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LAZULI  作者: 羽月
77/77

77聖地の森 ~好きの意味~

今回はフンワリではなくシッカリBLしてます。ご注意ください。

 アズール城に着くと、一行はライマーやオディエを始めとする空の種族達に盛大に迎えられた。

 地上のルピナナに馬車と馬を預けたままなので、救出が上手くいった場合、早ければ翌日には地上に下りようと予定していたのだが、スーヴニールに引き留められ滞在を延ばす事になった。今回の救出が無事に成功した事と、大陸西部に棲む魔物を必然的に大量に駆除した事で湖近辺の町の住民達が生活しやすくなった事、また、アズールの土地が回復に向かい始めた事などを祝い、宴が開かれる事になったからだ。お陰で、ライマーを始めとする厨房の担当者を中心に、空の種族達が大慌て且つ張り切って準備を始めている。

 負傷者は応急処置しか出来ていないため、アカツキと空の種族の医師オディエ達が治療にあたっていて、改めて治療しなくても問題のないごく軽傷だった者達は、いつも通りバルコニーへと集まっていた。ライマーが昼食を用意してくれていたからだ。ファセリア人はもちろん、ヴィドール人達も集まっていたが、ロサと助手のラックとウィンは“休みたい”と言って部屋に戻っていた。


「延期にはなりましたが、最初の予定通りまず俺達が先に地上に下りて、翌日にウルセオリナ卿と合流するという形でよろしいですか?」

食事の後そのまま打ち合わせとなり、ブランドンがエトワスに確認する。

「ああ。最初の予定通りにいこう」

改めて、元々の予定通りI・Kと学生5人が1日前に地上に下りて、その翌日に馬車と馬を“扉”のある遺跡迄運ぶという事になった。


 打ち合わせが済むと、夜の宴が始まるまでの間自由時間となり解散し、多くの者は身体を休めるために部屋に戻り、ディートハルトとエトワスを含めた数名はそのままバルコニーに残っていた。

「ロサさん達の様子はどうだった?」

様子を見に行ってバルコニーに戻って来た翠に、エトワスが声を掛ける。

「ショックが大きすぎたみたいで、3人共食事が喉を通らないって」

翠が小さく笑いながら言う。

「グラウカの姿は、すっげーグロテスクだったからなぁ。よく知った上司があんな姿になってたらそりゃショックだろ」

テーブルに肘をついて顎を乗せていたフレッドが、同情した様に言う。

「どっちかっつーと、ここに姿を見せた時のゾンビ姿の方が衝撃的だったけどな」

「あれはもうヤバすぎでしたよね。人の形をとどめてる分、魔物っていうよりホラー要素満載で。俺は、あっちの方が無理ッス」

眉を顰めて話すディートハルトに同意し、近くに座っていたジャックがクルリと振り返った。

「だよな。どう見ても墓から出て来たような姿で、足を引き摺ってズルリ……ズルリってゆっくり近づいて来てさ。呪われそうだった。でも、腹の中にいた奴も最悪だったけど」

ディートハルトの言葉にフレッドは引き攣った笑いを浮かべる。

「腹の中の奴はヤバかったよな。……俺は、此処に出た時の姿を見なくて良かったよ」

「え、どういう事?腹の中って、グラウカの腹の中にもゾンビが居たって事っスか?」

引いているジャックに、ディートハルトが大きく頷いてみせる。

「そうなんだよ。あの顔と手が、スゲェ沢山生えててさ、ラズライトの壁を外から壊そうとしてきたんだ。ギギギギって爪で引っ掻いたりガンガン叩いたりしてさ」

「えええっ!超怖えぇっ!」

「ヤバ!」

ジャックとフレッドが声を上げる。

「お前達、ガキみたいにゾンビが怖いのか?」

リカルドが、ジャックとディートハルト、フレッドを見て、呆れた様に言う。

「お前だって、あれを見たら逃げたくなると思うぞ」

そう言ってディートハルトが口を尖らせると、フレッドがディートハルトに耳打ちする仕草を見せつつ周囲に聞こえるように言う。

「フレイク、リカルドはさぁ、実はホラーが苦手なのかもしれないぞ。平気そうなフリしてあんな事言ってて、実際見たら悲鳴を上げて逃げるんじゃないか?」

「ああ、そっか。そうかもな」

「お前ら、俺に喧嘩を売る気なら相手になるぞ?」

リカルドが二人に冷えた目を向ける。本気で腹を立てている訳ではなく冗談で言っていた。

「こっちは、売る気はねえけど、お前が売りたそうだから買ってやるよ」

と、真っ先にディートハルトが答え、ニヤリと笑って席を立つ。リカルドの挑発を面白がっていた。

「いや、お前はその状態じゃ無理だろ」

包帯だらけのディートハルトを見て、リカルドはさらに呆れた様に言う。

「じゃあ、俺が、ディートハルトの代理になろうか?」

隣の席のエトワスがそう言って立ち上がった。いつもなら苦笑いして傍観しているところだが、ディートハルトならたとえ怪我をしていてもリカルドに挑みかねないと思ったため、そう言っていた。

