56緑の森 ~ランタナ5~
神父マレッティに教会を使用する事の了解を得て、礼拝堂には、ディートハルトとエトワス、合流した先輩も含めたI・K6人、アカツキとシヨウが集まっていた。そこへ、約束していた時刻になりフェリシア達学生達が訪ねて来ていたが、昼間会った5人だけではなく、新たに別の男子学生5人も加わっていた。その合計10名が今回派遣されている学生達全員との事だった。
「大丈夫です。皆信用出来ます」
きっぱりとそう言いきるフェリシアの言葉に、昼間も会った茶色の髪をした学生、オースティンが大きく頷く。
「俺達全員、ウルセオリナ卿やI・Kの先輩方のお力になりたいんです。何でも聞いてください!」
そう敬礼してみせると、他の学生達も一斉にそれに倣った。
「頼もしいじゃないか。俺達は別に構わないが、どうします、ウルセオリナ卿?」
と、ブランドンがエトワスを見る。彼ら先輩I・K2人もランタナ内でヴィドール人の情報を集めていたが、やはり噂話の様なものしか聞けていなかった。
「こちらも力を貸して欲しいからな。それじゃあ、よろしく頼む」
と、エトワスは、学生達に並んだ椅子に座る様促した。
「早速だけど。分かる範囲で教えて欲しい。聞きたいのは、君達が警備している遺跡とヴィドール人についてだ」
そう言って、エトワスはヴィドール人達についての情報を求めた。
「調査に来ているヴィドール人の内訳や具体的にどのような活動をしているのか、そして、遺跡内がどうなっているのか、魔物がいると聞いているが実際はどうなのか、知っている範囲で教えて欲しい」
エトワスの言葉に、学生達は頷き合い代表としてオースティンが席を立つと、初対面のI・Kに向かって名乗り敬礼してから話し出した。
「まず内訳ですが、リーダーは、50代くらいのグラウカという名の男で、彼の部下のピングスという男性とロサという女性の3名が中心となって調査をしています。彼らの助手をしている男女が2名いて、名前はそれぞれラックとウィン。この二人は学者などの専門家ではなく今回の調査のためだけに雇われたアルバイトだと言っていました。そして、調査には加わらない戦闘員が他に4名います。この4名はファイターと呼ばれる傭兵だという事でしたが、名前はそれぞれ、コウサ、レダス、バンダ、チャド。最後にルシフェルという名の非戦闘員がいますが、彼は何をしに来ているのかよく分かりません。立場も謎です。彼は、魔物を操る事が出来るようで、他では見た事の無い二足歩行の人の様な魔物を従えて遺跡の奥の部屋にいる事が多いです。以上の10名が毎日交代で遺跡に入っています」
オースティンの説明によると、研究員が助手を連れ交代で遺跡に入っている様だった。遺跡に入らない者は、その日は宿で発掘品の整理をしたり書物を読んだりしているらしい。そして、ファイターの方も二人ずつ交代で遺跡に同行し、ルシフェルは気まぐれで遺跡に入ったり森や町をブラブラしたりして過ごしているとの事だった。
「遺跡は、地上の建造物は平屋で広さもそれ程ないのですが、地下が広く2階まであります。……ランツ」
と、オースティンが呼び掛けると、別の学生が席を立ち、持っていた巻いた紙を広げてエトワスに差し出した。
「こちらが遺跡の地図です」
「ありがとう。手間を掛けたな」
「いえ!」
3枚用意されたその紙は、それぞれ地上1階と、地下1階、地下2階の様子が描かれていた。
「遺跡内の地上1階の奥の部屋は完全に床が抜けてしまっていて、立ち入る事ができません。そのため、ヴィドール人達は地下の部屋を調べています。彼らの話によると、地上と地下は、別の時期に別の人間達が作ったもので、元々ヴィドール人達が探していた重要な場所は地上1階にあったそうなのですが、後になって地下に部屋が作られた事が原因でその重要な場所が崩れ落ちてしまったらしいという事でした」
オースティンが指し示した重要な場所というのは、1階の北側の奥だった。
