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LAZULI  作者: 羽月
72/77

72淀んだ闇 ~聖域の研究者のなれの果て1~

「いよいよ明日なんですね!」

嬉しそうに頬を上気させ、アリアが両手を握りしめて笑顔を見せる。

「ごめんなさい、荷物重いですよね?」

地上に下りる際に、どうしても持って行きたいものだけをまとめた最小限の荷物という事だったが、アリアが借りて来た馬車の荷台には既に沢山の荷物が積まれていた。アリアが時間と手間を掛けて作った沢山の花が刺繍されたベッドカバーとクッション、衣服、靴、鞄、お気に入りの食器、その他雑貨、そして、ロッキングチェア……。

 ルシフェルは具合が悪くずっと休んでいるため、アリアを手伝いそれらの荷物を馬車に運んでいるのはエトワスとシヨウだ。

「テーブルと椅子、あと食器棚も?」

筋肉には自信のあるシヨウなので運ぶ事は苦ではないが、あまりの大荷物に驚いていた。

「はい。出来ればソファとベッドと……。どうしましょう、家の中にあるもの全部持って行きたいです」

「それなら、住む場所が決まってから改めて取りに来てもいいかもしれませんよ?」

シャーリーンがそうであったように、アリアも地上の国の規模や町や村等の数、集落どうしの距離感など、きっとイメージ出来ていないのだろう。そう思ったエトワスが言う。

「気に入った場所を探すのに荷物を持って移動するのは大変だし、どっかの町に置いとくにしても、取りに行くのは面倒だからな」

シヨウもエトワスと同じ事を考えたようだ。

「そうですねぇ。どうしましょうか、ルシフェルさん」

アリアが困った様にルシフェルに視線を向けると、ルシフェルはそっけなく肩を竦めた。

「僕には分からないな」

「そうですよね……」

『アリアさんは本当に、この男でいいのか……?』

エトワスは黙ったままチラリと視線だけルシフェルに向ける。

「あんたと一緒に暮らすってのに、完全に他人事だな」

シヨウが呆れた様に言うが、エトワスも同感だった。

「僕の荷物じゃないからね」

「庭もよく手入れされていますし居心地の良さそうな素敵な家なのに、離れてしまうのは寂しいんじゃありませんか?」

ルシフェルを無視して花壇に咲き乱れている赤い花に目を向けて、エトワスが言う。

「ええ。長い間ここで暮らしてきたので。でも、お花と畑は知人にお願いしましたし、シロさんともちゃんとお別れしましたし心残りはないです」

そうアリアは笑顔を浮かべた。

「シロさん?ペットか?」

大の動物好きのシヨウが尋ねる。

「いえ、うちのお手伝いをしてくれていた牛さんです。週に一回、まとめてお買い物をするんですけど、荷物が多すぎて運べない時なんかに、近くの酪農家さんからお借りしてたんです。ルシフェルさんもシロさんに運んで貰ったんですよ」

「なるほどな……」

『そういう事か……』

アリアが、ルシフェルは森で倒れていたところを家に運んだと話していたので、小柄なアリアがどうやって運んだのだろうと二人は気になっていたのだが、謎は解けた。


「これで、持ってく荷物は全部だな」

綺麗に荷台に収まった荷物を満足そうに眺め、シヨウが言う。アリアは散々悩んだ挙句、ロッキングチェア以外の家具だけはひとまず置いて行く事に決めていた。

「はい!ありがとうございます!」

笑顔のアリアは玄関に鍵を掛けて、その鍵を玄関横の鉢の下に置いた。

「それじゃあ、お家さん。長い間ありがとう!さようなら。さ、ルシフェルさん、行きましょう!」

そう言って、アリアは御者台に弾む様に飛び乗った。その隣にルシフェルが座り、エトワスとシヨウは、その馬車の後ろに付いてノンビリとアズール城に向かって歩き出す。

 空の種族の力を持たないアリアはルシフェルと居ても何ともなかったが、ルシフェルの方はアリア以外の空の種族達の影響を受け、同時に、城下町の住人である空の種族達の方もルシフェルの気配を感じ取る事が出来るので、なるべく人通りの少ない道を選んで城を目指していた。

