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LAZULI  作者: 羽月
14/77

14がらくたの街 ~接触1~

 逃げ出したRANK-Bの実験体の少女、アクアの部屋はラファエルの部屋より2つ上の階にあった。ビル内にはエレベーターもあるのだが、“上下3階までの移動の際は階段を利用すること。また、ファイターは緊急時以外エレベーターの使用を禁じる(体を鍛えるため)”という規定があるため、ラファエルとシヨウはアクアを連れて階段を上り、関係者以外立入禁止のそのフロアまでやって来ていた。

「おい、もういいだろ?このフロアは、俺たちでも無闇に入れる場所じゃないんだぞ」

職を失いかねないとビクビクしながら、シヨウはラファエルに『アクアを確保した』と通信機で研究員達に連絡することの許可を求めた。アクアを自分の部屋に送り届ける事が決まった時点で、すぐにシヨウは研究員たちに目標を保護したことを伝えようとしたのだが、ラファエルが何故かそれを制し、誰にもアクアを発見したことは告げずに部屋まで送ろうと言った。理由を尋ねても答えようとはしない。シヨウはそれを不審に思ったのだが、別にRANK-Bの実験体を捕まえて送り届けに行くことに変わりはないし、アクアの部屋に着くまでの間に、同じく彼女を捜しているはずの研究員や他のファイターたちに出くわすだろうと考え、ラファエルの言う通り通信機で連絡をとることはしなかった。しかし、どういう訳か、研究員どころかたくさんいるはずの他のファイター達にでさえ出会うことなく彼ら3人はそのフロアまで来ていた。ファイター達はビル内の限定された数フロア以外は自由に移動することが許されている。そのため、昼夜を問わずビル内を少し歩きさえすれば、最低でも一人はファイターに出くわすことになるし、そうでなくても人の話し声や物音など人間が活動している音が聞こえる。しかし今、辺りは不気味なほどに静まり返り、彼ら3人以外の人の気配は全く感じられなかった。その上、定期的に見回りをしているはずの警備兵達の姿も見えない。それは普段ではあり得ないことだった。

「今月の給料も貰わないうちに、クビなんてごめんだからな。いや、クビどころじゃないかもな。とにかく、連絡するぞ」

シヨウはそう宣言すると同時に、通信機のスイッチを入れていた。

「うん、いいよ。でも……」

頷いた後、急に考え込むように黙り込んでしまったラファエルをアクアは不思議そうに見上げた。

「どうしたの?」

「僕は、ここまでしかいかないよ。ここからは、シヨウが……このお兄さんが送ってくれるから……」

「うん、分かった」

アクアはシヨウの予想に反してラファエルの言葉に素直に頷き、無事、通信機で研究員に連絡をとることの出来たシヨウの元まで行くと、すんなりと彼の大きな手を握った。どうやら彼に対する警戒心はもう解けたらしい。

「バイバイ、ラファエルさん。今度いっぱい、お話してね」

「……」

アクアがにこやかに笑いながら空いている方の手を彼に向けて振っていたが、ラファエルはぼんやりと虚ろな瞳でその様子を眺めたまま、ただ立ちつくしていた。

「ラファエル?」

「……僕は、ここにいるから……」

訝しんだシヨウが名前を呼ぶと、ラファエルは目の前にいる彼らではなく、別の何かに気を取られている風だったが、一応そう答えた。

「ああ、分かった。おいで、アクア」

ラファエルが挙動不審なのはいつものことだ。別に一人残していったところで、どうなるということもない。そう考えたシヨウは、連絡を取った研究員のリーダー、グラウカの指示した場所まで向かうためアクアの手を握って歩き出した。


