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LAZULI  作者: 羽月
70/77

70扉 ~空と地上~

 行方不明のグラウカをおびき寄せるための噂を流してから3日が過ぎた。

その間、待つだけではなく城下町を捜したり目撃情報を集めたりもしていたのだが、グラウカに関する話は噂すらなく本人も姿を現さなかったので、予定通りI・K達と学生5人は地上へ下りる事になった。強い風属性の力を持つレミエルは、同じ風属性の力を持ち兄弟卵の間柄でもあるディートハルトが拒否しない限り、ディートハルトが地上にいても呼び掛ける事で連絡が可能なため、後日、もしグラウカが見付かった時には改めてディートハルトに伝え、改めてディートハルト達I・Kがグラウカを捕らえにアズールを訪れる事になっている。

 I・K6名と学生5人は扉の鍵のディートハルトと共に地上に下りた後、そのままルピナス地方の領主が住む中心都市に向かい、その地に常駐しているI・Kのもとを訪れて、ヴィドール人達と空の種族のアリアを乗せる馬車を調達し、さらにI・Kとエトワスが騎乗する馬を用意する事になる。

 地上……ファセリア帝国内では、アズールを訪れている学生達は、遺跡を調査していたヴィドール人達と共に、突然姿を消していて“行方不明”という扱いになっていると予想される事と、今回のI・K達の任務に協力して貰った事を理由に、地上に下りた後は一緒にウルセオリナに来て貰う事にしていたが、彼らが使う馬はリカルドの申し出で父親であるルピナス地方の領主から借りる予定だった。


「他に、何かあるか?」

朝食後の席で今後の予定を再確認し、エトワスがI・Kと学生達の顔を見回す。これが、アズールでの最後の打ち合わせだった。

「それじゃあ、3日後の早朝にランタナの遺跡で合流、その後は、予定通り3つの班に分かれてウルセオリナを目指す、という事でよろしく頼む」

扉のあるランタナの遺跡からルピナスの中心都市までの距離と、馬車や馬を用意する時間を考慮して、アズールに待機するエトワスと学生5人、シヨウ、そしてヴィドール人達が地上に下り、先に下りたメンバーと合流するのは3日後の朝を予定していた。

「はい!」

「了解しました」

それぞれ応える仲間達が嬉しそうなのは、地上に戻れるからだ。その中で、ディートハルトとエメの二人は、同じ理由で少し寂しそうな顔をしていた。


「アカツキは、本当にアズールに残るのか?」

アカツキと同じテーブルに着いていたフレッドが、彼に声を掛ける。アズールに滞在している間、アカツキはセレステや他の空の種族達と積極的に交流していたが、医師のオディエと意気投合したこともあり、このままアズールに滞在したいと希望していた。

「ええ。スーヴニール様にも、好きなだけ滞在していいと仰っていただいていますので!」

アカツキが嬉しそうな笑顔で言う。

「私の薬と知識が役に立つと好評なんですよ」

「おれも、すっげー助けられたな。アカツキがいなきゃ、もたなかったと思う」

ディートハルトが言うと、フレッドも頷いた。

「俺もアカツキの酔い止めのお陰で、船旅がめっちゃ楽になったよ」

「レテキュラータ王国の森で魔物に襲われてた時も、助けられたな」

「その後も、解毒してもらったしね」

続けてエトワスと翠が言う。ファセリア人達に感謝の言葉を告げられ、アカツキは満面の笑顔を浮かべていた。

「私も、ディートハルトや皆さんに出会えたお陰で薬も知識も役立って、こんなに素晴らしい場所にも来れて、本当に感謝しているんです。ありがとうございました」

「え、いや。おれの方こそ色々ありがとう」

アズールには連れて来たのではなく、巻き込んでしまっただけだ。そう思いディートハルトは困っていたが、アカツキは本気で嬉しそうにしていた。



 アズールから地上へ下りる扉は、アズール城の敷地内の東の端にあった。ランタナの遺跡とは違い天井の高い教会の様な建物の中に入ると、一つだけ部屋があり、その中央の床には遺跡の物と同じように白くなっている円系の部分があった。その場所にラズライトの瞳を持つ者が近付くと、魔法陣が現れる仕組みになっているという。

