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LAZULI  作者: 羽月
21/77

21砂の城 ~聖域3~

 8階へ戻ったエトワスとレイシは、邪魔にならない廊下の隅に地下から持ってきた台車を置きスタッフルームに戻ると、すぐに昼の休憩時間となったため、そのまま同じ階にある食堂に向かった。

「あの人、食堂のスタッフさんだよね?何か体格いいね。一瞬ファイターかと思った」

レイシの言葉に何気なく視線をやったエトワスは、反射的に視線を元に戻す。人が増え始めた食堂の中、二つ先のまだ空いているテーブルを拭いている体格の良い20代くらいの黒髪の男が、E・Kのジルだったからだ。調理担当のスタッフが着ている制服の一番上と一番下のボタンを外した崩した着方をして、袖まくりをした姿で仕事に励んでいる。

「食堂のスタッフも力と体力が必要な仕事だろうから、自然と鍛えられるんじゃないかな」

エトワスがそう答えると、レイシは「ああ、そうかもね」と納得した様子だった。

「そう言えば、ジェイドも体格いいよね」

「そうかな?」

と、曖昧に笑う。

「あ、でも、身体を動かしたり鍛えたりするのは好きな方かも」

別に特別に好きという事ではなく、身体を鍛える事が必然だっただけだ。

「そう言えば、腕に覚えがあるって言ってたもんね」

そう話しながら、二人が掃除をしているスタッフとすれ違った時だった。

「あ、これ、落としましたよ」

そう背後から声を掛けられた。振り返ると、テーブルを拭いていたスタッフが、特徴の無いシンプルなメモ帳を差し出している。

「ああ、すみません」

すぐにそう言って、エトワスはメモ帳を受け取り服のポケットにしまった。

「どういたしまして」

小さくニコリと笑い、食堂のスタッフ姿のジルは別の空いているテーブルの方へ去って行った。


「餌やりがあると思うと、気が重いなぁ。既にもう何か疲れたよ」

肉料理を口に運びながら、レイシが言う。

「疲れたのは俺が質問攻めにしたせいかも。色々教えてくれて、ありがとう」

「え?いや、全然気にしないで。僕、喋るの好きだし。何でも聞いてよ」

レイシがヘヘッと笑う。

「あ……、じゃあ、お言葉に甘えてしまうけど、また少し聞いてもいいかな?」

「うん、どうぞ」

何何?と、レイシが正面に座るエトワスに視線を向ける。

「3つの種族が持つ、容姿の特徴の話をしただろ?あれ、面白いなって思ったんだ。もう少し詳しく聞いてもいいか?」

「ああ、面白いよね。容姿の特徴のせいで、 “人間”っていうけど何かやっぱり僕達とは違う感じがするもんね。分かるよ」

とレイシは頷いた。

「さっき言った通りで、地底の種族は赤い目、空の種族は有翼。そして、水の種族はランクBみたいに髪の色が青いのが特徴だよ。もしかしたら他にもあるのかもしれないけど、今分かってるのはこれだけ。でも、個人差もあるみたいだけどね。あと、血の濃さにも影響されそうだし」

「じゃあ、少しだけ3種族のどれかの血を引いてたとしても、見た目の特徴には出ないって事もあるのか……」

レイシやグラウカ達が気が付いていない特徴でディートハルトが何の種族がヒントが得られれば、その種族に絞って地下の書庫で体調不良の原因を調べてみようと考えていたエトワスは、少し落胆してしまっていた。

「そう」

レイシが頷く。

「だから、見た目の特徴だけで3種族を探すのは難しいんだよ。ランクXが見付かったのは、ほんとただの偶然。彼はさ、何の種族って言えるほどの血の濃さじゃないんじゃないかな。ほぼ地上の種族なんだと思うよ、僕は」

「そうか……」

「気の毒な事しちゃったよね」

ポツリと言って、レイシが声を潜める。

「え?」

エトワスは何を言われたのか一瞬分からなかった。

「ここだけの話、僕はランクXの事には罪悪感を抱いてるんだ。グラウカさんはランクXは自分の弟だって説明してるけど、あの時ロベリア王国に行ったメンバーしか本当の事を知らないんだよ。ファイター4人と僕を含めて研究員4人だけ。ピングスさんともう一人の研究員……今また出張中のサイさんは、船の中であった薬の件は知らないんだけどね。だけど、ピングスさんの方はロベリア王国からランクXを勝手に連れ帰った事を知ってるのに、知らん顔してグラウカさんに話を合わせててさ。だから、ジェイドに話してちょっとスッキリしたんだ」

