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LAZULI  作者: 羽月
51/77

51ウルセオリナ ~本音2~

 ヴィクトールはエトワスに与えた任務の内容を改め、ディートハルトをランタナの遺跡の扉まで無事に連れて行く事、そして、もし、確実にファセリアへ戻って来る事ができ、また、危険もなく可能であればディートハルトと共にアズールに行き、そこがどの様な場所なのか、そして、空の種族とはどの様な者達なのかを見て来る様に命じた。その国も住人も利用する気はないが、アズールがどの様な国なのかは知っておいても良いと考え直したためだ。

 続けて、ヴィクトールは翠、フレッドと同じ任務に就くI・K達を呼んでヴィドール人を捕らえるよう命令すると、エトワスとシヨウ、アカツキにはそのまま部屋に残る様に告げ、ディートハルト達I・Kは退室する事となった。


 ディートハルト達は、そのままI・K達が普段から打ち合わせ等をする際に使っている図書室に移動し、任務に就くにあたって情報を共有し明日からの予定を確認することにした。


「ランタナに行ってみなければ、今実際にどんな状況になっているかは分からないし、ご同行されるウルセオリナ卿にもお聞きしなければならないから、具体的にどう動くかは後日改めて……という事になるな。それじゃあ、今日はこれで……」

「あの……」

先輩I・Kのブランドンが“解散”と言う前に、ディートハルトが言いにくそうに口を開いた。一斉に全員が注目する。

「どうした?」

「言わなきゃいけない事があって」

と、ディートハルトは一度俯き、何か決心した様子で口を開いた。

「何か、言い忘れた事があった?」

翠が怪訝そうにディートハルトを見る。I・K達に任務の説明はしてあるが、ディートハルトの個人的な事情や素性の事までは話していない。まさか、全て話すつもりだろうか?この場に集まっているのは全員ヴィドール国に潜入したメンバーなので、三種族の話は聞いているしディートハルトが拉致された理由も知っている。ただ、先輩I・K達はともかく、ディートハルトに良い感情を抱いていないリカルドとロイもいるため心配していた。

「もう全部説明は終わってる気がするけど」

翠と同じ事を考えているフレッドも言う。

「ああ、うん。任務の話じゃなくて。遅くなってしまったけど、ここに居る皆さんに、お礼と謝罪を伝えたいと思います」

そう、ディートハルトは少しばつが悪そうに言った。

「ああん?」

何を言い出すのかと、リカルドとロイの二人組は眉を顰め訝し気な視線で睨んでいる。そして、翠とフレッドを始め、それ以外のメンバーは不思議そうにディートハルトに視線を向けていた。

「ヴィドール国で、リカルドが言った通りだから。おれが、ヴィドール人に捕まったせいで、皆、巻き込まれてヴィドールまで行く羽目になった訳だし。わざわざ救出しに遠い国まで来てくれて、危険を冒して聖域に潜入してくれて。それなのに、おれのせいで脱出も上手く行ったとは言えないし。だから、すみませんでした。そして、助けてくれてありがとうございます」

ディートハルトは相変わらず言いにくそうにしながらも、そう言った。

「……」

リカルドは絶句してポカンと口を開けている。ロイも、予想外すぎて訳が分からず無言のままだった。

「ああ、いや。俺は、キサラギ達が任務でヴィドール国へ行くという話を聞いて自分から志願したから、フレイクのせいって訳じゃないぞ」

と、一番年上の先輩I・Kブランドンが笑って言うと、彼と同級生のクレイも頷いた。

「ああ、俺も同じだ。それに、お前だって好きで捕まった訳じゃないだろ」

「そうだよな。それに、脱出の際のお前達の班の予定が狂ったのも、あのランクAって奴に脅されたからなんだろ?キサラギにその話は聞いているし、他の班には何の影響も無かった。だから、何も問題はないぞ」

