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LAZULI  作者: 羽月
52/77

52緑の森 ~ランタナ1~

 翌朝――。


I・K達の食堂となっている部屋でディートハルトが朝食を取っていると、一人のI・Kが大股で近付いて来た。ロベリア王国で別れた先輩I・K4人とは既に再会していて無事に帰還した事も報告しているが、今こちらに向かって来るのは別の先輩I・Kだ。

「ヤッベ……」

テーブルの端の席に座っていた翠が、ボソリと呟く。

「おい、キサラギ!」

数か月振りに見る華やかな金髪にアイスブルーの目をしたディートハルト贔屓の先輩I・K、ヘクター・ケイスだった。

「お。ケイス先輩、お久し振りっスー」

「お久し振りっスじゃねえ!お前、オレがあれ程目を離すなって……」

「あーすんません。でも、ほら。こうして無事に帰ってきてますし」

そう言って、隣に座るディートハルトの肩を両手で掴みヘクターの方へズイと押しやる。

「おう、ディート。ひでぇ目に遭ったみたいだな。お前、痩せたんじゃねえか?大丈夫なのか?」

ちょうどディートハルトの横の席は空いていたため、ヘクターはそう言いながらドカッと着席して眉を顰めた。

「体調は、そんなに悪くないです」

ディートハルトは小さく笑顔を浮かべてそう答えた。子供の頃、生まれ育った町ランタナで親切にしてくれた人が二人だけいたのだが、このヘクターという先輩I・Kは、そのうちの一人シルバーアクセサリー店の店長ギードにタイプが似ていた。見た目が怖くきついタイプに見えるが兄貴肌で情に厚いという人物だ。そのため、ヘクターとはあまり話した事はなかったが、ディートハルトは彼に親近感を覚えていた。

「そんなにって……。まあ、前見た時よりは悪くなさそうだな」

初対面の頃は話し掛けてもボーっとしていてまともに会話を交わせなかったが、今は意思疎通が出来ている。

「無事に帰れたのは良かったが、妙な理由でファセリア帝国のI・Kに危害を加えるなんて、ヴィドールの奴らは許せねえな」

「妙な理由って、先輩達はどんな風に話を聞いてるんスか?」

三種族の事などを他のI・K達も聞いているのだろうか、そう思い翠は尋ねた。

「ロベリア王国で、ヴィドール人がディートを拉致ったって聞いたぞ。で、お前とルスが救出に向かって、途中で偶然会ったブランドン達も合流して任務は成功したってな。ヴィドール人に、美少年だっつーんで目を付けられたんだろ。運悪く体調が悪かったから抵抗できなくて攫われたって」

