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LAZULI  作者: 羽月
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48雪の町 ~とりとめのない話2~

「ディートハルトは、眠ったかい?」

エトワスがディートハルトの部屋を出た途端、そう声を掛けられた。シュナイトだった。

「いえ、今まで話をしていたので、まだ起きていると思います」

そう答えて、閉めかけていた扉を逆に開く。当然、シュナイトが部屋に入るだろうと考えたからだ。

「いや、いいんだ」

そう言ってシュナイトは首を振った。

「君と少し話がしたくてね。遅い時間だが構わないかな?」

「はい」

ディートハルトがシャーリーンの産んだセレステだと分かってから、シュナイトは時間が出来るとディートハルト本人はもちろん、彼の友人達からも彼についての話を聞く様になっていた。少しでも彼の事が知りたかったからだ。


 シュナイトの書斎に移動すると、すぐにレイチェルが柔らかな香りのする温かいハーブティーの入ったカップを運んできた。

「数日前まで無関係な他人だった私が言うのもなんだが、ディートハルトの事で君に礼を言いたかったんだ。キサラギ君達に学生の頃の話を色々と聞いた。今もそうだが、以前から常に気に掛けて世話をしてくれていたみたいだな。本当にありがとう」

翠達がどのような事を話したのかは分からなかったが、エトワスは「いえ」と少し苦笑いぎみに返事をする。翠の事だ。冗談交じりに茶化しながら面白おかしく語って聞かせた可能性が高い。

「彼の力になりたいとずっと思い続けているのですが、現実はなかなか上手くいかなくて、どうしたら良いのか自分に何が出来るのかと、悩んでばかりです」

ディートハルトと出会ってからもうすぐ5年になるが、完全に信頼して貰えるようになるまでに数年掛かり、さらに遠慮しないで頼って貰えるようになってからはまだ数日しか経っていない。その上、今彼が抱えている問題――体の具合に関してはアカツキに頼るしかなく、心配しているだけで自分には何も出来ないという状態だ。そう考え、溜息でも吐きそうな表情で話すエトワスの言葉に、シュナイトは小さく笑った。

「その気持ちは私にも分かる。しかし、ディートハルトは君の事を誰よりも信頼していると聞いたぞ?実際、私も見ていてそう思う」

「ですから、なおさら彼のために出来る事を考えているんです」

エトワスがそう言うと、再びシュナイトはフッと笑った。

「本当に、ディートハルトの事を大事に想ってくれているんだな。君なら彼を一生護ってくれそうだ」

「は……」

エトワスはシュナイトの言葉に意表を突かれてしまった。どういう意味合いで言っているのか測りかねるが、翠と同じ様にディートハルトとの仲を解釈しているのだろうか?そう考えると、自分で自分の頬が熱くなっていくのが分かった。もし、ただの冗談なのだとしたら笑うべきだろうが、その余裕はない。

「……」

肯定も否定もせず、驚いた様に目を見開いたかと思うと、薄っすら目元を染めて動揺している様子のエトワスに、シュナイトは顔がにやけそうになるのを我慢して真面目な顔を作った。

『なるほど、そうだったのか……』

今の発言に特に深い意味があった訳ではなく言葉通りのもので、ただ感謝の気持ちを込め“とても頼りになる”という思いで言ったのだが、予想外の反応が返って来ていた。

『これは、キサラギ君がからかいたくなるのも理解できるな……』

「私は、ディートハルトに同行したくても出来ない身だ。だから、これからもくれぐれも彼の事をよろしく頼む」

作られた真面目な顔のままシュナイトがそう言うと、エトワスは冷静さを取り戻した様子で頷いた。

「はい、もちろんです」

「ディートハルト個人の問題は、今回は君達が付いているから心配ないとして……」

と、シュナイトはテーブルの上で両手を組んた。

「ヴィドール国の動きは、やはり気になるな」

エトワスはレイシから聞いた話を、シュナイトを含めた全員に既に報告していた。


「今回ディートハルトが扉を開けば、ヴィドール人に感付かれる可能性は高いだろうな。レイシという青年は純粋に夢やロマンを求めている様だが、流石に国としてはそうではないはずだ。ファセリア帝国は、ヴィドール人の活動についてどう考えているのだろうな?何か聞いてはいないか?」