「お、いいね。ディー君VSリカルド君のバトルは腐る程見て来たけど、エトワス君VSリカルド君ってのは新鮮だから見たいかも!」

翠が面白そうに言うと、フレッドがさらに煽った。

「あー確かに。貴族同士の決闘なんて見るのは初めてだ!」

「え、これって決闘なのか?本当は、手袋投げたりするんだよな!」

エトワスに代理になって貰っているはずのディートハルトが、他人事のようにワクワクした様子で言う。

「あー、聞いた事ある。でも、二人とも手袋してないけどね。帝国の二大領主家、ラグルス家VSバルビエ家の決闘だ」

翠が笑う。

「待て待て、話を大きくするな。家名を背負った決闘なんかしないぞ!」

リカルドが焦った様に言う。ジャックとオースティンは、興味深げに先輩達の様子を見守っていた。

「じゃ、リカルドも代理を立てればいいじゃん」

ディートハルトと同じく、そもそもの原因を作ったフレッドが他人事の様に言う。

「あ、でも、ロイは貴族だから同じ理由で代理にはなれないか。じゃあ、キサラギに代理になって貰うとか?」

「何でだよ。つか、疲れてるし身体動かしたくない」

翠は、即答で拒否した。

「じゃあさ、おれがリカルドの代理になろうか?」

再びワクワクした様子でディートハルトが口を挟んだ。

「いや、それこそ何でだよ!?」

「エトワス君はディー君の代理なのに。ディー君がリカルド君の代理になったら、ワケ分かんなくなるじゃん」

「ディートハルトは、怪我してるだろ」

「フレイクがエトワスと対戦する意味があるのか?」

「だよな。エトワスはフレイクを攻撃しないだろ」

フレッド、翠、エトワス、リカルド、ロイの順に総ツッコミが入る。そこへ、遠慮がちに声を掛ける者があった。

「あのぉ……」

「?」

背後から声が掛かり、一斉に全員が振り返る。そこには、空の種族アリアの姿があった。

「私は、アリアといいます。ラファエルさん、ですね?」

初対面のため、ディートハルトの目を確認したアリアが言う。

「……ああ!ルシフェルの」

この人が、ルシフェルの恋人か……というディートハルトの視線と、このセレステが、噂の至高の存在なんだ……というアリアの視線が、お互いを観察する。

『ルシフェルのどこを気に入ったんだ?惹かれるポイントが分かんねえんだけど。物好きな人だな。何か、ホワンってしてるけど、本当に大丈夫なのか?ルシフェルに喰われるかもって分かってんのかな』

『本当に両目ともラズライトの瞳だしキラッキラで可愛くて、まさに、セレステって感じね。地上の人たち皆に可愛がられてるみたいだし、きっとすっごくモテるんでしょうねぇ……』

「アリアさん、昨日は馬車を貸してくださってありがとうございました。ルシフェルの様子はどうですか?」

ディートハルトとアリアが無言で露骨に互いをを観察しているため、エトワスがアリアに話し掛けた。

「あ!お役に立てて良かったです。ルシフェルさんは、大丈夫です」

と、我に返ったアリアが、ハッとしてエトワスに答え、改めてディートハルトの方に視線を向けた。

「ルシフェルさんが呑まれて無事だったのは、ラファエルさんのおかげだと聞きました。ありがとうございました」

「え?いや、おれは特に何も。実際に助け出したのは彼らだから」

ディートハルトはそう言って、周囲の元同級生やその場に残っていた学生達に視線を向ける。

「はい。皆さんも、本当にありがとうございました」

再び、アリアは丁寧にお礼を言った。

「で、本人は、やっぱ寝込んでんの?」

「はい。セレステの治療は受けられないので、今、アカツキさんが診てくださってます。怪我などは無いのですが、やっぱり具合が悪いみたいで」

尋ねた翠に向き直り、アリアが答えた。

「そう。でも、無事戻って良かったね」

「はい!それじゃあ、あの、地上に下りる時は、どうぞよろしくお願いします」

アリアは、翠の言葉に嬉しそうに頷き、すぐにルシフェルの待つ部屋へと戻って行った。


「それじゃ、オレも夕方までノンビリ過ごさせてもらお」

と翠が言い、伸びをして去って行く。リカルドとロイも部屋で休もうと続けて席を立った。

「ディートハルトも、聖地で休んで来たらどうだ?」

エトワスがディートハルトに言う。オディエに治癒の術を掛けてもらう事も出来るのだが、聖地で休んだ方が短時間で確実に治り体力まで回復するらしく、セレステ達に聖地で休む事を勧められていた。