 気温は低かったが風はなく澄んだ水色の空は快晴で、暖かな日差しの降り注ぐ中をゆったりと馬車が進んでいく。アリアは始終ご機嫌で、ルシフェルに向かい一人で他愛もない話を続けていた。ルシフェルの方も、愛想がいいとは言えなかったが、アリアを無視するでもなく頷いたり短い返事を返したりしているようで、二人の間には長閑な空気が流れている。


「ルシフェルさん、どうかしました?」

王城が近付いて来ると、まるで風の匂いを嗅ぐように周囲を見渡して何かを探り始めたルシフェルに、不思議そうにアリアが尋ねた。

「あ、そろそろお城のセレステ達の気配が気になってきましたか?大丈夫ですか?」

沢山のセレステ達の気は、きっとルシフェルには辛いだろう。そう考えアリアが心配そうに表情を曇らせる。

「それもあるけど……。あっちだな……」

風の吹いて来る方角――城の一角に視線を向け、ルシフェルは確信した様に呟いた。

「おい、ファセリア人!あいつの、例の地底の種族の魔物の気配がする」

馬車の上から身を乗り出して後ろを振り返り、ルシフェルがエトワスに向かい大きな声でそう言った。

「本当なのか?あいつは俺達が倒して姿を消して以来、現れてないぞ」

眉を顰め胡散臭そうに言うエトワスの言葉に、ルシフェルは首を振る。

「風にあの魔物の匂いが混ざってるよ。それと、多分、これはラファエルの香りだな。覚えがあるからこれは間違いないよ。あいつ、ラファエルを喰いに行ったんだろう」

「すみません、アリアさん。先に行きます!」

「!」

ルシフェルの言葉を聞いて血相を変えて走り出すエトワスを、シヨウも慌てて追う。


「大変!ルシフェルさん、ちょっとこのままここで待っててください!」

去っていく二人を呆気に取られた様子で見ていたアリアは、ハッとすると大急ぎで馬車を飛び下りた。

「え?一体何を……」

「すぐに戻りますから!」

振り向かずにそう言って何処かへ走り去っていったアリアは、しばらくすると馬を一頭連れて戻って来た。

「それは、どうしたんだい?」

アリアの予想外の行動にルシフェルは目を丸くしている。

「借りて来たんです!エトワスさん達を追い掛けましょう!」

最寄りの馬車屋から借りて来た馬も加えて、3頭で引く馬車を操り爆走したアリアは、程なくエトワスとシヨウに追いついた。

「エトワスさーん!こっちの方が早いです。乗ってください!」

と、驚いているエトワスとシヨウを拾い荷台に乗せると、城へ向けて走り出す。


 アリアと馬達のおかげですぐに城に着き城門内へ走り込むと、馬車を降りたルシフェルがエトワスを誘導する。

「あっちの方から沢山の魔物の気配がするな。アリアは、危ないから安全なところで待ってて」

ルシフェルに言われ、アリアは嬉しそうに頷いた。

「はい、避難します。皆さん、お気を付けて」


 少しふらつきながらも迷わず進むルシフェルの後を追い、侵入してきたらしい魔物を避けながら進むと、エトワスとシヨウは城の2階のバルコニーの下にある開けた場所へと辿り着いた。

「!」

最後に見た時と形状は変わっているが、ルシフェルの言った通りディートハルトの卵を狙った魔物と同じ魔物が確かにそこに居た。少し大きくなった様にも見える魔物は、身体が重いのか動きが鈍く、次々に攻撃する学生達を長い腕や尻尾で煩そうに払い退けようとしている。