ここ数日の間に、エトワス達は改めてシュナイトに自分達の事を話していた。シュナイトがディートハルトを息子と認識しているためI・Kであるディートハルトにとって不利益になるような事はしないだろうと判断し、以前は伏せたヴィクトールが生存しているという話も伝えてあった。

「いえ、私はファセリアを離れて以来、戦死したと思われている事を利用して勝手に動いていまして、家とは全く連絡を取っておりませんので」

「しかし、共に行動していた部下はヴィドールから先に帰国させたのだろう?その後も、連絡はしていないのか?」

「はい」

「全く?無事でいる事を知らせもせず、数か月間も?」

シュナイトは、驚いた様にエトワスを見た。

「こちらの居場所が分かれば、強制的に連れ戻される恐れがありますので……」

「部下からご家族には無事だという事はもちろん伝わっているだろうが、それは非常に、君の立場……“ロード・ウルセオリナ”としてはまずいのではないか?」

「はい、それはもう……」

エトワスは冷や汗が流れる気分だった。シュナイトも爵位を持った貴族だ。自分の立場を考えず個人的な理由で好き勝手に動いているエトワスに、ウルセオリナ公爵と同じように呆れているに違いない。

「……」

シュナイトはエトワスを無言で眺めている。エトワスが無茶な事をしている理由は、間違いなくディートハルトだろう、そう考えていた。自分の立場よりも彼を優先したに違いない。

「……そうか」

やがてシュナイトは小さく二回頷いた。

「私も、姿を消したシャーリーンの行先が当時分かっていたら、何を差し置いても間違いなくすぐに彼女を追っただろうから、君の行動は理解できる」

そう穏やかに笑顔を浮かべて話すシュナイトにエトワスは驚いたが、正直ほっとしていた。彼にも説教されるのではないかと思っていたからだ。

「お互い、空の種族にすっかり魅了されてしまったな」

続けてそう笑い掛けられ、再びエトワスは固まった。

「君がずっと側にいてくれて、気に掛けてくれて、ディートハルトも心強く嬉しいだろう」

確かに、ディートハルトにもその様な事を言われたが……。

「……」

エトワスは、また頬が熱くなり変な汗が出た。やはりシュナイトも翠と同じ認識なのかもしれない。いや、それどころか、口振りからして想いが通じ合っていると考えていそうだ。

「いえ、その……俺達は、そういう関係では……。それに、ディートハルトの方にそんな気は……全く無いかと……」

翠にからかわれた時の様に受け流す事もできず、暗に“自分はともかく”と、白状してしまっている事に気付きもせず、しどろもどろにそう言うと、シュナイトは笑いを堪えながら口元に手を当て、考えているような素振りを見せた。

「そうなのか?ディートハルトは君を強く慕っている様に見えるんだが」

シュナイトは、ただ“お互いに、空の種族に心を掴まれてしまったな”という意味合いで言っただけで、恋愛感情を抱いているとまでは言っていないし、ディートハルトはエトワスの事を誰よりも信頼しているから“心強いだろう”と言っただけで、恋をしているから等とは言っていない。エトワスが勝手に解釈してあたふたしているのだが、シュナイトはついからかいたくなってしまっていた。

「……」

『何でこんな話になったんだ?』と、エトワスは混乱していた。そもそも何の話をしていただろうか……と、気持ちを落ち着かせるよう努力しつつ一生懸命考える。

「ふ、ファセリア帝国がヴィドール国をどう考えているかですが……」

やっと、元々話していた会話の内容を思い出し、エトワスは軌道修正を図った。

「ん?ああ、そうだ。その話だったな」

シュナイトの意識が切り替わった事にほっとしながら、エトワスは言葉を続けた。

「私達が見聞きした限りでは、既にお伝えした通り、ヴィドール国は三種族の血を引く者達を集め、彼らが持っているとされる特殊な能力やそれぞれに属する力……火や水や風等といった自然さえも操る力を手に入れる事を目的としている様ですが、現状では“地底の種族のなれの果て”を元に生み出した“ドール”と呼ばれる機械人形や、地底の種族に属する魔物を操る以外、特別な成果はなく、考古学として三種族の遺跡を探し調査・研究しているという状況です。そのため、これは確認した訳ではありませんので私の個人的な予想になりますが、ファセリア帝国は……いえ、アーヴィング殿下は、ヴィドール国の最終的な目標には全く気付いておらず、学術的な目的という認識で国内での遺跡調査を許可しているのではないかと思います」

