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LAZULI  作者: 羽月
53/77

53緑の森 ~ランタナ2~

「ディートハルトは、どこか体の具合が悪いんですかな?」

目立たないよう二人ずつに分かれそれぞれ町中で食事を済ませた後、教会を訪れたディートハルト達をマレッティは快く招き入れてくれたのだが、神父が久し振りに懐かしいディートハルトやその友人達と話をしようとお茶を淹れ談笑を始めてしばらくすると、ディートハルトは借りた部屋へと引き下がってしまっていた。

「少し疲れたのかもしれません」

エトワスが言葉を濁す。ディートハルトは『ごめん、ちょっと眠くて……』と言っていたが、どう見てもあまり体調が良さそうには見えなかった。

「でも、大丈夫です。最近無理が続いていたのが原因だと思いますので」

マレッティに心配かけまいと、すぐにエトワスはそう付け加える。

「そうそう。風邪を引いたって言ってたのに無理したから、そのせいですよきっと」

と、フレッドも話し、さらに翠も続けた。

「同行者に薬師がいるんですけど、さっきちゃんと薬を貰って飲んでましたし、心配いりませんよ」

「そう、ですか。それならいいんだが」

マレッティは3人の言葉を信じたようでホッとした様子で柔らかく笑い、息を吐いた。

「あなた達があの子と仲良くしてくれていて、本当に良かった。ここに居る時のあの子は、一人も友人が無く、生まれ育った環境も本当に酷くてね。いつも孤独でしたから」

懐かしそうに、そして悲しそうな表情でマレッティが語る。

「あの子の生い立ちは聞いてますか?」

「はい、少しですが」

と、答えたエトワス以外は首を振る。

「あの子の養い親のローマンは、亡くなった妻シャーリーンが残した生まれて間もないディートハルトを、体裁が悪いので手放しはしなかったものの、慈しんで育てる気はなかったんですな。自分の子ではないという事が大きかったんでしょうが。だから、看護師兼家事手伝いとして住み込みで働いていたセルシアナ婦人が、赤ん坊の世話をしたんです。ただし、報酬を受け取る仕事の一つとして。彼女は、信仰心のあつい女性なので、恵まれない子供に手を差し伸べる事は尊い行為であり、自分が天に召される際に神に褒められ天国に導かれる事になると考えて、あの子の世話をしていました。だから、婦人にもディートハルトへの純粋な無償の愛情は無かったんです。そうとは知らず、幼い頃のディートハルトは、疑うことなくセルシアナ婦人の事を慕っていたんですが、成長するにつれてその事実に気付いていき、自分に利益が無い限り他人に親切にする人間などいない、そう考える様になっていきましてね」

マレッティの話すディートハルトの過去は、エトワスは断片的に聞いていた。しかし、他の元同級生達は初めて聞く話だったので複雑な表情をしていた。翠は呆れたような、フレッドは同情したような、リカルドは深く眉間に皺を寄せた、ロイは神妙な顔をしている。

「それに加えて、ローマンはシャーリーンが亡くなった僅か一か月後には幼馴染と再婚し、新しい家族が出来たからか完全にディートハルトを邪魔な存在とみなすようになってしまいましてな……。ディートハルトが少し大きくなってからは、彼に辛く当たる父親を真似たローマンの実の息子を筆頭に、同年代の者達も彼に意地悪をするようになり、幼い頃はいつも怯えて泣いてばかりでしたよ」

「……マジっすか?」

翠が意外そうに言うが、全員同じ思いだった。

「会ったばっかりの入学したての頃は、めっちゃ強気で人当たりも相当キツかったっスよ。売られた喧嘩は100パーセント買うし、やられたら倍返し、自分より大きい相手にも平気で殴りかかっていくような、見た目は子猫ちゃんで中身は猛獣みたいな感じで。なあ?」

