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LAZULI  作者: 羽月
19/77

19砂の城 ~聖域1~

 扉の外から重い足音が聞こえて来て、ピタリと止まると予想通りの声がして同時に扉が開いた。

「ラファエル、起きてるか?」

シヨウだ。彼は毎朝こうやって起こしに来る。そして、揃ってファイター専用の食堂に行くのが日課となっていた。

「おはよう、シヨウ」

「あ?何だ、珍しいな。起きてたのか」

予想外の光景にシヨウは目を丸くする。いつもはまだベッドの中で眠っていてなかなか起きないラファエルが、今朝は既に着替えて座っていたからだ。しかも普段は無表情に近いその顔が、どこか明るい様にも見える。

「今日は何か、楽しい予定でもあるのか?」

実験体の彼にそんな予定はないはずだと思いながらも、思わずそう尋ねてしまう。

「ううん、ないけど……。研究員の人が早く来ないかなって思ってたら、何か早く目が覚めたんだ」

「ハァッ!?」

ラファエルの言葉に、シヨウは今度は口をポカンと開けてしまった。最近のラファエルは、グラウカを始めとする研究員達が部屋を訪れる事を嫌がっていたはずだが、一体どういう風の吹き回しだろう。

「だって、お前、兄貴が来るのを嫌がってなかったか?」

「別に、兄さんに会いたいんじゃないよ」

と、ラファエルは表情を曇らせる。やはり、グラウカには会いたくないようだ。

「新しい人が来たんだ」

一瞬、何の事かと思ったが、そう言えばファイターも新しく入って来たし、研究員の方も募集を掛けて新人が採用されたのだろうと思い至った。

「研究員の新人か?そいつが、いい奴だったのか」

「うん」

ラファエルは小さく頷いた。“また来る”と言っていたが、今日は来てくれるのだろうか。そう考えると嬉しくなる。一方、シヨウの方は、普段周りに無関心なラファエルが、ここまで気に入っているとは一体どんな人物なのだろうかと少し気になってしまった。

「あ、昨日、食堂で会った新しいファイターの二人も、いい人達だったよ。夜、僕の部屋に来たんだ」

相変わらずふんわりとした雰囲気ながらどこか嬉しそうに話すラファエルを、シヨウが眉を顰めて少々不審げに見る。

「夜?何しに来たんだ?」

「チョコをくれたよ。改めて、これからよろしくって言ってた」

シヨウは自分の頭に手を当て「マジか」と呟く。

「ラファエル、知らねえ奴から食い物なんか貰っちゃダメだろ。あいつら、本当に、ただそれだけで帰って行ったんだろうな?」

「うん。少し喋って、ちゃんとハミガキしろって言って帰って行った」

「……それなら、まあいいが」

シヨウは呆れたようにフゥと息を吐く。

「じゃあ、朝飯、食いに行くぞ」


 ラファエルとシヨウが食堂に行くと、いつもの通り既に沢山のファイター達がいて、話題にしたばかりの新人ファイター二人組の姿もあった。

「ッス」

“お早うございます”を限りなく省略した挨拶と共に、笑顔で近付いて来る。

「おう」

昨日と同じように、料理の乗ったトレーを持った翠とフレッドは、シヨウとラファエルの前の席に着いた。

「お前ら、昨夜ラファエルの部屋に行ったんだって?」

シヨウが窺うように二人に視線を向ける。

「ああ、うん」

翠が頷く。二人が部屋を訪れたという事はシヨウの耳に入ったようだが、“新人研究員”の事を話題にした以外、二人の素性を怪しまれる様な事は何も話していないし、昨夜のラファエルの様子からすると、エトワスの印象が悪くなりそうな事は絶対に誰にも話さないだろうと予想できるため、焦りはしなかった。

