60空の城 ~有翼の王~
「まあ、放置される訳はないよなぁ」
白い石造りの広い廊下を歩きながら翠がノンビリと言う。
「そうだな」
隣を歩くエトワスが短く同意を示すと、後ろのフレッドが不穏な事を言った。
「俺達は、フレイクと違って部外者だしな。ああ、アカツキさんだけは関係者かな」
「大人数で押しかけたんだからな。警戒されて当然だろう」
リカルドが小さく息を吐くと、ロイは首を傾げた。
「でも、最初は歓迎してる感じじゃなかったか?」
「何だ?どういう意味だ?オレ達はこの国に歓迎されてないって意味か?」
ファセリア人達が遠回しに話すので、シヨウが眉を顰める。
「今から分かるよ」
翠が相変わらずノンビリとした口調で言う。
「美しい……。きっと、窓から入る光を計算して装飾が施されているのですね」
と、交わされている会話など気にも留めず、アカツキは通路に並んだ白い石造りの彫像に見惚れ感嘆の声を上げて歩いている。
「お前達はラファエルが生まれ育った国の人間だろう?あいつが信頼する仲間だという事は分かっている。地上の様子に興味を持たれ、話をしたいだけだろう。ラファエルが生まれ育った世界は僕達にとっては未知の世界だからな」
前を歩くレミエルが振り返らずにそう言った。今、一行は、アズールの王スーヴニールの使いの空の種族とレミエルに案内され、王が待つ部屋へと向かうところだった。グラウカ達ヴィドール人を捜しに行くつもりだったが、聖地から城に戻るとすぐにスーヴニールに呼ばれていた。
「こちらです」
スーヴニールの使いの空の種族が階段を上り始める。階段の白い壁にも彫刻が施されているが、こちらは植物の紋様だった。
「王の部屋は、そこだ」
階段が残り数段となった先をレミエルが指さす。4階奥の部屋だった。円柱形の柱が並ぶ広い廊下は、他の階と同様に滑らかな白い石で作られ、両脇には曲線のみで作られた何か分からない形をした像が並んでいる。その先に、金で装飾された白い大きな扉があった。そこに、衛兵等の姿はない。
「どうした?」
扉の前で一度立ち止まったファセリア人5人が、レミエルに注目する。
「武器は?」
エトワスが短く尋ねると、レミエルは不思議そうな顔をした。
「武器?」
「携帯したままでいいのか?」
エトワス達ファセリア人は、王に謁見する際には武器を預ける事になると考えていたのだが、尋ねたエトワスの言葉にレミエルは「何故?」という反応を示した。会ったばかりの異国……というより異世界の者であるにも関わらず信用されているのか、単に警戒する必要がない程に王の身の安全が確保されているのかは分からないが、レミエルは全く理解していないようだった。
「邪魔なのか?」
レミエルは逆に質問する。わざわざ腰のベルトに長く重い金属を吊るしているので、動き辛そうだとずっと思っていた。
「いや」
エトワスは否定したが、説明するのは止めた。携帯していて問題ないのなら、そのままの方が良いからだ。同じ様に思っているのか、他の者達も何も言わなかった。
「スーヴニール様、地上人達を連れてきました」
レミエルは扉に向かって声を掛けると、そのまま気安く中へと入っていく。やはり衛兵などはいないのか、レミエルが自分で扉を開けていた。ファセリア人達は文化の違いに内心また驚いていたが、レミエルが「早く来い」と手招きするので後に続き部屋の中へと入った。
そこには、広い空間が広がっていた。床は磨き上げられた石で、赤茶や緑、淡く青みがかったものなど様々な色合いのものが組み合わされ紋様を描いている。壁は白を基調に金銀に縁取られたレリーフが施され、部屋の奥には玉座……ではなく木製のがっしりした机が置かれ、その向こうには青空の見える大きな窓がある。王の間と言うので謁見するための部屋かと思っていたのだが、そこは執務室か私室の様だった。
「あの子は、無事眠りに就きましたか?」
何やら机で作業中だったスーヴニールが顔を上げた。光の神の彫像がそのまま動き出したかのような姿で、普通の人間の様に何か作業をしているという姿には少し違和感があり不思議な光景に感じられた。