シュナイトはエトワスの言葉を聞いていたが、話す内容とは別の事に注意が向いていた。

『ディートハルトの話になると、完全にこの冷静さが吹き飛んでしまうんだな。ギャップが面白い……』

と、再び口元がニヤついてしまいそうになる。

「そうだとすれば、ヴィドール国の真の目的を知った場合、協力を申し出たりする可能性はないという事か……」

一応話を聞いてはいたので、シュナイトは真面目な顔でそう言った。

「はい、恐らく。元々ファセリアは帝国は、ドールという正体不明の兵を持つヴィドールを警戒していましたので」

「しかし、この国も含めてどの国にも言える事だが、統治者によってはヴィドールと同じ事を望む者が出てこないとも言い切れないのではないか?」

「……はい」

エトワスは頷いた。三種族の事を知ったアーヴィングやヴィクトール、そして祖父のウルセオリナ公爵を含めて各地方の領主達がどの様に考えるか……ヴィドールと同じような意味で興味を持つのか、アズールという未知の国をどのように考えるのか、それはエトワスには分からなかった。

「ただ、少なくとも、ヴィドール国に抜け駆けされる事は阻止したいはずです。考えたくはありませんが、ヴィドールだけでなくファセリアまでもが同じような興味を抱いて、その結果ディートハルトやアズールに害が及びそうになった場合は、そうなる前に私が全力で止めます。“次期”公爵という身ですので力もなく発言権や影響力はありませんが、それでも少なくともディートハルトだけは、必ず私が護ります」

真剣な表情で話すエトワスを、しばらくの間シュナイトは無言で見ていたが、やがて満足したように小さく笑みを見せた。

「ロード・ウルセオリナ、君がうちの息子の側にいてくれて、本当に良かった」

「……」

再び、エトワスが頬を薄っすら染めて戸惑った様な表情をしているため、シュナイトは申し訳なく思いながらも笑いをかみ殺していた。



* * * * * * *


 翌日、ディートハルトとアカツキを屋敷に残し、エトワス達4人は外出していた。シュナイトが休みを取っていたため、ディートハルトと二人で過ごせるよう気を遣っての事だった。アカツキは、大量に持って来ていた薬草を整理したいという事で、自ら屋敷に残っていた。

 シュナイトが執事のアプローズやレイチェルに指示して準備してくれたため、ファセリア帝国に向かう数週間の船旅で必要な物は全て既に揃えられている。手配してくれた船は大きく豪華な客船の個室で、ファセリアを出た時とは比べ物にならない快適な旅となりそうだった。


「いらっしゃいませ!」

と、笑顔でメニュー表を持ってきたのは、顔なじみの赤毛のウェイトレスだった。翠とフレッドの提案で、ファセリア人3人組がレテキュラータに着いてから毎日通っていた食堂に久し振りに来ていた。

「どうも、お久し振り」

笑顔の翠に答え、ウェイトレスがニコニコしながら「お久し振りです」と返す。

「皆さんもう帰国されたのかと思ってました」

「この国が居心地よくてさ。お姉さんが教えてくれた西のエリアに行ってきたんだけど、面白いとこだったし、友達と偶然合流もできて助かっちゃったよ」

そう言って、翠は食べ慣れたランチメニューを注文する。

「わあ、お役に立てて良かったです!あ、それじゃあ、レトシフォン様のお屋敷もご覧になったんですね」

「すっごいお屋敷だったよ」

正面の席に着いたフレッドが答え、翠と同じ料理を注文した。

「じゃあじゃあ、新しい噂は聞きました?」

と、両手で握ったオーダー表を口元に当て、ウェイトレスが声を落としコソコソッと尋ねる。

「新しい噂って、どんな?」

今度は何だろう?と考えつつフレッドが先を促す。

「レトシフォン様のお子様が、戻ってらしたそうです!」

ウェイトレスはヒソヒソ小さな声で話していたが、目をキラキラと輝かせている。

「……」

フレッド、翠、エトワス、シヨウの4人は、無言でウェイトレスに注目した。

「へー、マジで?」

『何処から漏れたんだ?』そう同じことを考えている4人を代表して翠が尋ねると、ウェイトレスはワクワクとした様子でさらに言葉を続けた。

「正式な発表があった訳じゃないんですけど。最近それらしい子がレトシフォン様のお屋敷に入ってく姿が近所の人に目撃されたらしいんです。その後も、普段見掛けない様な人達が何度も慌ただしく出入りしているみたいで」

