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LAZULI  作者: 羽月
27/77

27赤い影 ~脱出~

 地下から階段を上がって来たエトワスは、緊張した面持ちで辺りの様子を窺った。受付やロビーがあり昼間は事務職員のいる1階は、今は無人で必要最小限に抑えられた照明の中、不気味に鳴り響く警報が反響している他は特に変化は見られなかった。

「良かった!ご無事でしたか。さあ、急いでください!」

一階で待っていたモップを持った清掃員に扮しているクレイという名のI・Kが、3人に気付いて静かに掛け寄って来る。

「この警報が何なのか分かるか?」

「いえ。少なくとも、ここでは何も異常は起きてませんので、上で何かあったのかもしれませんね」

エトワスの問いにI・Kが答える。午前2時と同時に地階へ下りたエトワスらE・Kが剣の所へ辿り着く直前に、突然警報は鳴り出した。一瞬彼らは、自分たちが見付かったのかと思ったが、警備兵もファイターも研究員も姿を見せなかった。そこでそのまま予定通り剣を回収し、階段を使って地上1階に上がって来たところだった。

「ファイターに何か連絡は入っていないか?」

エトワスは、今日はファイターの姿をしている二人のE・K、ジルとマリウスを振り返る。

「いえ、まだ何も」

ジルが答える。翠が密かに入手して渡したファイター達が使用している通信機からは、まだ何の情報も入って来てはいなかった。

「そうか。それなら行こう」

建物奥の非常口から外に出てE・Kのライザと合流し、後は西の教会に向かうだけだ。他の2班が心配ではあったが、I・K達を信じているため自分のやるべき事に専念する事にした。

エトワスに促され、ジルとマリウス、そしてクレイは、闇に紛れるように急いで非常口へと向かった。相変わらず警報が響いている。

『無事でいてくれ……』

思わずディートハルトの姿が頭に浮かんだエトワスの傍らで、不意にE・Kが立ち止まった。

「エトワス様」

立ち止まったエトワスに、2人のE・K達が一度顔を見合わせて通信機に耳を澄まし話し出す。

「上で騒ぎがあった様なのですが……」

「よく分からないのですが、ランクAの部屋で騒ぎがあった、と言っています。……ランクAが暴れて脱走した。ファイター達は直ちに研究員に協力してランクAを取り押さえるように……だ、そうです」

「ランクAが暴れてる?」

エトワスは眉を顰めた。レイシの話では、ルシフェルは物静かなタイプの男だと言っていたが……。

「アクアの部屋は、ランクAと同じフロアにあるからな……」

アクアはRANK-Aに懐いていると聞いていたが、まさかアクアが帰りたくないと言ってRANK-Aに助けを求めたのだろうか?そう考えフレッド達の班が心配になる。

「エトワス様……」

その時、再び通信機からの声を聞いていたジルが、今度は躊躇った様子を見せながら口を開いた。

「ジル!」

マリウスが制止しようと声を上げる。

「黙ってろって言うのか?……どうやら、上で騒ぎを起こしたのはランクAとランクX、あ、いえ、フレイク君のようです」

「!?」

一瞬目を見開き、眉を寄せエトワスは溜息を吐いた。

「あれだけ大人しくしてろって言ったのに……!」

明らかに怒っているエトワスに、E・K達は苦笑いしている。

「3人は宝剣を持ってこのまま脱出して、予定通りライザと合流してくれ」

「エトワス様は、どうされるのです?」

「俺は上に行く」

「フレイク君にはI・K3人が付いています。わざわざ行かれなくても……」

その言葉通り、翠とディートハルトの援護には先輩I・K二人が付いている。しかし、元は先輩I・K3人が付く予定だったのを、ディートハルトの希望で一人減らしていた。それなのに、この様な騒ぎを起こすとは……。と、エトワスはもう一度溜息を吐きたくなってしまった。

「いいから、行ってくれ」

「では、私も同行させてください」

元々はディートハルトの救出班だったI・Kクレイがそう申し出た。

「フレイクの救出は、I・Kに与えられた任務ですから」

クレイは、ブランドンと同期で、ヴィドールに来ているI・K達の中ではブランドンと共に最年長だった。

「分かった。一緒に行こう。それを借してくれ」

エトワスはI・Kに頷いて見せると、ジルから通信機を借りた。

「では、これも。どうぞお気を付けて」

と、ジルが、今日のためにライザから事前に受け取り持ち込んでいた剣を差し出す。それは、サラが現地で調達してくれた中剣だった。

「ありがとう。二人も気を付けて。後で会おう」

エトワスは短く告げ、モップだけではなく同じく中剣を手にした清掃員姿のI・Kと共にエレベーターへと急いだ。



* * * * * * *


「何で、俺まで逃げなきゃならないんだ?」

シヨウは走りながら先程から抱いていた疑問を口にしてみた。

「そりゃあ、逃げなきゃルシフェル君に追いつかれたら攻撃されちゃうからでしょ」

併走しながら翠が答える。今は、最初にRANK-Aの部屋に駆けつけたファイター二人がルシフェルを足止めしてくれているはずだ。

「そうじゃなくて、何で俺までランクAに狙われなきゃならないのか、って言ってるんだ」

「『ラファエルの仲間は許さない』ってルシフェル君言ってたし」

「だから、そうじゃなくて……」

シヨウは、何故自分が、ラファエルの仲間とみなされているのか……と言いたかったのだが、翠は聞いてはいなかった。もしかしたら、単にうまくはぐらかされてるだけなのかもしれない。