「売店に行った帰りにね。どの階に何があるのか、ちゃんと覚えるために歩いてまわってたら、“RANK-X”って表示のある部屋があったから寄ってみたんだ」

何食わぬ顔で翠が答える。

「俺達は、昼間ラファエルに警戒されたんじゃないかって思ったからさ、もっかい会って改めて挨拶しとこうかって事になってさ」

フレッドも言う。

「ああ、なるほどな」

昨日の昼間と同じように、やはりラファエルによからぬ興味を抱いて部屋を訪れたのではないかと考えていたシヨウは、二人の今の言葉で納得した。

「シヨウ!」

と、名前を呼び、一人のファイターが近付いて来た。

褐色の肌に砂漠の砂の色の様な髪と目の色をしたそのファイターは、コウサという名でシヨウと同じように体格の良い男だった。

「今日はこれから、“廃棄処分”があるらしいぞ」

「ああ、分かった」

砂色の髪と目をした男の言葉にシヨウが頷く。

「スイとフレッド、だったよな。今日は数が多いらしいから、お前らも来いよ」

「ああ、是非」

「行くよ」

チャンスがあれば何でも調べてみるつもりでいるため、翠とフレッドは躊躇う事無く即答する。

「じゃあ、飯食ったら、トレーニングルームの横の部屋に来いよな」

それだけ言って、コウサは去っていった。

「で、“廃棄処分”って何?」

翠がシヨウに尋ねる。ファイターはこのセンタービルの、正式名称“ヴィドール魔物・古代生物研究所”という施設に所属している“戦闘専門職員”で、兵という扱いではないため、忠誠を誓う相手はもちろん、上官といったものや任務、絶対に従わなければならない命令等といったものは存在しない。特別な仕事が無い場合は、いつでも戦闘に対応できるように基本的にトレーニングに励んでいるが、ドールとのテストバトルはほぼ毎日の様にある。ファイターではなく、ドールの方に戦闘訓練をさせるのがその目的だ。そして、総務部の事務員がやって来て「廃棄処分お願いします」等のように言われ特別な仕事が入った際には、研究員側が個人を指名した場合は指名された者が、そうでなければ固定シフト制のため、非番ではない都合のいい者が行くという形になっていた。また、所属するファイターの一部は、出張という形で国内外に出掛けて行く研究員に同行する事もあった。

「失敗作のドールと戦って倒すんだよ」

ちぎったパンを口に運びながらシヨウが説明する。

「せっかく作ったのに処分するって事?」

「命令を聞かないからだよ。ただ襲い掛かって来るだけになっちまって使い道がないんだ。ドールを作ってるドグーさん的にも“失敗”は許せないんだってよ」

「ドグーさんって誰?その人が作ってんの?」

「もちろん、一人で作ってる訳じゃねえけどな。聖域の部署は二つに別れてるって説明があっただろ?ランクAとBを研究してるとこと、ランクC・D・Eを研究してるとこに。この、ランクCとかの担当部署の方がドールを作ってて、その責任者が、髪と髭をボサボサに伸ばしたドグーってオッサンなんだよ」

シヨウの隣に座ったラファエルは全く興味がない様子で無表情にパンを食べているが、先程からお茶とパンしか口にしていない。

「その戦闘には、ラファエルも参加するのか?」

フレッドが、チラリとラファエルに視線を向けて尋ねた。

「僕は、兄さんが“こいつと戦え”って指示したバトルじゃないと参加しないよ」

そうラファエルが静かに答える。

「こいつは元々身体が弱いらしくて体力がねえからな。ファイターに向いてるつって連れて来られたはずなのにな」

シヨウが意味深に言って、翠とフレッドに視線を投げる。

「すぐ気分が悪くなるんだ」

本人にとっては嫌味にも取れる言葉だったが、気にした様子もなくラファエルは頷いた。

「元々体が弱いって、何か持病とかあんの?」

まだ具合が悪いのは治っていなかったのか。そう思いながら翠が尋ねると、ラファエルは首を横に振った。

「どこが悪いっていうのはなくて、全体的に弱いんだって。お医者さんが言ってた」

という事は、ヴィドール国の医師にもロベリア王国の医師にもファセリア帝国の医師にも原因は分からなかったという事だ。ウルセオリナでは、精神的な部分が大きく体調に影響を与えていると言っていたが、“ラファエル”には大きなストレスを与える様な記憶は無いはずだ。

「それなのに、ファイターをやってるのは負担が大きいんじゃないか?」

フレッドが眉を顰める。

「だから、毎日薬を飲んでるんだ……」

と言いながらラファエルが視線を逸らす。昨日は飲んでいないからだ。そして、今日も飲むつもりはない。友達のジェイドさんが“飲むな”と言ったからだ。

「そうか。大変だな(エトワスが言ってた薬の事だよな……)」

フレッドも翠もエトワスと同じ考えで、精神安定剤だという薬が怪しいと思っているのだが、ディートハルトはファセリア帝国にいる時から具合が悪かった。今、こうして体調が以前よりは良さそうなのがその薬のお陰だとしたら、逆に飲ませた方がいいのだろうか……。そう考えていた。

「お前ら、こいつの事より自分の心配をした方がいいぞ。採用試験の時の奴とは違って実戦用の奴だから、気を抜くと怪我をするぞ。ドールとの戦いが嫌になって辞めていく奴も多いんだ」

という事は、ファセリア帝国にいたタイプのドールなのだろうか。武器なしで術も使わず戦うというのは大変かもしれない。

「いいねぇ。やる気が出るよ」

内心、面倒だなぁと思いつつ翠がそう言うと、フレッドは苦笑いした。

「だな。昨日のテストじゃ物足りなかったから、ちょうどいいかもな」


* * * * * * *


 同時刻――。


あまりよく眠れなかったエトワスは、身支度を整えて狭い自室を出ると、昨日レイシと一緒に行った食堂へと一人で向かった。

ほとんどの研究員が自宅からの出勤のため、そしてまだ時間も早いせいで、そこで食事をしている人はまばらだった。昨日はグラウカとレイシ以外では試験監督だった女性の研究員としか会っていないため、そこに居るのが同じ部署の人物なのかどうかは分からない。比較的若い世代の男性ばかりでラビシュの町中で見掛ける様な雰囲気の者達だったが、一人だけ異質な雰囲気を纏っている人物がいる。年齢は不詳。髪も髭も長く顔の大部分が隠れている痩せた男だった。

