75淀んだ闇 ~聖域の研究者のなれの果て4~
レミエルの狙い通り、眠っていたディートハルトの意識をただ一人の名前が呼び覚ます。
『……エトワス?』
目を開けたディートハルトは、ぼんやりしたままエトワスの姿を捜した。
『よし、ラファエル、僕だ、レミエルだ。今の自分の状況が分かっているか?』
ディートハルトの反応があった事に安堵し、レミエルがそう声を掛ける。
『え?あ、レミエル?……ああ、そっか。グラウカに喰われたんだった』
ルシフェルも同じように魔物化したグラウカに捕食されたという事を知り、その後彼からスーヴニールや他の空の種族たち複数名が同じ目に遭っていて近くにいるという事を聞かされ、何とか脱出できないかと考えたものの良い案が浮かばず、いつの間にかまた眠ってしまっていたようだった。
『そうだ。お前は今、グラウカの腹の中にいるが、ラズライトに守られているんだ。その中にいる限り卵と同じで安全だ』
『ああ、うん。そっか』
ラズライトの中にいるようだということは分かっていたが、“卵と同じ”というレミエルの言葉に、やっぱりなと納得した。魔物の腹の中にいるという異常事態にも関わらず、何故かとても居心地が良く不安もなかったからだ。
『ここから出ようと思ったんだけど、怪我で身体が上手く動かないし、術を使っても成功する確率は低そうだし、どうやったらいいのか分かんねえんだ』
『お前達が普段使っている術じゃなくて、僕達が教えたセレステの力を使ってみろ。今、お前達を救出しようとグラウカを攻撃してるんだが、すぐに傷が塞がってしまう。お前の光属性の力で、こいつの闇属性の力を抑えられないか試してみるんだ。再生が止められるかもしれない。出来るか?』
『や、やってみる』
ディートハルトが戸惑いながらもそう返事をすると、レミエルは地上でグラウカと交戦中のエトワス達に視線を移した。
グラウカは複数ある長い腕を伸ばし、エトワスやI・Kに攻撃を仕掛けながら魔物を捕食している。レミエルが声を掛けた事により学生とファイター達は倒した魔物をグラウカから遠ざける様になっていたが、グラウカは近くにいる生きた魔物を掴んで引き寄せては捕食していた。そのため、今も身体の形が少しずつ変化し同時に再生もしていて、攻撃を受けているわりに大したダメージにはなっていない。
「エトワス!」
名前を呼ぶレミエルの声に気付き、エトワスは攻撃の手を止め、グラウカから少し離れると頭上を見上げた。
「どうした?」
悪い知らせを予想しているのか、エトワスは緊張しているようだった。
「今、ラファエルの無事を確認出来た。光属性の力でグラウカの闇属性の力を抑えられないか、試してみるように伝えた。上手く行けば再生の速度を抑えられるかもしれない。腹を狙って攻撃してみてくれ」
レミエルの言葉を聞き、少し不安げだったエトワスの表情が明るい物へと変わる。
「分かった!」
エトワスは短く答え、早速剣を構えなおしてグラウカの腹部へと近づいた。しかし、レミエルの言葉は周囲のI・K達にはもちろんグラウカにも聞こえていて、腹部を庇う様に体の向きを変えると、さらに無数の手足をピタリと腹部に当てて覆った。
「頭の方を頼む!」
「了解!」
エトワスの言葉で、I・K達とシヨウが一斉に3つの頭部目掛けて集中して攻撃を始めた。たまらずグラウカが手足で頭を庇ったため、腹部の方はエトワスの期待通りガラ空きになる。
「!」
青く光る場所を狙って斬りかかろうとしたエトワスを捕らえようと、グラウカの身体に生えている複数の魔物達がベタベタした糸を吐き出す。そこでエトワスは先に氷の術でそれら一体ずつの魔物の動きを封じると、改めて赤く光る刃で青く光っている腹部の表面を薄く斬りつけた。斜めに斬り、返す刃で逆に斬る。X状に焼き切れた表皮は非常に硬く分厚かったが、弾ける様にバチバチという音をたてながら僅かに割け始めていた。エトワスは続けて同じ場所を繰り返し浅く斬りつけた。
その腹の中では……。
『……セレステの力か……』
レミエルに言われたようにセレステの力を使ってみようと、ディートハルトは目を閉じて、以前よく見ていた青空の夢をイメージした。
周りは青一色で何もない。
その青が空に変わり、やがて青い花畑へと変わる。
風が髪を揺らす感覚も現実であるかのように蘇ったが、実際に今自分の周囲に風が吹き始めたのだと分かるのと同時に、ふわりとした温かさを感じる白っぽい光に体が包まれた。
『これがセレステの力なんだ……』
そうぼんやりと分かるが、どうやってグラウカの闇属性の力を抑えたらいいのだろう?