「いや、一部違います」

「誰情報ッスか?まあ、大体合ってますけど。別に美少年って理由で拉致られた訳じゃないッスよ」

ディートハルトだけではなく翠も苦笑いしている。

「違うのか?じゃ、何だよ」

「ヴィドール人達が遺跡を探して色々研究してる、大昔に滅んだって言われてる3つの種族の人間達のうちの一つだって思われたからっスよ」

「ああ、そう聞いてる」

眉を寄せてヘクターが言う。

「え?だったら何で“美少年”?」

「三種族っつーのは天使なんだろ?じゃ、合ってんだろうが」

翠の問いに、ヘクターは眉間に皺を寄せたまま答える。

「まあ、空の種族は有翼ですけど、ディー君が拉致られた理由は、最初は地底の種族って思われたからで……まあ、いいか」

翠は面倒なので説明するのを止めた。

「とにかく、先輩的には、空の種族と天使と美少年とフレイクは同義語って事だな」

翠の向かいに座っていたフレッドが、厚切りのベーコンを食べながら納得した様に言う。

「だな」

フレッドの言葉にヘクターが頷くと、ディートハルトが首を振った。

「そんなんじゃなくて、実験するために連れてかれたんです。特殊な能力なんて持ってないんですけど。ってゆーか、空の種族って天使じゃなくて人間ですし」

「天使みたいな人間なんだろ?つか、実験って、気色悪い上にふざけた奴らだな。傷とか負わされてないだろうな?」

ヘクターが心配そうに言う。

「色々あったけど、大丈夫です。おれより、翠の方が怪我してたし」

「何だ、お前怪我してんのか?」

ヘクターは、アイスブルーの瞳を翠に向けた。

「もう治ってます」

「なら、問題ないな」

あっさりと言うヘクターに翠は薄く笑う。

「今、彼を拉致った主犯がファセリアに来てるんですよ。だから、俺達はそいつらを捕まえに行くんです」

フレッドの言葉にヘクターが軽く目を見開いた。

「じゃ、半年くらい前からランタナの遺跡に来てるって奴らがそうなのか?うちの学生使って護衛させたり、地面掘らせたりしてこき使ってるっていう」

後輩達が“そうだ”と頷くと、ヘクターはニヤリと笑った。

「わざわざ自分からファセリア帝国に来てくれるなんて好都合だな。オレも一緒に行きてえが他の任務があるからな。お前ら、そいつにI・Kに危害を加えた事を思いっきり後悔させてやって来い」

「分かりました」

ディートハルトが真面目な顔で頷く。先輩がそう言うなら、ちょっと殴りに行こうかなーと思っていた。

「いや、とりあえず、そいつから話を聞き出せなきゃ困るんで」

翠とフレッドが苦笑いする。

「ディートも、キサラギ達と一緒に行くのか?」

「一応、ランタナまでは」

「そうか。せっかく無事に帰って来たんだ。あんまり無理すんなよ」

そう言って、ヘクターはディートハルトに笑顔を向け頭をクシャクシャと撫でた。

「大丈夫です。ありがとうございます」

「今回は大丈夫!ウルセオリナ卿も一緒なんで心配ないッスよ」

“おい、キサラギ!”と言われる前に先手を打って、翠はヘクターに笑って見せた。

「あ?ああ、そうか。ウルセオリナ卿は無事だったっつってたな。良かったな、ディート。気を付けて行ってこい」

そう言って小さく笑いヘクターは立ち去っていった。



 朝食後、扉を目指すディートハルトとエトワス、アカツキとシヨウ、そしてヴィドール人達のもとに向かう翠達I・K6人はウルセオリナの城下町を出発した。

目的地となるルピナス地方の町ランタナはファセリア大陸東部の半島にあり、ウルセオリナからはまず北に向かい陸路で半島に渡り南下するルートと、東に向かい船で半島に渡りその後北上するルートの二つがある。距離的には北に向かうルートの方が少し長くなるのだが、ディートハルトの体調を考慮して大きな町を経由していく事になる北のルートで行く事になった。

 帝都近くの町までは列車で北上して一泊し、その後はシヨウとアカツキ、ディートハルトは馬車で、それ以外のメンバーは馬を使い、大陸側と半島とのちょうど境界にあるヒュームという町を経由してルピナス地方に入り、3日目にルピナスの中心都市に着いていた。



『綺麗だな……』

ディートハルトは窓際に置かれた椅子に座り、窓の向こうに見える淡いオレンジ色の夕焼け空をボンヤリ眺めていた。

「あ、はい」

扉をノックする音がしたのでエトワスだと思い振り返ると、入って来たのは予想外の人物だった。

「具合はどうだ?」

そう言ったのは、リカルドだ。

 今ディートハルト達がいるのはルピナス地方の領主の城で、リカルドの実家だった。予定では、領主であるルピナス伯爵の居城がある中心都市のルピナスは通過して、少し南下した場所にあるルピナナという村に宿泊予定だったのだが、ディートハルトの体調があまり良くないため手前のルピナスに宿泊する事になり、それなら、と、リカルドが父であるルピナスの領主のロバート・レーゼン・バルビエに簡単に事情を話し、ルピナス城に宿泊する事になった。

 元々、各地方の領主達はアーヴィングではなくヴィクトールを支持していて、現在の状況もウルセオリナ公爵シュヴァルツを通して連絡を受け正確に把握しているため、伯爵はI・K達を歓迎してくれていた。ただ、ディートハルトが空の種族だという事は伝えておらず、今回の任務の詳細な内容についても話してはいない。任務に向かう途中でディートハルトの具合が悪くなったとだけ伝えていた。

