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LAZULI  作者: 羽月
54/77

54緑の森 ~ランタナ3~

 白い壁とそれ程高くない薄暗い天井が目に入る。

目を覚ましたディートハルトは、自分が何処にいるのか分からなかった。

「……?」

ぼーっとしたまま簡素なベッドを下りて窓から外を見ると、外は明るく、葉が落ちて枝だけ残った木が見えていた。枝の上には茶色の小鳥が数羽いて囀る声も聞こえて来る。

「……そっか。ランタナだった……」

ぼんやりしていた頭がはっきりしてくるが、そこに懐かしさはなく少し憂鬱な気分になった。

「起きてたのか、おはよう」

部屋に入って来たエトワスが、いつも通りの笑顔を向ける。その顔を見て声を聞くと、沈んだ気持ちが引き上げられた様な気がした。

「昨日、シャーリーンさんに会ったよな?」

ふと思い出して、首を傾げる。夢だったのか現実だったのか分からなくなっていた。

「え?ああ、そうだな」

エトワスに尋ねたディートハルトは、返って来た答えにほっとする。

「夢かと思った」

「目が覚めた時、俺もそう思った。皆も同じ事を言ってたよ」

エトワスが笑う。

「おれだけが見たんじゃねえなら、やっぱ現実なのか……」

ここ数か月、ずっと夢の中にいるようだと思った。

「アズールに行くのは、やっぱり不安なのか?」

エトワスがそう言って、心配そうにディートハルトの顔を覗き込む。

「うーん……ちょっと。でも、昨日シャーリーンさんは、すぐ帰って来るつもりだったって話してたし、そんなノリで行って帰って来れるんなら大丈夫かなって思ってる」

「そうだな。帰って来れる事が分かっただけでも安心するよな」

シャーリーンの言う通りなら、翠がウルセオリナで話していた様に、アズールに行ってみたら扉はこちらからの一方通行だった……という事にはならなそうだった。


「あ、ごめん、寝すぎた」

ディートハルトが時計を確認すると、8時半を少し過ぎた頃だった。

「大丈夫だよ。と言うか、ディートハルトはマレッティさんに頼んで今日はここで休ませて貰っててもいいんだぞ?その間に俺達はヴィドール人の情報を集めてくるから」

昨日はランタナに着いた時刻が遅かった事もあり、情報を集める事は出来ていなかった。そこで、エトワスとI・K達は今日改めて町で話を聞いてみる事にしていた。ヴィドール人達が遺跡にいるという事は分かっているので、もう少し詳しく……正確な人数や一日の行動パターン、そして、遺跡の造り等も確認するつもりだった。同様に、学生達についても同じことを調べておくつもりだった。アーヴィングの命令で任務に就いているとはいえ同じファセリア人で後輩なので、こちらの邪魔をする可能性は考えていなかったが、出来れば巻き込みたくないからだ。

「マレッティさんも、ディートハルトとゆっくり話が出来れば嬉しいだろうし」

急いでI・Kの制服を着ているディートハルトにエトワスがそう言うと、ディートハルトは首を横に振った。

「おれも行く。体調は悪くないから。もし具合が悪くなって迷惑掛けそうなら、ここに戻って来るから。いいだろ?」

ディートハルトはそう言って、エトワスの顔を見上げた。

「だって、おれがここで休んでると神父様が心配すると思うし。気を遣わせたくねえんだ」

「そうだな。マレッティさんが心配はするだろうな……」

ディートハルトの事を語った昨夜の神父の様子を思い出し、エトワスは迷っていた。ディートハルトの言う事は分かるが、やはり身体が心配だ。

「それに、おれもエトワスと行きたい」

『そんな顔して言われると、ダメだって言えないじゃないか……』

身体が心配なのでディートハルトに無理をさせたくないと思っている。しかし、エトワスの方が背が高いので必然的にそうなってしまうのだが、懇願する様に上目遣いにジッと見られると困ってしまう。