「それでは、失礼いたします」

見送りに来たスーヴニールや、レミエルを含む数人の顔見知りのセレステや空の種族に向かい、ブランドンが代表して挨拶する。

「ええ。お気を付けて」

小さく微笑みスーヴニールがそう言うと、レミエルも笑顔を見せた。

「じゃあな」


「フレイク、頼む」

ブランドンの言葉に、ディートハルトは少し緊張気味に部屋の中央に向かった。扉の使い方は改めてスーヴニールに聞いていた。

『また、建物が崩れたりしなきゃいいけど……』

そう考えながら歩いて行くと、すぐに白い円が輝き始め、そこを始点として光の筋が幾筋も放射状に床の上に伸びていった。そして、ランタナの遺跡の時と同じ現象が起こるかと思いきや、溢れ出した水の様な光が周囲の壁や天井を覆う事はなく、床を這って図形を描き始めた。それは円や文字の重なった魔法陣だった。

「これが正解なんだ……」

へぇ……と感心して思わずじっくり観察してしまったが、周囲の「早くしろ」という視線を感じ我に返った。

「えっと、じゃあ、行きます」

ディートハルトは周囲に立っているI・Kと学生達に言い、彼らが頷くと教えられた通り扉を開いた。単純に、行き先を口にするだけだった。

「ファセリア帝国へ!」

地上からアズールへ移動するには、まず道が繋がっている扉を確認してその扉まで行かなければならないが、アズールから地上に下りる場合は、好きな扉から目的地を指定して移動する事が可能だった。アズールの地を守るため、安全上の理由から敢えてその様な仕様にしているらしい。


「おおっ!」

I・Kと学生達がどよめく。ディートハルトの言葉と同時に周囲が淡く光った直後、建物の中ではなく全員が屋外に立っていた。

「何だ、これ……」

「ここって、本当にランタナなんだよな?」

周囲の景色が一変した事はもちろん、その予想外の光景に声を上げていた。彼らがいたのは遺跡の中ではなく、瓦礫の山の上だった。やはり、あの時に遺跡は崩れたようだった。地下2階まであった遺跡は綺麗さっぱり無くなっているが、ディートハルトが立っている場所を中心に光の魔法陣が浮き出たままなので、そこが地下2階の扉のあった場所なのだという事が分かる。

「これじゃ、遺跡にいたヴィドール人と学生は、単に行方不明ってだけじゃなくて、全員埋まってしまったって思われてるかもね」

翠が言う通り、壁や天井だったであろう大きな石の塊が周囲にゴロゴロ転がっている。

「ウルセオリナまでその話が伝わってれば、俺達I・Kも同じように思われてるかもな」

フレッドの言葉にブランドンが頷いた。

「そうだな。この様子じゃ、やっぱり捜索隊が出ているようだ。今日も来るかもしれないな。その前に移動しよう」

地上に下りる前にも、遺跡に捜索隊が出ている事を予想していたのだが、遺跡の周囲にはロープが張り巡らされ瓦礫の一部は人の手によってある程度取り除かれたような痕跡があった。捜索隊と出会うと説明が難しくややこしい事になるので、顔を合わせる事無くルピナスの中心都市に向かわなければならない。


「じゃ、オレらはランタナに行こっか」

I・Kと学生達が早速瓦礫の山を脱出し始めると、翠がディートハルトに声を掛けた。

 ディートハルトは一度アズールに戻り、改めて3日後に、アズールに待機しているメンバーと一緒に地上に下りて、先に地上に下りたメンバーとこの場所で合流する予定だったが、アズールに戻る前に、翠とフレッドの3人で一度ランタナまで行って現在の状況がどうなっているかを確認する事になっていた。