「あぁ。うん、そんなに悪くはない」

親しい相手ではないため、少し警戒しながらディートハルトが答える。どういうつもりで体調を尋ねたのだろう?また、気に入らないという理由で喧嘩を売るつもりだろうか。それなら、もちろん買うつもりだった。

「もうすぐ食事だが、ここに運んだ方がいいか?」

リカルドの言葉に、意表を突かれたディートハルトは目を丸くした。

「ええと……。それって嫌味?それとも親切で言ってんの?」

と、困惑しつつ尋ねる。。

「今までの事を考えると嫌味と取られても仕方がないが、他意は無い。体調を考慮して尋ねているだけだ」

リカルドが少し困った様に言う。これ迄は睨み付けるだけだった針葉樹の様に深い緑色の瞳は、きまり悪そうに逸らされていた。

「ああ、そっか。あんまり食欲が無いんだ。だから、食事はおれは必要ない」

そう答えたディートハルトは、すぐに思い直して付け足した。

「あ、いや、せっかくのご厚意をすみません、リカルド卿」

「何だ、それは。嫌味か?」

今度は、リカルドがそう言って眉を顰める。

「違うよ。おれのせいで予定を変更して、ここに泊めて貰う事になってお世話になってしまってるし。ちゃんと敬意を払おうと思って」

「気持ち悪いからやめろ」

フン、とリカルドは鼻を鳴らした。

「この数日、エトワスとキサラギからお前の話を色々聞いた。体調の悪い理由も含めて生い立ちもな」

「そっか。嘘みたいな話だっただろ」

ディートハルトが苦笑いする。自分が空の種族のセレステで、20年前にあったという出来事は、信じていない訳ではないが自分の記憶にはないものなので、未だに何かの冗談ではないかと思っているからだ。

「事情を知らなかったとはいえ、学生の頃は悪かったな。俺も傲慢なガキだった」

「いいよ、別に。ちゃんと、お返しはしてきたつもりだから」

ディートハルトは正直、負けた事は一度もないと思っていた。

「そうだな。お前がやられっ放しだったら謝罪するだけでは済まないだろうが、お前も随分俺達をボコボコにしてくれたからな」

殴られて鼻血を出した事を思い出し、リカルドも不敵に笑う。

「だが、俺は、酷い事も言って来たからな。言葉で傷つけた分は、やはり謝罪する必要がある。すまなかった」

と、リカルドは頭を下げる。

「お前らの吐いた悪口なんて、ランタナの養い親とか地元の同年代の奴らの取った言動に比べたら、ただムカついただけで大したダメージにはなってねえよ」

「……だとしたら、余程酷かったんだな。他人の事をとやかく言える身じゃないが、同じルピナスの人間にそんな奴らがいたのは残念だし、申し訳ない」

リカルドの言葉にディートハルトが苦笑いする。

「何でだよ。リカルドには関係ねえじゃん」

と、再び扉がノックされる音がした。

「入るぞ。……リカルド?」

そう言って扉を開けたエトワスは、予想外の人物がいる事に怪訝そうな顔をした。

「ああ、違うぞ。喧嘩を売りに来た訳じゃない。もうすぐ夕食だから食事を此処に運んだ方が良いか尋ねに来ただけだ」

エトワスの顔を見るなり、リカルドはそう言って弁解した。

「うん、そうなんだ。でも、食欲がないから食事は遠慮したとこ」

ディートハルトの答えに、エトワスは表情を曇らせる。

「フレイクには、体の負担にならない物を何か用意してもらって、この部屋に運ばせるから安心しろ」

リカルドは、ディートハルトではなくエトワスに向けてそう言った。

「悪いが、エトワスは食堂の方に行ってくれないか。父がウルセオリナ卿を歓迎したがっている」

そう言って、リカルドはそそくさと部屋を出て行った。


「……おれは、早くアズールに行かないと、皆に迷惑掛けてるな……」

ディートハルトは小さく溜息を吐いた。

「リカルドは、これまでの事を反省してるみたいだったからな。気にしないで、遠慮なく親切にして貰ったらいい」

エトワスが笑う。

「何かさ……あ、いいや。何でもない」

こんなに周りが親切にしてくれるのは、自分の命がいよいよ残り少ないのか、そうでなければ、アズールに行けばもうファセリアには戻れなくなってしまうかのどちらかではないかと、ふと思ってしまっていた。

