49雪の町 ~薄っすら青息吐息~
翌日の朝。
シュナイトが予想していた通り、シュナイトの父テオドールと母ヒルデガルトが今日の夕方に王都に着くという知らせが届くと、使用人達は大慌てで二人を迎える準備を始めディートハルトも夫妻に会うために身支度を整える事になった。
「外の文化というものは興味深いですね。食事をするのに、何故いつもとは違う衣服を着るのですか?」
アカツキが不思議そうに尋ねる。
「おれも、何故この服?とは思ってる」
ディートハルトが、アカツキの質問の答えになっていない言葉を返す。
「ただの食事じゃなくて、今回はレトシフォン閣下のご両親との食事会だからだよ。ディートハルトだけじゃなくて俺達も初めてお会いする事になる相手だし、敬意を示すため、あと、きちんとした格好で失礼のないようにする目的で着るんだ」
エトワスがそう説明する。
「なるほど。それでは、翠とフレッドがお揃いの服なのも何か意味があるのですか?」
「これは、制服なんだよ。俺達はI・Kっていうファセリアの兵士なんだけど、I・Kは皆この服を着てるんだ」
今度はフレッドがそう教えた。
エトワス、翠、フレッドの3人は、元々ファセリア大陸を出る時に着ていた服もそのまま荷物として持ってきていたので、それぞれ翠とフレッドの二人はI・Kの制服を、エトワスはE・Kの軍服を着ていた。
「なるほど。同じ組織に属しているからという事ですね」
「おれも、制服がいいな」
大きな鏡の前に立ったディートハルトがポソリと言う。
「おれも、一応I・Kなのに……」
「上着と装備品だけは、ロベリア王国で回収できたんだけどねぇ」
と、翠が言う。その回収したディートハルトの持ち物は、ロベリア王国からウルセオリナへ戻る先輩I・Kに頼んで持って帰って貰っていた。そして、ディートハルトが身に着けていたはずの、上着以外の制服のシャツやズボン、ドッグタグ等は、いつの間にかグラウカ達によって処分されてしまったようで行方不明だった。
「……」
レイチェル達が用意してくれた服を着たディートハルトはソワソワしていた。
質の良い白いシャツに、首元には水色の宝石で留められた落ち着いた深い青のリボン、紺色のズボンと艶々としたこげ茶色の革靴、上着は同系色の紺で金色の糸やボタンで飾られている。そして、それを着た本人は、髪の左サイドがゆるく編み込まれて青い宝石が飾られた小さな髪留めをつけ、いつもつけているピアスは外され代わりにシンプルな水色の宝石に代わっていた。それは、誰が見ても貴族のご令息といった姿だった。
「うーん、めっちゃ王子様だね」
「頭に小さな王冠を乗っけてあげたくなるな」
翠とフレッドが面白そうに笑うと、ディートハルトは眉を顰めて二人に視線を向けた。
「舞台衣装って感じだよな。おれも、その制服がいい」
鏡の中の自分の姿にディートハルトはげんなりと溜息を吐き、もう一度同じことを言って羨ましそうに二人を見る。
「でも、よく似合ってるよ」
エトワスは笑顔でディートハルトを褒めて、さらに別の二人にも視線を向けた。
「二人も」
エトワスが見ているのはシヨウとアカツキだ。2人もレイチェル達が“よろしければ”と用意してくれた衣服を身に着けていた。アカツキは彩度の低い緑系のもので、シヨウの方は落ち着いた茶系の衣服だった。どちらも品よくまとめられている。
「アカツキは、なんかスゲエしっくりくるな」
フレッドが感心したようにそう言うと、ディートハルトと翠も頷いた。
「何か、こういう先生っていそうだよな」
「ああ、そうかも。眼鏡とかも似合いそう」
「シヨウは……」
と、シヨウに目を向けたディートハルトが首を傾げた。
「何だろう。何か足りない気がする……」
「あー、分かる。何だろ?アクセサリーとか?」
腕組みをしたフレッドも、シヨウを眺め僅かに眉を寄せて首を捻った。
