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LAZULI  作者: 羽月
20/78

20砂の城 ~聖域2~

 レイシが言葉を続ける間もなく、すぐに6階に着き二人はエレベーターを降りた。

レイシが“闘技場”と言った通り、その階にはグルリと通路に囲まれた部屋が一つあるだけだった。エレベーターホールから廊下に出ると、すぐに目に入る閉ざされた大きな扉の中が闘技場らしい。扉の前に警備員の様にファイターが二人立っていて、部屋の中からもドンという重く響く物音や何か騒いでいる様な音が聞こえて来る。現在何か戦闘が行われている様だったが、レイシは「今、ファイター達がバトル中みたいだね」と言っただけで部屋には入らずそのまま通路を進み、フロアの端にある地下と繋がるエレベーターのホールへと向かった。


「ランクXの話が、“複雑”って?」

下から上がって来るエレベーターを待つ間エトワスがランクXについてさらに尋ねると、レイシは少し動揺したような表情を見せた。

「……ランクXの時はさ、僕もグラウカさんに同行してたんだよ。……ファセリア大陸の南の方にあるロベリア王国ってところの遺跡調査に行った時に、偶然ランクXに会ったんだ」

「え?」

エトワスは、目を丸くしてレイシを見た。まさか、本当の事を話すとは思わなかったからだ。当然、グラウカの弟だと言うと思っていた。

「え?」

エトワスが驚いたため、逆にレイシが驚いてエトワスの顔を見返す。

「あ、いや、そんな遠いところにも行くのかって思って」

「世界中どこでも行くよ」

エトワスが誤魔化した言葉をレイシは信じたようだ。そこへ、エレベーターが到着して扉が開く。

「……」

レイシは小さく溜息を吐くと、エレベーターには乗らずにエトワスに視線を向けた。

「下りる前に、話すよ」

と、レイシが口を開く。

「ロベリア王国の遺跡からは結構色んな物が出て来てね、陶磁器とかガラスで出来た日用品みたいな物とかに交じってラズライトの付いた装飾品も出たんだ。ロベリア王国じゃ遺跡で見付かった物を持ち帰る前に、王様にちゃんと報告しないといけない決まりだったから、全部一度お城に持ってく事になってたんだけど、本当に凄かったよ。ヴィドールとは全く違った世界で絵本に出て来そうな本物のお城なんだ。アクアが見たら大喜びしそうなね」

そう言ってレイシが笑う。レイシの話は翠から聞いたものと一致していた。

「それで、その発掘品をお城に持ってく途中で、ランクXにたまたま会ったんだよ……と言っても、それは僕は聞いた話なんだけどね。ロベリア王国は魚介類が美味しくてさ。だから、前の日につい食べ過ぎちゃって、お腹を壊してその日は僕は宿で休んでたんだ」

と、レイシがテヘッと笑う。

「でも、午後にはもうよくなってたから、ちょっと起きて軽く何か食べようとしてたところにピングスさんが宿に帰ってきてさ、急に、予定変更して一度ヴィドールに戻る事になったから、準備しろって言われたんだ。それまでに発掘した品や魔物が結構船に積んであったし、それを持って帰るんだって言ってさ。いきなり言われてビックリしたんだけど、グラウカさんは気紛れでマイペースなところがあるから、別に珍しい事じゃないかって思って急いで船に戻ったんだ。そしたら、そこにランクXがいた……」


 その日、研究員のピングスに話を聞いたレイシは、私物の荷物を持って宿を出ると、急いで船が停泊している港に向かった。ピングスと他のもう一人の研究員は、ファイター二人と共にそのままロベリア王国に残って発掘を続け、ヴグラウカとレイシは別のファイター二人と共にヴィドールに戻る事になっていた。