「だな。結果的に任務は全て成功しているし」

と、ブランドン達より一期下のグレンとリアも頷き合った。先輩4人の言葉にリカルドは眉間に皺を寄せている。

「先輩方は、こいつの事をよく知らないから、そう寛容な事が言えるんですよ」

リカルドが鼻を鳴らしてそう言うと、ディートハルトはリカルドに視線を向けた。

「ごめん、リカルド。おれ、学生の頃とか、すっげーガキだった。嫌な態度だったと自分でも思う。だから、いっぱいこれまでも迷惑かけてるよな」

「あ!?……ああ、まあ……そうだな……」

罵る気満々だったリカルドの言葉は歯切れが悪く、意表を突かれ過ぎて嫌味も出てこない。どちらかと言うと、自分達の方からディートハルトに絡んでいたという自覚が無いわけでもないため、落ち着いて素直に謝られると何も言いようがなかった。

「それなのに、嫌ってるおれの救出に参加してくれて、ありがとう」

「……お、俺だって、任務であれば、どんな内容でも遂行する」

「そうだよな。でも、ありがとう」

と、ディートハルトは、リカルドをじっと見て小さく笑みを見せた。自嘲なのか単純に恥ずかしいのか、判別の付かないものだったが素直な笑顔だった。

「うっ……あ、いや」

言葉に詰まったリカルドは、視線を逸らしかろうじて短く答えた。

「ディー君ももう18歳だもんな。大人になったし、これからは無意味な喧嘩を同じI・K同士でしたりなんかしないんだよな」

と、翠が言いながらディートハルトの頭をポンポン叩く。リカルドもロイも、翠や他の同級生と同い年、つまりディートハルトより年上なので、わざと年齢を口にしていた。

「リカルド達と殴り合いをするようになった頃は、まだ13歳だったけどな」

と、フレッドも敢えてリカルドが罪悪感を抱くような事を言う。

「お前ら、俺を悪者扱いする気か?」

リカルドが憮然としてフレッドと翠を見た。

「学生の頃は、オレから見ればお前らはどっちもどっちなクソガキだったけど、ヴィドールでの件に関してはねぇ」

と、翠がフレッドに同意を求める。

「だよなぁ。流石にあのヴィドールの教会ではやりすぎだったな」

フレッドの言葉に、翠が頷く。

「あの時は、ディー君は滅茶苦茶体調も悪かったのにね。あー、そう言えば、あの時はエトワス君は怪我で寝てたから何があったか知らないんだっけ……」

「あああの時は俺が全面的に悪かった!認める!フレイク、すまなかった!」

エトワスの耳に入ると困るため、リカルドが慌てた様子でそう言ってディートハルトに謝った。

「え……」

ディートハルトは目を丸くする。

「な、なんだよ?」

続けて、翠とフレッドが、リカルドの隣に立つロイにジッと視線を向けた。

「言う事があるんじゃないかって思ってさ」

フレッドがそう言うと、ロイは眉を顰めた。

「俺は、手は出してないだろ」

「でも、俺がリカルドを止めようとしたら、お前はそれを止めたよな?」

「分かったよ、謝る」

ロイは小さく溜息を吐いて、ディートハルトに「ごめんな」と謝った。

「……いや」

ディートハルトは、珍しい事もあるものだと思いながら、不思議そうにロイを見ていた。


「ヴィドールの教会で思い出したが、フレイクがヴィドール国から突然レテキュラータ王国に行った理由はなんだったんだ?」

話題を変えたかった事もあるが、リカルドはずっと気になっていた事を口にした。ヴィドール国からファセリア大陸へ戻ったリカルド達は細かい事情は聞いていなかったからだ。

「……ああ、そっか。それ、やっぱ気になるよな」

ディートハルトが小さく頷く。

「それは、個人的な話だから話す必要はないんじゃない?」

翠が気遣って言う。