「はい、やっと。本当に、ようやくです」
「それは何よりです」
感情が含まれたレミエルの言葉とは対照的に、スーヴニールは穏やかに返すと席を立ち歩み寄ってくる。初対面の際に儀礼は必要ないと言われたが、やはり相手は王である。ファセリア人達は、今回もまた皇帝にする様に片手を胸に当て片膝を地に着き頭を垂れた。シヨウとアカツキの出身地にはその様な文化はないため、二人はその後ろに立っている。
「この5人と、あと、今は城下に出ていてここにはいない12名の男女が、ラファエルと同じ、ファセリア帝国という国の人間です」
レミエルの簡単な紹介に続けて、順に名乗っていく。
「エトワス・J・ラグルスと申します」
スーヴニールに視線を向けられエトワスが名乗ると、翠とフレッドがチラリとリカルドの方を見た。普段は正直なところ全く気にしていないが、リカルドの方が身分が上だからだ。
「リカルド・W・バルビエと申します」
リカルドが察して名乗ると、ロイも続いた。
「ロイ・H・コーリーと申します」
「スイ・キサラギです」
「フレッド・ルスです」
アズールが長い間地上にある他国とは全く交流の無い国であることと、そもそも人としての種族も違うため、職業や身分等を名乗っても意味をなさないだろうと判断し名前のみを伝えていた。
「この二人は、それぞれまた別の国の人間らしいです」
続けて、レミエルがシヨウとアカツキに目を向けた。
「ヴィドール国のシヨウです」
「地上の扉を守護する一族の、レテキュラータ王国に住むアカツキと申します」
アカツキは目を伏せて丁寧に名乗った。セレステの王を目の当たりにし感銘を受けている様子だった。
「古の昔からの地上の友人ですね」
スーヴニールはアカツキに興味深げに視線を向けると微かに表情を和らげた。
「古い時代から、私達の仲間が大変お世話になっていると聞いています。今回も、あの子の命を助けてくれたのですね。深く感謝します」
「いえ、私は、彼が多少楽になれるよう応急処置をしただけです。彼の事を守ってきたのは、今此処にいる方々や、その他関係者の方達です」
と、アカツキは首を振りニコリと笑う。
「ええ、あの子に手を差し伸べてくださった、地上の皆さんのお陰ですね」
そう言って、スーヴニールは全員を見渡した。
「さ、こちらへどうぞ」
スーヴニールはスッと目を細め、優雅な仕草で窓際へ促した。そこには、脚に植物の紋様が彫られた背の低いテーブルと長椅子が置かれている。テーブルも長椅子も、ちょっとした会議が開けそうな程の大きさのもので、全員が並んで座る事が可能だった。その椅子へ、エトワスを先頭に並んで座る。すると、どこに控えていたのか、ミントグリーンの髪を結ってまとめた使用人らしき空の種族が一人姿を現し、テーブルの上にカップを並べた。その白い器にはジャスミンティーの様な香りのする液体が入っている。
「改めて、皆さんにお礼を言います。あの子を此処に連れてきてくださりありがとうございました」
スーヴニールの落ち着いた声は、見た目同様にやはり中性的だった。同じくセレステのレミエルも顔立ちは中性的だが声や体格等で青年に見えるし、ディートハルトは顔は美少女顔で、体格もI・Kという職業に就いていながら筋肉質でもなく細身だが、身長は男性としてはかなり低い方とまではいえず、着ている服が男物で髪もショート、声は幼さの残る甘めのものでありながら言葉遣いが荒めで一人称も“おれ”であるせいか、中性的な印象はない。端から見れば美少年、そうでなければ美少女が男装している様に見える。つまり、どちらにしても男寄りの印象なのだが、スーヴニールはどちら寄りでもない。男性的でも女性的でもない完全な中性に見えた。
「あの子が20年前にこの地を離れてから、この地は荒れ続けていました。聖地はご覧になったでしょうが、ほとんど水が枯れてしまい、大陸も端から徐々に砕けて人が住めなくなり、それまでは天候も一年を通して安定していたのですが、今までなかった激しい嵐まで起きる様になりました。扉が不安定になっている事も無関係ではないでしょう。ですが、こうしてあの子も戻りました。これでこの地も少しずつ回復していくだろうと考えています」
