6ロベリア王国 ~風の行方~
「他に、フレイクの行きそうな場所は?」
ヴィクトールの問いに翠は首を横に振る。あれから、翠はディートハルトを捜した。捜しまくった。もう一度、星の砂を売っていた店も見に行ってみた。ディートハルトの好みそうな、この町で一番高そうな建物の灯台にも行ってみた。それより高い建物が王城にあるようだが、流石に城までは行かないだろうと判断し、代わりに、スイーツを扱っていそうな店や食料品店のお菓子コーナーまで覗いてみた。
『おれは、ガキじゃねえ!』
ディートハルトが知ったら恐らくそう怒り出すだろうが、それほど広くない街を隅から隅まで捜したのだが、ディートハルトは見付からなかった。
「迷子じゃないとすれば、誘拐ッスかねぇ」
半分冗談混じりに翠が言う。ヴィクトールと合流してから既に2時間が経過していた。
「なるほど。I・Kは今や賞金首だからな」
とはいったものの、I・K一人に掛けられている賞金の額はそう高くはない。I・Kの人数が多いからだろうが、僅かばかりの金のために仮にも帝国精鋭部隊と言われる彼らを危険を冒してまで捉えようとする者は、ファセリア帝国内にはまずいない。しかし、ロベリア王国内ではI・Kについて知られていなければ、そして、ディートハルトになら勝てそうだと判断された場合は、金目当てに狙われた可能性が無くはなかった。
「それか、人買いに連れてかれたとか?」
フレッドが言う。
「人買い?」
ヴィクトールを始め、全員が不思議そうな目を向けた。
「坊や、可愛いねえ。おいで~って」
「…………あり得なくはないな」
ヴィクトールが苦笑いする。
「どっちにしろ、フレイクがそう簡単に捕まるとは思えないけどな」
フレッドが言うと、翠は「う~ん」と腕組みした。
「野生の動物並に警戒心が強いし、気も強いし、普段なら平気そうなんだけどねぇ。最近弱ってたからなぁ。こんなことなら、お子様とはちゃんと手をつないどけば良かったな~。おれって保護者失格?」
なんてねー。アハハハ。と、またディートハルトの怒りを買いそうな発言をした翠の乾いた笑い声が人気のない通りに空しく響く。
「……あの、もしかして、貴方たちと同じ服を着た金髪の人を捜しているんですか?」
一同が途方に暮れていると、すぐ近くで貝殻の細工品を売っていた娘が二人、遠慮がちに声を掛けてきた。
「知ってんの?」
翠の問いに、二人は頷いた。
およそ3時間前――。
強がっていたものの、ディートハルトはかなり具合が悪かった。食事と睡眠をまともに取っていないせいであることはもちろん分かっていたが、例の原因不明の体調の悪さもあった。頭痛で頭がズキズキする。立っている事が辛く、思考も混濁し何か考えることさえ億劫だった。
『……』
翠は、先程から夢中で男達の殴り合いに見入っている。
『(ちょっとだけ、休んどくか……。5分くらいなら大丈夫だよな)』
ディートハルトは頭痛が少しでも和らぐ事を期待して、喧噪を避け少し離れた静かな通りまで出ると、傍らにあった古びた低い石段に座り込んだ。そこはちょうど、娘二人が貝殻細工の店を出している場所の近くだった。
『!』
ディートハルトの姿は、朝から客が一人もなく暇を持て余していた二人の注意をすぐに引いた。人通りもまばらで、見慣れた何の変哲もないつまらない風景が、彼を中心に一気に興味深いものへと変化する。何しろ、現れた青年は明らかに具合が悪そうだった。着ている服は、腰のベルトに剣を吊しているところを見ると兵士のものの様にも見える。しかし、これはこの国のものではない。隣のファセリア帝国には黒い服を着た騎士がいるという。それならば、あのファセリア帝国のものだろうか?そして、ふと上げられた人形の様に端麗な顔は、特に、長いまつ毛に縁取られた珍しい瑠璃色の瞳は、確実に二人の心を捉えた。自分たち以外誰もいないこの場所で、助けを必要としているいわくありげな同年代の若者、しかも、それは隣国とはいえ話でしか聞いたことのない異国の兵士。これだけの要素が、暇な娘たちの好奇心をそそらないわけはなかった。その上、眉目秀麗な容姿も加えれば好奇心数割増しだ。
『……どうか、なさいましたか?』
口調は出来る限り丁寧に優しく気を配って、しかし、瞳は好奇心で輝かせながら、娘の一人は尋ねた。
『あの、大丈夫ですか?随分具合が悪そうですけど』
もう一人も言う。
『…………』
やっとその存在に気付いたディートハルトは、ゆっくりと顔を上げ二人を見上げた。
『(……誰……だっけ?)』
一方、娘達の方は、ディートハルトの注意を引くことが出来て嬉々として顔を見合わせた。
『よろしければ、お医者様のところへ……』
そう言い掛けた時だった。
『おい、貴様何者だ?』
突然、娘達の背後から大きな声が投げかけられた。見ると、何時の間に現れたのか、この国の兵士らしき者も含む数名の男達が立っていた。ディートハルトが答えないでいると、質問が理解できなかったと思ったのか再び同じ兵士が質問した。
『その服、ファセリア帝国のインペリアル・ナイトのものだな?こんなところで何をしている?』
ディートハルトは、自分の周りを取り囲んでいるのがロベリアの兵士たちだと理解した。しかし、振り切って逃げる気力と体力は無く、調べればすぐに分かることなので正直に答える。
『別に……。休んでるだけだ……』
『何をしにこの国に来た、と聞いているんだ』
兵士は苛ただしそうに質問を繰り返す。
『……何もあんた達の心配するようなことはしてねえよ。……聞いてるだろ?ヴィクトール陛下は死んだ。おれ達I.Kは、皇帝の命にしか従わな……』
……!?
