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LAZULI  作者: 羽月
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68空色の卵 ~再戦2~

「広い城だな……」

城内に入ったディートハルトは、高い天井や広い廊下を不思議そうに見回した。アズールへ到着後すぐに聖地へ向かったため、城に入るのは初めてだった。

「何でだろう?セレステってデカイ人が多いのかな?」

ファセリア城には初めて呼び出された時とヴィクトールに報告しに行った時の二回だけ入った事があるが、こんなに広い印象はなかった。何度か訪れたウルセオリナ城も一度だけ行った事のあるルピナス城も同じだ。

「多分、有翼の空の種族達が生活しやすいようにじゃないか」

首を傾げるディートハルトに、エトワスが答える。

「そっか。あんな嵩張(かさば)るものを背負ってて、すっげー邪魔そうだもんな」

まるで他人事の様に言うディートハルトの背に翼は無い。エトワス達は、ディートハルトが卵から出て来た時には有翼の姿になっているのではないかと予想していたが、元気そうに見える以外、外見上の変化は全く無かった。


「すっかり回復したみたいだな」

という言葉と共に、城の奥からレミエルと名乗った銀髪の空の種族が姿を現した。何年も前からは声だけは知っていたが、ディートハルトが彼に顔を合わせるのはまだ二回目だ。そして、その隣には、薄紅色の髪をした空の種族の王スーヴニールの姿があり、後ろにはまた別の空の種族が一人控えている。遅い時間という事もあり、空の種族の王への報告は明日になるだろうと予想していたが、彼らの方からディートハルトを出迎えていた。

「無事、休眠を終えたのですね」

そう言って、スーヴニールがフンワリと笑った。立ち止まった一同は頭を垂れて胸に手を当てる。ファセリア人ではないシヨウも彼らに倣い軽く頭を下げた。

「どうぞ、顔を上げてください」

小さく笑みを浮かべて、スーヴニールが一同の顔を見渡す。

「皆さん、魔物を退け卵を護ってくださり、ありがとうございました。あなた方の力がなければ、この子は卵ごと魔物に捕食されてしまっていた事でしょう」

初対面の時のスーヴニールは無表情に見えたが、今は柔らかい笑顔を浮かべていた。

「休眠した事で、行き場を失くし聖地に溢れていた力も収まって、乱れていたこの地の属性の力は均衡のとれた元の状態に戻り始めています。地上へ下りる扉の方も正常に使えるようになっているはずです。明日にでも早速確認させますので安心してください」

そう言って、スーヴニールはディートハルトに視線を向けた。

「さて、シャーリーンの守った子……」

呼び掛けたスーヴニールは、初めて会った時と同じようにディートハルトの瞳をじっと覗き込んだ。

「もう大丈夫そうですね」

そう軽く頷き、言葉を続ける。

「名前は、ディートハルトでしたね。貴方はどうしますか?このままアズールに留まるのなら、他のセレステ達と共にラズライトを作りアズールの地と民を守って行くことになりますが」

スーヴニールの言葉に、ディートハルトは目を瞬かせた。

「おれ、私はファセリア帝国で生まれ育ち、自分が空の種族だという実感は全くありません。これから先も、生きる場所は地上だと思っています」

一瞬も迷うことなくディートハルトが即答すると、スーヴニールはフフッと笑った。

「そう言うと思っていました。しかし、貴方がセレステである事は間違いありませんから、明日にでもセレステが地上で生きる際に忘れてはならない心構えを伝えますので、しっかり心に刻んで貰いますよ」

引き留める事なくあっさりとそう話すスーヴニールの言葉に、エトワスは密かにほっと安堵の息を吐いていた。

「真夜中の戦闘で疲れたでしょう。どうぞゆっくりと体を休めてください」

スーヴニールは再び一堂に視線を向けてそう言った後、「頼みますよ」とレミエルに伝えると、現れた時と同じ様に静かに去って行った。


「あー、怪我をした者や具合の悪い者はいないか?医師の元に案内するが……」

レミエルの言葉に学生が数名反応すると、レミエルは後ろに控えていた空の種族の方を振り返った。

「では、こちらへどうぞ。私がご案内します」

艶のある白に近い銀髪をした空の種族が、そう言って前に進み出た。


「よし。じゃあ、他は食堂の方へ移動するぞ。お茶と軽食を用意してある」

そう言ってレミエルが案内したのは、いつも食事をしている2階のバルコニーではなく1階にある食堂だった。広い部屋にテーブルと机が並びすぐ目の前に厨房がある、という地上でもよくある造りの部屋だったが、セレステ達の城なので、やはりテーブル同士の間隔がとても広かった。

