表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LAZULI  作者: 羽月
44/77

44灰色の森 ~イシ4~

 掌の上に六角柱のゴツゴツとした石が乗っている。水晶の一種だろうか。作業中の机の上には木で出来た小さな箱が置かれ丸い石が沢山入っていた。無色透明でガラス玉のように見えるが、そうではない。今手の中にある様な石を加工し、綺麗な球形にして磨いたものだった。

 この透明な丸い石にはまだ何の力も注がれていないため、石はどれも空っぽだ。


 空っぽの石?

 ……そうだった。”器”だ。


強い力に耐えられる器となる石を探し選び出し加工して、目的に応じた力を注ぎ込み封をする。これが私の仕事だった。


『あんたは本当に腕が良い。最高の(せい)石師(せきし)だな』

皮肉なことに誰もが口を揃えてそう言った。

セレステでありながら(そら)の青を宿した瞳を1つも持たないで生まれてきたのに、この手で作り出す石は最高の品だという。生まれながらに属性の力を持つセレステ達が自在に生み出す物とは違い、借り物の力を注いだだけの紛い物にすぎないというのに……。


『綺麗ね。魔法の石なんて初めて見たわ』

何も知らない地上の女も、紛い物を見て喜んだ。その女は、日が沈むほんの一時稀に見ることが出来る、空を染める色を連想させる髪をした女だった。瞳の色は地上の種族では一般的な両目とも同色の、薄い茶色をしていた。翼は持たないが美しい女だった。


 赤い髪をした女が喜ぶ顔が見たくて、また1つまた1つと石を作った。その石を、仲間達の目を盗み、地底の種族と戦う仲間達のいる前線へ届けるのではなく、女の元へと持っていく。その度に、女は華やかな笑顔を見せて嬉しそうに言った。

『嬉しいわ。ありがとう』

女が喜んでくれるのなら、女が関心を持ってくれるのなら、同族達の事はどうでも良かった。


 それなのに……。


女の髪よりも鮮烈な赤で眩しい、紅蓮の炎が視界を覆い尽くした……。



* * * * * * *


「結界のラズライトのせいで、亡くなった空の種族の霊が出たと言うのですか?そして、あの子に取り憑いたと?」

多くはないが村に魔物が侵入し小競り合いが起きているため、足早に歩きながらアカツキは前を行く翠に尋ねた。

「そう断言はしないけどね」

「何にせよ、その白い煙のような物でしたら、私も今朝早くに同じ物を見たかもしれません」

まだ日も昇らない早朝、集まった風鳥達に気付き窓を開けたアカツキは、雪景色の中を横切る白いものを見ていた。

「マジで?」

「その時は、目の錯覚で気のせいだと思ったのですが……」

と、アカツキは早朝の出来事を翠に話した。

「ラズライトが近くにない所でその白い奴がフラフラしてたってんなら、結界の石と幽霊はやっぱ無関係って事?」

「どうでしょうか?」

「まあ、ディー君が今おかしいって事には変わりないから、とにかく直接喋ってみてよ。その前に容態を診てもらわなきゃならないけど」


 緩やかに曲線を描いている道が開け、目的地の書庫が見えた時、二人は思わず足を止めていた。書庫へと続く階段のすぐ下で倒れていたはずのディートハルトが派手に駆け回っていたからだ。