『翠が言ってた“めっちゃ髪長くてヒゲボーボー”の研究員がいるとは思わなかったな……』

ちょうど昨日、教会を出る前にエトワスの変装へのアドバイスとして翠がふざけて話していた通りの姿をした人物がそこにはいた。流石に本人も邪魔だとは思っているのか、髪も髭も無造作に一つに束ねてある。恐らく、彼が昨日レイシの話していたドグーという名の男だろう。彼の前に置かれたトレーの皿には、物凄い量の食べ物が盛られていた。大食いチャレンジでもしているかの様な量だった。

『レイシの言う通り、確かに見ればすぐ分かるな』

と思いながら、エトワスは少しだけ料理を選び取った。この土地の料理なのでほとんど何なのかが分からなかったが、教会に滞在している時に朝出されていた物もあったため、それを選んでいた。


 朝食を済ませると、同じ階にある昨日案内されたスタッフルームへと向かった。

「お早うございます」

と、誰か来ている人はいるかな?と思いつつドアを開ける。いなかったら、色々と部屋の中を調べさせて貰うつもりだった。

「お、ジェイド君か。早いな。ああ、そうか。ビル内からの出勤だったな」

そう言って机から顔を上げたのは、グラウカだった。

「仮眠を取るにはいいが、あの部屋、窮屈だろ?」

「ええ、まあ、少し(いたのか……)」

と笑って見せる。

「グラウカさんは、ご自宅は近いんですか?」

「いや。私の実家は砂漠の方で遠いんだよ。もう誰も住んでいないけどね。だから、ラビシュに部屋を借りてるんだけど、いちいち帰るのも面倒だし距離もあるから、君と同じでこのビルで生活してるんだ。この階にある空き部屋を使ってるんだけどね。ベッドは無いけど上の部屋より広くて快適だよ」

そう言ってグラウカは笑った。

「昨日は助かったよ。あのガキは、ランクXはどうだった?暴れたりしなかったか?」

グラウカの言葉にエトワスは一瞬ムッとしたが、表情には出さないで答える。

「驚きました。ランクXって言うから、ランク外の狂暴な魔物かと予想してたんですが、部屋に行ってみたら大人しそうな子がいたので。全然、暴れたりはしませんでしたよ」

昨夜、翠とフレッドの二人は、わざわざラファエルの元を訪れ、その後もエトワスの部屋まで来てくれたが、彼ら二人の話でラファエルがエトワスの事を庇い何も話さなかったという事は聞いている。

「ああ、見た目は大人しそうで無害に見えるだろう。だが、あれで、たまに人格が変わるから気を付けた方がいい。ランクXというのはランク外という事ではあるんだが、彼がまだどういった力を持っているのか分からないから、Xという位置付けなんだよ」

「そうだったんですね」

「ああ、君の席はそこだよ。レイシの横だ」

と、グラウカは並んだデスクの端の方を指し示す。

「ラズライトの事は知ってるかい?」

「あ、はい。“天使の涙”と呼ばれてる石の事ですよね?アクセサリーとして売られている」

唐突な質問に一瞬何の事かと思ったが、サラの言葉を思い出しエトワスはそう答えた。

「あ~、それそれ。迷惑な話なんだよ。そんな風に言って一般人達が装飾品にしてしまうもんだから、貴重な石の行方が分からなくなってしまってて」

サラもグラウカも、お互いに相手の事を迷惑だと思っているようだった。

「その石は、他の装飾品用の石とは違うんですか?」

自分も見た事があるという事は話さず、エトワスは尋ねた。

「一見したところ、ただの黒い石なんだけどね。物によっては、太陽の光を受けると綺麗な青い色に光って見えるんだよ。だから、面白がられてアクセサリーとして重宝されてるんだ。しかし、我々にとってはそんな事はどうでもよくてね。その石が、空の種族が使用していたと言われている事に興味があるんだ」

グラウかはそう言って、手にしていたペンを机の上に放り出すと、両手を頭の後ろで組み、椅子の背に寄り掛かった。

「空の種族が、好んで装飾品として身に着けていたって事ですか?」

「使用目的は謎なんだ。遺跡から出る時は、ペンダント等の形で出る時もあるし、加工されていない原石の様な状態で出て来る事もあるからな。ただ、不思議な事に、地底の種族に関係あるものを退ける効果があるんだ」

それらは、初めて聞く話だった。

「石によって効果の強弱はあるんだけどね。だからええと、なんだっけ?……そうそう。ランクXに反応したんだよ。偶然彼の近くにその石があった時に、石が光って彼が苦しみだしたんだ。だから、彼は地底の種族の血を引いてるんじゃないかと予想したんだ」

それは、ディートハルトがロベリア王国で拉致された状況と一致していた。次は、何処からランクXを連れて来たのか、彼の口から聞き出す事が出来れば、間違いなくラファエルはディートハルトだという事になる。