と、レイシが小さく溜息を吐く。

「俺も、話してくれて嬉しいよ」

エトワスは本心からそう言った。自分を信頼してくれたから、というよりも、レイシが話してくれなければ、ラファエルがディートハルトだという事も砂炎花の事も知らないままだったからだ。


「あ、レイシ、悪いんだけど、俺はちょっと先に行ってもいいかな?あまり食欲がないんだ」

と、簡単に食事を済ませたエトワスが席を立つ。

「あ、うん。もちろん大丈夫だよ」

「餌やりにはファイターに同行をお願いするんだよな?売店に行くから、ついでに誰か二人に声を掛けてみるよ」

エトワスは、翠とフレッドを探しに行くつもりだった。

「ありがとう。お願いするよ。餌をやる魔物がいる地下3階には7階のエレベーターでしか行けないから、ファイターには休憩時間が終わった頃に7階のエレベーターホールで待っててくれるようにお願いしといて」

「ああ、分かった」

トレーを返却口に戻すと、エトワスは食堂を後にした。さりげなく周囲を見回したが、厨房に行ったのかジルの姿は無かった。


 エトワスが3階の食堂に行ってみると、まだ昼の休憩時間中なのでファイター達は大勢いた。

『ここにいるかな?』

そう思っていると、声を掛けられた。

「ジェイドさん!」

耳慣れた声の方を振り返ると、予想通りラファエルの姿がある。

「ラファエル」

心配していたが、元気そうな姿にホッとする。ラファエルの向かいの席には探していた二人組、翠とフレッドもいた。互いにチラリと視線を向けるが言葉は交わさない。ラファエルのすぐ隣に、赤みを帯びた茶色の髪と目をした非常に体格の良いファイターが座っているからだ。この男が、二人が話していたシヨウという名の男だろう。エトワスは笑顔を浮かべ、真っ直ぐラファエルに近付いて行った。

「今日は具合はどう?お昼ご飯はそれだけ?」

ラファエルの目の前の皿にはほんの少しの卵料理が乗っていて、ほとんど手が付けられていないようなので少し心配になる。

「うん。大丈夫だよ。あんまり動いて無いからお腹が空いて無いんだ。僕に用事があってここに来たの?」

どこか嬉しそうな表情でそう聞かれ、エトワスは申し訳なくなる。

「ああ。ラファエルのところにも後で行くつもりだよ。だけど、今は、ファイターに用事があるんだ」

エトワスがそう答えると、ラファエルはガッカリしたようだった。思わず声を掛けたくなるが、グッと堪える。シヨウを始めとするファイター達に、ランクXと親しいという印象を持たれないようにするためだ。無事に救出するまで目立たない様にしなければならない。

「仕事か?」

ファイターに用事、そう言ったからか、ラファエルの隣のシヨウが声を掛けて来た。

「ああ、ランクCDEに餌をやりに行くんだ」

「地下か……」

レイシほど露骨ではなかったが、僅かに眉間に皺を寄せてシヨウが嫌そうに言う。

「なら、オレ、立候補したい。仕事に慣れたいんで」

そう言って翠が笑顔で手を上げた。

「俺も俺も。CDEって見てみたいし」

すぐにフレッドも手を上げる。

「見てみたいって、ただの魔物だぞ?まあ、ここらでは見ない奴だけどな」

シヨウが呆れた様に言う。

「じゃあ、なおさら見たい」

「ああ、興味あるよね」

そう言い合うフレッドと翠に、シヨウが「物好きな奴らだな」と首を振っている。

「じゃあ、二人にお願いするよ。休憩時間が終わったら7階のエレベーターホールに来てくれないか?」

「7階?」

「ああ。じゃあ、よろしく頼むよ。また後でね、ラファエル」

ラファエルに小さく笑いかけ、エトワスはすぐにその場を去った。

「今のが、ラファエルが言ってた“いい人”っていう新人の研究員なのか?」

エトワスが食堂を出て行くと、シヨウがラファエルに尋ねた。

「そう。ジェイドさん」

「あー、確かに、良い人というか、優しそうな感じだったね」

翠は、ラファエルに同意してそう言ったのではなく、シヨウがエトワスに疑念を抱かないよう、何でもない事の様にそう発言していた。


* * * * * * *


 薄暗い闇の中、鈍く光る対になった幾つもの点は、檻の中に入れられた魔物の光る目だった。 時折、狭い檻の中をカサカサと(せわ)しく歩き回る堅い爪の音や低く唸るくぐもった声も聞こえてくる。広い部屋にズラリと陳列されている檻の中に1匹ずつ入れられ、全部で数十を越える数の魔物達が暗がりの中で蠢く様はかなり異様だった。部屋の空気でさえどこか重く淀んで不気味なものに感じられる。 それは一つ下の地下4階で感じたものよりさらに濃い気配だった。

