18がらくたの街 ~接触5~
RANK-Xの部屋を出たエトワスは、レイシと共に研究員専用の食堂に行って食事を済ませると、そのままレイシの案内で研究員達の住居となっているフロアへと案内されていた。通常、研究員は試験を受け採用が確定しても、その当日からビル内で生活し始める事はなく、後日改めて引っ越して来るという形を取るものらしかったが、空いている部屋は複数あるという事だったので、もうこの日から入居させて貰う事にした。
「本当に、僕は帰ってもいいのかな?」
そこには沢山の個室が並んでいて、1部屋につきベッドと机、収納棚があるだけの狭い部屋になっていた。ファセリア帝国の学生寮で言うと個人スペースだけが1部屋になった様なもので、部屋の中に浴室やトイレはなく、フロアに共同で利用するシャワールームやトイレ、給湯室があった。家族向けの部屋ではないため、そのフロアで生活しているのは独身者の一部のみで、他の研究員達は忙しすぎて帰宅できない時のみ宿のように空き室を借りて使用しているとの事だった。レイシも独身だったがそのフロアでは生活せず、実家はラビシュ北の沿岸にある少し離れた町という事で、センタービル近くに部屋を借りていてそこから出勤しているらしい。
「僕が借りてるとこに空き室があるから、よければ大家さんに話して紹介するよ?」
心配している様子でレイシが言う。
「いや、経済的に余裕がないから、こっちの方が助かるんだ」
と、実家は大きな城で、ウルセオリナ領内の湖の畔に個人の別邸(城)も所持している次期公爵エトワスが言う。そのフロアの個室の使用料は格安で、給料から自動的に引かれるという事だった。
「そうか。でもさ、今日採用されたばかりで筆記用具くらいしか持って来てないんだよね?生活に必要な物はどうするの?」
エトワスは港町ジャスパの出身という事になっていて、今回はラビシュ内の宿に少し前から滞在し、その宿から直接試験を受けに来たと説明している。
「ラビシュに知り合いの家があって私物を少し預けてあるから、休みの日に取りに行くよ。あと、下の売店に色々売ってるみたいだから、足りない物はそこで揃えるつもりだ」
そう適当な嘘を吐く。ファイター達はビル内に住んでいるため、飲食物はもちろん、生活雑貨や衛生用品、衣類、靴なども売店に売っているようだった。しかし、そもそもエトワスに長期間滞在する気はない。
「じゃあさ、一時的にでも僕の借りてる部屋に来る?ここよりはずっと広いから余裕でもう一つ簡易ベッドとかも置けるし、バスルームもトイレもキッチンも付いてるよ」
純粋に心配してくれているレイシの親切な言葉に、ディートハルトを酷い目に遭わせたヴィドール人の一人だとはいえ、エトワスは少し申し訳なくなってきた。
“RANK-X”の部屋を出てからもずっと、レイシは何かと話し掛けて来ていたが、“ラファエル”の事が気になり、正直鬱陶しく思っていた。もちろん、ラファエルの事も含めて情報を引き出せる相手なので積極的に話を聞くべきだという事は分かっているのだが、今はその気になれず、彼についての話も敢えて聞いてはいなかった。ディートハルトに一体何をしたのか……そう考えると、少なくともまだ今は、無関係な他人を装い冷静に話題にする自信がなかったからだ。
「……ありがとう。でも、大丈夫だよ。寝泊りするだけの場所だから」
レイシの誘いを受ければ、いつでも彼からヴィドールに関する話を色々と聞けるかもしれないし、利用する事も出来るかもしれない。そう考え少し迷ったが、ラファエルの傍を離れる訳にはいかないため、やはりビル内に留まる事にした。
「分かった。じゃあ、僕は帰るね。あ、このフロアでは、別の部署のドグーさんって人も生活してるんだけど、ちょっと怖いおじさんだから気を付けてね。見たらすぐ分かると思うけど、髪と髭を伸ばしたモッサモサの人だよ」
「ああ、分かった。ありがとう」
と、いつまでも気になっている様子のレイシに思わず笑ってしまいながらエトワスは礼を言い、やっと帰宅するレイシと共にエレベーターに乗った。2階に下りるためだ。