「君達だけか?ディートハルトは?」

駆けつけたエトワスとシヨウの姿に気付き、魔物を攻撃していた学生4人が振り返って同時に声を上げる。

「お兄ちゃん!」

「エトワス様!」

「エトワス先輩!!」

「先輩!」

「ディートハルトは、どうした?」

もう一度尋ねるが、傷だらけの学生達は誰も答えようとしない。それどころか皆視線を逸らしている。

「無事だ。スーヴニール様が結界を張って守った」

代わりに答えたのは、レミエルだった。上空に浮いていた状態からエトワスの目の前の地面にフワリと降り立つ。エトワスはレミエルの言葉にほっとするが、さらに続けられた言葉に愕然とした。

「ただし、居場所はあそこだけどな」

と、指さしたのは、魔物の腹部らしき部分だった。パンパンに膨らんだ腹の一部がぼんやりと青く光っている。

「……本当に、無事なのか?」

冷静さを失わない様に努めながら、エトワスはレミエルに尋ねた。

「喰われる寸前、ラズライトを作る応用で身体を覆ったんだ。だから今、ラファエルはラズライトの中にいる。スーヴニール様の力だけじゃなくてラファエル本人の力もあるから、強い力を帯びたラズライトが簡単に壊れる事はないはずだ。それと、スーヴニール様と兵達も同じ状態であの魔物の中にいる」

そう言って、レミエルは悔しそうに顔を顰めた。

「分かった」

表情を変える事無く短く答えたエトワスは、魔物を見据えて剣を構える。一瞬で、その刀身が赤い光を帯び、直後に魔物に向かい光る剣の刃を叩き込んだ。

「!!!」

周囲に焼け焦げた匂いが立ち込め魔物の咆哮が上がるが、エトワスは気に留める様子もなく続けざまに至近距離から術を数発放った。

「速っ……」

ジャックが思わずそう漏らす。通常は、力を充分溜めてから術を放つのだが、エトワスは溜める素振りも見せずに放っていた。それなのに威力は落ちておらず、さらに騎士科の学生達が使う術に加え、E・K達が扱う属性の力を利用した術も同時に使っていた。そのため、爆発と同時に大きな炎が上がっている。そして、そのどれもが腹部を避けた頭部付近を狙っていた。

「凄い……」

援護するのも忘れ、立ち尽くしたまま目を瞠りオースティンも呟いた。魔物は威嚇する様に吠えたが、たまらず後退する。そのまま羽を大きく広げ逃げるつもりのようだったが、すかさずエトワスが術を放ち、浮きかけていた体は地面に落ちて来た。再び飛び立つ前にシヨウも攻撃に加わる。

 魔物の防御力が高いせいで、攻撃数は多いもののなかなか決着が付かずダラダラと長引いていた戦闘が、エトワスとシヨウが加わった事により一気に押し始めていた。

「オノレ、ジェイド……!恩ヲ忘レタカ……!」

くぐもった声で魔物が発した言葉に、エトワスは“何の事だ?”と訝しんでいた。

「どういう意味だ?それに、どうしてお前が俺の名前を知ってる?」

略す事が多く滅多に名乗らないミドルネームを魔物が知っている事にも驚いていた。

「オオ、ランクAカ!」

その時、髑髏の顔を上げた魔物は、他にも見知った姿がある事に気が付いた。

「!?」

少し離れた場所で他人事の様にノンビリと傍観していたルシフェルが、魔物に視線を向けられて眉を顰める。浅ましい魔物の姿に進化した地底の種族に、実験体としての呼び名で呼ばれるのは不快だったからだ。しかし、黒い髪が生えた魔物の髑髏を目にしてふと違和感を覚えた。