 これ迄は、気の強いキッと睨み付ける様な視線を向けられる事が多かったのだが、守護者の村を出て以来、その様な視線を向けるだけでなく、無理に強がったりせず感情を隠さずに素直に頼ってくる事も多くなり、エトワスはそれが嬉しいものの困惑してしまう瞬間も多くなっていた。

「……分かった。一緒に行こう」

魔物が引き寄せられて来るかもしれないし、目の届く場所に居た方が安心だからな……。エトワスはそう考え、無理にもっともらしい理由を探している自分に気付いて苦笑しながら頷いた。



 およそ一時間半後――。


そろそろヴィドール人も遺跡に向かっただろうと予想したディートハルト達は、彼らが不在の間にランタナの町中で情報を集めるために教会を出た。まずは先輩I・K二人と合流するため宿に向かうことになっていた。


「長閑なとこだねぇ」

町はずれにある教会から続く道は、両脇に黄色やオレンジに色付いた葉を付けた木々が並び、小鳥のさえずりが聞こえていた。民家や店などからも離れているため人通りはほとんどなく、少し前に市場からの帰りなのか荷物の積まれたカートを引いてノンビリ歩く老人一人とすれ違ったくらいだった。

「つまんねぇとこだよ。夜になると真っ暗だし」

翠の言葉に、ディートハルトが興味無さそうに言う。

「綺麗な町じゃないか。何か癒されるわ」

オレンジ色の葉を付けている木を見上げ伸びをしながらフレッドがそう言うと、ディートハルトは小さく溜息を吐いた。

「おれには、世界中で一番嫌な景色だしストレスが溜まるけど……」

と、急にピタリとディートハルトが足を止めた。

「……」

ディートハルトの視線の先には、道の向こうから歩いてくる人物の姿があった。まだ少し距離があるが、体格の良い黒髪の男である事が分かる。遠いため顔立ちまでは分からないが、その背格好や歩き方には見覚えがあった。その人物もまた市場からの帰りなのか、荷物が詰まった重そうな斜め掛けのバッグを下げている。

「あいつだ……」

そう思った瞬間、急に体が冷たくなるような感覚がするのと同時に、教会を出なければ良かったと強く後悔する。

 その男はシャーリーンと結婚した医師、ローマンだった。記憶の姿よりも恰幅が良くなっている様な気がするが、間違いなく彼だった。ランタナを出てから5年近く会っていないが、夢の中ではたまに見る大嫌いな人物だった。

「……(最悪だ)」

小さな町なので、マレッティに会ったように偶然出会う確率はゼロではないというのに、エトワスと一緒にいたくて付いて来てしまった。小さな子供みたいに我儘を言って押し通した結果がこれだ。そう思っていた。

「……」

緊張で血の気が引き心拍数が上がっている。もう子供ではないし体も大きくなってI・Kにもなれた。魔物とだって何度も戦った事がある。幽霊にも会った。それなのに、相手はただの人間だというのに逃げ出したい衝動にかられてしまう。

「心配しなくていい。俺が付いてる」

と、そっと背中に手が添えられるのと同時に、耳慣れた涼し気な声が降って来た。傍らに立つエトワスだ。ディートハルトが小さく震えている様子にすぐに状況を察していた。

「オレ“達”がね」

少し笑いを含んだ声でそう言い、翠もポンとディートハルトの頭に手を乗せた。

「何?まさか、あいつが噂の養父?」

「ローマンだ」

尋ねるフレッドに、ディートハルトは緊張した声音で答え小さく頷いた。

「なるほど。あいつがね」


『?』

前から歩いて来た男は、黒い服のグループに視線を向けられている事に気付くと訝し気に眉を顰めた。細い目をした神経質そうな男だった。

「な、お前!まさか、ディートハルトか!?森で魔物に喰われたんじゃなかったのか!?」

黒い服のグループの中に見知った顔を見付け、ローマンは大きく目を見開く。

「なんだ、生きてたのか……」

ローマンは、期待外れだったかの様に唇を歪め薄く笑ってそう言った。

「!」

ディートハルトはローマンに視線を向けるが何も言わない。

「何だ?何か言いたい事でもあるのか?相変わらず生意気な面してるな。朝っぱらから嫌な物を見た。赤ん坊の頃から育てて貰って散々世話になっておきながら、礼も言わず恩知らずにも突然姿を消したお前が、何をしに戻って来た?」

