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LAZULI  作者: 羽月
73/77

73淀んだ闇 ~聖域の研究者のなれの果て2~

「何ソレ?」

フレッドが目を丸くする。

アズールに残っているメンバーと明日の朝合流するために、I・Kと5人の学生達が馬車や馬を用意してルピナスの中心都市からランタナ近くの村ルピナナまで移動してきたのは昼過ぎの事で、それからまだ一時間も経っていない。それぞれ宿泊する宿に別れ、明日の朝までノンビリしようというところだったが、翠と同室のフレッドは、ある物が目に付いてしまっていた。

「何が?」

「いや、ソレだよ。他にねえだろ」

と、フレッドが視線を向け、分かっているくせに翠がとぼけたのは、白いTシャツと下着一枚というラフな姿になっている翠が身に着けている下着だ。ゆっくり過ごすために制服を脱ぎ私服に着替えようとしていたところだった。

「可愛いだろ~」

「……可愛いかもだけど、お前の趣味?」

一般的な男物の下着だが、色がピンクでハリネズミと小さな花の柄だった。

「こないだ北ファセリアに寄った時に、婆ちゃんがくれるって言うからさ」

レテキュラータ王国から船でファセリア大陸に帰って来た際に、船が着いたのが翠の祖父母の家がある北ファセリアの町だったので、翠は久し振りに祖父母の家を訪ねていた。翠の祖母は趣味で小さな雑貨屋を営んでいる。

「ほんとは爺ちゃんに買ったものらしいけど、爺ちゃんが派手だっつって嫌がったみたいでさ。オレの今年のラッキーカラーはピンクだから、縁起がいいからオレがはけばいいってオススメされたんだ。ハリネズミは婆ちゃんの趣味」

華やかなローズピンクに笑ってしまいながらフレッドが言う。

「っつーか、ちゃんと婆ちゃんのおススメを嫌がらずに着るってのが偉いと思うわ」

「いや、だって、ありがたいじゃん。どうせ、誰に見せるものでもねえし?」

そう言いながら、翠はふざけてかっこつけたポーズをとってみる。

「それはそうだな。でも、地味な黒いI・Kの制服の下に派手なピンクのパンツはいてるなんて、誰も思わねえだろうな」

「お。ギャップ萌えしちゃった?」

「いや、キサラギがはいてても、そこまでギャップはねえかな。エトワスとかリカルドだったら、ビックリするけど」

「確かに」

と二人呑気に笑っていると、不意に扉がノックされる音がした。

「?」

急ぎの用なのか、少し慌ただしい叩き方だった。

「何だろ?」

ルピナナは半島南のレーヌ地方と北のルピナス地方を行き来する者達が立ち寄り、休憩したり宿泊したりする地で、宿や飲食店、雑貨店などが充実しているだけでなく、馬車や馬を貸し出す施設もありI・K達が任務の際に利用する専用の厩舎がある。その施設に今回連れて来た馬や馬車は預けてあるのだが、何か問題があったのだろうか?そう考えながら、翠は扉を開いた。

「え、フュリーちゃん!?」

予想外の人物に、翠は声を上げる。そこには、僅かに眉を顰めたフェリシアの姿があった。

 レミエルとオースティン、シヨウと共にアズールを出たフェリシアは、急ぐためシヨウにランタナで馬車を借りてきて貰うと、ルピナナに着いてすぐにI・Kや学生達が宿泊している宿を探し当て、兄の親しい友人である翠とフレッドの部屋を訪ねていた。

「え、一人?な訳ないか」

Tシャツにハリネズミ柄のローズピンクの下着という格好をした翠は目を見開き、大慌てでベッド近くの椅子に無造作に掛けていたズボンをはこうと急ぐ。部屋を訪ねて来たのはI・Kの誰かだと完全に思い込んでいた。

「あ、オレさ、いつもはこんな下着じゃないんだよ。これは、こないだ婆ちゃんが……」

「先輩!大変なんです!」

兄がいて、さらに男子学生ばかりの騎士科に在籍しているためか、翠の恰好など全く気にも留めていない様子の公爵令嬢フェリシアは、翠に駆け寄ってその両腕をガシッと掴んだ。おかげで翠はズボンをはけていない。

