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LAZULI  作者: 羽月
66/77

66闇の森 ~新しい道3~

「それでは、どうぞ……」

「アリアさんは、ここでフェリシア達と一緒に待っていてください」

先に行こうとした暗い表情のアリアを、エトワスが止める。

「え?」

「アリアさんが先に家に帰ったら、オレらを進んで招き入れたみたいになっちゃいますよ?」

翠の言葉にエトワスが頷く。

「俺達が、貴女に無理にお願いして押しかけた訳なので」

「あ……」

アリアは不安そうな顔をしていたが、フェリシア達3人に促され自宅の敷地内には入らずに離れたところで立ち止まった。


 アリアの家の玄関は、文字は読めないが花と蝶のレリーフに縁取られた表札らしき板が壁に掛けられ、扉には赤とピンクの木の実で作られたリースが飾られていて、本当にここにルシフェルがいるのだろうかと疑ってしまうような可愛らしい雰囲気だった。


シャラララ~


踏み込むことはせず扉横の呼び鈴を鳴らすと、複数の金属がぶつかり合う間延びしてキラキラした音が聞こえてきた。音の違う沢山のトライアングルを、少しずつタイミングをずらして鳴らした様な音色だ。

「オレらめっちゃ場違いじゃねえ?」

思わず脱力してしまい翠が言う。

「気が抜けたな」

と言いつつ気を取り直し、エトワスは無駄だろうと思いながら一応もう一度呼び鈴を鳴らした。


シャラララ~


やはり人が出て来る気配はなかったため、エトワスはドアノブに手を掛けた。

「行くぞ」

「了解」

エトワスが家の中に入るのと同時に、翠は壁を背にして、すぐに中ヘは入らず家の周囲に視線を走らせた。ルシフェルがこっそり逃げ出すのを警戒していた。

「ルシフェル、出て来い」

玄関を入ってすぐのリビングの入り口で、エトワスが呼びかける。

 その部屋は、小さなテーブルと椅子一つ、小ぶりの暖炉の前にはクッションの乗った木製のロッキングチェア、壁際には背の低い食器棚が置かれていて、カーテンやクッション、テーブルクロスなどは全て淡いクリーム色で統一された、家主の雰囲気に合った温かみのある部屋だった。

「地上に下りたいのなら、俺達と来い」

カタン、と音がして、奥の部屋に続くドアが開いた。

「ああ、誰かと思えばファセリア人か」

顔を覗かせたのは、5日ぶりに見るルシフェルだった。ゆったりとしたクリーム色のワンピースタイプの寝間着姿で、アリアが絶賛していた長い髪を緩く一つに束ね、淡い緑色の細いリボンを付けている。

「普通に馴染んでるっつーか、すっかりこの家の住人って感じだな」

遅れて家に入ってきた翠が、一目見て苦笑いする。

「ラファエルは一緒じゃないのかい?……残念だな」

そう言ってニヤリと口元を歪めるルシフェルは、アリアの話した通り具合が悪そうで顔色が良くなかった。

「彼を喰おうとしているお前のところに、わざわざ連れて来ると思うか?」

ルシフェルの反応を窺うため、エトワスは敢えてそう言った。

「僕はもうラファエルには興味はないよ。生き物を吸収した地底の種族の姿を目の当たりにしたからね。失敗して“ランクC”にはなりたくないし、成功したとしてもあんな醜くて浅ましい姿になるなら、吸収したいなんて思わないよ」

アリアに聞いた通りの発言だが、エトワスは真意を測る様にジッとルシフェルの赤い瞳を見た。しかし、薄っすら笑いを浮かべているその表情からは何を考えているのかは分からない。