『巻き込んでルシフェルまで攻撃したらマズいよな。……まあ、少しくらいはいいか。これまでの事もあるし、不可抗力って事で』
『自分でコントロールできる力なんだから、それはただの過失だろう?いや、半分くらいはわざとだね』
「ルシフェル、起きてたのか」
静かだったので眠っているのかと思っていたが、起きていたようだ。
『今のところはね』
返って来る言葉は消え入りそうに弱いもので、彼の体力もそろそろ限界だという事を窺わせていた。
「もう少し我慢しろ。今から、グラウカの闇の力を抑えられないかやってみる。ああ、そうだ。地底の種族のあんたなら分かるだろ?この、ラズライトの周りの不気味な気配が、闇属性の力なのか?』
ディートハルトは、ラズライトの周囲でずっと蠢いている気配に意識を向けた。
『……そうだよ。物凄く濁ってるけどね』
「そっか。これか」
ディートハルトは右腕をラズライトの壁に当てると、淀んだ気配に意識を集中した。ラズライトの壁の外で、光の粒がラメのようにキラキラと瞬き始める。
『……これで合ってるのか?』
手応えがあるような気もするが、闇の力を抑えられているのかは分からない。
しばらくすると、左手の方向に違和感を感じた。ラズライトの外で蠢く気配が激しくなっている。
『失敗した?』
ディートハルトがそう思った瞬間、大きな音が聞こえてきた。
バチバチバチッ
エトワスが続けて斬りつけていたグラウカの分厚く硬い表皮が、弾ける音と共に勢いよく裂ける。同時にグラウカが咆哮を上げた。
「!?」
反射的にエトワスが横に飛び退くのと同時に、裂け目からドロリとした液体や魔物の骸が流れ落ち、それと共に青い光も溢れ出した。
「!」
魔物の骸と一緒に大きい卵型のラズライトが一つ、ゴトリと滑り落ちて地面に転がる。続けてゴロゴロと二つ落ちて来た。直後に、グラウカが3つの頭を一斉にエトワスに向けて不気味な声で吠える。
「ジェエイィドォオッッ!!!」
言葉として聞き取り辛かったが、激怒して名前を呼んでいた。グラウカはエトワスに喰らいつこうとしていたが、I・K達がそれを阻止しているため近付く事ができない。
「ディー君は!?」
エトワスに掴みかかろうとする腕を斬りつけ、翠がエトワスに声を掛ける。
「まだだ!」
グラウカが激しく動いているため続けて幾つか新たにラズライトが落ちて来ていたが、グラウカの足に弾き飛ばされ四方に散ってしまい、それぞれのラズライトの中の人物の無事を確認する事が出来ていなかった。
レミエルに聞いた話では、エトワス達が駆けつけるよりも前に呑まれた空の種族はディートハルトとスーヴニール、兵5名という事だったので、ルシフェルまで入れて合計8個のラズライトがグラウカの腹の中にある事になる。今の時点で腹から出て来たラズライトは5個だった。