 それから数分後――。


シヨウと彼に手を引かれたアクアの姿がすっかり視界の中から消えると、それまでぼんやり立っていたラファエルが急にキョロキョロと辺りを見回し始めた。

「……誰?」

少し前から、何者かが自分のことを呼んでいるような気がしていた。しかし、周囲には彼以外誰の姿もなく、もちろん声はおろか物音一つしていない。

「……分かった。こっちだね……」

静寂の中、しばらく”音”ではない何かに一生懸命耳を澄ましていたラファエルは、一度頷くと何かに導かれるように歩き出した。


 同じ様な造りの金属製のドアが並ぶ入り組んだ廊下をずっと奥へ進んだラファエルは、やがて行き止まりへと辿り着いた。目の前には、大きく頑丈そうな灰色の金属の扉がある。

『……着いた』

そう思った途端、その扉はひとりでに開いた。臆することなく部屋の中へ踏み込んだラファエルは、すぐに部屋の中央付近にいる黒髪の長身の人物に気付いた。ラファエルの部屋の何倍もある広い部屋の床には、何冊もの古びた分厚い本が散乱している。カーテンのようなもので遮られていて、奥の方がどうなっているのかは分からないが、部屋の中には彼一人しかいないようだった。

「……」

本の山の中に立つその長い黒髪の人物はラファエルを目にすると、待ちわびたとでも言いたげにすぐに微笑しながら近付いてきた。

「やあ、ラファエル。よく来たね」

ラファエルは、相手がそう親しげに声を掛け自分に向かい足を踏み出すのと同時に、その人物が”普通”ではない姿に眉を顰めていた。

『……え?』

ある部分を除いては、普通の人間なのだが……。

それ迄は部屋の仕切りのカーテンに隠れていたある部分――その人物の背には、髪と同じ漆黒の翼が生えていた。それは、まるで鳥の翼のようだった。

「!?」

ラファエルは魔物かと思いギョッとしかけたが、すぐにこの人物がグラウカやアクアの話していたRANK-Aの実験体だと思い当たった。最初はただのチョーカーかと思ったのだが、よく見れば首元に光る銀の輪にはRANK-Aの文字が記されていることも分かる。

『この人がルシフェル……』

ラファエルは視線をじっとルシフェルに注いだまま、ゆっくりと後ずさりした。

『何故だろう?凄く嫌な感じがする……』

理由の分からない、本能で感じとる恐怖のようなものがゆっくりとラファエルを浸食し始めた。


トン


いつの間に閉まったのか、開いていたはずの金属の扉に背中がぶつかった。一瞬扉の方を振り向き、驚いた様な表情を見せたラファエルに、ルシフェルは何故か楽しげにニッコリ笑って見せた。

「……」

もう後はない。まるでヘビに睨まれた蛙のように動くことが出来ないラファエルの元へ、ルシフェルはその状況を楽しむかのように殊更ゆっくりとした歩調で近付いて来た。

「僕は、ルシフェル。君がここへ来たときから、ずっと会いたいと思っていたんだ……。何度も呼んだんだよ」

ラファエルは無意識のうちに、手探りで背後の扉を開こうとしていた。

「やっぱり、僕が恐いんだね?」

黒に近い赤い瞳は、ラファエルの姿を映し笑うように嬉しげに細められた。

「……恐く……ない」

何故か、急に吐き気を覚える程に気分が悪くなってきたのだが、懸命にそれを堪え首を振った。

『僕はどうしたんだ?こんな奴……羽根が生えてるだけの人間じゃないか。そうだよ。この羽も本物じゃなくて偽物かもしれない。恐くないだろう?……大丈夫。恐くない……』

ラファエルは意を決して赤い瞳を見上げると、一度深く息を吸ってから口を開いた。

「ど、どうして、僕を呼んだの?何の用?これを付けてるけど僕は“RANK-X”だし、多分99.9パーセントくらいは普通の人間なんだ。君たちとは仲間じゃない。僕に会ったって意味が無いよ」

左耳の銀色のイヤーカフを隠すように金色の髪を手で弄りながら、半ば喧嘩を売るような口調で話すラファエルを見て、ルシフェルは首を傾げた。

「本当に君は、そう思っているのかい?」

「思ってるよ」

真面目な顔でそう答えるラファエルに、ルシフェルは肩を震わせた後、急に声を上げて可笑しそうに笑い出した。

「そんなに拒絶反応が出てるのに?嘘を言っちゃダメだよ。君は、僕が恐いはずだ。側に寄って欲しくないはずだよ?僕が、君に強く惹かれて欲しているのとは逆に、ね」

「……」

少なくともルシフェルが、”僕が、君に強く惹かれて……”と言った辺りから、ラファエルはこの赤い瞳の主をはっきり怖いと思い、それを認めた。ルシフェルの言っている”恐い”とは、多少ニュアンス的に違いがあるかもしれないが。