「休んでる暇なんて無いよ、早く来いよ!」

走っていた翠は立ち止まり、後方で壁に手を掛け腰を屈め、辛そうに肩で息をしているディートハルトを振り返った。

「……先に、行けよ。どうせ、ルシフェルはファイター達が、足止めしてるから……、平気……」

思わずディートハルトが言葉を呑み込んでしまったのは、すぐ真横の部屋の窓ガラスが甲高い音とともに割れて宙に舞ったからだった。反射的に腕で顔を庇ったものの、飛び散ったガラスの破片の一つが頬を掠めていき、瞬間熱い痛みが走る。

「じゃないみたいだね」

翠の視線を追い振り向いてみると、そこには廊下の角から姿を現したルシフェルがゆっくりと歩いて来ているところだった。

「最悪」

ディートハルトはボソリと言い、頬を手の甲で拭った。少しだけ濡れた感触がしたが、そんな些細な事には構っていられない状況だった。

「辛そうだね、ラファエル」

まるで追いかけっこでもしているかのように、悠然とした足取りで歩み寄り楽しげな表情を浮かべてルシフェルが笑う。ディートハルトは首だけではなく体の向きを変え、ルシフェルの方へしっかり向き直った。元々体力が落ちているところを全力疾走したせいか、少し足がふらつくような気がする。

『……どうすればいい?』

「おいで。分かってるだろう?君の住む世界は、彼らとは違うんだよ」

自問するディートハルトに向けて、ルシフェルは諭すように言いながら僅かに首を傾げた。

『あいつ、怪我してんだよな……』

ディートハルトはチラリと翠を振り返った。

「僕のところへおいで。君が空の種族の力をちゃんと解放出来るまで、吸収するのは当分待ってあげるから」

「ふざけんな。いずれ食うっつってるヤツのとこに行くワケねえだろ」

瑠璃色の瞳で精一杯睨み付けると、ルシフェルはうっすらと微笑した。それは穏やかな優しい笑顔にも見えた。しかし、その瞳は依然として赤い異様な煌めきを宿している。

『……もう、逃げられないかもしれねえな』

ルシフェルの顔に浮かぶ笑顔を見ているうちに、ふと諦めに近い思いが頭をよぎり、ルシフェルがゆっくりと手を伸ばして歩み寄るのを目にしても、ディートハルトは逃げようとはしなかった。せめて、翠だけでもここから逃げて欲しい。そう思っていた。

『エトワスは、おれとの約束をちゃんと守ったのに、おれは約束を破ってしまったな……』

ぼんやりと考えている間に、すぐ近くまで来たルシフェルの手がディートハルトの肩に伸ばされる。

「ああぁの馬鹿っ!何やってんだ!?また振り出しに戻れってか!?」

ディートハルトの背後で翠は首を振り、ディートハルトをルシフェルから引き離そうと足を踏み出した。と、背後から耳慣れた声が響く。

「いたぞ!」

振り向くと、数人を引き連れて駆けてくるエトワスの姿があった。連れているのはファイターと警備兵とモップを手にした清掃員……に扮したI・Kクレイだ。

「なんで、こんなとこにいるんだ?」

翠だけでなく、ディートハルトも唖然として目を丸くした。

「!」

バタバタと駆けてきたファイター達は、ディートハルトには目もくれずルシフェルに飛びかかる。

「エトワス、どうし……」

「馬鹿っ!何やってるんだ!?」

開口一番、ディートハルトの言葉を遮りエトワスはそう怒鳴った。

「だ、だって、あいつが……」

翠に馬鹿と言われた時には正直ムッとしたが、まさかエトワスにまで馬鹿と言われるとは思っていなかったので、ディートハルトは少し怯み言い訳するように口を尖らせた。エトワスなら許してくれると予想していたが、どうやら叱られるパターンのようだった。

「後で聞いてやる。来い!」

エトワスはディートハルトの腕を掴みグイと引いて、そのまま走り出す。

「おいっ!僕じゃなくて、ラファエルの方を捕まえろ!」

あっという間に走り去っていくディートハルト達の姿を悔しげに見送りながら、ルシフェルは苛立たしげに、群がってきたファイター達を振りほどこうとした。しかしファイター達は聞く耳を持とうとはせずに、次々にルシフェルに組み付き彼の動きを封じた。


 エトワスの後を追いながら、ディートハルトは自分の背後に付き従うように走って付いてくる二人の警備兵に気付き、ギョッとした。しかし、すぐにその二人が見覚えのある先輩I・Kだという事に気付く。エトワスが連れてきた一団の中に混ざっていたらしい。