2階には先程話題に出た売店や、椅子やテーブル、ベンチが置かれた広い休憩スペースがある。その下の1階には喫茶店があり、そこでテイクアウトも出来るため、昼間は1階の喫茶店でテイクアウトした飲み物や軽食を持ち、2階の休憩スペースで飲食している者も多いという事だった。
「じゃあ、また明日」
「ああ、色々ありがとう」
レイシと別れエレベーターを2階で下りたエトワスは、休憩スペースに足を向けた。
「お!」
と、椅子に座ってノンビリしていた二人組が、エトワスに気付いて手を上げる。翠とフレッドだった。この時間に約束していた訳ではなく、昼間会えなかったので念のためもう一度来てみたのだが、二人の方も同じように考えていたようだ。
「まさか、ダメだったんじゃねえよなって心配してたんだぞ。でも、流石だな」
と、フレッドが笑ってエトワスの腕を軽く小突く。近くの売店にはチラホラ客がいたが、休憩スペースには他に人の姿はなかった。
「昼間は待たせて悪かったな。不正を防ぐためって事で移動範囲が制限されて、他の階に行けなかったんだ」
友人達の顔を見て何だかほっとしつつそう言うと、翠がポンポンとエトワスの肩を叩く。
「そうだと思ってたから、問題ないよ」
「ノンビリ喋ってただけだしな」
席を立った二人と共に、話しながら外の非常階段の方へ行く。昼間、待ち合わせをしていた場所だ。そこならビル内よりも見晴らしがよく、周囲に人の姿がない事を容易に確認できるため聞かれたくない話が出来るからだ。
「こっちの試験の対戦相手は、Vゴーストだったよ」
金属製の扉が閉まると、翠が早速そう言った。
「それじゃ、武器無しで相手するのは大変だったろ」
「それが、向こうで戦った奴とはちょっと違っててさ、形は同じなんだけど色が灰色で、動きがちょっと鈍かったんだ。あと、術みたいな力も使ってこなくて、殴る蹴るって基本的な戦い方でさ。だから割と楽勝だったよ」
「あと、Vゴーストはこっちでは“ドール”って呼ばれてるみたいだ」
翠とフレッドが報告する。
「ドールか……。ここの研究施設内の何処で、どうやって作っているのかを調べないとな」
“何処で”に関しては、レイシが簡単に教えてくれそうだとエトワスは考えていた。
「ああ。それとさ……」
フレッドが翠に視線を向けると、翠が頷いた。
「このすぐ上の階にファイター専用の食堂があるんだけど、昼間そこに行ったらフレイクっぽい奴がいたんだ」
フレッドの言葉に、エトワスがハッとする。
「“っぽい奴”っていうのは?」
「ファイターの恰好をしてて、どう見ても、見た目も声もフレイクなのに、喋り方も性格も違ってて、名前が“ラファエル”っていうんだ」
フレッドの言葉を聞き、エトワスは僅かに眉を顰めた。
「耳に、“RANK-X”って書かれたイヤーカフをつけてなかったか?」
「付けてた。もしかして、会ったのか?」
「ああ。俺も偶然会った」
エトワスは眉を顰めたまま頷いた。
「それで?やっぱ、本人じゃなかったのか?」
「俺はディートハルトだと確信してるけど、証明は出来ない。二人が会った時はどんなだった?」
エトワスに尋ね返され、フレッドに代わり今度は翠が食堂であった事を話して聞かせた。
「兄さんって?」
エトワスが怪訝な顔をする。そう言えば、エトワスが会った時にもラファエルの口から何度か“兄さん”という言葉が出て来ていた。
「グラウカって奴の事らしいよ。隣に座ってたファイターが色々教えてくれたんだけど、名前はシヨウだったかな?そいつが言うには、ラファエルは研究員のリーダー、グラウカの弟で、母親と一緒に事故に遭って、母親の方は死んじゃって遺されたラファエルの方は記憶を失ってたもんだから、兄貴のグラウカがこの施設に引き取ったと。で、たまたま、ラファエルが絶滅した種族の血をちょっと引いてるかもしんないって事が分かったから、兄貴たちの研究に協力してんだって。でも、その話をシヨウらファイターは誰も信じちゃいないんだってさ。研究員の奴らがどっかから攫って来たんだって断言してた」
