15がらくたの街 ~接触2~
サラが用意した馬車……ではなく“フンコロガシ”が引く虫車でエトワス達がヴィドール大陸の中心都市ラビシュに着いたのは、ジャスパを発った二週間後の太陽が少し傾き始めた頃のことだった。途中の町や村での休憩を挟み、数度にわたる魔物との戦闘もこなし、ようやく辿り着いていた。
全員が虫車を下りると、御者は『ご利用ありがとうございました。それじゃあ、お疲れ様でした。皆さん、お気をつけて!』と笑顔で手を振りマルコロと共に去って行った。
そこは、町の西外れだった。周囲には民家らしき建物が密集していて、細い路地では子供達が楽し気に声を上げて遊び、それを見守る様に老人たちが民家前に置かれたベンチに腰を下ろして談笑している。現れた虫車に少し驚いていたが、大きなマルコロに驚いた訳ではなく車の数に驚いていたようだった。そして、虫車を下りた一行を目にしても気にする様子は無かった。全員がジャスパで調達した外套を身に着けていたからだろう。
「流石に疲れたわよね。少し、ここで待ってて貰えるかしら?」
そう言ってサラが一行を待たせて一人で入って行ったのは、周囲の建物よりは大きい何かの施設の様だった。民家と同じようにレンガ造りで、平たい屋根の上に、煙突の様にも見える外気と屋内の空気を入れ替えるための通気口のような装置が複数立っているというのも同じだったが、周辺の建物とは違い壁には白い漆喰が塗られ、入り口やその周辺の壁に目立つ装飾が施されていた。そのレリーフは、植物の紋様のようにも見えたが鳥の翼の様にも見えた。
「あれが、“センタービル”なんだろうね」
サラの入った建物とは別の方向を見ていた翠が言う。今彼らがいる場所には平和で穏やかな風景が広がっていたが、町のほぼ中心に一つだけ高い建物が立っていて、そこだけが異質な雰囲気だった。
「だろうな。良かったな。探す手間が省けた」
隣に立ち同じ方向を見ていたエトワスが、口元だけ小さく笑みの形にする。
「やっと辿り着いた、って感じだね」
「ああ。これからが本番だけどな」
「だな……」
問題が起こる事無くなるべくサクッと簡単に任務を達成できたらいいなぁと、翠がぼんやり考えていると、背後で明るい声が響いた。
「お待たせっ!ここは教会なんだけど、私の父が祭司をやってるの。今回皆さんがラビシュに来た目的を伝えて協力して貰える事になったから、遠慮なく入ってちょうだい」
戻って来たサラが、笑顔でそう伝えた。
「センタービルの人間がやってる事に以前から強く反対してる人だから、安心していいわ」
サラの言葉に、ファセリア人達は少し戸惑った様子でエトワスに視線を向ける。
「協力というのは?」
仲間達の視線を受けエトワスが尋ねると、サラはニコリと笑って見せた。
「皆さんがこれから何をするにしても、ひとまず活動拠点が必要でしょ?皆さんに、食事付きで寝泊りできる場所を提供するわ」
ファセリア人達は戸惑う様に顔を見合わせる。ラリマーの時は、まだ“ブルネット達を救った”事に対しての礼だという事だったので、世話になる事に納得できたが、少し前に会ったばかりのサラとその父親が手を貸してくれるというのは、純粋な善意ではあるのだろうが完全に信用しきる事もできなかった。
「長く滞在出来る宿を探すのは大変だぞ。世話になろう」
エトワスにそう言ったのはブルネットだった。エトワスの目を見て、『サラなら大丈夫だ』と、視線で訴え軽く頷いて見せる。サラはまだ分からない部分の方が大きいが、ブルネットは信頼出来ると分かっているため、エトワスは彼女を信じる事にした。
「……そうだな。よろしく頼む」
「ええ。さあ、どうぞ!」
笑顔のサラに促され、低いレンガの塀で囲まれた施設の敷地内に入り、そのまま正面の建物に入る。
