕が自分で望んだんだから。後悔してたら僕はここにはいないよ」

ジュノーはそう笑って答え、瑠璃色と茶色の瞳でアルディを見上げた。

「そうだよな」

満足そうにアルディもニヤリと笑う。

「扉も正常に戻ったらしいし、またいつか地上に行ってみても良いかもしれないな」

「それは遠慮しとくよ。僕は空の種族だからね。アズールが気に入ってるんだ」

ジュノーの言葉を聞き、アルディは小さく笑うが、リッシュともう一人の空の種族は二人が話している事が分からず不思議そうな表情をしていた。

「冒険とか旅感覚で気軽に出掛けたらいいのに。地上は楽しいだろ?」

「楽しいけど、危険な魔物の数がアズールとは比べ物にならないからなぁ。それに、この大陸の冒険もスゴク楽しいよ?」

「うん。それは、間違いないな」

二人は笑い合うと、揃って泉の縁に立った。

 すぐに光が二人の元へと集まり、数秒後には、ディートハルトの水色の卵に加えて、派手なオレンジ色の卵と淡いベージュ色をした卵が二つ、泉に現れていた。



* * * * * * *


 再び聖地で体を休めたディートハルトは日が暮れる頃になって目を覚まし、傷がすっかり完治した体でリッシュ達と一緒に城へと戻った。ディートハルトが卵を出た時にはもう、セレステのアルディとジュノーの卵はなく立ち去った後だったので、二人の事は知らないままだった。

 それから程なく始まった賑やかな宴は夜通し続き、さらにその翌日の朝になると、予定通りI・K達と学生5人は改めて空の種族達に暇乞いしてアズールを先に発った。ディートハルト達残りのメンバーも、空の都への滞在は残すところ一日となっていた。


 金色の髪をかき乱し、淡い水色のグラデーションがかかった白い翼を冷たい風が撫でて行く。眼下に広がる景色を眺め気持ち良く飛翔している……からではなく、今日は朝から風が強いからだ。そして、目の前に広がっているのはほんの少し高い位置から見下ろす地面で、現在、階段の下から2段目に立っている。そこは、ディートハルトと学生5人が、ゾンビの様な姿となって現れたグラウカと戦った場所へと下りる階段だった。

「臆病な子供でも、そんな低い場所で飛ぶ練習なんてしないぞ」

淡い碧を帯びた白い翼を広げ宙にフワフワと浮いているレミエルが、階段に立つディートハルトに呆れた様に言う。

「崖の上かから飛んでも此処から飛んでも同じだろ。どうせ落ちるんだから。こっちの方が安全じゃん。上るのも楽だし」

そう答え、ディートハルトは階段の2段目からピョンと地面に飛び下りた。本人が言った通り、下に落ちて普通に着地している。

「確かに、敢えて高いところから飛ぶ必要は無いかもな」

ディートハルトの2回目の飛ぶ練習をすぐ近くで眺めていたエトワスがそう言うと、暇なので彼と同じように見物していた学生4人が頷いた。ただ一人、ニコールだけはシヨウや他のファイター達と共に別の場所で格闘術の訓練に励んでいるため姿が無い。

「水にも飛び込まなくて済みますもんね。何か可愛いッスねー。ディート先輩、頑張れー」

階段の2段目から着地し、すぐに再び2段目まで上る……という行動を繰り返しているディートハルトを笑顔で眺めながらジャックが言うと、エトワスがチラリとジャックに視線を向ける。

「崖の上での練習の時も思ったけど、ディート先輩って頑張り屋さんだよね」

フェリシアがそう言うと、エメが頷いた。

「あと、すっごく負けず嫌いな感じだよね。今までほとんど話した事なかったし、見た目通り可愛いタイプなのかと思ってたから、アズールでディート先輩のイメージが変わったかも」

「……」

エトワスが、今度は少し驚いたような表情で妹とエメを見ている。

「フレイク先輩は、“先輩”なんだぞ。子供扱いしたら失礼だろ」

少し呆れた様にオースティンがそう言って同級生3人に視線を向けた。そんな彼の言葉を聞いて、エトワスはホッとした様な顔をしている。

「え?子ども扱いなんてしてないって」

ジャックの言葉に女子も「そうだよね」と頷いた。

「それにしても、翼があるのに何故落ちる事が前提なんだ?」

ただ繰り返し飛び下りているディートハルトに、レミエルが不思議そうに言う。

「何故?って、重力で普通落ちるだろ。鳥とか羽のある虫とかは元々飛べる体の造りをしてるんだろうけど、人の身体なのに翼があるってだけでそんな風に浮いてるのが訳分かんねえよ」