『この人、ヤバイ人だ!』

何が何でも、すぐにこの場から逃げ出さなければ。ラファエルはそう考えて、焦って辺りを見回した。しかし、少なくとも見える範囲には、他の部屋へ続いていそうな扉は見当たらない。あったとしてもそこから外に逃げる事は出来ないが、窓すらなかった。唯一、自分の背中と接している冷たい金属の扉だけが外の世界へと通じる境界なのだが、ルシフェルに背を向け、部屋から立ち去ろうと手を掛けたその扉のドアノブがビクともしない事が分かり、ラファエルは困惑したような表情になった。

「僕には君のコエが聞こえてるんだよ。ラファエルじゃなくて、もう一人の君の声が。こっちが、本当の君なんだろう?そして、意味は分からないけど何か言葉が……そんなにしょっちゅうじゃ無いけど、別の誰かの声も聞こえるよ……。多分、君の仲間なんだろうね」

すぐ目の前までやって来たルシフェルは、ラファエルの顔を挟むような形で金属の扉に両手を着き、薄っすらと微笑を浮かべながらそう続けた。その赤い瞳は、陶酔したようにラファエルの瑠璃色の瞳を見つめている。

「ぼ、僕には聞こえないよ!」

身動きの取れなくなったラファエルは、ルシフェルと目を合わさないように視線だけでなく顔まで背けてそう反論した。実際、彼には覚えのないことだった。

「聞こうとしないからだよ」

あっさりと言うルシフェルの言葉に、ラファエルは表情を曇らせる。それを見て、ルシフェルは期待外れだとでも言いたげに溜息を吐き首を振った。

「そうか。本当に、君は自分の事を知らないんだね。わざとやってるのかと思っていたよ。”コエ”を聞かないように耳を塞いでいるのも、その姿のままでいるのも。グラウカ達に協力したくないから演じているのかと思っていた」

もう、何も聞きたくない。早くここから逃げ出したい!そう思う気持ちと、留まって彼の話していることの意味をちゃんと知りたい、という相反した気持ちの間でラファエルの心は揺れた。

「……アクアは自分は水の種族だって言ってたけど、君は何?」

結局、扉が開かないので留まらざるを得なかったのだが、“コエ”とは何の事なのか、自分は一体何者なのか、“その姿”とはどういう意味か。そういった一番聞きたいことを尋ねる勇気はなく、ラファエルは別のことを尋ねた。

「僕は、空の種族だった者たちの末裔と、地底の種族の混血なんだ。だから、ほら。翼が黒いだろう?空の種族の力は全くないのに目立つ翼だけあるなんて皮肉だよね。きっと空の種族の呪いで堕天の印なんだよ」

ルシフェルは自分の言葉に喉の奥でクックックと笑った。

「……堕天の印……」

ラファエルはぼんやりとそう呟くと勇気を奮い起こし、すぐ目の前に立つルシフェルの姿に視線を向けて改めてしっかりと見た。”堕天の印”などと言われると、漆黒の翼も不気味さが増して見える。しかし、どんな悪い事をしたのだろう?天から堕とされるくらいだから、よっぽど悪いことをしたのだろうか?そう考える。

「……」

ラファエルはルシフェルから再び視線を外し、うつむいた。部屋に戻りたくてたまらなかった。気持ちが悪くて立っているのが辛くなってきている。それに、一度は無理矢理否定したルシフェルに対する恐れのような感覚も、まだ彼の中に色濃く残っていた。

「ラファエル、君の翼は何色なんだろうね?見たいな」

「……」

ラファエルは体調不良のため、額に冷たい汗をうっすら浮かべながらルシフェルの暗く赤い瞳を見上げた。今までの彼の言葉で分かったような気がする。彼はその黒い翼を“堕天”の印だと言った。それなら、『君の翼は?』と尋ねられた自分は”空の種族”に関係があるということなのだろう。本当に、そうなのかもしれない。だとすれば、地底の種族をベースにして作られたというドールを”仲間”だと感じなかったということも納得できる。