口を開くと同時に飛び出して来たその人となりの分かる言葉に、聞いていた話と合致するなと納得しつつエトワスが冷めた視線を向ける。

「それは、過去に受けた恩を返すためだろうな」

エトワスがそう言うと、翠も口元だけに笑みを浮かべて言った。

「マジで色々とお世話になったみたいだからね~」

「おいおい、お前らは何なんだ?初対面の年長者相手に、随分無礼な口の利き方をしてくれるじゃないか。俺は、そのガキの命の恩人の医師だぞ?」

医師という語を誇らしげに強調し、ローマンがエトワスと翠に小馬鹿にしたような視線を向ける。

「それは、失礼したな。俺は、エトワス・J・ラグルス。ディートハルトの元同級生のE・Kだ」

エトワスは苦笑する様に一度小さく笑い、職業を口にしたローマンを真似て答えた。

「オレは、同じくディートハルトの元同級生で同僚のスイ・キサラギ。で、知ってるか分かんねえけど、見ての通りI・K」

さらに翠も真似て、皮肉を込めてそう言うと、ローマンは訝し気に眉を顰めた。

「何の冗談だ?ラグルス?ウルセオリナの死んだ次期公爵だとでも言うつもりか?I・Kだというのも胡散臭いな。流石、そのガキの仲間だな。皆でI・Kごっこでもして遊んでいたのか?」

「どう思おうが、貴方の勝手だ。ただ、医者という職に就いている者にしては随分短絡的だな」

エトワスが呆れた様に言う。

「何だと!?」

ローマンがギロリとエトワスを睨むと、リカルドが白い目を向けた。

「エトワスの言う通りだな。それに、どっちが無礼なんだ。ウルセオリナのE・K達の死が確認されたという話は聞いていないだろう?彼は、本物のウルセオリナ卿だ。そして、俺はリカルド・W・バルビエ。ルピナスに住んでいるなら、ロバート・R・バルビエの名は知っているな?俺の父だ。昨日ウルセオリナ卿とも会ったばかりだから、疑うなら今から一緒に伯爵に会いに行ってもいいぞ。ついでに、俺達が本物のI・Kだという事も聞いて確かめてみるといい」

「……いや、それは……」

少し怯み、ローマンは両手を上げて首を振った。直接見た事はないが、ウルセオリナの次期公爵の外見については知っている。ダークブラウンの髪と目をした、皇女アンジェラに想いを寄せられている容姿端麗な青年で、雑誌等に写真が載っているのを何度か見た事がある。そして、ルピナス地方の領主家の末っ子のリカルドについては、彼が子供の頃に父である伯爵と共にランタナに視察に来た事があったため、直接見た事がある。金髪に深緑の瞳をした子供だった。今目の前にいる二人は、歳の頃からしても恐らく本人である可能性が高い。

「まさか、こんな辺鄙な町にご本人がいらっしゃるとは思いもよらず……。しかし、そいつに何を吹き込まれたんです?私は、親切にも身寄りのない赤ん坊だったそいつを引き取って、衣食住を与え、十数年、時間と金を掛け育ててやったんですよ?感謝されこそすれ、非難される様な事は何もありませんよ」