よく見てるな。近所の目って怖い!と、全員がそう思っていた。

「そうなんだ」

「はい!だから、そのうち正式に発表されるんじゃないかって、噂なんです。奥様の姿が見えないのが気になるところですけど、その子もレトシフォン様と同じ綺麗な金の髪をした美しい姿をしてるそうで、本物の天使の子らしいですよ!どんな方なのか、実際に見てみたいですよね」

そう楽しそうに話し、エトワスとシヨウの注文を聞いたウェイトレスは厨房の方へと姿を消した。

「噂って怖ぇな。これでまた“お子様がいなくなった”とか新たな噂にならなきゃいいけど」

「いや、やっぱり“お子様じゃなかったらしい”って噂になるだけじゃないか?」

苦笑いする翠に、隣の席に着いたエトワスがそう返した。

「ところで……」

と、一呼吸間を置いてから、エトワスが翠にチラリと視線を向ける。


「お前、閣下に、俺達の学生時代の話をしたんだろ?」

「ん?ああ、色々聞かれたから」

「何を話したんだ?」

「何って……」

翠は不思議そうにエトワスを見る。

「普通に、どんな毎日を送ってたって話だけど?ディー君が毎日喧嘩してたとか、すっごい偏食だとか……特別な事じゃ、フレッド君は、例の学年末試験の時の事も話してたよ」

「ああ、したぞ。当時は分からなかった“地底の種族のなれの果て”が襲って来たあの試験の日、フレイクが一人であの化け物から同級生のバルサムを助けようとしてた事とか話したぞ」

翠の正面に座ったフレッドが頷く。

「そうか……」

「何で?」

釈然としないといった表情のエトワスに、今度は翠が質問し返した。

「いや、何でもない」

「何でもなくはないだろぉ?」

エトワスの顔を下から覗き込むようにして翠が窺う。

「わざわざ聞いてんだから、何かあるでしょ?」

「大した事じゃない。気にするな」

「大した事じゃないなら話しても問題ないだろ。ほら、たっぷり時間あるし。真面目に聞くから」

翠とフレッド、そして正面の席に座ったシヨウにも注目され、エトワスは早く話題を変えなければと考えていた。

「んじゃ、オレが予想しちゃおうかなー。うーん」

と、翠は腕組みしてわざとらしく眉を顰めて目を瞑り、考える様な素振りを見せる。

「ディー君の事で、パパに何か言われた?」

と、2秒も経たずに目を開いてエトワスを見た。

「お前、やっぱり!」

エトワスがハッとしてそう言うと、翠は笑った。

「いやいや、オレはマジで何も言ってねえし。生き別れてた息子の事を真面目に知りたいって父親に、ふざけた事なんか言わねえって。でも、それじゃ当たりって事だよな?じゃ何?『うちの子に変な気を起こすな』とかって、釘を刺されでもしたワケ?」

「違う」

憮然とした表情でエトワスは短く答えた。

「じゃ何だって?」

面白そうに尋ねる翠に、エトワスは観念した様子で口を開いた。

「俺とディートハルトの関係を、お前と同じように認識してる感じだった」

「ああ、お前がディー君に惚れてるって?」

さらりと言われ、エトワスが視線を逸らす。

「いや、それは。だってお前、分かりやすすぎんだよ。別にオレが閣下に何か吹き込まなくても、お前の普段の言動が、誰がどう見たってそう見えるっつーか。なあ?」

翠の笑いは苦笑に変わり、フレッドとシヨウの顔を見た。

「だな」

「そう見える」

二人はあっさりと頷いた。

「エトワスはさ、キサラギとだって付き合い長い友達だし、お互いに命預けられるくらい信頼し合ってる仲だよな?でも、例えば命に係わるようなシリアスな状況とかだったらともかくだけど、普通の日常の中でキサラギの手を握ったり、バックハグしたりとかはしないだろ」

フレッドがそう言うと、翠はおかしそうに笑った。

「ないない。それは、ディー君にされたら、じゃれつくお子様って感じで微笑ましい範囲内だけど、エトワスにされたら戸惑うわー」

「そうじゃなくても、フレイクに対しては色々とすっげー甘いし」

続けられたフレッドの言葉に、翠が頷く。

「まあ、年下だからつい、ってのはオレもあるけどね。だけど、エトワスがディー君を見る時の表情はさ、分かりやすいんだよ。優しくて甘~い視線向けてたり切なげに見てたりするからさ」