スーヴニールの口振りだと、ディートハルトの身よりもこの土地の方が大切であるかの様に聞こえた。レミエルが彼に帰って来るよう促していたのは、アズールの地が荒れてしまっているから、というのがその理由だったのかもしれない。地上の住人たちはそう思った。王としての立場上、ディートハルトという一個人の身よりも多くの国民や土地そのものの方が大切というのは理解できる。しかし、それよりも、エトワスには気になってしまった事があった。
「それでは、今回彼が回復して眠りから覚めた後、再びこの地を離れたら、また同じ様に悪い影響が出るのですか?」
そうであるならば、扉が再び使える様になったとしてもディートハルトがアズールの地を離れる事は許されないだろう。エトワスは静かな口調で尋ねているが、内心相当焦っているに違いない。仲間達は全員そう思っていたのだが、レミエルまでもが小さく笑って口を開いた。
「そうだとしても、あいつはお前達と共に地上に戻る事を選択するだろう?そうでなければ、お前が無理矢理にでも連れ帰るつもりなんじゃないのか?」
「……」
もちろん、ディートハルトは地上に戻りたいと言うだろうが、実際に行動に移すかどうかはエトワスには分からなかった。そして、エトワスがディートハルトを連れ帰るかどうかについても、同じくその時になってみなければ分からないが、連れ帰る可能性は高い。そのため、答えを言い淀む。
「レミエル、意地の悪い言い方をするものではありませんよ」
穏やかな表情と声で、スーヴニールが窘めた。
「あの子の状態が安定したらこの地も安定するはずですので、アズールを離れても問題ありません」
スーヴニールの口から語られた言葉に、エトワスは安堵した。
「しかし、そもそも何故彼の状態がこの地に影響を与えていたのですか?」
それまでの会話を無言で聞いていた、端の席に座ったアカツキが口を挟んだ。
「私達扉の守護者は、セレステが聖地で生まれなかった場合、持って生まれた力を安定させるためもう一度聖地に戻り眠り直さなければならないという話は知っていましたが、そうしなければ、アズールの土地にまで影響を与えるという事は知りませんでした」
アカツキはそう言うが、彼やシュナイトがその事だけでも知っていてくれたから、ディートハルトは命を繋ぎとめる事が出来た。エトワスはそう思っていた。
「通常は、セレステが卵から生まれる前に聖地を離れたとしても、貴方の言う通りそのセレステ個人に影響が出るだけで、この地に影響はありません。ですので、これはあくまで仮説で確かな事ではないのですが……」
そう前置きし、スーヴニールはアカツキに視線を向けて話し出した。
「あの子は、光と風という二つの強大な属性の力を持ってこの世に生を受けました。その際、卵そのものを守るための、そして卵の中でその属性の力と物質としての身体が融合するのを助けるためのまた別の力も、通常より多く聖地に発生していました。量はともかく、その様な力が発生する事自体は、どのセレステでも同じことです。ところが20年前、卵に魔物が引き寄せられ、侵入を防ぐ結界が突破されて聖地まで入り込んできたのです。その時点で、聖地を含むこの地のバランスは既に崩れ始めていたのかもしれませんが……、とにかく、その出来事によってあの子は聖地を離れる事になり、あの子という主を失った卵の殻も消滅してしまったため、聖地に溜まっていたあの子の為に発生した強すぎる大量の力は行き場を失い、聖地を含む土地全体に影響を与えてしまう事になったのではないかと考えています。長い歴史の中で、様々な理由で卵から生まれる前のセレステが聖地を去るという事は幾度か起きていて、過去の事例では、行き場を失った力は何の影響もなくそのまま聖地に漂うだけか自然と消えてしまっているのですが……。ラズライトの双眼を持つ子なので、このような事が起きてしまったのでしょう」