予定では非常階段を使い地上に下りる事になっていたが、辺りが騒然としていて他のファイター達が周囲に大勢出ているため、見咎められないように、所持している武器を隠しつつ、無人の可能性の高い6階の闘技場フロアまで建物内の階段を使って移動し、そこから外の非常階段に出る事になった。


ディートハルト、エトワス、翠、先輩3人、そして未だ行動を共にしているシヨウは、階段を駆け下り、ルシフェルの部屋のある9階からスタッフルームのある8階を通過し、7階――“ラファエル”の部屋がある階へと向かう途中で、一番会いたくない相手に出くわした。

「!」

「ジェイド!」

エトワスの姿を見付けたグラウカが声を掛ける。ピングスやロサ、レイシはとっくの昔に帰宅してビル内にいないため、グラウカと共にいるのはランクC、D、E担当の研究員達だった。一緒に様子を見に来たようだ。エトワスは舌打ちしたいのを堪えて立ち止まる。警備兵姿のI・Kも足を止め、唯一、清掃員の姿をしていたクレイだけが、気付かれない様に無関係を装って通り過ぎ、そのまま階段を下りて近くに身を隠す。

「一体、どうしたというんだ?」

「ランクAが、ラファエルを捕まえようとしているんです。今は、何とかファイター達が押さえていますが、いつまでもつか……」

困惑した表情を作って見せたエトワスの説明に、グラウカは眉間に皺を寄せた。

「ルシフェルが?しかし、ラファエル、どうして君が上に居たんだ?」

「ランクAが、僕を呼んだんだ。でも、僕を食べるって言うから逃げて来た」

グラウカには目を向けず、ディートハルトは俯いてぼそぼそと答える。

「何だって!?もっと詳しく、どういう事か説明……」

「今はそれどころじゃないと思いますよ。ランクAは暴れてて、上はかなり大変そうでしたから。ラファエル君はオレらがシッカリ守ってますから。ご安心下さい!」

グラウカの言葉に口を挟み翠が言う。隣に立つディートハルトの肩にガッシリと腕を回しているのは、彼がグラウカに飛び掛かる事を防ぐためだ。

「じゃあ、ラファエル。ジェイド達と一緒にいなさい」

「ワカッタ。ニイサン」

つい睨んでしまいそうになるのを堪え、ディートハルトは俯き加減に頷いた。それでも妙に台詞がぎこちなく聞こえるのは、苛立ちを抑えているからに他ならない。

「それじゃあ、よろしく頼む」

エトワスや翠を露ほども疑っていないグラウカは、そう言い残し上の階へと向かおうとした。

その時――。

「……お前は」

「!?」

その男は研究員達の背後に居たためエトワスは気が付かなかったのだが、彼の顔を不審げに眺めているのは、赤毛の男――ヴィドールに手を貸している赤の海賊、ヘーゼルだった。

「俺が何か……?」

内心、しまったと思いながら、早くも立ち去りかけていたエトワスは平静を装ってヘーゼルを見返した。

「まさか……」

「後にしてよ!僕の事、ルシフェルが追いかけてるんだから。こんなとこに止まってたら、追いつかれて食べられてしまうよ!」

ディートハルトがヘーゼルとエトワスの間に割って入り、怯えているような表情でヘーゼルの赤茶色の瞳を見上げて言った。

「ヘーゼルさん、早くルシフェルを止めなければ!」

階段を上りかけていたグラウカも、少し焦った様子でそう声を掛ける。

「失礼します」

ランクXを伴い、そそくさとその場を後にした研究員とファイター、そして警備兵を不審げに見ていたヘーゼルは、諦めたようにグラウカの後を追った。

「ランクXといた、あのファイターでも警備兵でもない若い男は?」

グラウカに追いついたヘーゼルは、口早にそう尋ねた。

「彼はジェイド。新人研究員ですよ。ランクXが一番懐いているので、彼に任せておけば安心です」

「彼の出身地は?」

「?」

ヘーゼルの言葉にグラウカは足を止め、訝しげに彼を見た。

「確か、ジャスパだったと思いますが?」

「ランクXはロベリア王国で捕獲したという話だったが、ロベリア人なのか?」

「……いや。多分、ファセリア帝国の人間のはずですが」

一瞬答える事を躊躇したグラウカだったが、正直に答えた。

「やはりそうか!」

「どういう事です?」

ヘーゼルが納得したように声を上げると、グラウカは説明を求めた。

「さっきの新人研究員とかいう男は、俺の見間違いじゃなければファセリア兵だ。一部隊の指揮官だったのを確かに憶えている」

「まさか!」

グラウカは思わず笑ってしまった。常に落ち着いていて穏やかな印象を受ける彼が、実は兵士でその上あの若さで指揮官などとは到底信じられなかったからだ。しかも、遠く海を隔てた異国の人間がこんな場所へいるはずがない。