突然、ディートハルトの身に異変が起きた。自分でも何が起こったのか分からない。何の前触れもなしに、体中が引き裂かれてしまいそうな苦痛が襲う。
『っ……!!』
『おい、どうした?』
急に胸を押さえ苦しそうに表情を歪めたディートハルトに、娘達だけでなく兵士たちも思わず手を差し伸べた。
『おいっ!見ろっ!』
と、今まで興味なさげに後ろの方に控えていた、黒髪に無精髭を生やした男が驚愕の声を上げ、抱えていた包みを開いて見せた。この男は服装からして兵士ではないらしい。同じく、兵士ではない身なりをした別の2人の男たちも包みを目にして目を丸くする。
『おおっ』
『……これは一体!?』
無精髭の男が手にした物――遺跡から持ち帰ったばかりの超古代の遺物である石で出来た装飾品は、ぼんやりと青く発光していた。つい今し方まで、ただの黒く薄汚れた石だったものが……。
『どういうことだ?何が起きてる?何故、遺跡から出た石が急に光り出したんだ?』
兵士の一人が訝しげに尋ねる。少し警戒している様だった。
『恐らく、この者に反応しているのではないかと』
無精髭の男は目を見開き、口元に楽しそうな、しかし歪んだ笑みを浮かべてそう言った。
『何?ならば、それは危険な石なのか?』
兵士達は、まだ苦しんでいるディートハルトに目を落とした。
『この者にとっては、という事でしょう。連れて行こう!』
無精髭の男が嬉しそうにそう言った。
『おい!』
最初にディートハルトに質問をした兵士が、後ろに控える兵士達に声を掛けた。すると、すぐにディートハルトは腕を掴まれ、無理矢理彼らの方へと引き摺り出される。
『っ……何、しやが……』
ディートハルトは抵抗しようとしたが、台詞はふつりと途切れてしまった。意識を失ったためだ。兵士達が何かしたという訳ではない。
『ちょっと!その人をどうするつもりですか!?』
娘の一人が、ディートハルトを担ぎ上げた兵士の前に毅然と立ちふさがった。
『何だお前は?こいつの知り合いか?』
『ち、違いますけど』
『この者はファセリア帝国のインペリアル・ナイトだ。我々が保護する』
「で、城に連れてかれちゃったって!?」
露店の娘二人に話を聞いた翠が声を上げる。
「保護ねぇ……。どういう意味だろ?」
「あまり、穏やかな意味ではないだろうな」
ヴィクトールは、表情を曇らせた。
「ファセリア帝国の兵士が何の目的でこの国を訪れたのか、と、尋問されるか、それとも、お尋ね者のI・Kということで、皇帝代理の機嫌をとるために帝国に差し出されるか……。いや、帝国兵かどうかは関係なくその石がフレイクに反応したという事の方が問題だったのか。その石は一体何だったのか……。遺跡から出た石、と言ったな。誰か、遺跡のことは何か聞いているか?」
ヴィクトールは、I・K達の顔を順に見た。
「あまり詳しくは聞いておりませんが、ヴィドール国がロベリア王国内の遺跡を調べに来てるという話は聞きました。金払いが良く、夜眠るために部屋に戻るくらいなので部屋を汚す事もなく、長期間宿に滞在していてありがたいと、宿の者が話しておりました」
別れて町中を調べていたI・Kがそう話す。
「オレも同じ話を聞きました」
翠も、ディートハルトを捜しながら一応情報も集めていたため、西の大国ヴィドール国がロベリア王国内の遺跡を発掘しているという話は聞いていた。
「何の遺跡かまでは分からないんスけど、その遺跡の場所はこのすぐ近くで、南の方角にある湖の傍らしいッス。発掘した品は全部船に運んでいるって事だったので、実際に港まで行って見てきました。つっても、船を外から確認しただけで、発掘したものが何かまでは分かりません」
「あ、あの人を連れて行ったロベリアの兵士達と一緒にいたのは、多分、ヴィドールの人達だと思います」
まだ近くにいた娘の一人が、そう口を挟んだ。
「ええ、きっとそうです。さっき話してらした通り、もう一か月以上前から南の遺跡を発掘しにヴィドール国の学者さん達が来ていて、毎日朝早く出掛けて午後に町に戻って来てるらしいので、その人達だと思います。発掘した物を持ち帰るだけじゃなくて時々魔物を捕まえて連れ帰ってる、って噂話もあります」
もう一人の娘も言う。
「魔物を?……その遺跡というのは、何の遺跡なんだ?」
眉を顰め、ヴィクトールが尋ねた。
「ずっと昔にこの地に住んでいた人達の神殿か何かの跡だろうって言われてます。ただ、近くに住居跡の遺跡などは無くて人間が生活していた痕跡がないのと、離れた所に別の遺跡もあるんですが、そちらとは全く関連性はないみたいで。だから、その遺跡一つしか存在していないので、どんな文明のどんな人達が遺した物なのかは全く分かっていないんです」
娘はヴィクトールの問いに答え、さらにそう続けた。