翠の言葉にフレッドが付け足す。
「シヨウって、いい奴だったよな。“気弱なガキをオモチャにしてて、あんまいい気はしない”って言ってた」
「そうか……」
腕組みをしたエトワスが、小さく呟く。
「グラウカって奴、いた?ラファエル君に似てたりするの?」
「会って話した。俺が所属する事になったチームのリーダーだよ。全然似ていないし、兄というより父親くらいの年齢の男だ」
エトワスの言葉に、翠とフレッドが苦笑いする。
「それじゃ、余計ファイター達は信じないかもね。ま、そうじゃなくても、ラファエル君についても、見た目がそっくりな他人ってのはいそうだけどさ、ピアスの数4つ、そのピアスもディー君と同じ物ってなると、似てるだけの他人って確率はかなり低くなるよね」
「そうだよな」
エトワスが少し翳った表情で頷く。
「それじゃ、見付かったって事だし、何より無事だったんだから良かったよな」
明るく言うフレッドの言葉に、翠が同意する。
「だね。別れた時は、具合悪そうでフラフラだったけど、今はそんな風にも見えなかったし、話し掛ければ反応するしメシも食ってたし。ひとまず安心したよ」
「そうだな……」
「それで、そっちは何処でラファエル君と会ったの?」
翠に尋ねられ、エトワスは研究員のスタッフルームであった出来事から話し始めた。
「俺がラファエルと会ったのは、彼の部屋、“RANK-X”の部屋だ。試験が終わって採用されてすぐ……17時過ぎだったと思うけど……」
と、薬を持って行く事になった経緯を話す。
「その実験体は暴れるからって、グラウカが麻酔を取り出して見せたし、その前の実験体についての説明ではAからEまでしかいないって聞いてたから、きっとランクも付けられないランク外の狂暴な魔物なんだろうって予想していたんだけど、その部屋にいた実験体がディートハルトそのままだったから驚いたよ」
そう話し、エトワスが溜息を吐く。
「ちょっと失敗してしまった……」
不思議そうに二人がエトワスを見る。
「すぐに、ディートハルトって呼んでしまった。絶対に見間違えるはずはないって思ったから。でも、二人の時と同じで、ラファエルは“何言ってるの?”って反応だった。『僕はラファエルだよ』って。それで、すぐに俺が持って行った薬を飲もうとしたから止めたんだ」
「その薬って、何なの?」
「毎日飲ませなきゃ暴れる薬で、精神安定剤だってあいつらは言ってた。果物と野菜をジュースにして、それにその精神安定剤って白い粉を入れだものだ。ラファエルが、『飲まなきゃ怒られる』って言うから、『飲んだことにしておけばいい』って、その薬は全部蒸発させた」
「蒸発って、術で?」
「ああ」
翠の言葉にエトワスが頷く。
「それじゃ、薬を飲まなかったせいで、その後暴れたとか?」
今度はフレッドがそう言い、エトワスは首を横に振った。
「いや、全く。俺は、毎日飲ませてるらしいその薬が怪しいって思ったんだ。精神安定剤なんて言ってラファエルには“飲まなきゃ具合が悪くなる”って説明してるみたいだけど、その薬でディートハルトの記憶を混濁させていて、新しい偽の記憶を吹き込んで、あいつらの言う事を聞かせてるんじゃないかって」
「だとしたら、酷いな」
フレッドが眉を顰める。
「でも、その可能性はあるかもね。飲まなきゃ暴れるってんなら、飲まないと本来のディー君の記憶が戻るから、抵抗するって事なのかも」
「俺もそう考えた。だから、彼にそう話したんだ。その薬は、飲まなきゃ具合が悪くなるんじゃなくて、逆に飲むと具合が悪くなる薬なんだ、って。そして、ラファエルは研究員達に騙されてるから、彼らの言う事を信用したらいけないし、彼らが持ってきた薬も今後絶対に飲むなって。ラファエルは、キョトンとしてたよ」
そう言って、エトワスが再び小さく溜息を吐く。
「俺は、ディートハルトだと思って接してしまったけど、ラファエルにとっては初対面の相手だから、不審者だって思ったかもしれない」
「それで、“失敗”ね」
翠が苦笑いする。
