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LAZULI  作者: 羽月
43/78

43灰色の森 ~イシ3~

 一晩と半日顔を合わせていないだけなのに、と、自分でも戸惑い不思議に思うのだが、無性に嬉しくて仕方がなかった。小走りに駆け寄った勢いのまま抱き着きそうだったところを踏み止まったのは、エトワスの後からもう1人顔を覗かせたからだ。

「どう?快適に過ごしてる?」

部屋の中を見回してそう言ったのは、翠だった。

「……全然」

仏頂面に戻ったディートハルトがそう答えると、翠は予想していた様子で少し笑った。

「でも、外よりはいい思うけど?一応、侵入を防ぐために壁というか障害物を置いてるとこなんだけど、今また村にチラホラ魔物が入って来ちゃってるから、皆さん総出でちょっとした騒ぎになってるし」

翠の言葉で小屋の外にいるはずの村人達がいないようだった理由が分かった。非常に張り切っている様子だったので、恐らく魔物退治に参加しているのだろう。そうでなければ、自分の家族の元へと駆けつけたのかもしれない。

「おれのせいで……」

結界の石が壊れた事はともかく、魔物が侵入してきているのは間違いなく自分のせいなのでディートハルトは罪悪感で表情を曇らせる。

「侵入して来てるけど、ディートハルドだけを狙ってるみたいで、住人が襲われたりとかはしてないから大丈夫だよ。それに、俺達だけじゃなくてこの森の魔物との戦闘に慣れてるレトシフォン閣下達もいるし」

エトワスがそう言ってディートハルトの腕をポンポンと軽く叩く。今回共に森に入ったシュナイトの部下の兵4人も一緒なので、戦える者の人数が多く魔物の対応に苦戦はしてはいなかった。

「ディー君は何も心配いらないからさ。ここでゆっくり体を休めててよ」

“絶対ここから出てくんなよ”という気持ちではあったが、優しく変換して翠が言う。

「でも……」

そう言って、ディートハルトは敷物の敷かれている場所まで移動し、何かを捜すように周囲に視線を向けた。

「ここにも、何かいるんだ」

「魔物か?」

ディートハルトの元まで歩み寄ったエトワスは周囲の様子を窺った。しかし、魔物はもちろん、自分達以外の気配は感じられない。

「特に気配は感じられないぞ?」

「……煙みたいな奴だったからな」

「煙?」

「何それ?……ん?」

ディートハルトとエトワスの後に続き、本棚の間の狭い通路を歩いてきた翠は、何かを踏んだのか屈んで床に手を伸ばした。

「これって、もしかしてあのラズライト?」

翠が拾い上げたのは、一部欠けてはいるが球形を留めた見覚えのあるラズライトだった。遠くに蹴り飛ばしたと思ったが、どこかに当たり跳ね返って、近くまで転がってきていたようだ。