「レイシ、こいつらは一体何なんだ?“ランク”が付いてるって事は、ここの魔物達も滅びた種族の一種なのか?」

ランクC、D、Eの魔物達は虫系や植物系など様々な姿をしていたが、一つの檻の前で立ち止ったエトワスが見ているのは、翠とフレッドが乗っていたヴィドール行きの船の中にもいて、また、学年末試験の際に教官を殺しディートハルトや他の学生を襲った魔物とも酷似した人型の赤い目で青白い生き物だった。

「ジェイド、あんまり近付くと危ないよ。ファイターの二人、もっと近くにいてよ」

怖そうに檻から大分離れた位置にいるレイシが、部屋の入口付近に立っていた翠とフレッドに訴える。

「魔物から非戦闘員を守るのが君らの役目なんだからね。よろしく頼むよ」

「お任せください。そういうの、得意なんで(いや、そいつもメッチャ戦闘員だから大丈夫)」

ノンビリとした口調でそう言いながら翠がエトワスの隣まで歩いていくと、フレッドはレイシのすぐ近くまで移動した。

「なるほど……。こんなのが沢山いたらたまんねぇわ」

翠は、エトワスとフレッドが話していた遺跡での試験の事を言っていた。

「ああ(だろ?)」

エトワスが短く答える。

「ジェイドの前の奴は、ランクCだよ」

フレッドの背に隠れるような位置に立ち、レイシが先程のエトワスの問いに答えた。

「“地底の種族のなれの果て”ってグラウカさん達は呼んでる」

「なれの果て?」

「ああ。3種族はあくまでも人間だから、多少見た目に特徴はあっても僕らと同じ人の姿をしてる。だけど、地底の種族だけは特別で、捕食して吸収する事で相手の能力とか見た目の身体的な特徴とかを自分の物にして進化していく事が出来るらしいんだ。その吸収が上手くいかないと、知能が低下してその姿になるんだよ。だから、それも“地底の種族”だよ。だからほら、目が赤いっていう地底の種族の特徴を持ってるだろ」

レイシの言葉に三人は眉を顰めている。翠は「すげぇな」と苦笑いし、エトワスとフレッドは2年生の学年末試験の事を思い出していた。

『じゃあ、あいつらは、捕食対象の吸収に失敗した地底の種族だったのか……』

レイシがいるため口には出せないが、フレッドはエトワスの方に視線を向ける。

「ランクCが喰う対象は、決まってるのか?」

フレッドの視線に気付き、エトワスがレイシに尋ねた。

「こいつら何でも食うよ。超雑食なんだ。特に生肉が好きだけど、野菜も果物もお菓子でも何でも」

レイシの答えに、エトワスは質問が悪かったなと思った。

「食事じゃない場合は?能力を吸収する目的の場合は、相手は限定されるのか?」

遺跡での試験の際、地底の種族のなれの果ては、ディートハルトを狙っていた。

「ああ、そういう意味か。特定のものには限定されてないと思うよ。ちゃんと考えて選んでるのかどうかは分からないけど、人間も魔物も喰うし同族同士で共食いもするみたいだし、欲しいものを持ってる相手がいたら、その相手が何であれ狙うんじゃないかな」

「そうか……」

『じゃあ、ディートハルトは、何か特別な能力を持っているって事か?そうじゃなきゃ、“見た目”を自分のものにしようと狙われたのか……?』

エトワスが眉を顰める。あの遺跡のなれの果て達は、ディートハルトの様な容姿を手に入れようとしていたのだろうか。理由がなんであれ、『ふざけるな』としか思えない。

「だから、僕は、自分が普通の人間で良かったって思ってるよ。狙われる事はないから」

苦笑いするレイシの言葉で、エトワスは説明を聞いたばかりのランクAの事を思い出していた。

「って事は、地底の種族であるランクAも人を喰うかもしれないって事だよな?」

「まあね。でも、さっき話した通り彼は純粋な地底の種族じゃないから“なれの果て”になる可能性が高いし、それ以前に、相手がなんであれ、生きたまま相手を捕食する気はないみたいだから心配ないと思うよ。ちょっと怖いけど、普通に話せる人だし」