と、翠が同意を求めると、エトワスも含め同級生達が苦笑いしつつ頷く。

「そうでしょうな」

そう言ってマレッティも笑った。

「彼を強気に変えた人物がいるんですよ。10歳になるかならないかの頃でしたか……あの子は、ファセリア帝国学院への入学を目指して、勉強をしながら自力で必要なお金を稼いで貯めようとし始めたんです。でも、子供であった事も大きいが、あの子が、町で唯一の医者のローマンに疎まれている事を町の者は知っていたので、雇おうとする者はなかな見付らなかった。そんなあの子を、シルバーアクセサリー店の店長ギードは快く雇ったんですな。副業で剣などの武器も売っている、威圧感のある見た目で腕っぷしも気も強いという人物です。その男が4年近く懇切丁寧に、あの子に身を守るため戦う手段を教えてやったという訳です。ええ……“ビビったら負けだ。相手に弱みを見せるな。ハッタリでいいから強気でいけ”というのがギードの教えだとか」

「納得しまくりッス」

翠が言い、他の同級生達も心の底から納得した。

「おかげで、随分キツイ気性に育ってしまいましてね。帝都に行って上手くやっているのだろうかと、ずっと心配していたんですよ。でも、今日久し振りに会ったあの子は、驚くほど変わっていて……。柔らかい表情になっていたので本当にびっくりしました。いつも暗く冷たい表情をしていて、今まで笑顔なんてほとんど見せた事がなかったんですよ」

そう話すマレッティは、本当に嬉しそうな顔をしている。

「エトワスとキサラギに対しては違うけど、俺達にまで打ち解けて笑う様になったのは、つい最近になってからだよな」

フレッドに同意を求められて、リカルドとロイが頷いた。

「そうでしたか。けれど、よくあそこまで変えてくださった」

感慨深げに言うマレッティの言葉に、同級生達は笑った。


 その後もディートハルトの話題が中心に続き、遅い時間となった頃、エトワス達5人もそれぞれ泊めて貰う部屋へと移動した。礼拝堂に隣接するマレッティが生活している場所と同じ建物にあるそれらの部屋は、教会を訪れた客や教会で働く者達のためのものだったが、現在は空き部屋になっていた。


カチャ


鍵の掛かっていない扉を開け小さく質素な部屋に入ると、二つ並んだ奥の方のベッドでディートハルトが蹲って眠っていた。月が明るく、カーテンの閉められていない窓から射しこむ月明かりで部屋の中は真っ暗ではないため、エトワスはそのまま灯りはつけずにディートハルトの下に歩み寄った。