「結界になってたって奴。アカツキが持ってきたんだ。ちょっと事情があっておれが蹴り飛ばしたんだけど、そんなとこに落ちてたんだな」

ディートハルトが答えると、エトワスは僅かに眉を顰めた。

「わざわざディートハルトに渡したのか」

”事情があっておれが蹴り飛ばした”については、ディートハルトならやりがちなので、特に驚きはしない。

「ラズライトがディー君に悪い影響を与える事はないって、言ってたからねぇ」

翠が苦笑すると、ディートハルトは小さく頷いた。

「おれにもそう言った。で、空の種族なら興味があるだろうからって」

「それで?今回は大丈夫だったのか?」

尋ねるエトワスに、ディートハルトは曖昧な返事を返した。

「大丈夫っつーか。多分、そいつのせいで煙みたいなモヤモヤした奴が出てきたんじゃないかと思う」

そう言ってディートハルトは、隠す事無く白いモヤモヤの話を二人に聞かせた。


「その煙みたいな奴も、亡くなった空の種族なのか?」

エトワスの言葉に、ディートハルトは『う~ん』と首を傾げる。

「分かんねえけど、今までの経験からすると、そうかなって思ってる」

「でも、どっちにしろ、有益な情報を与えようとはしていない分、今までとは違うタイプの奴みたいだな」

エトワスは白いモヤモヤを敵とみなした様だった。

「でもさぁ。今回は別に気分が悪くなったりはしなかったし、石が光ったりもしなかったんでしょ?むしろ無害ってゆーか、この石、壊れて効力が失われてるんじゃなかった?」

翠はそう言って、指先で弄っていたラズライトをピンっと弾いた。

「じゃあ、この石は無関係って事か?」

宙に飛び、元通り翠の手の中に収まるはずだった落ちてきた石を、ディートハルトが横から素早く猫の様に手を伸ばしキャッチしていた。

『変だ』

石を掴んだ瞬間そう思った。ディートハルトの拳に収まった石は、冷たく重みがあり最初にそう感じたようにただの小さなガラス玉のようだった。触れているのに妙な感覚もしなければ声のようなものも聞こえない。ギュッと強く握ってもみたが、やはり普通の石かガラス玉の様にしか感じられなかった。翠の言う通り石は何の効力もない状態で、声やモヤモヤとは無関係なのだろうか。

それとも……。

「これ、本当にラズライトなのかな?」

ディートハルトは湧いてきた疑問を口にしていた。

「何で?」

「今までのとは何か違うような……っ!」

エトワスの問いに答えかけたディートハルトの手から、ラズライトが転げ落ちる。急に手に違和感を感じ、ディートハルトが石を振り払ったためだ。

「どうした?」

「いや、なんか。石が手にくっついたような気が……」

床に転がり本棚にぶつかって跳ね返った後ようやく止まったラズライトは、気のせいか仄かに光を纏っている様にも見えた。しかし、ディートハルトが瞬きをし、よく見てみようと改めて目をこらした時には、やはりただのガラス玉の様で光ってもいない状態となっていた。

『気のせい……?』

そう思いかけた時だった。突然、ディートハルトの周囲が白いモヤモヤに包まれた。

「!?」

同時に、エトワスのものでも翠のものでもない声が再び響いてくる。


『アズールへ……』


夢なのだろうか。

鮮やかな青空のイメージが浮かんだ。しかし、それは不意に消え色白で赤毛の髪を結い上げた若い女性の姿に変わる。顔のあたりがぼやけているため、その顔立ちはよく分からないが、その女性が声を上げて楽しそうに笑っているのは分かった。


そして、またすぐに映像が切り替わる。

今度は別の女性だった。薄い灰色の翼を持った空の種族らしい人物だ。

細く柔らかそうな髪は腰に届くほど長い。やはり顔立ちははっきりしないのだが、すぐ前の映像に現れた女性とは対照的に、何故か悲しそうな雰囲気を纏っているように思えた。


『この人、どこかで見た……』

ディートハルトはそう思った。この寂しげな女性の雰囲気は知っているものだと感じた。

『あ、モグラの時の』

そう、すぐに思い当たった。魔物の巣に落ちた時、逃げるよう警告してくれた夢の中の人物だ。

それが分かった瞬間、映像は全て消えて真っ暗になる。


今度は暗闇の中、ただ声のみが響いていた。


『逃げて……』


昨日、モグラ達の群れが襲って来る少し前に見た夢と同じだった。

ディートハルトに魔物から逃げるよう警告した女性が、夢と同じ事を言う。ただ、今回掛けられた言葉はディートハルトに向けてのものではなかった。


『何故だ』


女性ではない、ディートハルトでもない誰かがそう呻くように答えたからだ。それは、酷く失望しているような、何かを強く恨んでいるかのような印象を受けた。


『……帰りたい』


再び呻くように絞り出された言葉が、すすり泣きへと変わる。


『鍵さえあれば……天の瞳……』


ゴオッという強風が吹くような音がした。

女性の高笑いする声や悲鳴のような声、その他聞き取れない沢山の言葉が一斉に響き騒音となる。


しかし、不意にその騒音の中にはっきりと意味を成す言葉を拾う事が出来た。


『鍵が欲しい……』


映像を見聞きしていたディートハルトは、音ではない声が何を言いたいのかに気付いた。


”アズールへ”