「ちょうどこの部分なんですが……」
と、オースティンは地図の2枚目と3枚目の同じ位置を指し示す。
「俺達と交代して先に帰還した学生達の話では、1階の崩れた部屋の真下にある、埋まってしまった地下1階と2階部分の一部をヴィドール人達と一緒にずっと掘り起こしていたそうですが、3か月程前に全ての瓦礫を取り除く作業が終わり、この場所の最下層になる地下2階でヴィドール人達の最大の目的だった物を見付けたそうです」
「それが何なのかは、聞いているか?」
恐らくそれが扉だろう。そう考えながらエトワスが尋ねると、オースティンは首を横に振る。
「いえ、残念ながら。その場所に入る機会があったんですが、ただ空っぽの部屋で、特に何も見当たりませんでした」
「空っぽの部屋?」
レイシがレテキュラータ王国で話していたように、“扉”というのは術か何かで、文字通りドアがあるとは思っていなかったが、何も無いというのは少し意外だった。
「はい。元々部屋にあったものを運び出した後なのかもしれませんが、紋様の描かれた壁と、一部穴の開いた天井、そして床に囲まれたガランとした部屋です」
「そうか……。アカツキ、この部屋が例の場所だと思うか?」
エトワスに声を掛けられ、アカツキが歩み寄って来た。
「そうですね。私には地図を見ただけでは分かりませんが、恐らく目的地でしょう。“それ”は元々地上1階にあったのでしょうが、部屋か崩れ落ちたためにそのまま落下する事になり、地下の部屋へ移動したのかもしれませんね」
「じゃあ、そこで、ルシフェルと例の“なれの果て”が待ち構えてるって事だね」
翠の言葉に、ディートハルトは眉を顰めた。
「また、あいつと会う事になるのか……」
「心配ないよ。オレらが先にすっきり片付けとくから」
翠が笑う。
「その部屋が、ヴィドール人達の最大の目的の場所だったとして、今はじゃあ、奴らは何をしているんだ?」
フレッドが尋ねる。
「以前は、その部屋の壁に書かれた紋様を模写し、宿に持ち帰って何やら資料と照らし合わせていましたが、遺跡内の壁にはその部屋以外にも沢山レリーフがありますので、今は地下のレリーフを調べています。それと、外にも周囲に小さな建物の跡があるんですが、最近はその辺りの地面を掘っています。何か貴重な石が見付かったと騒いでいる時もありました」
オースティンが言うと、別の学生が手を上げた。
「よろしいですか?」
「ああ」
手を上げた学生にエトワスが視線を向けると、立ち上がり名前を名乗ったキャロルという学生が話し出す。
「今日、遺跡から引き上げる際に、彼らが話していた事なのですが……」
キャロルが言うには、ヴィドール人達は、このままでは拉致があかないため数人を残し一度帰国しようと話していたらしい。
「その具体的な日時はまだ決めていないようでしたが、その前に、もう一度、徹底的に遺跡内を調べてみようと話していました。そのため、明日以降しばらくは全員で遺跡に向かうようです」
「全員遺跡に入ってくれるとなると、好都合だな」
ブランドンがニヤリと笑って言った。
「二手に分かれる手間が省けて、ラッキーッスね」
翠も言う。もし、宿に残っているヴィドール人がいるなら、宿に行く者と遺跡に向かう者と別れそれぞれ捕らえるつもりでいたが、一か所に集まってくれるのなら都合が良かった。
「遺跡内に、ルシフェルと共にいる二足歩行の奴以外の魔物はいるのか?」
リカルドが尋ねると、オースティンが答えた。
「元々遺跡内に棲みついていた魔物は、俺達より前に派遣された学生とファイター達が倒したようですが、地上1階部分に窓が多いため、そこから新たに侵入してくる魔物がいます。ただ、それ程数は多くありません」
それでもきっと、ディートハルトが遺跡に行けば、沢山の魔物が追って来るだろうなとディートハルトは思っていた。
「よし、じゃあ、具体的な作戦を立てるか」
ブランドンが、I・K達の顔を見渡して言う。