「いいんだ。別に隠す気はねえし、今回の任務と全く無関係って事でもないし。でも、ややこしくて長い話になるんだけど……」

「聞こう」

リカルドの言葉に、先輩I・K達も頷いた。

「俺達も、聞いていいのなら」


「ええと。じゃあ、まず結論から。レテキュラータ王国に行った理由は、おれが“もうすぐ死ぬ”って言われたからなんだ」

ディートハルトの言葉に、事情を知らないI・K達は眉を顰めた。

「言われたって、ヴィドール人にか?」

「いや、回収された皇帝家の宝剣に付いてるラズライトに言われた」

リカルドに答えたディートハルトの言葉に、当然I・K達は訝し気な顔をする。

「正確には、石に宿っている大昔に死んだ空の種族の魂みたいなものだと思う。それが、おれに、一刻も早くアズールに行って休まないと死ぬぞって言ったんだ。そして、そのアズールに向かうには“扉”というものを通らなければ行くことが出来なくて、さらにその“扉”の場所を知っているのは、レテキュラータ王国の森に住む扉の守護者って呼ばれる者達だ、って」

I・K達は、戸惑った様な顔をしている。

「アズールって、ヴィドール人が探しているっていう空の種族の国の事だよな?」

リカルドが翠に視線を向けた。

「ああ、そうだよ」

「扉の鍵は、ルシフェルって実験体だって言ってなかったか?守護者とは別物なのか?」

「ヴィドール人は勘違いしてんだよ。扉の鍵は“空の印”だって古い書物に記されてたらしくて、それじゃあ、ルシフェルは有翼だからその翼が鍵だろうって解釈したみたいでさ。でも、実際は違う。そして、扉は、世界中あちこちに散らばってて、その何処からでもアズールに行ける訳じゃなくて、その時々によって繋がってる扉が変わるんだって。その、今現在繋がっている扉を知ってるのが扉を守護する者なんだよ」

「なるほどな……」

眉間に皺を寄せたリカルドは、考える様に顎に手を当てた。

「それで、ラズライトという石に憑いた魂がフレイクに話したのは、本当にフレイクが空の種族だからという事か?」

「そう」

ディートハルトはあっさりと頷いた。

「でも、おれも、その時は自分が空の種族だなんて思ってなかったし、そうでなくても、石が話す声を聞いて最初は自分の耳と頭を疑ってた。でも、たまたま近くにいたサラさんが、おれに声を掛けて来たんだ。“誰かと喋ってたみたいだけど大丈夫か?”って。だから、石に言われた事をサラさんに話したんだ。自分は混乱しまくってて何が現実か分からなくなってたから、まともな人に『それは現実じゃない』って言って欲しかったんだ。でも、サラさんは逆に『それなら、実際にレテキュラータに行って確かめてみたらいいんじゃないか』って言ってさ。もし、レテキュラータの森に“扉の守護者”って奴らがいなかったら、やっぱり現実じゃなかったって分かって安心出来るからって」

「妥当な判断だな。さすが、サラさんだ」

と、ブランドンが頷く。思い出しているのか何だか顔がにやけていた。

「それで、サラさんがシヨウに、おれに付いてってやれって言ってくれて、シヨウとレテキュラータ王国に向かう事にしたんだ」

「そういう事だったのか……」

リカルドが、少し気が抜けた様に言う。

「それで、いたのか?扉の守護者って奴は」

ロイが横から口を挟んだ。

「いた。アカツキは、その扉の守護者の一族なんだ」

アカツキの事をレテキュラータ王国の医師だと思っていた事情を知らないI・K達は、驚いた様子で互いに顔を見合わせている。

「アカツキの村で扉の守護者達に色々話を聞いたら、自分は空の種族なんかじゃないって言える要素が何もなくなって、逆に思い当たる事しかなくてさ。実際に確かな証拠とか証人まで出て来ちゃったし、改めて、おれはアズールに行かないと死ぬって言われるし。だから、アズールに行く事にしたんだ」