「今のままで、上品な感じだけどな」
二人の言っている事が分からないといった様子でエトワスが言うと、翠もエトワスに同意した。
「オレもそう思うけど。これ以上何か足す必要なくない?鮮やかな色を好むっていうヴィドール人だし、もっと派手な色が似あうって事?」
翠がそう言うと、ディートハルトとフレッドは首を横に振った。
「違う……。あ!」
ディートハルトがハッとする。
「筋肉だ。筋肉が見えてないから、シヨウじゃない感じがするんだ!」
「おー!よく気付いたな、フレイク!そうだよ、それだよ!シヨウと言えば筋肉だもんな!」
手首まである長袖で太い腕は隠され、適度にゆとりのあるシャツは分厚い大胸筋の形を拾っていない。
「何だ、お前ら。俺の筋肉を拝みたいのか?仕方ねえな。披露してやろうか?」
「そんな事言ってねえし」
「いや、遠慮しとくわ」
得意げな表情のシヨウに、ディートハルトとフレッドは即答した。
そして、夕方――。
「まあ!」
ディートハルトが部屋に入った途端、淡いブルーグレーのドレスを着たシュナイトと同じ金色の髪に青い目をした婦人が驚いた様に声を上げ、夫と共にディートハルトに歩み寄って来た。
「彼が、ディートハルトです」
シュナイトがディートハルトの肩に手を置き、両親に紹介する。
「ディートハルト・フレイクと申します」
胸に手を当て、ディートハルトは頭を下げた。
「そして、彼の同級生の親しい友人達です」
続けてシュナイトに視線を向けられ、エトワスから順にディートハルトと同じ様に胸に手を当て礼をして名乗っていく。
「エトワス・J・ラグルスです」
「スイ・キサラギです」
「フレッド・ルスと申します」
「それから、こちらはディートハルトの恩人です」
「西の森より参りました、アカツキと申します」
「ヴィドール国の、シヨウです」
アカツキとシヨウも、それぞれ丁寧に名乗る。
「私の父テオドールと、母ヒルデガルトだ」
シュナイトが夫妻を紹介すると、ヒルデガルドは一同に向かい微笑んだ。
「皆さん、初めまして。ああ、貴方がシャーリーンの子なのね。どんなに会いたかったか……!無事でいてくれて良かったわ」
ヒルデガルトは、ディートハルトをジッと見つめると涙ぐんで頬を撫でた。
「どれどれ。私にも孫に挨拶させておくれ」
ディートハルトが戸惑っていると、テオドールも腰を屈めてディートハルトの顔を覗き込んだ。年齢はエトワスの祖父シュヴァルツと同じ位の様だったが、恰幅が良く穏やかな雰囲気で、丸い眼鏡の奥のシュナイトと同じ緑色の瞳は優しく細められていた。
「ああ、賢そうな良い子だ。話は聞いているよ。ファセリア帝国の皇帝陛下にお仕えする騎士らしいね。凄いなぁ」
そう言ってテオドールはにっこりと笑った。ディートハルトの頬がほんのり染まっているのは、“賢そうな良い子”と言われたからだ。年長者からその様な事を言われたのは初めてで、また、手放しで褒められた事などないため何だかくすぐったかった。
隣室の食堂に移動して席に着くと、新年を祝う事も兼ねた食事会が始まり和やかな時間を過ごした。シュナイトの父母である夫妻は揃っておっとりとした穏やかな人物で、ディートハルトに会う事を目的に訪れたはずだが、彼や仲間達を気遣ってか皆が分かり楽しめそうな話題を選んで話していた。自分達の事ばかりを話すという事もなく逆に質問攻めにする事もなく、ディートハルトだけに話し掛けるという事もない。特にテオドールはウィットに富んだ人物で、クスリと笑える様な冗談を口にするなどして始終場を和ませていた。お陰で、ディートハルトも緊張する事も無く、彼以外の仲間達も純粋に料理を楽しめ快適で楽しい時間を過ごす事となった。
夜――。
ディートハルトは、一人自室に戻っていた。本当はエトワスの側にいたかったのだが、エトワスに『俺とはこれから先も一緒に過ごせるから、今は、せっかくだから家族が訪ねて来やすいように自分の部屋に居た方がいい』と笑顔で言われたからだった。