「どうした?」

何か察したのか、エトワスが身を屈め心配そうに顔を覗き込む。

「ほんと、何でもない」

ディートハルトは小さく笑った。



* * * * * * *


「フゥ」

屋外に設置されたベンチに座ったディートハルトが、小さな息を吐く。昨夜はリカルドの実家で一泊し、早朝に城を出てからようやく休むことが出来ていた。現在、ルピナスの城下町とランタナのちょうど中間地点に来ていた。宿泊施設を併設した食堂や食料や雑貨等が売られる売店が立ち並び、ルピナス~ランタナ間を行き来する業者や旅行者達の休憩所となっているルピナナという村だった。

「大丈夫か?」

すぐに心配そうな声を掛けたのはエトワスだ。

「あ、うん、全然大丈夫!」

と、慌てて答える。ウルセオリナを発った時にディートハルトも久し振りにI・Kの制服を着ていたのだが、剣やハンドガン、ベルト等のI・Kの基本装備が非常に重く感じられとても疲れていた。

「ランタナに行きたくなさすぎて、憂鬱なんだ。嫌な記憶しかねえしさ」

と、冗談のように言って少し笑って見せる。心配を掛けない様に言った事だったが、それが嘘という訳でもなかった。

「それじゃあ、ディートハルトはここで待機して、I・K達がヴィドール人を捕らえた後に、ここから直接遺跡に行く事にしよう。ランタナ以外で何処か休めそうな場所があるかな……」

と、地図を取り出すエトワスに、ディートハルトは困った様に笑う。

「あ、いいよ。ほんと大丈夫だから」

「エトワス君ってば、ディー君に甘々なんだから」

と言いながら、ちょうど売店から戻って来た翠が、抱えていた人数分の飲み物をテーブルの上に置く。

「だよな。おれもそう思う」

翠はふざけて言った言葉だったが、ディートハルトの体調は見るからに悪そうで、ディートハルト以外は誰も笑えない。

「飲んでください」

と、ディートハルトの正面に座っていたアカツキが、荷物から取り出した小さな紙の包みを渡す。体調を整える薬だった。レテキュラータにいた時はほとんど煎じ薬だったが、船に乗ってからは粉末の薬に変わっている。それは煎じ薬よりも独特の匂いがきつく苦みも強かった。流石にディートハルトも慣れてはいたが好きにはなれなかった。

「……」

ディートハルトは翠が買ってきた水を一本貰い一気に喉に流し込むが、強く眉を顰めている。対照的に、アカツキはどこか機嫌が良さそうだった。目的地が近付いて来た事が嬉しいからだ。アカツキも、ディートハルトに同行して可能ならアズールへ行くつもりだった。彼の場合、アズールは興味深い憧れの地であるため地上に戻れなくなっても良いとさえ思っていた。

「ッ」

むせそうになるのを堪え、もう一度ディートハルトは水を一口飲んだ。

「予定通りでいいよ、ホント全然平気だから。さっきのは冗談。おれもランタナに行く」

ニコリと笑って改めてディートハルトがそう言うと、エトワスは渋々頷いた。

「……分かった。じゃあ、予定通り行こう」

この後は全員で遺跡近くのランタナの町に向かい、まずは情報を集める事になっていた。



 そして夕刻――。


久し振りに出身地ランタナの町を訪れたディートハルトは、大丈夫だと言ったものの緊張していた。小さな町なので顔見知りとバッタリ出会うかもしれないと考えると、町を出てから5年近く経っているので気付かれないだろうとは思っていたが、内心ビクビクしていた。