「皆、ありがとう。有益な情報だった」
必要な情報は揃ったため、エトワスが学生達に向かって言うと、フェリシアが口を開いた。
「お兄ちゃん達のやってる事、私達にも是非お手伝いさせてください!」
事前にそう話し合っていたのか、他の学生達も大きく頷いた。
「自分達は、ヴィドール人の調査チームが魔物に襲われる事無く安全に調査に集中出来るよう、彼らを護れと言われここに派遣されました。もう半年以上も交代で来ています。これが実戦訓練になるのなら良いですが、実際は遺跡の外や中に立っているだけです。魔物が出ない訳ではありませんが、数は多くありませんし、何もする事の無い時間をただ過ごしているだけなんです」
「それはキツイね。やる事がないって逆に辛いし」
発言したオースティンに向かい、翠が苦笑いする。
「はい、もう暇すぎて……いえ、それもあるんですが、不満なんです。無駄な時間でしかないので。学院で座学の方がずっと有意義な時間を過ごせますし。最近では地面を掘る手伝いをさせられたり、たまに遺跡から出た壺とか朽ちた木箱の破片だとかを運び出す手伝いをさせられたりするんですが、そんな事をさせるために、わざわざ騎士科の俺たちを呼んだのか?と思っていまして……」
「本当なら、もう進路も決まってて、卒業前の試験直前って時期だもんなー」
と、フレッドも同情した様に言う。
「そうなんです!」
「それに……」
と、フェリシアが言葉を続ける。
「ヴィドール国との国交は無かったはずです。何で急に、遺跡を自由に調査する事が許されているのか、そういった事にも、モヤモヤしてるっていうか」
「……」
フェリシアに視線を向けられたエトワスは、無言でI・Kの方を見た。ヴィドール人達を捕らえるという任務はI・Kが与えらえたものだからだ。
「俺達I・Kが、今微妙な立場だって事は知ってると思うけど……」
学生達が口を開いたブランドンに注目する。
「協力したら、アーヴィング殿下が間違いなく怒るぞ?」
「問題ありません!」
「大丈夫です!」
少し困った様に言うブランドンに対し、学生達全員が口々に言った。
「僕達は皆、学院の指示でここへ派遣されていますが、学生ですのでアーヴィング殿下に忠誠を誓った訳じゃないです」
涼しい顔でそう話す学生にI・K達は苦笑した。
「先輩、私達を信用していただいて大丈夫です」
フェリシアが、元々の知り合いの翠を真っ直ぐに見て言う。
「そりゃ、信用してるけどさ」
翠が困った様にエトワスの顔を見た。
「必要なら、ルピナスに常駐しているI・Kにも応援を要請していいって事だったし、これだけ人数が増えれば成功率も上がって助かるだろうけど。ただ……ちょっと複雑な事情があるから、そっちも併せて考えなきゃならないな」
エトワスが言う。複雑な事情とは、ディートハルトの事だ。元々の計画では、ヴィドール人達に扉が開いた事を知られない様にするため、まずI・K達が遺跡内のヴィドール人を全員捕らえ遺跡を出た後で、改めてディートハルトとエトワス、シヨウとアカツキの4名で、無人になった遺跡内の扉へ向かう事になっていた。しかし、昨夜シャーリーンの話を聞いた事により、その計画を変更しようという話になっていた。ディートハルトの体調からすると、そして、地底の種族に属する魔物達が集まり襲って来る可能性を考えると、ヴィドール人達を全員捕らえるまでのんびり待っている余裕はないかもしれないと判断したからだ。そのため、二つの任務をほぼ同時に遂行するつもりだった。遺跡内でヴィドール人達を捕まえる隙を見て、扉を開きアズールへ向かおうというものだ。
「そうだよな。成功率が上がるから大歓迎ではあるんだけど……」
と、フレッドがディートハルトに視線を向ける。学生達に協力して貰うとなると、やはりディートハルトに関係のある空の種族やアズール等の話もしなければならなくなる。
「後輩の事を思うとな」
「そうだな」