「まさか、グラウカ!?」

気付くと同時にルシフェルは大きな声を上げ、嫌な物を見たとでも言いたげに顔をしかめて後退りした。

「最悪だな。魔物に喰われた、いや喰ったのか?どちらにしても醜すぎる!」

そう言ったルシフェルの言葉に、シヨウは「何だって!?」と目を見開き、エトワスも驚いて一瞬動きを止めた。まさか魔物がグラウカだとは思いもよらなかったからだ。しかし、“ジェイド”と呼ばれた事で、それは真実なのだと納得した。グラウカなら逆にミドルネームしか知らないはずだからだ。

「本当に、最悪だ」

低く呟いて同意し、エトワスは剣を構えなおした。グラウカだろうと関係ない。とどめを刺すつもりだった。目の前にいるのは、ディートハルトや他の空の種族を捕食した魔物だからだ。

「!」

エトワスが全体重を乗せて斬りかかるより一瞬早く、大きくジャンプした魔物は真っ直ぐルシフェルに飛び掛かり腕を伸ばした。



* * * * * * *


『……?』

ディートハルトは自分の周囲が光に包まれている事に気が付いた。卵の中に似ているが少し違う気もする。

『あ!?おれ、グラウカに喰われたよな!?死んだのか?』

血の気が引く思いで慌てて周囲を見回すが、身体が痛くて起き上がる事が出来なかった。

「ううっ……!」

利き手の左手は全体が痺れた様になっていて上手く動かない。右手にも痛みはあったが普通に動いたので、不快さを感じていた右のこめかみ辺りを触ってみると、ヌルリと嫌な感触がした。見なくても分かったが、思わず手を見ると指と掌を血が濡らしていた。

『おかしいな。おれは最強って聞いてたのに……。皆、大げさに言ってたのかもな』

身体が痛くて重く動く事が出来なかったが、右手で周囲を探ってみると、すぐ近くに硬い壁があるのは分かった。その向こうは暗くて何がどうなっているのか分からない。

『卵の中じゃないよな?腹の中って事か?にしては……』

周囲の壁は硬質でスベスベしている。そして、狭い場所だったが窮屈に感じる事もなく、息苦しさ等の不快さもなく、むしろ心地良かった。やはり、卵の中によく似ている。

『この感じ……ラズライト?』

ディートハルトは考えた。

自分がラズライトの壁に囲まれた狭い空間の中にいる様なのは分かったが、どういう事だろう?もう死んでしまっていて、シャーリーンの様にラズライトに留まっているのだろうか?そう考えると納得がいくが、ふと誰かの気配を感じた。

『エトワス?』

名前が自然と出て来るのと同時に、目の前の壁に映像が浮かぶ。戦闘中らしいエトワスの姿だった。戦っている相手の姿は見えない。

「エトワス!」

思わず声に出して名前を呼ぶが、掠れてしまって上手く呼べなかった。

「来てくれたんだ……」

自分がどういう状況にいるのかはまだ不明だったが、嬉しくてたまらなかった。映像の中には他にも人がいて、つい先程まで共に戦っていた4人の学生達とシヨウ、レミエルが、そして、久し振りに目にするルシフェルの姿も見えた。


『ああ、そっか……。分かった』

不意にディートハルトは、自分の置かれた状況をすんなりと理解した。間違いなくグラウカに喰われて腹の中にいるが、ラズライトを作り出せるセレステの誰かがラズライトの中に閉じ込めて守ってくれたので、グラウカに吸収される事無く今もこうして生きている。そして、目の前に浮かんでいる映像は、自分を喰ったグラウカを通して見ているもので、実際に今、外で起こっている事だ。

『そっか……』

何よりも、エトワスが駆けつけてくれて、恐らく自分のために戦ってくれているという事が嬉しかった。

『いや、違うだろ。早くこっから出ないと!』

エトワスだけでなくシヨウや学生達も助け出そうとしてくれているのだから、これ以上迷惑を掛けてはいけない。ディートハルトはそう思うが術を使おうとしても力が出ないため使えず、手に当たっているラズライトの壁は壊せそうにも無かった。