レイシが笑う。

「ああ、そうそう。それでさ、こいつらに機械を食わせて吸収させて出来たのが、“ドール”なんだよ」

レイシが、軽い調子で付け加えた。

「そうなのか(何だって!?)」

『マジで!?』

『そんな機密情報っぽい事、サラッと教えてくれるんだ!?』

エトワス、フレッド、翠がそれぞれ口には出さずに驚いている。

「ええと、じゃあ、今朝オレらが倒したドールの失敗作ってのは、こいつらがさらに吸収と進化に挑戦した結果、また失敗しちゃった状態の奴って事になんの?」

「ああ、今朝のバトルは“廃棄処分”だったのか。うん、そうだよ。まあ、失敗っていうのはドグーさんからすればって話で、喰った本人にとっては別に失敗じゃないのかもしれないけどね」

翠の質問に、レイシがそう答えて小さく笑う。

「っつーか、機械を喰うなんて雑食にも程があるな」

フレッドが呆れた様に言う。

「だよね。ほんと何でも喰うんだ。だからさ、こいつら喰う気満々だからほんと近付かない方がいいよ」

レイシの言葉に、エトワスと翠が数歩後ろに下がった。

「でも、兵として実用化するにはそれなりに数も必要だろ?地底の種族のなれの果ては、そんなに世界中に沢山いるもんなのか?」

「良い質問だね」

エトワスの問いにレイシが何故か苦笑いする。

「そこがさ、地底の種族の不気味で怖いところなんだよ」

勿体ぶった様子で言って、レイシがエトワスの顔を見る。

「生命力が凄いんだ。……さっき言ったように、地底の種族は最初はランクAの状態、つまり人間の姿をしてるんだけど、進化に失敗したらランクCの状態になる。それで、このランクCが機械を吸収したらドールになって、失敗したらもう使い物にならないから廃棄処分、なんだけど、ある時ドグーさんがより強いドールを作るため、ランクC同士を戦わせたんだ。勝った方をドールにするためにね。で、負けて死んだ方を魔物の餌にしたんだよ。そしたらさ、餌のランクCはどうなったと思う?」

レイシが質問する。

「そう聞くって事は、ただ美味しく喰ったってオチじゃないのか。まさか、死んでたはずの“なれの果て”が復活したとか?」

「そう、正解!」

レイシが拍手する。

「まだ腐敗が始まってない状態じゃなきゃダメなんだけど、喰われた方のランクCが、喰った側の魔物を吸収したみたいで、なれの果ての姿に復活、いや再進化なのかな?とにかく魔物の側がランクCの姿に変化したんだ。ただの魔物だったのに。しかも、もっとすごい事に、餌のランクCは、複数の魔物に与えるために切り分けられてたんだけど、その切り分けられたそれぞれの肉片が魔物を吸収して、複数のなれの果てに復活したんだよ。つまり、1体の餌から複数のなれの果てが出来たんだ」

「……」

話を聞いていた三人は、言葉を失っている。

「つまり、魔物が居る限り無限に増やす事が可能って事か」

エトワスが眉を顰める。

「いや、そうでもなくてさ。魔物は、吸収する側の地底の種族と同じ属性じゃないといけない事が分かったんだ。闇か地属性って事だね。あと、喰った方の魔物も100パーセントなれの果てに変われる訳じゃなくて、確率的には低いんだって。その辺はドグーさんに聞かなきゃ分からないけど。なれの果てを喰っても、ただ食事として栄養になるだけで魔物のままって方が多いらしいよ。その魔物は、ちょっと強い魔物になってランクDって呼ばれる事になるんだ」