エトワスは改めてグラウカの腹部に近付くと、さらに剣で斬りつけた。新たに出来た裂け目の入り口付近には少し大きめの虫系の魔物の骸が引っかかっていて、その奥に一つラズライトが見えていたので、剣を握っていない方の手で邪魔な骸を引き摺り出そうと掴む。
「手伝う!」
気付いて駆け付けたシヨウが、同じ骸の足を掴んだ。
「ウォオオーー!」
気合の声と共にシヨウが力任せに一気に魔物の骸を引き出すと、その勢いのまま骸は吹き飛んで行った。
「アァ!??」
骸が落ちた先にたまたまいたファイターのコウサが、ギリギリ避けた骸に驚いている。
「流石だな。よし、あと二つだ!」
つかえていた魔物の骸が無くなった事で、その奥に見えていたラズライトがエトワスのすぐ近くに転がり落ちて来た。残りの二つは奥の方にあるのか、まだ腹部が青く発光しているが何処にあるのか見えてはいない。
『これ、上手くいってるんだよな?』
エトワス達がグラウカと戦っている一方で、ディートハルトは光属性の力を闇属性の気配に送り続けていた。少し前に何か大きな音が聞こえてから、ラズライトの外……ディートハルトから見て左手側が、だんだんと白っぽく明るくなって来ているので、恐らくそこが外の世界に通じているのではないかと思っていた。きっと、外の仲間達が救助のために出口を作ってくれたのだろう。今はもう、ルシフェルの声は聞こえないので、彼も含めて、その明るい場所の近くにいた何人かは既に助け出され脱出できたのかもしれない。
『あと何人残ってるんだろう?』
自分がグラウカの闇属性の力を抑えていなければ、きっとまた傷は塞がり外への道は閉ざされてしまう。そう考えて休む事無く力を使い続けているが、慣れない力を使ってかなり体力を消耗してしまっていて、少しずつ抑える力が弱くなってきているのが自分で分かった。
「ランク、エェェックス!」
突然、すぐ近くで泡立つような声が聞こえ、ディートハルトはビクリとして声の方を見る。
「ッ!?」
ラズライトの壁越しに黒っぽい人の顔が見えた。ピタリと顔を押し付けて中を覗き込んでいる。
ベタベタベタッ
顔だけでなく、無数の黒い手がラズライトに押し当てられ、中に侵入しようとするようにラズライトの外側の表面を這い始めた。
「うぅわあっ!」
思わず声を上げ、光属性の力を放つのを止めて身を引くと、ラズライトを覗き込む顔がさらに増えた。
「出テ来イ……ランクX……」
「グラウカゾンビッ!?」
覗き込んでいる顔は、どれもアズール城のバルコニーに現れた時と同じグラウカのものだった。怪我の痛みも忘れ、可能な限りラズライトの中で身を縮める。
「オイデ、兄サンノ……トコロヘ」
ディートハルトは反射的に首を横に振る。
「!(な、何でっ?何でグラウカの腹の中に、グラウカがいっぱいいるんだ!?訳分かんねえ!怖ぇえ!)」
動揺したディートハルトが光属性の力を放つのを止めてしまい、闇属性の力が勢いを取り戻したのか、黒い手はラズライトを壊そうとするように爪を立てたり激しく叩いたりし始めた。
ギッ ギギギギ……
ガンガンッ! ガツン!