「皆さん、いらっしゃい。お待ちしてましたよ」

緑色のエプロンを着けた短い水色の髪の空の種族が、厨房から出て来て笑顔を見せる。片目は水色でもう片方は青いため彼もセレステの様だったが、30代くらいに見えるおっとりとした雰囲気の男性で、城の中で見掛ける空の種族にしては珍しくその背に翼はなかった。

「ああ、君が噂のディートハルト君か。初めまして。俺は料理担当のライマー。無事に休眠を終えて良かったね」

「どうも……」

噂ってどんな?と思いながらディートハルトは小さく愛想笑いを浮かべる。初対面の人物だったが、2階のバルコニーでの食事の時間にもいつも姿を見せている空の種族なので、他の者達は顔見知りの料理人だった。

「ライマーさん達は、こんな真夜中にたたき起こされちゃったんスか?」

一同がそれぞれ着席したテーブルに、ライマーと食堂のスタッフ達が軽食の乗った皿とお茶を次々と運んで来る。

「いやいや。地上の皆さんがセレステの卵を守るため恐ろしい魔物と戦ってるって聞いたから、何かお役に立てれば!と思いましてね。きっと腹も減るし喉も乾くんじゃないかと思って、簡単なものですけど用意したいって申し出たんですよ」

ライマーが笑顔でそう言うと、ちゃっかりディートハルトと同じテーブルの席に着いているレミエルが頷いた。

「ああ、張り切って作っていたな」

「料理の出来ないレミエル君も、ちょっと手伝ったんだよな」

ライマーの言葉に、レミエルは誇らしげに頷いた。

「そうだ。だから、遠慮なく食べるといい」

「ほら」と勧められ、ディートハルトは卵サンドに手を伸ばした。数日間眠っていたせいか急に空腹を感じていた。

「じゃ、いただきます」

初めて口にするアズールの食べ物だったが、口の中に広がった味はファセリアの卵サンドとあまり変わらず、何だかホッとした。


「あの魔物だけど……」

と、ディートハルトの隣の席に座っていたエトワスが、レミエルに視線を向ける。

「倒した後、動かなくなっていたのに、いつの間にか姿が消えていたんだ。だから、もしかしたらまだどこかで生きているのかもしれない」

「あんなデカイ図体の奴が逃げたら絶対誰かが気付きそうなんだけどねぇ。何の痕跡も遺さず、綺麗さっぱり消えちゃったんだよね」

エトワスの隣の席の翠が、フィッシュサンドの様な物を食べながら言う。

「それは気味が悪いな……。ラファエルは、気配を追えなかったのか?」

「いないって気付いた時には、気配も完全に消えてたから」

卵サンドを食べ終え、今度は何かフルーツのジャムとクリームの入ったサンドイッチを食べていたディートハルトが首を振ると、レミエルは“うーん……”と顎に手を当てた。

「魔物が移動した先に空の種族がいれば、かなり離れた状態でも絶対に気付くはずだが何も報せは届いていないからな。もし、逃げたのだとしても町の方には行っていないのだろう。……となると。これは、僕の勝手な仮説なんだが……」

レミエルはそう言って、エトワスに視線を向けた。

「その前に一つ聞くが、戦いに参加した地上人達は、一人も欠ける事無く、無事だったんだな?」

「ああ。城に戻る前に全員確認した」

エトワスが頷くと、改めて周囲を確認していた翠も頷いた。

「学生が4人、さっき医務室に行ったけど、それ以外は今この場に全員いるね」

ディートハルトも含めた同級生I・K5人と先輩I・K2人、学生10人、エトワスとシヨウで合計19人全員が聖地から城に戻って来ている。

「そうか。そうだとしたら違うか……。まあ、それなら良かったが」

レミエルが小さく息を吐く。

「どんな仮説なんだ?」

エトワスに尋ねられ、レミエルが説明する。

「いや、僕の勝手な想像だが……。地底の種族は相手を喰う事で進化し、その相手の姿や能力を手に入れるだろう?」

レミエルの言葉に、同じテーブルに着いたエトワス、翠、フレッド、シヨウが頷く。

「進化した姿が、単純に、喰った相手の姿が加わってどんどん体が大きくなっていくというだけじゃなくて、例えば、喰った相手の姿に変身する事が出来るとすれば、気付かれずに逃げる事も可能なんじゃないかと思ったんだ」