『あ……』

外の世界で動きがあった。映像から、グラウカがルシフェルに飛び掛かっている事が分かる。自分と同じだ、そうディートハルトは思った。ランクAのルシフェルを、グラウカは喰って吸収するつもりだ。ルシフェルの身が危ない!という事よりも、さらに地底の種族を吸収すれば、グラウカはまた進化して強くなるかもしれないと思った。

『何とかしねえと!』

そう思うのと同時に、辺りが強く青い光に包まれた。


 空の種族達と同じようにルシフェルを丸呑みした直後のグラウカは、急に苦しみもがき地面を転げまわり始めた。

「!」

捕食した相手を吸収し、今まさに進化しようとしているところかもしれない。そう考え、周囲にいた者達は様子を窺い避難するため少し距離を取った。しかし、エトワスだけは暴れているグラウカを避けながら攻撃を続けている。それに倣い、オースティンとシヨウもグラウカへの攻撃を再開した。

「グ、ウウウ……」

転げまわっていたグラウカは不意に動きを止めて身を起こすと、止む事のない攻撃を避けようとジリジリと後退し始め、やがて地面に伏せるように身を低くした。そのまま力尽き崩れ落ちるかと思われたのだが、次の瞬間、大きく跳んだ。


ガツッ


と、城壁の高さの上から3分の1程の位置にへばりつき、そこからさらに跳躍する。その高さは非常に高く、そのまま城壁を超えて外へと姿を消した。

「シヨウ、オースティン、ジャック、行くぞ!」

エトワスは近くにいたシヨウと男子学生二人に声を掛け、すぐにその後を追う。フェリシアとエメに声を掛けなかったのは、フェリシアが怪我をしていたからだ。城壁を迂回するため全力疾走するエトワスに、学生二人とシヨウは慌てて付いて行った。

「待て」

さらに後を追おうとしたフェリシアとエメを、レミエルが止める。

「エトワス達に任せておくんだ」


「フェリシア!」

その時、別行動を取っていたニコールとコウサが駆け寄って来た。

「怪我したの?大丈夫?」

「大した事ないから平気。……城内の方はどう?魔物は倒せたの?」

フェリシアが小さく笑顔を見せると、ニコールは安堵した様に息をを吐いた。

「うん。城内はもうスッキリ。コウサさんが力を貸してくれたから。それと、何でか分からないけど、残ってた奴が急に逃げていなくなったから、もう大丈夫」

グラウカが城から離れたため、城内に侵入していた魔物がそれ以上増える事はなくなり、残った魔物達も戦意を喪失し怯えた様に逃げ出し始めていた。グラウカに操られていた力が失せ、セレステ達や結界のラズライトを本能的に恐れたせいだ。