と、先輩I・K二人が言う。“後輩”というのは、学生達ではなくディートハルトの事を言っていた。
「あ、おれの事だったら別に問題ないです。隠す気は無いので」
エトワスとI・K達が迷っている中、ディートハルトが何でもない事の様に言った。そのため、全員が一斉にディートハルトに注目する。
「だって、遺跡で何が起こるか分からないし。今まで通りの任務に就くだけだったとしても、学生達も巻き込まれるかもしれないし。だったら、安全のためにも最初から知ってた方がいいんじゃないかな?」
ヴィクトールに報告するかどうかで迷った時と同様に、エトワスが心配そうな表情をする。
「でも……」
学生達を巻き込むことも心配だが、ディートハルトの個人的な話に触れてしまう事も気になっていた。妹や顔見知りの学生達はともかく、本当に全員が信用できるのだろうか、とも考えている。
そこで、少しの間学生を待たせ、ディートハルトも交え再び今回の任務に就いているメンバーで話し合いをして、最終的に、まず簡単に事情を説明しその上で改めて学生達の意思を確認してから、協力して貰うかどうかを判断するという事に決めた。
「まず伝えておく」
学生達の顔を見ながら、エトワスが話し出す。
「俺たちは、アーヴィング殿下の命令で動いているんじゃない。そして、さっき先輩が話した様に、俺達に協力する場合確実にアーヴィング殿下の機嫌を損ね敵になる。つまり、君たちの進路にも大きく影響する事になる。その上、魔物との実戦が多くなる事が予想され、想定外の事が起こり得る危険な任務にもなる。それでも構わないというなら、これから詳しく説明する」
そこまで話し、エトワスは一度言葉を切った。学生達の反応を確かめるためだ。
「俺達の任務に関わらない場合は、このまま宿に戻って明日は遺跡には近付かないで欲しい」
「大丈夫です!わたしは、エトワス様の力になりたいです!」
サッと立ち上がり、真っ先に答えたのはエメだった。続けて他の学生も立ち上がる。
「元々I・Kを志望していました。アーヴィング殿下に仕える気は最初からありません」
「僕も同じです。是非、協力させてください!」
学生達は口々に言い、誰もこの場から去ろうとする者はいなかった。
「……分かった。それじゃあ、このまま話を続ける」
エトワスは頷き、言葉を続けた。
「俺達は、それぞれ別の二つの任務でここに来ている」
そう言って、エトワスはI・K達の方を見た。
「まずは、ディートハルトを除いたI・Kだけど」
と、翠が話し出す。元々、ヴィドール国に潜入する任務をヴィクトールに与えられていたのは翠とフレッドだった事もあり、ヴィドール人と関りのある今回の任務についても代表して話す事になっていた。
「オレらは、遺跡調査に来ているヴィドール人達を全員捕らえる事、それが任務だ。特に、グラウカって男は超重要なターゲットなんだよ。さっき、“どうして、ヴィドール人がこの国で遺跡を調査出来るのか”って話が出てたけど、その事に関連があるんだ。だから、グラウカだけは絶対に逃さない様に捕まえなきゃならない」
「グラウカとアーヴィング殿下の間で、何かあったって事ですか?」
翠の言葉に、“モヤモヤする”と言っていたフェリシアが尋ねる。
「そう。多分ね」
翠は、フェリシアに対し頷いて見せた。そして、エトワスに視線を向けた。
「……そして、俺の任務は、協力者のヴィドール人のシヨウと、レテキュラータ人のアカツキの二人と共に、遺跡の奥の、さっきオースティンが話していた部屋にディートハルトを連れて行く事だ。事情があって、翠達と同時にこちらの任務も遂行する事になっている」
エトワスの言葉に、学生達は不思議そうな顔をしている。翠達I・Kの任務は理解できるが、エトワスの任務はよく分からなかった。
「あの何もない部屋に、フレイク先輩を連れて行く事が任務?」
フェリシアがそう言った。
「ああ。それについては、今から説明する。初めて聞く突拍子もない話で、信じられないと思うけど……」