振動が響き、ラズライトの表面に小さな傷が出来始める。小さく抉られ、ヒビも入り始めていた。
「マズイ壊されるッ!?」
もう何年も前、まだ幼い頃、絶体絶命の瞬間に現れ魔物から助けてくれたI・K達の姿が頭に浮かんだ。彼らはずっと憧れの存在で自分のヒーローだからだ。
不気味な顔と手に取り囲まれて、記憶の中のI・K達と、現在の自分にとって一番頼りになる相手を、無意識に呼んでしまう。
「ああヤバイ!どうしよう、おれゾンビに喰われるよ!助けてI・Kのお兄ちゃん達!エトワス!」
「――だ、そうだ!」
と、ディートハルトの知らないところで、レミエルが親切に、目の前のI・K達とエトワスに一言一句漏らさずに実況で伝えていた。その話し方や声音まで真似ていた。
「!」
名前を呼ばれたエトワスは、ハッとするとすぐにグラウカに斬りかかる。
「マジで?了解!」
ハハッと笑った翠もエトワスに続き、リカルドは「情けない」と首を振りながらも剣を構え直し、フレッド、ロイ、先輩I・K達は改めて目の前の巨大な魔物を倒そうと斬りかかった。
「このまま斬り続けていても、埒が明かないな」
エトワスはそう言って、グラウカの腹の穴に向けて手を翳した。再び、少しずつ傷が塞がり始め、穴が小さくなってきていた。
「それしかないね」
「一気に片を付けた方が良さそうだもんな」
翠に続きフレッドもそう言って並んで立つと、エトワスは他のI・K達にも声を掛けた。
「皆、一気に仕留める。力を貸してくれ!」
エトワスの呼びかけに応じ、I・K達が同じ術を使うためにグラウカの周囲を扇形に囲む様に立ち軽く拳を握る。同時に、シヨウは離れた位置に移動して待機した。
「青い光の部分は避けよう。行くぞ?」
「了解!」
エトワスの言葉にI・K達が同時に答える。
タイミングを合わせ7名が術を放った。
ドオオオオン!
それぞれが青い光の部分……内部のラズライトに当たらないよう気を付けてはいたが、一斉に攻撃を受け、グラウカの大きな体は激しい爆発音と共に湖の縁まで吹き飛び、大きな飛沫を上げて重い音と共に倒れた。
「!?」
響いた爆音に、魔物と戦っていた学生とファイターが振り返ってどよめく。
「よし!」
と、フレッドが声を上げる。魔物化したグラウカは、腹部の裂け目の部分から前後二つに割れていたからだ。これなら中のラズライトも容易に取り出せるだろう。エトワスが、グラウカのもとまで走る。
「っ!?」
近くまで寄ってみると、二つに分かれた体の断面からラズライトが一つ肉に埋もれた様になっているのが見えたが、そのラズライトには魔物の体の内壁から生える様に伸びた無数の手が絡みつき、複数の頭が食らいつこうとするように石の中を覗き込んでいた。
「マダ邪魔ヲスルカ、ジェィドォ!」
エトワスに気付いた頭部が一体、勢いよく振り返って吠える。
「邪魔だ、退け!」
エトワスは刃が赤く光る剣で一気に手と頭を切り捨てた。
「うわはぁっ!マジか!腹の中に顔と手が生えてる!?どうなってんだ!?」
驚いて声を上げたフレッドだけでなく、駆け付けた他のI・K達も、腹の内部で蠢く異様な物を目にして引いている。
エトワスは、斬られてもしつこくへばりついていた手を直接炎の術で燃やし、残った煤は無造作に払い退けた。
「ディートハルト!」
淡く発光する深い青色の石は壁が厚く中の様子がはっきりとは見えなかったが、その傷だらけのラズライトはディートハルトのものだと確信して呼び掛けていた。
「!」
エトワスが触れると、ラズライトは一瞬強く輝き、直後に宙に霧散する様に消えて中に入っていた人物が姿を現した。ディートハルトだった。
「……あ、エトワス」