「ただね」

と、エトワスが質問する前に、グラウカが言葉を続けた。

「最近、他の種族なんじゃないかって考えているんだよ」

「どうしてですか?」

先に、グラウカの話を聞こうと考え、続きを促した。

「理由は二つある。地底の種族は気性が荒いらしくてね。オス同士が出会えば、高い確率で戦いになるみたいだから、以前、試しにランクXをドールに合わせてみたんだよ。あ、ドールの事は知ってるかい?」

「はい。ここで作り出されてる兵なんですよね?」

その事は、ヴィドールではもちろん外国にも知られている事なので、エトワスは答えた。

「そう。ドールは、半分、は言い過ぎか。あれは地底の種族の仲間みたいなものなんだ。だから、ランクXと対峙したら戦いになるだろうと予想していたんだ。でも、ランクXは全く戦わないどころか、怖がって半泣きになってその場から動かなかったんだよ。すぐにファイターがドールを倒したから、ランクXは多少傷付いただけで死なせずにすんだんだけどね」

グラウカの話を聞いていると腹が立ってきたが、気持ちを落ち着けるよう努力して続きの言葉を待った。

「後になってランクXに話を聞くと、ドールに対して“戦いたいとも、同族だとも思わなかった”と言うんだよ。そして、もう一つの理由は、ランクAがランクXは地底の種族じゃないって断言したからなんだ」

そう言ってグラウカが薄く笑う。ランクAについての詳細は全く聞いていない。ランクAとはブルネットが捜しているラリマーの長夫妻の娘、アクアの事ではないだろうか。エトワスがそう考えていると部屋の扉が開き、「おはようございまーす」という声と共に、レイシが姿を現した。

「あ、ジェイド。早かったんだね!お早う。昨夜は、あの部屋でちゃんと寝られた?」

心配していたようで、そう言いながらエトワスに駆け寄って来る。

「朝食は、ちゃんと食べた?」

「ああ。昨日レイシが教えてくれた食堂に行ったよ」

E・Kのライザも心配性だがそれ以上だ。そう考え、思わず笑ってしまう。

「そっか。良かった」

そう言いながら、レイシはエトワスの隣の席に座る。そのお陰でグラウカとの会話が中断してしまったが、レイシの登場だけが理由ではなく、グラウカに話の続きを聞きそびれてしまった。レイシに続き、他の研究員達も姿を現したからだ。


 そのまま始業時間となっても空いている机が複数あり目に付いたが、不在の者達は出張中という事だった。エトワスが所属する事になったのは、ヴィドール魔物研究所の”RANK-A・B担当及び外回り班”という部署で、その名の通りランクがAやBの実験体を研究する他に、国内外問わず出掛けて行き遺跡などを発掘したり研究に必要な魔物を連れ帰ったりしているという事だった。ラファエルがやって来てからは、部署名は”RANK-A・B・X担当、及び外回り班”に変わったらしい。