「そうだな。じゃあ、ちょっと行ってくる」

ディートハルトも続いて立ち上がった。アカツキが処方してくれた薬で痛みが抑えられ楽になってはいたが、右足と左手は絶不調のままなので少し休んでみるつもりだった。

『今は、結界も強力な物を厳重に張り直しているから安全面の方は問題ない。安心して行ってこい』

と、レミエルが自信ありげに言っていたからでもある。

「エトワス達は、ゆっくり休んでていいからな」

エトワスは、また卵の傍に付いて見張っていてくれるかもしれない。そう思い、ディートハルトは言った。

「じゃあ、足が辛いみたいだから、せめて聖地までは送ってく」

ディートハルトの考えている事が分かるエトワスは少し笑ってそう言うと、立ち上がった。

「お大事に。いってらっしゃい」

と、まだ残っていたフレッドが言うと、ジャックも笑顔でディートハルトに手を振った。

「ディート先輩、おやすみなさいッス」

「ああ、うん」


「いつの間に、あんなに懐かれるようになったんだ?」

バルコニーから広い廊下に出て周囲に人気(ひとけ)がなくなると、エトワスはディートハルトに尋ねた。実は、ずっと気になっていた事だった。

「え?……と、ジャックの事?」

「ああ」

「気付いたら普通に話し掛けて来るようになってたけど。……昨日バルコニーでパンケーキを食おうとしてた時にジャックが言ってたけど、おれの方が1個年下だし、おれを見てると弟を思い出すんだって」

「弟か……(まあ、それなら問題ないか……。)」

モヤモヤしない訳ではないが、弟のような存在として見ているのなら、まあ、いい。エトワスはそう納得する。

「あ、その後すぐグラウカが現れたんだけど、いつの間にかバルコニーの端に立っててさ。どっから現れたのか全然分かんなかった」

「グラウカが喰われる前にも、あの地底の種族は色んな生き物を喰っていただろうから、壁を這い上がったり高くジャンプしたり、何かそんな能力も持っていたのかもな」

エトワスが最初にグラウカと戦った際、グラウカは城壁にへばりついたり高くジャンプしたりしていた。

「壁を這い上がってバルコニーまで来たって事か。気持ち悪ィな……。でもほんと、あれは絶対ゾンビだったと思う」

真剣に言うディートハルトの言葉にエトワスは小さく吹き出した。フレッドやジャックもそうだが、本当に“ゾンビ”が怖いんだな、と、少し可笑しくなる。実在する魔物には恐れる事無く向かっていくI・Kや騎士科の学生なのに、架空の存在……彼らに言わせると“未確認生物”にはビクついているからだ。

「ジャックもそう言ってたな。魔物の体に人間の頭部が幾つもくっついている状態ってのもかなりグロテスクだったけど、身体も人の姿をしていた時は不気味だっただろうな」

ディートハルトが足を傷めているせいでゆっくりとしか進めないため、城の敷地内を出るのに予想以上に時間が掛かってしまっていたが、何気ない会話を交わしながらノンビリと歩いて行く。肩を貸すには身長差があって難しいため、おんぶかお姫様抱っこをしてやるとエトワスが言ったのだが、即座に断られていた。その代わり、腕で支えられた状態で一歩、また一歩といった具合に前進している。



「ディートハルト」

聖地に続く明るい森に入ってすぐ、不意にエトワスが立ち止まった。

「ん?」

と、エトワスの顔を見上げる。

「すまない。酷い目に遭わせてしまった」

「え?……何言ってんだ?」

何の事を言っているのかは予想できたが、ディートハルトは困惑して眉を下げる。

「ディートハルトは俺と一緒にアリアさんの家に行きたいって言ったのに、俺が城にいろと言ったせいで酷い目に遭わせてしまった」

そう言ってエトワスが俯くため、ディートハルトは少し慌ててしまう。

「エトワスのせいじゃないって。悔しいけど、単におれがグラウカに敵わなかったせいだよ」

ディートハルトが本気で悔し気にそう言うと、エトワスは困った様にディートハルトに視線を向ける。

「ああ、違うか。元々、大人数で戦わなきゃ倒せないような奴だったもんな。ってゆーか、何でみんな“自分のせい”だって言うんだよ。どう考えたってグラウカのせいじゃん」

「それは、まあ、そうだけど」

エトワスは苦笑気味にフフッと笑った。自分も、フェリシアに同じ事を言ったからだ。

「まさか本当に喰われるなんておれも思わなかったんだけど……。油断してあいつに近付き過ぎた」

咄嗟にスーヴニールがラズライトで結界を作ってくれたから助かったが、そうでなければ無数の歯に引き裂かれ、噛み千切られていたかもしれない。そう思うと、冷や汗が流れた。

「フェリシアを庇ってくれたんだよな。ありがとう」

エトワスは心の底から礼を言った。ディートハルトの事は言うまでもなく、やはり家族である妹も大切だからだ。軽い怪我は追っていたようだが無事でホッとしていた。

「え、いや、なんか逆に、フェリシアに気を遣わせる事になってしまったけどな……」

今度はディートハルトが苦笑いする。

「おれはアズールに来るまでの数か月、具合が悪かったから全然訓練とかしてなかったしさ、またちゃんと剣術の稽古とかしないとだな。あ、エトワスが、訓練の相手してくれる?」