と前置きして、エトワスは話し出した。
「遠い昔、人間は4つの種族に分かれていたそうだ」
エトワスは、学生達に現在は姿を消したとされる3種族の話をした。そして、それが事実であり今なお存在している事を突き止めたヴィドール国が、世界各地の遺跡を調査しそれら3種族が持つ力を手に入れようとしている事、実際に地底の種族から魔物化した生き物を飼っている事、また、それらの魔物を元に機械と融合させて、ファセリアでは“Vゴースト”と呼ばれるドールという戦闘員を作り出している事などを簡単に話した。
「現在彼らが調べているここランタナの遺跡は空の種族のものらしい。そして、数か月前に遺跡内で見付かったヴィドール人達が探し求めていた物というのは、空の種族が今も暮らしているとされる空の国アズールに繋がる扉だろう……」
エトワスは、学生達の様子を窺った。予想外すぎる話に付いていけないのか、学生達はポカンとした表情で聞いている。
「ディートハルトはその扉を通ってアズールへ行かなければならないんだ。俺達はそれをサポートし、その後、可能ならアズールがどんな場所なのか調べてくる事になっている」
学生達はシーンと静まり返っていた。初めて得た情報が多すぎて、頭の中で整理できず何を質問していいのか分からないといった状態だった。3種族の話は信じられないという気持ちも大きかったが、実際に“行く”と言っているのだから真実なのだろう。しかし、やはり頭は付いていけず……という状態で混乱していた。
「ええと……。ディート先輩は何でアズー、ル?に行くんスか?エトワス先輩とは別の任務が?」
恐る恐る手を上げ、ジャックが質問した。いつの間にか、ちゃっかり愛称呼びになっている。
「いや、おれの場合は個人的な理由だ。治療に行くんだ。自分でも最近まで知らなかったんだけど、おれは空の種族らしい。で、今体の具合がすっげー悪いんだけど、これはこっちの医者じゃどうにもできなくて、アズールでしか治療出来ないらしいんだ」
ディートハルトがそう答える。“空の種族”という突然の告白に少しざわついたが、本人の言葉通り体調が悪そうに見えるため、学生達は納得した様子だった。
「え、じゃあ、アズールに行けば治るんスね?」
心配しているのか、ジャックが眉を寄せて尋ねた。
「多分。そう聞いてる」
ディートハルトが答えると、ジャックはホッとしたように「良かった」と言った。
「既に話した通り、ヴィドール人達もアズールを探していて実際に行こうと考えている。ただ、扉は鍵が無ければ開かなくて、今のところディートハルトしかその扉は開けない」
エトワスは鍵についても話した。ヴィドール人達がルシフェルを鍵だと思い込んでいる事、そして、ヴィドール人はまだ気付いていないが、実際は扉の鍵はディートハルトだという事も説明した。
「遺跡の調査チームがずっとランタナに居て遺跡内を調べているのは、諦めきれずにしつこく鍵の情報を探してるからなんですね」
そうエメが言う。
「ああ、そうだと思う。だから、ディートハルトが鍵だという事に気付けば、もしくは扉が開いたことに気付けば、必ず邪魔をして自分達もアズール行こうとしてくるだろう」
自分が発言した事でエトワスに視線を向けられ、エメは嬉しくなって密かにドキドキしていた。
エトワスは続けて、ディートハルトを狙って数多くの地底の種族に属する魔物達が集まって来るであろう事や、ルシフェルに狙われる可能性が高い事も話した。
「つまり、ヴィドール人を捕らえ、同時に、多くの妨害が予想される中ディートハルトを無事アズールに向かわせる、というのが今回の任務だ」
最後にエトワスがまとめた。
「君達は学生で、命令を受けている訳じゃない。だから、出来る範囲であくまで応援として動いてくれ。身の危険を感じたら、もちろん個人の判断で退避していい」
その後、学生達から質問を受けた後、改めて細かい打ち合わせをする事になった。