「え、待てよ!じゃあ、誰か喰われた地上人に魔物が化けてて、戻って来た俺達の中に混ざってる可能性があるって事か?」

全員が無言で眉を顰める中、フレッドが一番最初にそう言った。

「いや、怪我人も含めて全員揃っているのなら、それはないだろう。もしラファエルが、セレステのクセにかなり鈍感で気配に気付かなかったとしても、僕やスーヴニール様、ここにいるライマーが気付くだろうし、医務室の医師も含めて城内にいるセレステの誰かが気付くだろうからな。だから、もし、誰か欠けていて姿の見えない人間がいたとしたら、そいつに化けて何処かに逃げた可能性があると思ったんだ」

「ああ、そうか。良かった……」

フレッドが言い、ディートハルトもホッと胸を撫でおろした。

「いや、その仮説はあり得るかもしれないぞ。見た目の状態が単純に喰った相手の姿が足されていくだけなら、ヴィドールにもその話が伝わってただろうからな」

肉の入ったボリュームのあるサンドイッチをモグモグと食べていたシヨウが言う。

「そうだな。ヴィドールで聞いた話は4つの種族の“人間”の話だったな。それに、その仮説の場合、喰った相手が人間じゃない可能性もあるよな」

エトワスの言葉に、同じことを考えていた翠が頷いた。

「だよな。たまたま近くにいた小動物とか虫とか。それなら、人に化けるよりもっと見付からずに済むし。地底の種族は何でも喰うらしいからね」

ヴィドールの地下で飼われている魔物についてエトワスが尋ねた時、研究員のレイシがそう話していた。

「なるほどな。それなら、僕の仮説は正しい事になるな」

レミエルが少し得意げに言う。

「でも、そんな小さな生き物になってたら、倒しやすいけど見付けるのが大変になるな」

ディートハルトは二つ目の甘いサンドイッチを食べながら眉を顰めた。

「いや、何か小さな生き物の姿でいるにしても、あの気配を消す事は出来ないだろうから、城に近付いた時点ですぐに分かる。だから、心配する必要は無い」

レミエルが言うと、ディートハルトが不敵に笑った。

「そっか。なら、おれも、もう卵から出たし戦えるから、また現れたら返り討ちにしてやるよ」

久し振りに聞く強気なディートハルトの言葉に、仲間達が笑う。本当に、ディートハルトは元気になったんだな、と実感するのと同時にホッとしていた。


 しばらくすると、医務室に行っていた学生達が戻って来たが、皆程度の軽い怪我で元気なだけでなく、レミエルの言葉通り間違いなく本人の様で魔物の気配はしなかった。

 その後、ひとまずレミエルの仮説の話を全員で共有し、それぞれ皆滞在している部屋へと戻る事になった。


「バルコニーが付いてるなんて、なんかエトワスの部屋みたいだな」

ディートハルトが楽しそうに言う。レミエルはディートハルトの為にセレステ達の部屋がある階に新しく部屋を用意すると言ったのだが、ディートハルトは仲間達と同じ部屋がいいと辞退し、エトワス、翠、フレッドの3人が滞在している部屋を一緒に使わせて貰う事になった。

 3人に案内された部屋はとても広く、空の種族仕様の大きなベッドが2つに、テーブルとソファ、デスク、棚等が置かれ、カーテンの閉められていない大きな窓の向こうにバルコニーが見えていた。部屋の中に灯りがないため、天気の悪い夜ではあったが薄っすらと確認出来る。