「しかも不思議な事に、同じ場所から色んな年代の物が見付かっているから、いつの時代の物なのかも特定できていないらしいですよ」
と、最初に口を挟んだ娘も付け加えた。
「なるほど。ロベリア王国では分かっていないが、少なくともヴィドール国の学者の方はそこが何であるか知っていて、意味を持つ場所という事だな」
そう言いながら、ヴィクトールは、『帝国のギリア地方にも正体の分からない遺跡があったな……』と考えていた。
「でも、フレイクは魔物じゃないし、遺跡から出て来たわけでもないし、無関係ですよね。連れ帰る理由は無いような」
フレッドが言う。
「そうだけど、石がディー君に反応して光ったらしいじゃん?だから、連れてかれたって事だろ。ヴィドール人は光った石の方に興味があって、何が原因で光ったのか調べるためにディー君をお持ち帰りしたんだよ」
「そうだろうな」
翠の言葉にヴィクトールが頷いた。
「発掘品と一緒に船に乗せられて、ヴィドールに持ち帰られちゃったりしたら迷惑っスね」
翠はポケットから煙草を取り出すと、そう苦笑いしながら火を付けた。
「それはマズイだろ!ただでさえ弱ってんのに」
フレッドが声を上げる。
「だよねぇ」
翠は溜息と共に煙草の煙を吐いた。
「やべ。ケイス先輩に何言われるか……」
『おい、キサラギ!オレは、お前に“ディートから目を離すな”っつったよな?』
ヘクターにそうすごまれる姿が目に浮かび、翠は再び溜息を吐いた。
「連れてこなきゃ良かったなぁ。ったく、ヴィドールの奴らって頭イカレてんじゃねえ?」
「まだ、ヴィドールに連れてかれるとは決まってないじゃん。それに、仮に船に乗せられてたとしても、そいつらがヴィドールに今すぐ帰るって事はないだろ。城に連れてかれたって事は確実だろうけどさ」
フレッドの言葉に、ヴィクトールが頷いた。
「ルスの言う通りだ。まずは、城に行ってみるべきだな」
** * * * * *
今年でちょうど六十の歳を迎えるロベリア国王フラバは、疲弊しきった表情で溜息を吐いた。
何故、こんなことになってしまったのだろう……?
現在、彼は城の一階奥にある使用人達が短い時間待機したり休憩したりする部屋として使われている部屋の一つに居た。それ程広くはない部屋で、複数の椅子とテーブル1つがあるだけで他には特に何もない。すぐ側には自国の兵士数名と、遠国ヴィドール国からの客人達の姿がある。そして、彼の目の前に置かれた質素な長椅子には、横たえられた青年の姿があった。武装していたものは全て外され上着も脱がされているが、昏々と眠り続けているあどけなさを残した顔立ちのこの青年は、隣国ファセリア帝国のインペリアル・ナイトだという。
『帝国の兵士を拉致して来るとは……。一体何を考えているのだろう?』
フラバは再び溜息を吐き、恨めしげにヴィドール国からの招かれざる客人を見た。
「如何なさいますか?」
フラバと目が合うと、ヴィドール国から来た無精髭の男が、人好きのする笑顔でにっこりと笑って尋ねた。
「どうするも何も、私は、いや、ロベリア王国はこの者に用はない。貴殿らが用があって連れて来たのだろう?」
少々投げやりな調子でフラバは言った。
「確かに、仰る通りですね」
無精髭の男は、ハハハと声を上げて笑う。
「実は、この者は……」
「ああ、良い。何も言うな!」
楽し気に何か話出そうとした髭の男の言葉を、フラバは遮った。
「私は、貴殿らがこの国の遺跡を発掘する許可を出し、その遺物を持ち帰る事も許した。そして、貴殿らは遺跡を発掘し遺物を持ち帰ろうとしている。それだけ分かっていれば良い。あとは、何も私には関係のない事だ。何も見たくないし聞きたくもない」
不機嫌にフラバが言うと、ヴィドール人の男は口元を歪ませて笑った。
「恐れ入ります。それでは、早速ですが、この者は陛下の御前から消す必要がございますね」
その言葉に、男の後ろに控えていた部下が歩み出で、未だ目を覚まさないインペリアル・ナイトを肩に担ぎ上げた。
『気の毒にな……。うちの王子よりも若い、まだ子供ではないか』
フラバは思わずそう考え、眉を寄せた。ヴィドール国の人間が何を考えているのか全く見当も付かないが、この名前も知らない年若いインペリアル・ナイトの行く末が案じられた。しかし、救ってやりたいとは思わない。彼には、これ以上深くファセリア帝国やヴィドール国に関わる気は毛頭無いからだ。両国とも、表面上の付き合いがある程度で充分だ。
「……」
ヴィドール人達が、そのインペリアルナイトを何処に連れて行こうとしているのか見届けるつもりはなく、フラバはすぐに踵を返すとそのまま何も言わずに部屋を出た。
* * * * * * * *
「ここも、ハズレか……」