「何、どうしたの?」

予定外の訪問である事に加え、ディートハルトやエトワスの姿はなくフェリシアがこの場にいる事に非常事態だと察して翠は眉を顰めた。

「グラウカが突然城にっ!……私のせいなんです!私のせいでフレイク先輩が……!」

と、紫色の瞳を急速に潤ませて、フェリシアは俯いて両手で顔を覆った。歩み寄ったフレッドも、何事かと眉を顰めてフェリシアに注目している。

「……」

翠はピンクのパンツ姿のまま、フェリシアの肩に手を置いた。

「大丈夫だから落ち着いて。アズールで何かあったんだ?じゃあ、ちょっと待ってて。他の奴らも呼んで来た方がいいよね?」

「俺が呼んで来る。キサラギは此処にいろよ」

フレッドがそう言いながら、“早くズボンをはけ”と身振りで促す。

「同級生達のところには、オースティンが行ってます」

「分かった」

フェリシアの言葉に頷くと、フレッドは隣の部屋のリカルドとロイを、さらにその隣の先輩I・Kのブランドンとクレイを呼びに行くため部屋を出て行った。


「どうぞ座って。何か飲む?お茶淹れよっか?」

翠が尋ねると、思い詰めたような表情のフェリシアは目元をゴシゴシと拭い首を横に振った。

「いえ、大丈夫です」

沈んだ表情のままそう答え視線を合わせようとしない。これは、かなりマズイ事が起こっているのか……そう翠が考えていると、部屋の扉が再びノックされ、リカルドとロイが、それからすぐに、さらにフレッドと先輩I・K二人も姿を現した。

「何があったのか、お話します」

宿の狭い部屋にI・K6名全員が揃うと、フェリシアは小さく息を吐き緊張気味に、数時間前にアズールで起きた事を話し始めた。



「あのオッサン、なかなかヤバイ奴だとは思ってたけど、化け物になるとはねぇ。スゲェな」

話を聞き終えた翠が苦笑する。

「もう、地上に戻るつもりもなかったのか」

ディートハルトは地上に戻る扉を開くための鍵だと、噂を流している。そのディートハルトを捕食してしまったというのは驚きだった。

「グラウカは、ずっとフレイクを狙う隙を窺っていたんだろうな」

フレッドの言葉にI・K達が頷く。

「すみません……」

I・K達の言葉を聞いているうちに、いたたまれなくなってフェリシアは小さい声で謝る。

「いやいや。フュリーちゃん達は何も悪くないよ。心配しなくてもディー君なら大丈夫だから。ラズライトに守られてるっていうし、そうじゃなくても本人だってセレステ最強なんだし。見た目は頼りないかもだけど、あれでも強いから」

翠は明るくそう言うが、フェリシアは首を振る。

「でも、酷い怪我をしてました……」

ディートハルトがフェリシアを庇いグラウカへの攻撃を止めたため、逆に攻撃され怪我を負っていた事にフェリシアも気付いていた。

「4年間、毎日のように遠慮なく殴り合っていて仲の悪かった俺が保証します。あいつは見た目より頑丈だし、気の強さは相当なものだ」

フェリシアを後輩ではなく公爵令嬢という認識で接しているリカルドが言う。

「それに、フレイクは怪我なんてしょっちゅうしているから、慣れているはずだ」

リカルドとロイが言い、翠とフレッドも「そうそう」と頷いて見せるが、元同級生達はディートハルトの身を心配していた。グラウカが乗っ取ったという魔物が卵を襲ったあの地底の種族なら、少人数で戦うのは厳しかっただろう。もちろん、ディートハルトはフェリシア達より1学年先輩という事もあり、その分実戦経験が学生より少しは多く、I・Kなので戦闘能力もあるのだが、体格が理由でどうしても筋力と体力がある方だとは言えない。敵の防御力が高く長期戦ともなれば、体力の方が先に尽きてしまっただろう。