「いや、でも……」

グラウカは、つい先日行ったRANK-Cとラファエルの戦闘を思い出し、少し不安になった。臆する事も無くラファエルの許へ駆けつけた彼は、ファイターから奪い取った大型拳銃を慣れた様子で扱っていた。彼に問いただしたところ、扱い方は昔父に教えて貰っていて、また、魔物との戦闘経験もあり慣れているからだと答えたのでそれに納得していたのだが、そもそも、平和で安全な町で生まれ育った彼が何故魔物との戦いに慣れているのだろうか?もちろん、周辺の砂漠に魔物は出るが、敢えて砂漠に出ない限り戦闘の機会はないし、どう見ても普通の魔物ではないRANK-Cを見ても平然としていたのは、今考えると少し違和感がある。若いため度胸がある、という事では片付けられないのではないだろうか……。その上、あまりにもその外見とそぐわないが、ラファエルの方は間違いなくファセリア帝国の兵士”インペリアル・ナイト”なのだ。ファセリアの兵士であるラファエルを、同じファセリアの兵士であるジェイドが救出しに来た……。

「そうだとしたら……」

彼一人で異国に乗り込んで来るとは思えない。

『さっきラファエルと一緒に居た者達は、全員……』

「ランクAだ!」

研究員達のざわめきに、グラウカは思考を中断しハッと顔を上げた。見ると、階段を下りて来るのは確かにルシフェルだった。酷く不機嫌な顔をしているのは、ファイター達に問答無用で襲われたからに違いない。長い髪は乱れてボサボサになり、ゆったりとした服のせいで分からないが、露出している部分……顔や手にはすり傷や痣が出来ていた。

「どうやって部屋から出た?」

グラウカは驚いて声を上げた。ルシフェルが部屋から出ようとすれば、彼の首に付けたランクの文字が記された金属製のチョーカーを感知して出入り口を塞ぐように電流が流れるようになっているはずだ。

「ラファエル達が、扉ごと部屋の出入口を滅茶苦茶に壊して出してくれましたよ。そんな事より、早く彼を捕まえないと。逃げ出してしまいますよ」

「!」


 ディートハルト達は、無人の6階に下りると北側の非常階段に出ていた。I・K達が事前に調べていた通りそこに警備兵の姿はなく、建物内と違い外はやけに静かで数名分の不揃いな足音だけが薄暗い闇に響いている。

『やっぱ、そういう事だよな……』

この場にいる者達は、自分を除いて全員が仲間であるに違いない……。察しが良いとは言えないシヨウも、流石にそろそろ状況が飲み込めつつあった。ラファエルを喰うと言っていたRANK-Aから守ってやるつもりで、翠に促されるまま共に行動しそのままの流れで彼らと一緒にここまで来てしまっていたが、非常階段に出たところでおかしいと感じ始めていた。しかし、階段は狭く、並んで駆け下りているため自分だけ足を止める事は出来ず、そのまま一緒にひたすら階段を下りているという状況だ。

『弟なワケねえもんな……』

思っていた通り、ラファエルはグラウカが何処か他所から攫って来た人物で、今ここにいる仲間達が助けに来たのだろう。そして、豹変したと思っていたラファエルも、見慣れたあの頼りなげな彼が豹変後の状態で、あまり信じたくはないが外見と中身の隔たりが激しい今の姿が本来の彼であるに違いない。

『俺は部外者だし、いつまでも付き合ってやる義理はないよな。このまま逃げ出そう』

今の状況での離脱は難しいが、地上に下りれば可能だ。闇に紛れ込めば誰も気付かないに違いない。シヨウはそう考えていた。ヴィドールのファイターであるシヨウは、ラファエルを連れ去ろうとする彼らを止めなければならない立場にいるのだが、一人で複数人を相手にする気は無く、正直なところラファエルが聖域を出る事にホッとしてもいるため、彼らを妨害する気はなかった。あと3階分階段を下りれば地上だ。

『このまま下まで下りてちょっと隠れてて、しばらくして騒ぎが収まってからビルに戻ろう』

そう考えていると、突如数階上の階の扉が開き、バタバタと複数人の者達が駆け下りてくる音がした。同時に銃声も降ってくる。

「こんな狭いとこで」

誰かがそう呟いた直後、今度はすぐ下の2階のビル内へと続く扉が勢いよく開きヘーゼルと数人の警備兵が姿を現した。サラが準備してくれていた中剣と拳銃を事前にI・K達は受け取っていて、ディートハルトと翠も非常階段に出る際に渡されていた。しかし、標準体型の成人男性が横に二人並ぶことが出来るか出来ないかといった幅しかない階段で、敵と戦うのは難しかった。それでもすぐに、先頭を行く警備兵姿のI・K達が本物の警備兵を相手に銃と術で応戦する。

「跳べ!」

「え?ぁあっ!?」

『“跳べ!”って言いながら落とすか、フツー!?』

そう思った直後に、ディートハルトは地面に叩きつけられた。受け身を取ろうとしたのだが上手く出来ず失敗し、肩と頬を強か打ち付けてしまった。突き落とされた高さが2階だったという事がせめてもの救いだったが、口の中が微かに鉄の味がした。