『訪ねて来やすいと言っても、わざわざ来ないだろ……』
と、ベッドに座り少し拗ねていた。“家族”が訪ねて来ないからではなくエトワスと一緒にいたかったからだ。
『でも、エトワスだって一人でいたいかもしれねえよな。優しいから言わないだけで、本当は、いつもおれが側にいたり、くっついたりはされたくないかもだし』
そう少し反省していた。エトワスに『いつでも甘えてくれ』と言われたのが嬉しくて本気にしてしまったのだが、あれは“困った事があれば遠慮なく相談していい”というだけの意味だったのかもしれない。
『……だけど、エトワスも普通におれに触ってるよな?』
エトワスがディートハルトの髪を弄っていた事を思い出し、首を傾げる。
『香りが気に入ってたみたいだから、そのせいかな?……でも、それだけじゃなくて他にも色々あるよな……』
頬や唇に指で触れたりもしていた。
『いや、でも、フレッドも手を握ったりハグしたり普通にするしな……』
学生の時、当時は自分とは関係のない世界の出来事で“ウザい”としか思っていなかったが、フレッドだけでなく翠やエトワスも含め、周りの同級生達は仲の良い者どうしでバカ騒ぎしたりふざけ合ったりして、フレッドの様に手を握ったりポンポンと背中や腕を叩いたり肩を組んだり、そういった事をしてじゃれ合っている光景を見掛けた気がする。
「うーん……。つまりエトワスは、あんま気にしてないって事か。じゃ、おれの方も普通にスキンシップって事で問題ないか」
そう納得した時だった。
扉が小さくノックされる音がした。
『誰だろう?』
エトワスだったら良いなと思いながら扉を開けると、立っていたのはシュナイトだった。
「今日は2人に会ってくれて、ありがとう。疲れていないか?」
「いえ、全然。すごくいい方達で、お話出来て楽しかったです」
シュナイトの言葉にディートハルトは本心からそう答えていた。
「それなら良かった。二人も、君の事をとても気に入ったみたいだよ。可愛い、とても賢そうだとしきりに話していた。母の方は、自分が少女の頃にそっくりだなんて言い張っていたが、それは私も知らないし確かめようがないから何とも言えないな」
ハハハとシュナイトが笑う。
「どうした?」
急にディートハルトの表情が曇ったため、シュナイトが訝し気に尋ねる。
「何か、すみません。本当は、シャーリーンさんが帰宅を喜ばれて歓迎されるべきなのに」
ディートハルトの言葉に、シュナイトはフゥと小さく息を吐いた。
「困った子だな、本当に。君も同じくらい大切だって言っただろう?」
シュナイトは両手でディートハルトの頬をキュと挟み、その瞳を覗き込んで言った。
「ディートハルトは、うちの子だ。本当はファセリア帝国に帰したくないんだぞ?この家で暮らして、似たような仕事に就くならレテキュラータの国王に仕えて欲しいんだ」
そう言って困ったように笑う。
「でも、そんな事を望まれても君が困るだろうし、皇帝陛下もロード・ウルセオリナも、君を手放したくないだろうからな」
シュナイトの話した言葉の後半部分でディートハルトは首を傾げた。I・Kに任命はされたが、初っ端から具合が悪くほとんど任務にも就いていない身なので、皇帝にとって優秀な人材ではないと思う。
それに……
「何で、エトワスが?」
自分はウルセオリナ兵ではないし彼の部下ではない。そうキョトンとしているディートハルトを見て、シュナイトはもう一度そっと溜息を吐いた。
『ああ、なるほど。エトワス君が言っていた通り彼の片想いで、その想いに気付いて貰えてもいないのか……』
エトワスの方は間違いなく本気だ。そう考えると少し切なくなった。
「ディートハルトは、ロード・ウルセオリナとはとても仲が良いだろう?」
「ああ、そっか」