「それじゃ、ランクEの方は?」

少しうんざりしながら、エトワスが他の檻に視線を向ける。

「ランクEは、操れる魔物だよ。まだ何も命令を与えられてない状態の魔物」

「そうか。これで、ランクが付いてる理由がよく分かったよ」

もう、何を聞いても驚かなかった。

と、一匹の魔物が唸り声を上げる。すると、他の檻の魔物達もつられるように声を上げ始めた。

「早くメシを寄越せって言ってんのかな?」

フレッドが、彼のすぐ近くに置いたままになっていたバケツに視線をやる。

「ああ、そうだね。話に夢中になっててまだ仕事をしてなかったね」

レイシがそう言って笑う。

「ねえ、それぞれの檻にこの餌を投げ込むだけだから、ファイターの二人も手伝ってよ。僕達より力もあるだろ?」

レイシが人懐っこい笑顔で、翠とフレッドの顔を見る。

「オッケー」

「ここは落ち着かないから、早く終わらせた方がいいもんな」

レイシに言われた通り、翠とフレッドも骨の付いた生肉の入ったバケツを手に取り、エトワスもバケツに手を伸ばす。そして、それぞれ分かれて檻の方へと向かった。

「僕も此処に来て1年ちょっと経つけど、未だに馴れないよ。 食い物として狙われてそうで何か落ち着かないっていうか」

自分で言った通りレイシは話す事が好きなのか、バケツを手にしてもまだ話を続けている。

「こいつら、鍵を壊して出てくることだってあるし。でも、まあ最近ではあのラズライトのおかげで、そういったことも無くなってるから安心なんだけどね」

そういって振り返ったレイシの視線の先を追い、三人は出入口の中央にこれ見よがしに置かれたラズライトに目をやった。まるで蛍光塗料が塗ってあるかのように淡く青い色にぼんやりと発光しているそのラズライトは、4~5センチ程の大きさがあり、白銀に光る長剣の鍔と柄がちょうど十字に交わる部分に埋め込まれていた。その剣は台座に置かれている。

「ラズライトは地底の種族に属するものを退ける、って言ってたもんな……。(そのせいで、ディートハルトが拉致されるはめになったんだよな)」

「そう。だから、最初は、ランクXは地底の種族なんじゃないかって思われてたんだ」

レイシの言葉に、エトワスは心を見透かされたのかと一瞬ひやりとしたが彼はそのまま続けた。

「最近になって、空の種族かも?って話も出て来てるんだけど、ランクXは空の種族に属するラズライトに近付いたら気分が悪くなるって言うし、それだけじゃなくて、ラズライトが粉々に砕けちゃうもんだから、グラウカさんの機嫌が悪いんだよ」

レイシが話したのは、朝グラウカが話そうとして途中で中断された話だった。

「砕けるってどういう事だ?」

「それが分からないんだ。グラウカさんはランクXが何か力を使って壊してるんだろうって言ってるけどね。でも、ランクXは違うって主張してる」

レイシはそう言って肩をすくめると、持っていた錆びかけたバケツの中に入った生肉を一気に檻の中に放り込んだ。すぐさま、待ちわびていた檻の中の魔物がその餌に飛びつき、ガツガツと貪り始める。

「あのラズライトだけど」

エトワスは餌をさっさと檻に投げ込みバケツを空にすると、レイシの注意を引き、剣に埋め込まれたラズライトへと目を向けさせた。実は彼には気になっていることがもう一つあった。

「ラズライトって普通小さいものしか見付からないって聞いてたけど、随分大きいんだな。それに、剣の方も凄いね。柄のところの彫刻とか……」

エトワスがさり気なく探りを入れたことにも気付かず、レイシは「そうだね」と頷いた。

「ラズライトの大きさには僕もビックリしたよ。あの剣は、きっと外国製なんだろうね。ヴィドールでは見ない彫刻だし、もともと美術品なのかな?僕はよく分からないけど、ラズライト抜きでもかなり高価な品らしいよ」

そう答えたところからすると、レイシはこの剣に関してエトワスが望んでいた情報は何も持っていないようだった。

「へえ、そうなのか」

あてがはずれたと内心舌打ちし、それでも適当に頷いてみせながら、エトワスは2つ目のバケツを空にしている翠とフレッドをちらりと窺った。

「じゃあ、石だけ外して剣の方は売っちゃえばいいのに。ここに置いとくのは勿体ないしオレなら売るね」

エトワスの言葉や視線に含まれたものに気付いたのか気付いていないのか、翠はそう言った。

「売るんだったら俺が買いたいけど、スゲェ高そうだよな」

フレッドの方は気付いた様で、エトワスに視線を向けてそう言った。

「こいつで最後だな」

ホッと溜息を吐きながら、エトワスに続いて2つめのバケツを空にして、レイシは同僚に笑い掛けた。たった今レイシが生肉を投げ込んだその檻が最後で、捕獲されている魔物達に昼の分の餌をやるのは終わった。

「じゃあ、戻ろうか」

 空になったバケツを台車に乗せ、研究員二人は、ファイター二人と共に地下3階を後にした。


* * * * * * *


 コンコンと、扉をノックする音がする。

「?」

ぼんやりベッドの端に座っていたラファエルは、ベッドを下りて扉を開けた。

「あ、ジェイドさん!ほんとに来てくれたんだ」

ラファエルは、フワリと嬉しそうに笑った。ディートハルトがほとんど見せる事のない笑顔だったが、見ていると嬉しいというより少し不安になる。瞳の輝きがぼんやりしていて頼りなげに見えるからだ。