”帰りたい”

(そら)の瞳”

”鍵”


つまり、アズールへ帰るために必要な、鍵となる天の瞳……ディートハルトの目が欲しい。そう言っているのだろう。だから、モヤモヤは”1つでいい”と、ディートハルトの目を欲していた。

『ふざけんな!』

言葉の意味を理解し腹が立ったディートハルトは、そう叫んでいた。

その途端、ゴオッッと強い風が吹く様な音がして全身に痛みが走った。



「どうした?」

エトワスが声を掛ける。突然、周囲に白い煙のような物が発生したと思ったら、ディートハルトがフラリと崩れ落ちて床に膝を着き、蹲ってしまったので驚いていた。

「ディートハルト?」

白い煙は発生してから僅か数秒程で消滅してしまったのだが、ディートハルトは蹲ったまま呼びかけに応じない。しかし、エトワスが何度か呼びかけ続けていると、ようやくゆっくりと顔を上げた。

「大丈夫か?」

エトワスが心配そうにディートハルトの顔を覗き込む。

「今の煙みたいなのが、さっきディー君の言ってた空の種族の幽霊かもしれない奴?」

アカツキを呼びに行こうとしかけていた翠が、足を止めて戻ってくると尋ねた。

「ディートハルト?」

エトワスに支えられ立ち上がったディートハルトは、二人の言葉に答えることなく無言のまま自分の両掌を見つめ、裏返して甲を眺め、徐に顔を触ったかと思えば今度は胸や腹に触れてみている。何かを確かめているかのようだった。

「横になった方がよくないか?」

どこか身体に異状でもあるのだろうか。そう不安を感じながら言うエトワスに、ようやくディートハルトが視線を向けた。

「扉は、どこだ?」

「……」

一瞬、言葉に詰まってしまった。視点が定まっていない、とでも言うのだろうか。虚ろな瞳はエトワスの方へ向けられてはいたが、彼を見てはいなかった。

「そこ」

答えないエトワスに代わり翠が背後を示す。外へと続く小屋の扉だった。

「さっきも言ったけど、外には出ない方がいいと思うけど。まだ、魔物が彷徨いてるだろうし」

エトワスの手を振り払い扉の方へ歩き出したディートハルトの背に向けて、翠がそう忠告する。しかし、ディートハルトは歩みを止めることなく扉へと手を掛けた。

「魔物ごとき」

と、低く呟いた声が聞こえてくる。

「ディートハルト」

エトワスが慌てて追ってきてディートハルトの腕を掴んだ。しかし、ディートハルトは睨み付けるような冷たい視線をエトワスに向け、無言で再びその手を振り払うと扉を開いて外へと出た。