「とにかく、お兄ちゃんは戻ったんだよね?オレらもこれからすぐ行くし、もう心配いらないから。それと、さっきも言ったけど、フュリーちゃん達のせいじゃないよ。大丈夫、大丈夫」

翠はそう言って笑うが、フェリシアの表情が晴れる事は無かった。


 それからすぐ改めて身支度を整えたI・K達は宿を出て、オースティンから話を聞いていた学生5人と共に、外の休憩所で待っていたレミエルとシヨウの二人と合流すると、再びアズールへと向かう事になった。



 その頃――。


エトワスとジャックは、フェリシア達が地上に下りている間に城内の被害を確認してまわったが、城内のほとんどの空の種族達はいち早く魔物の気配を察知して避難していた事と、ニコールとファイターのコウサが侵入した魔物に対処していたおかげで、怪我人もほとんどなく建物等への大きな被害も出ていない事が分かった。しかし、兵達の中には怪我を負った者達もいたため、空の種族の医師オディエとアカツキが対応に当たっていた。

「まさか普通の魔物が、結界を突破してくるなんてね」

手当てを終えた兵達を見回し、水色の髪をした料理人のセレステ、ライマーが言う。皆、怪我の程度は軽かったが、ヴィドール人の青年ラックと同じで魔物に襲われた精神的なダメージの方が大きいようだった。そのため、アカツキが、気分を落ち着け癒しの効果もある薬を調合して飲ませている。

「卵を狙った地底の種族が、それだけ強力な奴だったんだろう。地上の人達が居てくれなければ、もっと被害は大きかったかもしれないな」

そう言って、オディエは様子を見に来ていたエトワスとジャックに視線を向けた。

「君達は、ディートハルト君を救出するつもりなんだろう?」

「もちろんです。今日中に、先に地上に下りていた者達もまたこちらに来る予定ですので、全員揃ってから改めて準備を整えて魔物のもとへ向かうつもりです」

エトワスが即答する。

「空の種族の皆さんは、どうされますか?スーヴニール陛下と兵救出の作戦はどうなっていますか?協力出来たらと思いますので、指揮を執る方とお話出来たら嬉しいのですが」

「あー……。それが、いなくてね」

「は?」

オディエの言葉に、エトワスだけでなくジャックも目を瞬かせる。

「兵に指示を出していたのはスーヴニール様だから」

「では、代理の方は……」

「アズールにいるセレステの中で、一番属性の力が強いセレステって事になるから、君だろう?」

ライマーがオディエを見る。

「いや、僕じゃなくてアルディだと思うけど。そうじゃなきゃ、レオノーラかな」

困った様に眉を顰めてオディエが言う。

「でも、彼らは、今どこで何をしているのか分からないからね。ラズライトの瞳を持ったセレステは、この城にいたがらない人が多いんだよ」

ライマーが、エトワスとジャックに説明する。

 二人のセレステの話によると、城の警備のために兵達はいるものの、彼らにはファセリア帝国やレテキュラータ王国等の様にそれぞれに明確な役割や地位が与えられている訳ではなく上下関係もない集団で、王の指示で動きはするものの他に指揮官はいないという事だったので、魔物との戦闘と捕食された者の救出はファセリア人達が中心になって行われる事になった。


「要するに、警備員さんみたいな人しかいないって事っスよね?結構ユルイっつーか、ヤバくないッスか?」

城の廊下を歩きながらジャックが言う。

「そうだな」

エトワスが苦笑い気味に頷く。医務室を出た二人は、城の一階の部屋に向かっていた。

「でも、この大陸に空の種族しか住んでいないなら、強い属性の力を持った精霊と同等の特殊な存在だっていうセレステに、攻撃をしかけようなんて奴はいないんだろう。だから、彼らにとっての“敵”は魔物くらいだったんじゃないか?その魔物も普通は結界で防げているんなら、地上の国の様な兵は必要ないんだろうな」