『腹具合は良くなったのかい?』

無精髭の生えたグラウカは、船に姿を現したレイシを目にして機嫌良さげに声を掛けた。

『ええ、もうすっかり。……その人は?』

船内の寝台の上に見慣れない金髪の青年が寝ているのを見て、レイシは目を瞬かせた。

『新しい実験体だよ。多分、彼も地底の種族だ』

『え?……でも、何で眠ってるんです?』

事態が把握できず少し不安に感じ、レイシは尋ねた。

『彼に、発掘品のラズライトが反応してね。急に苦しみ出して倒れてしまったんだよ』

そう言って、グラウカはその青年と出会った時の事をレイシに話した。

『眠ったまま目を覚まさないから、このままヴィドールへ連れて帰るんだ』

『ええっ!?いや、だって、どこの誰かも分からないんじゃ?』

『目を覚ましたら、事情を話して協力を求めるよ。もちろん、断られたら引き返して、またロベリア王国へ送り届けるつもりだ』


「その時は、そんな事するのはマズイよって思ったんだけど、目を覚ましたら事情を話して協力を求めるってグラウカさんが言うし、船も出港準備に入ってたし、すぐに目を覚ますだろうから大丈夫かなって思ってたんだ。でも、ずっと目を覚まさなくて、やっと目を覚ましたら、当たり前だけど彼は物凄く怒ってさ……」

レイシが苦笑いする。

『そりゃ、ブチ切れるだろうな……』

と、エトワスは呆れていた。別にディートハルトでなくとも怒るだろう。レイシは話しにくいのか、そわそわと落ち着かない様子だ。

「あ、やっぱり、とりあえず地下に下りようか。続きは後でちゃんと話すからさ」

話してくれるのなら、問題ない。そう考えてエトワスは頷いた。

「分かった」

二人はエレベーターに乗って目的地の地下4階へ下りた。


 そこは、いかにも研究施設といった雰囲気で、どこかのんびりとしたエトワスの所属する部署とは違い、ランクC・D・Eを担当する大勢のスタッフたちが忙しそうに働いていた。手前のデスクでは、何やら計算したり書いたり資料らしきものを読んだりしている者達がいて、奥の部屋の方には顕微鏡を覗いている者の姿が見えている。一瞬横切る姿が見えた人物は、長いエプロンに血の様なものが付いているようにも見えた。

「……(何だ、この気配は?)」

多くの人が活動する気配の中に嫌なものが混ざっていて、魔物のものともまた違う、淀んだ闇のような重く異様な感じがした。

「レイシ君じゃない。貴方が新しく来た人ね」

二人の姿を見付けた眼鏡を掛けたショートカットの女性研究員が、すぐにそう言って近寄って来た。言葉だけ聞いていると気さくな印象を受けるが、その顔に笑顔はない。淡々と話す感情の窺えない女性だった。ずっとこの空間にいるせいで異質な気配に慣れてしまっているのか、全く何も気になっていないようだ。

「あ、彼、ジェイドっていいます」

レイシがそう紹介すると、女性研究員は軽く頷いた。

「貴方達が今日から餌やりを担当してくれるのよね?ホント助かるわ。ちょっと待ってて」

足早に去っていった女性研究員は、部屋の奥から大きな金属製のバケツ8個が乗った台車を押して戻って来た。

「餌は、食堂に貰いに行ってね。3階と8階で貰えるから。ああ、でも今はちょうど昼前で食堂の方は手一杯かもしれないわね。餌やりは、貴方達のお昼の休憩が終わって午後になってからで構わないわよ。空になったバケツはまたここに持って来て頂戴」