『兄さんは、僕を地底の種族だと言ったけど、本当は空の種族だったのか……』

いつの間にか、ラファエルはルシフェルの言葉をほとんど信じかけていた。

「でも、ルシフェル。僕には翼なんて無いんだ」

今度は、ルシフェルの言葉に反論し否定する気持ちは全くなく、素直に事実を告げた。

「有るだろう?いや、感じるだろう?意識してごらん」

低く静かな、どこか人を魅了させるような響きを持った声が、ラファエルの頭のすぐ上から耳に流れ込んでくる。

『……そんなこと言われても』

ラファエルは(かぶり)を振った。どうすれば良いのか分からない。もっと具体的に何をどうしろと言ってくれなければ……。

『……でも、もういい。今日はもう帰りたい……』

酷い吐き気がする。

『気持ちが悪くて……』

何だか頭もボーっとして来た。

『……もう……限界……』

ルシフェルの前で、ラファエルは扉に背を預けたままズルズルと崩れ落ちた。しかし、ルシフェルがすぐに手を伸ばし体を支えたため、床に体を打ち付けることにはならなかった。

「……ふざけたこと、ぬかしてんじゃねーよ」

突然、ルシフェルに支えられたままの姿勢で顔を上げたラファエルが、瑠璃色の瞳でルシフェルを睨み付け、そう言った。

「君は……」

初めて笑顔以外の表情を浮かべ困惑したように眉を寄せたルシフェルに、ラファエルは目では睨み付けたまま、しかし口元にはニヤリと笑みを浮かべて左手をルシフェルの右胸付近に差し出した。

「おれに、気安く触んじゃねえ」

不穏な台詞の直後、その手の中に小さな白い光の球が現れ、ルシフェルが視線をそちらへ落としかけた刹那……

「!?」


ブンッ


初めて聞く不思議な音がしたと思った途端、今度は耳の奥が痛くなるような音と共に、ルシフェルは光の塊――何か強い力のようなものに吹き飛ばされた。

「っ……」

黒い翼を広げ、ギリギリのところで床や壁に叩きつけられることなく踏みとどまったルシフェルは、未だ扉を背に立っているラファエルを見下ろして言った。

「面白い力を使うね」

黒に近い暗い赤をした彼の瞳は、今は火を灯したような紅蓮の輝きに変わっていた。そこには、急襲を受けたことによる怒りや苦痛といったものは全くなく、逆に、狂気じみた歓びを感じさせる異常な笑みが浮かんでいる。しかし、その紅蓮の瞳を見上げる瑠璃色の瞳もまた、余裕たっぷりに笑いを滲ませた冷たく鋭い視線で赤い瞳の主ルシフェルの姿を捉えていた。

「こういったものは苦手だったんだけどな。流石に、近くで撃てば……」

不敵な笑みを浮かべたままそう言いかけたラファエルはハッとして急に口をつぐんだ。ルシフェルの服の右胸辺りに、じっとりと血が滲んでいることに気付いたからではない。

「……あれ……?おれは何を言って……」

思わず疑問を口に出してしまいながら、茫然として自分の左手をまじまじと見下ろした。得体の知れない自らの行動と力に怯えているのか、微かにその手は震えている。

『今……僕は』


『……何をしたんだろう……』


「あ……」

宙から床に降り立ち再び近付いてきたルシフェルに気付き、ラファエルは顔を上げ眉を寄せた。ひどく困惑している、そんな表情だった。歩み寄るルシフェルの服についた赤黒い染みがゆっくりと広がっているのが分かる。今のラファエルの攻撃で傷を負ったらしかった。

「グラウカが君のことを怖がってるみたいだった理由が、分かったよ」

そう言って微笑しながら、ルシフェルは自分の右胸に手を当てる。すると、怪我を負っているところを中心に、手を当てた辺りがぼんやりと淡く赤い色に光り、やがてゆっくりと消えていった。服には血がついたままだったが、染みがそれ以上広がらないところを見ると、とりあえず出血は止まっているようだった。