「まさか、こんなに何度もランタナに行く事になるなんて思わなかったなー……」

友人達のおかげで養父を恐れる気持ちは克服出来たと思うが、ランタナという町に対してあまり良いイメージが無い事に変わりはなかった。

「話は神父様のとこに聞きに行って、さっさと帰ろう」



* * * * * * *


 ディートハルト達が魔法陣の光の中に消えた後、城内に戻ったエトワスはシヨウと共に城のバルコニーにいた。ロサ達ヴィドール人にもアリアにも、ディートハルトと扉の噂を広めた日に、はっきりと決まった地上に下りる日時を既に伝えている。グラウカは相変わらず行方不明で、ディートハルトの卵を狙った魔物も姿を消して以来その気配も全くなくなっていて、他にやる事もないのでノンビリお茶を飲んでいた。

「あいつは故郷であるアズールに20年ぶりに戻って来たのに、全く興味を持たず、もう少し滞在していたい等とは微塵も考えていないようだが、そんなに地上は良い所なのか?」

同じく暇なのか、マグカップを持参したレミエルがやって来てエトワスの斜め向かいの席に座った。

「今、俺達の国ファセリアではちょっとした問題が起きてるから、ディートハルトも含めてファセリアの王に仕えている俺達は、ロサさん達を連れて出来るだけ早く戻らなければならないんだ。だから、アズールに興味が無い訳じゃないと思う」

そうエトワスは答えたが、実際のところディートハルトはアズールに全く興味がなさそうだと思っていた。

「そうか」

納得したのか、レミエルは短く答え少し考え込んだ。

「……ファセリアの王とは、どんな人物なんだ?」

「そうだな……」

今度はエトワスが考え込む。

「人柄について言うなら、俺にとっては親戚だから小さい頃から知っていて兄みたいな人物だな。人懐っこくて好奇心旺盛で大らかで、器の大きい方だよ」

「親戚という事は血縁関係にあるのか。それでは、お前に似ているのか?」

レミエルの言葉に、エトワスは首を横に振る。

「いや。血縁関係って言っても、お互いの祖父母が兄妹ってだけだからな。でも、妹は祖母似でヴィクトール陛下とも同じ目の色をしてるから、ちょっと似てるって言われてる」

「ああ、彼女の事か……」

と、レミエルが視線を上げるため、エトワスが振り返ってみると、地上には下りなかった学生5人とアカツキが連れ立って歩いて来るところだった。

「レミエルさんも、今日は此処でお食事ですか?」

視線を向けられた事に気付いたフェリシアが、レミエルに笑顔を返す。

「いや、僕はもう食事は済ませたんだ。今は、エトワス達とお茶を飲みながら雑談をしていた。ちょうど、君の話題が出たところだよ」

「え、私の話題ですか?」

レミエルが話題にしていたというのを意外に感じ、フェリシアは目を丸くする。

「君達の国の王様と君が、同じ瞳の色をしていて似てるってね」

「ああ、なんだ。よくある色なんですよ」

ただの世間話だったのか、と笑いながらフェリシアが答える。

「一般的では無い、珍しい色なんですけどね。アズールの皆さんは、髪も目もカラフルな色の人が多いですよね。びっくりしました」

と、黒髪黒目のニコールが言う。

「だから、地上ではディート先輩は目立ちまくりなんだよな」

ジャックが言うと、ニコールが白い目を向けた。

「あんただって、結構派手だし目立つじゃん」

ジャックも彩度の高い金髪で、その瞳は緑灰色だ。

「僕も、地上に行ってみたくなってきたな」

地上の住人達がアズールを訪れて以来、彼らと多くの言葉を交わしたせいか、レミエルはディートハルトが生まれ育った地に興味を持ち始めていた。

「レミエルさんが私達の国に来たら、フレイク先輩どころじゃなく目立つかもですね」

フェリシアが言うと、地上人全員が同意した。

「そうなのか?」

「フレイク先輩の目の色は地上でも特別ですけど、金髪碧眼って組み合わせ自体は珍しくないんです。でも、レミエルさんの銀髪は珍しいですし、それ以上にオッドアイっていうのはまず見掛けないので」