「ああ、喜んで」

エトワスは小さく息を吐き、笑みを浮かべて頷く。

「本当に、エトワスのせいでも誰のせいでもねえからな!」

ディートハルトは、エトワスを見上げて言った。

「分かった」

デイートハルトが本気で睨んでいるため、エトワスは困った様に苦笑いする。

「ってゆーか、エトワスはすぐに来てくれただろ」

ディートハルトは、グラウカに呑まれた後にその腹の中でエトワス達が自分のために戦ってくれている様子を見ていたと説明した。レミエルに聞いた話では、無意識に光属性の力を使い、腹の中で外の映像を見るという現象が起きたのではないかという事だった。

「すぐには助け出せなかったけどな……」

「来てくれて、すっげー嬉しかった」

エトワスを真っ直ぐ見上げたまま、ディートハルトが言う。

「……」

エトワスが言葉を返さなかったため二人の間に沈黙が流れ、やけに楽し気な小鳥の澄んだ囀りだけが聞こえてきた。

「……ディートハルトは、俺を独占したいくらい好きだもんな?」

エトワスは、冗談めかしてそう言って少し笑った。

「へ?あ、うん、そうだな」

一瞬不思議そうな顔を見せ、ディートハルトが少し照れたように頷く。アズールに向かう直前にランタナの教会に泊まった日、エメとエトワスの様子に焼きもちをやいてしまい、エトワスにそう言った事を思い出していた。

「それは……どういう意味で、俺の事が“好き”なんだ?」

エトワスは小さく笑みを浮かべていたが、窺うような視線を向けている。

「え?」

ディートハルトは怪訝な顔でダークブラウンの瞳を見返した。

「ランタナで、俺の事が好きだって言ったよな?どういう意味で、好きなんだ?」

もう一度エトワスに尋ねられ、ディートハルトは目を瞬かせた。

「意味……?どういう?」

改めて問われると、どう答えていいのか分からなくなる。

「ええと。信頼してて、一緒にいると安心して……」

ディートハルトは混乱していた。

「ごめん、聞き方が悪かった。“種類”を聞いてるんだ。人として好きとか、友達として、兄弟みたいで好きとか、ファンとして好きとか、……恋愛的な意味で好き、とか色々あるだろ」

ディートハルトが質問を理解していないと感じ、エトワスは丁寧に説明しなおした。

「あ、うん」

ディートハルトは頷く。エトワスの言う事は分かるが、明確に答えるのは難しいと思った。

「うーん……。改めて言われると、正直その境界がよく分からないんだけど……、その全部かも?」

エトワスの人柄は言うまでもなく魅力的で、親しい友人として好感を抱いているし、頼もしくて優しくて兄のように思える時もあるし、次期公爵としての堂々とした振る舞いやE・K達に指示を出す姿、臆する事無く魔物等と戦う姿を見ていると、純粋に「スゴイ!カッコイイ!」と尊敬し見惚れてしまいファンの様な気持ちになる事もある。そして、ランタナでの出来事の様に、エトワスがエメや他の女性達と親しくしていた時など嫉妬してしまう事もある。だから、今エトワスが例としてあげたものが全て当てはまるかもしれない。そう、自分の気持ちを確かめつつディートハルトは話した。

「エトワスの他に、全部当てはまる相手はいないし。“これ!”って、一つだけ答えるのは難しいかな。……えっと、じゃあ、エトワスは?エトワスが言ってたのは種類で言うと、おれを友達として好きって意味?」

ディートハルトは試しに聞いてみた。エトワスに大切に思われているのは分かっているし、それが嬉しいので、その“種類”は何でもいいと思っていた。

「そうだな。そう思ってる。でも、惚れてもいる」

「え」

返って来た予想外の言葉に、ディートハルトは目を瞬かせた。

「恋愛感情って意味で、好きだ」

I・K達が再び一足先に地上に下りたその翌日には、自分達もアズールを発つ事になる。ウルセオリナへ戻りヴィクトールに報告した後どうなるかはまだ分からないが、ディートハルトを含めたI・K達がいつまでウルセオリナにいるかは分からず、そうでなくても、ヴィクトールの命令で動くI・K達とウルセオリナから動けない自分がいつまでも一緒に行動できる訳はない。想いを伝えるのは今しかない、エトワスはそう思っていた。

「……」

まさか、急にこんな展開になるとは思っていなかったため、ディートハルトは何だか頬が熱くなってしまっていた。

近くの木で小鳥が囀っている声が妙に賑やかに聞こえて来る。

「……あ、えっと……。じゃ、おれの言ってる“好き”も同じだと思う」

視線を逸らしポソポソと話すディートハルトの言葉を聞きエトワスは思案していたが、手を伸ばすとディートハルトの頬をそっと撫でた。

「俺に触れられて、嫌じゃないか?」

ディートハルトは困惑した様に眉を寄せエトワスを見上げる。

「嫌だったら、自分からくっついたりなんてしてないし、そもそも近付かねえよ」

これ迄にも頬を撫でられたり髪を触られたりした事はあったし、抱き締められたり自分からも同じことをしたりもしている。特に意識もしないし何でもない軽いスキンシップの一つだと思うが、今更何を言っているのだろう。