ローマンは薄ら笑いを浮かべてそう言った。肩書はともかく、自分の半分の年齢もいかない者達だと侮っているのが、その横柄な態度から透けて見える。

「ディートハルトがこの町で生活していた頃の話は、本人だけでなく他の人物にも聞いている。それによると、貴方の認識とは大きなズレがあるようだな」

エトワスは淡々とそう言った。

「ああ、その件に関して、彼の実の父親のレトシフォン閣下も、是非一度会って直接お礼を言いたいって仰ってたね」

翠が不敵に笑う。ディートハルト達がレテキュラータを発つ前、実際にシュナイトがそう言っていたからだ。

「父親……?レトシフォン閣下?」

ローマンが眉を顰めた。聞きなれない名前だったが、敬称が付いているためどこかの貴族である事は分かる。

「おい、クソガキ!お前は、誰のお陰で生活出来たと思っているんだ?俺がいなければ、野垂れ死んでいたんだぞ!何処の貴族がしくじって出来たガキか知らねえが、俺から色々与えて貰った分際で、どれだけ恩知らずなんだ!?風邪を拗らせて死にかけた事もあっただろう?誰が命を助けてやった?」

告げ口されたと認識したローマンは、怒気をはらんだ声でディートハルトに向かいそう言った。

「……あの時風邪を引いたのは、あんたのせいだろ」

ディートハルトは俯いてフルフルと震えていたが、拳をキュッと握ると顔を上げてローマンを見た。

「でも、そうだな。おれが、その辺の道端で素っ裸で餓死しなかったのは、あんたがおれを引き取ったからだし、あんたがセルシアナさんを雇ってたんだから、一応あんたのお陰で大きくなったってのは嘘じゃないかもな。でも、普通の生活がどんなものかを教えてくれたり、楽しい時間を一緒に過ごしてくれたり、生まれて来て良かったって思えるような数えきれないくらいの色んなものを与えてくれたのは、あんたじゃなくて今ここにいる奴らだ!」

緊張で心臓はドキドキしていて少し声が震えてしまったが、ディートハルトはローマンをキッと睨み付けて言った。エトワス達がすぐ側にいてくれるので勇気を貰えていた。

「忌々しいクソガキが!被害者面して、お前の主観で都合のいいように言いふらしたんだな!」

ローマンは、吐き捨てる様にそう言った。

「おっさんさぁ、記憶力か聴力が低下してる?さっきウルセオリナ卿が、ディー君以外の第三者にも話を聞いたって言ってたの、聞いてなかった?」

翠が、やれやれといった調子で言うと、ローマンが翠を睨み付けた。

「何だと!?」

「そうでなくても、今この場で話した貴方の言葉を聞いていれば、過去にディートハルトに対してどんな言動を取っていたのか、容易に想像がつくけどな」

冷めた視線を注ぎながらエトワスが言う。

「赤ん坊だと思って情けをかけなければ良かったな。死んでくれていれば、今になってお前の面なんぞ見ずに済んだものを……!疫病神のクソガキがっ!」

“ウルセオリナ卿”には強く出られないのか、ローマンは顔を歪ませてディートハルトに呪いの様に言葉を吐いた。

そして、次の瞬間、ディートハルトに殴りかかった。


「ああっ!クソッ!」

ローマンが悔し気に吐き捨てる。

ディートハルトは反射的に身構えたものの、かわしたり反撃したりするまでもなく、ディートハルトに接近する以前に、ローマンは呆気なくエトワスに腕を捻りあげられてしまっていた。

「なるほど。こうやって子供相手に言葉と力で暴力を振るってたのか」

「マジで、呆れるな……」

驚いた様に言うフレッドの言葉に同意した翠だけでなく、リカルドとロイもローマンに冷めた視線を向けている。


「……あんたには何度も殴られたり蹴られたりしたからな。そのお返しをしたいって、ずっと思ってたんだ……」

エトワスに捕まったままのローマンにジーッと視線を注いでディートハルトが言う。夢を見ているような気分だった。記憶の中にあるローマンは大きくて魔物よりずっと恐ろしい存在だったが、エトワスに腕を押さえつけられている姿を見ると、ただ傲慢で態度が太々しいだけの小物にしか見えない。