「……」

体調が心配で、そっと近付いて様子を窺う。

「……あ、エトワス」

眠りが浅かったのか、ディートハルトが目を覚ましてエトワスを見上げた。

「ごめん、起こしたな。眠ってくれ」

慌ててそう言うが、ディートハルトはゆっくりと体を起こした。

「今、何時?」

「……11時ちょっと前だ」

時計を確認して答えると、ディートハルトは「そっか」と小さく頷きベッドを下りた。

「どうした?」

額に手を当てて何やら考え込んでいる様子のディートハルトを心配し、エトワスが表情を曇らせる。

「すっげー嫌なんだけど……」

と、ディートハルトは困った様な表情でエトワスの顔を見上げた。

「声が聞こえる」

「声?まさか……」

これまでの経験上、ディートハルトが『声が聞こえる』と言えば、それはラズライトから聞こえる声だ。そして、ランタナにある可能性のあるラズライトと言えば……。

「シャーリーンさん?」

尋ねると、案の定ディートハルトは『ああ』と頷いた。

「シャーリーンさんは、何て言ってるんだ?」

「会いに来てって言ってる」

「アズールに?」

「だったらいいんだけど。多分、墓場まで来いって事だと思う」

ディートハルトは嫌そうに眉を顰め、そう言った。

「それって、文字通り、ランタナにある“墓地”まで来いって意味だよな?」

まさか、”今すぐ死んで会いに来い”という意味ではないだろうなと思いながらエトワスが尋ねる。

「じゃあ、行ってみるか?」

「やだよ、こんな時間に肝試しなんて!」

即答し、ブンブンとディートハルトは首を横に振った。

「確かに、今敢えて行きたい場所ではないな」

「寝る。お休み」

そう言ってディートハルトはベッドに戻り毛布に潜り込んだ。しかし、すぐにバッと身を起こす。

「こんな夜中に呼ぶとか訳わかんねえ!」

「緊急の訓練か任務だって思えばいいんじゃないか?」

騎士科という特殊な学科の学生だったので、もっと遅い真夜中に予告なしに突然たたき起こされて任務に就くという訓練もあった。

「肝試しの訓練なんてなかっただろ」

ディートハルトはぷりぷりしているが、思っていたより元気そうなのでエトワスはホッとする。

「行くのか?」

もう一度エトワスが尋ねると、ディートハルトは気乗りしない様子ではあったがエトワスに視線を向けた。

「一晩中、声が聞こえるとか冗談じゃねえし……。一緒に来てくれるか?」

「ああ。怖いなら手を繋いでてやろうか?」

エトワスが提案すると、ディートハルトは口を尖らせた。

「ガキじゃねえし」


 部屋に置かれていたランタンを手に二人が部屋を出ると、外で翠が煙草を吸っていた。隣にはロイの姿もある。彼は離れにあるトイレに行って戻って来たところ、翠がいたため少し立ち話していた様だ。

「あれ、お出掛け?デート?」

ディートハルトとエトワスが連れ立って出てきたため、翠がからかい交じりにそう声を掛ける。

「墓地までな」

エトワスが真面目な顔でそう返した。

「は?」

「また、声が聞こえるんだ」

聞き間違いかと怪訝な顔をする翠に、ディートハルトが説明する。

「二人も一緒に行かないか?人数が多い方がいいし」

エトワスが一緒なら心強いのは間違いないが、場所が場所なので人数が多い方が良いと思っていた。

「別にいいよ。面白そうだし」

「ちょっと待ってろ。リカルドも呼んで来る」

翠とロイはあっさりと承諾すると、それぞれディートハルト達の部屋の隣にある扉を開けた。

「フレッド君、ちょっと出掛けない?」

翠が声を掛け事情を説明すると、フレッドはディートハルトと同じく眉を顰めたが、渋々といった様子で部屋から出て来た。

「い、一応、確認しとくけど、墓は掘らないよな?」

「掘らねえよ。行くのも嫌なのに」

フレッドが恐々尋ね、ディートハルトも同じようにビクビクした様子で答える。一方、ロイが呼びに行ったリカルドも、ラズライトの幽霊に会いに行くという話に興味を持ったようで、すぐに誘いに応じていた。