「良かったわね、レイシ。同年代が来てくれて嬉しいでしょ」

ロサという名の黒髪の女性研究員にそう言われ、レイシが嬉しそうに頷いている。彼女は、試験の際に試験監督をしていた研究員だった。

「本当ですよ。これで、僕だけが雑用を言いつけられる事がなくなります」

「あら、そうね」

実際にこれ迄そうだったのか、ロサは否定せずに笑った。

「いや、いいね。若い子は。しかも、俳優さんみたいな顔とスタイルをしてるじゃないか。オジサンには眩しいよ」

と言ったのは、怠そうな雰囲気の男性研究員だった。無精髭なのか伸ばし始めたところなのか、少し伸びた髭が顎を覆っている。

「何言ってるのよ、ピングス。貴方は20代の頃からくたびれた感じだったじゃない。若さは全く関係ないわよ」

「あ~、言われてみれば」

ピングスと呼ばれた男がハハハハと笑う。

「でもさ、俺の嫁さんは俺のことをワイルドだって、若い頃から変わらず、ずっと素敵だって言ってるよ?娘達も渋くてかっこいいって言ってるし」

フフンとピングスが笑う。

「まあ、ご家族にとってはそうなんでしょう。でも要らない情報だわ」

フンとロサが鼻で笑った。

「今日は初日だし、レイシはジェイドに、うちの事を色々と教えて案内してやってくれないか。研究施設内を中心に他の階も。ああ、そうだ。特に地下には忘れずに行ってくれ」

グラウカがそう言うと、レイシは「え?」と言った表情をした。

「地下3階もですか?」

驚ている様子のレイシに、グラウカが笑顔を向ける。

「ああ。うちに新人が入ったって話を聞きつけて、ドグーが雑用を押し付けて来たんだ。ランクCDEへの餌やりを。だから、今日から餌やりはレイシとジェイドの仕事だよ」

「ええ~っ!」

レイシは思いっきり眉を顰めた。


 こうして、エトワスが研究員となった初日は、レイシに連れられビル内の様々な場所を案内される事となった。

まずは、エトワス達が所属する部署のスタッフルームや研究室、食堂のある8階をまわり、次に、そのすぐ下の、実験体のランクC~Eを担当しドールなどの兵や魔物も管理する部署がある7階に向かった。ただ、ドールや魔物は地下の施設にいるらしく、研究員達もほぼ全員そちらに居る事が多いという事で静まり返っていた。フロアの端の方に幾つか空き部屋があり研究員の仮眠室代わりに使われていたが、その1つがRANK-X――ラファエルの部屋になっている。レイシの話では、ラファエルは普段はファイターとして過ごしているため、今は他のファイター達と共に3階のトレーニングルームにいるだろうという事だった。エトワスは、ラファエルに会えるのではないかと期待していたので少しガッカリしたが、ファイターとして翠達と一緒にいるかもしれないという事が分かりホッとしていた。

その階から下はファイター達が活動しているフロアが3階まで続いていて、2階と1階は、特に説明する事もなく行けば何があるか分かるフロアになっているため、逆に今度は上の階に向かった。


 10階はエトワスの部屋もある研究員達の生活する部屋があるフロアで、その上の11階は砂漠のオアシスを模して造られた休憩できる公園の様な場所になっていた。植物が植えられ、大きくはないがプールまである。自由に使っていいという事だったが、主な利用者はファイター達だという事だった。

「9階は?」

8階から7階へ向かい、その後10階、11階まで行くと、レイシが地下に下りようと言ったため、エトワスは不思議に思い尋ねていた。

「9階は、実験体のランクAとBの住むフロアなんだよ。ランクBはともかくランクAはちょっと苦手でさ……」

と、11階のエレベーターの前でレイシがモゴモゴと言う。

「苦手?ランクXみたいに暴れるのか?」

まさか、ランクAも同じように薬を使って従わせているのだろうか。そう考えてエトワスが尋ねる。

「あ~、いや、そうじゃないんだけどね。……まあ、部屋を訪ねる訳じゃないから、いいか。案内しなきゃだしな。よし、9階に行こう」

気乗りしない様子だったがレイシはそう言って、エレベーターに乗り込むと9階のボタンを押した。


 レイシが行く事を躊躇った9階は、そのすぐ下のスタッフルームがある8階と同じ造りになっていて、研究室のシンプルな扉が並んでいた。しかし、しばらく廊下を歩くと扉が無くなりただの壁が続くようになった。つまり、広い部屋があるという事だ。

「ほら、あそこ。一番奥がランクAの部屋だよ」

と、廊下の途中で立ち止り、突き当りの扉をレイシが指さす。近付いて見ると、入り口のところに確かに“RANK-A”と記されていた。

「このフロアは、ほとんどがランクAの生活エリアになってるんだ。自分から協力してくれているし、ランクも“A”だからね。凄く待遇がいいんだよ」

ランクAの部屋の扉前でさっさと回れ右し、レイシが小声でそう説明する。

「何の種族で、どんな人なんだ?」

やっとランクAについて話が聞ける。エトワスはそう思いながら尋ねていた。レイシはエトワスを手招きして歩き出し、ランクAの部屋から充分に離れると足を止めた。

「どんな人……かは、僕達より少し年上の物静かなタイプの男だよ。地底の種族なんだ」

『アクアじゃなかったのか……。じゃあ、ランクBという事か』

「と言っても、純粋な地底の種族じゃなくて空の種族の血も少し混ざってるみたいで、背中に翼が生えているんだ。だから、見た目にかなりインパクトがあるよ」

「翼?それが、空の種族の特徴なのか?」

エトワスは、世話になっている光の教会の礼拝堂にあった神の像を思い出していた。光の神が空の種族だという事は聞いていたが、像が有翼の姿なのは“神”という事を視覚的に翼という形で表現しているだけで、まさか本当に空の種族に翼があるとは思っていなかった。

「そうだよ。容姿の特徴なんだ。ランクAの場合、空の種族の見た目の特徴を持ってるだけで、力の方は全くないんだけどね。でも、地底の種族の力の方はちゃんと持ってるからランクが“A”なんだ。ついでに、目が赤いっていう地底の種族の見た目の特徴も持ってる。虹彩の色が赤いんだ」

『目が赤い、ってまさか、あのヴィドールの船に乗せられていた魔物と、ギリア地方の遺跡に居た魔物もそうだって事か?……でも、どう見ても魔物で人間じゃなかったよな……』

エトワスはそう考えていたが別の事を尋ねた。ヴィドールの船に乗せられていた魔物の事も、遠く離れたファセリア帝国の遺跡に棲みついた魔物の事も、“新人研究員のジェイド”は知らないからだ。

「地底の種族の力っていうのは、魔物を従え操るっていう?」

それはサラに聞いた、この国に伝わる神話に出て来る話だ。

「そうそう。神話とかにも出てくる奴。“従わせる”というより意識を乗っ取って勝手に操るって感じみたいだけどね。ほら、虫とかでさ、別の生き物に寄生して操る奴がいるだろ?あんな状態だよ」