「あれ?」

何故か長剣を手にしてエトワスに襲いかかっている。

「……元気よく遊んでいる様ですね」

「いや、エトワスが襲われてんだと思うけど。何やってんの?」

歩み寄ってきた翠を見て、エトワスはディートハルトの攻撃を避けながら困ったように笑って言った。

「俺を手始めに、地上の種族を皆殺しにする気らしい」

「剣一本で?すげー時間掛かりそう」

翠が薄く笑う。

「剣の扱い方が滅茶苦茶じゃん。そんなんじゃ、まず一人目であっさり返り討ちにされるのが目に見えてるっつーか」

ディートハルトは剣を握るのは初めてであるかのような不自然な握り方をしていて、ただ闇雲に振り回している。

「って。剣、とられたんだ?」

翠は呆れたような視線をエトワスに向けた。彼は腰のベルトに鞘だけを下げている。

「ディートハルトが相手じゃなきゃ、こんなヘマはしない」

「かっこつけた言い方しても、すっげー格好悪いよ」

翠は自分の剣を鞘から抜いて、エトワスに斬りかかるというより剣で殴ろうとしていたディートハルトの剣を、受け止めて振り払った。

「!」

簡単に剣を弾き飛ばされ、ディートハルトは尻餅をついてしまっていた。

「ディートハルト!」

駆け寄ろうとしたエトワスに、剣を拾いディートハルトは再び襲いかかろうとする。しかし、エトワスが一瞬早く剣を遠くに蹴ってディートハルトの動きを封じた。


「なるほど。面白いですね」

傍観していたアカツキは、エトワスに羽交い締めにされているディートハルトを本気で面白そうにしげしげと見た。

「特に何かが取り憑いているという事は無いようですが……」

「分かんの?」

「ええ。セレステの気は精霊と同じですから。取り憑かれているのであれば、すぐに分かります」

「はぁ」

アカツキの言っている事が分からず、翠は曖昧な返事を返した。

「元々無色透明なはずの水に、妙な色が着いていたり不純物が混ざったりしていたら、すぐに異常を感じるでしょう?そういう事です」

「水だったら分かるんだけどね」

精霊等と言われても、よく分からない。


「それで。何故、君は地上の種族を殺そうと考えているのですか?」

アカツキは、エトワスに捕まって抜け出そうと頑張っている様子のディートハルトに歩み寄って尋ねた。すると、ディートハルトはピタリともがくのを止め一瞬考え込む。

「……裏切ったからだ!」

思い出したかのようにそう言った。

「誰がですか?」

「…………」

再び、ディートハルトは思案する様な素振りを見せた。

「赤い髪の女だ!」

「それなら、その女だけを殺せば済む話でしょう。無関係な者にとっては迷惑な話ですよ」

正論と言えなくもないが、人としてどうだろうか?と、傍らで聞いていたエトワスと翠は思った。

「それに、具体的にその女に何をされたというのです?」


 何だったろうか……?

 裏切られたのは確かだが、何をされたのだろう?


ディートハルトは混乱した様子で黙り込んでいた。

「何にせよ、その女ではなく、君が今殺そうと思ってる相手を本当に殺してしまったら、困るのは君自身だと思いますよ?」

アカツキの言葉を聞き、何故だ?とでも言う様に、ディートハルトは怪訝な表情で背後のエトワスを仰ぎ見た。


 困るとはどういう意味だろう?

 地上の種族は憎むべき相手でしかないのだからその様な事は絶対にないはずだ。


「オレも同感。大好きなエトワス君がいないだけでも落ち込んじゃうのに、その上、自分で手を下したとなると下手すりゃ一生立ち直れないかも?」

翠がそう言って笑う。


 何の話だ?

 大切なのは、あの女だけだった。他の誰にも興味はない。


「…………」

しばらくの間、瑠璃色の瞳でジーッとエトワスを見ていたディートハルトは、やがて困惑したように眉を顰めた。

また飛び掛かって来ることを用心して、エトワスは少し身構える。


 あの女って、誰だ?


 ……赤い髪をした地上の種族だ。


 擬天(ぎてん)(せき)を持っていくと、笑顔を見せてくれた。


 笑顔?……あの女の顔が思い出せない。


 違う。


 もともと、そんな女のことは知らない。


 分からなくなってきた。


 違う。


 分かっている事がある。

 おれがエトワスを憎んでいる訳がない。

 殺すなんて、あり得ない。


「……どうなってんだ?」

ぽつりと呟いたディートハルトの言葉に、全く同じ思いでエトワスもディートハルトを見た。

「放せよ、エトワス」

「地上の種族を皆殺しにするためか?」

正気に戻った事を確認するため尋ねると、ディートハルトは眉を寄せたまま視線を逸らした。

「ごめん」

何だか夢を見ているような不思議な感覚だったが、自分の言動は覚えていた。もちろん、エトワスを含めて地上の種族を殲滅すると宣言をした事も、行動に移そうとした事もしっかりと記憶にある。