「はい、分かりました」

口ではそう答えているレイシだが、嫌そうな表情をしていた。

「うちを見学しに来たんでしょ?でも、今はドグーさんはいないのよ。案内出来る手の空いた人間がいないから、また改めて来て貰ってもいい?」

そう言われ、施設内を見せて貰う事は出来なかった。

「分かりました。じゃ、ジェイド、行こうか」

二人はバケツの乗った台車を預かっただけで、そのまますぐに引き返す事になった。


「見学できなくて残念だったね」

レイシはそう言ったが、この場所でドールを作り、魔物を操れるようにしている事が分かっただけでも充分な収穫だ。そうエトワスは思っていた。

「だけど、僕はホッとしてるんだ。あそこ、ちょっと苦手なんだよね」

台車を押してエレベーターに乗り込むと、レイシが小さく息を吐いた。

「どうして?」

気持ちは分かるが一応聞いてみた。

「何か寒気がするんだよね。地下だからかな?それとも……心霊現象的な……」

「ああ、そっち系じゃないと思うよ。俺も、嫌な気配がするなって思ったから。何か、魔物に近いんだけど濁った気配だった」

エトワスの言葉にレイシが「そっちかぁ」と声を上げる。

「奥の部屋でドールを作ってるからね。そのせいかも。どっちが原因にしても怖いけど。あの部署の人達は平気そうで凄いね」

「ああ。そう思う。慣れてるのかもな」


 エレベーターで再び6階に戻ると、ファイター達の戦闘は終了したようで闘技場の扉前にいたファイターの姿はなく部屋の中からも物音はしなくなっていた。

「また、さっきの話の続きを聞いていいかな?ランクXの話が気になってしまって」

エトワスは、先程からずっと気になっていた事を口にした。静かにな廊下に、レイシと交代してエトワスが押している台車の音だけが響いている。

「ああ、うん。その話が途中だったね。どこまで話したっけ?」

「船の中で目を覚まして、ブチ切れたって。どうやって説得したんだ?」

説得はしていないだろうと考えながらそう尋ねるエトワスの言葉に、レイシが小さく笑う。

「説得できなかったよ。グラウカさんが説明したんだけど、3種族の事も何も知らなくて全く話が理解できないみたいでさ、協力をお願いする以前に、聞く耳を持たないって感じで怒ってそのまま部屋を飛び出して行ったんだ。すごかったよ。飛び掛かって止めようとしたファイター二人を簡単にかわして、ドアのところにいたせいで道を塞いでしまってたグラウカさんを思いっきり蹴り飛ばしてさ。グラウカさん、顎に酷い痣が出来てたよ」

と、レイシが苦笑いする。エレベーターホールまで来たため、二人はそこで一度足を止めた。


「そこが港でまだ出航前だったら逃げられたんだろうけど、その時はもう完全に海の上だったから……。結局、ファイターが捕まえた。その後も、協力をお願いするため何度か丁寧に話をしたけどやっぱり通じなくて、と言うか体の具合が凄く悪そうでさ、食事も全然しないし、最初は船酔いなんだと思って薬を飲まそうとしたんだけど飲まないし、とにかく全てを拒否しててどんどん弱っていって、このままじゃヴィドールに着く前に死んじゃうかもって事になってさ、グラウカさんがヴィドールに古くから伝わる薬草を飲ませようって」

「薬草?」

エトワスが眉を顰める。それが、今も与えている“精神安定剤”だろうか。

「ほら、オアシスにだけ咲く花、砂炎(さえん)(ばな)って知ってるだろ?」

「いや、聞いた事ない」

エトワスは正直に答えた。

「あれ?そう?ジャスパ出身って言ったよね?その辺りでは使わないのかな。……砂炎花って薬草は、痛み止めに使われるんだ。頭痛、腹痛、歯の痛み、とにかく何でも。ついでに、解熱効果もある。よく効くいい薬なんだけど、もちろん副作用もあって量が多すぎると色々悪い影響もあるんだ。昔はその悪い効果の方を敢えて利用する事もあったんだって。記憶喪失も、その一つなんだ」

「!」

予想はしていたが、はっきりと口に出されて予想が現実のものとなるのと同時に、沸々と怒りが湧き、記憶を取り戻す事は出来るのだろうかという不安も押し寄せてくる。

「それじゃあ……」

エトワスは、感情を抑えて静かな声で先を促す。

「そう。僕は、いくら何でもそれはマズイって思ったから、止めようとしたんだよ。でも、グラウカさんは、このまま死なれては困るって言ったんだ。確かにその通りだったよ。もう限界だった。グラウカさんに言われて僕がその薬を持って行った時も、ランクXはやっぱり飲もうとしなかった。だから、僕は『飲まなきゃ死ぬぞ』って脅しちゃったんだ」

レイシが自嘲する様に小さく笑う。

「そしたらさ、あいつ『じゃあ、それでいい』なんて言ったんだよ」

「……どういう意味だ?」

「僕も最初分からなかったよ。つまりさ、飲まなきゃ死ぬんなら、飲まないって事だよ。死んでもいいって。むしろ、死んだほうがましだって事かな。凄く投げやりな感じだった。連れ去られた事に絶望してたのかもな」

「……」

エトワスは、レイシの言葉に絶句していた。ディートハルトの性格からして、拉致されたからといって簡単に諦めるとは思えない。全てを投げ出してしまい、ヴィドールに着いてからでも隙を見て逃げ出そうと計画しないのは彼らしくないと思った。レイシの言う通り絶望していたのだとしたら、余程体の具合が悪かったのだろうか……。そして、翠とフレッドが話していたように、自分達ウルセオリナ軍が全滅したという報せが彼に精神的なダメージを与えていたのなら……。