エトワスの姿に気が付いたディートハルトは少しぼーっとしていたが、その顔を見上げて嬉しそうに小さく微笑む。彼の顔を目にして安堵したせいか、それとも、やっと外に出られたからなのか、急に疲れを感じていた。
「来てくれたんだ」
「遅くなってすまない。もう心配いらないぞ」
学生達に聞いていた通り、ディートハルトは酷い怪我を負っていた。エトワスも笑顔を返すが、ディートハルトの顔が渇いた血で汚れているため、胸が締め付けられて泣き笑いの様になってしまう。
「大丈夫か?」
立ち上がれないディートハルトに、エトワスは手を差し出した。
「ああ、ごめん。何かさっきスゴイ衝撃があって……ちょっとクラクラするんだ」
“スゴイ衝撃”の原因に心当たりがあり、エトワスとI・K達が苦笑いする。
「なっ、まさか、まだ復活するのか!?」
声を上げるフレッドの言葉通り、二つに分かれたグラウカの体の断面が蠢いていて再生し始めているようだった。剥き出しになった傷は早くも薄い表皮で覆われ、見て分かる速さでジワジワと傷が塞がっていく。
「行くぞ!」
エトワスがディートハルトの手を掴み急いで引き上げると、それを追う様に新たに生えた頭と複数の黒い手が伸びて来る。
「逃ガ……」
グラウカの頭は大きく口を開いたが、話し終える前に近くにいた翠がすぐにまとめて薙ぎ払った。
「最後の1個だ!」
ディートハルトが脱出すると、彼が居た場所よりもさらに奥の方に残り1個のラズライトが見えた。そのラズライトは無数の手に覆われ、ほとんど石の表面が隠されてしまっている。ブランドンの言葉ですぐにI・K達がラズライトの表面に纏わりついている腕を術で吹き飛ばし、再び手が生える前にと、大急ぎで数人がかりでラズライトをグラウカの体の外へと押し出した。
「スーヴニール様!」
最後のラズライトを目にして、地上に下りたレミエルが駆け寄って来た。すると、ディートハルトの時と同じように一瞬強く輝いて青い石の壁は消え、中からスーヴニールが姿を現す。
「陛下、ご無事ですか?危険ですのでこちらへ!」
安全な場所に避難させようと、ブランドンがまだ状況が掴めていない様子の王に手を差し出した。
「これは……」
周囲の状況を確認したスーヴニールが表情を曇らせるのと同時に、新たに生えてきた複数の手が王だけでなくI・K達にも伸ばされる。
「しつけーぞ!」
ディートハルトがそう言うと、突然強い風が吹き、鮮やかな水色の光が無数の刃の様に形を作り仲間達に絡みついた手を切り刻んだ。続けてI・K数名が術を放ち、エトワスが火の術を放つと、グラウカの二つの身体は大きな炎に包まれたまま湖の中に倒れて沈んだ。術で生じた炎のため水中でもなかなか消えず、しばらくの間は湖面に赤い光が揺れていて大きな波が海の様に岸に押し寄せた。
「これでまた復活したらホラーだから、もう聖職者にお願いするしかないね」
翠が波打つ湖面を見ながら言う。
「最初に現れた時点でゾンビだったって言ってたからなぁ」
ジャックの言葉を思い出し、フレッドが眉を顰めた。
「ゾンビは架空の存在だと言ってるだろう。いくら何でも、あの状態で水に沈んだんだ。流石に地底の種族も不死身では……」
呆れた様に話すリカルドが言葉を途中で切る。
揺れていた水面から、勢いよく大きなものが飛び出して来たからだ。
「!?」
「なっ……!?」
呆気に取られる一同の目の前に現れたのは、グラウカだった。身体の前半分の塊の腹部辺りは既に傷が塞がって新たに尻尾が生え始めていて、同時に後ろ半分の塊の傷も同じように塞がり、元々尻尾だった先端には新しく頭らしき物が出来ていた。
術の炎が未だ消えずに体の一部をブスブスと焼いているが、ゆらりゆらりと体を揺らし、ザワザワと足を蠢かせて陸へと上がって来る。