これで12ヶ所目になるだろうか。その部屋にもディートハルトはいなかった。そして、運良く城の人間や兵士の姿もない。おかげで眠ってもらう手間が省けた。
「キサラギの言った通りで、船に連れてかれたのかもしれないな」
隣に立つフレッドが、周囲を警戒して視線を走らせながら小声で言う。
「!」
翠は古びた木製の扉を閉めかけたが、机の上に散乱している物に気付いて手と視線を止めた。
「どうした?」
机の上には、拳銃と、それが入っていたホルスターや銃の弾が無造作に置いてあった。
「痕跡発見かも」
そう言って部屋の中に入る。部屋の入り口から見ただけでは気付かなかったが、近付いてみると傍らの椅子の背に黒い服も掛けてある。さらに床には、剣を吊す為の黒いベルト、短剣、長剣も落ちていた。全て見馴れた品だった。そして、それらの武器等の装備品は、翠もフレッドも全く同じ物を身につけている。I・Kの装備品だからだ。
「ふ~ん。身ぐるみ剥がされた……ってか?」
「これは、フレイクの!」
部屋の外にいたはずのフレッドが、いつの間にか近くに来ていた。
「中身はどこ行っちゃったんだろね?」
翠が椅子に掛けてあった黒い制服の上着を持ち上げながら言う。と、床に何かが落ちた。
「……」
翠は持ち上げた制服から落ちてきたものを拾い上げた。それは、二つ折りにするタイプの皮で出来た黒い財布だった。躊躇いもなく中を覗く。
「これじゃ、一食も食えないね」
中にはファセリア帝国の硬貨が数枚と、ぐちゃぐちゃになった領収証が入っていた。板チョコを買ったらしい。日付は先月、ファセリア城に呼び出される前日のものだ。盗られたのかもしれないが、紙幣は1枚も無く入っている額よりも財布自体の方が高そうだった。
「まだこんなの持ってるし」
紙幣を入れる所には何故か学生証が入っていた。見ると、やはりディートハルトのものだった。写真の写り……というより目つきが悪く不機嫌そうだが、彼の場合実際も似たようなものなので違和感はない。
「やっぱ、これ全部フレイクの物なんだな」
翠の手元を覗き込んだフレッドが、眉を寄せる。
「!」
学生証を見ていた翠はふと顔を上げ、フレッドを見た。フレッドは、心得た顔で軽く頷く。微かに足音が近付いて来るのが聞こえていた。二人が今いる部屋は廊下の突き当たりにある。ということは、間違いなく誰かがこの部屋にやってくるという事だった。
ガチャッ
ほどなく、ドアノブが回され一人の兵士が中に入ってきた。
「ヒッ!」
待ち伏せしていた翠に、突然取り押さえられ短剣を喉元に押し当てられた。フレッドは、すぐに閉めた扉に鍵を掛け、その前に陣取る。
「お、お前達はっ……ファ、ファセリアのっ!?」
翠の服を確認した兵士の顔から血の気が引いていく。
「違う、違うぞ!我々は、ファセリアに攻め込んでなどいない!無関係だ!」
ディートハルトの事を尋ねるつもりだったのだが、違う事を言われて翠とフレッドはチラリと目線を合わせた。
「無関係?だけど、侵入者はこの国の鎧を着てたらしいよ?」
予想外に当初の目的だった情報を収集できそうな展開になったため、翠はディートハルトの件より先に、まずこの件について探る事にした。
「そんな事あり得ない!ファセリア帝国とは敵対関係にはないだろ。何故、我々が攻め込む必要があるんだ!」
兵士の顔を、冷たい汗が伝っている。
「いや、それ、こっちが聞いてるんだけど。じゃあ、この国じゃないなら、どこのどいつが攻め込んだのか知ってんの?」
「俺は、下級の兵だ。聞かれても困る。ただ、噂で、ヴィドール人は自国の船に魔物を乗せていて、そいつらを連れてファセリアの方に向かったらしいという事は聞いた」
「噂かぁ。弱いよなぁ。確かな証拠が欲しいんだよな」
フレッドが残念そうに表情を曇らせる。
「ホント、残念だなぁ」
翠もわざとらしく溜息を吐いて首を振った。
「だから!俺はただの下級の兵士だ!重要な情報なんか知らない!」
そう叫んだ兵士は、何かを思い出した様にハッとして急に明るい表情になった。
「そうだ!今から、この部屋に王太子殿下がいらっしゃるはずだ。殿下にお聞きしてみろ」
「マジ?」
翠は目を瞬かせる。王太子が来るという事にも驚きはしたが、この状況だ。自分の代わりに、まるで主を売るような発言に驚いていた。
「こんなところに、何の用があって来るんだ?」
扉の前に腕組みして立ったフレッドが、訝し気に尋ねる。王族がわざわざ何の用があって、この様な何もない部屋に来るのだろうかと考えていた。質素な部屋で、特に何か重要な物があるようにも見えず、会議室として使われているようにも見えないからだ。
「ああ、まさか、コッソリあんたに会いに来るとか?」
このロベリア兵とは恋人同士で密会でもするつもりだろうか。