「ルシフェル、ドアを開けて。僕、帰るから」

ルシフェルが次の台詞を口にする前に、ラファエルは敢えて彼を見ないように努めながら口早に訴えた。それを聞いたルシフェルは、肩を震わせ笑い出した。

「アハハハハハ!面白いな、君は。これからは、ちゃんとグラウカたちの言うことを聞いて力を引き出してもらった方がいいと思うよ。……いいよ。じゃあ、今日は帰してあげる。そんなに不安定な状態だと僕も嫌だからね。ちょうど君の仲間も近くに来たみたいだから呼んであげるよ」

ルシフェルがそう言った途端、扉が突然開き、背を預けていたラファエルは廊下に投げ出された。

「うぅっ!」

「ラファエル!?」

声と共に、この部屋の近くにいたらしいシヨウが駆け寄ってきた。

「!?」

目の前に立つ人物の首に光る実験体のランクを示すチョーカーに気付き、同時に黒い翼にも気付き、さらに体の右上半身を赤く血に染めていることにも気付き、絶句したまま口をぽかんと開けているシヨウに、ルシフェルは扉の隙間から淡々と告げた。

「具合が悪いみたいだよ。後はよろしく」

そして、すぐにパタンと扉を閉じてしまった。

「……今のが”ルシフェル”だよな?」

体を起こし、立ち上がろうとしているラファエルに手を貸そうともせず、シヨウは腕組みをして、閉ざされた扉を眺めながら唸った。彼の予想では、実験体RANK-Aのルシフェルは巨大人喰い鮫を素手で投げ飛ばすくらいだから、腹筋はもちろんくっきりと割れ丸太の様な太い腕をした筋肉隆々の逆三角形の肢体の逞しい男だったのだが、今見た限りではその様には見えなかった。しかし人は見かけに寄らない。もしかしたら着痩せするタイプかもしれない。それにしても、何なんだろう?あの仰々しい翼は。本物なのだろうか?怪我をしていたみたいだったが何があったのだろう?まさか、ラファエルが??などと考えを巡らせていたシヨウは、ラファエルがさっさと背を向け、足早に立ち去りかけていることにやっと気付いた。

「待てよ、ラファエル!お前、具合が悪いんじゃないのか?」

すぐに追いついたシヨウが尋ねると、ラファエルは首を振った。

「もう、治った」

それは、嘘ではなかった。ルシフェルの部屋の外に出てから、すっかり気分はよくなっていた。

『早く。早くここを離れよう。そして、もう、このフロアに上がってくるのはよそう。誰が呼んでも、たとえ兄さんが”彼”に会わせると言ったとしても。絶対に』

怯えたようにそう心の中で決めるラファエルの横で、そうとは知らないシヨウは歩調をあわせるため足早に歩きながら、呑気に尋ねた。

「何だ、そうなのか?何が何だか分かんねえな。お前に呼ばれたような気がしてこの部屋まで来たんだが、お前、俺を呼んだか?」

「僕じゃない。多分、ルシフェルだと思う。“仲間を呼んであげる”って言ってたから。僕も、ルシフェルに呼ばれてこの部屋に来たんだ」

ラファエルの言葉に、シヨウは眉を顰めた。

「マジか?……それが、ランクAの持ってる特殊能力って奴なのか?」

「分からない」

「あー、じゃあ、何であいつはお前を呼んだんだ?何があったんだ?」

「僕に会いたかったからだって言ってた。何か色々話してたけど、何を言ってるのかよく分からなかったよ」

ラファエルの話も、何を言っているのかよく分からない、そう思いながらシヨウは質問を続ける。

「あいつ怪我してたよな?」

「それもよく分からないんだ。何か出たって感じで」

ラファエルは眉を顰める。”何か勝手に手から出た”そう思っていた。

「何か出た?」

「うん。何か出た」

ラファエルは困惑した表情のままもう一度そう言った。

「……」

元々あった傷口が開いて血が出た……って意味か?と、シヨウも困惑したように眉を寄せたが、本人が平気そうだったのでまあいいか、と思った。

「あー……そうか。じゃ、アクアも無事に部屋に戻れたし、食堂に行くか?」

「……」

数秒の間の後、ラファエルはコクンと一つ頷いた。


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