「待て待て」

リカルドがディートハルトの言葉を止める。

「それじゃあ、今ヴィドール人が発掘している遺跡に、アズールという国への扉が本当にあるのか?そして、フレイクは、その扉からアズールにいくつもりだと?」

ディートハルトは、エトワスとシヨウ、アカツキと共に別件で同じ遺跡に行くことになるとは聞いていたが、その詳細な理由までは聞いていなかった。

「そう」

リカルドの問いに、ディートハルトが頷くと、翠とフレッドを除くI・K達は絶句していた。

「しかし、扉を開くためには、鍵が必要なんだろう?ルシフェルは鍵じゃないって事なら、つまりお前らは何か“鍵”を持ってるんだな?」

「うん、持ってるっていうか、おれが鍵」

リカルドの言葉にあっさり頷いたディートハルトに、今初めて話を聞いたI・K達だけでなく、翠とフレッドも注目する。

「そんな極秘情報、あっさり喋っちゃって」

翠が呆れた様に苦笑いする。

「それだけ、俺達を信用してるからだろ」

そう言って、フレッドがリカルドをジーっと見る。

「分かっている。これ迄フレイクとは喧嘩ばかりしていて仲が悪かったが、俺はクズじゃない。フレイク個人に害が及ぶだけじゃなく、そのアズールという国にまで悪い影響を与える事になるような真似はしない。他言はしない」

「その言葉、信じてるぞ」

そう言ったのは、エトワスだった。

全員が振り返ると、いつからそこにいたのかエトワスが立っていた。ディートハルトが嬉しそうな顔をする一方で、リカルドは動揺している。

「ええエトワス!?いつから、そこにいた?」

「扉がどうのこうのって話してる時から」

「だったら声を掛けろ!驚くだろう!」

リカルドが珍しくエトワスに文句を言っている。

「みんな真剣に話してて、俺が部屋に入った事に気付かないみたいだったから邪魔するのは悪いと思ったんだ。それはそうと、さっきお前が言った事、絶対に守れよ」

エトワスが、リカルドをジーッと見て言った。約束を破れば、ウルセオリナの次期領主として様々な力を使って社会から抹殺しそうな雰囲気だった。

「わ、分かっている」

「言うまでもないが、俺達も秘密は守る」

ブランドンもそう言うと、先輩I・K達全員が頷いた。

「なあ、もう少し聞いてもいいか?」

ロイに問われ、ディートハルトが頷く。

「何でアズールに向かわなければ死ぬんだ?空の種族特有の病気を何か患っているのか?」

「ああ、それは……」

ディートハルトが話そうとすると、エトワスが止めた。

「その事については、改めて俺が話す。ディートハルトは本当に体の具合が悪いんだ。そろそろ休ませたい」

エトワスの言った通り、ディートハルトは疲れている様に見えた。



 エトワスの言葉で解散する事となり、I・K達はそれぞれ部屋へと戻る事になったが、エトワスの祖母と母親の二人がお茶の用意をして待っていてくれたため、部屋で休む事になったディートハルトを除くレテキュラータから帰国したメンバーは改めて談話室へと向かった。


「疲れと緊張が取れる効果のあるお茶を淹れたから、眠る前にどうぞ飲んでらして」

と、エトワスの母ソフィアと祖母クローディアが笑顔を向ける。二人とも、よく似た顔立ちをしていてエトワスの妹のフェリシアを思わせた。

「翠さんは、久し振りね」

そう親し気に二人が声を掛けるのは、翠とディートハルトは学生の頃に何度かウルセオリナを訪れていて顔見知りだからだ。会う度に、今の様にお茶に誘われてもいる。

 エトワスは、初対面となるフレッドと、母達に紹介するために来て貰ったアカツキ、そしてシヨウを順に紹介した。

「まあ、貴方がシヨウさんでしたのね……!」

ヴィドール国から先に帰郷したE・K達にも既に報告を受けていたが、エトワスがシヨウの事をヴィドール人の協力者というだけでなく、“命の恩人”で“彼がいなければ確実に自分は死んでいた”と紹介したため、シヨウは大歓迎を受ける事となった。