「何でだよ!?ほ、ほら。そこにお前らの国の兵の装備があるだろう?話を聞いた殿下が、興味を持たれて見に来るって仰ってるんだよ。帝国兵の装備品を見る機会なんてないし、殿下は武器マニアだからな。俺は事前に、その装備品がちゃんとあるか確認しに来たんだよ。それと、危険なものかもしれないし一応護衛として付く事になってるんだ」
「ああ、あれね」
翠が不敵に笑う。
「オレらも、興味を持ったとこだったんだよね」
「そうそう。すっげー興味あるね」
翠とフレッドの言葉に、再び兵士の顔色が悪くなる。
「キサラギ」
小さくフレッドが呼んだ。扉の外から足音が聞こえるからだ。
「いらしたかな?」
翠はそう言って、ロベリア兵を抱えたまま扉の横の壁際に移動した。同時に、フレッドが扉の鍵を開ける。
「喋ったら、うっかりザックリいくからね」
ガチャッ
扉が開くと、兵士の話した通り、落ち着いた淡い緑色の服に身を包んだ、身なりの良い若い男が姿を現した。長く伸ばした緩く波打つ茶色の髪をした、30歳前後くらいに見える人物だった。
「!?」
男が部屋に入るなり、先程と同様にフレッドがすぐに扉の前に移動して鍵を掛けた。
「な、何だお前達は!?」
自国の兵が取り押さえられているというただならぬ状況に、男の顔から血の気が引く。
「その服、ファセリア帝国のインペリアル・ナイトか……!」
「仰る通りです。勝手に侵入しました事、お詫び申し上げます。ただ、こちらの城に、我々の仲間が拉致されたとの情報があり、やむを得ずこの様な状況となっております」
翠は、ロベリア兵の喉元にナイフを押し当てたままの状態でそう話した。
「なるほど。事情は分かった。納得するよう説明するから、その者を放してはくれまいか?皇帝直属の精鋭部隊に敵わない事など分かっている。私は元よりその者も抵抗する気はないだろう」
翠が落ち着いて丁寧な口調で話したためか、男も冷静さを取り戻した様で、静かにそう言った。すると、ロベリア兵が『もちろんです!』と絞り出す様に答える。
「承知いたしました」
そう言って、翠はあっさりと手を放し、ロベリア兵が崩れ落ちた。
「お聞きしたい事が、二つあります」
翠は改めて男に視線を向けた。
「ああ。ロベリアは、ファセリア帝国と敵対する気は無い。何でも聞いてくれ」
そう答え、男は緑灰色の瞳を真っ直ぐ向けた。翠は、チラリとフレッドの顔を見る。この男は信頼出来ると思うか?と、尋ねていた。フレッドは、小さく頷く。同時に、何かあれば剣を抜く気で、剣の柄に手を掛けていた。
「恐れ入ります。それでは、まずはこの件についてご説明頂けますでしょうか?」
翠はそう言って、椅子の背に掛けていたディートハルトの制服の上着を再び持ち上げた。
「その服を着ていた者は、ヴィドール人が連れて行った。敢えて聞かなかったため、何の目的があって何処に連れて行ったのかまでは分からない」
溜息を吐きそうな表情で、男が言う。
「知っての通り、我が国はヴィドール国と国交があるが、数か月前に、このロベリア王国内にある遺跡を、ヴィドールの学者たちに調査させて欲しいと言って来たのだ。発掘し、出て来た遺物を持ち帰る許可が欲しいと言ってな。国王は許可した。そこは観光地になるほど景観にインパクトのある場所でもなく学術的にも不明な事ばかりで、特に価値のある遺跡とも思えず、その一方でヴィドールは遺跡調査と発掘品の持ち帰り、そして、港に船を停泊させる事に対し金銭を支払うと言ってかなりの額を提示し、それに加えヴィドール人の学者達は町の宿に滞在して毎日金を落とすため、恥ずかしい事だがロベリア王国にとって何一つ不利益はないと判断したからだ」
そう言って、男は近くの椅子に座った。予め、翠とフレッドはディートハルトの装備品だった武器を回収していたため、今は男の手の届く範囲に武器は無い。
「そして、ヴィドール人達はやってきた。今から一か月半ほど前の事になる。予定通り宿に滞在し、遺跡に出掛け、何か発掘する度に国王に実物を確認させ許可を得て、それを港に停泊させている船に持ち帰っていた。遺物だけでなく、遺跡に居たらしい魔物まで連れ帰っていた。そして今日、私が直接見た訳ではないのだが、いつもと同じような遺物と共に、ファセリア帝国のインベリアル・ナイトを一人連れて来たらしい。人間を連れ帰ったのは今回が始めてだが、話によると、発掘した遺物がそのインペリアル・ナイトに反応したからだと聞いている。が、具体的にどういう事なのかは分からない。関わる気は無いため、国王は詳細を尋ねなかったのだ。そのインペリアル・ナイトが連れて行かれた先は、ヴィドール人達が宿泊している宿か、港に停泊しているヴィドールの船か、もしかしたら、何かを確かめるために遺跡へという事もあり得るかもしれないな」
男がそう言うと、大人しく床に座り込んでいたロベリア兵が口を挟んだ。