レイシは笑いながら話しているが、楽しい話ではない。

「凄い力だけど、怖くないか?闇の神を信じてる人たちの気持ちが少し分かるというか」

そう言ってレイシの反応を窺う。

「だから、ランクAが僕も苦手なんだよ。だけど、全ての魔物を操れる訳じゃなくて、自分と同じ“闇”か“地”属性の魔物じゃなきゃ操れないらしくて、ランクAの場合は闇属性の魔物限定で、一度に一匹しか自由には操れないから……って、グラウカさんは言ってるけどやっぱり怖いよね」

レイシの言葉を聞き、少し引っかかった。

「一度に一匹しか“自由には”操れないって?どういう意味だ?」

「ああ、ええと。ランクAは、近くにある物を手を触れずに動かす力も持ってるんだよ。例えば、本を宙に浮かせて触れずにページを捲ったり、ぬいぐるみをフワフワ浮かせたりってね。それと同じで、近くにいる魔物の意識を乗っ取って、例えば僕がその近くにいた場合、ランクAの意思通りに魔物に僕を攻撃させたりもできるし、僕と握手させたり、一緒にダンスさせたり、とにかく自由に動かせるんだ。でもそれは、その魔物にランクAの声が届くくらいに近い距離にいなきゃダメで、一度に一匹しか出来ないんだ。だけど……」

と、レイシは一度言葉を切る。

「ランクAの血を与えれば、やっぱり同じ属性の魔物に限ってだけど、ランクAが近くにいなくても単純な事ならさせられるんだ。例えば、“走れ”と命令すれば、何があってもずっと走り続けるし、“眠れ”と命令すれば、ずっと眠り続ける」

「なるほど、そういう事か……。それなら、砂漠を移動するときなんかにその魔物を連れて行って、砂漠に棲む魔物から守って貰うって事も出来るのか?」

その、ランクAの血を与えた魔物を遠くに連れ出し、敵から身を守らせたり、敵を攻撃させたりする事ができるのか?……エトワスは、そう尋ねていた。

「出来るよ。ランクAの血を少し与えて、襲ってきそうな魔物を事前に直接見せるか絵とかでも大丈夫だけど姿を覚えさせて、“これを攻撃しろ”って命令しとけばいい。人間や犬みたいに自分の意思で守ったり庇ったりはしてくれないけど、覚えさせた対象が近くに現れたら勝手に攻撃してくれるから、必然的に守ってもらう事にもなる」

つまり、その魔物をファセリア帝国に連れて行き、事前に覚えさせた姿――同じ格好をしているファセリア帝国の兵達を、攻撃させる事は可能だろう。

「ランクAって凄いんだな(詳しく教えて貰えて助かったよ)」

感心した様子でそう言いながら、エトワスは心の中で礼を言っていた。

「ああ。だから、”RANK-C・D・E担当及び兵器開発”の責任者のドグーさんがランクAを欲しがっててさ、グラウカさんと仲が悪いんだよ」

「ああ、もしかして昨日、別の部署の“ちょっと怖いおじさん”って言ってた髪と髭の長い人の事か?そのドグーさんって人が、魔物にランクAの血を与えてるのか?」

恐らく、今朝エトワスが食堂で見掛けた人物だ。

「そうそう。そのモッサモサの人がドグーさん。他にも、ドールの開発も担当してるんだ。うちは、滅びた三種族に興味を持って純粋に研究してるだけなんだけどね。あっちの部署はちょっと物騒なんだ」

「……(興味からの純粋な研究だとしても、強引に拉致して連れ帰るのはどうかと思うぞ)」

内心そう思いながら、エトワスは「そうなのか」と相槌を打つ。

「その先にはランクBの部屋もあるんだけど、近くまで行ってみる?」

レイシが話題を変え、廊下の先を指さした。

「せっかくだから行ってみたいな」

きっと、今度こそアクアに違いない。エトワスはそう思っていた。

「ランクBの方はさ、水色の髪をした可愛い女の子だから安全だよ。水の種族なんだ」

続けられた期待通りのレイシの言葉に内心ホッとする。

「女の子?って、子供なのか?」

わざと訝し気な表情を作ってそう言うと、レイシは頷いた。

「そう。ランクAとBの実験体には、通常はグラウカさんの許可が無きゃ会えないんだけど、今日はBには会って問題ないって事だったから会ってみる?」

「ああ」

もちろん、エトワスは頷いた。


 案内されたのは、ランクAの部屋とは離れた反対側の端の方にある部屋だった。レイシはポケットを探り、複数鍵が下がったキーホルダーを取り出すと、“RANK-B”と記された部屋の扉の鍵を開けた。エトワスは、グラウカが自分の机の引き出しの中からその鍵を取り出してレイシに渡すところを見ていたのだが、引き出しに鍵は掛かっておらず、扉の鍵にはマジックで直接“B”と大きく記されていて何処の鍵か一目瞭然だった。