ディートハルトは理解不能といった表情でレミエルを見上げた。

「それはそうだな」

「俺も、ディート先輩と同じ意見ッス」

エトワスの言葉にすぐにジャックが頷き、3人の同級生も同感といった顔をした。

「お前が飛べない理由が分かったぞ」

フンと、溜息を吐く様にレミエルが小さく鼻を鳴らす。

「え!」

ディートハルトだけでなく、その場にいる全員がレミエルに注目した。

「どうしてなんだ?」

「お前は、セレステのくせに、風と風の精霊の力を信じていないな!」

期待した表情のディートハルトにレミエルがピシリと言い放った。

「あぁ~……まあ、そうかも」

「重力は信じるのに、風と風の精霊は信じないのか?」

「えー、だって……なあ?」

ディートハルトに同意を求められ、エトワスと学生達が苦笑いする。

「全く信じてないって訳じゃねえけど」

「それなら、飛んでみろ」

レミエルに言われ、ディートハルトは再び階段の二段目からピョンと飛び下りてタンッと着地した。

「ダメだな……」

レミエルは諦めた様にフウと溜息を吐いた。

「いいよ。飛ぶのは諦める。別に羽なんていらねえし」

気にする様子もなくあっさりとそう言って、ディートハルトは羽の無い姿に戻った。


「よし、じゃあ、次は術の練習をする。風の術は大丈夫っぽいけど、光の術が自信ないんだよな」

「移動の術だな。よし、見てやるからやってみろ」

レミエルが頷いた。

「とりあえず、こことバルコニーの間を移動してみる」

張り切った様子で言って、ディートハルトは地面にしゃがみ込んだ。

「……何をしている?」

その辺に転がっていた小石を拾い地面に図形を描き始めたディートハルトを見て、レミエルは地面に降り立つと描かれた模様を覗き込んだ。

「見たら分かるだろ。魔法陣を描いてんだよ」

「……」

レミエルは口元に手を当てて眉を顰めている。

「……もしかして、僕の部屋で紙に魔法陣を描きまくってたのは、図形や文字の配置を覚えるためじゃなくて、描く事自体を練習していたのか?」

「え、そうだけど?」

「……魔法陣は、頭の中でその完成形をイメージして術で描くんだ。扉を使った時、光が図形を描き出していて、そんな風に手描きで実際に地面に線や文字を描いたりすることはなかっただろ?」

「……」

レミエルの言葉に、今度はディートハルトが絶句して目が点になっている。

「何で早く教えてくんねえんだよ!おれが何枚の紙に魔法陣を描いたと思ってんだ!?綺麗な円描くのって難しくてすっげー練習したのに!」

「まさか、お絵かきの練習をしてるなんて思う訳ないだろ?」

食って掛かるディートハルトに、レミエルの方も眦を吊り上げる。

「だって、“多少いびつになっても問題ない”ってスーヴニール様が言ってたし、なら、手描きするんだって普通思うだろ」

「スーヴニール様のせいにするな。それは、術を使った時に力が不安定だと魔法陣が歪む場合もあるが、図形の配置と文字が正しければ問題ないという意味だ。そもそも、完成形の魔法陣の絵を見せられて『この魔法陣をイメージして光の力で描け』と言われただろう?地面に手を使って描けとは言っていない」

「……」

言われたような言われてないような……ディートハルトは眉を顰めて考え込む。

「沢山描いたおかげで完璧に覚えたんだろ?それなら無駄な時間を過ごした訳じゃないし、良かったじゃないか」

エトワスが歩み寄り、ムッとした表情で何か言いたげにレミエルを見ているディートハルトに言う。

「エトワスはレミエルの味方すんのか?」

ディートハルトにキッと視線を向けられ、エトワスがとばっちりを食っている。

「そんな事言ってないだろ。それより、術を使うんだろ?魔法陣を描く術なんてかっこいいな。早く見せてくれないか?」

エトワスに笑顔で“かっこいい”と言われ、ディートハルトは気をよくしたようで、機嫌良く頷いた。

「分かった」


 早速、ディートハルトが地面の方へ片手を伸ばすと、掌付近がフワリと柔らかく光り、続いてディートハルトの足元から光の線が伸びると彼を中心に光の魔法陣が浮かび上がった。