「なるほど。今回みたいな異常に強い魔物が襲って来る事は想定外だったって事ッスね」

そう言って、ジャックが表情を曇らせる。

「……ディート先輩、大丈夫っスかね……。俺、あの場にいたのに……」

「大丈夫だよ」

エトワスは、ジャックの背をポンポンと軽く叩く。

「あのデカイ魔物を相手に5人じゃ大変だっただろ。それに、仲間を二人同時に人質に取られてたなら、俺とシヨウがあの場にいたとしても何も出来なかったと思う。明日、皆で助けに行こうな」

ジャックを励まそうと、エトワスは小さく笑って見せた。

「はい!必ず、必ず無事に救出しましょう!俺も、今度は役に立てるよう頑張るッス!」

ジャックはそう言って、エトワスの手をグッと握った。



 一方……。


励ましの言葉は全く届かず、悲しみに沈んだ表情で椅子に座り俯いているのは、空の種族のアリアだ。

 エトワスとジャックは、彼女が滞在している部屋に様子を見に来たのだが、予想以上にアリアは落ち込んでいた。手にはレースに縁取られた刺繍の入った白いハンカチが握りしめられているが、涙と鼻水ですっかり濡れてしまっている。彼女の前には、困り切った表情のニコールとエメが座っていた。

 グラウカに逃げられた後、エトワスは城門近くで待っていたアリアに何が起きたのか丁寧に説明し、ルシフェルはラズライトによって保護されているため命は無事だと伝えていて、その後はニコールとエメがアリアの傍にいて励まし続けているのだが、何の効果もなく現在に至っている。

「すみません。無事だって何度も説明したんですけど……」

エトワスの顔を見て、エメが申し訳なさそうに言う。

「ルシフェルさんは地底の種族です。少しは空の種族の血も混ざってるらしいから、ラズライトの中でも守られてるんでしょうけど。でも、“無事”と言えるのかどうか……。どれだけ苦しい思いをしているかと思うと……」

と、エメの言葉を聞いたアリアがハラハラと涙を零す。

「本当にそうですよね。だけど、ラズライトがなきゃ、そのまま吸収されてしまっていたでしょうし。ルシフェルさんが“進化”を嫌がっていたのなら、今は辛い状況かもですけど、ラズライトに守られて良かったって思ってるかも……」

ニコールが明るく言う。

「大丈夫っスよ!俺達が明日、助けに行くんで。今、先輩達も皆こっちに呼んで来るとこだから、余裕で救出できるはずッス!」

ジャックが、エトワスに励まされたように自分もアリアを元気付けようと声を掛ける。しかし、小さく頷いたものの、アリアが顔を上げる事は無かった。

「……」

エトワスはアリアの前に行き、床に片膝を着いた。

「大切な人が辛い目にあってると思うと、心配で苦しいですよね。俺もです」

アリアよりも目線が低くなった位置から、顔を見上げる様にして話すエトワスの言葉に、アリアが赤くなった目を上げる。エトワスは上着のポケットから、使っていない綺麗な水色のハンカチを取り出して差し出した。その様子を目にしてエメが複雑な表情になる。

「貴方も?……まさか、ルシフェルさんを?」

と、ハンカチを受け取ったアリアに戸惑った様に言われ、学生3人が内心同時に『何でだよ!』とツッコんでいた。

「いえ」

露骨に表情に出している学生達とは違い、エトワスはフッと小さく笑って見せた。

「同じ状況にいるディートハルトの方です。俺達は同じ学校の学生でしたし、つい最近まで顔を合わせるのも傍にいるのも当たり前の存在だったんです」

「……そうだったんですか」

アズールにも学校といった物はあるらしく、アリアは納得した様子で頷いた。

「不安でしょうが、俺は、彼らはあんな魔物に負ける事はないと思っています。やっとグラウカから自由になれたルシフェルは、彼のもとに戻るのは絶対に嫌だと思っているでしょうし、希望を与えてくれた貴女と何としても一緒に地上に行きたいはずです。だから、アリアさんも大丈夫だと信じて待っていてやってください」