シュナイトの言葉にディートハルトは納得した様子だったが、言葉通りの意味としてしか解釈していないようでエトワスの様に頬を染めてはいない。エトワスの事を不憫に思うシュナイトだったが、ディートハルトをファセリア帝国の公爵家に嫁入りさせられる事は今のところなさそうなので、少しホッとしていたりした。
「何にせよ、君は私の大切な息子で、テオドールとヒルデガルトの孫なんだ。だから、シャーリーンの事でこれ以上引け目に感じる事はないんだよ」
そう言って、シュナイトはポンポンとディートハルトの頭を撫でた。
「いつでも大歓迎するから、好きな時にここに帰っておいで」
* * * * * * *
「もう他に必要なものは無いか?薬は……」
「ご心配には及びません。充分に備えてあります」
落ち着かない様子のシュナイトに、アカツキがおっとりと返す。
現在、彼らはレテキュラータ王都の港にいた。ファセリア行きの船が出港するのを待っているところだが、まだ少し時間に余裕があるため待合所で待機していた。
「そうか。ディートハルト、救命胴衣と救命ボートの場所は乗船後すぐに確認するんだぞ。それと、風が強く寒いだろうから船室から外には出ない方がいい。それから、決して一人で出歩いたらダメだ。必ず彼らと一緒にいなさい。ロード・ウルセオリナ、くれぐれもディートハルトの事をよろしく頼む」
「はい、お任せください」
シュナイトの言葉を少し面倒くさそうに聞いているディートハルトとは対照的に、エトワスは笑顔で答えている。
「君達も、すまないがよろしく頼む」
順に視線を向けられ、翠、フレッド、シヨウも内心苦笑しつつ笑顔で頷いた。
「ご安心ください」
「はい、お任せください」
「分かった」
「ありがとう。それから……」
と、シュナイトが何か言い掛けたところで、乗船を促す案内の声がした。早速、待機していた他の乗客たちが停泊している船へと移動し始める。
「じゃあ、行きま……」
「そうだ、これを」
別れを告げようとしたディートハルトに、シュナイトが上着のポケットから取り出した紙を差し出した。
「うちの住所だ。手紙を書いてくれ」
「え、あ、はい」
微妙な表情でディートハルトがそれを受け取る。
「おっと、忘れるところだった」
続けて、シュナイトは傍に控えていた従者から紙袋を受け取ってディートハルトに渡した。袋の中には厚い紙製の青い箱が入っていて、蓋には金色のラインでお洒落な雰囲気の模様が描かれている。レテキュラータ王家の紋章まで入っていた。
「?」
不思議そうな顔をするディートハルトに、シュナイトは箱を取り出し蓋を開けて中身を見せた。様々なフレーバーのチョコレートが、三段になっている箱の中にギッシリ詰まっていた。
「あ」
綺麗なチョコレートを目にして、ディートハルトの表情が一瞬でパアッと明るい物へと変わる。それを見て、シュナイトは内心『よしっ!』と頷いていた。事前にエトワスからディートハルトの好物を聞き出し、王室御用達のチョコレート専門店に注文しておいて正解だった。
「皆でお茶を飲む時にでも食べなさい」
「ありがとうございます」
初めて向けられたディートハルトの心の底から嬉しそうな笑顔に、シュナイトは感動していた。まさか、こんなに喜んでくれるとは思ってもみなかったからだ。
程なく、ディートハルト達もスタッフに促され、互いに別れを告げて乗船する事となった。
「体が回復して、落ち着いたらまた会いに来て欲しい。待ってるぞ」
名残惜しそうにそう言ったシュナイトに続き、共に見送りに来ていたヒルデガルトとテオドールも笑顔を向ける。
「しっかり体を治していらっしゃい」
「今度は、私達の家にも遊びにおいで」
シュナイト達家族が笑顔で、しかし寂しそうにディートハルトを送り出してから数日……。
「あの二人、よっぽど海が好きなんだな」