「おー」

と、見物人達が感心した様に声を上げる。

「ディート先輩、魔術師みたいッス!」

「すごく綺麗」

「よし、いい感じだな」

魔法陣の出来と外野の感想にディートハルトは満足そうに軽く頷いた。そのまますぐに彼が魔法陣から出た事で、次第に光は薄くなり消えていく。

「?」

レミエル以外の5人が不思議そうに見守る中、ディートハルトは階段を上って行きしばらくして2階のバルコニーに姿を現した。

「今からそっちに行ってみる」

そう断わりを入れると、先程魔法陣が消えた地面が光って同じ位置に再び魔法陣が浮かび上がった。その数秒後、魔法陣の上にディートハルトが姿を現す。

「おーっ!」

見物していた学生達が、今度は声を上げるだけでなくパチパチと一斉に拍手する。

「すごいな」

「イリュージョンみたいッスね!」

「これは、術だろ」

「ディート先輩なら、マジシャンとか似合いそう!」

「あ、分かるー!華やかなステージに立ってても全然違和感ないよね」

エトワスは感心したような視線を向け、顔を輝かせて褒めるジャックにオースティンが呆れたような顔をして、フェリシアとエメは術以外の部分に注目して盛り上がっていた。

「確かに高度な術だが、お前達、こいつを少しちやほやしすぎじゃないか?」

レミエルは薄く苦笑いしているが、ディートハルトは術が成功したことに笑顔を浮かべ満足しているようだった。

「あ、ちょっと気になったんスけど、もし失敗したらどうなるッスか?まさか、どこか違う世界に飛ばされるとか……」

ジャックの言葉にレミエルが首を横に振る。

「地上と繋がっている扉の方は、これよりもずっと上位の術だから何か不具合が起きたらそうなる可能性もあるが、一度発動したら終わりのこの術はただ移動できないというだけだ」

「なら、良かったッス」

質問したジャックだけでなく、彼以外の者達もホッとした様だった。


 習った他の術の復習も一通り終えると、ディートハルトは飛ぶ練習と術の練習を終える事にした。この後、午後からはラズライトを作る手伝いをする予定になっているので、部屋に戻り少し休むつもりだった。


「ラズライトを作る手伝い?」

部屋に入り扉を閉めた直後に午後の予定を聞かされ、エトワスが目を瞬かせる。

「そう。城下町に配る分だって。レミエルが、アズールにいる間は、おれもセレステの一人として手伝えって言うから」

セレステ達が掌サイズの空っぽのラズライトを作り、その中に様々な属性の力を扱える担当のセレステや空の種族達が力を注ぎ込んだものが、セレステ以外の空の種族達の元へ配られる事になるという。それらのラズライトが室内灯や外灯となり、暖房や冷房等になるらしい。しかし、使い方によってはラズライトだけでは足りなくなる事もあるため、性能や持ちは各段に劣るが、選び抜いた自然の石を加工し同じように属性の力を注いだ“擬天石”というものが(せい)石師(せきし)と呼ばれる一般の空の種族の職人達の手によって作られ、販売されているとの事だった。

「忙しいんだな」

そうため息を吐くように言いながら、エトワスがディートハルトを背中からキュッと抱きしめる。ラズライトを作る手伝いをするという話は今初めて聞いたため、少しガッカリしていた。明日の朝にはアズールを発ち地上に下りるため、それまでは二人だけの時間を過ごしたいと思っていたからだ。