「ランクBの部屋には鍵を掛けてあるのか?」

きっと逃げ出さない様にだろう。エトワスはそう考えていたが、レイシの答えは少し違っていた。

「迷子にならないように、あと、安全のためだよ。前は鍵を掛けてなかったんだけど、ある日を境に“探検ごっこ”とか“冒険”とか言って、しょっちゅう勝手に出歩くようになっちゃってさ。探すのが大変だってファイターから苦情が来たんだよ。それに、もし非常階段に出たりして落ちてしまったら危ないからね。鍵を掛ける事になったんだ。本人もそれは理解してて、部屋を出たい時はちゃんと言うように言い聞かせてあるよ」

そう言いながらレイシは扉を開けた。


「起きてるかな?」

「あ、レイシさんだー!」

明るく弾んだ声がして、水色の髪の少女が駆け寄って来た。間違いなく、彼女はアクアだろう。親から引き離され知らない国に拉致されて閉じ込められ、怖がって泣いているのではないかと予想していたが、非常に元気そうだった。

「?」

初対面のエトワスの姿に気付き、不思議そうな顔をして見上げている。

「こんにちは。僕はレイシ達と同じ研究員になったばかりのジェイドっていうんだ。君は?」

エトワスが床に膝を着き目線の高さを合わせてそう尋ねると、アクアははにかんだ様に笑顔を見せた。

「私は、アクア。水の種族のしそんだよ」

「へえ、アクアは水の種族なのか。だから、そんなに綺麗な海の色の髪と目をしてるんだね」

エトワスがそう言ってニッコリ笑うと、アクアは嬉しそうに瞳を輝かせ、その場でピョンピョン跳ねた。エトワスは瞬時に幼い少女の心を掴んだようだ。

「ジェイドさん、一緒に遊ぼ?」

エトワスは立ち上がり、レイシの顔を見る。

「あー……ちょっとなら、いいよ」

レイシが笑って答えると、アクアは嬉しそうに部屋の隅に駆けて行き、おもちゃの入った箱をゴソゴソと漁ると、中から大きなガラスのビーズが付いたカチューシャを取り出して自分の頭に着けて近くまで戻って来た。

「あのね、私はお姫様!ジェイドさんは王子様。レイシさんは下僕ね!」

「げ、げぼく?」

レイシが、ひきつった笑いを浮かべている。

「下僕より、執事の方がカッコイイかもしれないよ?」

エトワスが笑って言うと、アクアは首を傾げた。

「ひつじ?」

「お姫様のお世話をするお仕事をしてくれる人の事だよ。色んな事を知ってて、何でも出来て、とっても頼りになるんだ」

エトワスの説明にアクアは満足した様だった。

「じゃ、その人でいいよ!」

「立場的には大差ないんじゃ……」

ぼやくレイシに、エトワスは苦笑いを返す。本当は、ランクBや水の種族についての話を色々と聞きたかったのだが、アクアと仲良くなっていた方が連れ出す時にスムーズにいくだろうと考え、アクアのお姫様ごっこに付き合う事にした。

「それでは、改めまして」

と、エトワスは、軽く咳払いしてから、慣れた仕草で胸に片手を当て改めて床に片膝を着いた。

「僕はジェイドと申します。遠い遠い王国からやって来ました。初めまして、可愛い海のお姫様。これからどうぞよろしくお願いします」

エトワスが笑顔でそう言うと、アクアは目を丸くして聞いていたが、嬉しそうに笑顔になった。

「よろしくお願いします、王子様。あ、私のお友達も紹介するね!」

そう言って、アクアは部屋の隅に置かれたベッドまで走って行くと、ぬいぐるみを手に戻って来た。それはサメのぬいぐるみだった。可愛らしい形をして水玉模様なので、肉食ではないタイプのサメだ。

「この子はサメさんで、ウミっていう女の子なの」

「こんにちは、ウミちゃん」

エトワスは笑顔でサメのぬいぐるみに挨拶する。

「ねえ、王子様、私、ぶとうかいごっこがしたい」

アクアは、目をキラキラさせてそう言った。

「舞踏会?って、ダンスって事?」

立ち上がったエトワスは、目を瞬かせる。

「良かったな。この間はヒトデさんごっこだったよ」

レイシが遠い目をしてエトワスの背後でボソリと言う。

「ヒトデさんごっこ?」

「ひたすら床を這いまわるんだ……」

「……(匍匐(ほふく)前進(ぜんしん)ごっこみたいなもんか?)」

「ヒトデさんごっこもスッゴク楽しいけど、ジェイドさんは王子様だもん!ヒトデさんって感じじゃないよ」

アクアがキリっとした表情で言う。

「え、じゃあ僕は、ヒトデさんって感じって事?」

レイシが再び遠い目になっているため、エトワスは苦笑いしていた。

「ぶとうかい、ぶとうかい!」

と、アクアはエトワスに向かい両手を伸ばす。貴族として生まれた身なのでダンスは出来るが、幼い少女の要望に応えるかどうか迷った。レイシに素性を疑われる様な事になると困る。

「ひつじさんは歌って!」

「えー?いきなり言われてもなぁ」

レイシは困った様に声を上げたが、やけくそといった調子で大きな声で歌い始めた。ヴィドール語の歌なのか何を言っているのかエトワスには全く分からなかったが、歌は意外と上手かった。