「そうだな」

同じことを考えて苦笑したエトワスは、今度は瑠璃色の瞳をジッと覗き込んだ。

「じゃあ、これは?」

ディートハルトの頬に片手を添えて、ゆっくりと距離を縮める。

「!」

エトワスが何をするつもりなのかディートハルトが理解したのと、そっと口づけされたのはほぼ同時だった。ほんの一瞬、微かに触れる程度だったのだが、エトワスのダークブラウンの瞳は、窺う様にディートハルトを見ている。

「……」

ディートハルトは、気恥ずかしさよりエトワスの表情の方が気になってしまっていた。いつも冷静で余裕たっぷりなエトワスが、恐る恐るといった様子でディートハルトを窺っているのが妙に新鮮で、面白いと思ってしまう。

「……ええと」

ディートハルトはどう答えていいのか迷ったが、思った通りに話した。

「掠っただけだし、くすぐったいというか……、少なくとも嫌じゃない」

「そうか」

ディートハルトの答えに納得していないのか、エトワスは、今度は両手をディートハルトの頬に添えた。

「じゃあ、ちゃんと確かめよう」

そう言って、改めて口づけした。やはり短い時間ではあったが、一度目よりは長く触れていた。

「……」

エトワスは再びディートハルトの瑠璃色の瞳を覗き込んだ。ディートハルトは目元を染めてエトワスのダークブラウンの瞳を見返す。相変わらず、エトワスは窺うような目をしていた。“これなら、どうだ?”と聞いているようだ。

「……嫌だったら、殴り飛ばすか蹴り倒してキレてる、かな」

そう言って、ディートハルトは困ったように笑った。

「そうだろうな」

エトワスは思わず吹き出した。ディートハルトなら間違いなくそうだろうと、断言出来る。

「おれは、こういう意味でエトワスの事が好きだから」

ディートハルトはそう言ってエトワスの肩に右手を置いて背伸びし、自分からエトワスの唇にそっと口づけた。負傷して体を動かし辛いせいだけでなく、身長差があるのでとてもやりにくい上に、最初に自分でエトワスに言った割に自分もほんの一瞬、微かに触れる様なものしか出来なかったが、想いは伝えたつもりだった。

「……」

エトワスに驚いた様な視線を向けられ、ディートハルトは急に心臓がドキドキするのを感じた。恥ずかしい事をしてしまったと思っていた。そのため、思わず視線を逸らしてしまう。頬を染めて俯いてしまったディートハルトの姿を見てようやく納得したのか、エトワスも薄く頬を染め嬉しそうな笑みを見せた。

「お前の気持ちは分かった。嬉しいよ」

エトワスはそう言って、怪我に響かないよう気を遣いつつディートハルトをそっと抱き締めた。セレステという身体を持って生まれて来た精霊だからなのか、顔を伏せると、その金色の髪からなのかそれともからだ全体からなのか、仄かに甘い香りがして鼻をくすぐった。人工的な香水等とは違う、花や果実の様な類のもので決して強いものではないのだが、癒されるような心地いい香りだった。


「無事で本当に良かった。間に合わなくて、ディートハルトにもしもの事があったらと思うと生きた心地がしなかったよ」

ディートハルトを抱き寄せたまま、エトワスがため息交じりに言う。

「……ごめん。ああ、でも、それはおれも分かる。ヴィドールでエトワスが怪我した時も、その前にファセリアで死んだって聞かされた時も、ほんと怖くてたまんなかったから」

ファセリアでE・K全滅の話を聞いた時は頑張って信じないようにしていたが、ヴィドールの時はシヨウが偶然来てくれなかったらと思うと、今でも怖くて涙が出る。

「そうだったな。俺の方が心配掛けてしまったな」

と、エトワスは苦笑いした。

「今ここに、こうして元気でいてくれるから、いいんだ」

ディートハルトはエトワスの背に怪我をしていない方の腕を回してその顔を見上げ、照れた様に言う。すると、ディートハルトを見下ろしていたエトワスは、そっとディートハルトの髪にキスをした。

「フフッ」

何だか照れくさくてディートハルトは小さく笑った。

続けて、エトワスはディートハルトの頬に手を当てて顎に指をかけると上を向かせた。そして、じっと瑠璃色の瞳を覗き込むとそっと口づける。

「まだ、確かめるつもりか?」

照れ隠しにディートハルトが冗談めかしてそう言うと、エトワスはフッと笑顔を見せた。もう窺ってはいないせいか、いつもの様に余裕のある笑顔に見えた。

「いや、改めて、想いを伝えようとしてる」

そう言って、頬に添えていた片手を頭の後ろに添え直しゆっくりと顔を寄せる。

「ディートハルト……」

エトワスはダークブラウンの瞳でディートハルトをじっと見つめたまま名前を呼んだ。

「好きだ」

低い声を使って囁かれた言葉にドキドキする。元々その声も好きだったが、改めてそう言われると、心臓が跳ね上がってしまっていた。意識してしまうようになると、何だか悔しいがエトワスはモテるだけあって、やはりかっこいいと思う。ウルセオリナの次期領主という肩書なしでも理想的な王子様キャラだ。