「でも、やっぱ人を“喰う”って事への嫌悪感はないんだ?」

呆れたように翠が言う。

「また、見た顔だと思ったら、君は、ラファエルと一緒に僕の部屋を滅茶苦茶にしてくれた、あの時のファイターか」

ルシフェルがアハハと笑う。

「覚えててくれたんだ?ヴィドールではお誘いをお断りされたけど、今回はオレらと一緒に来て貰うよ」

「それで、僕は地上に、君達の国に連れて行かれるかい?」

ルシフェルは予想していたようで、口元だけに薄く笑みを浮かべたままそう言った。

「そう。でも、今地上への扉は使えない状態だから、使えるようになるまで、しばらくの間はこの国の城で過ごして貰う」

「やれやれ。グラウカから自由になれて外の世界に出られたと思ったのに、アズールでもファセリアでも幽閉される事になるとはね」

翠の言葉に、ルシフェルが投げやりな調子でぼやく。

「決めるのはオレらじゃないから、はっきりした事は言えないけど、グラウカのとこに居た時みたいに、これから先ずっと閉じ込められるって事にはならないと思うよ。うちのラファエル君……本名はディートハルト君だけど、彼と同じで実験体にされてた被害者なワケだし」

「それなら、一体どうして僕を捕まえようとしてるんだい?」

翠とエトワスは、今回同行してもらう理由について、既にピングス達に話してある内容と同じ事を簡単に伝えた。


「それなら、僕は全く関係ないだろう?ラックたち以上に無罪じゃないか。今回は、グラウカさんに“鍵”候補として強制的に連れて来られただけで、遺跡の調査にすら加わっていないんだから。君達と一緒に行かなきゃならない理由はないみたいだね」

興味無さそうに言ってルシフェルが薄く笑うと、エトワスが呆れた様に冷たい視線を向けた。

「グラウカ達がやった事や遺跡調査とは無関係だとしても、ディートハルトに対しては無罪という事はないだろ。つい数日前まで喰うと明言していて、実際に襲ってもいるんだ。現在の意思がどうであれ、それを無かったことには出来ない。無理に拘束されないだけマシだと思え」

「本当に、ラファエルも含めてファセリア人ってのは物騒な連中だね」

エトワスに視線を投げたルシフェルが肩を竦める。

「お前が言うな」


「ルシフェルさん!」

エトワスと翠に連れられルシフェルが家の外に出ると、庭の先で待っていたアリアが声を上げて駆け寄って来た。

「ごめんなさい!扉を通る事は許して貰えたんだけど、この人達が貴方を捕まえるって言って……!地上に下りようなんて思わなければ良かった……!」

「どのみち僕は空の種族の国では普通に生活できないし、ラファエルには僕の居場所なんて簡単にバレるだろうから、こうなる事は決まってたんだよ」

瞳を潤ませた悲痛な表情でルシフェルの両手をヒシと握っているアリアに、ルシフェルは無表情に淡々と返す。

「地上に下りれるだけで嬉しいよ。この土地じゃ具合が悪くってしょうがない」

顔色が青くフラフラしているので、その言葉は嘘ではないようだった。

「ルシフェルさん……!」

連れて行かないで欲しい、という意思表示の様に、アリアは涙を流してルシフェルにしがみついている。

「参ったね。これじゃ、端から見るとオレらが悪役側だ」

シクシクと泣いているアリアを目にして、翠がそう言って困った様に小さく笑う。

「お兄ちゃん!」

と、フェリシアがジ―ッとエトワスに視線を向けている。

「先輩!」

彼女の隣に立つエメとニコールも同時にそう言って、懇願する様にエトワスと翠を見た。

「……」

エトワスと翠は、互いに顔を見合わせる。

「……まあ、居場所は分かったし、逃げられもしないだろうし……」

「……ああ、そうだな」

エトワスは溜息を吐くと、ルシフェルに視線を向けた。

「ルシフェル、お前がさっき話した“ラファエルに興味はない”と言った言葉は一応信じる。ただし、また彼に危害を加えようとする事があれば、容赦しない」

「ああ、もしかして君がエトワスなのかい?」

エトワスの言葉を聞いていたルシフェルが、何か思い出した様子でそう尋ねた。

「そうだ」

「アハハ、やっぱり!前にラファエルが似たような事を僕に言ったよ。『エトワスたちに何かしたら、お前を殺してやる!』いや、『魔物の餌にしてやる!!』だったかな?ほんとファセリア人って怖いなぁ」