「何やってるんだ、立て!」

突き飛ばした張本人、エトワスは華麗に着地を決めると、すぐにディートハルトの元へ走ってきて、落ちた時にどこへ行ったかわからなくなってしまった剣と拳銃を探していた彼の腕を引いて立ち上がらせる。

『何やってるんだって、お前が突き飛ばしたんじゃねえか!』

と、文句を言いたいが口には出さない。自分がルシフェルの所へ行かなければこんな事にならなかったかもしれない、という後ろめたさがあるからだ。それに、追いかけてくる者たちは遠慮無く発砲している。悠長に抗議している場合ではなかった。

追っ手に応戦しつつ、ディートハルト達は町の中に逃げ込んだ。予定を外れた部分もあるが、敵を分散させるため事前に決めていた通り別れて狭く迷路のように入り組んだ路地へと散っていく。ディートハルトにはラビシュ内の道は分からないため、前を行くエトワスの後を付いて行った。


「……」

数ヶ月のヴィドール暮らしで余程体力が落ちてしまったのか、ディートハルトは走る事が辛かった。しかし、ふと後方に目をやるとそこには翠の姿もあり、馴染みのメンバーが揃っている状況に、今思えば割と平穏な生活を送っていてそれなりに楽しかった学生時代を思い出し、このような状況でありながらもつい嬉しくなってしまった。

「!?」

と、突然、前を走っていたエトワスが立ち止まり、ディートハルトはその背中にぶつかってしまった。

「わっ!」

振り向かず、無言のまま手でディートハルトを制したエトワスは、目の前に立つ人物をじっと睨み付けていた。相手も無言で視線を返している。薄闇の中から警備兵と供に現れたのはヘーゼルだった。

「!」

警備兵達が手にした銃の引き金を引くより一瞬早く、ディートハルトら3人がそれぞれ放った光球がヘーゼル達を襲った。弾き飛ばされた警備兵二名がバタバタと倒れる傍ら、彼らを盾に攻撃をかわしたヘーゼルがすかさず反撃に出る。

「その顔には覚えがあるぞ。お前には過去2回も邪魔されているからな。その借りを返そう!」

そう言って、楽しんでいるかのような笑顔を浮かべたヘーゼルは、取り出した細身の剣を構え真っ直ぐエトワスに飛びかかった。身を翻したエトワスは抜き放った剣で、続けざまに振り下ろされるヘーゼルの刃を受け止める。

「翠っ、ディートハルトを!」

エトワスの言葉を聞いたディートハルトは「冗談じゃねえ!」と吐き捨てると、倒れた警備兵の近くに転がっていた銃を拾いヘーゼルに銃口を向けた。

「!?」

しかし、足を狙い撃とうとした瞬間、全身に衝撃が走る。直後に翠に突き飛ばされたのだと分かり、その理由も知る。いつの間にか、彼らの後方には赤いドールが2体現れていた。もし翠が親切に力任せに突き飛ばしてくれていなければ、まともにその1体の攻撃を受けていたに違いない。

『こいつら、手段選ばねえな……』

翠やエトワスの警告無しの乱暴な不意打ち……ではなく、救出方法に素直に感謝する気にはなれず、ディートハルトはむくれながらふらつく体を起こした。

「!」

体勢を立て直す間もなく一瞬にして眼前に現れたドールの顔に、ディートハルトは息を呑んだ。反射的に引き金を引き、ドールの胸の辺りに空いた穴からドッと液体が吹き出す。しかし、撃たれながらも倒れることなく攻撃の隙を窺っているドールの動きを目で追いながら、翠はディートハルトを背に庇うように立ち、手にした剣を下段に構えた。

「なんか、懐かしいねえ」

翠は、数ヶ月前もこうしてディートハルトと二人赤いドールと戦った事を思い出してニヤリと笑った。

「翠はエトワスを援護しろよ。おれは、自分の身は自分で守れる!」

すぐ脇にある建物の上にヒラリとジャンプしたドールを狙い撃ちながら、ディートハルトは口早に言った。

「……」

翠はチラリとエトワスの方に目を向けた。相変わらずヘーゼルと剣を交えているが、互角に戦っていて劣勢ではない。そのため、すぐに視線をドールに戻した。

その時、急に辺りがぼうっと薄赤色の光に包まれたかと思うと、続けてバチバチと細い稲妻のような光が走り二人を襲った。

「!?」

「!」

何とか直撃は免れたが、狭い路地裏で逃げ場があまりないこともあり二人とも軽い火傷を負っていた。

「あいつらムカつく!」

吐き捨てたディートハルトはもう一人の警備兵が持っていた銃に持ち変えると、1体のドールに狙いを定め続けざまに撃ちまくった。

「オレも!」

被弾して建物の上から地面へ落ちてきたドールを狙い、翠は右手を突き出した。宙に生じた光球が放たれるのと同時に剣を振り上げる。ドールが光球を避ける事を計算して振り下ろした刃は、ドールの右腕を肩から切り落とした。とどめをさそうとした翠の剣を逃れ、ドールが大きくジャンプする。