「何とお礼を申し上げたら良いのか……!」

クローディアは目に涙を浮かべシヨウの手をシッカリと両手で握っている。

「ああ、いえ」

先程ヴィクトールの部屋でも、シュヴァルツからエトワスの命を救った事の礼を言われ、さらにヴィクトールにも、エトワスだけでなくディートハルトを助けた事に対して感謝され、シヨウは戸惑っていた。

「家族だけでなく、全てのウルセオリナの住民を代表して感謝致しますわ。本当に、ありがとうございます!」

ちなみに、それは何人分の感謝なんだろうと思いつつ、シヨウは困ってしまい苦笑いした。


 それからしばらくの間、お茶を飲み軽食を摘まみながら雑談程度の会話を和やかに交わしたが、既に遅い時間となっていたため二人は気遣ってくれたようで、お茶を一杯飲み終えた頃には解散となった。



* * * * * * *


 シヨウとアカツキは城内の客室に戻って行き、翠とフレッドは別棟のディートハルトと同じ部屋へ向かった。

「自分の部屋に帰んないの?」

エトワスが別棟までついて来るため、理由は分かっていたが翠が笑いながらそう言うと、フレッドも笑った。

「フレイクの顔を見なきゃ眠れないんだろ」

「その前に、二人にお礼を言わせて欲しい」

そう言って、エトワスが廊下に立ち止まる。

「お礼?」

フレッドと翠は立ち止って振り返った。

「陛下に謁見した時の事だ。ありがとう。俺だけじゃ祖父を説得する事は出来なかったはずだ」

エトワスは本心からそう言っていた。

「だよな。最初はすっげー苦しい理屈並べて説得しようとしてたし」

「そうだな。自分でも無理があるって思った」

翠の言葉にエトワスが苦笑いしてそう言うと、二人が笑う。

「でも、結局、オレらが言った事より陛下の一言が効いたんだと思うけどね」

「キサラギの言う通りだな。俺もそう思う」

ヴィクトールが命じれば、公爵とはいえ逆らう事は出来ないからだ。

「その陛下のお気持ちを動かしたのは、二人の言葉だと思う。だから、ありがとう」

エトワスがそう言うと、二人は一度顔を見合わせた。

「なら、ウルセオリナ卿のお役に立てて、恐悦至極に存じます」

自分の胸に片手を当て頭を下げてふざけた調子で言う翠に、エトワスとフレッドが笑う。

「今からフレイクに会いに行くんだよな?」

「ああ、そのつもりだ。こっちに戻ってから、顔は合わせてるけどゆっくり話をする時間はなかったから」

エトワスがそう答えると、フレッドが翠に視線を向ける。

「キサラギ、俺達はちょっと寄り道してから部屋に戻るか?」

「ああ、そうだね」

二人の言葉に、エトワスは小さく笑った。

「気を遣わなくていいよ。ちょっと顔を見に行くだけだから」

「でもさ、ついさっき派手に告白したばっかだろ。二人で話したい事があるんじゃないか?」

フレッドがそう言うと、エトワスは薄っすらと頬を染めて苦笑いした。

「いや、きっと、言葉通りの意味としか思ってないと思う」

「かもね。ディー君の場合、単に同情心とか思いやりの心でああ言ってくれたんだって、思ってそう」

翠もそう言って苦笑いした。

「まあ、ちょうど一服したいって思ってたとこだからさ、フレッド君とお喋りでもして、もうちょいしてから部屋に戻るわ」

翠はそう言って、エトワスの腕をポンポンと叩いた。



 翠とフレッドの二人と別れたエトワスは、ディートハルトのいる部屋の前でノックする事を躊躇っていた。自分が祖父に訴えた言葉を聞いて、ディートハルトがどう思ったか……そう考えると、フレッドには『きっと、言葉通りの意味としか思ってないと思う』と言ったが少し緊張してしまっていた。もしかしたら、気持ち悪いと思われたのではないかと少し不安にもなっている。