 そして、子供の頃はこの男に殴られるのが怖かったが、今また殴られそうになってみると、こんなに弱かったのかと感じていた。エトワスが助けてくれたが、そうでなかったとしても、きっとローマンの攻撃は避けられたしすぐに反撃出来ただろう。

「ディー君、気持ちは分かるけど殺しちゃだめだよ。片付けが面倒だから」

翠がノンビリした口調でそう言った。もちろん、ローマンを脅すためにわざと言った言葉だ

「では、代わりに俺が、社会から抹殺してやろうか?とりあえず、ルピナスでは生きていけない様にしてやろう」

真顔でリカルドが言うと、エトワスもサラリと付け加えた。

「ウルセオリナでもな」

「お前ら二人が手をまわせば、二つの地方どころかファセリア帝国で生きていけない様にできるだろ」

フレッドが苦笑いすると、翠も気の毒そうに言った。

「ついでに、レトシフォン閣下の力でレテキュラータ王国にも入国できないように出来るだろうから、国を出るならロベリア王国方面じゃなきゃダメだろうね」

「そんな面倒な事をしないでも、死骸を残さなきゃいいんだろ?簡単じゃないか。I・Kごっこじゃなくて、本物のI・Kだって身をもって分からせてやればいい。先に手を出そうとしたのは、その医者なんだ。反撃しても構わないだろ」

今まで黙っていたロイも参加したくなったのか、そう言った。

「そうだよな。じゃあ、爆破の術を使うか?」

フレッドが言う。

「それじゃ、一瞬で終わっちゃうからディー君の気が済まないんじゃね?」

翠がそう言うと、ロイが再び言った。

「じゃあ、気が済むまで殴るか蹴るかしたらいい。ディートハルトは、格闘術が得意だろ。鼻でも歯でも肋骨でも折ってやればいいんじゃないか?」

珍しく、姓ではなく名前の方で呼んでいる。

「あ、それなら、銃の腕も学年一だったじゃん」


 盛り上がっているI・K達の言葉に、ローマンはすっかり顔面蒼白になっていた。

「おい、クソガキ共!危害を加える気なら、警備兵に通報するぞ!」

「これまで危害を加えてきたのはどっちだ?警備兵?俺達を敵にまわせると思うのなら、やってみろ」

そう言って、エトワスが呆れた様に冷たい目を向けた。

「そうだな。どうせ、うちの兵だ。呼んでくればいい」

リカルドもフンと鼻を鳴らす。ランタナに常駐している警備兵は、ルピナス地方の領主によって派遣されている者達だ。

「いやいや違う!言葉のあやだ」

ローマンは慌てて首を振る。

「ディートハルト、すまなかった!シャーリーンが死んでしまって絶望してたんだ。その上、お前は誰の子か分からなかったからな。それなのに引き取ってやったんだぞ。俺は情けをかけてやったつもりだが、それが気に入らなかったのなら謝るから助けてくれ!覚えてるだろ?妹のリタは、お前を気に入っていた。あの子はお前に懐いてたし優しくしてただろ?俺が死んだら、あの子が悲しむぞ。だから見逃してくれ!」

ローマンは薄笑いしながらディートハルトに訴えた。謝罪の言葉を口にしてはいるが、実際には謝っていない。訴えている言葉からしてその意思が無いのは明らかだった。

「妹?誰がだよ。んなもんいねえよ。あんたら一家は、全員おれの事見下してただろ。リタだって優しくしてたんじゃなくて、格下の相手に自己満足のために施しをやろうってしてただけじゃねえか」