「確かに、変な事を言う人だって思われて、ラファエル君の口から、エトワスが話した事とかが他の研究員の耳に入ったらマズイよね……」
ラファエルに悪気はなく、“こんな事言われたよ”くらいのノリで話されてしまうかもしれない。そうなれば、当然エトワスは何者かと警戒されるだろう。ただのお節介な新入りだと思われてクビになる程度ならまだマシだ。
「冷静に対応出来なかった。初日でいきなり、すまない」
エトワスは落ち込み気味だ。
「まあでも、仕方ないよ。とにかくディー君が心配で、自分の立場が危うくなるかもなんて考えられなかったって事だろ。オレも、“ラファエル”君と会った時に周りに誰もいなかったら、エトワスと同じ事言ってたかもだし」
慰める様に翠が言う。
「もし、グラウカ達の耳に入ったら、“ランクXは魔物だと思ってたから、予想外に人間だったのでつい可哀相になってしまった”とかなんとか言って誤魔化すつもりだけど、不審を抱かれたら俺は離脱するから、後はよろしく頼む」
と、エトワスは半ば自嘲気味に薄く笑う。
「その話、17時過ぎって言ってたから、まだ2時間くらいしか経ってないよな?」
フレッドが腕時計を確認して言う。現在の時刻は19時13分だった。
「え?ああ、そうだな」
「もう研究員はみんな帰宅したか、ビル内の部屋に戻ってんだよな?それなら、もしラファエルが誰かに話すにしても、今はまだ誰の耳にも入ってない可能性が高いよな?だったら、今から俺とキサラギで、ラファエルのとこに行ってみないか?ほら、ラッキーな事にラファエルは実験体だけどファイターでもある訳じゃん?だから、俺達は新入りだから仲良くなりたくて遊びに来たとか言ってさ。で、さりげなくエトワスの事を口止めしてくるよ」
フレッドの提案に、翠が「それ、いいかも」と頷いた。
「じゃ、早速行くからラファエル君の部屋の場所教えて?あと、どこに行けばお前に会えるのかも。結果を報告しに行くから」
「ラファエルの部屋は7階だ。階段のすぐ近くの部屋で、“RANK-X”って表示があるからすぐ分かると思う。俺の部屋は10階の端の部屋だよ。隣が給湯室になってる」
エトワスが答えると、翠はウインクして見せた。
「オッケー。じゃ、ま、頑張ってみるから。オレらに期待してて」
「ああ、心配すんな。それじゃ、後でな」
フレッドもそう言って、エトワスの腕をポンと叩く。
「すまない。よろしく頼む」
2人はエトワスを非常階段に残し、すぐに建物内に戻っていった。
「え?僕に?くれるの?」
翠に差し出されたチョコバーに、ラファエルが目を丸くする。相手がディートハルトなら良い印象を抱くに違いない、そう考えて2階の売店で買って来たばかりのものだった。
「そう。お土産。ささやかだけど、同僚且つお友達として、これからどうぞよろしくお願いしますって気持ちです」
初対面に与えた印象がいまいちだったため、挽回しようと翠がニッコリ笑顔で言うと、ラファエルはポカンとしていた。今まで眠っていたところに突然来客があり、まだ少し眠くてぼんやりしているようだ。
「お友達……」
その言葉に、何故か違和感は抱かない。そして、ラファエルは、少し前にこの部屋を訪れた研究員の言葉も思い出していた。
『ジェイドさんも、“友達だ”って言ってたな……』
そう思うと、何だか心がジワリと温かくなって嬉しくなった。
「今日は、何か、初めてのお客さんがいっぱい来るな……」
ラファエルがポツリと呟くと、翠とフレッドはチラリと視線を合わせた。この部屋に来るまでの間に、ラファエルにどう話すかは細かく話し合って決めていた。
「初めてのお客さんって、俺達以外にも誰か来たのかな?」
フレッドも警戒心を抱かせないよう優しい口調で尋ねるが、逆に怪しい。
「うん。いつもの薬を持って来てくれたのが、新人の研究員だったんだ」
「へえ。オレら以外にも新人さんがいたんだね。どんな人だった?」
まずは、ラファエルの抱いているエトワスへの印象を探る事にしていた。
「茶色の髪と目をした、背の高い、スゴクかっこいい人だった」