「うん。でも、おれはファセリアに戻るし、ここの人達には色々お世話にもなったから、せめてそれくらいは協力しないと悪いから」

「そうだな……」

ディートハルトの肩に顔を伏せて、エトワスが言う。

「……なあ、フェリシア達まで愛称で呼ぶようになったんだな」

「え?誰を?」

「お前を」

顔を上げたエトワスは、少し拗ねたような表情をしていた。

「そうなんだ?気付かなかった」

「……」

「おれの名前、”ディートハルト”って長いから、ちゃんと呼ぶのが面倒くさいからじゃねえの?」

「……元から名前では呼んでなかっただろ」

「ああ、そっか。じゃあ、フレイクよりディートとかの方がちょっと短いからとか?」

何が不満なのだろうか?そう思いながらディートハルトは苦笑いする。

「おれは別に誰に何て呼ばれてもいいんだけど。それに、フェリシア達だけじゃなくて、愛称で呼ぶのって、ジャックとか翠もだし」

女の子に呼ばれているのが不満なのだろうかと思っていると、エトワスがボソッと言った。

「俺も……」

「え?」

「俺も呼びたい」

「は?……」

沈黙が流れた。

「……ええと。別に、呼べばいいじゃん」

「……呼びにくい」

「は?」

ディートハルトは訳が分からず、思わず眉を顰めてしまった。

「え、何で?」

「5年近く普通に名前で呼んでたのに、急に愛称で呼ぶようになったら違和感あるだろ?」

エトワスも眉を顰めて言う。

「別に?おれは、呼び方なんてどうでもいいし」

「……じゃあ、“ハニー”とか“子猫ちゃん”って呼ぶぞ」

「ハァ!?」

一瞬引いてしまったが、エトワスがわざと言っているのだとすぐに気付き、ディートハルトは薄く笑う。

「呼んでみろよ」

「……無理だ」

「だろうな」

ディートハルトはハハと小さく半笑いする。

エトワスは悩んでいるようだったが、結局、急に愛称で呼ぶ決心はつかなかったようだ。



* * * * * * *


 翌朝――。


「これで、アズールともお別れだな」

小さく息を吐き、ディートハルトは滞在した部屋をぐるりと見回す。

「と言っても、おれは滞在中ほとんど卵の中にいたし、卵から出たら今度はグラウカの腹の中に入ったし、あんまりアズールにいたって感覚は無いんだけど」

自嘲気味に薄く笑いながらディートハルトが言う。

「エトワスは長かっただろ?」

「そうだな。俺はこの部屋で3週間近く生活した事になるからな」

おかげで、この部屋になじみすぎて出て行くのが少し寂しい様な気もする。

「そんなに?そっか。おれのせいで皆をそんなに長くアズールに足止めさせてしまったんだな」

最初は一人でアズールに行くつもりだったのに、エトワスやI・K達だけでなく学生やヴィドール人達まで巻き込んでしまった。

「皆驚いてはいたけど、誰も不満に思ってはいないよ。ここでの生活は快適だったし、何より、ディートハルトのせいだなんて思ってない」

エトワスは、そう言ってディートハルトを抱き寄せる。

「ヴィドール人には恨まれてそうだけどな」

「ロサさん達は、グラウカのせいだって言ってたぞ」

そう言いながら、エトワスはディートハルトの頬を指の背で撫でた。

「そっか。そうだよな。グラウカのせいだよな」

納得して頷くディートハルトにエトワスはニコリと笑みを返し、ゆっくりと顔を近づける。

と、触れる寸前で扉がノックされる音がした。

「!」

慌ててディートハルトが飛び退いてエトワスから身を離す。

「はい」

何食わぬ顔でエトワスが扉を開けると、そこにはアカツキが立っていた。

「ああ、アカツキ」

エトワスが笑顔を向ける。今回、アカツキは一緒に地上には戻らず、アズールに残る事になっている。彼とはしばらく会う事はないだろう。

「あ、もしかして邪魔をしてしまいましたか?」

アカツキの視線を避けるように少し俯き加減のディートハルトに、察したのかアカツキが小さく笑う。

「なな何言ってんだ?全然邪魔してねえし!」

ディートハルトは、ほんのり頬を染めて焦って言う。

「それなら良いですが。これを、貴方に渡しておこうと思いまして」

そう言って、抱えていた紙の束を差し出す。

「?」

「空の種族には薬となるものや、空の種族特有の症状に効くもの、逆に地上の種族には無害なものでも空の種族は注意した方がいい薬草や植物等が記してあります」

「空の種族にとって有害になるものがあるのか?」

ディートハルトではなく、エトワスが眉を顰めて尋ねた。

「命に関わるものはないので安心してください。強い眠気に襲われたり、酔ってしまったり、お腹を壊したりくしゃみ鼻水が止まらなくなったり……と、この程度ですから。強いて言うなら、お腹を壊すものや睡眠薬になるものは気を付けた方がいいかもしれませんね」

