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LAZULI  作者: 羽月
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57緑の森 ~ランタナ6~

 教会に集まっていた学生達と先輩I・K2人、アカツキ、シヨウは宿に帰って行き、ディートハルト達も滞在している教会内の部屋で明日に備え休んでいた。

「みんな喜んで協力するって滅茶苦茶張り切ってたな」

昨夜と同じ部屋の奥の方のベッドに座り、マレッティが淹れてくれた甘い蜂蜜の香りがするミルクティーのカップを両手で包み込む様に持ったディートハルトは、そうエトワスに話し掛けた。同室のエトワスは、先程からずっと壁際の机に向かい学生が描いてくれた遺跡の地図を別の紙に描き写している。遺跡内は学生達が案内してくれる事になっていたが、状況によっては学生には退避して貰う事になるかもしれないため、そうなった時に迷う事が無いようにもしもの場合に備えていた。学生が用意してくれた地図はI・Kに渡すので自分用のものだった。

「そうだな。本人達も言ってたけど、よっぽど今の任務に不満があったんだろうな」

普通科ではなく敢えて騎士科を選んで入った学生達だ。そのような学生達が、突然やって来たヴィドール人達の手伝いを言い渡されたのは面白くなかったのだろう。エトワスは、作業を続けながら振り向かずにそう話す。

「……」

いつもなら全く気にもならない些細な事だが、エトワスが振り向かないという事が、ディートハルトは今日は何だか少し寂しかった。

『エメと話してた時は、笑顔で楽しそうにしてたよな……』

そう思ってしまう。

「……あと、エトワスが生きてたって分かって、すごい喜んでたよな」

「そうだな。ありがたいよ」

身内には殴られそうになったけどな。と、付け加えてエトワスが苦笑する。昼間会った学生達だけではなく、後から教会に集まった学生達も皆エトワスの無事を喜んでいた。

「エメは、すっげー泣いて喜んでた」

エトワスに縋っていた姿を思い出し、ディートハルトは胸の中にモヤモヤを感じていた。昼間からずっと、この感覚は消えないでいる。

『……何で、エメの事が気になるんだろう?』

エメの事は顔を知っているフェリシアの友達の一人という認識でしかなかったが、何故か妙に気になっていた。騎士科の学生にしてはフンワリした空気を纏っていて、肩までの長さの緩くウェーブした柔らかそうな淡い金髪に、丸みのあるヘーゼルブラウンの目をした、優し気な印象の学生だった。元々、ファセリア帝国の皇女アンジェラがエトワスに好意を寄せているという事は周知の事実で婚約者候補という噂も以前からあるが、エメもまたエトワスに対して分かりやすい素直な好意を表していた。

 そして、その肩書きのせいもあるだろうが、エトワスは非常にモテる。騎士科だけでなく普通科にも騒いでいる者達が大勢いた。それは知っている。分かっているのだが、何故、今さらその様な事が気になっているのかディートハルトは分からなかった。

『おれは関係ない他人事なのに……』

「ディートハルトも、盛大に泣いて喜んでくれたじゃないか」

エトワスがそう言って笑う。泣かせてしまったという罪悪感もあったが、無事だったと知って本気で喜んでくれた事が嬉しくて、思わず頬が緩んでしまっていた。

「えっ、いや、それはっ! だって……!」

マグカップの液面を眺めていたディートハルトはハッとして顔を上げ、慌てて否定しようとする。かなり情けなく子供の様に泣いてしまった事を思い出して恥ずかしくなっていた。

「…………まあ、そうだけど」

誤魔化しようがない、事実は事実だ。言い訳が見付からずモゴモゴと言い、ディートハルトは俯いた。あの時は、本当に良かったと心の底から思いほっとして、”ラファエル”になっていて忘れていた期間もあるが、それまで心配で不安で悲しかったのと、絶望しそうになる気持ちを必死で否定して誤魔化していたストレスと、そういったものがごちゃ混ぜになっていて涙が止まらなくなってしまった。

 きっと、エメも同じだったのだろう。それは、痛いくらいによく分かる。しかし、エメがエトワスに縋り着き、彼が優しくエメの背を撫でながら笑顔を向けていた光景を思い出すと、落ち着かなかった。


「……」

ディートハルトが沈黙していると、エトワスは動かしていたペンを止めてクルリと振り返った。

「もしかして、焼きもちやいてる?」

まさかな、と思いながら冗談っぽく尋ねると、ディートハルトはハッとして顔を上げた。

「ハァッ!?何でおれがっ……!」

思わず立ち上がりかけ、その反動でカップからミルクティーの雫が跳ねて少し零れてしまった。

「ンな訳あるか」

そう言って、一気にカップのミルクティーを飲み干す。

『あ、美味しい……』

少し落ち着いて、小さく息を吐くとベッド横のシンプルなサイドテーブルにカップを置いた。エトワスの方は、予想通りの答えが返って来たので小さく笑って元の作業に戻っている。