中は意外に涼しく、椅子が並んだ天井の高い広い部屋が一つだけという造りで、正面に鮮やかなガラスの嵌った窓が一つだけあり、その下に白い大きな有翼の人の像が置かれていた。サラや医師のルーサーに聞いていた話から予想すると、光の神を信仰する宗教の教会の様だった。
「光の神の教会なのよ。私の実家なの。そして、こちらは私の父」
神らしき像の前に、裾の長い淡い緑色の服を着た男性が立っていた。サラは黒い髪と瞳をしていたが、父親は赤みを帯びた茶色の髪と目に褐色の肌をした非常に体格が良い人物で、祭司というよりも筋力を使う職種に就いていそうな風貌をしていた。長袖を肘の辺りまで曲げているため太い腕が露わになっているせいか、剣等の武器を握っていても違和感はなく、むしろ、武器なしで自らの拳で戦えそうだった。
「サンヨウといいます。娘に話は聞きました」
そう言って、サンヨウは白い歯を見せ一同を見回した。誰が代表かと戸惑っている様子だったため、皆がエトワスの方を向く。その視線に、エトワスが一歩前に踏み出た。
「エトワスです。突然大勢で押しかけて申し訳ありません」
「いやいや、気になさらず。それでは、早速、具体的に何をお手伝い出来るか考えますので、もう少し詳しくお話を聞かせて貰えますか?」
「やだ、父さん。私の説明じゃ不足なの?」
そう言って、サラが笑いながら父親の腕に自分の腕を絡めている。非常に仲の良い親子だった。
「そうじゃないが、活動拠点を提供する以外にも出来る事があるんじゃないかと思ったんだよ。どうぞ、どこでもお好きな席にお座りください」
サンヨウは沢山並んだ椅子を指し示し、サラは父親から離れると機嫌よさげな笑顔のまま、奥の部屋へと姿を消した。
エトワスは近くにあった椅子に座り、翠とフレッドはその隣に、I・KとE・K達は一つ後ろの列に、ブルネットはルーサーやベラと3人並んでさらにその後ろの列に座った。最後に、サンヨウが部屋の隅にあった椅子を運んできて一同と向かい合う形で腰を下ろすと話し出した。
「サラに聞いた話では、皆さんは国外から来られた方々で、このヴィドールのセンタービルの学者達に仲間の方を拉致されてしまい、これから救出に向かう予定だとか」
「はい、その通りです」
サンヨウに視線を向けられ、エトワスが頷く。
「まったく、他所の国にまで迷惑を掛けるとは……」
眉間に皺を深く刻みサンヨウが低く呟いた。やはり、祭司というより戦闘員に見える。
「自分の国の者がそんな事をしているとは、非常に残念です。……センタービルには国にとって重要な研究所があるだけでなく、国の統治者であるガルガもよく訪れていて滞在する事も多いといいます。その様な場所なので、国民も近付けず関係者以外入れる場所ではありませんが、何か策はおありですか?」
ヴィドールの王ガルガは、名前だけはファセリア帝国にも伝わっていたが、どの様な人物なのかは謎に包まれている。
「いえ、それが、少し前にやっと捜している仲間がこの町のセンタービルに連れて行かれたらしいという事が分かり、すぐにこちらへ参ったばかりで、センタービルはもちろんこの町の事ですらどのようなところなのか分かっていません。そのため策についてはまだ何も。まずは、地元の方達に話を聞くなどして情報を集め、それから潜入する手段を考えるつもりでいます」
「そうですか……」
エトワスが答えると、サンヨウは筋肉の筋と血管が浮き出た太い腕を組んで何やら考え込んでいたが、しばらくすると顔を上げた。
「皆さんなかなか良い身体をしていて剣をお持ちですが、腕に覚えはおありですか?」
「はい。職業柄、戦闘には慣れています」
ボディビル大会の優勝者のような風貌のサンヨウに言われるのは少し辛いが……と思いつつ即答するエトワスの言葉に、サンヨウは「それは良かった!」と立ち上がった。
「ちょうど良いものがあります。少し、お待ちください」
そう言って足早に奥の部屋に向かい、ちょうど奥の部屋から戻って来たサラとすれ違った。