ラウンジにある椅子の背にもたれかかって座り、元気のないフレッドが言う。
「二人とも海が身近じゃないから楽しいんだろうね。アカツキは船に乗るのは初めてで、シヨウ君は前乗った時はディー君が具合悪くて大変だったみたいだし」
雑誌を眺めていた翠がノンビリと答える。
彼らの部屋は、シュナイトが用意してくれた広く豪華な最高ランクの部屋だったのだが、ファセリア行の船に乗って以来、シヨウとアカツキは甲板に出ている事が多かった。設置された客用のベンチでひたすら大海原の眺めを楽しんだり、船内をあちこち探索したり、単純に歩き回って軽く運動したりと充実した時を過ごしている。
一方、相変わらず船酔いするため船が苦手なフレッドは、以前よりは慣れてきてはいたが大人しくしている事が多かった。翠は、今はフレッドと一緒にいるが、船に滞在している間に他の乗客や船員たちと顔見知りになっていて、雑談するだけでなく夜遅くまで共にカードゲームに興じたりと気ままな時を楽しんでいる。
「あー、そう言えば、“ラファエルは、あのまま船の上で死ぬかと思った”ってシヨウが言ってたな。今は、アカツキのお陰でフレイクも割と元気になってるからな」
「それに、エトワス君が護衛並みにずっと張り付いてるから、心配いらないしね」
ディートハルトの体調は悪くはないのだが、アカツキに止められている事もあり船室から出る事はあまりなかった。そのため、エトワスもほとんど同じ部屋で過ごしている。ディートハルトを一人にしたくないらしい。
「エトワスはさ、ランタナまでは一緒に行けないんじゃないか?だから、今フレイクとずっと一緒にいるのかも?」
ウルセオリナの領主である彼の祖父が許可するとは思えない。そう、フレッドは思っていた。
「まあ、公爵閣下は許さない可能性が高いけど、本人は、行く気満々だと思うよ。お、噂をすれば……」
ゴシップ記事の載ったファセリアの雑誌を読んでいた翠が、フレッドに開いたページを見せる。
「あーあ。もう墓まで立ってんのか……」
雑誌には、エトワス達E・Kが戦地から戻らないため、半年経った時点でラグルス家の墓所にエトワスの名を刻んだ墓碑が作られた事が書かれていた。棺も安置され、その中には彼の服と剣が納められているらしい。しかし、彼の生存を諦めてはいない祖母クローディアと皇女アンジェラのたっての希望で、まだ葬儀は執り行われていないという事だった。
「知ってはいたけど、すげー人気だな」
雑誌のページを捲り、フレッドが苦笑いする。次のページには、次期ウルセオリナ領主が帰還しない事を嘆き悲しむ彼のファンたちの言葉がギッシリと並んでいた。さらに、次のページにはファンクラブの筆頭、会長とも言える皇女アンジェラの様子が書かれていた。エトワスと皇女の写真が並んで掲載されているのと共に、皇女の身近な人物……恐らく侍女の言葉がインタビュー形式で書かれている。その内容は、皇女が最後にウルセオリナ卿と言葉を交わした時の事や、皇女は悲しみに打ちひしがれているがまだ希望は持っているという事、どれほど皇女がウルセオリナ卿の事を想っているか、について書かれていた。
「これ、フレイクに読ませて反応が見たいよな。焼きもち、やくかな?」
「これを見て機嫌が悪くなったら、エトワスにとっては脈ありって事だね。……お、確かめられるかも?」
翠が視線を向けた先には、ちょうど近付いてくるディートハルトとエトワスの姿があった。
「どうしたの?」
何食わぬ笑顔で、翠が二人に声を掛ける。
「ディートハルトが、外に出たいって言うから」
エトワスが答えると、ディートハルトは少し不満そうに口を開いた。
「ほんとは外に行きたかったんだけど、アカツキに見付かって追い返されたんだ」
そう言って空いていた窓際の席に座る。エトワスも、その隣に腰を下ろした。
チラリ、と、フレッドと翠が視線を交わす。