『焼きもち?おれが?』

ディートハルトは、混乱していた。

『何に?……エトワスが、モテまくる事に嫉妬してる?』

眉を顰め、考えてみる。

『いや、それは元々知ってたし。別にあんなにモテなくてもいいし』

面倒臭そうだし、自分は大勢にモテたいとは思わない。強がりではなく、素直にそう思った。学生の頃は同級生達の中には、“彼女が欲しい”と言っている者達もいたが正直全く興味はなかった。そもそも友達すらいなかったし、別に恋愛にも興味はない。

『羨ましいとは全く思わないもんな……。じゃあ、何に?』

疑問は振り出しに戻った。

『え、じゃあ、もしかして……』

全く気付かなかったが、もしかして自分はエメが好きなんだろうか?と自分に問いかけてみる。エメがエトワスと仲が良さげにしている事にモヤモヤしているという事は、そうなのだろうか?

『そう、なのかな……?』

そうだとしたら、例えば、相手がエトワスではなくて翠だったらどうだろうか……。と、想像してみた。

「……」

翠とエメが仲良くしていても別に『どうでもいい』と思った。翠が元々軽く、女性に声を掛けがちだからだろうか?

『翠は、誰にでも親し気に話し掛けるからな』

それでは、フレッドやリカルド、ロイ、先輩I・K達だったら……。後輩のオースティンやジャックだったら……。

『……』

順番に一人ずつ想像していき、『別に、いいんじゃね?』と思った。

『と、いう事は……』

別の可能性を考えてみる。

まだ仮説レベルだが……。

そう、例えば、泣いていたのがエメではなくフェリシアだったらどうだろう?

『うん。別に問題ないな』

実際にはフェリシアはエトワスを突き飛ばして殴ろうとしていたが、エメの様に嬉し泣きして無事を喜んでいた姿を想像してみても、『良かったな』としか思わなかった。

 それでは、エトワスの婚約者候補のアンジェラ皇女だったとしたら、どうだろう。そうでなければ、ニコールだったらどうだろう?他の誰かだったらどうだろう?

『やっぱ、どうでもい……』

再び一人ずつ想像し、薄っすらとディートハルトの目元が染まる。

フェリシアのようなエトワスの家族以外では、モヤモヤした。性別も関係なく、知っている相手ではない誰かだった場合でもそれは同じだった。

『マジか……』

つまり、答えは出ていた。


「……そう、かも?しれない」

沈黙していたディートハルトがポソッと呟き、再び地図を描く作業に戻っていたエトワスは、改めて振り返った。見ると、ディートハルトが目元をほんのり染めている。

「?」

ディートハルトが『ンな訳あるか』と、焼きもちではないと否定してから少し時間が経っているため、何の事だろう?と不審に思いつつ、同時に少しドキドキしてしまう。

「何か……。エトワスに誰かくっつくのは、嫌かも……」

ディートハルトは俯き、自分で自分の言葉を確かめる様に話す。エメだけでなく、誰かがエトワスにくっついているのは嫌だと思った。

「あと、逆に、エトワスが誰かにくっついたりするのは、もっと嫌かも……」

昼間のように、エトワスがエメの肩を抱いているのは……これは完全に記憶違いだが、嫌だと思った。

「!」

ディートハルトの言葉を聞き、今度はエトワスの方が少し頬が熱くなってしまっていた。しかし、翠がレテキュラータ王国で話していた言葉を思い出す。“どういった類の好意なのかは分からない”、というものだ。ディートハルトの感情が好意である事は間違いないが、弟や子供・ペット等といったものと同じ様なもので、純粋に慕って妬いているだけという可能性が高い。

「それを、焼きもちって言うんだよ」

早とちりしないよう、冷静になるように気持ちを落ち着け、エトワスは余裕ぶってそう小さく笑う。

「そっか……」

頬を染めたまま、きまり悪そうにディートハルトが小さく言った。

「ああ、おれ、すげえ我儘だな。ごめん」

そう、ディートハルトは自嘲気味に笑う。ガキみたいな事を言っている、と自分で思っていた。

「ずっとエトワスにお世話になりすぎて、調子に乗って独占欲が強くなってしまったのかも」

傲慢だな、と、ディートハルトは思っていた。実際に『側に居て欲しい』などと、次期公爵であるエトワスの立場も考えないで我儘も言ってしまった。その上、思い返してみると、自分は何度もエトワスにくっついている。気軽に抱き着いたり寄り掛かったりしている。そのくせに、エメがちょっとくっつくのが嫌だというのは、とても身勝手だ。