 墓地は教会の裏手側の、少し歩いた先にあった。町はずれの木々に囲まれた場所に無数の墓石が並んでいる。

「……」

ディートハルトが無言で立ったまま動こうとしないため、エトワスが墓地の入り口の門を開いた。金属製の錆びた門が、ギギィイ……と軋んだ音を立てる。

「何だ、フレイク。幽霊が怖いのか?」

リカルドが、いつものようにからかった口調で言う。

「怖くねえよ!もう3回声も聞いてるし。でも、ゾンビが出るかもしれねえじゃん……」

「ゾンビ?」

意外な単語が出て来て、リカルドだけでなくエトワスも翠もロイも目を瞬かせている。

「ああっ、言うなフレイク!俺もそう思ってたんだよ!」

ただ一人、フレッドだけが声を上げた。

「もしかして、ゾンビ対策に銃を持ってきたの?」

魔物がいる町の外に出る訳ではないのに、何故かフレッドが銃を持って来ていたので翠は不思議に思っていた。

「そうだよ。接近戦なんてしたくねえもん」

フレッドがそう言うと、ディートハルト以外が苦笑いする。

「お前ら……、本気で言ってるのか?」

リカルドが呆れた様にそう言った。

「ゾンビは架空の存在だぞ」

「ちげーよ!未確認生物だろ」

ディートハルトの言葉に、フレッドが大きく頷いている。

「いや、“生き物”じゃねえだろ」

ロイが薄く笑うと、フレッドが眉を顰めた。

「そういう事言ってる奴が、一番最初に喰われるんだ……」

「そうだよな。で、お前もゾンビになるんだ……」

フレッドとディートハルトは、同情したような顔でロイを見ている。

「……」

ロイは、エトワスに視線を向けた。

「大丈夫だよ。もし出たら、俺がすぐ燃やすか凍らせて封じるから」

エトワスはディートハルトとフレッドの肩をポンポンと叩く。

「そうじゃなくても人数も多いし、すぐ対処できるよ」

そう言って、エトワスは開かれた門から墓地の敷地内に入った。ディートハルトは慌ててエトワスの後を追い、その後に、一番後ろを歩きたくなかったフレッドが続き、翠、ロイ、そして最後尾にリカルドが付いた。

「シャーリーンさんのお墓は、どっちだ?」

並んだ墓石の前を歩きながら振り返って尋ねるエトワスに、なるべくエトワスの背中だけを見る様にして歩いていたディートハルトは恐々と奥の方を指し示した。

「多分、あっち」


「多分、ここのはずだけど……」

と言ってディートハルトが立ち止まったのは、一番奥の端の方の墓だった。ランタナにいる間にこの場所を訪れた事はないのだが、マレッティに場所だけは聞いていた。

 ディートハルトがエトワスの背後から動こうとしないため、エトワスが墓に近付いてランタンの明かりで確認してみると、間違いなく墓石にシャーリーンという名が刻まれている。出生日は無く亡くなった日だけが記されていた。

「……」

恐る恐るディートハルトも墓に近寄る。


フワ……


と、墓石の前にフンワリと青く丸い光が現れた。掌サイズのごく淡いものだ。

「うわっ!?」

「出たっ!」

「!」

驚く一行の前で、その光はすぐに半透明の人の形へと変わった。それは、シュナイトの屋敷に飾られていた写真の女性と同じ姿をしていた。緩く波打つ青みがかった長い銀髪に、深い青と緑の瞳をしている。そして、写真には無かったがその背には淡い水色の翼があった。

 彼女の纏う光に周囲が柔らかく照らされているせいか恐ろしい印象は無く、暗い墓地のはずなのに、何故かその場所だけ温かな優しい空気に包まれていた。


『ディートハルト?』

と、女性が言って僅かに首を傾げる。優しく柔和な顔をしていたが、女神像の様な神秘的な雰囲気を纏っていた。そして、その柔らかな声は、ディートハルトだけでなくその場に居る全員に聞こえていた。

「……そう、だけど」

再びエトワスの背に逃げ隠れて顔だけを半分覗かせていたディートハルトが、そう答える。すると、女性はしばらくの間無言でディートハルトを見つめ、やがて感極まった様に『わあっ!』と声を上げ、胸の前で手をポンッと叩いた。ただし、その音はしない。

『すごく大きくなったのね!こーんなに小さかったのに!』

と言って、片手の指で輪っかを作って見せる。これくらいの大きさだった、と言いたいのだろう。

『一番可愛い時を見逃しちゃったけど、今も可愛いわね!何で隠れてるの?出て来てもっと顔をよく見せて?』

不思議そうに言われ、ディートハルトは恐る恐るエトワスの背後から出た。すると、ディートハルトに近付いたシャーリーンは、両手で挟むようにディートハルトの頬に手を当てた。しかし、実体がないため触れてはいない。

『ああ、そう。瞳の色は両方ともラズライト色だったわね。でも、良かったー。大きくなってもシュナイトと同じ髪の色で!』

ディートハルトの顔を覗き込んだシャーリーンは、そう言って嬉しそうに笑った。

『パパ譲りね!』

「や、もう。それはいいんで。つーか、別に血ィ繋がってねえだろ」

シュナイトと同じことを言われてディートハルトが眉を顰めると、シャーリーンは口をポカンと開けた後、キリっとした表情に変わり腰に両手を当てた。

『ダメよ、乱暴な言葉を使っちゃ。セレステなんだから品よくしないと』

「……」

何か頭痛がする……。ディートハルトはそう思った。何か思ってたのとイメージが違う。姿を現した時はヴィドール国の教会で見た女神の様だと思ったのだが、喋り出すと神や天使という印象は全くなく、やはり空の種族は人間なんだなと思っていた。