「父さん?」
サラは不思議そうに父親を振り返った後、お茶の乗ったトレーを石像近くの台に置いた。
「砂漠を越えてらしてお疲れでしょう?どうぞ。冷たいお茶ですよ」
と、サラと共に現れた姉妹の様によく似た華やかな女性が、お茶を配り始める。彼女はサラの母親だという事だった。
それぞれが礼を言って受け取って、ミントの様な爽やかな香りのするお茶で乾いた喉を潤していると、サンヨウが出て行った時と同じく早足で戻って来た。
「これなんですが、どうでしょう?」
と、持ってきた紙をエトワスに差し出した。彼の左右に座った翠とフレッドも覗き込む。
「これは……センタービルの出した求人広告」
それは、人材を募集する告知のビラだった。大陸間の公用語とヴィドール語で、センタービル内で働くファイターを15名程、研究員を若干名募集すると大きな字で書いてあり、その他にアルバイトとして、食堂スタッフ、清掃員、売店スタッフ等の様々な職種を募集すると少し小さな字で書いてあった。
「そうです。採用試験があるのですが、幸いまだ時間があって準備も出来ますし、いかがでしょう?募集されているファイターというのは、研究員が生み出している兵や魔物と試しに戦ってそのデータを提供するため、研究所で雇われている戦闘員です。国の兵とは違いますのでガルガの命令に従う等の義務はありません。実戦のみを担当する専門の人員です。研究員の方は私もよく分からないのですが、分かっている範囲では、遺跡を調査したり古代の文明や絶滅したとされる3種族について研究したり、兵や操れる魔物を作り出したりといった、神をも恐れぬ傲慢な事をやっている者達ですね」
最後の方は私情を交え、サンヨウが全員に伝わる様に説明してくれた。
「これなら、危険を冒して潜入しなくても正面から入れるかもしれないな」
エトワスが表情を明るくする。
「じゃ、ファイターに応募するって事だね」
翠が言うと、フレッドも頷いた。
「ちょっと俺たち楽勝かも?」
「出来れば、研究員になれたらいいんだけどな……」
エトワスはそう言って、後ろの列に座っているI・Kに広告を手渡した。順に見て貰うためだ。
「まあ、そうだよね。二人は研究員達に連れて行かれたんだし。しかも、色んな役に立つ情報をゲットできそうだしね。でも、試験がな~」
ファイターの採用試験は用意された魔物との戦闘のみらしいが、研究員は筆記試験と面接だった。
「試験科目は……、大陸間公用語と数学、生物、化学、小論文。あと、地理と物理が出来たら優遇って。ヴィドール国語と歴史がないからまだいいけど。どれくらいのレベルの物を求められるんだろ?」
クルリと振り返って、ちょうどリカルドが手にしていた広告を覗き込んだ翠が苦笑いしながらそう言うと、リカルドの隣の席に座っていた先輩I・Kが笑って言った。
「お前らは卒業したばっかで、まだ忘れるほど記憶は薄れてないだろ?」
「どうッスかねぇ。記憶というか、そもそもの知識量も問題ですし」
翠が他人事の様に笑う。
「不採用だったら、戦闘能力以外のI・Kのレベルはどうなんだろう?って話になるし、責任重大だよなぁ」
さらに他人事といった様子の先輩I・Kが笑う。
「エトワス君なら、どの教科も毎回試験はトップの成績だったからいけんじゃね?」
そう言って、翠がエトワスの方を見た。
「試験のレベルが分かればいいのよね?それなら、参考になりそうな物があると思うから、待ってて」
サラがそう言って、再び奥の部屋へと消えた。
「とりあえず、ファイターの方は全員通過できるだろうけど、全員採用されてしまったら自由に動けなくなる事と、正体がバレて捕らえられたり任務が失敗したりした時の事を考えて、センタービルには入らない待機班と、連絡要員として必要に応じて潜入して貰う班の3つに分けた方が良いだろうな」