「……ずるいぞ」

悔しいが、魅力的に感じてしまい抗えない。

「何が?」

「……おれも」

と、顔は上げたまま、視線だけ横に逸らして言い淀む。

「エトワスの事、好きだし……」

ポソポソと言われた言葉にエトワスが嬉しそうに笑ったのだが、ディートハルトは視線を逸らしていたため気付いていなかった。

「ディートハルト」

と、もう一度呼ばれる。

「好きだ」

ゆっくり視線を戻すと再びそう囁かれ、一気に頬が熱くなる。捕らわれた様にダークブラウンの瞳から視線が外せなくなった。互いに見つめ合い、引き寄せられる様にすぐにその距離は縮まった。

「可愛いな」

エトワスがそう低く囁く。

「!?……な、何言ってんだよ。からかうなよ」

からかっているのか本気で言っているのか分からないが、どちらにしても恥ずかしい。

「本気で言ってるんだ。初めて会った時から、ずっとそう思ってた」

「……マジで?」

やはりからかっているのではないだろうか、とディートハルトは思った。

「いや、だって。おれ、最初はお前の事メチャクチャ警戒してたし、酷い事言ったり思いっきり冷たくしたりしてただろ?嫌われはしても、好かれたり、か、可愛いなんて態度じゃなかったじゃん」

「そうだな。でも、初対面の時に、こんな綺麗で可愛い子は見た事ないって思ったのは事実だし、ずっと、力になりたい守ってやりたいって思ってたからな。嫌いになる事なんて無かった」

そう言って、エトワスは少し笑いを滲ませた視線を注ぐ。

「とは言っても、翠に指摘されてからかわれるまで自分がディートハルトに惚れてるって自覚は無かったんだけどな」

そう言って少し苦笑した。

「確かに、翠はよくふざけた事言ってるけど……」

茶化してはいるが、いつもの事なのでエトワスも聞き流していると思っていた。

「学生の頃から、しょっちゅうからかわれてたよ。でも、翠は、俺より正確に俺の心を見抜いてたんだって分かった」

と、再びエトワスが笑う。

「翠も俺も、まさかディートハルトが、同じように俺の事を想ってくれるとは思ってなかったんだけどな。今だって、本当は引かれてフラれると思ってた」

エトワスの言葉に、今度はディートハルトが小さく笑った。

「……性格悪い問題児のおれに、ヒドイ事されたり言われたりしても見捨てないで、何があってもどんな時も優しく親切にしてくれて、自分の事は二の次にしてでもおれの事だけを心配してくれて……。それで惹かれない訳ないよ。その上、性格も顔も声も良くて、背も高いし体格もいいし、頭も運動神経もいい戦闘能力だって抜群、なんて見た目も中身も完璧なイケメンなんだから」

頬を染めて拗ねた様に言うディートハルトの言葉に、エトワスは呆気に取られた様に目を丸くしていたが、ディートハルトが冗談を言ったりからかったりしているのではないという事が伝わると、やがて困ったような表情で一度目を伏せた。

「……参ったな」

呟かれた言葉に『何が?』とディートハルトが尋ねる前に、エトワスはディートハルトをギュッと抱き締めた。

「ディートハルトに、そんな風に思って貰えてたなんてな」

「ッ……エトワス、ちょっマジで、痛い……」

「あ、ごめん!」

怪我人であることをうっかり忘れていたエトワスは、焦ってディートハルトを解放した。

「……でもさ、エトワスは滅茶苦茶モテて人気あるし、こんな事普通に言われ慣れてるだろ。しょっちゅうキャーキャー言われてんじゃん」

少し拗ねた様にディートハルトが言う。実際、皇女を筆頭に、エトワスがアイドルの様に騒がれている事は地元のウルセオリナ以外でも知られているし、もちろん本人も自覚している。

「ディートハルトに言われたのは、初めてだ」

そう言って、エトワスは本当に嬉しそうに笑顔を浮かべる。

「でもさぁ、物好きだなって思うよ。何でおれ?って言うか。お姫様にまで好かれてんのに」

初めて出会った時から、やたらと構って来て訳の分からない奴だと正直思っていたが、今でもやはり分からなかった。

「可愛いからだよ」

外見のせいで、揶揄や皮肉も含めてこれまでに“可愛い”と言われた事は何度かあるが、エトワスにまでそう思われていたのかと思うと複雑な思いだった。嫌という訳ではないが、嬉しいのかどうかは分からず恥ずかしい。