『ね、ディートハルト。紹介して?お友達なんでしょ?』

そう、ニコニコしながら、シャーリーンは後ろに並んだ元同級生達に順に視線を向けた。

「ああ、うん。皆おれの事を助けてくれてるんだ。エトワス、翠、フレッド、リカルド、ロイ。こっちは多分、おれを産んだシャーリーンって人」

言われるがまま、ディートハルトはごく簡単に互いを紹介した。

『間違いなくディートハルトを産んだ空の種族の聖地の巫女、シャーリーンです。うちの子を助けてくれてありがとう!素敵なお友達の皆さん、どうぞよろしくね!……ねえ、ディートハルト。お母さまかママって呼んで欲しいんだけど』

と、少し不満げにシャーリーンが言う。元同級生達は苦笑いしながら、「よろしくお願いします」「どうも」等と挨拶した。

「で、“お母さま”は、何で幽霊になって出てきたんだ?」

面倒臭いので要望に応えディートハルトが尋ねると、シャーリーンは嬉し気に笑顔を見せた。

『そうそう。それでいいわ。でも、“幽霊”なんて言わないで頂戴。恐ろしいお化けみたいじゃない。私が今貴方を呼んだ理由だけど……』

と、シャーリーンは一度言葉を切った。

『大事な事を教えるためよ。本当はもっと前に話すつもりだったんだけど、貴方が急にこの町からいなくなっちゃったから話せなくて心配してたのよ。でも、今こうして町に戻って私の声をちゃんと聞いて来てくれたって事は、自分がセレステだって事はもう知ってるのね?』

シャーリーンの言葉にディートハルトは頷いた。

「色々あってレテキュラータ王国で話を聞いた。扉の守護者とシュナイト・W・レトシフォン閣下に会って来た」

『!』

シャーリーンは急に悲しそうに表情を曇らせた。

『……シュナイトは、怒ってた?』

「いや、全然。シャーリーンには事情があったんだろうって言ってた。おれを……セレステの子供を護るための行動だったんだろうって」

ディートハルトがそう言うと、シャーリーンは小さく何度か頷いた。

『……シュナイトが留守の時、メイドさんのレイチェルには止められたんだけど、たまたま一人で町にお買い物に出掛けていたら、ヴィドール国から来たっていう観光客に声を掛けられたの。女の人で一人で観光しに来たって言ってたわ。最初は普通にお話していて、町のおすすめの場所とか聞かれただけだったんだけど、その人、段々様子がおかしくなってね。別れてからも後を付いて来たから逃げたんだけど、私の事を食べたいって言って襲って来たのよ。その人、地底の種族だったみたい。最初から何か違和感は感じてたんだけど、強い香りの香水を付けてたからそれに惑わされちゃって、ちゃんと気付けなかったの……』

シャーリーンは自嘲するように小さく笑みを見せる。

『私も巫女で戦う力は持ってたから、何とか撃退して食べられはしなかったんだけど、完全には逃げきれなくてお屋敷に帰れなかったのね。でもちょうどその時、西の森に続く門の近くにいたから、そのまま森に逃げ込んだの。扉の守護者に会えれば、そこに扉があってすぐにアズールに行けるって思ったから。お屋敷に戻る代わりに、とりあえずアズールに帰っちゃえばいいって思ったの』