「ゴアアアアアアア」
「グアアアアアアア」
と、2体それぞれが吠えた。
「ヤダなぁ、もう。ランタナの神父様に来て貰う?」
翠が剣を構えながら薄く笑う。
「どうやったら倒せるんだ?」
驚いてはいるのだが、最早笑うしかなく、翠と同様に苦笑いしながらエトワスが言う。
「本当に、あいつは地底の種族に喰われたグラウカなのか?」
エトワスの傍らに立つディートハルトが首を傾げる。
「地底の種族の気配じゃない気がする。すっげー淀んでるっつーか……濃すぎて吐き気がする」
「ああ。濁りまくってるな」
近くにいたレミエルが、ディートハルトの言葉に頷いた。
「色々な魔物や生物を吸収しすぎたのでしょう。純粋な闇の力ではなく、混沌として呪いの様な物になってしまっていますね」
スーヴニールは憐れむような視線を向けている。
「来るぞ!3人は安全なところへ」
エトワスが、スーヴニール、レミエル、ディートハルトに声を掛ける。上陸したグラウカは真っ直ぐにこちらへ向かってきていた。
エトワス、翠、フレッド、シヨウは元々頭側だった方のグラウカに、リカルド、ロイ、ブランドン、クレイは、新しく頭部の出来た元々尻尾側だった方のグラウカに向かい剣を構えた。二つに分かれた分、大きさは半分程になっているが、さらに形を変え不気味な姿となっていた。元々体から生えていた虫の様な魔物に加え、魚の頭の様な物も複数生えてきている。
「ハハハハハハ!私ハ最強ダ!」
尻尾側だった方のグラウカが狂ったように叫んだかと思うと、頭側だった方のグラウカも吠えた。
「3種族ヲ超エタゾ!」
「……確かに!超えてるな」
伸びて来た腕を蹴り飛ばし、シヨウが言う。
「もう、人間じゃねえもんな」
「どうすりゃいいんだ?闇属性の力を抑えてちょっと傷の回復を防げたとしても、燃やせないし切断しても増える。これじゃ、こっちの体力がもたない」
エトワスに言われ、ディートハルトはレミエル達と少し離れた位置に移動していたが、じっとしていられず、少しでも役に立てればと仲間の近くまで行き改めてグラウカに光属性の力を放った。しかし、二体に同時に力を抑えようとしているため、あまり効果が出ていない。
「闇の力を抑えるのではなく、消滅させる事ができないか試してみましょう」
そう言ってスーヴニールが歩み寄り、グラウカに向かい手を翳す。
「消滅?」
「そうです。濁った気配を浄化し、闇属性の力を消し去るのです。貴方は、あちら側を」
スーヴニールが、エトワス達が戦っている、元は身体の前半分だったグラウカを指す。
「わ、分かりました」
ディートハルトは、エトワス達の近くへと移動した。
「何で、こんなところに……」
安全なところへ行ってろ、と、エトワスに追い払われる前に、ディートハルトは簡単に説明した。
「スーヴニール様と手分けして、闇属性の力を消せないか試してみるんだ」
エトワスは剣を構えたまま、もう一体のグラウカの方へチラリと視線を向けた。ディートハルトの話した通り、レミエルと共に宙に浮いたスーヴニールが、グラウカに向かい光を放っている。
「分かった。無理するなよ」
エトワスが頷くと、ディートハルトは改めて集中して力を使い始めた。
「ランクエェックス!!!」
ディートハルトの姿に気付いたグラウカが、3つの頭でギュンと振り返る。
「マサカ、オ前ミタイナ使エナイガキガ、純粋ナ空ノ種族ダッタトハナ!ハハハハハハ」
話した真ん中の頭部だけでなく、左右二つの頭もそれぞれ笑っている。また捕食するつもりなのか、グラウカはディートハルトに飛び掛かって来た。元々負傷して思う様に動けない状態だったが、ディートハルトはグラウカの頭を睨み付けてその場から動かなかった。仲間達を信頼しているからだ。