「……エトワスの事が好きすぎて、何か悔しい」

「何だよ、それ」

訳の分からないディートハルトの言葉に、エトワスは笑ってしまう。ディートハルトは、甘える様にエトワスの肩口に顔を埋めていた。エトワスと離れたくない、ディートハルトはそう思っていた。地上に下り、自分達が帝都に戻る事になれば会えなくなってしまうという現実を思い出し、寂しくなっていた。

「違った。逆かな。悔しいけどエトワスの事が好きすぎる」

「いや、同じだろ。何で悔しいんだよ」

再びエトワスが笑った。

「……ディートハルト、本当に、ずっと好きだった」

改めて、ディートハルトの瑠璃色の瞳を見つめエトワスが口を開く。

「見た目は可愛くて繊細なのに、呆れるくらい強気で攻撃的な性格ってギャップのあるところも、そのくせ言う程強くなくて危なっかしいところも、構うなって言うくせに傍にいて欲しいなんて言ったり素直に甘えてきたり、驚く様な殺し文句を口にしたり、結構泣き虫なところも……その全てに翻弄されて、魅了されてる」

多少けなされている部分がある様な気もするが、エトワスは真剣な表情でじっと熱い視線を注いでいるので、ディートハルトは小さく苦笑いした。

「本当にもう、全てに夢中になってる。だから……」

そう言って手を伸ばしたエトワスは、ディートハルトの頬に触れる寸前でその手をキュッと握ると、すっと身を引いて小さく溜息を吐いた。それからすぐに姿勢を正し、そのまま片膝を着くと、改めて手を伸ばしディートハルトの手を取った。そして、まるで貴族の令嬢にするかの様に手の甲に軽く触れるキスをした。

「俺、エトワス・ジェイド・ラグルスと交際して欲しい」

「!」

エトワスの一連の行動に、ディートハルトは面食らっていた。ふざけているのかと思ったが、エトワスは公爵家の人間だ。もし相手が皇女や貴族の令嬢なら、この様な交際の申し込み方は普通の事だろう。そう考え困ってしまう。

「あの……何と言うか、立場というか身分的に、おれの方が跪かなきゃならないんじゃないかな?」

「ディートハルトは、この国で最高位のセレステだって事だし、そうじゃなくても、レトシフォン閣下のご子息だろ?」

「え?いや……ええ?」

ディートハルトは混乱していた。セレステなのは関係ないし、シュナイト・W・レトシフォンの血は引いていない。シュナイト本人から、正式に息子として公表したいと言われてはいるが、少なくともファセリア帝国ではディートハルトは、間違いなくただの一般市民だ。

「いや、庶民だけど。あの、えっと、とにかく立ってください、“ウルセオリナ卿”」

相手が正式に名乗ったのだから、呼び捨てはマズイと思い、ディートハルトは初めて敬称で呼んだ。

「答えは保留か?」

立ち上がったエトワスに尋ねられ、ディートハルトは困った表情のままでエトワスを見上げる。どういう態度を取ったらいいのか分からないからだ。

「おれは貴族のお姫様じゃないのに、そんな事言ってしまっていいんですか?」

「もちろん。俺は真剣だから、俺の交際相手として正式に付き合って欲しい」

「でも、アンジェラ皇女が……」

ポソッとディートハルトが言う。皇女がエトワスにご執心で、近い将来婚約するかもしれないという話はもう何年も前から国民に広く知れ渡っているし、どう考えても、アンジェラ皇女の方が釣り合っていて、正式に交際するお相手として相応しいと思う。

「それは、ただの噂だ。皇女殿下に直接好意を告げられた事はないし、俺は、周りが何と言おうと、惚れていない相手と結婚する気はない。相手に失礼だからな。それ以前に、俺がディートハルトの事しか見えてないってご存じになれば、陛下や殿下の方が俺の事を願い下げだって思うと思うぞ」

「……でも、公爵閣下が……」

ウルセオリナ公爵は許さないだろう。

「ああ、そうだな」

ディートハルトの言葉に、エトワスは苦笑した。祖父に関してはエトワスもディートハルトと同じ思いだった。しかし、どんな手を使ってでも説得するつもりでいた。まずは母と祖母、そしてフェリシアを味方につけるつもりでいる。祖父は身内の女性陣には甘いからだ。特に孫のフェリシアには弱い。

「それじゃあ、俺と付き合うのはお断りか?」

ディートハルトの想いは聞いたばかりだ。好意を抱いてくれているのは分かっているのだから、次期公爵という立場だけを理由に今ここで交際をお断りされようとエトワスに諦める気は全く無かった。しかし、わざと悲しそうな表情を作ってそう尋ねていた。

「想いが通じ合ったのに、やっぱりこれまで通り元同級生ってだけで、ファセリアに戻ったら、もう特別な用時が無い限り会うつもりもないって事か?まあ、ディートハルトはI・kで、これから忙しくなるだろうし仕方ないか……」