「今さ、雑誌読んでたんだけど、お前の事が載ってたぞ」
フレッドが開いたままの雑誌をエトワスとディートハルトの間にスススと移動させた。
「これって、本当の話?」
侍女の言葉を翠が指さす。
「……ああ、そうだったな」
それは、皇女とエトワスが最後に言葉を交わした時の事が書かれている部分だった。
「卒業式の日、ウルセオリナに戻る前に陛下に挨拶に行った時の事かな。お茶に誘われたけど、それどころじゃなかったし急いでたから遠慮させて頂いたんだけど……」
雑誌に掲載されている侍女の言葉によると、皇女もウルセオリナ卿も別れ難そうに互いに見つめ合っていたらしい。
「ちょっと俺の記憶とは違うというか、脚色されてる感じだけど」
エトワスも気になるのか、雑誌をジーっと見ているディートハルトを窺うようにチラチラ視線を向けている。
「いや、でも、これ凄いね。マジでウルセオリナ卿は人気あるねぇ」
翠がディートハルトの顔を見ながら言う。
「雑誌に載るくらいだもんな。でも、この雑誌っていつ出たんだ?こんな記事が出てるって事は、エトワスが無事だって事はまだ公表されてないのかな?」
元々エトワスが人気があるという事を知っていたディートハルトは、雑誌の発行時期が一番気になるようだった。
「この雑誌が出たのは、時期的にヴィドールからE・KとI・K達がファセリアに帰還するちょっと前の事みたいだから、公爵閣下も含めてまだ誰も知らない頃だね」
翠が答える傍らで、エトワスはガッカリしているようだった。
「じゃあ、実は無事だったって分かったら、皆スッゲー喜ぶかもな」
他人事のようにディートハルトが言う。
「きっと、雑誌の特別号とか出て付録でポスターとか付くかもな」
ディートハルトの反応に、フレッドは苦笑い気味にそう言った。
「あ、ヤバイよエトワス。墓が立ったって書いてある」
前のページを捲り、ディートハルトが眉を顰めてエトワスに教える。
「え、俺の?」
「今はもう真相が分かってるだろうから、墓も撤去されてるかもしれないけどね」
全く焼きもちをやく様子のないディートハルトに、エトワスが気の毒になり苦笑いしながら翠が言う。
「そうだよな。それなら良かった」
エトワスではなく、ディートハルトがホッとしたようにそう言った。
「ああ、そう言えばさ。戻ってから、ディー君の個人的な事情は報告すんの?それとも、伏せたままでコッソリ遺跡に行くの?」
翠が話題を変えた。
「あ、それ、俺も気になってた」
フレッドがエトワスに注目する。
「俺は、伏せたままで良いんじゃないかと思ってる」
本人が答える前に、エトワスがそう答えた。
ヴィドール国から先に帰国したライザ達E・KとI・Kの報告で、ディートハルトが空の種族であるかもしれないという事と、“剣の幽霊”の言葉に従ってレテキュラータ王国へ向かった、というところまではヴィクトールやウルセオリナ公爵の耳に入っているはずだが、それから後のレテキュラータ王国であった事は、こちらからは全く連絡していないので何も知らないという状態だ。
「俺達は、立場上は全部隠さず報告しなきゃならない身だけど、報告された側が、グラウカ達みたいな意味で興味を持つ可能性が無いとは言い切れない。だから俺は、伏せておくのがいいと思う」
エトワスの言葉に、フレッドが驚いた様な視線を向ける。
「え、じゃあ、レテキュラータ王国で見聞きした事、あった事は全部報告しないって事か?フレイクの素性とかも、レトシフォン閣下の事も、守護者の村の事とかも全部?」
「レトシフォン閣下の事は、ディートハルトとの関係は話さないで、ただ、ディートハルトを保護してくれていたって説明して、俺達はディートハルトを捜すのに時間が掛かってしまって帰国が遅くなったって説明したらいいんじゃないかと思ってる。これからディートハルトがランタナの遺跡に向かう事や目的はもちろん伏せて、療養のため帰郷させたいって伝えたらいい」