「暖炉はないけどね」

翠の言葉にディートハルトが首を傾げた。

「え、これじゃないの?」

壁際のマントルピースに目を向けるディートハルトの言葉に、翠がニッと笑う。

「煙突がないでしょ?それがさ……」

と、壁際の背の低い棚の前に移動した翠は、棚の上に置かれていた蓋付きの壺の中から、何か小さなものを2つ取り出した。

「ラズライト?」

翠が取り出した青い石は、コツンと軽く打ち付けると急に光り始めた。青い光ではなく、僅かに黄味を帯びた白い光だ。

「!?」

「そう。部屋の照明なんだって」

そう言って、部屋の壁2か所に取り付けられているランプの様なものの中に石を入れると、部屋の中全体が明るくなった。

「で、こっちが暖房なんだよな」

と、フレッドが別の壺に入っていたラズライトを取り出し、マントルピースの中に置くと、今度はぼんやりとオレンジ色の光を発し始めた。

「げっ!あったかい!?」

光だけでなく、柔らかな熱が放たれていた。

「面白いよな。同じやり方で、バスタブに溜めた水もお湯になるんだ」

フレッドの言葉に、翠が付け加える。

「あくまで石の中に入れられた力を引き出すだけで、それを微調整する事は出来ないみたいだから、調理の時なんかは火を使うって厨房のライマーさんが言ってたけどね」

「ラズライトって、そんな便利グッズだったんだ……。ああ、だから、さっきスーヴニール様が、アズールに残るならラズライトを作る事になるって言ってたのか。どういう意味だろうって思ってたんだけど……」

アカツキの村で見聞きした事やシャーリーンの話で、ラズライトがどういった物かは分かったつもりでいたし、亡くなる際に残す特別で貴重なものというイメージが強かったのだが、まさか、生活する上で役立つ気軽に使える便利グッズだとは思っていなかったので、ディートハルトは少し驚いていた。

「セレステ達が、こうやって便利なラズライトを作って供給してるらしい。ただ、セレステの人数はそう多くは見えないし、いくら自由に作れるにしても作る数には限界があるだろうから、足りない分は模造品の石が活躍しているって事なのかもな」

魔物との戦いで泉の水や泥で汚れた服の上着を脱ぎながらエトワスが言う。そして、そのまま浴室の方に姿を消した。アズールに着いた初日に、エトワスと翠、フレッドの3人でジャンケンで決めていて、今日はエトワスが最初に浴室を使う番となっていた。

「だからさ、さっき王様が言ってた、セレステが地上で生きるための心構えその1は、きっと“地上で無暗(むやみ)にラズライトを作らない事、そして、自分が作れるということを教えない事”かもね」

翠が言う。

「グラウカみたいな奴は少数派だろうけど、金儲け目的で近付いて来る奴は腐る程いそうだもんな」

フレッドが一人掛けソファにドカッと腰を下ろして言う。

「そう言えば、グラウカ達ヴィドール人はどうなったんだ?見付かったのか?」

「ディー君が眠ってすぐに、4人は見付かったよ」

ディートハルトが休眠していて知らない現在までの状況を、翠が順を追って説明する。


「マジで……!?」

ディートハルトがポカンと口を開けて目を丸くしたのは、ルシフェルが空の種族のアリアという女性と一緒に暮らしているという話を聞いたからだ。

「そのアリアって人、何だっけ?盾を食う虫?とかなんとかって……」

「“(たで)食う虫も好き好き”、ね。オレらは、あいつの印象は最悪だから、悪食にも程があるって思うけどね。アリアさんに言わせりゃ、愁いとか影があって素敵な方なんだって。癒されるらしいよ」