エトワスが言う。
「ブルネットは、待機班でいいよな?」
ブルネットは商船の船乗りで元々戦闘等には慣れていないため、エトワスが言う。
「いや、アクアを連れ戻さなければならないから私も行く」
「心配いらない。散々世話になっているんだ。俺達がアクアも救出する」
エトワスの言葉に、ラリマーに滞在していたI・K達が頷いた。
「エトワス様の仰る通りだ。恩を返すためにも俺達が責任を持って連れてくるよ」
「……そうか。それなら、すまないがよろしく頼む。その代わり必要な事は何でもするから言ってくれ」
ブルネット自身も、いずれかの職種に応募する事はともかく“潜入”というものには正直自信がなかったため、ありがたくファセリア人達に任せる事にした。
「ああ、分かった」
そう頷き、エトワスは続いてライザに視線を向けた。
「ライザも、待機班に入ってくれ」
「え、何故です?」
ライザが少し不満そうに言う。
「俺の事が気になるだろ?」
「当たり前です!」
「だからだ」
「ライザさんは、エトワス様が心配すぎて小さなことまで何かと気になってしまうから、作戦を進めるのに無自覚に妨害してしまいかねないですからね」
E・Kのジルが、苦笑する様に小さく笑いながら言う。
「それは……。仰る通りですね。分かりました」
そう言ってライザは溜息を吐き、素直に引き下がった。
「オレらは?」
翠がエトワスに尋ねる。
「俺は、I・Kに命令する権限はないから。そっちで話し合って決めてくれ」
「いや、でもさ」
翠がそう言って、チラリと先輩I・Kに視線を向ける。
「ええ。この場では階級的にエトワス様が一番上ですし、同じ任務に携わっている状況ですのでご指示に従います」
I・Kのブランドンがそう言った。
「そうか。じゃあ、求人に応募したいと考えている者は?」
エトワスが尋ねると、同時に翠とフレッドが手を上げた。
「オレは、ファイターに応募する」
「俺も」
「分かった。そうしてくれ」
エトワスが頷く。
「私は、筆記試験に自信がありませんので研究員以外なら何でも。アルバイトなら自由が利きそうですし、そちらでも良いかと思っていますが、どの班でも構いません」
ブランドンが言うと、他のI・K達も同じだと答えた。
「そうだな……」
エトワスは、少し考えてI・K達に視線を向けた。
「翠とフレッド以外のI・Kは、それぞれタイミングをずらして面識のないフリをしてアルバイトに応募してくれ。さっき話した、連絡要員として必要に応じて潜入して貰う班という事になる。職種は任せるが、その職種で動ける範囲と集められる情報を考慮して選んだ方がいいだろうな。そして、採用された後は、無事に脱出するために必要な、内部の構造や働く者達の役割、人間関係、行動パターン等を把握して、一番最適な脱出ルートを考え後日皆に伝えて欲しい。拉致された二人の救出と脱出のタイミングは、それぞれの情報を交換してから決めよう。それと同時に、これは俺も含めて全員という事になるが、救出とは別のもう一つの任務を実行し可能な範囲で情報を集めてくれ。これについては、ビルの内部だけに限らない。その具体的な内容については、後で改めて話し合って決めよう」
“救出とは別のもう一つの任務”……ヴィドール国について探る事は、その場にヴィドール国人のサンヨウが留まっているため、具体的に話す事は敢えて避けていた。完全には信用していないからという事もあるが、救出についての話はともかく、外国人がこの国についての情報を集めようとしている話を目の前でされるのは、気分の良いものではないと判断したからだ。
「了解しました」
エトワスの言葉に、ブランドンを始めとするI・K達が立ち上がり敬礼する。
「そして……」
と、エトワスは、E・Kのジルとマリウスに視線を向けた。