「ああ、その話は扉の守護者の村で長にも聞いた。でも、その時繋がってた扉はランタナにあったから、結局ランタナに向かったって」

シャーリーンはディートハルトの言葉に頷く。

『ええ。正しい扉の場所を守護者さんに聞いて、町まで送って貰ったんだけど、その地底の種族にお屋敷の前で待ち伏せされてて……』

シャーリーンが言うには、“観光客”とお喋りした時に、流石に空の種族である事は話さなかったものの、名前や住んでいる場所を教えてしまっていたらしい。

『シュナイトに助けを求めてお城に行けば良かったのよね。でも、シュナイトはその頃お仕事が忙しそうだったから余計な心配を掛けたくなかったし、何より焦っちゃってて』

シャーリーンは、恥ずかしそうに笑う。

『あと、すぐにアズールに行ってポンッて産んで、またすぐ貴方を連れてレテキュラータに帰って来れるって思ってたのよ。距離感が全然分からなかったから、ファセリア帝国がこんなに遠いところにある広い国だなんて思ってなかったし。それで、港に行ったらタイミング良くファセリア行きの船もいたから、“運が良かったー!”って思って船に乗っちゃった。でも、完全に失敗しちゃった』

と、苦笑してみせる。ディートハルトは何と言って良いのかが分からなかった。エトワス達と出会えた事を考えると、自分がファセリア帝国で生まれ育った事に不満は全くないので怒る気持ちも責める気持ちもないが、かといってどう慰めたらいいのか分からない。

「あー……そっか」

とりあえず、相槌を打ってみた。

『でも、ファセリア帝国に来ちゃったからにはやり遂げるしかないから、前向きに頑張ろうって思ってそのまま扉のある場所を目指したんだけど、ランタナ近くに来たら、魔物がウジャウジャ出て来ちゃって狙われたの。一度は遺跡のところまで行ったんだけど扉迄は行けなくて、もう、死ぬところだったわ。あ、今は死んじゃってるけどね』

と、軽やかに笑う。

「で、ランタナまで辿り着いて、あいつ……ローマンに助けられたって事か」

ディートハルトがそう続けると、シャーリーンは頷いた。

『ええ。シュナイトとは違うタイプだったけど、彼も優しくて、とても親切にしてくれたわ』

マジか!?という思いで、ディートハルトは思いっきり眉を顰める。

『私は、本当にその時怪我が酷くて死にかけていたものだから、自分の名前は憶えていたんだけど、どうして自分がランタナに来たのかも、どこから来たのかも忘れちゃってたの。でも、“ディートハルト”か“ディアナ”か分からないけど、お腹の子だけは絶対守らないと!って事は覚えてて……。あ、ちゃんとシュナイトと考えて決めてた、男の子なら“ディートハルト”女の子なら“ディアナ”って名前は憶えてたのよ』

と、誇らしげにシャーリーンが言う。

『でも、結局、出産後しばらくしてから死んでしまったの。元気になったと思っていたんだけど、身体は弱ってたみたいで。本当にごめんなさい』

「いや、別に……。おれは、問題ないんで」

ボソボソと言うディートハルトを見て、シャーリーンは少し悲し気に微笑んだ。

『身体を失う直前、自分が空の種族の巫女だって事も含めて全部思い出していたから、貴方がある程度大きくなるまで誰にも空の種族だって知られる事の無いように、保護の術を掛けたわ。幼い貴方が自覚なく自分からばらしてしまわない様に、そして、地底の種族や魔物に見付からない様に、空の種族の力を全て封印したの。そして、私はラズライトに留まって眠って、何年か後に、貴方が自分で色々な問題に対処できるくらい大きくなった頃に目覚めて話そうと待っていたの』