そうエトワスが言うと、アリアはジッとエトワスを見る。

「アリアさんがそんなに悲しい顔をすると、ルシフェルもきっと心を痛めると思いますよ。だから、もう泣かないでください」

そう言ってエトワスが微笑んで見せると、アリアもつられるように「はい、分かりました」と、ぎこちないながらも笑みを返した。

『うわ~。流石エトワス様。キラキラして見えるー』

『うは~。これがメッチャモテる王子様キャラのスキルなのかぁ』

と、半分呆れてもう半分は感心してニコールとジャックが観察している傍ら、エメは悔しそうにキュッと唇を噛みしめていた。

「エトワスさんは、強いですね」

ようやく落ち着きを取り戻したアリアは、自嘲気味にそう言って小さく笑顔を浮かべた。

「ただ、友人を信頼してるだけです」

「わたしも、ルシフェルさんを信じてみます」

アリアがそう言って頷くと、ニコールはホッとした様に小さく息を吐いた。

「良かった!それじゃ、アリアさん、お茶を淹れ直すんで飲んでください。一緒にお菓子を食べましょう。きっと元気が出ますよ」



* * * * * * *


「ああ、ここにいたんだ」

I・Kや学生達と共に再びアズールに向かい着いたばかりの翠とフレッドが、それまで滞在していたアズール城内の部屋に行ってみると、エトワスは一人ぼんやりと窓の外を眺めていた。

「大丈夫?」

「大丈夫じゃない」

尋ねる翠に、振り返ったエトワスがボソリと答える。ディートハルトと一緒にいたのにこの様な事になってしまったと悔やむジャックや、ルシフェルの事を想い涙を零すアリアには“大丈夫”だと笑顔を見せていたが、本当は自分も不安だった。相手が取り繕う必要のない気心の知れた友人達なので、本音を口にしていた。

「だよなぁ」

翠は苦笑いする。長い付き合いのエトワスが、今どんな心境でいるかは手に取る様に分かった。ディートハルトの事が心配でたまらず、本当は、今すぐグラウカを捜しに行きたいはずだ。

「全員揃ったんだよな?なら、すぐに出よう」

翠の予想は当たっていたようで、エトワスはそう言ってすぐ近くのベッドの上に無造作に置いてあった剣を掴む。

「気持ちはマジで分かるけど、皆、明日の朝出発するつもりで備えてるんだから、落ち着きなよ」

「じゃあ、俺は一人で先に行く」

翠に掴まれた腕を振り払おうとしながら、エトワスが言う。

「いくらなんでも無茶だって。っつーか、俺とキサラギの二人が一緒に付いて行ったとしても厳しいって」

フレッドも苦笑気味ににそう言って、出入口の扉を塞ぐように前に立った。

「フュリーちゃんに聞いたけど、グラウカはここから結構遠いとこにいるっぽいって予想してんだろ?今から行っても着いた頃には暗くなってるだろうし、明日の朝出発した方がいいんじゃね?」

「……」

フレッドと翠の言葉に、エトワスは悔し気に黙り込む。

「……だけど、俺のせいなんだ。ディートハルトは俺と一緒にアリアさんの家に行きたがってたのに、俺が城に残るように言ったから……。俺のせいで、ディートハルトが……」

と、エトワスは苦しげに表情を曇らせた。ついさっき、ルピナナでも似たような言葉を妹の方から聞いたなぁと翠は思っていた。

「別に、お前のせいじゃないよ」

妹の方に伝えた言葉と同じものを、兄の方にも言う。

「だけど、魔物の息の根を止めた事を確認していなかったのに、グラウカは行方不明だと分かっていたのに、傍に居るって約束したのに、俺はディートハルトをこんな目に遭わせてしまった」

目に見えて落ち込んだ様子でエトワスが言う。

「それを言うなら、オレらの責任でもあるよ。I・K全員で先に地上に下りたんだから、状況を甘くみて判断が間違ってた事になるだろ。それは別にお前が命令した事じゃねえし?皆で話し合って決めた事じゃん」