「二人も、I・K達と同じ様に、何かアルバイトに応募してくれ。脱出ルートに関してはI・Kに任せるから、俺と翠、フレッドのサポートにまわって欲しい」
研究員にせよファイターにせよ、他のI・K達に比べると組織のより内部に入り込む事になるため、どんな事があるか分からないからだ。
「了解しました」
「は」
E・K2人も敬礼する。
「質問」
と、翠が手を上げた。
「何だ?」
「エトワスは、何に応募すんの?」
「試験の内容次第だけど、俺は第一志望は研究員で、ダメだったらファイターに応募しなおすつもりだ」
やはり二人に接触できる可能性が一番高いのは研究員であるため、試してみるつもりだった。
「潜入の手段については、決まったようですね。それでは私は、最初にお伝えした通り皆さんの活動拠点を提供しましょう。それと、試験に備えた準備も色々と必要ですね。そちらも私達にお任せください」
と、それまで黙って話を聞いていたサンヨウが言う。
「採用後は、ファイターと研究員は、センタービル内に個人の部屋があるらしいので、あちらで生活出来ますが、その他の職種の皆さんは出勤という形になるので、待機する方達と一緒にこちらを拠点にしてください。もし、一か所に集まらない方がよければ、この町のそれぞれ北と南、東にも光の神の教会は一つずつありますので、そちらにも滞在できるよう私が話しておきましょう」
「ありがとうございます」
「助かります」
エトワスとブルネットは、サンヨウに心から礼を言った。
こうして、しばらくの間全員で西の光の教会に滞在させて貰う事となった。ライザとブルネットはサラの部屋にお邪魔させて貰い、医師のルーサーと看護師のベラが一部屋を借り、残り11人のうちエトワス、翠、フレッドが同室で、さらに残りは4人ずつが同室となった。元々教会は何かあった際の避難所となっているため、空いている部屋があり寝具等も備えてあった。
「これだったら、いけんじゃね?」
本を捲っていた翠が、エトワスに笑いかける。それは、サラが持って来てくれた、ヴィドールの学生達が学んでいる教科書とセンタービルで行われる試験の過去問題集だった。教科書の方は自分が使っていたものらしい。その内容は、ファセリア帝国の学生達が学んでいるものと大差なかった。
「だったら、翠も研究員の方の試験を受けないか?」
そうすれば、最低どちらか一人が受かればいいという事になるからだ。
「え、いいよ。やっと、学力試験のない世界に出れたのに。っつーかさ、オレが研究員とか学者を志望しそうなタイプに見える?筆記で受かっても面接で落ちると思うよ?ああ、そうだ。リカルドなら受けてくれるかも?」
「まあ、リカルドなら試験自体は別に嫌がらないだろうけど……」
エトワスが苦笑い気味に言う。
「ああ~……。無事ディー君に接触出来たとしても、あの二人が喧嘩でもし始めたら作戦が失敗しかねないか」
「……」
「って、エトワス君?」
ぼんやりしているエトワスの顔を翠が覗き込む。
「ん?どうした?」
「いや、何急にボーっとしてんのかなと思って」
そう言いながら、翠は壁際に置かれた長椅子に座った。部屋にベッドが二つしかないためジャンケンをしたのだが、翠は負けたのでそこで寝る事になっている。フレッドは既にベッドに入って寝ていた。
「俺が?ボーっとしてたか?」
「してたね。流石にお疲れ?」
「いや、ディートハルトの声が聞きたいなって、考えてた」
「……そうだね」
翠も頷いた。からかおうという気にはならず、自分が最後にディートハルトの声を聞いた時の事を思い出していた。
「ロベリア王国の城下町って、港町だから観光客向けのお土産も海関係の物が多くて、いっぱい店が並んでんだけどさ……」
ふと思い出し、翠は話し出した。エトワスは、突然何の話だろう?と、振り返って話を聞いている。
「小さな瓶に入った”星の砂”も売ってたんだよ。あ、星の砂って知ってる?」