「ああ、来るつもりだったから」

エトワスは、終業後にラファエルに薬を持って行く役目を任せて貰えるように頼もうと考えていたのだが、逆にグラウカの方から頼まれてしまっていた。彼が新人でランクXの怖さを知らないため都合がいい、そう考えたようだ。

「薬、飲んだ方がいいの?」

エトワスが手にしているカップに気付き、ラファエルが首を傾げる。

「薬を飲まなくて、具合が悪くなったりはしてないか?」

「ううん、特に」

「そうか。じゃあ、今日も飲まなくていいよ」

そう言って、エトワスは昨日と同じように薬を蒸発させてしまった。やはりラファエルは目を丸くしてその様子を見ている。

「ラファエルは、グラウカさん達にドールと戦うように言われたりしてるって聞いたけど、他にどんな事をさせられてるんだ?」

ただただ、彼の身が心配だった。

「え?あ……前は、物を触らないで動かしてみろとか、魔物を操ってみろとか言われた事はあった。あと、僕の血をちょっと舐めさせた魔物に命令してみろって言われたり。全部、上手く行かなかったけど」

「ああ、ランクAがそういった事が出来るらしいから、ラファエルにも出来るかもって思ったんだろうな」

エトワスがそう言うと、ラファエルはキュッと眉を寄せた。

「僕は、ランクAには空の種族だって言われたけど、やっぱり普通の人間だと思うんだ。ジェイドさんは……、どう思ってるの?」

ラファエルが窺う様にエトワスを見る。

「正直、分からないんだ。でも、ラファエルが何だっていい」

エトワスの言葉に、ラファエルは首を傾げる。

「3種族、いや4種族のどれでも、どうでもいいって思ってる。グラウカさんには言えないけどね」

それはエトワスだけではない。翠もフレッドもそう思っているはずだ。

「あ……じゃあ、ジェイドさんは研究員だけど、実験体の僕に興味ないって事?」

ラファエルの問いにエトワスは笑った。

「実験体とか滅んだ3種族とかに興味はないよ。だけど、困ったな……」

“君個人には興味があるんだ”などと答えたら、今度こそ不審者確定だ。

「分かった」

何が分かったのか、ラファエルはキリっとした真面目な顔で頷いた。

「ジェイドさんが、本当は別に3種族とか研究には興味ないって、誰にも言わないよ」

「え?」

「“稼げりゃそれでいいんだよ”って言ってる人、ファイターにもいるし。それで全然いいと思うよ、僕は」

ラファエルは、“うん、いいと思う”と、もう一度頷いて見せる。エトワスは不審者とは思われなかったようだが、稼ぐ事を目的に働いているだけと認識され、さらにそれでいいと認められ応援までされたようだ。

「あ、ありがとう……」

不審者を回避できたのはいいが、少し切なかった。


* * * * * * *


 エトワスは、2階まで下りると非常階段へと出た。金属の扉を開け外に出た瞬間、乾いた風で髪がかき乱される。

「お疲れ」

「来たな」

煙草を銜えている翠と、煙草を指に挟んだフレッドが階段に座り彼を待っていた。フレッドの方は煙草は吸わないのだが、非常階段で煙草を吸っている様に見せかけるために手に持っているようだ。

「ビル内に、E・KとI・Kが潜入したらしいけど、会った?」

翠が早速そう尋ねる。

「ああ。食堂にジルがいたよ」

そう言って、昼間ジルに渡されたメモ帳を翠とフレッドにも見せる。メモ帳には各メンバーの潜入先が記されていた。E・Kは二人とも、それぞれ3階と8階の食堂スタッフに、I・K達はタイミングをずらすためまだ一部しか潜入していなかったが、それぞれ警備員や清掃スタッフなど様々な職種で潜り込む予定のようだった。

「オレらは、こっちの食堂でマリウスさんに会ったけど、E・Kは二人とも食堂のスタッフなんだな」

メモをエトワスに返しながら翠が笑う。

「ああ、食堂のテーブルを拭いててビックリしたよ」

「マリウスさんの方は、普通に調理してたよ」

「え、料理が出来るなんて知らなかった……」

エトワスはメモされた紙を念のため術で燃やしながら、意外そうに言う。

「午前中、レイシに……餌やりの時にいたあの研究員に色々教えて貰ったんだけど、ランクAとBについて、それから、ラファエルがディートハルト本人だって事と記憶を無くしてる原因も分かったよ」