泥で汚れた装備品を外して制服の上着を脱ぎ、ひとまず椅子の背に掛けながら、翠が話す。

「癒される?その人、本当に空の種族?」

ディートハルトはルシフェルに近付くと具合が悪くなっていたので驚いてしまった。

「セレステなんだけど、属性も力も無いんだって。だから、お互いに何も影響がないって言ってたな」

フレッドも汚れた服を脱ぎながら言う。

「へぇ、そうなのか。でも、じゃあ、あいつの何処がいいんだろう?」

ディートハルトは血の様な赤い瞳を思い返してみるが、どうしても“癒される”という感覚にはならなかった。どちらかというと、不気味、怖いといった印象が強い。

「それは、個人の好みだから何とも」

と、翠とフレッドが苦笑いする。

「それで、彼女が出来てルシフェルは改心したから、おれに興味は無くなって、もう喰わないって?なら、アリアって人に感謝しなきゃな」

「彼女が出来たからって言うより、魔物を喰って進化した地底の種族を見て、気色悪っ!てドン引きしたからみたいだけど。ほら、さっき戦ったあの魔物だよ」

「あー、そっか。あいつ、見た目に滅茶苦茶インパクトがあったもんな」

翠の言葉に、体を覆うように目玉が沢山付いていた魔物の姿を思い出して納得する。

「だけど、レミエルがさっき話してた仮説通りでそれをルシフェルが知ったら、気が変わりそうじゃないか?」

「それはあるかも。ルシフェルが嫌悪したのは進化後の見た目に対してだけで、喰う事に疑問を抱いた訳じゃないみたいだったから」

ディートハルトの言葉に、翠とフレッドが同意する。

「逆に、変身できるなら便利って思うかもしれないよな」

3人ともルシフェルの事を全く信用していなかった。

「他人事だけど、アリアって人ほんとに大丈夫なのか?ルシフェルに騙されてんじゃねえの?」

「オレらどころか、ヴィドールの研究員さんも同じ事心配してるみたいだったけどね」

そう言って翠とフレッドが苦笑いする。


 それからしばらく3人で話をしていると、エトワスが戻って来て交代で次は翠が浴室へと向かった。

「おれが眠ってた間の事を2人に色々聞いたんだけど、グラウカがだけが見付かってないんだよな?じゃあ、あいつが見付かるまでは、地上に戻らないって事になるのか?」

ディートハルトはエトワスに尋ねた。

「明日、I・Kやスーヴニール陛下と相談して決める事になるだろうけど、ロサさんが証言してくれるからグラウカがいなくても問題ないとは思うんだけど、ファセリアに混乱が起きた元凶の一人があいつで、ディートハルトを拉致したのもあいつだし、この地に住む人達全員にとって危険な奴だから、何としても捕まえたいところだよな」

空の種族が用意してくれた、ガウンの様な造りのオフホワイトのパジャマ姿のエトワスが、濡れた髪をタオルで拭きながら言う。

「そっか……」

ディートハルトは神妙な表情で考え込んだ。

「他のヴィドール人達もだけど、おれが、ここに連れて来たようなものだからな。何としても捜さないとマズイよな」

「別に、フレイクのせいじゃないよ」

眠くなってきたのか、欠伸をしながらフレッドが言い、エトワスも頷いた。

「ああ、そうだ。それに、ルシフェルの話じゃ正しい鍵がなんなのかは知ったらしいから、あいつの方からこの城に来るかもしれない」

「あ」

と、ディートハルトが、“閃いた”とでも言いたげに小さく声を上げる。

「なら、噂を流したらいんじゃないか?今、おれがこの城にいるって事と、使える扉はこの城にしかなくて、しかも鍵になるのはおれだけだって。それと、この国にはあと3日くらいしかいないって」

「おお!それなら、焦って3日以内に向こうから姿を現しそうだな」

上手く行きそうな提案に表情を明るくするフレッドとは対照的に、エトワスは眉を顰める。

「囮になるって言うのか?」

「かっこよく言えばそうだけど、でも、あいつは地底の種族でも魔物でもない普通の人間だし、元気になった今のおれが前みたいに捕まるなんて事はないと思う。危険はないどころか、飛んで火に入る夏の虫っつーか。むしろ、ようこそ!っつーか」

「それはそうだな……」

ディートハルトが不敵に笑っている様子を見て、エトワスも納得した。

「よし、じゃあ、これで全部解決だな。グラウカも捕まえられそうだし、フレイクも元気になったし。後は、ファセリアに戻るだけだな」

そう言って、フレッドはもう一度大きな欠伸をした。

「おれも一緒に戻れる事になって良かった」

ディートハルトは眠りに就く時に、皆で一緒にファセリアに戻れるかは分からないと考えていたので、本当に嬉しかった。しかし、不意に寂しくなる。

『いつまでエトワスと一緒にいれるんだろう……』

そう思っていた。グラウカ達を連れてファセリアに戻り、色々な問題が解決してヴィクトールが帝都に戻る事になれば、自分達I・Kも帝都に戻る事になる。翠やフレッド、リカルド達とはこれから先も一緒だが、エトワスの居場所はウルセオリナなのでこれまでのようにいつも傍にいるという状況ではなくなる。

「そうだな」

エトワスはそう言って笑顔を見せている。

『ここまで付いて来て貰ったくせに、おれは我儘だな』

耳に心地いいエトワスの声を聞きながらディートハルトはぼんやりとそう考え、内心苦笑いしていた。




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