「明日、元々遺跡に向かう事になっていたフェリシア、エメ、ニコール、オースティン、ジャックの5人は、いつも通りヴィドール人達と遺跡に行って、いつもと同じように警備に付いてくれ。そして、遺跡内に入るI・K6人と、俺達4人を、それぞれヴィドール人達がいる場所と、アズールへの“扉”があると思われる部屋へ誘導してくれ。それから、明日は非番の5名、ランツ、イザーク、キャロル、レックス、ライは、遺跡の外に待機していて、もし、こっそり遺跡を脱出したヴィドール人がいたら逃さない様に確保して欲しい」
そうエトワスが話す。
「さっき話した通り、体が弱っているディートハルトを狙って、天敵である地底の種族に属する魔物達が集まってくると思う。特に、外に待機している5人は、遺跡に集まって来るそれらの魔物に必然的に遭遇する事になるだろうから、そいつらがなるべく遺跡内に侵入しないよう出来る範囲で退けて欲しい。ただし、無理はしなくていい。自分の身が危ないと感じたらすぐに退避してくれ。これは、遺跡内の5人も同じだ。無理はせず、自分の身の安全を一番に考えて隙を見て遺跡から脱出し、外の5人と合流して安全な場所で待機してI・K達の帰りを待つように。その後は、I・K達が指示を出す」
エトワスの言葉に、ブランドンが頷いた。
「無事にヴィドール人10名を確保したら、ひとまずルピナナに向かう。その後は、馬車でウルセオリナを目指すから、君ら10名も一緒に来てくれ。ああ、ランタナの宿の荷物は、今夜のうちにそれぞれまとめておけよ。それと、これは万が一の話だが、遺跡内に入った俺達I・Kが誰も戻らなかった場合、ルピナスにある“キャンディショップ”というそのまんまの名前のキャンディとチョコを売っている店を訪ねてくれ。その店は、表向きはスイーツショップだがI・Kの事務所になっている。俺達の名前を出して、今回の任務と、俺達が戻らなかった事を報告して、そいつらの指示に従ってくれ」
「あの……」
と、遠慮がちにエメが手を上げた。
「エトワス様達は、I・Kとは別行動でアズールに行かれるんですか?」
「ああ。空の種族じゃない俺たちも扉を通る事が可能ならな。俺とアカツキはアズールに向かうつもりだ。シヨウは、君らと一緒にウルセオリナへ向かう。扉を通れない場合は、俺とアカツキも戻る」
エトワスの言葉に、ジャックが手を上げた。
「その場合、ディート先輩は?一人でファセリアに戻って来るんスか?」
心配そうに表情を曇らせている。
「おれは、療養がいつまでになるか分からないから。でも、ファセリアにさえ戻れば道は分かるし、体が良くなれば一人で戻れるから問題ない」
ディートハルトは何でもない事のように答えたが、正直心細かった。しかし、自分は皆と違い、空の種族なのだから仕方がない。扉の場所まで付いて来て貰ってこうやって協力して貰えるだけでも、とてもありがたい事だ。そう思っていた。
「フレイクも、ルピナスに常駐しているI・Kの事務所“キャンディショップ”に行けばI・Kと連絡は取れるから、キサラギ達が迎えに行けるよ」
ブランドンがそう言うと、翠が頷いた。
「そうしなよ。オレが迎えに行ってやるからさ」
「そうでなければ、ルピナス城に行けばいい。伯爵に頼めば、俺にでもエトワスにでも連絡を取って貰えるだろう」
リカルドもそう言った。
「うん、ありがとう」
仲間の心遣いが嬉しくて、ディートハルトは笑顔で頷いた。
打ち合わせが全てが終了して解散となっても、学生達は未だ教会内に残っていた。ランタナに長く滞在し本気で暇を持て余していたため、意味のある任務を得た事が嬉しくて、また、先輩達と話せる事が楽しかったからだ。
I・Kに憧れる学生達は現役I・Kの周りに集まり、国外からの協力者として紹介されていたアカツキやシヨウに興味を持った者達は彼ら二人を質問を責めにし、エメはエトワスを相手に頬を染めて目を輝かせて雑談に花を咲かせている。ディートハルトは気分が悪く体が重かったため窓際の椅子に座って休んでいたが、そのすぐ近くにはフェリシアとニコール、そしてジャックも座っていた。