「ディートハルトは、待ってても良かったんだぞ?」

と、隣を歩くエトワスが少し不満そうに言う。ウルセオリナを出て以来、長距離を移動したせいか、ディートハルトの具合は少し悪くなっていた。そのため、ランタナに到着後は、遺跡調査に来ているヴィドール人達や遺跡の現在の様子について情報を集める間、ディートハルトはアカツキと二人でどこか休めそうな場所で待機している事になっていたのだが、やはり一緒に行きたいと言い、エトワス、シヨウと共に3人で行動している。アカツキの方は、ヴィドール人とも他のファセリア人とも面識がなく人目を気にする必要がないので、今頃一人でノンビリと町を散策しながら後で合流するのを待っているはずだ。

「この町の事はおれが一番詳しいんだから、一緒に来た方が役に立つだろ?」

それは、間違いなかった。しかし、身体が心配だ。

「それはそうだけど……」

「ごめん」

エトワスがご機嫌斜めのため、ディートハルトはシュンとして謝った。単純に、エトワスの側に居たかったからなのだが、体調が悪いのだからエトワスが良い顔をしないのは当然だ。彼が心配してくれている事はよく分かっている。

「やっぱじゃあ、戻って待ち合わせのとこで待っとくよ」

ディートハルトは自嘲気味に小さく笑ってクルリと背を向ける。元々待ち合わせ場所と決めていた町の入り口まで戻るつもりだった。

「いいよ、一緒に行こう。少しだけその辺を調べて、後は翠たちに任せて俺達は先に宿に行こう」

ションボリと立ち去ろうとしたディートハルトを、エトワスが慌てた様子で引き留めた。その様子を見て、シヨウが呆れた様に小さく笑う。翠ならきっと『甘いなぁ』と言いそうで、シヨウも同じ感想を抱いていたが、きっと同じ立場なら自分もエトワスの様にあっさり同行を許してしまう自信しかなかった。

「……でも。いいの?」

ディートハルトは、窺うようにエトワスを見上げる。怒っていないだろうか、と気になっていた。

『そうなんだよな。あの目で見られたら、ダメとは言えないんだよなぁ』

シヨウがそう考えながら傍観していると、案の定エトワスは頷いた。

「アカツキが何処に行ったか分からないし、一人でうろつかれるよりは近くに居た方が安心だからな。でも、体が辛いならすぐに言えよ?」

エトワスの言葉に、ディートハルトは嬉しそうに頷く。

「分かった!」

「よし。じゃあ、どうしようか。どこへ向かったらいいか、心当たりがあるか?」

ディートハルトは思案した。翠とフレッドはヴィドール人達が滞在している宿の辺りに、リカルドとロイは商店街の方に、先輩I・K達は人が集まっていそうな町の中心に行ってみると言っていたが……。

「う~ん。情報収集だから、地元の人が集まってそうなとこがいいよな?酒が飲めるとこならヴィドール人の噂話とか聞けるかも」

繁華街から少し外れた場所にある食堂はどうだろうか、と思っていた。夜になれば酒が提供され、そこはいつも多くの人で賑わっているからだ。

「それは良いな」

と、エトワスより先にシヨウが答える。情報よりも酒に興味があるようだ。

「じゃ、こっちの道から行こう」

ディートハルトは、人通りの多い道を避けて目的地に向かう事にした。選んだ細い道は、ほとんど人の姿はなかった。時折すれ違う通行人がチラチラと視線を向けるのは、ディートハルトの顔に覚えがあるという訳ではなく、彼がI・Kの制服を着ているからだろう。アーヴィングの御触(おふ)れに従い捕らえたり通報したりする様子は全く無く、単純に物珍しくて見ているようだった。