「……」

翠の言葉通り、その姿は見えないが少し離れた所から複数の村人達が騒ぐ声が聞こえてくる。

「中に入ろう?」

扉は開けたものの数段の階段を下りようとはせず、ぼんやりと立ちつくしたままのディートハルトに、背後からエトワスが問う様に呼びかける。

「ディートハルト?」

肩にそっと手を掛けると、ディートハルトは不意に振り返って瑠璃色の瞳をエトワスに向けた。

「アズールではない」

呟くように言ったディートハルトは、酷く悲しそうな表情をしている。

「帰れない。……何故だ?」

「ここにはアズールへ続く扉はないし、これから、帰るんだろ?」

しっかりしろ、と、エトワスは瑠璃色の瞳を見て言った。ディートハルトが突然意味不明な事を言い出すのはそう珍しくもないが、妙な白い煙が出た直後だという事が気になる。

「これから?」

「そうだ。俺と一緒に行くって昨日言っただろ?」

そうエトワスが言うと、ディートハルトは急に表情を変えた。

「嘘だ!」

「……」

どの辺りが”嘘”だと言うのだろう。疑問に思うエトワスを、ディートハルトは何やら恨みでもありそうな強い視線で睨み付けている。

「お前は地上の種族だろう!地上の種族の言葉など、信じるものか!」

「アカツキを呼んでこよっか?」

開け放たれた扉の入口に立った翠がエトワスに尋ねる。

「信じなくても嘘じゃないよ。だから、とりあえず今は中に入ろう」

翠に「ああ」と頷いて見せ、エトワスはディートハルトの背中を軽く押して小屋の中へ入るよう促した。

「触るなっ!」

と、突然ディートハルトが身体を捻ってエトワスを突き飛ばした。しかし、勢い余って自分も階段を踏み外してしまう。

「!?」

翠は咄嗟に二人に向かって腕を伸ばしていた。考えるより先に反射的に伸ばしてしまった片腕に、それぞれエトワスとディートハルトの腕と服を掴むが、体勢を崩し二人を同時に支える事が出来ず、結局3人とも階段から地面へと転げ落ちてしまった。


「……っ痛。あぁ、悪い」

翠は、腕を掴んだままエトワスの上に倒れ込んでしまっていた事に気付き体を起こしたが、もう一人、ディートハルトも下敷きにしてしまっていた。

「ディー君?」

まともに背中に座ってしまったせいだろうか、それとも、地面に倒れた時の打ち所が悪かったのだろうか。エトワスのすぐ隣に俯せに倒れた状態のディートハルトは動かない。

「ディートハルト!」

飛び起きたエトワスが、慌てた様子でディートハルトの背に手を掛けて揺らす。

「アカツキ呼んでくるわ」

覗き込んだ翠も、踏んでしまった事に責任を感じ、そそくさと立ち上がる。

「ああ、頼む!」

立ち去る翠の背中にそう声を掛けた時だった。

「う……」

小さく呻きディートハルトがゆっくりと体を起こし顔を上げた。右頬に泥が付いている。階段から落ちたときに打ちつけたのだろう。

「大丈夫か?」

また振り払われるだろうか……。そう思いながらも、エトワスは手を伸ばしディートハルトの肩に触れた。瑠璃色の瞳を覗き込むと、眉を顰めたままディートハルトはエトワスの顔を見る。

「飛べなかった」

「え?」

「何故、翼がないのだろうか?」

「……これから、生えるんじゃないか?」

悲しそうな表情で尋ねられ、エトワスは咄嗟に思いついた事を言ってみた。

「”ヒナ”なんだし」

歯や毛じゃあるまいし……。自分で言っていてそう思ったが、ディートハルトの方は納得したのか小さく頷いた。

「そうか、ヒナだったのか」

ディートハルトに頷いて見せ、エトワスは再びディートハルトに小屋へ戻ろうと促した。

「立てるか?」

すると、急に思い出したかの様に、ディートハルトはエトワスの手を強く振り払った。

「触るな!」

「分かったから、とにかく中に入ろう」

こんなに邪険にされるなんて……数年ぶりだ。と、初対面の頃を思い出し少し懐かしくなってしまいながら、エトワスは階段から続く小屋の入口を指し示した。

「裏切り者の、地上の種族になど……」

本気で腹立たしそうに言いかけたディートハルトは、不意に困惑した様子で眉を顰めた。


 ……?


 裏切ったのは、翼を持たない種族の赤い髪の女だったはずだ。


 この男は誰だ?



「ディートハルト?」

エトワスが呼びかけたディートハルトは、額に手を当てたまま俯いて考え込んでいる様だった。


 ……違う。


 赤い髪の女って、誰だ?


 ……ああ、そうだ。私を裏切った奴だ。


「帰れぬのなら……」

俯いていたディートハルトは、そう呟いて顔を上げた。

「地上の種族を殲滅する事としよう」

憎悪に似た感情を湛えた瞳は、傍らに立つエトワスに真っ直ぐと向けられる。

「まずは、お前からだ!」


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