スーヴニールは、そう淡々と話した。
「それでは、彼がこの地に戻った事で、溢れて消えずにいた彼の為の力は本来の役目を果たす事が出来るようになり、事態も収まるという事ですね」
アカツキの言葉に、スーヴニールは頷いた。
「そう予想しています」
「厳密に言うなら、聖地に溜まった力が直接害を与えているのではないぞ。強すぎてしかも多かったという事が、元々この地にあった属性の力のバランスをおかしくしてしまったという意味だからな。そもそも、あいつが聖地を離れたのは魔物が原因だ。あいつや巫女に罪はない」
横からレミエルが口を挟む。常に物言いはキツイ印象を与えるが、ディートハルトの味方ではあるらしい。
「それに、私の力でこの地の属性のバランスを保つ事が出来ていれば何事も無かったのです。要するに、とにかくあの子は特別だという事ですね」
そう言った後、すぐにスーヴニールは付け加えた。
「ああ、でも、あの子も含めてセレステは、物質である肉体を持ってこの世に現れる前の、元の存在……“魂”とでも言いましょうか……それが精霊であるため強い属性の力を持つというだけで、あなた方と同じ普通の人間ですよ」
と、どう見ても普通の人間に見えないスーヴニールがそう言った。守護者の村を訪れた際、アカツキがディートハルトについて『セレステの気は、精霊のものと同じ』と話した事があったので、その話を聞いていたメンバーは、改めてディートハルトの魂が精霊だ等と聞かされても驚きはしなかった。しかし、普通と言われても一般的な空の種族ならまだ納得できるが、やはりセレステが相手となると……特にスーヴニールの場合は違和感はある。
「少なくとも、あの子がセレステだと知る前に、違いを感じた事はなかったでしょう?」
スーヴニールに比べれば、多少不思議な部分もあるが間違いなくディートハルトは違和感なく人間だった。
「はい」
エトワスが即答し、翠やフレッド、喧嘩相手だったリカルドとロイも頷く。出会った頃は近付き難い存在だった事は間違いないが、それは単純にディートハルトの人当たりが物凄く悪かっただけで、人間とは思えなかったからではない。
「ですが……」
と、スーヴニールは言いながら両手を組んだ。無表情ではあったが、僅かに目つきが鋭くなる。
「あなた方は違いますが、セレステが持つ特性のせいで普通の人間とはみなさない者達もいるようですね。今回、あの子と一緒に扉を通り、その様な者達がこの地に入り込んでいるという話を聞いています。その者達の目的は何ですか?やはり、ラズライトですか?」
スーヴニールは改めて正面のエトワスに視線を向けた。彼を、この地に来ている地上人達のリーダーで代表とみなしているからだ。
「彼らはヴィドールという国の人間ですが、少なくとも今回は、ラズライトを狙ってこの地を訪れたのではないと存じます」
エトワスはそう答え、そもそも地上では、元より空の種族の存在、そして彼らに関わる物についてはごく一部の限られた者にしか知られておらず、その様な者たちにとっても空の種族などの3つの種族は神話の中だけの存在であったりと、創作の産物、もしくは既に滅びた過去に存在していた種族というのが大多数の認識だという事、また、ラズライトと空の種族の関係は知られておらず、ただ魔物を退ける力を持った不思議で綺麗な石という認識でしかない事、その上で、一部の限られた者であるヴィドール人のグラウカという名の男が率いる組織の人間は3つの種族の存在を確信し、その血を引く者を探し求めその力を利用しようと考えていて、その一環として空の都へ続く扉について調べていたところ、今回は偶然巻き込まれる形でこの地に共に辿り着いてしまった、という事を伝えた。
「グラウカ達が扉近くにいる事は事前に分かっていましたので、当初の計画では彼らを捕らえ、さらに彼らに気付かれない様にディートハルトをアズールに送り届ける予定でした。そのために、この人数で扉に向かったのです。ですが、結果的には敵味方全員この地に押し掛ける事になってしまいました。申し訳ありません」