「……」

視線の方は自分では気付かなかったが、行動の方は言われた通りだと思った。

「まあ、フレイクの方も、エトワスにだけ全然態度が違ってるけどな。最近はよく甘えてるし」

「そこが罪深いっつーか、大問題なんだよねぇ」

と、フレッドの言葉に翠が言う。

「ディー君みたいな、どうみても男には見えない可愛い子に懐かれて、あんなに素直に大好きオーラ出されて滅茶苦茶嬉しいんだけど、それがどんな種類の“好き”なのか謎だから悩ましいんだよな」

と、エトワスに同意を求める。

「勝手に分析するなよ」

「はい、否定しないって事は図星ね」

「じゃあ、さっさと聞いて確かめれば良いだろ」

シヨウが、理解できないと言った様子で口を挟んだ。

「それは、ガチで好きすぎるから出来ないって奴。今せっかく信頼されて懐かれてんだから、恋心を知られてドン引きされて敬遠されるリスクを考えたら、現状維持の方が良いんだよ。な?」

再び、翠がエトワスに同意を求める。

「よくもそんなに、勝手に人の気持ちを代弁できるな」

「でも、否定も訂正も出来ないんだよな」

答えないエトワスは、薄っすら目元を染めている。

「拗らせてんなー。でもまあ、気持ちは分かる気がする。自分が嫌われたくないってのもあるけどさ、下心があったなんて知られたら、相手の純粋な好意とか信頼を裏切ってしまう様で申し訳ない気分にもなるもんな」

フレッドが笑うと、シヨウは呆れたとでも言いたげに頭を振った。

「面倒臭ぇな。俺なら細かい事は考えないで当たって砕ける方を選ぶ」

「普通は、性別関係なく、相手が次期公爵様なら求愛されて断る奴なんてそういないだろうから、砕ける確率は低いんだけどね」

翠が笑う。

「でもさ、逆に肩書が重すぎて嫌だってパターンもあるんじゃないか?ウルセオリナ卿のお相手なら、嫌でも世間に注目されるし自由が利かなくなるし。元々貴族に生まれたんならともかく、庶民には、軽い気持ちでとりあえず付き合ってみるとか無理だろ。上手くいかなくて別れたとしても“元恋人”ってずっと言われる事になるしさ」

フレッドの言葉に翠が頷く。

「確かに、そのパターンもあるね。リカルド君みたいに三男くらいだったら注目度もそこそこで、権力も金も充分あるけど自由もある、って感じでちょうど良さそうだけど」

「本人を目の前に、下世話な世間話をしないでくれないか」

珍しく、エトワスがムスッとした顔をして言う。

「ああ、ごめんごめん。でも、まあ、良かったじゃん。パパに『身を引け』って言われたんじゃないんなら、公認同然だしラッキーでしょ」

「悪いな。庶民で他人事なもんでつい。キサラギの言う通りだよ。それに、フレイクがお前の事を慕ってるのは事実だし、俺は、告れば付き合ってくれると思うけどな」

翠とフレッドがそう言うと、エトワスは小さく溜息を吐いてグラスの水を飲んだ。


「失礼します。お待たせいたしましたー」

その時、トレーを手にしたウェイトレスがやって来て料理を並べた。

「どうも」

「どうぞごゆっくり」

笑顔の翠に同じように笑顔を返し、空になったトレーを手にウェイトレスは戻って行った。

「いただきまーす」

早速フレッドが注文した肉料理を頬張り、シヨウや翠も続く。運ばれて来たのはレテキュラータの郷土料理だった。

「最近フレイクは人当たりも悪くなくて素直だしさ、あの外見でモテるだろうから、エトワスはこれから敵が増えるよ、きっと」

食べながらそう言って、フレッドがエトワスに視線を向けた。

「あー、それでケイス先輩の事思い出したわ。マズイな……」

ディートハルト贔屓の先輩I・Kを久し振りに思い出し、翠が面倒くさそうに小さく息を吐く。

「キサラギに、フレイクから目を離すなって言ってたもんな」

フレッドが笑う。

「笑いごとじゃないよ」

「でもさ、救出は成功したんだから」

翠とフレッドの会話を聞きながら、エトワスは一人置いてけぼりになり不機嫌になっているであろうディートハルトの事を考えていた。


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