「あ、エトワス!」

意を決してノックすると、扉を開けたディートハルトは笑顔ですぐに迎え入れてくれた。少しほっとするのと同時に嬉しくなる。

「寝てなかったのか?」

「ああ、うん。エトワスに会えて良かった。おれ、謝んないとって思ってたから」

と、ディートハルトは急に表情を曇らせた。

「謝る?どうして?」

心当たりは全くない。エトワスは不思議に思いディートハルトの顔を見る。

「だって、おれのために陛下と公爵閣下に『同行したい』って頼んでくれただろ」

その言葉に、エトワスは困ったように笑った。

「そうだけど。でも、そうじゃない」

「どういう意味だ?」

今度はディートハルトの方が不思議に思って首を傾げた。

「俺があの場で言った事、聞いてたよな?」

うん、と、ディートハルトが頷く。

「あの時言った通り、俺が、お前の側にいたいんだ」

「!」

じっとエトワスを見上げていたディートハルトは、頬をほんのり染めた。

「……えっと、じゃあ、あの時言ってたのは全部ホントって事?」

エトワスが言った言葉が頭の中で蘇り、嬉しいのと同時に何だか急に恥ずかしくなってくる。

「ああ、本心だ」

「おれが、エトワスの立場もちゃんと考えないで、扉の守護者の村で『扉のとこまで一緒に行って欲しい』なんて頼んだから、ああ言ったんじゃなくて?」

もう一度尋ね、窺う様にディートハルトがエトワスを見る。

「レテキュラータでの約束を果たしたいって気持ちも、もちろんあった。でも、あの時言ったのは本心からの言葉だ。祖父は激怒してたし、上手く丸め込む様な言葉なんて焦ってて見付からなかったからな」

少し苦笑いしながらエトワスが言う。

「そっか」

と小さく言ったディートハルトは俯いた。何だかじわじわと胸が熱くなってくる。

「じゃあ……うん」

心配してくれている事や大切だと言われた事が、とても嬉しいと思った。

「すっげー嬉しい。ありがとう!」

嬉しさのあまり、キュッと抱き着く。エトワスは小さく笑い、抱き着いたまま胸に顔を埋めるディートハルトを見下ろしながらその背に腕を回した。“すっげー嬉しい”のは自分も同じだった。

「……」

片手でディートハルトの腰を引き寄せて、もう片方の手で頭を抱え込む。すると、ゆっくりと顔が上げられ瑠璃色の瞳がダークブラウンの瞳をじっと見た。

「エトワス」

至近距離で名前を呼ばれ、エトワスの瞳が揺れる。エトワスは、金色の髪に添えていた手を滑らせ頬をそっと撫でた。

「明日、本当に、エトワスも一緒に行けるんだよな?」

無邪気ともいえる表情でエトワスの顔を見ていたディートハルトが、僅かに不安の混じった声でそう尋ねた。

「え?……ああ、陛下にお許しを頂いたから大丈夫だよ」

エトワスはハッと我に返り、予想していなかった言葉に小さく笑うと、ディートハルトの頬に添えていた手で髪をかき上げるようにして頭を撫でた。

「そっか!」

エトワスから身を離したディートハルトは、安心した様子で嬉しそうに頷く。考えない様にしていたが、翠が話していた通りアズールがどの様な場所なのかは全く分からず、帰って来れる保証もないため色々と不安で怖かった。そのため、エトワスが一緒に来てくれるというのは本当に心強くて嬉しかった。

「実はさ、ちょっと色々怖いなって思ってたんだ。だから、エトワスが一緒で良かった」

そう言って笑うディートハルトに、エトワスは少し切ない思いで笑顔を返した。


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