「それじゃあ、お手を」

レイシは一生懸命歌い、アクアは未だに手を伸ばしているため、エトワスは迷った末にアクアに手を差し出した。アクアは嬉々としてその手を握ると、楽しそうに声を上げて、ケラケラと笑いながらクルクル回り始める。歌と全く合っていなかったが、これならリードなどする必要もない。エトワスはホッとして、回るアクアにただ合わせていた。


「ああ、アクア。そろそろ、僕達は行かないと。お仕事中だから」

一曲歌い終えたレイシが言う。

「えー、もう行っちゃうの?」

と、残念そうにアクアは言った。

「ごめんね、アクア。でも、また会えるから」

エトワスがそう言うと、アクアは「分かった」と素直に頷いた。

「じゃあ、今度は、ルシフェルとラファエルさんも一緒に遊びたいな」

アクアの言葉に、レイシは引き攣った笑いを浮かべていた。


「なあ、レイシ。あの子の親は何処にいるんだ?あんな小さい子が実験体になる事を了承してるのか?」

アクアの部屋を出ると、その答えは知っていたが、エトワスは早速尋ねていた。

「あの子は、どこか南の島の子だって聞いてるよ。元々、水の種族の伝説がある島らしいんだけど、あの子の親とあの子本人に丁寧に事情を話して、協力して貰える事になったんだって聞いてる」

島の子供という事に関しては、嘘は吐いていなかった。

「それは、グラウカさんが?」

「そう。毎回、外国に行く時はグラウカさんは必ず行くんだ。僕達は、交代で付いて行ったり行かなかったり。今後はジェイドも外国に行く機会があると思うよ。ヴィドールとは全然違う国にも行ったりするから、楽しいよ」

そう話すレイシは、笑顔で真っ直ぐエトワスの目を見て話していて、アクアの事を誤魔化そうとしている様には見えない。

「じゃあ、ランクAの方も、本人の了承を得て協力して貰ってるのか?」

「そうだよ。ランクAはリーマって村の出身なんだ。リーマは知ってる?」

聞き覚えのある単語に、エトワスは軽く目を見開いた。

「もしかして、砂漠の村の事か?村全体で闇の神を信仰してるっていう」

そう答えたエトワスは、サラに聞いた話を思い出していた。確か彼女は“20年以上前にも、子供が一人センタービルに連れて行かれた”と言っていた。その子供がランクAなのだろうか。

「有名な噂だから知ってるよね。そう、そのリーマだよ。今から22年前かな。グラウカさんに聞いた話だけど、元々滅んだ三種族に興味のあったグラウカさんとドグーさんが二人してその村を調べに行ったらしいんだ。そこでランクAを見付けたんだって。その頃まだ小さな子供だったランクAは、両親はいなくてお婆さんと暮らしてたらしいんだけど、そのお婆さんが“地底の種族の力を引き出してくれるなら”って喜んでグラウカさん達にランクAを預けたって聞いてるよ。ランクA本人もそれを嫌がらなかったし、村の人達もその子が“神”になるって大喜びだったって」

「そういう村なら、あり得るかもな……」

やはりレイシは嘘を吐いている様には見えなかった。

「うん。当時、この聖域には今みたいな部署はなくて、普通の砂漠の魔物を研究する施設だったらしいんだけど、地底の種族の血を引くランクAと、地底の種族について詳しく書かれた村に伝わる貴重な文献を見付けた事で、今みたいな二つの部署が出来たんだって」

「貴重な文献って?」

「さっき地底の種族が持つ容姿の特徴とか、力について話しただろ?魔物を自由に操るとか、血の力で命令する事が出来るとか。そういった事が、全部その本に記されてたらしいよ」

「そうだったのか……」

「じゃあ、次は、CDE担当の人達がいる地下の方に行ってみようか?」

「ああ、何か楽しみだな」

と、エトワスが笑顔を作り返事をすると、レイシは苦笑いした。

「凄いところだけど、不気味なところだよ」


 エレベーターホール迄行くと、二人は早速空のエレベーターに乗り込んだ。

「面倒なんだけどさ、地下に行くには一度6階まで行って、6階にある専用のエレベーターに乗り換えなきゃいけないんだ。まあ、階段ならそのまま普通に下りてけば行けるけどね。6階は闘技場があるフロアだよ。ファイターに魔物やドールと戦って貰って、色んなデータを採る場所なんだ」

エレベーターの中には彼らしかいなかったため、エトワスは話を戻す事にした。

「実験体の話だけど。じゃあ、ランクXは何処の出身なんだ?アクアみたいにどこか外国から連れてきたのか?」

ランクXについては、エトワスは“グラウカの弟”だという話はまだ聞いていないため、レイシはそう説明するだろうと予想していた。

「ああ、彼はさ。複雑なんだよな……」

と、言いにくそうに言葉を濁して目を逸らすと、困った様にレイシは眉を下げた。


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