「!?」

ドールの動きを追って振り向いた翠は大きく目を見開く。

翠の背後で、もう一体のドールに喉元を締められたディートハルトが建物の外壁に押しつけられていたからだ。

「アホッ!」

翠の剣がドールの胸を貫き、解放されたディートハルトは崩れ落ちるとゴホゴホと咳き込んだ。

「『おれは、自分の身は』何だって?え?もう一度言ってみなよ」

そう言いながら助け起こそうと伸ばした翠の手をバシッと払いのけ、ディートハルトは翠をキッと睨み付けつけた。

「う、うるせえっ!これから反撃しようと思ってたんだ!余計な事すんな!」

「ぁあ?へ~、そう。死んでからユーレイになって呪い殺して反撃するつもりだったのかな?」

助けてやったにも関わらず手を強く振り払われ、“余計な事すんな!”とも言われ、翠の方もカチンと来たのか、ディートハルトに冷めた目を向けている。

「喧嘩売ってんのか!?」

「オレは大人なんで、ガキと遊んでやる気はねえよ」

「たまたまちょっと早く産まれたからって、偉そうにしてんじゃねえよ!」

「歳抜きにして、オレの方が精神的に大人なんだよね。分かる?」

「どこがだよ!」

1体のドールは翠に胸を刺し貫かれて倒れたが、もう1体、右腕を切り落とされた方はまだ残っている。

『あいつら、何やってるんだ?』

「余所見している場合か?」

状況を忘れたかのように低レベルな口喧嘩を始めたディートハルトと翠に気を取られ、無意識のうちに一瞬視線を向けてしまったエトワスの隙を逃さず、ヘーゼルの剣がエトワスを襲う。

「っ!」

間一髪、手にした剣で突き出されたヘーゼルの刃を受け流したのだが、ヴィドール製の中剣は脆かったのか、それともヘーゼルの剣が強靱だったのか、力が掛かった位置が悪かったのか、両刃の剣はガツッという鈍い金属音と供にボキリと折れてしまった。その直後、エトワスではなくヘーゼルが苦痛の声を上げる。

「ぐわああああっっ!!!」

途中で折れたエトワスの剣は、ヘーゼルの右目に深々と刺さっていた。一方、翠とディートハルトもヘーゼルのただならぬ悲鳴に内輪もめを中断し、その状況に気付くと愕然となった。

ボタボタと流血している右目を両手で押さえ、ヘーゼルはゆっくりと後退りする。

「……き、貴様ぁっ……!」

ヘーゼルは残った方の瞳に恨みに満ちた鋭い光を湛え、しばらくはエトワスを凄まじい形相で凝視していたが、やがて戦意を喪失したのかそのまま踵を返すと闇の中へヨロヨロと逃げ出していった。

「……」

その姿を見送ったエトワスは、地面に膝を着きそのまま崩れ落ちる。防ぎきれなかったヘーゼルの剣もまた、彼の腹を刺し貫いていた。

「!」

「!?」

今までヘーゼルに気を取られていたディートハルトと翠もようやくその事実に気付くが、駆け寄ろうとする直前、残ったドールが炎を放った。

「!?」

翠に再び突き飛ばされ、ディートハルトはまたもや地面に顔を打ち付けてしまった。

『早くこいつを始末しねえと!』

とりあえず視線をドールに戻し、翠は目の前に右拳を掲げた。そして左手でその手首付近を掴む。高位の術を使うと一気に体力を消耗し動けなくなってしまう恐れがあるので、ある意味賭けだが、一刻を争う状況で時間に余裕がないためこの際仕方ない。一瞬で片付けなければならなかった。

『冗談じゃねえよ、まったく!』

心の中で吐き捨てつつ意識を集中させる。相手も身の危険を感じたのか、翠めがけて躍り掛かってきた。その一瞬、翠が右手を突き出すと、爆音と供に紫がかった閃光が辺りを昼間のように照らし、焼け焦げたドールの残骸が地面にボロボロと降り注いだ。

そして数秒後、辺りに静寂が戻った。


「…………」

翠に突き飛ばされた姿勢のままだったディートハルトは、ようやく身体を起こすとノロノロと立ち上がった。術を使った直後、そのまま倒れてしまった翠を茫然と見やり、続いて同じく横たわったままのエトワスに目をやり、躊躇うかのように視線を彷徨わせていたが、翠は術を使っただけで敵に攻撃されたわけではないという事に気付くと、恐る恐るエトワスの元へと近付き膝を落とす。

「……え、エトワス?」

微かに、震える声で呼びかけるが、目を閉じたエトワスの返事はなかった。薄暗い街灯の明かりの中、抱き起こしてみると刃の突き刺さっている周辺が血に濡れているのが分かる。