「あ、きっと、船だと思います。“遺物と一緒に港へ”って言ってたんで。あ、俺も、その学者達のお供で遺跡に行ってまして」
三人の視線に気付き、少し焦った様にロベリア兵が言う。
「じゃあ、その反応した遺物がどんな物だったのか、どういう事が起きたのか知ってんだ?」
翠が言うと、ロベリア人の男が「話せ」と促し、ロベリア兵は恐る恐るといった口調で話し出した。
「あー、はい。首飾りっぽい奴だったんですが、ペンダントトップっていうのかな?金か何かで出来た鎖は切れちゃってたんですが、金属の鎖に付いた小指の爪くらいの大きさの黒っぽい石が、光ったんですよ。不気味な青い色に。あのガキ、あ、いえ、インペリアル・ナイトに会うまではただの石ころみたいで黒い塊だったんですけど。彼が座ってた近くをたまたま通りかかった時に、急にピカーって。で、その時、彼が何か苦しみ出して。そのまま倒れちゃったんです。俺達は何もしてないですよ?勝手に苦しんで勝手に倒れたんです。そしたら、グラウカって名前のヴィドール人が、勝手に城に連れて行こうって言い出しまして」
兵がそう話すと、翠は冷たい目を向けた。
「へえぇ。ヴィドール人が、ファセリアの兵士を勝手に誘拐して勝手にこの城に連れ込んで、勝手に身ぐるみ剥いで勝手に乱暴したのを、この国の人たちは黙って見てたんだ?」
「いやいや違う!そこまでは!……装備を解いたのは、医者に診せるのに邪魔だったからだ。話を聞くつもりだったけどずっと眠ったままで……ご、誤解しないでください。さっき話した通り、何もしてないのに倒れてそのまま眠ってたんだ。い、医者に診せたが、いつまで経っても目覚める様子がなかった!」
翠は、フゥと溜息を吐いた。ディートハルトが元々体調が悪かった事は知っている。勝手に苦しんで倒れたというのは、本当の事だろう。
「我が国が手を貸す事は出来ないが、ヴィドールの船は港に停泊したままなので、これから行けば取り戻せるだろうな」
男が言う。
「他に、聞きたい事は?」
「ああ、1か月程前、ファセリア帝国に侵入してきた武装集団が、ロベリア王国の鎧を着用しておりましたが、この国と関りがあるのかどうかをお聞かせ頂けますでしょうか」
翠は、改めてロベリア王国との関係について尋ねた。
「それは、つい先日、同じことを貴国の皇帝代理殿が書簡で尋ねて来たぞ。返信したはずだが?」
そう答え、男は軽く眉を顰める。
「そう言えば、インペリアル・ナイトは、その皇帝代理から指名手配されているのではなかったか?」
「そうでもありません。せっかくこちらに参りましたので、改めて伺えればと存じますが」
「……まあ、いい。これ以上何も尋ねる気は無い」
眉を顰めていた男は、小さく息を吐いた。
「返信もしたが、我々は、ファセリア帝国に侵入などしてはいない。無謀な戦いなど、けしかける理由がないのだ。もし、ロベリア王国の紋章を掲げて戦うなら、侵入などせず堂々と宣戦布告するし大軍を送り込む。とはいえ、兵を一人残らず送り込んだとしても、ファセリア帝国兵の数には敵わない。よって、宣戦布告などしない。仲良くしていた方が、断然国のためになる。もし、その者達が我が国の者ならば、断罪するつもりだ」
男の言葉に嘘はない、そう翠は判断した。
「分かりました。大変有益なお話を、ありがとうございました。こちらのファセリア兵の所持品は回収させて頂きますが、構いませんか?」
「ああ、もちろんだ」
男が頷く。
「これは、確認した訳ではなく噂として聞いた話だが……」
と、男が言い、去りかけていた翠とフレッドは立ち止まって、振り返った。
「今話した事と関係があるとは言わない。ただの世間話だが、ちょうどファセリア帝国にロベリア兵の姿をした侵入者があったという頃の事になるが、遺跡調査のために訪れ、我が国の港にずっと停泊したままだったヴィドール国の船が出港し、しばらくの間姿を消していたらしい」
翠とフレッドは、チラリと顔を見合わせる。先にこの部屋を訪れたロベリア兵も、似たようなことを話していたからだ。
「国に帰ったのだろうと噂されていたが、僅か数日後にはこの町の港に戻っていたそうだ」
「……大変面白い噂話ですね。感謝いたします」
「役に立てて何よりだ。では、城の外まで私が同行しお送りしよう。ここへ来るまでの間に、複数の城の者達が犠牲になったのだろうが、これ以上犠牲者を出したくない」
「いえ。ファセリアも、ロベリア王国と敵対する気はありません。数人、眠って貰った兵はいましたが、傷付けてはおりません」
翠の言葉は本当だった。元々、ファセリア帝国のファセリア城やウルセオリナ城と違い、ロベリアの王城はかなり警備が緩く長閑な雰囲気で警備の兵達に緊張感もなく、おかげであっさりと潜入出来ていた。