「でも、おれがその前にランタナを出て行ったって事か」

まだ謎だった事の真相が分かり、何だか気が抜けていた。

『ええ、そうよ』

ディートハルトの言葉に、シャーリーンが頷く。

「……ええと。じゃあ、今までおれがラズライトに近付くと気分が悪くなったり、勝手に石が壊れたりしてたのは、空の種族の力を封印されてたからなのか?」

『え?』

と、不思議そうな表情を見せた後、シャーリーンは少し考えてから口を開いた。

『ラズライトは、空の種族が仲間に色々な事を伝えるために遺す物って事は知ってる?』

「ああ。記憶とか警告、メッセージを遺したり、あと、シャーリーンさんみたいに体を失くした状態で留まったりする事が出来る石なんだろ?」

扉の守護者の村で体験した事や、ヴィドール国で皇帝家に伝わる宝剣のラズライトと出会った時の事を思い出し、ディートハルトは話した。

『ええ、そう。メッセージみたいな言葉だけじゃなくて、力を遺す事も出来るわよ。ラズライトが壊れたのは、それを遺した人が伝えよう、渡そうとしたものを、貴方が無意識に拒絶したんだと思う。普通、ただ受け取らないだけならそれで済むんだけど。封印されたままだったとはいえ、強いセレステの力を持つ貴方が強く拒否というより反発したから、その力に負けてラズライトが壊れちゃったのね。普通の空の種族はセレステの力には敵わないから。それと、気分が悪くなったのは、力が封印されていたせいね。無理矢理セレステの力を使ってしまっただろうから、身体が耐えきれなくて具合が悪くなったのよ、きっと。それに、貴方はまだ力の調整が出来ていない、使い方も学んでいないヒナの状態だし負担が大きかったんだと思うわ』

「なるほどねぇ」

と翠が呟く。ディートハルトだけでなく、エトワスとフレッドも同じ思いだった。

『元々、大きくなるにつれてセレステの力が強まるから、逆に少しずつ封印は弱まって来ているはずだけど、今はもう完全に解けているみたいね』

「そっか。……あ、あともう一つ」

ディートハルトは、ふと思い出した事を口にした。

「昔から、よく空の夢を見てて、その夢の中で聞こえる声が『アズールに帰って来い』って言ってたんだ。でも、長い間ずっと、目が覚めた時にはその夢の内容は忘れてたんだ。だけど、いつからか夢の内容を覚えてる様になってた。これって、つまり、封印が弱まったから覚えてる様になったって事なのかな?あと、予知夢って言う程ではないけど、警告みたいな夢も見た事があるんだ。おれじゃなくて、エトワスが危険な目に遭う夢でさ、夢ではエトワスは殺されたんだけど、実際は重傷だった。この夢は目覚めても覚えてたんだけど、これは、アズールにいる奴らが教えてくれたとかなのかな?……それと、そんな夢自体を最近全然見なくなったんだけど。これって、何か理由があるのか?」

ディートハルトの問いに、再びシャーリーンが思案する。

『ええと、一つずつ答えるわね。まずは、そうね……。“アズールに帰って来い”って呼びかけられる夢は、実際にアズールに居るセレステが呼び掛けていたのだと思うわ。直接呼びかけられるくらいだから、力の強いセレステだと思う』

じゃあ、あの夢の中の奴らは実在しているのか……、とディートハルトは眉を顰めた。これから先、実際に会う事になるのかもしれないと思うと少し不安だった。

『そして、予知夢の方は、これは多分、私の掛けた術の効果の一つだと思う。貴方を守るため危険を察知できるようにしたものだけど、エトワスさんが貴方にとって大切なお友達だから、貴方の身に起こるのと同等の危険として察知出来たんだと思うわ』

そう言って一度言葉を切ると、シャーリーンは小さく息を吐いた。

『そして、セレステから呼び掛けられる夢を忘れていたのは、私の施した封印のせいもあるし、貴方自身がラズライトの時と同じように無意識に拒否していたからだと思うわ。だから、だんだん夢を覚えているようになったのは、貴方の言う通り封印が弱まったから、そして自分が空の種族だという事を受け入れるようになったから、その両方かも。……あと、何だったかしら?』

一度言葉を切って、シャーリーンは口元に手を当てる。

『ああ、最近夢を見なくなった件ね。それは、単純に呼びかけていたセレステが呼びかけるのを止めたのか、そうでないのなら、仲間の送った声を受け取れないくらいに貴方の身体が弱っているせいだと思う……』