そう続けたエトワスを、翠が意外そうに見た。
「じゃ、何?自分の身内が信用できないって事?」
エトワスは、ディートハルトが本当に空の種族だという事をヴィクトールやウルセオリナ公爵が知れば、グラウカ達と同じような興味を抱き利用する可能性もあると考えていて、それならば、ランタナの遺跡に空の都へ続く扉がある事も含めて、全く報告しない方が良いと言っていた。
「信用してないとは言わないけど、どう判断するかは分からないだろ。何かしら興味は抱くんじゃないかと思うし」
「要するに、ディー君が一番大事って訳ね」
半分からかい混じりの翠の言葉に、エトワスは真面目な顔で頷いた。
「ああ、そうだ。レトシフォン閣下にも、ディートハルトを護ると約束してるしな」
即答するエトワスに、話を聞いていたディートハルトは嬉しくて照れているのか、ほんのり頬を染めている。
「そうだな。じゃあ、エトワスの言う通り、フレイクの事は伏せて報告しよう」
先にフレッドがそう言って、翠も同意した。
「自分の国にまで変な興味を持たれたら、何を信用していいのか分かんなくなりそうだしね。分かったよ、了解」
「あの……、おれのために、ありがとう」
黙って話を聞いていたディートハルトが、3人の顔を順に見て嬉しそうに礼を言う。
「でもさ、おれは、別に全部話してもいいけど」
えっ!?と、3人は驚いてディートハルトに注目した。
「だってさ、おれが遺跡にある扉を開けた時に、もし想定外の事が起こってグラウカ達に気付かれてしまって、あいつらがアズールにに行くような事になってしまったら、ファセリア帝国が寝耳に水じゃ対応が遅れてマズイんじゃないか?まあ、空の種族とかその国がどうなろうとファセリア帝国には関係ないんだけどさ、でも、グラウカ達はアズールで空の種族を捕まえて国に連れ帰って、地底の種族のなれの果てに食わせて新しいドールを作ったりするかもしれないしさ。そうなればファセリアもちょっと困るだろうし」
「それはあり得る事だけど、新しいドールって……恐ろしい事を言うな」
フレッドが眉を顰める。
「でも、グラウカならやりそうだろ。運良く今回は扉が開いた事にグラウカ達が気付かなくて何事も無く済んだとしても、いつかは正しい鍵に気付くだろうしさ。だったら、ファセリア帝国も最初からちゃんとアズールの事とか鍵の事とか知ってた方がいいと思うんだ」
そう言って、ディートハルトは少し俯く。
「もし、おれが、エトワスが言うみたいな興味を陛下に持たれたとしても、自分の国になら協力してもいいかなって思うし……」
と、一度言葉を切ってからさらに続ける。
「あとさ、これが一番の理由なんだけど。報告しないで秘密にしてたのがバレた時に、3人が裏切者って思われたら嫌だから。それに、おれのために嘘を吐き続けて欲しいなんて思わないし、おれのせいで罰とか受けるかもしれねえだろ。そういうのは嫌なんだ」
ディートハルトの言葉を聞き、3人が沈黙する。
「俺達の事を、そんな風に思ってくれてるなんて……」
真っ先に口を開いたフレッドは、そう言ってディートハルトの手を握る。何やら感銘を受けている様だった。しかし、エトワスが何か言いたげな目で見ているため、そそくさと手を放す。
「確かに、黙ってた事がバレたら怒られるだけじゃ済まないかもね。まあ、あれだね」
と、翠がエトワスに視線を向けた。
「どうせお前が、何があってもディー君は護るだろ?だったら、ディー君もこう言ってるし、隠さないで全部報告しても良いんじゃねえの?」
「もちろん護るつもりだけど、と言うか、お前だってそうだろ?でも……」
エトワスは心配そうにディートハルトを見ている。
「大丈夫」
ディートハルトが頷いて見せると、エトワスはまだ何か言いたげはあったが渋々といった様子で、やがて頷いた。
「……分かった」