「グラウカは倒したのか?ラファエルはどうした?」

ニコールと一緒に来たヴィドール国のファイター、コウサが尋ねる。

「グラウカは逃げたんですけど……、先輩は、グラウカに呑まれてしまって……」

フェリシアに代わり、エメが言いにくそうに答えた。

「呑まれた!?って、嘘でしょ!?」

ニコールが悲痛な声を上げた。

「大丈夫!生きてはいるらしいの!」

「ああ。腹の中に入っているが、ラズライトに守られて生きてはいる。卵の中にいる時と同じようなものだ。ラズライトが壊されない限り吸収される事も死ぬ事もない」

慌てて付け加えるエメに続けて、その場に留まっていたレミエルが伝えた。

「それじゃ、グラウカは何処に消えたんだ?」

追うつもりなのか、コウサが尋ねる。

「壁を越えて外に逃げて行ったんですけど、エトワス様とシヨウさんと、オースティンとジャックが追いかけていきました」

「ああ、ジェイドとシヨウが戻ったのか。どっちの方向に行ったんだ?」

やはり追うつもりのコウサに問われ、エメはグラウカが飛び越えた方向の壁を指さす。

「あっちの……」

と、そこへ、エトワスを先頭にグラウカを追いかけた4人が足早に戻って来た。

「飛んで逃げられてしまった。レミエル、あいつの居場所を特定できないか?」

エトワスはレミエルの顔を見るなり、そう尋ねた。

「気配が大分薄くなっている。あまり遠く離れると分からないが……」

レミエルは探る様に目を閉じた。

「……多分、西の方に向かってるな。魔物が多く棲む岩山がある。そこに身を潜めるつもりなのかもしれないな」

気配を探知できたらしいレミエルが、溜息を吐く様にそう言った。

「ねえ、レミエルさん、フレイク先輩は無事って聞いたけど本当?」

ニコールが心配そうに尋ねる。

「ああ、無事だと思う。他の者達もな」

「他の者達?」

訝し気な表情をするニコールに、レミエルが説明する。

「スーヴニール様と空の種族の兵達、それと、ルシフェルという奴だ」

「え!?王様まで!?って言うか、そんなに喰われたの!?」

「ランクAも食われた!?」

驚いたニコールとコウサが、同時に声を上げている。

「ルシフェルも無事なのか?」

呑まれる様子を目にしていたシヨウが、意外そうにレミエル尋ねた。グラウカが飛び掛かったルシフェルは、抵抗する間もなく大きな口に呑み込まれてしまっていた。学生達の誰かが咄嗟に術を放って阻止しようとしたが、それも間に合わなかった。

「あいつは一応地底の種族だから、ラズライトの結界の中で無事と言えるかどうかは分からないが、呑まれるのと同時にラズライトに覆わていたのは確かだ」

「それも、スーヴニール様が?」

オースティンの問いにレミエルは首を振る。

「いや、スーヴニール様ではなかったからラファエルだと思う。ラズライトの作り方を教えたばかりだったが、上手くやったようだ」

レミエルの言葉でディートハルトが無事でいる事が分かり、エトワスは少し安堵していた。

「魔物がいるのは、ここから距離はどれくらいの場所だ?何か目印になるようなものは?」

エトワスが尋ねる。

「距離は……ああ、地上の単位とは違うだろうから説明できないが、お前達が地上からやって来た時にいた森からこの城までの距離の大体2倍くらいだな。その地には、岩山と大きな湖がある。気配は辿れるから僕が案内する」

「頼む」

早速追いかけようとしている雰囲気のエトワスに、レミエルは小さく苦笑いした。

「再戦の前にちゃんと準備した方が良い。西の山は魔物の住処だ」

レミエルの言葉にオースティンが頷いた。

「先輩、レミエルさんの言う通り先に準備を整えましょう」

「私が、今からルピナナまで行って、待機してる先輩達を呼んで来る!レミエルさんが一緒に来てくれたら、だけど」

フェリシアがそう言ってレミエルを見ると、レミエルは目を瞬かせた。

「僕が一緒に地上に?ああ、“鍵”としてって事か。いいぞ、行こう」

以前は地上に下りる事に興味のなさそうだったレミエルだが、あっさりと頷いた。

「……そうだな」

エトワスは頷いた。フェリシアの言う通り、I・K達が来てくれた方が助かる。

「でも、フェリシア、お前は怪我をしているだろ」

妹の姿に気付いていたエトワスが眉を顰める。身に着けた制服は酷く汚れていて、布地が損傷している様になっている部分が広範囲にわたってあった。

「怪我の方は大丈夫。尻尾で掴まれて握り潰されるかと思ったけど、多分痣になったくらいだと思うから」

フェリシアが体を動かして確認してみながら言う。

「それなら、俺が行きます」

そうオースティンが申し出た。

「ありがとう、オースティン。でも、私が行きたいから私に行かせて」

フェリシアはオースティンに頼んだ。ディートハルトが呑まれてしまったのは自分のせいなので、居てもたってもいられなかったからだ。その事に気付き、オースティンが「分かった」と頷く。