「エトワス!……聞こえてんだろ!?エトワス!」

必死になって何度か名前を呼び掛けると、エトワスは薄っすらと瞼を開き、ダークブラウンの瞳でディートハルトの顔を見上げた。

「……」

そして、ディートハルトが瑠璃色の瞳を今にも泣き出しそうな程に潤ませている事に気付くと、少し笑って見せた。

「大丈夫、だよ。これくらい……」

そう言って体を起こそうとしたが、腹部を中心に激痛が走り腕に全く力が入らなかった。

「うぅっ」

体が急激に重くなったようにも感じられる。

「動いたらダメだよ!」

『クソッ……』

エトワスは少し首を動かし、街灯を反射して冷たい光を湛えている鉄の刃を忌々しげに見た。この元凶を引き抜きたいと思ったが、そうすれば一気に失血してしまう事は分かっている。

「俺は、いいから。……お前は、翠と……先に、行け」

苦しそうに肩で息をしているエトワスの姿に、ディートハルトは眉を寄せ大きく首を振った。

「行けるわけねーだろ!」

「……」

逃げたヘーゼルが、この場所をヴィドール人に知らせたかもしれない。そう思い、とにかく早くこの場を去るよう説得したいと思うのだが、喋るという何でもないはずの動作が酷く辛くて、エトワスは再び目を閉じた。

「エトワス……」

言葉を発する事無く瞼も閉じてしまったエトワスに、ディートハルトは不安になった。こういった場合の処置の仕方は……確か学院で習ったはずだが、頭の中が真っ白になってしまい、どうしても何も思い出す事ができなかった。

『まさか、死……』

思わず浮かんだ不吉な考えを追い払うようにディートハルトは首を振るが、恐怖のあまり鼓動が早くなり指先は冷たくなり体は震えていた。早く思い出さなければならない。冷静になって対処しなければならない。

『何度も授業でやったから、知ってるんだ』

そう自分に言い聞かせて思い出そうとするのだが、焦るだけでやはり何も思い出せなかった。エトワスはぐったりとしているが、体温は感じられる。ちゃんと呼吸もしているようだった。しかし、どうやって助けたらよいのかわからない。センタービルに連れ帰れば誰か助けてくれるだろうか?そうでなければ、病院はどこにあるのだろうか?先輩I・Kはどこに行ったのだろうか?

「そ、そうだ。翠……」

もう一人の友人の存在をやっと思い出し、振り向いて呼び掛けるが、翠の方も未だ倒れたままだった。

「……どうしよう……エトワス……嫌だ……」

エトワスの整った顔を見つめていると、不意に、もう死んでしまったのではないだろうかという強い不安が再び首をもたげ、喪失への恐れのため視界がどんどん滲んできた。

「エトワスがやられる訳ないよ……どうしよう……」

すっかり冷え切ってしまった震える手で抱えるエトワスは、ピクリとも動かない。

「エトワス……」

ギュッと抱き締めると、エトワスはグッタリとはしているが呼吸はしている様だという事に気が付き少し安堵する。しかし、このままこの場に留まっていても何の解決にもならない。そう思い、ディートハルトは立ち上がった。誰でもいいから誰か、そうでなければ病院を探そう。そう考えていた。

その時、突然物音がして、ディートハルトはビクリと振り向いた。

「!」

すぐ近くの路地に積まれた木箱の物陰から姿を現したのは一人のファイター……シヨウだった。騒ぎを避けこっそりとセンタービル内に戻ろうとしていたところ、たまたまディートハルト達のいるこの路地裏に入ってしまっていた。

「……」

眉を顰め、ドールの残骸らしきものと失神して倒れている警備兵2名に、エトワス、翠を順に見回し、最後に茫然とした表情で自分を凝視している大きな瞳と目が合うと、その瑠璃色の瞳から大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。

「シヨウ!……エトワスが!……おれ……どうしたら……」

シヨウは無言でディートハルトに近付くと、地面に膝を着きエトワスを覗き込んだ。

「エトワスを、助けて……!」

よく泣く奴だ。そう思いながらシヨウは困ったように頭を掻いた。

「ラファエル、俺は、聖域の人間なんだぞ?」

ハラハラと涙を零すディートハルトから避けるように視線を逸らし、シヨウは溜息を吐いた。

『この目のせいで、俺はこんな事に巻き込まれるハメになったんだ……』

「助けてくれたら、何でもする!」

ディートハルトはシヨウを見上げ、その太い腕を掴むと必死になって懇願した。

「お願い、助けて……!」

『こいつと会った時から、俺の運は尽きてたのかもな……』

シヨウはぼんやりとそう思った。そして、いきなりエトワスの体を持ち上げた。

『今月の給料、まだ貰ってないんだけどな……』

「どうするんだ……?」

ディートハルトが、涙に濡れた顔のまま不安げな表情でシヨウを見上げる。

「このままだと死んでしまうからな」

「!」

シヨウの言葉で、またさらに強い不安が押し寄せる。

「あいつは?」

シヨウが翠の方を顎で指し示すと、ディートハルトは思い出したように翠の元へと駆け寄り、肩に手を掛け体を少し揺らし数回呼びかけた。

「翠、翠!」

「……ああ、ダリィと思ったら、ちょっと頑張ったんだった」

呑気な声と供に身を起こした翠にディートハルトは安堵の息を吐くと、シヨウの方を振り返った。

「シヨウが助けてくれるって」

「辞職すんの?」

涙でグシャグシャになっているディートハルトと、エトワスを抱えているシヨウの姿に状況を把握した翠は、幾分警戒するようにシヨウに尋ねた。

「さあな」

そっけないシヨウの答えに、ディートハルトは表情を曇らせた。シヨウは瑠璃色の瞳が縋るように自分を見つめている事に気が付くと、再び眉を顰めクルリと背を向け歩き出した。