「なるほど。流石、帝国兵というべきだろうが、うちにも大分問題があるようだな……」
男……ロベリア王国の王太子カミーユは、苦笑い気味に小さく溜息を吐くと、言葉通り、翠とフレッドの二人と共に並んで歩き、城門の外まで送ってくれた。途中ですれ違った兵達がギョッとして何か言いたげに目を向けたが、その度にカミーユは『私の客だ』と答えていた。
「私があの部屋に来ると、知っていたのか?」
歩きながらカミーユが尋ねる。
「いいえ、まさか。あり得ない幸運でした」
翠が笑う。
「でも、何故、城に侵入した私達に情報を提供し、その上、今もまたこうして安全に退出出来るよう手を貸してくださるんですか?」
それはフレッドも同じ思いだったため、カミーユの顔を窺った。自国の兵を守るため、と話してはいたが、そうだとしても親切すぎる気がする。
「連れて行かれたインペリアル・ナイトは、まだ少年兵だったらしいな」
「今年、学校を卒業したばかりの新兵です」
自分達もそうだとは言わず、翠が答える。
「そんな子供を救おうともせず傍観していた国王に代わって、少しでも罪滅ぼしするためだな。それに、ファセリア帝国からこれ以上悪い印象は抱かれたくない」
男はそう言って小さく笑う。
「大変親切にして頂き、ご恩を受けたと主に報告いたします」
外はいつのまにか日も暮れかけ、肌寒くなっていた。
「どうする、先に待ち合わせ場所に帰るか?」
足早に歩きながら、フレッドが翠に尋ねた。
「居場所が分かったんだから、先に港に行かない?出航してたらヤバイし」
ディートハルトが普段の彼なら自力で脱出できそうだが、今の彼には到底無理だと思った。
「だな」
フレッドも頷き、自然と二人の歩調が上がりやがて走り出す。海からの湿った冷たい風が潮の香りを運んで来た。風に誘われるように海に向かって走った二人は、ようやくヴィドール国の船が停泊していた港へと辿り着いた。そう、確かに数時間前まではそこには大きな船があった。しかし、今はない。ただ緑色の海が緩やかにうねっているだけだった。
「マジか……。さっきは、ここに大きな奴が停まってたんだけど」
「まさか……」
フレッドが呟くように言って息を呑む。
「いや、まだ他にも船はあるぞ!」
フレッドは、数隻停泊している周囲の中型の船に目を向けた。しかし、今港にある船は、ロベリア王国の旗を掲げている物ばかりで、船体に書かれている文字もヴィドールの物ではなかった。ただ、ロベリア王国の旗と一緒にヴィドール国のものらしい旗を掲げている物もある。
「フレッド、あれ」
と、翠が海の方を指さす。その視線の先――日が沈み黒っぽくなった水平線の彼方に、点のようになった船らしき影がかろうじて見えていた。その船がディートハルトを乗せたヴィドール行きのものかは分からない。しかし、その船は確実に彼らの手の届かないところへ消えようとしていた。
「あれ、だったのか?」
フレッドが茫然として言う。
「分かんねぇけど。間に合わなかったな……」
翠はそう言って、ポケットから煙草を取り出すと銜えて火をつけた。
フゥ
溜息と共に吐いた煙草の煙が風にかき消されていく。
「いくらなんでもこの距離じゃ、ボートを借りても無理じゃん……」
そう言って、フレッドが落ち込んだ様にしゃがみ込んだ。
「ああっ!マジかよ!エトワスもいねえし、リカルドもロイもいねえし、フレイクまで!」
フレッドが悔しそうに叫ぶ。これで、元同級生4人を短期間に失った事になる。
「ディー君はさ、行先が分かってるから。連れ戻しに行きゃいいよ」
翠は深く息を吸って煙を吐き、見えなくなった船の方に視線を向けて静かに言った。
「あ……?ああ、うん!そうだな。行こう!」
悲痛な表情をしていたフレッドは、ハッとすると勢いよく立ち上がった。
「どうする?船がいるよな?ヴィドール行きの定期便とかありそうだよな?チケットはどこで買えんだろ?」
そう言って、早速キョロキョロとし始めるフレッドに、翠が言う。
「とりあえず、待ち合わせ場所に帰んねえ?まず報告しねぇと」
ヴィクトール達との待ち合わせ場所は、町外れの人の多い通りから少し離れたところにあった。公園になっていて、全く人がいないという事もなく逆に多すぎるという事もない。開けた場所で周囲に人が潜めるような物の無い場所に並んだベンチに、ヴィクトールと護衛の先輩I・Kが並んで座っていて、その前に立った翠とフレッドは、彼らとノンビリ談笑している風を装って報告していた。
「……分かった。ご苦労だった。王太子との接触は、偶然とはいえよくやったな」
ヴィクトールが翠とフレッドをねぎらう。
「フレイクの件は、ひとまず持ち帰るとしよう。船の手配含め、今の私には何もできないからな。公爵に相談するしかないだろうな」