「違うから」

ディートハルトはそう首を横に振った。

「ごめん」

再びディートハルトが謝るのを聞き、エトワスは手を放しディートハルトを解放した。

「正気に戻ったようですね?」

アカツキは、ディートハルトの頬を両手で挟みグイと上を向かせた。

「指を見て」

何を調べているのか、ディートハルトの瞳をしばらく覗き込んだ後、目の前に人差し指を立て左右にゆっくり動かしている。

「……」

「君の名前は?」

「もう大丈夫だから、いいだろ!」

ディートハルトがキッと睨みつけると、アカツキは思案する様に眉を顰めた。

「やはりまだ……」

「ああ、いや。これは元々だから」

と、翠がディートハルトの頭をポンポンと叩く。

「触るな!」

「間違いない、正常だ」

うるさそうにペシリと翠の手を払いのける様子を見て、エトワスもほっとした様子で頷いた。

「そうですか。それなら書庫へ入りましょうか」

「いや、ここはもうやめた方がいいんじゃないか?」

エトワスは白いモヤモヤの事を気にして止めたが、意外にもディートハルト本人はアカツキの言葉に従う事を選んだ。

「大丈夫だ。行こう(おれが、あいつを受け入れなければいいんだ。自我を保ち続けていればいい)」


 再び小屋への階段を上ったディートハルトは、入り口から一歩入ったところで足を止めた。ほんの一瞬、炎が前方から襲ってくるような錯覚を覚えたからだ。

「どうした?」

背後からエトワスが心配そうに尋ねてくる。

「何でもない」

ディートハルトは振り向いてそう答え、4人はそのまま小屋の奥へと向かった。


「ラズライトが君に影響を与えるというのは、本当だったんですね」

ディートハルトを敷物の上に座らせ、改めて傷の様子を調べ終えると、アカツキは掌に乗せた丸い石を見ながらそう言った。今、本棚の間を通ってくる時に見付けて拾ったものだ。今度はディートハルトに手渡そうとはしない。

「君がこのラズライトに触れている時に、空の種族の霊が現れたと聞きましたが……」

「そうなんだけど、それはラズライトじゃないみたいなんだ」

先程この石を手にした時に感じた違和感の理由が、今は分かった。

「どういう意味ですか?」

アカツキは不思議そうな顔をする。ラズライトの力で村に結界を張っている、昔からずっとそう言われてきているからだ。

「ラズライトに似せて作った物らしい」

「偽物、という事ですか?」

”紛い物”と(あざけ)る言葉が一瞬頭に浮かんで消えた。同時に、赤い髪をした女性にその丸い石を手渡している映像も浮かぶ。

「偽物じゃなくて模造品かな?詳しくは分かんねえけど、ラズライトが天然物なら、それをお手軽版として人工的に作ったものだと思う」

ディートハルトは自分の記憶にはない映像を追い出す様に、軽く頭を振ってから話した。

「お手軽版?」

「多分だけど、ラズライトはセレステが作ってるみたいなんだ。でも、これはラズライトじゃなくて、天……違う。擬天石?とかいう奴で、水晶みたいな石をこんな風に丸く加工して、空っぽの状態のこの石に色んな属性の力を注いで使うものなんだと思う」

そう話しディートハルトはアカツキが手に乗せていた石を手に取った。セレステだというディートハルトの力を欲しているのだろうか。再び、手に吸い付くような奇妙な感覚がする。

「これは、空っぽの状態に戻ってる」

一度握ったラズライトを、ディートハルトはアカツキの掌に落として返した。

すると、フワッと数秒間、石が青く発光した。

「光った……」

アカツキが軽く目を見開く。

「今、おれが握ったからだと思う。何かの力をちょっと吸収されたのかも」

「大丈夫なのか?」

エトワスが眉を顰めた。

「平気。元々どんな力がこの石に注がれてたのかは、おれには分かんねえけど、この石のせいで、死んだ空の種族の声が聞こえたり現れたりした訳じゃないって事は分かった」

白いモヤモヤが見せた映像によれば、これは属性の力を注ぐ目的で作られたただの石だった。

「君は、いつの間にそのような事を知ったのですか?」

少し驚いた様子でアカツキに尋ねられ、ディートハルトは決まり悪そうに左耳のピアスを弄った。

「あのモヤモヤした奴が……」

「教えてくれたと?」

「まあ、そんな感じ」

ディートハルトは頷いた。

「で、あのモヤモヤした白いのって、やっぱ幽霊だったの?」

立ったまま壁に寄りかかり煙草を銜えた翠が尋ねる。周囲が古い時代の燃えやすい紙製品だらけなので火は付けていなかった。

「多分、そうなんだと思う。さっき白いモヤモヤが現れた時に、あいつの記憶みたいなものが見えたんだ」

ディートハルトは、モヤモヤが現れた直後に自分が見聞きした事を3人に話した。


「なるほど。それで、この石がラズライトではないと分かったという訳ですね。面白いですね。本当に君には死者の霊が語り掛けてくるんですね」

アカツキの言葉に、ディートハルトが嫌そうに眉を顰める。

「それは、多分なんだけど、やっぱりラズライトのせいなんじゃないかと思う」

昨夜見たモグラに襲われた女性の夢と、モヤモヤの見せた映像のおかげで、そう考えるようになっていた。

「昨日モグラの巣で見つけた石の欠片は、天然のラズライトだったんだと思うけど、あの時触れたら声が聞こえた。記憶とかメッセージとか、そんなもんがラズライトに遺されてたんだと思う」