「それじゃあ、俺を独占してくれて構わないよ」

予想外の事を言って笑うエトワスの言葉に、ディートハルトは顔を上げてエトワスを見た。笑顔なので、それが冗談なのか本気なのか分からない。

「冗談かもだけど、お前って、ほんとお人好しってゆーか優しいよな」

と、苦笑いしてしまう。

「本気で言ってるし、単純に優しい訳でもないよ。俺も、俺以外の誰かがディートハルトに触れたりくっついたりするのは嫌だし、我儘なのは俺も同じだ」

席を立ちディートハルトに歩み寄ったエトワスは、ディートハルトの瑠璃色の瞳をじっと見下ろすと、ディートハルトの言葉を真似てそう言った。

「!」

ディートハルトは、少し戸惑ってエトワスを見上げた。ダークブラウンの瞳は、先程とは違い真剣に見える。

「……」

何を言えばいいのか思いつかないディートハルトに、エトワスはゆっくり手を伸ばしてその頬をそっと撫でた。

「俺も、ディートハルトを独占したい」

「!」

そう言えば、エトワスはウルセオリナでも、ディートハルトの事を『他の誰にも任せたくない』と言っていた。その言葉も思い出し、ディートハルトは驚いて少し鼓動が早くなるのを感じていたが、同時に何だか笑いが込み上げて来た。

「……何か、変な会話だな」

自分が言い出した事だが、互いに相手を独占したいと言っている。よく分からない傲慢で我儘で妙な主張だなと思いクスクス笑うディートハルトに、エトワスもつられて少し笑ってしまう。

「エトワスがそう思ってくれんなら、嬉しい。だから、独占していいぜ」

そう言いながら、ディートハルトは自分の頬に添えられたエトワスの手に、自分の手を重ねた。本気でそう思っていた。エトワスが、自分を独り占めしたいと思ってくれるのは、エトワスにとって特別な存在になれたようで何だか嬉しかった。

「……その言葉、本気にするぞ?」

戸惑った様な表情でエトワスが窺う様にそう言った。彼もまた、ディートハルトが冗談を言っているのではないかと考え、探っていた。

「うん」

ディートハルトは、冗談ではないと伝えるため、真剣な表情で頷いた。

「本気にして大丈夫。おれ、エトワスの事、好きだから」

そう言いながら、途中で恥ずかしくなり頬が熱くなる。

「……」

一方エトワスは、未だに窺う様な表情を浮かべていた。

「……俺も、お前が好きだ」

恐る恐ると言った様子でエトワスがそう告げる。

ディートハルトは、ドキドキしながらエトワスを見上げていた。その言葉はとても嬉しいものだったが、エトワスが何故か少し困った様な表情をしているのが気になる。何か、問題でもあるのだろうか?

『どういう意味で、俺の事が好きなんだ?』

そう、エトワスは尋ねる事は出来ず、言葉を飲み込んだ。

 今現在ディートハルトの体調は悪く、アズールまであと一歩というこの状況で、妙な雰囲気にはなりたくなかった。ディートハルトの方は純粋に親しい友人として、そして兄の様な存在という意味でエトワスを慕っている可能性が高いとエトワスは考えていた。だから、今ここで自分がディートハルトに対して恋愛感情を抱いていると知られ変に意識させてしまって距離が出来るよりは、翠の話していたように、これ迄通り信頼し気軽にじゃれ合える仲のいい友人同士でいる方が良いと思っていた。


「どうかしたのか?」

ディートハルトはエトワスの様子が気になり、首を傾げた。

「ああ、ごめん。具合が悪そうだから、心配で」

「え?あ、そっか。……ごめん、大丈夫だから」

嘘を吐いて誤魔化すエトワスの言葉を信じ、ディートハルトはそう言って申し訳なさそうに小さく笑った。勇気を出してエトワスに好意を告げたつもりだったのだが、ちゃんと伝わらなかったようだと思っていた。そして、エトワスが言った「お前が好きだ」という言葉は、友人として、または弟の様な存在として親しみを覚えているという意味だったのだと解釈していた。

 思い返せば、扉の守護者の村でもエトワスに『俺は、ディートハルトが好きだよ』と言われている。あの時は、“だから、遠慮しないで自分達に頼って欲しい”という風に言われたが、つまりそういう事だ。仲間として大事に思っているという意味なのだろう。しかし、そうだとしても、エトワスに好意を抱いていると言われた事はとても嬉しかった。

「心配してくれて、ありがとう」

ディートハルトは、そう言って小さく笑ってみせた。

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