エトワスは今日得た情報を二人に話して聞かせた。


「一気に色々分かったのはラッキーだけど、ディー君になんつー事をしてくれてんだか……」

翠が呆れた様に言い、フレッドも眉を顰める。

「やっぱ、精神安定剤って奴がヤバイかもって予想は合ってたんだな。それじゃ、まずは薬草の方を何とかしなきゃだな」

「ああ。一応、俺が薬を運ぶ担当になったんだけど、他の奴が行く事がないとは言い切れないから、ジルに頼んで何か無害な食用の粉を調達して貰って、薬とすり替えるつもりだ。ただ、急に摂取しなくなって大丈夫なのかどうかって不安もあるから、もっとこの薬草について詳しく調べる必要があるけどな」

エトワスの言葉に二人が頷く。

「じゃ、その砂炎花?については、オレらにっつーかI・Kに任せてよ。外に出られるから、沙羅さんかルーサー先生に協力して貰って調べてくるから」

「ああ、よろしく頼む」

「記憶の方はその薬次第って事でさ、体調が悪い理由が分かるかもしれねえし、地下の書庫を調べてみてもいいんじゃないか?それもI・Kに協力して貰おう。清掃員とか警備員なら書庫にも入れるだろうし」

フレッドが言う。

「俺もそれは考えてて、書庫には行ってみるつもりだったけど、I・Kが協力してくれるなら助かるよ」

翠とフレッドの言葉に、エトワスは少し希望が見えた気がした。

「協力っつーか、お前が命令すれば従うのに」

と、翠とフレッドが笑う。

「とりあえずさ、ラファエル君の方は上手く行きそうだとして。アクアちゃんの方はどうなの?連れ出せそう?」

「ああ。あの子の部屋には割と自由に行けるみたいだから、何とかなると思う。ただ、問題は、ここに馴染んでる事だな。すんなり帰る事に応じてくれたらいいけど……」

本人が帰りたいと泣いているのならすぐに連れ出せるだろうが、予想外に快適そうで楽しく過ごしているようだった。

「薬を盛る訳にもいかないしねぇ。口塞いで強引に拉致ってのもヤだし」

翠が腕組みして言う。

「まずは、仲良くなって信用して貰えるようにならないとな。……決行のタイミングは、I・K達の情報と、ディートハルト次第で決めよう。準備が整うまでもうしばらく時間が掛かりそうだから、その間は俺達もヴィドールについての情報を可能な限り集めよう」

「了解」

エトワスの言葉に二人が頷いた。

「それで、そっちは何か分かった事があるか?」

「オレらは午前中、“廃棄処分”っつってドールの失敗作を倒すバトルがあったんだけど、ドールについての情報がちょっと入ったよ。餌やりのとき、レイシって研究員が話してた事の追加情報みたいな感じになるけど」

翠の話によると、ランクAの血で操る魔物と同じようにドールも簡単な命令を与えるとそれを実行するという事だった。それは、“廃棄処分”を見学に来ていたドグーが説明したらしい。

「じゃあ、ドールにもランクAの血を与えてるのか?いや、だけど。属性が闇じゃなきゃダメだって言ってたか……」

「分かんないけど、ランクAの血の効果を考えると、その可能性はなくはないかもね」

翠の言葉にフレッドも頷く。

「操れる魔物と同じなら、特定の人間を狙う事も可能だよな」

ファセリア帝国で、ヴィクトールの命を狙わせる事が可能だという事だ。

「ファイターはさ、バトル絡みで結構地下の方に行く機会があるみたいなんだよ。魔物とかドールを運び込んだり出したりする時に。だから、機会があればCDEの研究施設の方はオレらが探ってみるよ」