ディートハルトの言葉にアカツキが頷く。

「この村の書物にも、ラズライトというのは“空の種族が命を終える際に想いや言葉と共に仲間へ遺し伝えるもの”とありましたね。石を形見として残すと言う意味ではなく、本当に石の中に想いや言葉を封じて残すという事だったんですね。これは、書き足しておかなければなりませんね」

「……でも、皇帝家の剣の幽霊の場合は、自分は“精神のみの存在”だって話したって言ってたよな?そして、ディートハルトと言葉を交わしてるんだよな。じゃあ、ラズライトは記憶とかメッセージを遺せるだけじゃなくて、精神のみの存在になってラズライトに宿る事も出来るのかもしれないな」

エトワスの言葉に、アカツキが頷いた。

「面白いですね。そうだとすれば、今回現れた白い煙の場合も、宿るラズライトがどこかにあるのかもしれませんね」

アカツキがそう言った時、ディートハルトは再び目の前に炎が揺らめいた様な感覚を覚えた。

「っ……」

思わず反射的に身を引きそうになったが、炎の映像が見えたのは一瞬だったため、冷静を装う。

「この書庫にはラズライトは保管していないはずです。村の中のどこかか森の中か、とにかく近くにはあるのでしょうが……、長なら何か知っているかもしれません」

「じゃあ、早く聞きにいこう。そのラズライトを壊したい」

そう話すディートハルトの耳には、再び何者かの声が聞こえていた。その内容は少し前に聞いたものと同じで、”アズールへ帰りたい”というものや、”地上の種族を恨んでいる”といったものだった。声だけならまだいいが、悲しい、恨めしいという感情までが流れ込んでくるので、再びそれが自分の感情であると錯覚してしまいそうになる。

「君は、ここで休んでいて下さい」

早速立ち上がったディートハルトを、アカツキが止めた。

「ここ二日、体を酷使しすぎです。それに、目的のラズライトが見つかった場合、君が近付いた事でまた影響を受けたら皆が困るでしょう?」

「そうだけど……」

痛いところをつかれてディートハルトは少し拗ねた様な表情になる。

「今、ここにいても声は聞こえ続けてるし、白昼夢みたいなもんも見えたりしてるから、どこにいても一緒だと思う」

「えっ」という表情で3人分の視線がディートハルトに注がれた。

「それでしたら、とりあえず私がラズライトの場所を確認してきますので、ここで待っていて下さい。君がラズライトのもとへ行きたいのなら、私が戻ってから改めて一緒に行きましょう」

アカツキが立ち上がった時だった。


 書庫の扉が勢いよく開く音と共に声が響いた。

「キサラギ、エトワス、いるよな?」

現れたのはフレッドだった。

「お前らも来てくれ。せっかく作った防壁が役に立ってないんだ。どっから湧いて来るのか、どんどん魔物が入ってくる」

フレッドの話によると、そう数は多くないが際限なく魔物が村に侵入してきているらしかった。シュナイト達だけでなく、村人達まで総出で応戦し続けているのだが、彼らは元々戦い慣れしているという訳ではないため、そろそろ皆疲弊してきているらしい。


 アカツキと共にエトワスと翠も出て行ってしまい、ディートハルトは再び一人で小屋に取り残される事になったが、そう時間を置かずにアカツキは戻って来た。

「残念ですが……」

と、小屋に入ったばかりのアカツキは、まだディートハルトが何も尋ねないうちに、村にもその周囲にもラズライトは無いらしいと、長に確認してきた事実を告げた。

「唯一ラズライトとしてこの村に伝えられていたのが、結界になっていた君の言う擬天石だという事です」

「じゃあ、今回のモヤモヤはラズライトは無関係なのか……」

絶対に近くにラズライトがあると思うのだが、違うのだろうか?だとしたら、このしつこい声や映像はいつまで続くのだろうか……。

 ディートハルトは、今すぐに声や映像から逃げ出したくなってしまった。これ以上この強い思念の渦に悩まされ続ける事になれば、そのうち気が狂ってしまいそうだ。

「昨日君が魔物の巣の中で見付けたものの様に、私たちが存在を把握していないラズライトが何処かにあるのかもしれませんね……。ですが、在処の分からない石を探し出すより可能な限り急いでこの村を離れる方が賢明でしょうね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