「話はまだ終わってない。少しでも不審な動きを見せれば容赦はしないが……」

そう言って、エトワスは一度確認するために翠の顔を見た。

「いいんじゃね?」

翠が小さく笑う。

「今、城に連れて行くという件だけは、撤回してもいい」

エトワスは翠の返事を聞くと、そう言葉を続けた。

「!」

笑っていたルシフェルは真顔になり意外そうにエトワスを見た。アリアも涙に濡れた顔を上げ、エトワスを凝視している。

「お前は、本当に空の種族のアリアさんと地上で一緒に生活するつもりなのか?」

続けられたエトワスの言葉に、ルシフェルは意外そうな表情のまま口を開いた。

「何故?どうせ、ラファエルを喰おうとしたって理由で断罪されるんだろう?聞いてどうするっていうんだい?」

ルシフェルは嘲笑する様にそう言ったが、エトワスが何も言わずにジッと視線を向けているため言葉を続けた。

「……どうやって生きていけば良いか分からないって話した僕に、“手を貸す”って彼女は言ってくれたよ」

「それで?お前の意思を聞いているんだ」

ルシフェルは不愉快そうに眉を顰めた。

「……僕には他に知り合いはいないからね。手伝って貰うつもりだけど。だから何?」

ルシフェルの言葉にエトワスは片手を腰に当て思案していたが、やがて傍らの翠を振り返った。

「どう思う?」

「そうだねぇ……」

小さく息を吐き、翠も考え込む様に腕組みをする。

「少なくとも、どうやって生きていけばいいのか分かんないってのはホントだろうし、メリットねえから、アリアさんに危害を加える事は無いんじゃね?っつーか、本人達がいいって事なら、いいんじゃね?」

特に声を落とす事もなく、翠はそう答えた

「だな」

エトワスは小さく頷くと、改めてルシフェルに視線を向けた。

「“ラファエル”だけじゃない。他の空の種族も喰わないし、危害も加えないと誓えるか?」

「喰わないよ。気持ち悪い魔物の姿にはなりたくないからね。それに、この国じゃ普通の食べ物を食べるのも億劫なんだ。わざわざ人間を食べたいなんて思わないよ。危害も加えない。怠くて喋るのも面倒臭いんだ」

エトワスはルシフェルの答えを聞くと、今度はアリアに視線を向けた。

「アリアさん、改めて言いますが、ルシフェルは貴女と同じ空の種族のラファエルを捕食しようとしていました。つい5日前にも魔物を操り襲って来たばかりです。それでも、彼の手助けをしたいと思いますか?」

「もちろんです!この国に来る前の事は関係ありません!それに、私は空の種族ですけど、ラファエルさんも含めてセレステ達に対する仲間意識はありませんから!」

即答でアリアはそう言い切った。仲間意識の問題ではなく、ルシフェルが空の種族を捕食する地底の種族だという現実を伝えたつもりなのだが……。エトワスはそう思ったが、改めて説明するのは止めた。何を言っても聞き入れられないだろうと思ったからだ。