「いえ、陛下。ヴィドール行きの船が出てからあまり時間は経ってないはずなので、すぐ出発したいんですが。船も問題ないです」
翠が言うと、フレッドが大きく頷いた。
「ロベリア王国の船なんですが、行先がヴィドールの商船がいました」
「商船?密航でもするつもりか?」
ヴィクトールが目を瞬かせる。
「お前達、落ち着け。友人が拉致されて焦っているのは分かるが、お前達だけで行くつもりか?俺達は陛下を安全にウルセオリナにお連れしなければならない。悪いが、お前達には付き合えないぞ」
先輩I・Kの一人が、呆れた様に言う。
「そうだな。後輩だし同僚だから、心配だし助けてやりたいという気持ちはあるけど、あいつは体調が悪いのに志願して付いて来ていた訳だからな。運が悪かった部分が大きいし言い方は悪いけど、自業自得なんだよ。それに、お前らの任務は、陛下を護衛しながらここで情報収集し、また無事にウルセオリナ城までお連れする事だ。途中で任務を放棄するなんて許されないぞ」
そう別の先輩I・Kが言うと、別の一人も頷いた。
「というか、あいつを追う事を陛下は許可されてないだろ。何で最初から行く気なんだよ」
「あぁ、そうッスね」
「……」
翠は面倒臭そうに答え、フレッドは俯いている。もう一人の先輩I・Kは、特に何も言う事はなく気の毒そうな表情で後輩二人を見ていた。
「あまり後輩をいじめるな」
ヴィクトールが、苦笑いしながら言う。
「フレイクを追う事は許可する。いや、逆に行って来い。いい機会だ。ヴィドールがどの様な国か実際に見て来てほしい。可能なら、遺跡で何を発掘しているのか、何を企んでいるのか等も調べて来てくれ。ただ、今回の騒動で多くの兵を失った。だから無理な事はするな」
ヴィクトールの言葉に、フレッドの顔は明るくなり、翠もホッとしたような表情になる。
「はい!」
「了解しました」
「それで、本当に、商船に忍び込んで行くつもりか?危険なのではないか?」
「相談して乗せて貰えるなら、それに越したことはないんですが」
ヴィクトールの言葉に、翠が答える。
「船員がヴィドール人じゃなくてこの国の人間なら、ヴィドールに行く本当の目的は伏せて、どうしても行きたいって事を話して金を払えば乗せて貰えるんじゃないか?」
ただ一人、後輩たちに同情していた先輩I・Kがそう言った。
「ああ、それがいいかもな。いきなり密航は危険だ。乗組員全員の許可を貰えなくても、話が分かりそうな船員を誰か選んで金を渡し、こっそり乗せて貰うという手もある」
意外にも、ヴィクトールは許可していないだろうと説教した先輩I・Kがそう言ったため、翠とフレッドが何か言いたげに見ている。
「何だ?俺は、陛下の許可が下りたのなら、何も言うつもりはないぞ」
「それは、俺もだ」
「ああ、俺も」
他の二人の先輩I・K達も頷いた。
「良かったな。しかし、ロベリアの通貨なんて持っていないだろう?」
ヴィクトールが少し困った様に言う。
「ロベリアどころか、ファセリアの通貨もほぼ持ってません。学生寮から急に呼び出されて、身一つで城に向かって現在に至りますので」
翠がシレっとそう言うと、フレッドはポケットの財布を触ってみてから言った。
「あ、俺は、実家から直接こっちに来てるから、少しは持ってます。ファセリアの通貨だけなら」
フレッドの実家は裕福な商家だった。帝都内だけでなく、各地方にも店舗を持っている。
「それなら、お前達の金は念のためファセリアの通貨のまま持っていて、俺達の手持ちをここでロベリアのものに両替して持って行け」
同情してくれた先輩I・Kが、そう言って自分の財布を取り出す。
「俺“達の”って言ったか?」
別のI・kが言う。
「ああ。付いて行ってやれないんだ。餞別くらい渡してやろう」
同情してくれた先輩I・Kだけでなく、厳しい事を言った先輩I・K3人も協力してくれ、金銭面の援助だけでなくこれまでの経験から色々とアドバイスもしてくれた。その結果、目的の船や船員達についてまずは港で詳しい情報を集め、それから船に乗せてくれそうな人物を慎重に選び相談して、最終的に金銭を支払い乗せて貰う、という計画になった。その際、帰りの船についてもきちんと考えておくよう念を押された。
「それでは、フレイク救出とヴィドール国の偵察を命じる。だが、無理はせず、自分達の命を最優先に行動するように」
改めてヴィクトールに言われ、翠とフレッドは敬礼した。
「しっかりやれよ」
「無理すんなよ」
「次は、ファセリアで会おう」
「またな」
先輩I・K4人も、それぞれ声を掛け、予定通りにヴィクトールと共にファセリア帝国へ向けて戻って行く。
町の入り口で彼ら一行を見送ると、翠とフレッドはディートハルトを追うための行動を開始した。
読んでくださいまして、ありがとうございました。