「ああ。実際に見た事はないけど、星の形をした砂で、砂っていうけど何か生き物なんだよな?」
「そうそう。詳しくはオレも知らねえけど、微生物的なのが死んだ奴?見た目が可愛いからってんで、人気があって売ってんだよね。でさ、その売り物に気付いたディー君がさ、“星の砂って何だろう?”って、“流れ星の欠片とかかな?”って言うんだよ。オレが、“死骸だ”って教えても“嘘吐け”つって信じなくてさ」
翠の話を聞き、エトワスが小さく笑う。
「ディートハルトらしいな」
「でしょ?ロベリア王国の海岸の砂は、どこでも全部星の砂なんだって思ったみたいで、実際に見に行ってみたい感じだったからさ、任務が終了して落ち着いたら一緒に行ってみなよ。ディー君、まだ学生だった時に海に行きたかったって言ってたじゃん?」
「そうだな、言ってた……」
再びエトワスが小さく笑う。
「早く迎えに行ってやんなきゃな。きっと、お前が無事で滅茶苦茶喜ぶよ」
「その前に、殴られるかもしれないな」
エトワスがそう笑うと、翠も笑った。
「確かに。言っとくけど、オレは止めねえからな」
「その時は、覚悟して殴られるよ」
二人が笑っていると、フレッドがムクリと体を起こした。
「ああ、悪い。起こしたな」
エトワスがそう言うと、フレッドはボーっとした顔で口を開いた。
「ロベリア王国に、星が落ちたって?」
「……いや、星の砂の話だよ」
「砂?流れ星が砕けた奴?」
「お。ここにもいた」
翠がハハと笑っている。
「南国の砂浜の砂なんだけど、星の形をしたものがあるらしいんだ。砂って言われてるけど微生物の死骸らしい」
エトワスが説明すると、フレッドは「……あ~」と言った。
「そう言えば、ロベリア王国の土産物屋に売ってたな。ただの商品名だと思ってたけど、ほんとに星の形した奴だったんだな。面白いな」
フレッドが思い出した様に言う。
「何?買えば良かったって話?」
「いや、ディー君も気になったみたいで、星の欠片かな?って言ってたんだよ。オレが死骸なんだって説明しても信じなくてさ。その時の話をエトワスに教えてたんだ」
今度は翠が説明する。
「ああ、そっか。……なあ、フレイクは、絶滅した3種族のどれかだと思うか?」
すっかり目を覚ました様子のフレッドの問いに、エトワスは軽く頷いた。
「そうだな……。別に、そうだろうとそうでなかろうと、何も変わらないからどうでもいいんだけど」
と前置きして言葉を続ける。
「ロベリア王国の遺跡の石が反応したって話が本当だったとして、あと、ヴィドール人がわざわざ捕まえて船に乗せていた人型の魔物が、ギリア地方の遺跡でディートハルトに執着していた魔物と全く同じ見た目だった事を考えると、全く無関係って訳じゃないかもしれないとは思ってる」
「やっぱ、そうだよな」
フレッドが頷いてそう言った。
「フレイクは髪の色が青系じゃないから水の種族ではないとして、空か地底の種族に関係あるんだろうけど、このどっちかなら空の種族っぽいよな?」
「単純に見た目のイメージならそれっぽいね。光とか風とか。あと、高いところが好きだし」
フレッドの言葉に、翠が言う。
「地底の種族である闇の神には、生贄とか血を捧げるって言ってたけど、ディートハルトにはそういうイメージもないからな」
エトワスがそう言うと翠が首を傾げた。
「でもさ、結構血の気は多いよね……」
「そう言えば……。それに、よく喧嘩して怪我して血を流してたしな」
そうフレッドが頷くと、友人二人の言葉にエトワスは苦笑いした。
「それは、別に血を欲してる訳じゃないし、売られた喧嘩は買うとか、やられたらやり返すって単純な理由でやってる訳だから」
「ああ、確かに、ディー君は闇系キャラじゃないかも。単純おバカなお子様ってだけか」
「バカは余計だろ」
「お子様ってのは否定しないんだね」
翠の言葉に、三人は揃って笑った。