ニコールが言う。

「なるほど。それじゃあ、あいつが両目とも同じ色だったのは、地上で暮らすには都合が良かったんだな」

「レミエルさん、いつかファセリアに来る事があったら、是非うちにお茶しに来てください。私、お菓子作りが得意なので。フレイク先輩も私が作るお菓子を喜んで食べてくれるんですよ」

フェリシアがそう言うと、レミエルはキョトンとしたが、すぐに笑顔を見せた。

「地上でお茶か。それは良いな!」

本気で嬉しいと思っている様だった。

「あ、それじゃあ、せっかくなので、お茶会を開きましょう!シヨウさんとアカツキさんも是非」

と、祖母と同じくお茶会が大好きなフェリシアは、パンと両手を叩いて嬉しそうにシヨウやアカツキの方も見て言った。

「ね、あたしたちも誘ってくれる?」

「もちろん!当たり前でしょ。って、最初からメンバーに入ってるから」

ニコールの言葉にフェリシアが笑う。

「わ。それじゃあ、エトワス様にまたお会いできるんだ!嬉しい」

と、エメが嬉しそうに頬を染めてエトワスの顔を見るので、エトワスは『え、俺も参加決定なのか?』と思いつつ笑顔を返した。

「うーん。いっその事、お茶会よりもパーティーにした方がいいかな?せっかくレミエルさんが来てくれるんだし、ダンスパーティとか?」

フェリシアが真剣に悩んでいる表情でエトワスに尋ねた。

「お前の好きな様にしたらいい」

“自由にやりなさい”、という優しいニュアンスにも取れるが、“面倒臭いから俺には聞かないでくれ”というのがエトワスの本音だった。

「じゃあ、ダンスパーティにしよっか?お菓子もいっぱい作んなきゃ。せっかくだから、レミエルさん歓迎会って事で、アズールに来たメンバーを全員ご招待したら楽しいかも!あ、キサラギ先輩達にも、お兄ちゃんから伝えといてくれる?」

「ああ、分かった」

あっさりとエトワスが承諾する。ディートハルトをウルセオリナに招待するのは大歓迎だからだ。

「そうと決まれば早速!細かい計画立てよっか?」

フェリシアが友人二人に言うと、女子学生二人はワクワクした様子で立ち上がった。席を変え、お茶を飲みながら綿密な計画を立てるつもりらしい。


「妹が急に言い出してすまないな。本当に近いうちに招待状が届くと思うけど、みんな都合が悪かったら断っていいからな」

エトワスが苦笑いしながら男性陣に向かって言う。

「僕は、地上に行ってみたいと思っていたところだからな。どのような場所か興味があるし、楽しみだ。是非行かせて貰うよ」

と、やはりレミエルは嬉しそうだった。

「ラファエルを通せば僕にはすぐ連絡を取れるから、ラファエル経由で頼む」

「ああ、分かった」

エトワスは頷いた。どんな理由でも、ディートハルトに会う用事が出来るのは嬉しいからだ。

「私も、ご招待頂けるのなら是非。ファセリアはほとんど通過しただけでしたので、ゆっくり見て回れたらと思っていますし。私はこのままアズールに残らせて貰うつもりですので、レミエルさんの方に一緒にご連絡頂ければと」

アカツキも静かに笑みを浮かべて言う。

「本気でレテキュラータ王国には、帰らないのか?」

アカツキの向かいの席に座っていたシヨウが尋ねると、レミエルが答えた。

「スーヴニール様も歓迎してらっしゃるんだ。彼は色んな知識があるからな。薬に関しては僕達にとっても学ぶことが多い。だから、彼から色々教えて貰って、彼にもこちらで色々学んで貰う事になっている」