「記憶を無くしてからは、グラウカさんが言ってた通り僕達が敵だっていう認識も消えたから、医者の診察も受けて、怯えてはいたけど拒否せず点滴もしたし薬も飲んだし、量は少ないけど食事もするようになって、少しずつ回復していったんだ。ヴィドールに着く頃には今と同じくらいの体調になってて、拒絶しないで3種族の話もちゃんと聞いてくれたよ。でも、そこで“ロベリア王国から連れて来た”って本当の事を話したらまた敵認定されちゃうし、グラウカさんはランクXの事を自分の弟だって説明する事にしたんだ」

レイシは小さく苦笑いし、エトワスも既に翠達から聞いている“ラファエル”と“兄”グラウカの関係についての“設定”を話した。

「でも、グラウカさん、“弟”なのに最初は“ランクX”ってずっと呼んでてさ。そしたら、ランクXの存在を知ったランクAが、“ラファエルって名前を付けてあげてほしい”ってリクエストしたらしくて、ラファエルって名前になったんだ。だから、本名は分からないんだ」

「……」

レイシの話にエトワスは何も答える事が出来なかった。

「グラウカさんの弟になった彼は、今でも体調が悪そうな時はあるけど、船に乗ってる時よりは全然マシになったんだよ。だから、砂炎花の事はやむを得なかったと思ってる。あのままだったらきっと死んじゃってたから」

「そう、だったのか……」

ディートハルトが死を選ぶほど精神的に参っていたのだと思うと辛かった。エトワスは溜息を吐きそうになるのを堪え、平静を装って質問した。

「それで、医者に診せて、体調不良の原因は分かったのか?」

「いや、どこが悪いって特定出来ないって言ってた。全体的に弱ってるんだって。元々体が弱いんじゃないかって言ってたよ。それか、彼が滅んだ3種族の場合、僕たち地上の種族は知らない特有の病気とかがあるのかもしれないって」

レイシの言葉に、エトワスは衝撃を受けていた。

「そうか。じゃあ、治療は出来ないって事か?」

感情を抑え、冷静になるよう努力して尋ねた。

「もし、3種族のどれかだけが掛かる病気なら原因が分からないからね。地下の1階と2階は書庫なんだけど、そこに絶滅した3種族についての資料とか研究結果と一緒に、神話とか伝説も集めてあるから、もしかしたらその中のどれかに手掛かりがあるのかもしれないけど……。一つずつ調べるのは大変だし、今のところ問題なさそうだから」

「……」

エトワスが言葉を返さず会話が途切れたため、レイシが上に戻るボタンを押そうとする。

「砂炎花だけど……」

「うん?」

「今も飲ませてる精神安定剤が、そうなのか?」

「そう。あれだよ」

ボタンを押そうとしていた手を下ろし、レイシは頷いた。

「じゃあ、飲ませないと暴れるって言ってたのは、元の記憶が戻ってしまうって事なのか?」

そうなる事を期待してエトワスは尋ねていた。

「グラウカさんはそう言ってる。僕は薬に詳しくないから分からないけどね。戻るかは分からないけど、飲ませたら記憶を失くす事は分かってるから飲ませ続けてるんだよ。でも、元々常用するような薬じゃないからね。実際どんな影響があるかは分からないんだ。毎日グラウカさんが、”君は私の弟で……”って言い続けてるから今の状態を保ててるみたいだけど、そのうち、今の“ラファエル”の記憶も曖昧になってしまうかもしれないね」

ディートハルトに最初に薬を飲ませた自分に対する自嘲の様なもので、可笑しい訳ではないのだろうが、レイシは他人事のようにそう言って小さく笑った。

「!」

ふざけるな!と、エトワスは喉まで出かかった言葉を堪え、誤魔化すように小さく咳をする。何か当たり障りのない相槌を打たなければと思ったが、口を開く事が出来なかった。これ以上、感情を出さず冷静なトーンで話を続ける事は無理だった。

「あれ、もうこんな時間だね。餌やりには念のためファイターにも一緒に来て貰った方がいいと思うけど、休憩時間が終わってから誰か二人くらい探してお願いする事にして、一度、スタッフルームに帰ろうか」

自分の腕時計を確認したレイシが言う。11時48分だった。

「台車を置いたら、食事に行こう」

そう言って、レイシはニッコリと笑った。


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