そう言って、アカツキは柔らかく微笑する。

「ありがとう、アカツキ。アカツキがいなきゃ、おれはもうずっと前に死んでた」

「そうだな。俺も同じだ。ありがとう」

「お役に立てて光栄です」

二人に礼を言われ、アカツキはフフと笑う。

「ディートハルトは元気になって、そして無事にファセリアへ戻れる事になって本当に良かったですね。レミエルが地上に行きたいと言ってますから、そう遠くないうちにまた会う機会はあるでしょうが、二人ともどうぞお元気で」

「うん、ありがとう」

「アカツキも元気で。また会おう」

エトワスは笑顔でそう言って、アカツキと握手した。



 地上に下りる残りのメンバー全員が、扉のある部屋に集まっていた。

「やっと帰れるんですね!」

ヴィドール人研究員の助手ウィンが嬉しそうにロサに笑顔を向ける。

「ええ、そうね……」

ロサはそう言って苦笑を返した。短期のアルバイトで雇われてファセリア帝国の遺跡発掘に来ていたウィンとラックは、アズールを出られる事を純粋に喜んでいるようだったが、ロサは複雑な気分だった。共にヴィドール国を出発したグラウカは、今は小さな欠片となり布に包まれピングスのポケットに収まっている。魔物化したグラウカとの戦闘後、エトワスがI・K達と髑髏の破片を拾い集め、『帰国したいでしょうから』とピングスに渡したからだ。

「一応、地上には帰れるわね」

ロサとピングスの二人は、これからファセリア帝国でどうなるかはまだ分からない。

「ファセリア帝国でも快適に過ごせたらいいけど。期待してるよ~、ジェイド君」

ピングスがエトワスにニヤリと笑いかけた。

「ウルセオリナ卿に対して無礼ですよ」

眉を顰めたオースティンが不愉快そうにピングスを睨み付ける。

「そうよ、ピングス。立場を(わきま)えないと」

ロサも咎める様にピングスを見た。エトワスが自分達の運命を握っていると考えているからだ。

「約束は守ります。心配は要りませんよ」

エトワスはヴィドール人達に小さく笑みを浮かべてみせる。

「アリアさん、準備いいですか?」

シヨウと他のファイターに手伝って貰い沢山の荷物を魔法陣の上に運び込んでいるアリアに、ディートハルトが尋ねた。

「はい!これで全部です!」

大きな鞄を抱えたアリアが、満面の笑顔で元気よく答える。

「アリア、貴女はディートハルトとは違い地上には慣れていません。何かあった時は、ディートハルトに頼んですぐに戻って来るのですよ」

心配そうにスーヴニールがそう声を掛けた。

「ご心配にはおよびません、陛下。私は今とても幸せなんです」

少しの迷いもなく、アリアはそう答えた。彼女の隣に立つルシフェルは、セレステ達が近くにいるせいで顔色が悪くフラフラしている。

「それでは、ディートハルト、アリアの事を頼みましたよ」

スーヴニールに視線を向けられ、ディートハルトは「承知しました」と頭を下げる。

「じゃ、色々ありがとな、レミエル」

ディートハルトが最後にもう一度レミエルに視線を向けて礼を言う。

「ああ。そのうち僕もアカツキと一緒に地上に下りる予定だから、また会おう」

そう言ってレミエルが笑顔を見せた。

「ああ、そうだ。最後にもう一度言っておくが、くれぐれもセレステの事は口に出さず、石の事も隠しておくんだぞ」

レミエルが声を落としてディートハルトの近くで言う。“ラズライト”と言わないのは、ヴィドール人を警戒しているからだが、彼らはディートハルトがラズライトを生み出せる事を既に知っている。

「それ500回くらい聞いたかも。大丈夫、分かってるって」

「俺達も気を付けとくから、大丈夫だよ」

少し面倒くさそうにディートハルトが言うと、すぐ傍らに立つエトワスがレミエルに頷いて見せた。

「ああ、くれぐれも頼む。お前達もまたアズールへ遊びに来い」

レミエルとアカツキ、スーヴニールや他の世話になった空の種族達に視線を向けた後、ディートハルトは口を開いた。

「ファセリア帝国へ」


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