ディートハルトより二つ年下のリタは、他の兄弟と違い確かによくディートハルトに話し掛けて来た。しかし、幼いからという事も大きかっただろうが、親や兄の影響を受けディートハルトの事を下に見ていたし、ディートハルトに対し“きれい”“かっこいい”という言葉を口にしていたものの、単純にその外見を気に入っているというだけで、だからお菓子をくれてやってもいい等といった傲慢な態度を取っていた。

「そんな事は無い!そうだ、家に来て会って行かないか?もう16だ。器量も気立ても良い娘になっているぞ。お前が生きていたと知れば喜ぶだろう」

ローマンはヘラヘラと笑い、ディートハルトは眉を顰めた。

「は?ふざけんな。誰が行くかよ」

仲間達も白い目でローマンを見ている。

「もういいよ、これ以上関わりたくねえし。行こう」

ディートハルトは心底嫌そうにそう言って、エトワスの顔を見上げた。

「今後、ディートハルトに対してまた暴言を吐いたり、危害を加えたり、何か不利益になるような事をしたら、俺が許さない。覚えておけ」

エトワスが冷たい目でローマンを見据えてそう言った。

「さっきの言葉は、ただの脅しじゃないぞ。これから先もこの町で、いや、ファセリア帝国内で生きていくのなら、自分の言動を悔い改めて謙虚になる事だな」

リカルドも冷めた声で告げる。

「小さな子供だったディー君に対して、愛情は持てなくてもせめて意地悪しないで良識ある大人として普通に接してたら今感謝されてただろうし、いい形でウルセオリナ卿とリカルド卿のお近付きになれてたかもしれないのにね。自業自得だけど、ディー君も含めてオレらI・kにまで目を付けられて、これから先大変だ」

翠が薄っすらと笑いながら言う。

「……」

ローマンは何か言いたげに翠を見ていたが、解放されると、最後に一度ディートハルトを恨みのこもった視線で強く睨み付け、ほとんど駆け出すようにして去って行った。


 ローマンの姿が小さくなると、ディートハルトは気が抜けた様にポツリと呟いた。

「あいつが、逃げていった……嘘みたいだ……」

夢の中に出て来る時も恐ろしい存在だったローマンが、コソコソと逃げていく姿に驚いていた。

「分が悪いって思ったんだろうね」

「まあ、こっちの人数が多かったしな」

翠とフレッドが笑う。

「あの……、ありがとう」

そう言って、ディートハルトは同級生達を振り返った。

「やっと、あいつから完全に逃げられた気がする!」

嬉しさがジワジワと込み上げて来て笑みを浮かべると、エトワスが笑顔を返した。

「いや、逆に、ディートハルトが、あいつを追い払ったんだよ。もう絡んでは来ないだろうけど、もしまた対峙する事になっても、今のディートハルトならあんな男簡単にやっつける事が出来るよ」

「小っせえ男だったしねぇ。一発くらい殴ってやっても良かったかもね」

翠もそう言って笑う。

「でも、おれ一人じゃ、追い払う以前に何も言えなかったと思う。皆のおかげだよ」

ローマンが逃げて行ったのは、間違いなく彼らのおかげだ。そう思っていた。

「友達なんだからさ、味方するに決まってんじゃん」

フレッドが笑いながらディートハルトの肩を叩く。

「俺が言うのもなんだが、あの男の言動は不愉快だったし、公平な目で見てあいつの方がおかしかったからな」

リカルドがフンと小さく鼻を鳴らして言うと、ロイも頷いた。

「あいつが、どうしようもない小物だって事は、よく分かったな」


 ランタナを出た5年前は、一人ぼっちで心細かったが、まさかこんなに助けてくれる仲間が出来るとは思ってもみなかった。そのせいか、今までは嫌いだったランタナの景色が違って見えるようになった気がしていた。

「……ありがとう」

照れくさそうにもう一度ポツリと言うディートハルトの言葉に、同級生達は顔を見合わせて笑った。


読んでくださいまして、ありがとうございます!


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