「次の十字路を曲がってすぐのとこにあるんだ」

と、ディートハルトが話した時だった。

「!」

脇道から歩いてきた人物が石畳に躓いて、抱えていた荷物を落としてしまった。籠の中から飛び出した野菜がいくつかコロコロと地面に転がる。

「大丈夫ですか?」

真っ先にそう声を掛けたのはエトワスだ。ディートハルトも、ちょうど目の前に転がって来た玉ねぎを拾い、落としてしまった人物に渡そうと手を伸ばす。

「あ……」

相手の顔を見て、ディートハルトの目が見開かれる。

「!」

その相手も、ディートハルトの姿を見て驚きの表情を見せた。

「まさか、ディートハルト!?」

「マレッティ神父様!」

同時に、二人が声を上げる。

「おお!やっぱりディートハルトか。見違えたぞ!」

嬉しそうに顔をほころばせる白髪の細身の男性は、この町で数少ないディートハルトの味方だった。ディートハルトがファセリア帝国学院に入りたいと言った際に、色々教えてくれたり入学試験のための手続きをしてくれたりと、全て助けてくれたのがこのマレッティだった。

「あ、マレッティ神父様。おれがすっごくお世話になった恩人なんだ」

と、ディートハルトは照れた様子でエトワスとシヨウに神父を紹介する。

「ディートハルトの元同級生で友人の、エトワス・J・ラグルスです」

名乗るエトワスに、マレッティ神父は再び目を見開いた。

「……!お初にお目にかかります。ランタナで神父をやっております、ジェミ・マレッティと申します」

マレッティは胸に手を当て深々とお辞儀をした。

「ええと、俺は……」

どう説明したらいいのか。シヨウが悩んでいると、ディートハルトが代わりに紹介した。

「こっちは、元同僚で今もお世話になってるシヨウです」

「あ!?ああ、どうも。初めまして」

シヨウはディートハルトの紹介に少し驚いていた。お世話になっていると思われているとは、思いもよらなかったからだ。

「おお、そうでしたか。マレッティです。どうぞよろしく」

マレッティはシヨウにもニコニコと笑顔を向けた。そして、再びディートハルトに視線を戻す。

「ディートハルト、大きくなったな。私よりもずっと小さかったのになぁ」

うんうんと頷きながら上から下まで全身を眺めるマレッティは、ディートハルトの背が伸びた今でもディートハルトより身長が高かった。

「夢が叶ったんだね。本当に良かった」

ディートハルトの着ている服に目を留め、嬉しそうに笑う。

「あ、すみません。卒業した時に手紙で報告しようと思ってたんですけど、何か、ずっとゴタゴタしてて……」

申し訳なさそうに言うディートハルトに、マレッティは首を振った。

「ああ、いや。そうだろう。この数か月、国内が色々騒がしいからな」

ディートハルトはI・Kの制服を着ていて、亡くなったと言われているウルセオリナの次期領主エトワスが同行している。事情が無い訳がない。そうマレッティは考えていた。そのため、彼らがここで何をしているのかは尋ねなかった。

「もう日が暮れるが、今夜はランタナに滞在するのかね?」

ふと、思い出した様子でマレッティが尋ねる。

「はい、そのつもりです」

ディートハルトが頷くと、マレッティは心配そうな顔をした。

「それなら、もう宿は取ったかね?今、この町の宿は、“ムーン”は遺跡の調査に訪れている団体が貸し切っていて、もう一か所“ランタナ・イン”は帝国学院の学生さん達が貸し切っているんだよ。もう一軒宿があるが、あそこは小さくて部屋数も少ないだろうからな」

マレッティの言葉に、ディートハルトはエトワスの顔を見上げた。

「ランタナに宿泊施設が少ないのを忘れてた」

情報収集する事だけを考えていたため、ランタナには小さな宿が3つしかない事を忘れていた。

「じゃあ、空いてるかどうか確かめに行こうか」

エトワスの言葉に、マレッティも「それがいい」と頷く。

「必要なら、教会にも狭いが空いている部屋がいくつかある。私も久し振りに話がしたいし、良ければ遠慮なくうちに来なさい」

そうマレッティが誘ってくれたが、ディートハルト達はひとまずマレッティとその場で別れ、神父の話していた残りの一か所“南ランタナ・イン”に行ってみた。しかし、マレッティの心配していた通り空き部屋はあまりなく、何とか 2部屋だけ確保出来たため、新人I・K達は宿を遠慮して先輩2人とシヨウ、アカツキに譲り、元同級生6人はマレッティ神父の言葉に甘え教会を訪れる事にした。


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