「助けてやるって言っただろ。お前ら、どこか行く宛はあるのか?」

「西にある教会。光の神様の!」

未だシヨウを警戒している翠に代わりディートハルトが答えると、シヨウは一瞬目を瞠った。

「マジか……」

シヨウは苦笑いするように呟く。子犬のようなラファエルの目に抗えなかったせいで騒動に巻き込まれたのだと思っていたが、そうでもないらしい。神というものは全く信じていないが、光の神の仕業だろうか。

「そこなら、まあ妥当だろうな。付いて来い」

そう言って、細い路地へと向かう。

「……何だ、それ」

二人が付いて来るか確認しようとクルリと振り返ったシヨウは、翠を見て眉を顰めた。

「そいつも助けたいのか?それは無理だと思うぞ」

翠は、ドールを一体担いでいた。

「いや、お土産に貰ってこうと思ってんだけど、重いねこれ」

「シヨウ!」

そんな事どうでもいいから早く、そう言いたげに、ディートハルトがシヨウを訴える様に見上げて名前を呼ぶ。

「……」

シヨウは呆れた様にフンと鼻で息を吐き、足早に歩き出した。


 シヨウを先頭に入った暗く細い路地の先は、すぐに行き止まりになっていた。

「地面に蓋があるだろ?そこを開けてくれ。地下に下りる」

言われるがまま、ディートハルトが重い石の蓋を外してみると、シヨウの言った通り地下に下りる階段が現れた。しかし、中は真っ暗で何も見えない。

「お前、ライターを持ってるだろ?そこにある奴を取って火を点けてくれ」

翠に視線を向け、階段を数歩下りてすぐ横の壁の窪みをシヨウが顎で指し示す。そこには、ランタンが置かれていた。

「ああ、了解」

担いでいたドールを一度地面に下ろし、翠がオイルの入ったランタンに火を点ける。

「火を点けたら、入り口の蓋は元通り閉めてくれ。ここは、地下水路だ。人間が通れる歩道があるが狭い。急ぐからシッカリ俺の後を付いて来い。水に落ちるなよ」

そう言って、ほとんど走るように歩きだしたシヨウを、ランタンを手にしたディートハルトと翠が追う。

「この町は、水はどうしてるんだろうって思ってたんだけど、こんなものがあったのか……」

少し感心した様子で翠が言う。井戸がある事は知っていたが、常に乾燥している環境なので不思議に思っていた。

「ラビシュの水はここから来てるんだ。水源は山の方だ。町中にいきわたる様になっているから、何処にでも繋がってる。地上の道を行くよりもここを通った方が短い距離で行けるし、早く着く。ただ、方角が分からなくなる事も多くて複雑な造りになってるから、管理者が定期的に下りる以外、道として使う奴は地元の人間でもほとんどいないんだけどな」

「その道を敢えて選ぶって事は、迷わない自信があるんだよね?」

少し疑いながら翠が尋ねると、シヨウは少し笑って答えた。

「ああ。何度も通って道は覚えてる。特に、西の教会までは絶対に迷わないし最短ルートで行けるぞ」

「あのさ、前からちょっと思ってたんだけど、西の教会の……と言うか、祭司のサンヨウさんの関係者だったりする?」

翠はフレッドと冗談交じりに話していたのだが、サンヨウとシヨウは似ていると思っていた。名前は、同じ国の同じ土地の人間なので響きが似ていても不思議ではないのかもしれないが、容姿が似ている。髪と目の色が同じで、背格好も近い。筋肉量はボディビルダーの様なサンヨウの方が上だが、シヨウも胸筋が分厚く三角筋や上腕二頭筋、上腕三頭筋が非常に立派で、前腕もかなり太い。その筋肉に物を言わせて、身長180センチ強で、騎士科卒で必然的に日頃体を鍛えていてそれなりに筋肉も付いているエトワスを、軽々と抱え上げているだけでなく軽快に走っている。背負っているのではなく、より筋力が試される横抱きだ。

「それは、俺の方が聞きたいんだが、お前らこそどういう関係なんだ?サンヨウは俺の親父だ」

「親父?あー、納得しかないわ」

アクセサリー屋のサラの父がサンヨウだった時の方がまだ驚いた。

「サンヨウさんは、ラファエル君とは面識ないよ。オレらとの関係は、話せば長くなるけど」

「それなら、後で教えてくれ。もう少しで着くぞ」

そう言って、シヨウは通路を右に曲がった。


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