自分のせいだと感じているのだろう。シャーリーンが申し訳なさそうな顔をする。そして、エトワスもまた、心配そうに眉を顰めていた。

「じゃ、早くアズールに行かなきゃだな」

二人の様子に気付いたディートハルトが、重い空気を振り払う様に軽くそう言った。

『扉のある場所には魔物が沢山いるわ。多分、扉を利用する空の種族を狙って昔から棲みついていたんだと思うけど、貴方がそこへ近付く事で、さらに集まって来ると思う。そして、この町に貴方が帰って来た事に私が気付いた様に、貴方の気配を察知してこの町にまで集まってくるかもしれない。……本当は、セレステに近付ける魔物は少ないはずなんだけど、今言った通り貴方は今とても弱ってるから、強い魔物だけじゃなく弱い魔物もウジャウジャ寄って来るはず……』

シャーリーンの言葉にディートハルトは血の気が引く思いだった。

「おれがこの町に長くいればいる程、どんどん集まって来る可能性が高いって事か」

アカツキの村で魔物達が集まって来た事を思い出していた。

「それじゃ、この町にとって滅茶苦茶迷惑だし、すぐにでも出ないとな」

『ええ。急いで行った方がいいわ。気を付けてね』

シャーリーンはそう言って、ディートハルトの頬を撫でる様に愛おしそうに手を伸ばした。


「あの、シャーリーンさん!」

シャーリンの姿が消えそうになったため、ディートハルトが慌てて名前を呼んだ。

『ママって呼んでよ。なぁに?』

そう言えば、シュナイトも“パパ”と呼んで欲しそうだったな……と、ぼんやり考えながら、ディートハルトは無視して言葉を続けた。

「シャーリーンさんを、って言うかラズライトをアズールに運んでやろうか?」

ディートハルトの言葉にシャーリーンが目を丸くする。

『運んでくれるの?それじゃあ、出来ればシュナイトのところに運んでほしいわ!』

シャーリーンは目を輝かせてそう言った。

「じゃあ、スコップ借りに行かないとだね」

のんびりと言う翠の言葉に、話を持ち掛けたディートハルトとフレッドはギョッとする。

『やめてよ、発掘なんてしないで!わざわざそんな事しなくても大丈夫よ』

シャーリーンはおかしそうに笑った。

『ディートハルトはアズールで眠ったらセレステの力が使える様になるから、簡単にラズライトも作れるようになるわ。その、空っぽのラズライトに私が移らせて貰えれば大丈夫。ヤドカリのお引越しみたいなイメージね。あ、ヤドカリを何で知ってるのかっていうとね、あなたのパパが海でデートした時に教えてくれたのよ』

シャーリーンが嬉しそうに話す。

「そーゆー情報はい……」

「素敵な思い出ですね」

“いらねえ”とディートハルトが言う前に、エトワスがディートハルトの背後から手を伸ばし掌で口を塞いだ。ディートハルトは何かモゴモゴ言っている。抗議しているのかもしれない。

『でしょでしょー。二回目のデートだったの。海はとってもキラキラしてて綺麗だし、シュナイトはとってもかっこよくて素敵だったわ~。あら、二人はとても仲良しなのね。良かったわね、ディートハルト』

口を塞がれている事は気にならないのか、シャーリーンが笑顔を向ける。

『私はまた眠るから、ディートハルトがアズールから戻って来て、都合のいい時に迎えに来てくれたら嬉しいわ』

そう言って、今度こそシャーリーンは姿を消した。


「……何か、幽霊って感じじゃなかったな」

ポツリとフレッドが呟く。

「テンションがおかしかったからな」

ディートハルトが眉を寄せて言う。

「今起こった事は、現実なんだよな?」

リカルドも眉を顰めて言うと、ロイが薄く笑った。

「ここ数日で得たフレイク関連の情報が多すぎて、もう訳が分からないな……」

「おれは、この数か月ずっとそうだよ。普通の人間じゃないなんて言われてさ。いきなり“親”だとかいう人も現れて、マジでワケがわからない」

本気でそう思っていた。


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