翠の言葉にフレッドが頷く。

「だよな。地上に早く戻んなきゃって焦りもあったし、その上、フレイクも全快してたからさ、気を抜いてたんだよ。フレイク本人も含めてな」

暗い表情のままのエトワスに、さらに翠が言葉を続ける。

「ディー君を城に置いてったのは、その方が安全だって思ったからだろ。最近までディー君を食うっつってた地底の種族のルシフェルんとこに、わざわざ連れてこうなんてエトワスじゃなくても思わねえし、兵がいる頑丈な城の方が安全だって判断すんのは当たり前だよ。オレだったとしても、留守番しとけって言ってたよ」

そう言って、翠はエトワスの肩を叩く。

「そうそう。グラウカがどのタイミングでフレイクのとこに現れるかなんて、しかも、まさか魔物になってフレイクを喰おうとするなんて誰にも分かんねえじゃん。あいつは、フレイクを手に入れるタイミングをずっと狙ってたんだよ。だから、お前のせいじゃないよ」

フレッドもそう言った。

「……」

「ディー君なら大丈夫だって。王様のラズライトに守られてんだろ?本人だって最強のセレステらしいし?そうじゃなくても、今は体調が悪い訳でもねえし、もともと弱い訳でもねえじゃん。あと、ヴィドールで“一発殴りたい”なんて言ってた恨みのあるグラウカに素直にやられねえだろ」

エトワスが表情を曇らせたままなので、翠は「しょーがねえなぁ」と小さく溜息を吐いた。

「大丈夫、大丈夫」

翠はエトワスをギュッと抱き締めると、ダークブラウンの髪をワシャワシャと撫でた。

「キサラギはさ、今、ラッキーアイテムを身に着けてんだよ。だから、キサラギの言う事を信じたら、きっとラッキーな展開になるよ」

そう言ってフレッドが笑う。

「ラッキーアイテム?」

翠の腕から逃れ、エトワスが不思議そうな顔をする。

「そう。長年雑貨屋を営んでいる目利きのオレの婆ちゃんから賜った、最強のアイテム。効果絶大だと思うよ」

「良かったな。明日お前が行って呼びかけたら、助けるまでもなく自力でグラウカの腹をぶち破って出て来るかもしんねえぞ?」

フレッドがニヤリと笑って見せた。

「明日、グラウカには、これまでの礼を遠慮なくさせて貰おうぜ」

そう言ってエトワスの背を励ます様に軽く叩く。

「だね。ファセリア人をナメんじゃねえって、思い知らせてやろう。ほんと、どんだけディー君に執着してんだって感じだけどさ、また取り返せばいいだけだよ。大丈夫」

エトワスを元気付けようと翠もそう言いながら、ガシっと肩を組んだ。

「……ありがとう。二人のお陰で気が楽になった」

ようやく“大丈夫”だと思えるようになったエトワスが、小さく笑みを見せる。

「じゃあ、ほら。ウルセオリナ卿、戻って来たI・Kと学生に詳しい状況を説明してよ。一応フュリーちゃん達に話は聞いてんだけどさ、作戦とか説明して?」


 アズールに到着した地上人達を一室に集め、エトワスはグラウカが襲って来たこれ迄の経緯と今後の計画を改めて説明した。

「明朝、空の種族達が用意してくれる事になっているドラゴンを使って城を出発、到着はおよそ40分後の予定になる。目的地は西の山岳地帯、レミエルの話では敵は湖付近にいる可能性が高いらしい」

テーブルの上に広げられた地図上には、レミエルから聞いて特定されたグラウカの現在の居場所に印が付けられている。

「この辺は魔物が多く生息しているという事なので、グラウカが新たに魔物を捕食してさらに変形し、強くなっている可能性もあるそうだ。今回は、グラウカ以外の魔物との戦闘も予想されるため、空の種族の兵達も参加して空から援護してくれるという事だ」

エトワスの言葉に、レミエルが頷く。

「僕達は直接戦闘に参加する能力はないから、他の形で支援させて貰うよ」

「戦闘に役立つラズライトを出来るだけ用意して、あとは、食事を用意して帰りを待ってますね」

同席していたセレステの医師オディエと料理人のライマーもそう言った。


「何か、質問は?」

その後、エトワスはI・Kや学生達からの質問に答え敵についての補足説明を幾つかすると、そのまま全員解散となり明日に備え休む事となった。


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