と、微塵も思っていない事を口にして、悲しそうに微笑んで見せる。

「!」

案の定、ディートハルトはハッとしてエトワスを見上げる。その表情はこれまでと一変して完全に曇っていた。

「嫌だ……。おれはただの兵士でエトワスは次期領主様だから、気軽には会えないかもしれないけど……でも、会いたいし、ずっと一緒にいたい。これまでみたいに、毎日傍にいたい……」

ディートハルトは、エトワスとは違い本気で悲しそうな表情をしていて瞳を潤ませているため、エトワスは焦って謝った。

「ごめん!ふざけすぎた」

そう言って、ディートハルトの手を握る。

「俺も、ディートハルトとはこれまで通りいつも一緒にいたいって思ってる。次期領主だからとかそんな事関係ないよ。シュヴァルツ閣下が何と言おうと、ディートハルトとの交際を諦める気も無い。今ここで断られたとしても、ディートハルトが俺の事を想ってくれている限り、何度でも付き合って欲しいって言うつもりだし、拒否されない限り会いにも行くつもりだ」

エトワスの言葉に、ディートハルトは目を瞬かせた。

「ディートハルトに付き合うって言って欲しくて、わざと思ってもいない事を言ってみたんだ。すまない」

ディートハルトは「そっか」と小さく頷いた。

「じゃあ、おれなんかで良ければ……。喜んで。エトワス様とお付き合いさせて頂きたく存じます」

少し照れくさそうにそう言ったディートハルトの言葉を聞き、エトワスはホッとしたように小さく溜息を吐き、直後にフフッと笑った。

「ディートハルトに次期公爵として接して欲しいとは特に思わないけど、エトワス様って呼ばれるのは何かグッと来るな」

「……じゃあ、これからはそう呼ぼうか?」

「いや、いいよ。距離が開いた気がして寂しい。あ、でも、たまに呼んでくれると喜ぶから」

「何だよ、それ」

呆れた様に言ってディートハルトが笑う。

「だけど、やっぱり、“ウルセオリナ卿”のお相手として正式にっていうのは、マズイんじゃないかな」

ディートハルトという庶民で同性の相手と交際しているという事が公に知られては、マイナスのイメージになるに違いない。そうディートハルトは思っていた。

「……」

ディートハルトの表情が少し翳っているため、彼が何を考えているのかエトワスは察していたが、今この場で「何も問題ない」と伝えても、話はずっと平行線となり噛み合う事はないと分かっているため、ディートハルトの言葉に従う事にした。

「……じゃあ、秘密の状態がいいって事か?要するに、公言したり大っぴらにしなければいいって事だな?」

どちらにせよ、ディートハルトと想いが通じ合っていて付き合えるのならエトワスに不満はない。それに、将来的にはディートハルトに求婚しようと既に心に決めている。まずは、求婚した時に承諾して貰えるように、さらに絆を確かなものにしていく事の方が先だった。

「うん。その方がいいと思う。エトワスは、次期公爵様だからイメージが大事だと思うし。きっと皆、どこかのお姫様と交際する事を期待してると思うし……」

ディートハルトは頷いた。

「そんな期待、余計なお世話だよ」

そう言いながら、エトワスは小さく溜息を吐く。

「……そうだな。俺のイメージはどうにでもなるけど、ディートハルトが傷付くような事になるのは嫌だからな」

世間がどう反応するかは分からないが、次期公爵の交際相手になった事で、ディートハルトが好奇の目に晒されるのは避けたいと思っていた。

「でも、俺と特別に親しいってアピールしたい人間の方が多いだろうに、逆に隠したいなんてな」

ハハとエトワスが笑う。

「おれは、エトワスの身分が好きな訳じゃねえもん」

と、ディートハルトが口を尖らせる。

「知ってる。嬉しいよ」

そう言って、エトワスは本当に嬉しそうに笑顔を見せる。

「ああ、そうだ。さっきちょっと気になったんだけど」

と、不意に真面目な表情になりエトワスが言う。

「?」

「ディートハルトは、昔から別に性格は悪くないよ」

「そう思うのは、お前だけだと思う」

苦笑いするディートハルトに、エトワスは首を横に振った。

「他人を警戒してたから不愛想に見えてただけで、お前の方から積極的に誰かに絡んだり嫌がらせしたりって事はしないだろ。逆に人を避けてたし。かといって自己中で全く協調性がない訳でもない。ただ、売られた喧嘩は必ず買うから、ちょっかいを出してくる相手と揉めてただけだ」

「……そう、か?」

自分ではよく分からないため、ディートハルトは首を傾げる。“揉めてた”というレベルではなく、ガッツリ口でも拳でも対抗していたのだが……。

「俺はもちろん、翠もフレッドもフェリシア達も、ちゃんと向き合った奴は、ディートハルトが素直で純粋で一生懸命で可愛いって事を知ってる」

「……エトワスがそう言ってくれるなら、嬉しいかも」

そう言ってディートハルトは笑った。

 何れにせよ、エトワスの目には何かフィルターが掛かっているのではないかという事と、とにかく彼が優しいという事だけは間違いないと思った。



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