「ああ。だけど、地下はかなりヤバそうだったから気を付けろよ。無理はしなくていい」

二人にそう念を押すと、エトワスは気になっていた事を口にした。

「話は変わるけど。地下にあったラズライトの剣に気が付いたか?」

「もちろん。何で石を外して売っちゃわないかな。高く売れそうなのに」

その言葉を聞いた途端、僅かに表情を変えたエトワスに翠が笑って見せる。

「冗談に決まってんだろ。柄ンとこの装飾が、ファセリア帝国の紋章だったってことだろ?」

「いくら何でも、気付かなかったらヤバイだろ」

フレッドが苦笑いして言った。

「ただ帝国の紋章入りの剣ってだけなら別に問題無いんだ。ファセリアの土産物店にはレプリカも売ってるし。でも、あの剣は多分、皇帝家の品だと思う。一体どうやって……」

「あー!」

突然、翠は思い出したように声を上げた。

「そういや、『皇帝家に代々伝わる家宝の剣が盗まれた』って言ってたわ」

「いつだ?どこで?誰が?」

「お前らの軍が全滅したって報告が入った時、ファセリア城で、警備兵が」

エトワスの言葉に律儀に答えてから、翠は説明し始めた。

新人I・Kとしてディートハルトと組むことになった翠は、彼と二人雨の降る真夜中、戦地に向かう道をとんぼ返りし皇帝に謁見するため帝都へ向かった。 そして、ちょうど二人が皇帝の私室にいる時に、複数の帝国兵達がそれぞれ別の報告をしに皇帝の元へ現れた。一人はエトワスらウルセオリナの軍が全滅したという事。別の者はヴィドールのVゴーストが城内で目撃されたという事。 そしてさらに別の兵は、何者かに宝剣が盗まれたということを告げた。その時の状況からして、この報告は重要視されず後回しとなってしまったのだが、皇帝も含め誰もそれがヴィドール人たちの仕業によるものだとは考えていなかった。ましてや、その盗まれた剣が海を隔てた遠い異国の地に渡ろうとは、露ほども思わなかった。


「でも、皇帝家の家宝なんて見たことねえから、ここの地下にある剣があのとき盗まれた奴かどうかは分かんねえけどな」

そう付け足した翠の言葉にエトワスは首を振った。

「多分それだと思う。 子供の頃の記憶だからあまりあてにならないけど、 皇帝家に代々伝わる剣を見た事があるんだ。でも、その時はラズライトは光っていなかった。ただの黒い石で、何で宝石でもないただの石が付いてるんだろうって不思議に思った記憶がある」

今から15年以上前、幼いエトワスが領主である祖父に連れられ初めて帝都にあるファセリア城を訪れた時、やはりまだ少年だった皇子ヴィクトールが城内を案内してくれたことがあった。そしてその時、皇帝家に代々伝わる剣だと言って見せてもらったことをぼんやりとではあるが憶えていた。

「じゃあ、Vゴーストが侵入したタイミングだったし、その時にヴィドール人かVゴーストが盗んだって事か」

「侵入さえできれば、簡単に盗めるような場所にあったからな……」

エトワスは記憶を辿っていた。相手が親族でもある幼い子供だったからだろうが、当時の皇帝がとても優しくて気さくな人物だった事を覚えている。

「警備兵付きの宝物庫の奥とかじゃなくて?」

「俺が見せて貰った時は、皇帝の寝室の壁に飾られてた」

「あー、そりゃ盗まれるわ」

家宝の割に雑な扱いだなと思いつつ翠は苦笑いする。

「通常入れる人間は限られてるからな。まあ、真相がどうであれ、返してもらうことに変わりない。持って帰る時はディートハルトに近付けないように気を付けないとな」

そう付け加えるエトワスを横目で見ながら、翠は2本目の煙草に火を付けた。

「そういや、ここに来る前にラファエル君に会ったんだろ?どんなだった?」

「普通にしてて元気そうだったよ。昼間はどうだった?」

「何かボヤッとはしてるけど、具合が悪そうではなかったかな。一応、シヨウとトレーニングルームに来てたよ」

シヨウは黙々と筋トレに励み、ラファエルは時々軽く走っていた。

「その、シヨウってファイターが、食堂でラファエルの隣にいた奴なのか?ラファエルと仲がいいのか?」

エトワスの質問に、二人が笑う。

「仲良しというか、シヨウがラファエルを気に掛けて世話を焼いてる感じかな」

「気弱で頼りないガキだって思ってるみたいだからね。積極的に守ろうとか庇おうってしてる訳じゃないけど、影で火の粉を振り払おうとしてるみたいな。おかげで、オレらは警戒されてんだよな」

「警戒?」

翠の言葉に、エトワスが軽く眉を顰める。

「ああ、違うよ。素性を疑われてるとかじゃなくて。ラファエルに気があるんじゃないかって思われてんだよ」

「そうそう。(よこしま)な下心を抱いてんじゃないかってな」

翠とフレッドが笑う。

「それなら、確かに“いい奴”だな。役に立って貰えそうだ」

エトワスの言葉に再び二人は笑った。

「オレらもそう思ってた」


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