「それなら、ルシフェルには、このまま貴女とこの家に居てもらいます」

「許さないと言ったり見逃すと言ったり、訳が分からないね」

アリアが嬉しそうな表情をする一方、再び薄っすらとした笑顔に戻ったルシフェルが他人事の様に言った。

「見逃すとは言っていない。さっき話した通り、ファセリア帝国に来て貰う事に変わりはない。今、城に来て貰うのを止めるというだけだ」

「逃げるかもしれないのに?」

「ルシフェルさん!」

アリアが咎める様な声を上げる。せっかく地上人が今は連行しないと言っているのに、気が変わってしまう様な事を言わないで欲しいという心境だった。

「自分で言った通り、ラファエル君にはすぐ見つかるんだから逃げ場はないでしょ」

翠が冷めた視線で言う。

「扉は使わずに、飛んで地上へ逃げるかもしれないよ?」

「誰でも簡単に飛んで行く事が可能なら、もっと自由に空の種族達は地上と行き来して来たんじゃない?」

翠の話す通り、アズールは浮遊した大陸でその下は海の真ん中だった。翼があったとしても、長時間飛び続ける体力が無ければ地上に辿り着く事は出来ないし、空にも海にも魔物はいるため、そちらにも対処出来なければ生存は難しい。

「飛んで逃げるのは無理です。この大陸の下は海ですから」

雲った表情のまま、アリアが頷く。


「行こうか」

 翠がエトワスにチラリと視線を向けると、エトワスはアリアに声を掛けた。

「それじゃあ、アリアさん。地上に下りる日が具体的に決まったら、また改めて、事前にここへ知らせに来ます」

二人はアリアとルシフェルに背を向けて、フェリシア達3人も「じゃあね、アリアさん」と、それぞれ手を振ってその後に続く。

「あぁ、そうだ。ちょっと待ってよ、ファセリア人!」

と、ルシフェルが、敷地内を出ようとしていたエトワス達を呼び止める。

「……?」

5人は足を止めて振り返り、エトワスと翠は訝し気な、女子学生3人は不思議そうな視線をルシフェルに向ける。

「グラウカの事は聞いたかい?」

「ここからすぐ近くの森に、地底の種族が進化した魔物と一緒にいたという話と、その魔物を地上に連れ帰ろうとしているという事は、アリアさんに聞いた」

エトワスが答えると、ルシフェルは珍しく笑みのない表情でエトワスを見た。

「グラウカは、扉の正しい鍵について知ったよ」

「わたしです!わたしが、うっかり鍵について話してしまって。本当です。ルシフェルさんのせいじゃありません!」

アリアが慌ててそう言うとルシフェルは目丸くしてアリアを見たが、エトワスに視線を戻し言葉を続けた。

「それと、アリアが言ってたけど、ラファエルが超高位の強大な力を持った空の種族というのが本当なら、あの魔物は絶対にラファエルを吸収しようと狙うよ。いや、狙うんじゃなくて本能的に引き寄せられるから、必ずあいつのところに行くと思う」

エトワスと翠は意外そうに顔を見合わせた。

「ああ、分かった。でも、もう、その魔物には襲われてて一度は追い払ったところだ。今はディートハルトには見張りを付けてある」

「なるほどね。あの魔物が負ってた傷は君達が付けたものだったのか。じゃあ、こんなところにいないで、なるべく早くラファエルのところに戻った方がいい。怪我の状態からして、まだしばらくは動けなそうに見えたけど、あの魔物、今はもうそこの森にいないと思うよ。今朝までは気配がしていたけど、今はもうしないから。何処かに移動したみたいだ」

ルシフェルは、アリアの看病のおかげで少し体調が良くなってきた事もあり、あの地底の種族と直接会ってからは、アリアの家に戻ってもその気配感じるようになっていた。

「!」

「!?」

ルシフェルの言葉に、エトワスと翠は眉を顰める。

「今、その魔物が何処に居るかが分かるか?」

「少なくとも、あの森と、この近くにはいないね」

城には同じ様に気配を察知できるレミエル達空の種族がいて、シヨウと学生達も待機しているので卵は無防備な状態という訳ではないが心配だった。

「お兄ちゃん達は急いで城に戻って。私達は森に行った先輩達に知らせて来る!」

そう言って、フェリシアとニコール、エメがすぐに走り出す。

「ああ、頼む」

エトワスと翠は、急いで城へと戻る事にした。


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