「もちろん、一生帰らないつもりではありませんが」

そうアカツキは笑い、逆にシヨウに尋ねた。

「貴方は、どうするんです?地上に下りたらヴィドール国に帰るんですか?」

確か、ヴィドール国では“裏切り者”となっていると聞いている。

「ああ。今それを悩んでるとこなんだ。ファイターは失業したけど他に行く宛もないしな。やっぱヴィドール国に戻って何か別の仕事を探そうかと……」

シヨウは腕組みをして、困った様な表情になる。

「失業じゃなくて、休職扱いにして貰えるんじゃないか?少なくとも最初は俺達に巻き込まれてしまった状態だった訳だからな。ここに来ているファイターも味方になってくれそうだし、ロサさんやピングスさんに話せば復職できるかもしれないぞ?」

エトワスがそう言ったところで、突然ニコールが勢いよく席を立ち上がった。

「ファセリア帝国に来たらいいですよ!シヨウさんなら、すぐ仕事も見付かると思いますし!」

シヨウのすぐ目の前までやって来て、強く訴える。

「あたし、シヨウさんに格闘技をまだ色々教えて欲しいです!」

『へぇ……』

いつの間に仲良くなったんだ?と思いながらシヨウに視線を向けつつ、エトワスは提案した。

「もしファセリア帝国で仕事に就くなら俺に任せて貰えれば。シヨウは俺の命の恩人だし、希望の仕事と、良ければ住む場所なんかも世話をするぞ」

「マジか……」

そう言えば、こいつは大きなお城に住んでる偉い奴だった。とシヨウは思い出す。

「いや、でもあれは、たまたまっつーか、成り行きでっつーか。思わず手を貸したってだけだからなぁ」

シヨウが困ったような表情で頬をポリポリ掻く。

「あの、命の恩人って、何かあったんですか?」

エメは聞き逃さず、不安そうな目でエトワスとシヨウを見ている。

「不慣れな土地でちょっと怪我を負った事があったんだ。でも、シヨウがすぐに手を貸してくれたおかげで助かった」

「腹を剣でぶっ刺されたのは、ちょっととは言わねえだろ。俺がたまたまその時通り掛かって、たまたま地理に詳しい地元民だったから運が良かったんだな」

エトワスが簡単に説明した事にシヨウが付け加えたため、エメは目をウルウルと潤ませている。フェリシアと男子学生は目を丸くしていた。

「嘘、お兄ちゃんが負けたの?相手は誰?」

兄が剣術の腕が立つ事を知っているフェリシアは、怪我を負わせた相手の事が気になってしまった。

「負けてない、相打ちだ。向こうも重傷だった」

妹の言葉にカチンときたのか、エトワスが訂正している。

「相手は海賊だ。ヘーゼルっつう。ヴィドール国に出入りしてんだよ。俺は見てねえけど、その場にいたキサラギとラファエルの話じゃ、ヘーゼルの方は剣の柄近くまで深~く刃が目玉に突き刺さってて、相当ヤバそうだったって言ってたぞ」

シヨウの言葉に学生達が反射的に顔を顰める。

「折れて短くなった剣だけどな」

エトワスが淡々とした声で付け加えた。

「重傷って事は、ヘーゼルって海賊も命に別状はなかったんだ?」

「ああ、そう聞いてる」

フェリシアの質問にエトワスが頷くと、エメが不安そうに眉を寄せた。

「それなら、その海賊が報復しようと考えている可能性もありますよね。国内に指名手配した方がいいかもしれません!相手が海賊なら、どんな手段を使って来るか分からないですし!」

「そうだな。実際、向こうは俺を捜しているらしいし。俺の事は“ファセリア兵”としか認識していないみたいだったから、“何処の誰か”を知られたら面倒ではあるな」

エトワスが他人事の様に言うため、エメはますます不安そうにしている。

「そんな……!」

「大丈夫でしょ。護衛もいるし。ああ、でも。毒とかで狙われたら困るか」

実の妹も、どこか他人事のように言った。

「じゃあ、どうしたらいいの?」

と、エメが泣きそうになっているため、エトワスが苦笑気味に言う。

「注意するから、大丈夫だよ」

「この城の医師が、光の術の使い方をラファエルに教えた。ラファエルが使いこなせるようになっていればだが、あいつが、解毒と治癒の術は使えるはずだぞ。ついでに風の術で結界を張る事も出来る」