エトワスがそう謝罪する。
「そうでしたか……」
スーヴニールは、思案する様に目を細めた。
「現在、そのヴィドールという国の人間達は、城下に出ている他のファセリア人だけでなくブラッシュ達も捜しています」
レミエルがスーヴニールに言う。
「それでは、そのグラウカという男達の小さな組織以外の、地上の人間や国の多くは、このアズールや空の種族を狙っているという事ではないのですね?」
「少なくとも私の知る限り、今のところはですが」
スーヴニールの瞳を真っ直ぐ見返して、エトワスは頷いた。
「ちなみに、ヴィドールは俺の国で、グラウカ達もよく知っていますが、グラウカ一人が特別狂っているだけで、同じ組織の人間でも他の奴らは単純に上司のグラウカの命令に従って動いているだけで、自分の意思でどんな手を使ってでも3種族を“利用しよう”なんて思っちゃいないと思いますよ」
話を聞いていたシヨウが、そう話す。
「私も、短期間ですがグラウカ達と共に行動していましたが、彼の話した通り、空の種族を狙っているのはグラウカだけという印象でした」
「そうですか……」
付け加えたエトワスの言葉に、スーヴニールは小さく頷いた。安堵しているようにも見える。
「しかし、そのグラウカという男は、空の種族に対して幻想を抱きすぎているようだな」
お茶を飲み、レミエルが呆れた様に言った。
「地上人との違いなんて、些細な物だというのに」
「でも、光と風を操ったり、翼とか羽のある生き物を従わせたりできるって聞いてるけど」
フレッドが言うと、レミエルとスーヴニールは顔を見合わせた。
「皆がそうという事ではありません」
スーヴニールが答える。
「決定的な違いは、生まれながらに翼を持っている事と、死ぬ時にラズライトを遺すくらいだな」
レミエルがそう言って肩を竦めた。それはかなり大きな違いだが……と、地上人全員が思っていた。
「生まれつき光と風の属性を持ってはいるが、それにも個人差があるからな。セレステは元々精霊だから基本的に持って生まれる属性の力も強力で術として扱えるが、一般の空の種族は、ただ属性を持って生まれているというだけで、利用するような力を持たない者も多い」
「それなら、グラウカがフレイクに目を付けたのは、あいつから見ればラッキーだったんだな」
フレッドが言う。
「ラファエルの事か?あいつは、双眼がラズライトの瞳だからな。とはいえ、休眠前の状態では力は使えないどころか制御も出来ないただのヒナだから、全く意味はないがな」
レミエルが薄く笑う。
「一応確認させて頂きますが、あの子の生まれ育ったあなた方の国、ファセリア帝国はどうなのですか?ファセリアの王はあの子にグラウカの様な興味を抱いてはいないのですか?」
スーヴニールに尋ねられ、エトワスは、ヴィクトールが話していた言葉を記憶から引っ張り出す。
『まず言っておくが、私は、姿を消したとされる3種族そのものにも、その力にも興味はない。少なくとも、この国に悪い影響がない限りは』
『そして、アズールと言ったか……地上の世界と全く関りを持つ事なく平和に暮らしているであろう者達の世界を侵害する事は、あってはならないと思っている』
こう話していたヴィクトールの言葉を、エトワスはそのまま伝えた。
「……そう、私達の国の王は申しておりました」
ややこしいため、皇帝ではなく敢えて“王”という言葉を使う。
「そうですか……。立派な方ですね。そして、貴方達の国は豊かなのですね」
ヴィクトールの余裕のある言葉に、少なくとも貧しい国ではない様だとスーヴニールは認識していた。
「いずれにせよ、現在地上にセレステはいませんので、誰もこの国を訪れる事はできませんが、あの子が再び地上に下りれば、あの子が唯一の鍵となります。後で本人にもその事を肝に銘じるよう言い聞かせますが、どうかこれからもあの子をよろしくお願いします。護ってやってくださいね」
そう言って客達に順に視線をやり、「はい、必ず」と答えるエトワスに続けて仲間達も頷くと、初めてスーヴニールはニッコリと笑顔を見せた。