「なら、一緒に行こう」

オースティンがそう言うと、シヨウが口を挟んだ。

「俺が行くってのはどうだ?二人は此処に残れ。あの魔物がもしまた現れたら、俺じゃ役に立たない。飛ぶ魔物相手には手も足も出ないからな」

「でも……。お兄ちゃん、フレイク先輩があんな目に遭ったのは私のせいだから、私に行かせて!」

フェリシアがエトワスの顔を懇願する様に見上げると、エトワスは小さく溜息を吐いた。

「お前のせいでも誰のせいでもない。グラウカが悪いんだ。……じゃあ、フェリシアとシヨウがI・K達を呼びに行ってくれ」

本当は今すぐディートハルトを追いかけたい思いだったが、エトワスはそう指示を出した。

「待ってください。俺もルピナナに同行させてください。女子のフェリシアに男一人が付いて行くというのは心配です」

オースティンがそう言うと、ニコールが白い目を向けた。

「あんただって、男じゃん。二人に増えたらもっと心配だけど」

「そ、それはそうだけど。でも、俺は同級生だから信用できるだろ」

「意味分かんないんだけど。だったら、あたしも行くから」

ニコールがそう言うと、エメもすぐに立候補した。

「じゃあ、わたしも!」

「シヨウは、ラファエルみたいなちょっとバカっぽい子犬系が好きだよな?だから、警戒する必要は無いぞ」

シヨウと同じファイター仲間のコウサがそう言って笑うが、シヨウ本人とジャックは眉間に皺を寄せている。

「そんな事ねえよ。誤解を招くような事を言うな」

「ディート先輩は、別にバカっぽくないッス」

「僕は、行かなければならないから同行確定だ。それなら、彼女に男一人が付いて行く事にならないし、セレステはあまり性別に意味はないから警戒する必要は無いぞ」

レミエルがそう口を挟む。

「俺は、ディート先輩が心配なんで、いつでも動けるようにアズールにいたいッス」

唯一、ジャックだけはそう言った。

「分かった。ジャックは、これから俺と城内の様子を確認しに行こう」

そう話したエトワスは、正直、地上には行きたい奴が行ってくれと思っていた。

「私達は?」

フェリシアに尋ねられ、エトワスは改めて妹に視線を向けた。

「フェリシアとオースティン、それからシヨウは、ルピナナまでI・K達を呼びに行ってくれ。レミエルは、わざわざ地上に下りて貰う事になるけど、よろしく頼む」

「分かりました!」

オースティンが張り切った様子で言う。エトワスはシヨウを警戒している訳ではなかったが、オースティンがフェリシアを守ろうと考えている事は分かるため、彼も指名していた。

「せっかく志願してくれたのに悪いけど、エメとニコールは、ここに残ってアリアさんに付いていてくれないか?ルシフェルの事を知ったら、きっと凄く落ち込むだろうから」

エトワスの言葉に、エメはすぐに頷いた。

「エトワス様がそう仰るなら。お任せください!」

名前を呼ばれ面と向かって頼まれたからか、嬉しそうにはにかんでいる。

「分かりました」

ニコールも、オースティンはもちろん元々シヨウも警戒してはいないため、あっさりと頷いた。

「そうだな。まずは全員怪我の処置をして、それが済んだら一度2階のバルコニーに集まってくれ。それから、今後の予定を確認する」

エトワスに敬礼し学生5人が解散すると、エトワスはシヨウに視線を向けた。

「これから、アリアさんを捜して説明する。あの大荷物を馬車から下ろさなければならないから、シヨウも来てくれないか?」

「ああ、それはいいが、ルシフェルの事を説明しなきゃなんねえのが大変だな」

シヨウが眉間に皺を寄せて言う。

「そうだな……」

ほんの少し前までは輝くような笑顔で地上に下りる事を楽しみにしていたアリアを思い出すと、胸が痛んだ。


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