「オッサン、笑ってるけど鏡見てみろよ。きっと泣くぞ。ゾンビ化した上にスゲェカッコワリィ化け物になってんぞ」
「!?」
ジャンプする事の出来なかったグラウカが、動揺したように自分の身体を見下ろす。
「!??」
エトワスが氷属性の術を使いグラウカの足を凍り付かせ、その場に繋ぎ止めていた。移動が出来なくなったグラウカを温かみのあるフンワリとした金色の光が包み込み、雨粒の様に光が降り注ぐ。
「何ヲスル!ヤメロ!」
「ランク エェックス!!喰ッテヤル!!」
「ガァアア!ジェイドオォオオ!!」
効いているのか、3つの頭が口々に不気味な声を上げている。身体のいたるところから腹の中で見た黒い頭や手が生えて来て、術を使うディートハルトとエトワスに向かって伸ばされるが、その全てを翠とフレッドが斬り落とし、シヨウが拳で叩き折った。
黄金色の光の雨粒は止む事無く振り続け、グラウカの身体に当たるのと同時に弾け飛んだ黒い靄を包み込み、溶ける様に消えていく。
『軽くなった……』
しばらくすると吐き気のする淀んだ気配が消え、術を使っている間に感じていたこちらに反発するような重い力も感じられなくなっていた。
『上手く行ったのか……?』
成功した――闇属性の力を消し去れたという実感があるにはあるのだが、言い切るには少し自信がなかった。
「再生が止まったな!」
ディートハルトの疑問に答えるタイミングで、フレッドが言う。
「多分、だけど、闇属性の力は消えたと思う」
ディートハルトの言葉を聞き、翠がニヤリと笑って素振りするように剣を軽く振る。
「いいね。普通の魔物になったって事か。やる気出るよ」
「グアアアアアアアアッ!!」
粟立つ様な声を上げグラウカが暴れ狂うが、足元が全て頑丈な氷に覆われ凍り付いているためその場から移動できず、闇属性の力を失い新たな手を生やす事もできなかった。
「空ノ種族、喰ワセロ、喰ウ、喰ウ!喰ゥウ!」
属性の力は消えても地底の種族としての本能が消える訳ではないようで、黒く鋭利な歯をガチガチ鳴らし3つの頭がディートハルトに向かって首を伸ばす。
「後は、俺達がやる!」
エトワスに“安全なところへ行っていろ”と身振りで促され、ディートハルトは素直に従い少し離れた場所に移動した。
もう一体のグラウカの方を見てみると、こちら側の戦い方を見ていたのか、レミエルがグラウカの足元をラズライトで覆って身動きが取れない状態にしていて、スーヴニールによって闇属性の力を失くしたグラウカにI・K達が最後の攻撃を加えているところだった。
『あっちも大丈夫そうだな』
安心しながら再びエトワス達の方に視線を戻すと、三人が術を放っているところだった。
ドウッという重い音と共に、とうとうグラウカが地面に沈んだ。
「やったのか?」
シヨウの言葉に応える様に、グラウカの体がドロドロと蝋のように融け落ち崩れていく。再び再生する様子はなく、後には黒い骨と多くの魔物の骸が残された。
「やったな!」
嬉しそうに声を上げたフレッドが、すぐ横に並んで立っていたシヨウの肩にガシッと腕をまわす。
「おう!」
エトワスと翠は、無言で互いにニヤリと笑って拳をコツンと合わせている。
「やった!」
ディートハルトも嬉し気に声を上げ、片足を引き摺る様にしながらも可能な限り急いでエトワスと翠のところまで向かう。すぐに気付いたエトワスが駆け寄って、その身体を支えた。
「あっちも、上手くいったみたいだな」
エトワスの言葉に視線を向けると、リカルド達4人が戦っていたグラウカも倒せたようで、4人が歓声を上げていた。