お茶を飲みながら話を聞いていたレミエルが口を挟む。

「本当ですか!?」

「あいつは、双眼のラズライトの瞳を持っているからな。風と光、二つの強力な力を持っている。まあ、それをちゃんと扱えるかどうかは問題だけどな」

「良かったぁ」

ホッとした様にエメが言い、ジャックが感心した様に声を上げた。

「おー!流石、最強のセレステ」

「話戻しますけど。それなら、シヨウさんは、きっかけは偶然だったにしても、遠慮なくお兄ちゃんにお世話させて良いと思いますよ。仕事も住む場所なんかも」

と、フェリシアが話を元に戻す。

「あ?ああ、そうか?じゃあその時は」

「もし、ファセリアで生活するんでしたら、これからもよろしくお願いしますね、師匠!」

ニコールがホッとした様にシヨウに言う。

「じゃあ、その時は、これからも鍛えてやるから覚悟しとけ」

「はい!」

「師匠?いつの間に弟子を取ったんだ?」

初耳だ、と目を丸くするエトワスに、ニコールが少し得意げに説明する。

「卵の見張りが入っていない空き時間に、格闘術を教えて貰ってたんです。今日地上に下りた5人も弟子なんですよ」

「時間があれば、とにかく筋トレしたり走ったりしてたよな」

弟子入りはしていないらしいジャックが、少し呆れた様に言う。

「時間潰しも出来るし、身体も鍛えられるからな。よし、今日も筋トレから始めるか」

「はい師匠!」

シヨウの誘いに、ニコールだけが明るい声で元気よく即答した。



* * * * * * *


 ディートハルトは遺跡のあとを出てすぐに、翠、フレッドの二人と共にランタナのマレッティ神父のもとを訪れたのだが、予想していた通り、ランタナでは遺跡を訪れていた発掘チームのヴィドール人と学生達は崩れた遺跡内で行方不明という事になっていて、報告を受けたルピナス伯爵の派遣したルピナス兵達が現在ランタナに滞在し、崩れた遺跡で連日捜索活動を続けているという話を聞いた。

 そのため、ディートハルトは翠達とランタナで別れ、その捜索隊と鉢合わせしない様に早々に遺跡に引き返すと、そのままアズールに戻った。


 アズール城内の扉には既に誰の姿もなかったので、2階のバルコニーへと行ってみた。

『あ、いた!』

捜していたエトワスはそこにいて、お茶を飲んでいる様だったが彼一人ではなくエメと一緒にいた。

『他の奴らは一緒じゃないのか……』

何で二人でいるんだろう?ふとそう思ってしまう。

「お帰り」

ディートハルトの姿に気付いたエトワスが、すぐに笑顔を向ける。

「あ、フレイク先輩、お帰りなさい」

振り返ったエメも、ふんわりと柔らかい笑顔を浮かべた。

「あ、うん。遺跡は、やっぱ全部崩れてて瓦礫の山だった」

少し胸がモヤッとしたが、気にしない事にしてそう二人に教える。

「全壊してしまってたのか……。それで、扉は大丈夫だったのか?」

まさか完全に崩れてしまったとは思っていなかったため、エトワスが軽く眉を顰めている。

「うん。瓦礫の上に魔法陣が浮かび上がってて、普通に使えた。すげー魔術だよな。でも、ヴィドール人と学生達は事故に巻き込まれたと思われたみたいで、ルピナスから捜索隊が来ててさ……」

と、エトワスの言葉に答え、ランタナで聞いた話をさらに伝える。

「皆無事だったって事は、今日中にI・K達からルピナス伯爵の耳に入るだろうから、捜索隊もすぐ引き上げる事になるかもって。だから、3日後には捜索隊はもういないだろうし鉢合わせする心配はないかもな」