翠の質問に、ラファエルは外見の特徴を答えている。
「あーなるほどーイケメンだったんだー」
翠がにやけない様に口元に力を入れて真顔を作り、さらに尋ねた。
「じゃあさ、ラファエル君から見て良い印象だったんだね?」
「優しい人だったよ。手品を見せてくれたんだ」
と、今度は少し楽しそうに表情を明るくして話す。
『いや、それ、手品じゃねえから』
と二人は思いつつ、質問を続ける。
「へえ、すごいね!手品って、どんな?」
そう翠が尋ねると、ラファエルは、ハッとして視線を逸らした。
「……よくある奴だよ。コインを消す奴」
「コイン?」
「そう!あと、ハンカチの色を変えたり……」
翠とフレッドが無言のため、ラファエルは慌てて付け加えた。
「赤いのを黄色に……」
二人がエトワスに聞いた話では、手品など披露していないはずだ。E・K達が使う様々な術のうち火属性のものを応用して熱を発生させ、薬の入った飲み物を蒸発させただけだ。そして、多分エトワスはそんな派手な色のハンカチは持っていない。
ラファエルが嘘を吐いたのは、自分が薬を飲んでいない事を隠すためかもしれない。そうでなければ、エトワスを庇っているという事になる。
「これ、食べていい?」
話を逸らしたいのか、それとも単純に食べたいだけなのか、ラファエルはそう尋ねた。
「もちろん」
翠の言葉を聞くと、早速ラファエルはチョコバーを開封して小さく一口だけ齧った。
「その新人研究員は楽しい人なんだな。でも、シヨウに聞いたけど、研究員ってラファエルに意地悪する嫌な奴ばっかなんだろ?その新人研究員、ちょっと胡散臭くないか?」
フレッドは、わざとそう言っていた。ラファエルの反応を見るためだ。肯定するか、否定するのか。否定するなら、グラウカ達に悪い様には話さないだろう。しかし、肯定した場合は、何とか上手く話してその印象を良い物に変えなければならない。
「確かにちょっと怪しい感じだよね」
翠も頷いて見せる。
「兄さん達は厳しいけど……でもそれは、仕事だからなんだと思う」
と、俯いてラファエルは答えた。
「でも、ジェイドさんはいい人だよ!」
そう言って、ラファエルは顔を上げた。
「会ったばかりだけど、分かる。何でか分からないけど、僕は知ってる。他の研究員の人とは違う本当に優しい人なんだ」
ラファエルの言葉に、フレッドと翠は顔を見合わせた。
「何か親切にして貰ったとか?」
翠が尋ねる。エトワスが彼に言った事を話すかどうか、試していた。
「別の研究員の人が来て呼んだからすぐ帰っちゃったし、少しお喋りしただけだけど……」
と、ラファエルは少し考える。
「ジェイドさんの声が好きだな……」
何故か、彼の声を聞くととてもほっとして、心が癒されていた。
「あー、あれか。いわゆるイケボって奴?」
翠の言葉にフレッドが笑う。確かに、エトワスは見た目に合う涼やかな声をしている。そう思っていた。
「何か、懐かしいって言うと変だけど……初めて聞いた時、何だか嬉しかったし安心したんだ」
ラファエルの言葉に、翠とフレッドは再び顔を見合わせる。
「懐かしいって事は、実は元々知り合いだったとか?」
フレッドが確認すると、ラファエルは首を傾げた。
「……ここに来る前の事は何も覚えてないんだ。僕は事故にあったみたいで。でも、ジェイドさんは、怪しい人なんかじゃないよ。絶対」
ラファエルはそう言い切って、そのまましばらく話を続けても、結局エトワスが何を話したか一言も言わなかった。どういう理由か迄は分からないが、彼を庇っていた。これなら、他の研究員にも話さない可能性が高い。
「そっか。それなら良かった。研究員の中に優しい人が来てくれて良かったね」
フレッドとチラリと顔を見合わせ、翠が言う。
ひとまず今日は、撤収しても大丈夫だろう。そう思っていた。
「じゃあ、オレらはそろそろ帰ろうかな。長居したら悪いし」
「そうだな。じゃ、改めて、これからよろしくな」
「あ、チョコ食ったんだから、ちゃんと寝る前にハミガキしなよ」
笑顔でそう言って、二人はラファエルの部屋を後にした。