「ディート先輩は大変だったんスね。それを知ってたら、グラウカ達の護衛なんてしないで逆に嫌がらせしてやったのに」
ディートハルトがヴィドール人に拉致されたという話も聞いたジャックが、眉を顰めた。
「嫌がらせって?」
フェリシアがそう言って同級生に視線を向ける。
「う~ん、そうだな。必ず通らなければならない遺跡の出入り口の床に、足の踏み場が無いくらい大量のカメムシをばらまいてビッシリ埋め尽くすとか?」
「うわ。それは確かに嫌かも」
「嫌がらせとしては抜群に効果ありそう。捕まえるのも大変そうだけど」
フェリシアとニコールが、引いた様子で眉を顰める。
「でも、ディート先輩は、いきなり空の種族だ、なんて言われてビックリしたんじゃないッスか?」
と、ジャックがディートハルトに視線を向ける。
「えっ?……ああ、それまで聞いたことも無かったしな。何訳の分かんねえこと言ってんだって思ってた」
楽し気な雰囲気のエメとエトワスの様子をぼんやり眺めていたディートハルトは、ハッとして視線を目の前に戻した。
「そうですよね。あたしだったとしても、ハァ!?何ソレ?ってなっちゃうと思います」
胡散臭すぎるし、そうニコールは思っていた。
「でも、フレイク先輩が空の種族って、何か似合いますよね。絶対“地底”じゃないし、“水”も何か違うし。“空”なら、ああ!って、すんなり納得するっていうか」
フェリシアがそう言うと、ニコールとジャックがコクコク頷いた。
「あー、分かる!すっごくキラキラ~な感じだもんね」
「風とか青空ってイメージだよな」
ニコールとジャックの言葉に、フェリシアが大きく頷く。
「そうそう!」
ディートハルトは、3人が何を盛り上がっているのかよく分からなかった。
『……あ』
無意識に、エトワスとエメが話している様子が目に入る。エメは、はにかんで頬を染め、嬉しそうにエトワスを見上げて何か話していた。時折、身振り手振りを交え、一生懸命何かを伝えている。そして、エトワスの方は穏やかな笑顔を浮かべ、それに応えて頷いたり笑ったり、何か言葉を返したりしていた。二人はとても楽しそうに仲が良さそう見えて、何だか胸の辺りがモヤモヤした。
「……ですよね?フレイク先輩?」
心配そうにフェリシアが顔を覗き込んで来る。
「へ?あ、ごめん。聞いてなかった」
「やっぱり、具合、悪いんですね」
そう言ってフェリシアが眉を寄せると、ニコールとジャックも表情を曇らせた。
「いや……あ、うん、ちょっと。何か違和感があって……」
そう言いながら、胸のあたりに手を当てる。今、エメが笑顔で話しながら自然な仕草でエトワスの腕に触れていた。それが何故か妙に気になってしまっていた。エトワス本人は全く気に留めた様子も無いのが……。単純に、今自分は体の具合が悪いせいなのかもしれないが、二人が仲良さげに話している姿は見たくない気がして落ち着かなかった。それなのに、どうしてもわざわざ視界に入れてしまっていて、訳が分からない。
「明日、私達も全力で協力しますから!辛いと思いますけど、もう少し頑張ってください」
ディートハルトの言葉を聞き、急にフェリシアがキリっとした表情になりそう言った。ディートハルトは先輩ではあるが、年齢が一つ年下であるせいか弟の様に思えてしまう。そのため、具合が悪いというのを放っておけなかった。そして、それはニコールとジャックも同じなのか、それぞれ両手でグッとディートハルトの手を握った。
「そうです、フレイク先輩!大丈夫ですから、あたしたちに任せて!」
「そうッス。俺達も全力でサポートするんで!」
「え?あ、う、うん。ありがとう」
驚き、ありがたく思いつつそう答えながらも、ディートハルトはエトワスとエメの姿を目で追ってしまっていた。