余計な事は何も考えない様に、ただ報告するため一気に話していた。

「そうか。それなら予定通りで大丈夫そうだな。ありがとう、疲れただろ?こっちに座らないか?」

エトワスがそう言うと、エメがすぐに席を立った。

「じゃあ、お茶を淹れますね」

空の種族が、ティーセットとお湯、さらにお湯を温めるためのラズライトを用意してくれていた。

「あ、いいよ」

ディートハルトは、反射的に首を振っていた。

「また、今日は光の術を教えて貰う事になってるんだ。アズールにいる時間も残り少ないし、すっげーいい術で絶対覚えときたい奴だから今から行って来る」

そう言って少し笑顔を作って見せる。嘘を吐いた訳ではなく、元々、今日は新しく光の術を学ぶ事になっていた。“道”を作る術だ。地上とアズールを常に繋いでいるものとは違い、魔法陣を描く事によって、術を発動したその時だけ一度訪れた事のある場所限定だが、目的の場所に行く事が出来るというものらしい。複雑な魔法陣を正確に描く必要があり、強い力を必要とするらしいが、非常に便利な術なので是非使えるようになりたかった。

「じゃ、時間が勿体ないから!」

と、二人にニコリと笑顔を向けて、ディートハルトは逃げるように足早にバルコニーを後にした。

「フレイク先輩、術のお勉強がよっぽど楽しいんですね。帰って来たばっかりなのにあんなに急いで、ニコニコしてて」

と、エメが微笑ましそうに言うが、エトワスの方は全く違う感想で内心焦っていた。

『ディートハルトのあの笑顔、絶対おかしい。怒ってるのか?マズイ。誤解なんだ……!』

あの笑顔は本物ではなかった。それに、バルコニーに姿を見せてから、一度も目を合わせてくれなかった。


「お待たせー。見て見て!ライマーさん達、こんなにイッパイ用意してくれてたの」

弾んだ声と共に笑顔のフェリシアがやって来た。手にしたトレーには、見た目も可愛らしいスイーツの盛られた皿が乗っている。“お茶を飲むのなら”と、ライマー達厨房のスタッフが、わざわざ用意してくれたものだった。

 元々バルコニーには、エトワスと学生5人、シヨウ、レミエル、アカツキがいたのだが、最初に筋トレをすると言ってシヨウとニコールが姿を消し、続いてアカツキが医師のオディエと約束があるといって姿を消し、さらにレミエルが用があると言っていなくなった。そこで、エトワスとフェリシア、エメ、オースティンとジャックが残ってそのまま雑談しながらお茶を飲んでいたのだが、ライマーが彼らのためにお菓子を作ってくれているという話を別の空の種族から聞いたフェリシアが、『アズールのお菓子を作っているところを見てみたい!』と言って厨房にお邪魔させて貰う事になると、それをオースティンが追いかける形で『自分も興味がある』と言って付いて行き、エトワスと、彼に好意を抱いているエメとの3人でその場で残される事になるのを気まずく思ったジャックが、『俺もめっちゃ興味ある!』と、さらにオースティンとフェリシアの後を追ったので、必然的にこの様な状況になっていた。

「わー、見たことないお菓子ばっかり!すごく可愛い!」

「でしょー。試食したけど、凄く美味しかったよ」

「まさか、俺達まで作るのを手伝う事になるなんて思わなかったな」

「これ、この丸い奴がオススメだから、食ってみて!」

歓声を上げるエメにフェリシアが笑顔を返し、男子学生二人も楽しそうにしているが、エトワスはそれどころではなかった。

 ディートハルトを追い掛けるべきか、追い掛けたとして、何と説明すればいいのか……別に、ディートハルトは何も文句の様な事は言っていないし、怒った訳でもない。そもそも、付き合っている恋人同士でもないのに言い訳するのも変だ。そう考え、一人で思い悩んでいた。


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